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2017-11-30

[]古部族研究会 編『古代諏訪ミシャグジ祭政体の研究』を読む



 古部族研究会 編『古代諏訪ミシャグジ祭政体の研究』(人間社文庫)を読む。ミシャグジ信仰について書かれた本が出たなんて嬉しい。古代諏訪信仰については中沢新一藤森照信も書いていたし、今井野菊の本を読んだこともあった。古代諏訪に石神信仰があり、それをミシャクジとかミジャクジとかシャクジイとか呼んで、東京石神井もその勢力圏だったと聞いたことがある。江東区亀戸駅近くには石井神社というのがあるが、これもシャクジイの一種で(だから訛っておしゃもじ神社とか呼ぶ)、葛飾区にある立石の地名も石神信仰らしい。その大もとが古代諏訪のミシャクジ信仰らしいから、マイナーっぽいながらも私には大当たりの本なのだ。

 古部族研究会というのは、野本三吉、北村皆雄、田中基の3氏が作っている。本書ではさらに諏訪出身の考古学者宮坂光昭と、もう亡くなってしまったが今井野菊が執筆している。今井野菊は茅野市寒天屋の女将さんだったが、ミシャクジ信仰を研究して長野県山梨県はもとより、関東から関西まで2,300か所を実地に歩いて調査している。古部族研究会の3人も今井野菊の指導を受けて研究したのだった。

 諏訪は古代に出雲に征服されている。天照大神出雲大国主命が国譲りを迫られて譲ったが、息子の建御名方(タケミナカタ)のみがそれを拒んで諏訪まで逃げ、諏訪で降参している。しかし諏訪から出ないことを約して許され諏訪を治めることになった。それまで諏訪を治めていたのは守屋(洩矢)という土着神だったが、争って出雲族の建御名方が守屋に勝つ。建御名方は諏訪大祝として君臨し、守屋は「神長官」としてそれに仕えた。その構図は現在まで続いている。

 守屋はミシャグジ信仰を伝えて、それが近年まで続いていたらしい。特に春の祭りでは7,8歳〜10歳くらいの童子がオコウ様に選ばれ、潔斎したのち祭りのクライマックスで殺されたようだ。その神事はおそらく江戸時代までは続いていたらしい。田中基は、初めは大祝が殺されていたが、それが童子に変わり、その童子も村落の子だったのが乞食の子に代えられたと書いている。

 何分あまりにも古い歴史なので実証的に書くことは難しいようだ。守屋神長官の末裔も以前は東京江東区の小学校の校長先生をやっていたと聞いたが、結婚しなかったので彼女で代が終わると聞いたような・・・。藤森照信茅野市に建てた神長官守矢資料館はその小学校の同級生だった守屋の末裔の校長先生から頼まれて設計したのだった。

 古部族研究会の3人は学者ではないので、古代史学者が見たら、つまり実証的には問題があるのかもしれない。しかし、今のうちにきちんと研究して記録しておくべきだと思う。古代諏訪からは歴史以前の古代日本が見えるのではないかと思われるのだ。


なぜ出雲のタケミナカタが諏訪に逃げ込んだのか(2007年5月22日)

古代の諏訪信仰(2008年6月4日)

亀戸石井神社はすごく古い神社だ(2013年4月12日)


2017-11-29

[]コバヤシ画廊の村上早展を見る



 東京銀座のコバヤシ画廊で村上早展が開かれている(12月2日まで)。村上は1992年群馬県生まれ。2014年武蔵野美術大学造形学部油絵学科版画専攻を卒業し、2017年同大学大学院博士後期課程中退。2016年ワンダーウォール都庁で初個展、ついでコバヤシ画廊東京オペラシティアートギャラリー、アンスティチュ・フランセ東京ギャラリー中国北京ギャラリー、そして今回の個展と、たった2年間で6回の個展を数える。

 受賞歴も2014年シェル美術賞展入賞、FACE2015の優秀賞、山本鼎版画大賞展で大賞、トーキョーワンダーウォール公募2015のトーキョーワンダーウォール賞、群馬青年ビエンナーレ2016優秀賞、アートアワードトーキョー丸の内2016フランス大使賞など、輝かしい実績を誇っている。

 村上の言葉を引く。

……本能で描いた線を腐食し、傷にすることで、版上に閉じ込める。/「銅の版=人の心」として、そこにつける傷は心的外傷と同等のものであり、また、傷につまるインクは「血」とし、それを刷り取るための紙は「ガーゼ、包帯」であると考えている。版上にできた傷は削ることで消すことができるが、完全に元の状態に戻すことは難しくうっすらと痕になって残ってしまう。これは心的外傷(トラウマ)に似かようところがあると考える。/心の傷を版の上に再現していくことを意識し制作している。

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 画廊には大きな銅版画の作品が7点展示されている。大きさはいずれも118cm×150cmある。大きいので1点の作品に9枚の銅板を使っている。

 リフトグランドという技法も使っている。これは筆で描いた痕のような自然な傷を版につけることができ、線のかすれ具合や、拭き取った痕のような表現もできるので、自身の制作のテーマにこの技法が噛み合う、と書いている。

 村上の画面にはいつも人や動物が描かれている。それらは傷ついているようであったり、どこか虐げられているようであったりしている。椅子の下に避難している女の子の身体にはたくさんの小さな矢が刺さっている。下半身が獣に変身している女の子もテーブルの下に隠れているが、リンゴが投げつけられている。これはカフカの『変身』をモティーフにしているらしい。魚の下半身に添え木の手当てを受けているのは骨折した人魚のようだ。それらが単純な太い線で描かれている。

 村上は若いながらもすでに一つの世界観を持っているようだ。そこから生まれる作品が、多くの人を魅了し、たった2年間でたくさんの個展が企画され、さまざまなコンクールで受賞した実績に繋がっているのだろう。

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 画廊の奥の事務室を兼ねた小さな空間に、村上の小品が50点も展示されている。それらは1点8,000円〜30,000円の価格がついている。

 会場を訪れて優れた才能の誕生をぜひ確認してほしい。

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村上 早(さき)展

2017年11月27日(月)―12月2日(土)

11:30−19:00(最終日17:00まで)

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コバヤシ画廊

東京都中央区銀座3-8-12 ヤマトビルB1

電話03-3561-0515

http://www.gallerykobayashi.jp/

2017-11-28

[]蓮實重彦『ハリウッド映画史講義』がおもしろい



 蓮實重彦『ハリウッド映画史講義』(ちくま学芸文庫)を読む。副題が「翳りの歴史のために」というもので、これがなかなかおもしろかった。ひと言でいえばアメリカの「B級映画」の歴史を語っているのだ。

 しかしB級というのは誤解されていて、A級とB級はあるが、C級やD級というものはない。それは、一流、二流、三流というようなランクではないという。いわばレコードのA面とB面だという。いや、これが雑誌に連載されたのはもう30年前なのだ。レコードのA面やB面といって現在通じるだろうか。B級映画とは2本立興業の前座として本篇の前に上映される短い作品のことだという。そのB級映画主題の中心に据えてアメリカ映画の歴史、それも戦後のハリウッドの映画の崩壊の歴史を語っている。だから、最初に蓮實が断っているように、ジョン・フォードウィリアム・ワイラーグリフィスシュトロハイムセシル・B・デミルヒッチコックなどの輝かしい名前の監督たちがほとんど登場しない。ここに語られるアメリカ映画の歴史にあって、彼らは傍系的な役割しか演じることがないからだという。なんという刺激的な言挙げだろう。

……これから読まれようとしている文章になにがしかの意味があるとするなら、それは、こうした輝かしい名前がどれひとつとして登場することがなくとも、アメリカ映画の歴史は充分に語られうるものだという事実を納得することにつきている。

 作家的自覚をまったく持たぬ職人監督が器用に仕上げてみせる娯楽映画や、もっぱら観客動員をあてこんで話題性を誇示するゲテモノ映画や、意欲を欠いた企画が量産する粗製濫造のプログラム・ピクチャーが、それだけで「B級映画」たる資格をそなえているわけではないことは、いまや明らかである。「B級映画」として機能しうる作品の特質は、あらかじめ2本立興行の添えものとして上映されることを目的として企画され、製作され、監督されたものだという点につきている。

B級映画」の予算は「A級映画」のおよそ1/10、撮影期間は6週間に対してほぼ2週間と短く、中には、2日、あるいは5日で撮りあげられることも稀ではなかったという。上映時間は60分から70分、長くて80分というのがその基準である。

 そして、「重要なのは、粗製乱造のプログラム・ピクチャーだと安易に誤解されがちなこの「B級」というカテゴリーが、トーキーの成立とともに形成され、50年代におけるハリウッドの崩壊とともに消滅するしかなかった歴史的な概念にほかならぬ事実を確かめることにある」という。

 このB級映画ゴダールに大きな影響を与えたのだと驚くようなことを主張する。なるほど!

 戦後ハリウッドの映画製作システムが崩壊していった歴史を、具体的に分析してくれる。このあたりの要約が私にはできないが、実に説得力があって読みごたえがある。さすが映画を語らせてこの人の右に出る者はいないのではないか。題名の取りつきにくさと裏腹に読みやすく面白い読書経験だった。



2017-11-27

[]広田美術の阿部ふみ展を見る



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 東京銀座の広田美術で阿部ふみ展「―真夜中、深く―」が開かれている(12月2日まで)。阿部ふみは1980年東京生まれ、2007年に東京芸大美術学部油画専攻を卒業している。2011年みゆき画廊で初個展、その後広田美術で個展を繰り返し行っている。

 阿部はいつも顔を描いている。それも多く悲しそうな顔だ。泣いている顔もある。今回は描いた顔の上からロウを厚くかけているようだ。ロウが涙になっている作品もあった。DMはがきに掲載されているテキストから、

……阿部にとって「顔」は最も多くモチーフに選んでいる題材で、それは精神の自画像でありこころの状態を表す心象画です。……

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 つらい心が美しい作品を生み出すという矛盾がしばしばみられることは事実なのだが・・・。

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阿部ふみ展「―真夜中、深く―」

2017年11月17日(金)―12月2日(土)

11:00−19:00(日曜祝日 休廊)

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ギャラリー広田美術

東京都中央区銀座7-3-15 ぜん屋ビル1階

電話03-3571-1288

http://www.hirota-b.co.jp

2017-11-26

[]メジューエワピアノ名曲』を読む



 イリーナ・メジューエワピアノ名曲』(講談社現代新書)を読む。副題が「聴きどころ 弾きどころ」で、まさにこのような内容。著者のメジューエワロシアゴーリキー生まれ。5歳よりピアノを始めモスクワ音楽大学で学んだあと、オランダロッテルダムの国際コンクールで優勝し、ヨーロッパで活躍していた。日本人と結婚して日本を本拠地に演奏活動をしている。先々週の11月18日にも上野文化会館ピアノリサイタルを開いている。私は仕事と重なって行かれなかったが。

 本書は、編集者と夫と3人で話したことを編集者が原稿にまとめたものだという。内容はかなり専門的できわめて難しく、しかしとても面白かった。バッハからドビュッシー、ラベルまで10人の作曲家を取り上げ、その16曲をていねいに紹介している。難しいのは豊富な譜例を挙げていて、弾き方を詳しく書いているからだ。実演者だったらとても参考になるのだろう。ベートーヴェンピアノソナタ第32番について、その第2楽章の解説の途中から、

 最後はやっぱり天に上っていくわけですが、その始まりは小節130の7拍目からでしょう(譜例3-19)。長いクレッシェンドディミヌエンドが何回も繰り返されて盛り上がっていく中で何度か出てくるスフォルツァート(小節146、147、148、151、152、153、譜例3-20)。スフォルツァートの後にディミヌエンドしてピアノ。これは解釈的に難しいですね。もちろん、いいスフォルツァートが必要。テンションが大切です。でも現世的な強い音じゃない。自分の気持ちも入れ過ぎてしまったら違うものになってしまう。注意が必要です。その後さら盛り上がってもフォルテは一つだけ(小節158、譜例3-21)。酔ってはいけないと思います。冷静さが必要。エモーションを超えなければならないんです。

 と全編こんな調子。でもそんな技術的なことばかりでなく、「ゲンリヒ・ネイガウスの有名な言葉ですが、「才能とは何か。それはパッションと知性である」。ベートーヴェンの作品の深みを表現するためには、膨大な知識と強烈なパッションと優れた演奏技術が必要です」と言っている。

 シューベルトの「4つの即興曲」作品90より第3番について、

 ……あと、実際にも物理的な声部間のバランスが難しいですね。ピアニッシモがちょっとでも強すぎたら、わあ、どうしよう、となる。メロディを強めに弾けば内声の伴奏も少し弾きやすくなります。でも本当のピアニッシモでメロディを弾くと、内声の伴奏がさらに難しくなる。とても細かい名人芸。集中力、聴く能力、手・指先のタッチとバランスの繊細さ。そこで好きになったらすごく魅力的な世界ですが、我慢できないという人もいるかもしれません(笑)。

 どの曲についても、「おすすめの演奏」というのを挙げている。これがとても興味深い。私たちが知っているピアニストと多少違っている。欧米のピアニストよりロシアピアニストの方が多い。すると、私たちのクラシック演奏家に関する知識は欧米のそれに偏っているのではないかと反省させられる。欧米のレコード会社の常識を日本のレコード会社が踏襲していることは十分ありうることだろう。メジューエワの推薦する演奏を見てみる。

バッハ平均律クラヴィーア曲集』:スヴァトスラフ・リヒテル。とにかく音が深くて美しい。いわゆるバロック的な演奏解釈とは違いますが、それを超えた素晴らしさ。あと、第1巻だけの録音ですが、ホルショフスキー

バッハゴルトベルク変奏曲』:ロザリン・テューレック。音がとても美しくて、複雑なポリフォニーをはっきりと聞かせてくれます。

モーツァルトピアノソナタ第11番「トルコ行進曲付き」』:ホルショフスキーとデ・ラローチャホルショフスキーはなんといっても音が立派で美しい。ラローチャはひたすらシンプルでピュアな感じ。

ベートーヴェンピアノソナタ14番「月光」』:シュナーベル。すべての声部のバランス、ポリフォニー、ハーモニーの見せ方が素晴らしい。シンプルで見事です。ほかにはクラウディオ・アラウとヨーゼフ・ホフマン

ベートーヴェンピアノソナタ第32番』:アファナシエフ2014年録音)とリヒテル1975年録音)。

シューベルト『四つの即興曲』作品90から第3番:アルトゥール・シュナーベルヴィルヘルム・ケンプ、マリア・グリンベルグ。

シューベルトピアノソナタ第21番』:リヒテルゼルキン、マリア・ユーディナ、アファナシエフ。ユーディナについては「変わっているけれど、すごく強くてやっぱりおもしろい」と言っている。

シューマン子供の情景』より「トロイメライ」:シュナーベルホロヴィッツ。しかし最終的にはやっぱりコルトー

シューマンクライスレリアーナ』:コルトーソフロニツキー

ショパン練習曲』作品10より第3曲「別れの曲」:コルトーとアラウ。

ショパンピアノソナタ第2番』:ゲンリヒ・ネイガウス。私にとって最もすばらしい演奏と言っている。ほかにコルトーとイヴ・ナット。

・リスト『ラ・カンパネラ』:ロザリン・テューレックがすばらしい。ほかにフォン・ザウアー、パデレフスキ、ジョン・オグドン

・リスト『ピアノソナタ ロ短調』:ソフロニツキーリヒテル、アラウ、アファナシエフ、デ・ラローチャ

ムソルグスキー展覧会の絵』:マリア・ユーディナ、アファナシエフとルドルフ・フィルクスニー。

ドビュッシー『ベルガマスク組曲』より第3曲「月の光」:ギーゼキングとフィルクスニー、ヴェデルニコフ

ラヴェル『夜のガスパール』:サンソン・フランソワギーゼキングミケランジェリ、ペルルミューテル。


 ロシアギレリスの名前がどこにもないのはなぜだろう。一度メジューエワの演奏を聴いてみたい。

2017-11-25

[]カズオ・イシグロ日の名残り』を読んで



 カズオ・イシグロ日の名残り』(ハヤカワepi文庫)を読む。イシグロは以前、『浮世の画家』と『夜想曲集』、『私を離さないで』を読んだが、『私を〜』には圧倒された。ノーベル文学賞受賞と聞いたとき驚いたが納得もした。

 『日の名残り』は淡々と進行していく地味な小説だ。イギリスの大きなお屋敷に執事として雇われているスティーブンスの一人称で語られていく。そのダーリントン・ホールは2世紀にわたってダーリントン家が所有していたが、最近アメリカ人のファラディの手に移った。大勢いた先代の召使たちはほとんど辞めていって現在4人だけで管理している。スティーブンスは相変わらずそこに執事として雇われている。新しい雇主が5週間ほどアメリカへ帰ってくるので、2、3日どこかへドライブしてきたらとスティーブンスに休暇をくれる。車も貸してくれて。

 スティーブンスは昔一緒に働いていた女中頭のミス・ケントンを訪ねる旅を計画する。彼女が望めばまた一緒にお屋敷に奉公しようと。一人で車を運転して6日間の旅に出かける。その間、ダーリントン・ホールに勤めていた過去20年間ほどを回想している。

 時代は第1次大戦後から第2次大戦が終わって少し経ったころだ。スティーブンスは執事の仕事に強い誇りと自負を持っている。仲間の執事たちと偉大な執事とは何かと議論したことがあった。召使たちを組織し大きな行事を成功させる手腕、品格があること、さらに名家に仕えていること等々。スティーブンスは謙遜しながらも内心は自分がその資格にかなっていることを自負しているのだろう。

 主人が政治に携わった折りなど、お屋敷での非公式の会合に執事として万全の接待をすることによって、その会議が滞りなく進められたならば、国の政治に少しでもかかわることができたのだと満足している。

 それらがすべて一人称で語られる。小説の叙述にはほとんど反対意見が挟まれない。読者はイギリスの執事は高い地位にあると思わされる。旅行の途中、鄙びた村でガス欠になり村人の世話になるが、都会から紳士が来たと村人たちが集まってくる。スティーブンスは執事とは言わずにチャーチルにも会ったことがあると言う。翌日止めてある車まで送ってくれた医師が、あなたはどこかの召使ということはないかと問う。このとき初めてスティーブンスの客観的な地位が明かされる。イシグロの構成の巧みさが分かるのはこういうところだ。みごとなものだと思う。

 最後のシーンになって不覚にも涙が流れてしまった。その点は同じくイギリスの作家ジョン・ル・カレの『パーフェクト・スパイ』を思い出した。

 しばらくカズオ・イシグロの作品を読んでいこう。


日の名残り (ハヤカワepi文庫)

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

2017-11-24

[]アトリエ・Kの吉岡まさみ展「秘密の記憶2017」を見る



 横浜石川町アトリエ・Kで吉岡まさみ展「秘密の記憶2017」が開かれている(11月25日まで)。吉岡は1956年山形県生まれ。1981年に東京学芸大学教育学部美術科を卒業している。1982年東京のかねこ・あーとGIで初個展、以来同画廊やときわ画廊、巷房などさまざまな画廊で個展を行ってきた。2007年からはアメリカドイツなどでも個展を行っているし、2015年にはセルビア国立美術館倉重光則とセルビア人画家との4人展を行った。また今年の夏はドイツで日独のアーチストによるグループ展にも参加している。

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 今回はギャラリーの壁にテープを貼ったインスタレーションを行っている。その制作方法について、

1.B1の大きさの紙にマジックインクドローイングする。

2.ドローイングを縮小コピーし、透明フィルムに転写する。

3.プロジェクターを使って、フィルム作品を画廊の壁に大きく投影する。

4.投影された作品の線の上をなぞりながらデザインテープを貼っていく。

5.テーピングはすべてスタッフが行い、作家本人は制作に加わらない。

 制作最後の画廊の壁面へのテープを貼る作業をスタッフにまかせ、吉岡は一切タッチしない。もちろんドローイングは吉岡が描くし、テープの色もどの壁面に投影するかも吉岡が決めている。しかし仕上げには一切タッチしていないのだ。テープの後ろに貼られた少女の写真は吉岡の撮ったものらしい。

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 ほかに写真の上にテーピングした作品や、同じような小品、さらに着彩した板を削った小品が展示されていた。

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吉岡まさみ展「秘密の記憶2017」

2017年11月11日(土)―11月25日(土)

11:30−19:00(月曜休廊、日曜祭日18:00、最終日17:00まで)

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アートスペース アトリエ・K

横浜市中区石川町1-6 三甚ビル3F

電話045-625-2352

http://atelier-k.main.jp

JR石川町駅元町口より徒歩1分

2017-11-23

[]コバヤシ画廊の野沢二郎展を見る



 東京銀座のコバヤシ画廊で野沢二郎展が開かれている(11月25日まで)。野沢は茨城県生まれ、1982年筑波大学大学院を修了している。これまで「VOCA展'97」や同年の「バングラデシュ. アジア美術ビエンエーレ」に参加し、2012年はDIC川村記念美術館企画展「抽象と形態」にも選ばれた。ここ銀座のコバヤシ画廊では2000年以降毎年個展を開いている。

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 今回は画廊の正面の壁に大きな作品が展示されている。左右3メートルを超えるようだ。画廊に搬入するため画面を3つに切ったらしい。画面右寄りに白く輝いている明るい形があり、その左側に黄緑色の色面が広がっている。その色面は徐々に暗くなって左奥に続いていて、左端には右寄りの白い形に対峙するように明るい黄緑や白の強い筆触の形が置かれている。白い形の右側には暗色〜暖色の色面が続いていて、これが左の黄緑色の色面に対峙しているようだ。画面は古い沼の水面を映しているようにも見え、すると強い白い形は日の光の反射だろうか。

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 右側の壁面に展示されている正方形の大きな作品は、縦の動きが見えてそれが垂直方向への運動を表しているようにも思えるが、これもやはり古い沼の水面を描いているように思えるのだ。水面に反射する光が奥の方に伸びていって画面に奥行きをもたらせている。

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 ほかにも縦の動きの強い作品や、それらより小さな作品で動きの激しい作品が並んでいた。また奥の事務室の影には小品が並んでいて、断れば入って見ることができる。小品はきわめて手ごろな価格で、玄関などに展示するのに最適だと思う。

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野沢二郎展-Blowin’ Within-

2017年11月20日(月)〜11月25日(土)

11:30〜19:00(最終日17:00まで)

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コバヤシ画廊

東京都中央区銀座3-8-12 ヤマトビルB1F

電話03-3561-0515

http://www.gallerykobayashi.jp/

2017-11-22

[]上野千鶴子『また 身の下相談にお答えします』を読む



 上野千鶴子『また 身の下相談にお答えします』(朝日文庫)を読む。題名にあるとおり、前著『身の下相談にお答えします』(朝日文庫)の続編になる。上野朝日新聞の土曜日beに毎週掲載される「悩みのるつぼ」という一種人生相談の回答者を務めていて、ほかの3人とローテーションで回答している。毎月1回8年間回答者を務めてきて、もう100回を数えたという。最初の50回を『身の下相談にお答えします』にまとめ、今回その続きを本書として出版した。

 前著の質問は、「既婚女性と"やばい"感じです:30代男性」「私の性欲をどうしたらいいのか:59歳男性」「セックスレスで枯れそうです:35歳主婦」「性欲が強くて勉強できません:18歳女子」「性欲が強すぎて困ります:15歳男子」「妻との現場を娘に見られました:46歳男性」「30代の彼と別れられません:70歳主婦」等々"やばい"のが多くてなかなかおもしろかった。それに対して今回の質問は、「女装が好きな大学生の息子:50代主婦」「家事ハラ? の夫に困って」「体求める88歳の夫に対し:79歳妻」「離婚して恋がしたい:40代女性」など比較的温厚な質問が多かった。それだけ面白みに欠けるきらいがあった。その中の「離婚して恋がしたい:40代女性」について、以前ここに紹介したことがあったが、一部を再度載せてみたい。

相談者 女性 40代


 48歳女性、現在、離婚に向けて夫と別居しています。

 詳細は省きますが、理由はお互いの浮気とか借金問題ではありません。

 今、一番私が困っているのは「恋がしたい」ことです。(中略)

 とはいえ結婚はこりごりなので、婚活パーティーや相談所に行って結婚する気などさらさらありません。地域のサークルなどで知り合うのは、後々面倒なころになったら嫌なのでごめんです。仕事の休みの日に、少しおしゃれして食事をしたり、映画をみたり、小旅行に出かけたりするパートナーがほしいのです。(後略)

 上野千鶴子が回答している。わざわざ「浮気や借金問題ではない」と書いているところから、我慢の緒が切れるような何か決定的な離婚原因があったわけではないと言いたいのだろうと。その分だけ半世紀近く生きてきて、不全感に悩んでいるのだろうと。

 そこまではわかります。結婚はこりごり、も賢明です。が、その不全感をチャラにするのが、恋愛ですか。20代のギャルからの質問じゃあるまいし、いい年齢の大人の女の悩みとは思えません。

 恋愛ってしたことがないんですか。(中略)恋愛が人生を変えるなんて、小娘のような妄想をまだ持っているんですか。

 よく読むと、ほしいのは「休日におしゃれをして食事や映画に出かけ、小旅行する」程度の相手。これならつつましい望みです。そんなものを恋愛とカン違いしてはいけません。恋愛とはもっと自我に食い込む闘いです。欲望エゴイズムなどがむき出しの、食ったり食われたりの関係を、今になって味わいたいのですか?

(中略)

 そんな恋愛で何もかも人生をリセットしたいという妄想を抱いているのでなければ、この程度のつつましい望みは、いくらでもかなえたらいいでしょう。友達以上恋人未満の異性をキープしておくことぐらい簡単です。え、どうすればいいですかって? 自分から誘えばいいんです。断られてもめげずに、あるいは断られたら次、また次と声をかければ。おつきあいしたければまめでなくては。その点、もてる男性はほんとにまめですね。

 再婚する気がないのなら、未婚の男性に限る必要もないでしょう。かえって既婚男性の方が、ナンバー2以下でいられて安心です。(後略)

 続編の『またまた 身の下相談にお答えします』が出るとすれば4年後の2021年になるのだろう。



2017-11-21

[]東京都写真美術館長島有里枝展を見る



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 東京恵比寿東京都写真美術館長島有里枝展が開かれている(11月26日まで)。長島は1973年東京都生まれ。武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科を卒業し、アメリカカリフォルニア・インスティテュート・オブ・アーツのファインアート科写真専攻修士課程を修了している。1993年に家族とのヌードポートレイトで衝撃的なデビューをした。2009年に優れたエッセイ集『背中の記憶』(講談社)を出版し、文筆家としても非凡なことを示した。現在は読売新聞書評委員も務めている。

 長島は20歳のときに撮った家族のセルフ・ポートレイトパルコ賞を受賞して注目された。両親と弟と長島の4人が全裸になって並んで写っている。家族の全員が屈託なくモデルを務めているその自然さが特異な状況とも相まって見る者を驚かせる。

 出発点の作品がアラーキーの提唱する私写真だったように、長島は身近な人たちを演出することなくそのまま作品にしている。友人たちやボーイフレンドたち、長島自身も被写体に選ばれる。しかも長島はしばしばヌードで写ることもいとわない。それらの写真は長島がアラーキーの大きな影響を受けていることを示している。しかしアラーキーの主要な関心の一つが性=エロティシズムであるのに対して、長島の関心はそこにはない。長島のヌードはエロティシズムではなく、私小説のような自己を中心とした半径10メートルの世界が対象なのだ。そこには必然的に自己のヌードが入ってくる。

 長島はアメリカに留学しスイスで滞在制作をする。結婚し子供が生まれ成長していく。長島はそれらを日記のように撮影する。ヴィデオ作品があって22分間の長さだが、それはスライドショー形式でほぼ20年間の自身をテーマにしたスチール写真を2秒間ずつ上映している。ざっと計算して600枚以上の写真が使われている。若いころからの自身を時系列に沿って並べていて、長島の半生が垣間見えるような印象を受ける。

 長島の『背中の記憶』(講談社)を読んだのは7年前になるが、当時こんな風にブログに紹介した。

 始め居間で読んでいたのだが、娘の前で読み続けることができなくて、自室へ下がって短いエッセイを読み終えた。こんなに強い言葉を読んだのは久しぶりだった。およそ間然するところがない。他のエッセイもこの祖母のほか、母、父、叔父、弟、保育園の頃、幼馴染み等々が描かれる。どのエッセイも完成度が極めて高い。

 舌を巻く巧さだ。著者がどんなに写真家として評価が高いとしても、このエッセイのすばらしさには及ばないだろう。少なくとも写真家の余技というレベルではない。私たちはいま優れたエッセイストの誕生に立ち会っている。

 また去年再読したときにもブログに紹介した。

 再読して改めて圧倒された。13篇のエッセイが並んでいる。長島の子供の頃を描いたものばかりだ。「背中の記憶」は古本屋で見たワイエスの絵「クリスチーナの世界」の女性の背中が祖母を思い出させたことから綴られている。ほかに母、父、保育園時代、叔父、弟、初恋、親戚、そして最後にまた祖母が語られる。そんな作者の個人的な関係者のことばかりが語られているのに、この緊張感は何だろう。ときにミステリを読んでいる気分にもなる。

 一篇一遍は長くはない。しかし導入から展開まで舌を巻くほどの巧さだ。文章に隙間がない。名文と言っていいだろう。エッセイだと書いたが、短篇小説だと言っても良い。これはまぎれもなく文学だ。

 なぜ写真家がこんな名文を書くことができたのだろう。経歴を見ると武蔵野美術大学でデザインを学び、その後アメリカ大学院で写真を学んでいる。どこにも文章を学んだ形跡がない。

 本書は現在文庫化されている(講談社文庫)。

 長島は読売新聞編集委員を務めていると書いたが、一昨日の読売新聞酒井順子の『忘れる女、忘れられる女』(講談社)の書評を書いていた。その末尾を、「ところどころニヤニヤしてしまうので、電車内ではマスク着用で読みたい」と結んでいた。こんなところにも巧さが表れている。

     ・

長島有里枝、そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々」

2017年9月30日(土)―11月26日(日)

10:00−18:00(木・金は20:00まで)月曜休館

     ・

東京都写真美術館

東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス

電話03-3280-0099

http://www.topmuseum.jp


背中の記憶 (講談社文庫)

背中の記憶 (講談社文庫)

2017-11-20

[]Stepsギャラリーの中村宏太展「Miniscule」を見る



 東京銀座のStepsギャラリーで中村宏太展「Miniscule」が開かれている。中村は1975年鎌倉市生まれ。1995年Storm King High School 卒業、1999年Syracuse University 油画卒業、2003年New York School of Visual Arts修士課程修了、2010年東京藝術大学大学院油画博士課程修了。2017年アートオリンピア2017銅賞受賞。今回が初個展となる。

 作品はライフル銃で実弾を発射して真鍮板を貫通させている。5枚の真鍮板を貫通して6枚目で止まっている。また固まったシリコンに実弾を撃ち込んだ作品や、散弾銃を撃ち込んだ作品もある。

 銃で撃たれるというのは体がこんなになるということなんだ。5枚の真鍮板を貫通した銃弾の穴はだんだん大きくなっている。シリコンに撃ち込まれた実弾がえぐった痕跡も凄まじい。なるほど、銃は人間や動物を殺害するために開発されたものなのだ。その凄さ、恐ろしさが目に見えるようになっている。

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5内の真鍮板を貫通し、6枚目で止まっている

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シリコンに撃ち込まれた実弾

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シリコンに撃ち込まれた散弾銃

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真鍮板を撃ち抜いた銃弾孔、その作品に貫通した6枚の真鍮板が写り込んでいる

     ・

中村宏太展「Miniscule」

2017年11月20日(月)―11月25日(土)

12:00−19:00(最終日17:00まで)

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Steps Gallery(ステップス・ギャラリー

東京都中央区銀座4-4-13 琉映ビル5F

電話 03-6228-6195

http://www.stepsgallery.org

東京メトロ銀座駅B1・B2出口より徒歩1分

2017-11-19

[]ボンテンベッリ『鏡の前のチェス盤』を読む



 ボンテンベッリ『鏡の前のチェス盤』(光文社古典新訳文庫)を読む。裏表紙惹句から、

10歳の男の子が罰で閉じ込められた部屋で、古い鏡に映ったチェスの駒に誘われる。不思議な「向こうの世界」に入り込むと、そこには祖母や泥棒、若い男女らがいて……。(中略)20世紀前半イタリア文学を代表する異世界幻想譚!

 鏡の向こうに入り込む、つまりはルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に影響されて書かれた作品だ。アリスの後発作品でありながら、アリスほどの奇妙さというか面白さには残念ながら少々欠けると言わざるを得ない。

 本文126ページ、それに1ページ全部を使ったセルジョトーファノのイラストが17ページある。それでは1冊にするのにあまりに少ないので、訳者の詳しい解説が38ページ付いている。年譜が9ページ、さらに訳者あとがきが5ページある。〆て179ページ。編集部が苦労して本の形にまとめているのが推測できる。

 訳者解説のなかに子供を主人公とする異世界ファンタジーが紹介されている。

 むしろアリスの影響を受けているとはいえ、まったく異なる時代と文化のなかで作られた物語という意味で、1922年にベンポラド社からイタリア語訳が出版されたジェームズ・バリーの小説『ピーター・パンとウェンディ』や、モーリス・ラヴェル歌劇『子供と魔法』(1925年初演)、さらには、後述するトーファノの『ぼくのがっかりした話』(1919年)なども含めて、子供を主人公にした異世界ファンタジーの文脈でとらえるべきだろう。

 こうしてみると、『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』の質の高さに改めて驚かされるというものだ。


2017-11-18

[]小林昌人・編『廣松渉 哲学小品集』を読む



 小林昌人・編『廣松渉 哲学小品集』(岩波同時代ライブラリー)を読む。廣松は難解な哲学者だが、これは雑誌などに掲載した小論を集めたもの。題名が硬いが、エッセイ集とした方が内容を表しているだろう。

 「一度かいてみたい序文」という項で、ショーペンハウエルの『意思と表象としての世界』初版の序文を紹介している。ショーペンハウエルは序文の最初で読者に3つのことを要求しているという。

 第1の要求は、この本は必ず2度よめということで「特に第1回目には十分の忍耐をもってよめ」「開巻はすでに結末にもとづいていることを知れ」というわけです。第2には、本書に先立って「緒論」をよめとのことですが、緒論はこの本にはありません。それは5年前に出した或る論文でして、彼によれば、この旧い論文には誤りが含まれていることが今日では判っているとのことです。しかし、「すでに一度のべたことがらについては、またぞろ骨折って書くのはいやでたまらぬから」書き改めて緒論の形で収めることはしない。読者はよろしく本書と旧稿とを比較して、”緒論”の誤りを是正しながら読まれたい云々。第3の要求は、本書を読む前に、カントの主要著作を全部よくこなしておけということで、そのうえプラトンや古代インドヴェーダウパニシャッドを読んでおけば理解をたすけるだろう、と彼は記します。

 「多数の読者は――とショーペンハウエルがみずからいうには――ここまできてついに辛抱しきれず非難を爆発させることだろう。独創的な思想が排出しているこんにち、こうもさまざまな要求をつけてこの本を出そうという了見を聞きたい。そういう面倒をはらって1冊の本を勉強していては間尺にあわない……。余はそういう非難にたいして少しも弁ずる要はない」「この書物を棄てるようお勧め申しあげるのみである」但し「そういう読者諸氏は、こういうさまざまな要求をみたさずして通読しても無益だから棄ておいたほうがましだということをあらかじめ警告して、時間の損にならないよう御注意申しあげたことを感謝してほしいものだ」「本書はもともと少数の人のもので、彼らの思考力がすぐれていれば味読してくれる筈であるから、それまで腰をすえてそういう人を待望するのみである」

 このおもしろい序文はまだまだ続き、買ってよまなくても書棚の埋め草にすればよい、教養ある女友達の化粧台か茶卓のうえにおいておくのも一策で、モテモテですぞ、と。

 「現代性を秘めるヘーゲル哲学の魅力」の項から数行を引く。

 翻訳といえば、ヘーゲルのテクストだけではなく、研究書類の邦訳も次々おこなわれており、例えば、ウェルナー・マルクスの『ヘーゲル精神現象学』が上妻精氏の訳でつい先ごろ、理想社から出たばかりである。また、ペルチンスキー編『ヘーゲルの政治哲学』が藤原保信ほか訳でお茶の水書房から公刊された。

 ここに挙げられている上妻精氏はヘーゲルが専門の東北大学哲学の教授で、しばしばギャラリーなつかなどで個展を開いている画家こづま美千子さんのお父さんなのだ。

 廣松が東大教養学部助教授に赴任したときの「教養学部報」に掲載した「私の履歴書」は難解な廣松のユーモラスな面を見せてくれる。

 中学校(旧制)1年生のときの停学処分? ああ、あれはガキのケンカですよ。教室でしたから、匕首(あいくち)は抜かなかったんス。九州男児の風下にも置けませんや。刃物? ええ、それァ丸腰で出歩くようなはしたない真似は決してしませんでしたよ。硬派とはいっても、僕百姓の孫ですから、大の方が刃渡9寸の白鞘、小の方は、厭だなあ御女中の懐剣でしたね。どのみちその後まもなく青共(民青の前身の前身)に入っておとなしくなりましたけど。

 また「哲学書を読みあさった日々」では、「読書量は、しかし、文学部生の標準ぐらいには達していたかと思う。1日平均700頁、つまり、毎月2万頁はほぼ読破していたつもりである」と書いている。さすが!


廣松渉 哲学小品集 (同時代ライブラリー (276))

廣松渉 哲学小品集 (同時代ライブラリー (276))

2017-11-17

[]川端康成たんぽぽ』を読む



 川端康成たんぽぽ』(講談社文芸文庫)を読む。川端はほとんどを読んできたつもりでいたが、こんな作品があるなんて知らなかった。文庫本で183ページ、中編より少し長いくらいだが、未完である。雑誌に連載していたが亡くなったこと=自殺によって完成をみることなく終わった。

 奇妙な小説だ。恋人を精神病院に入院させた青年と入院した娘の母親が延々と会話を繰り広げる。娘の病気は「人体欠視症」とされていて、ときに恋人などの姿が見えなくなるという症状を表す。ところが川端は精神病院のことを気ちがい病院と書いている。お母さんも青年も会話のなかで入院患者たちを「気ちがいさん」などと呼んでいる。

 娘を病院に入院させて二人は帰途につくのだが、病院は寺の一角にあり病院では患者たちに鐘を突かせている。その鐘の音を聞いているうちに街でもう一泊して明日また娘を見舞うことにした。二人は宿をとって泊まる。ふすまを1枚隔てて布団に入るが、ふすま越しにいつまでも会話を続ける。

 会話が途切れたあたりで青年は娘との会話を思い出す。そこから以前の娘との会話になっていく。抱かれているとき青年の姿が見えなくなっていく。「ああっ、見えない。久野さんが見えない。」と口走って・・・。

 そんなところで未完で終わっている。川端の養子の川端香男里の覚書によると、小説はやっと布陣を終えたか終えないかのところであり、川端担当の新潮社の編集者の証言によっても、既発表分を大幅に書き直し、これからストーリイを発展させるつもりであったことがうかがえるとある。

 であればこそ、ここまでの分を取り上げて云々しても始まらないことになる。だが変な小説であるとの印象は動かしがたい。いったいこれからどんなふうに展開させるつもりだったのだろう。小説はほとんど動いていないのに180ページを超えている。もやもやしたまま読み終えたのだった。


たんぽぽ (講談社文芸文庫)

たんぽぽ (講談社文芸文庫)

2017-11-16

[]ギャラリイKの戸張花展を見る



 東京京橋のギャラリイKで戸張花展が開かれている(11月25日まで)。これは毎年恒例の多摩美術大学大学院美術研究科彫刻専攻生選抜プロジェクトで、例年2人が選ばれてギャラリイKで2週間ずつ個展をする機会が与えられる。選ばれた優秀な学生の個展ということになる。

 戸張花は1993年東京都出身、2016年多摩美術大学美術学部彫刻学科を卒業し、現在同大学大学院美術研究科彫刻専攻に在学中。今までグループ展には何度も参加しているが個展は初めてとなる。

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 最初DMはがきを見て工芸なのかと思ってあまり期待しないで行った。その井戸茶碗みたいだと思った作品がすごく大きな鉄製だった。表面はごつごつしていてとても武骨な印象だ。画廊の宇留野さんと見ているうちに作家が現れた。碗型の作品は直径1160cm、重さは250kgもある。製法を聞いて驚いた。細い鉄棒を溶かしながら少しずつ垂らしていって1年間かけて製型しているという。技法は何ですかと訊くと溶接ですとの答え。溶接という製法は初めて聞いた。だから表面がごつごつしているのだ。つまり垂れた鉄が冷えて固まったままの形なのだ。よくこんなにきれいな円になりますねと言うと、私は彫刻家ですからと答えた。お見事! 先生は誰かとの問いに多和圭三と言われて納得する。多和は目黒区美術館の個展で5トンとか6トンとかのむくの鉄の立方体を出品していた。戸張の書いたテキストが壁に貼られていた。

私は多くの時間と、果てしない作業量の蓄積によって一つの作品を完成させます。/鉄は時間と共に錆び、朽ちて、熱によってその姿を変えていきます。/まるで生きているように形を変え、私の思い通りに動くことはありません。/一つ一つの鉄の粒が固まって一つの塊になっていく時、生命体や自然物が一つ一つの細胞や組織から存在していることを感じ、”私は今「もの」を作っている”という確かな確信が生まれるのです。

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 もう一つの作品は四角い箱のような形状だが製法は一緒だ。左右1600cm、重さは350kgある。

 いずれも戸張の書くように、膨大な鉄の粒の集積であり、毎日ひたすら溶かした鉄を垂らして溶接するというこれまた膨大な作業時間の蓄積だ。これは凝縮された鉄の質量と費やした時間の実体化したものなのだ。見事というほかない。奥には2週間で作ったという小品(重量30kg)も置かれていた。

     ・

戸張花展

2017年11月13日(月)―11月25日(土)

11:30−19:00(土曜は17:00まで)日曜休廊

     ・

ギャラリイK

東京都中央区京橋3-9-7 京橋ポイントビル4F

電話03-3563-4578

http://galleryk.la.coocan.jp/

2017-11-15

[]藍画廊の瀧田亜子展を見る



 東京銀座の藍画廊で瀧田亜子展が開かれている(11月18日まで)。瀧田は1972年東京都生まれ。なびす画廊での個展を中心に銀座画廊で発表を繰り返してきた。今年7月になびす画廊が閉廊したため、今回から新しい空間での発表となった。そのためか作品も少し変わってきた印象がある。

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 画廊の右手の壁面に横長の大きい作品が展示されている。楔形が数十個並べられた右横に大きなひし形が4個描かれている。この2面で一つの作品だとのこと。瀧田は多く単純な基本形を繰り返し並べて作品を構成していた。今までこのような異質の形を合成したような作品はなかったと思う。

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 左手の壁面に展示された横長の作品が瀧田の従来の傾向を表したものだ。そして画廊正面に置かれたやや小ぶりな正方形の作品と、それに向かい合った壁の縦長の作品が面白かった。どちらもグレイを基調にした地に太い線やかすれた線で楔形=三角形を繰り返し描いている。このうち、私には正面の小ぶりの正方形の作品がおもしろく感じられた。瀧田の作品は基本形の繰り返しで構成されていると言ったが、その基本形はフリーハンドで描かれ、筆触を強く残している。一見ミニマルな姿勢をほの見せながら抽象表現的な味を残している。その混合がおもしろいのだ。

 12月には東急池上線洗足池駅近くのギャラリー古今でも個展が予定されている。なびす画廊というホームグラウンドを離れての瀧田の変化を楽しみに見ていこう。

     ・

瀧田亜子展

2017年11月13日(月)―11月18日(土)

11:30−19:00(最終日18:00まで)

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画廊

東京都中央区銀座1-5-2 西勢ビル2F

電話03-3567-8777

http://igallery.sakura.ne.jp/

2017-11-14

[]コバヤシ画廊西成田洋子展「記憶の領域2017」を見て



 東京銀座のコバヤシ画廊西成田洋子展「記憶の領域2017」が開かれている(11月18日まで)。西成田は1953年茨城県生まれ、1987年より東京水戸ニューヨークなどでもう30回以上も個展を開いている。作品は大きな奇妙な立体で、古着などを縫い合わせて造形している。

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 ここ何年かは床に寝かせたような形だったが、今回は足のようなものがあって久しぶりに立像のようだ。立像だとすればシルエットは人のようにも見える。だが間近に見ればあるいはモンスターのように、フランケンシュタインのように、またゾンビのようにおぞましく思われるかもしれない。日本画花鳥風月を美しいと定義すれば西成田の造形はむしろ醜いと言い得るだろう。

 だが見慣れてくると一見汚いとも見える抽象画が実は美しいように、見つめていると醜いと思っていた西成田の立体が美しい造形に変わることを経験する。あたかも観音像のように、聖性を帯びているかのように見えてくる。らい病を病んでいた乞食が光明皇后介護によって阿閦(あしゅく)如来に変わる一瞬を再現しているかのようだ。

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 床に置かれた立体は、これまた何か別の存在のようだ。皮ベルトを巻いた形が大きな眼を連想させて、人でも動物でもない不思議な生命のように思われる。そんなことを書きながら、西成田が何か生きもののようなものを作っているのではないことは理解できる。彼女はひたすら抽象的なというべき造形をしているのだ。それが見る者に上述のような連想を起こさせる。ひとえにその造形の完成度の高さによるものなのだ。

     ・

西成田洋子展「記憶の領域2017」

2017年11月13日(月)−11月18日(土)

11:30−19:00(最終日17:00まで)

       ・

コバヤシ画廊

東京都中央区銀座3-8-12 ヤマトビルB1

電話03-3561-0515

http://www.gallerykobayashi.jp/

2017-11-13

[]井上理津子『すごい古書店 変な図書館』を読む



 井上理津子『すごい古書店 変な図書館』(祥伝社新書)を読む。『日刊ゲンダイ』に連載したもので、東京を中心に85軒の古書店と32館の図書館を、それぞれ見開き2ページで紹介している。著者は『さいごの色街 飛田』を書いた人。

 荻窪ささま書店。34坪に4万冊、とにかく安いとある。

「たぶんウチは安いです。手に取ってぱらぱら見て棚に戻し、しばらくしてもう一度同じ本を取り出してまた戻し、3回目で値段を見て興奮し、レジに持ってくるお客さんがときどきいます(笑)」と店主の伊東淳司さん。

 池袋古書ますく堂。居酒屋の居抜きの物件を古書店に改造したので、外観はまるで飲食店のように木の引き戸と暖簾が下がっている。強いのは、本に関する本と近代詩の本、それにカープの本だという。店主が広島出身なので広島東洋カープの本が多いらしい。近代詩の本が多いのなら今度行ってみよう。

 市川のアトリエローゼンホルツ。ここも元は銭湯の建物だったので広い。店主の旦那さんが詩を好きだと言うことで詩集も多かった。実はここは以前行ったことがある。知人がここで美術に関するコレクション展をやったのだ。それはこのブログでも紹介している。

「アートマニアまんぷくコレクション」を見る2016年11月29日)

 代々木公園のSO BOOKS(ソ ブックス)。写真集が多いらしいが、レコードも多かった印象がある。ここも顔を出して何冊か買った記憶がある。希少な残部1冊の写真集は東京都写真美術館の購入が決まっているという。

 町田高原書店 町田本店。4階建てのビルまるごと、200坪に20万冊とある。三浦しおんがデビュー前にアルバイトしていたことがあるという。現在スタッフが15人もいる。演劇の本が充実しているというからは一度行ってみたい。

 後半は変な図書館。まず飯田橋の風俗資料館。ここは日本唯一のSMフェティシズム専門図書館だそうで、家でのびのびと見ることのできない本を安心して見られる場所だとのこと。友人のAさんに紹介してやりたいが、会員制で、ビジター入館料が1日5,500円だというから安くはない。

 京王線八幡山大宅壮一文庫は雑誌専門図書館で一度行ってみたいと思っていたところだ。入館料が500円。見たい雑誌は『シティ・ロード』で、6年前に亡くなった早川さんおすすめの記事を読みたい。hayakarの日記に書かれていた。

今は無き『シティ・ロード』の1991年4月号。淀川(長治)さんのロングインタビューが載っています。私が死んだら蔵書は全部焼き捨ててもかまわない。この1冊だけを棺桶に入れてほしい。

 これはぜひ読んでみたい。

 あれ、深川のしまブックスが入っていないのはなぜなんだろう? それはともかく、本書を持って東京古書店を回ってみたい。


2017-11-12

[]橋爪大三郎性愛論』を読んで



 橋爪大三郎性愛論』(河出文庫)を読む。これが大変難しくて、読み終わるのに普通の倍の時間がかかってしまった。でもおもしろかった。本書は1980年前後に書かれた論文をもとにしている。橋爪30代前半ころの仕事だ。その頃橋爪はこれらの論文をトレーシングペーパーに鉛筆で書き、それを青焼きにして複数作成し、「頒布会」という論文の配布システムを作って、仲間や先輩たちに配布していたという。論文が難解なのはそれと関係があるらしい。配布する紙の枚数を節約するためトレース紙1枚に3,000字ほど詰め込む。途中まで書いたものを最初から書き直すのは嫌だから、原則、書いたまま。消しゴムで消して書き直してもせいぜい数行で、頭から最後まで一発勝負の書いたなりだったという。あらためてそれを単行本にまとめるとき、最初の論文をほとんど書き直さなかった。

 橋爪は序章で本書について、「ひとはなぜひとを愛するかという永遠の課題に、社会(学)という方法を借りて、可能なかぎり答えようとする試み(のひとつ)だ〜」と書く。

 最初に「猥褻」について分析する。「猥褻」という観念は「明治天皇制の権力のある画策のなかで生まれたものだった」。この観念の最表層は、刑法の具体的な禁令のかたちをとっている。そうした表層からこの観念の芯部に向かって下降していくと、「その芯部には、権力の恣意的な画策と無縁な、固有の力学の所産としての猥褻現象をみつけることができるはずだ。/このような普遍的な準位に立てられた猥褻の概念を、その最表層にある「猥褻」と区別して、単に「ワイセツ」と表記することにしよう」。

 ワイセツ現象は、(社会的)文脈に依存している。この(社会的)文脈は、性愛行為やその集積である性愛関係が、非性愛的な社会関係に囲繞され、取り囲まれるところに発している。ワイセツを見出す視点は、必ずこの非性愛的な社会関係の側にあり、非性愛的な状況に置かれた身体(たとえば、裁判官やPTAの父母たちや通りがかりの通行人や)から発している。

 ワイセツ現象は、文脈の取り違え、すなわち、性愛領域の事象を公然領域(非性愛領域)の側へと取り出すこと、によって成立している。

……性愛領域(性愛行為の生起する状況)が、それ以外の社会領域から隔てられているというこの基本公理を、性愛の分離公理とよぶことにしよう。この分離の線分は、不特定の人びとが行き交う公然の場面(道路や広場や仕事場や……)から性愛領域を隔てているし、家族の内部では夫婦をそれ以外の人びとから隔てている。要するに、性愛行為の当事者をそれ以外の人びとから隔てている。

 ワイセツ現象は、その根源にさかのぼれば、この分離と同起源(メダルのおもて裏)である。分離の線分の外側からは、性愛行為(の成分)はワイセツ(価値なきもの)とみえ、線分の内側では、同じ性愛行為(の成分)が互いにとって価値あるものとなっているのだ。

 以上は「第1章 猥褻論」であるが、第3章の冒頭でこれを要約して、

……性愛表現が、本来と異なる文脈(人びとの視線のもと)におかれた場合に、ワイセツとみなされることをみた。このように性愛領域と公然領域とが分離している点(性愛の分離公理)が、人間社会の特徴であった。

 と書いている。

 「第4章 性愛倫理」では、初期キリスト教団の婚姻に遡って語られる。ついで中世キリスト教性愛感、ピューリタン性愛倫理、近代の古典的な性愛感と純潔観念、性愛技法の過剰、性/愛の分解、と続く。この辺りはおもしろい。その「性/愛の分解」では、

 ジャーナリズムが「性の解放」とよびならわしている性愛倫理の変質が生じたのは、1960年代であると思われる。わが国の最も浅薄な理解は、これをポルノ解禁か、せいぜいのところ婚前交渉や同棲是認ぐらいにしか受け止めなかったが、実にこれは恋愛の形而上学が解体するという、欧米社会の全体を覆いつくす巨大な変動の別名なのである。しばしば「新道徳」や「オーガズム革命」とも言われるこの変動を、われわれは”性/愛の分解”とよぶことにしよう。

 本書には2つの解説がついていて、上野千鶴子大澤真幸の2人が書いている。上野ジェンダー論の方向から本書にきわめて批判的である。おそらく編集部は最初上野に解説を頼んだところ、あまりにも批判的だったので、大澤に頼みなおしたのではないか。大澤が書いている。

……本書に文句をつけたり、批判したりするだけならば、そう難しくはないかもしれない。しかし、本書に匹敵する包括的な代替案を提起しようとすれば、かなりの知識と、それ以上に――マルクスのことばを使えば――強靭な「抽象力」(理論的想像力)が必要になる。

 と。


性愛論 (河出文庫)

性愛論 (河出文庫)

2017-11-11

[]ガッサーン・カナファーニー『ハイファに戻って/太陽の男たち』を読む



 ガッサーン・カナファーニー『ハイファに戻って/太陽の男たち』(河出文庫)を読む。カナファーニー1972年自動車に仕掛けられた爆弾によって36歳の若さで亡くなったパレスチナの作家。たった1冊この本を読んだことで、パレスチナの問題が生々しく迫ってきた。

 突然のイスラエルの攻撃に追われ、家と故郷を捨てて逃げ、難民になった夫婦。しかしその時夫婦は生まれたばかりの赤ん坊と引き離される。20年後ようやく故郷に旅行することが許される。自分たちの住んでいた家にはポーランドから移住してきたユダヤ人が住んでいた。そこへその家の息子が帰ってくる。パレスチナ人の夫によく似た息子が。その息子はイスラエル兵になっていた。

 一番長い中編が「太陽の男たち」だ。パレスチナの難民の男たち3人がクェートへ密入国しようとする。それを斡旋している男の車に乗って出かけるが。最後のところで結末がどうなるか想像できた。事実その通りの終わり方をした。どうして分かったのだろう。

 本書を買ったのは8月8日だった。末尾に挟んであった新聞記事の日付は8月6日だった。その記事は毎日新聞書評だった。それを見て買ったのだ。買ったのち本は本棚に挟み込まれた。そして3か月後にようやく読んだのだったが、もうなぜこの本を買ったのかは覚えていなかった。もしやと思って書評を読み直してみた。「太陽の男たち」の結末がそこに書かれていた。書評のことはとうに忘れていたのに、深いところに記憶していたのだった。書評者は荒川洋治だった。その書評から、

 中東の現実を知るために、人間について考えを深めるために到底忘れることはできない。心を強く揺さぶる雄編だ。

 物語は偉大だ。たった1冊でパレスチナ問題に対して関心を抱かせられた。以前『悲情城市』という映画を見て、それまで関心のなかった台湾がいっぺんに好きになったように。


悲情城市 [DVD]

悲情城市 [DVD]

2017-11-10

[]岡部耕大追憶』を見る



 岡部企画プロデュース『追憶』を見る。紀伊国屋ホール、岡部耕大 作・演出。副題が「7人の女詐欺師」。昭和11年賄賂を受け取って協力する軍人の大佐と結託した悪徳商人が密輸で儲けていたが、商人の一人が足を洗おうとして殺される。殺された商人と親しかった7人の癖のある女たちが復讐を誓う。なんだか水戸黄門のドラマのようだ。徐々に悪人たちを追い詰めていって、昭和15年に事件が決着する。勧善懲悪できわめて単純なストーリーだ。さらに女優たちが7人も登場するのに華がない。

 脚本が良くないし、演出にも疑問を呈したい。女優達に華がないのは演出の問題に違いない。とにかく役者が動かない。朗読劇のようだと言ったら言い過ぎだろうが。セリフもキレがないように感じられたし、テンポももったりしているように思われた。

 悪事の証拠を得るために料亭にテープレコーダーを仕掛けているが、戦前にテープレコーダーってあったっけ? 殺された商人が付き合っていた7人の女たちとすべてプラトニックだったってホモでなけりゃ変じゃないだろうか。

 事件を探っている刑事と巡査狂言回し以上の役割を担っていない。だいたい5年間も時間が経っているのに、登場人物たちの歴史が変化しなさすぎる。

 サトウハチロウ作詞の「百舌が枯木でないている」がテーマ曲のようになっているが、この選曲にも疑問を呈したい。

 太平洋戦争開始直前の話なのに、そのことへの言及もほとんどなかった。岡部耕大は40年前にも見ていたと思うが。

2017-11-09

[]横浜トリエンナーレを見て(2)



 昨日に引き続いて横浜トリエンナーレで印象に残ったいくつかの作品を紹介する。

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オラファー・エリアソン 光にまつわる作品を通して、異なる組織や人々を繋げながら、環境、エネルギー社会問題への具体的な実践を行う、とあるがどう作品と結びつくのかわからなかった

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マーク・フスティニアーニ 鏡を利用して、トンネルや穴がどこまでも続いて見える幻影を作っている

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マウリティオ・カテラン 壁から吊り下げられたカテランの分身が作家の孤独や死を感じさせるとある

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アイ・ウェイウェイ 3,000個の磁器で作られた川蟹、中国語の音が「検閲」の隠語を表すという

【以上横浜美術館、以下赤レンガ倉庫1号館の展示】

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ラグナル・キャルタンソン ヘッドフォンの音を頼りに異なる部屋で一つの曲を奏でようと試みる音楽家たちを9つのスクリーンに投影している。これが一番面白かったが、娯楽色も強く、その分無条件に肯定できるとは言い難かった。

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小西紀行 10年ほどまえにギャラリーMoMoで初個展をした作家で感慨深い

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キャシー・プレンダーガスト 都市や町村以外を黒いインクで塗りつぶしたヨーロッパのロードマップ100冊を、ヨーロッパの地形に見立ててフロアに並べた作品

     ・

 いくつか面白い作品もあったが、総じてつまらなかった。横浜トリエンナーレの端緒とも言うべきNIKAFは強い印象を残した。以来、回を追うごとにレベルダウンしているようだ。東京都現代美術館MOTアニュアルも年々つまらなくなっていったことと似ている。この調子では次回の横浜トリエンナーレは見なくてもいいような気がしてしまう。

     ・

横浜トリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス

2017年8月4日(金)―11月5日(日)

2017-11-08

[] 横浜トリエンナーレを見て(1)



 横浜トリエンナーレを見た。会期は長いと思っていたらもう最終日の3日前になっていた。あわてて横浜美術館へ向かう。たくさんの作品の中から印象に残ったものを2回にわたっていくつか紹介する。

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ジョコ・アビアント とにかく大きい。これが小さかったら工芸品だけど、大きいことはそれだけで意味がある。キーファーは1冊10トンの鉛の本を200冊作っているという。大きいことは意味がある。

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タチアナ・トゥルヴェ 居住空間を表しているらしい

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アン・サマット 酋長シリーズ

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川久保ジョイ 壁に削り出された図

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風間サチコ 日本近代史をモチーフにした大きな木版画、風間は政治的な批評眼を持っている

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作者名失念 天井に細い線が張り巡らされている。かつてギャラリーセンターポイントやコバヤシ画廊インスタレーションを発表した川村直子を思い出した。

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横浜トリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス

2017年8月4日(金)―11月5日(日)

2017-11-07

[]池澤夏樹『この世界のぜんぶ』を読んで



 池澤夏樹『この世界のぜんぶ』(中公文庫)を読む。池澤は河出書房新社発行の『池澤夏樹個人編集 日本文学全集全30巻』をタイトル通り個人で編集している。その『近現代詩歌』で池澤は穂村弘短歌)と小澤實(俳句)とともに詩を選んでいる。その詩人選択に疑問を持ったので池澤の詩を読んでみたいと思った。なにせ池澤は荒地グループから北村太郎を選んで、鮎川信夫田村隆一吉本隆明も選ばなかったのだ。代りに父親福永武彦と本人の詩を選んでいる。そちらの詩を読んでみればいいのだが、たまたま手に入った池澤の『この世界のぜんぶ』を読んでみた。

   この世界のぜんぶ



この世界のぜんぶを

きみにあげようと思ったけれど

気がついてみれば

この世界はぼくのものではなかった


ぼくが持っているのは

この世界のほんの一部

一個のパンと一本のワイン

それに一枚の毛布


これを二人で分けようと言ったら

きみは受け取るかい?

これだけを持って

いっしょに旅に出るかい?


足りないのなら

言葉を少し添える

実はもう添えてあるんだ

それがこの詩なのさ


いっしょに来るかい?

 この詩がそんなに高い評価を受けているのだろうか? だとしたら私は詩が分からないのかもしれないではないか。

 さらに本書について強い違和感を感じたのはそのデザインについてだ。まずノンブルがない。ページの数字がどこにも振られていないのだ。だから目次があっても読みたいページを引くことができない。ついで文字の小ささだ。まるで昔の文庫本活字のようだ。文字の大きさは写植に換算したらほぼ12級、活版印刷の8ポイント相当だ。しかし選ばれたフォントは姿が小さいタイプで、12級・8ポよりさらに小さく見える。とても読みづらかった。ブックデザインは守先正とある。守先さんもあと20〜30年後には老眼鏡が欠かせなくなり、かつて小さな文字を選んだことを悔やむことになるだろう。


この世界のぜんぶ (中公文庫)

この世界のぜんぶ (中公文庫)

2017-11-06

[]橋爪大三郎大澤真幸 他『社会学講義』を読む



 橋爪大三郎大澤真幸 他『社会学講義』(ちくま新書)を読む。大学新入生や高校生、あるいは社会人に社会学とは何かを教えてくれる入門書という体裁だ。もともとは1993年に『わかりたいあなたのための社会学・入門』から抜粋して補筆し、第5章は新たに書き下ろしたとある。6つの章を6人が分担執筆いている。

 各章の題名と執筆者は、橋爪大三郎社会学概論」、大澤真幸「理論社会学」、若林幹夫「都市社会学」、吉見俊哉「文化社会学」、野田潤「家族社会学」、佐藤郁哉「社会調査論」となる。

橋爪の概論は分かりやすい。社会学とはどんな学問ではないのかと問いを立て、政治学経済学法学との違いから社会学を定義付けていく。社会学とは人間と人間の「関係」を研究する学問だと。そしてコント、ジンメル、デュルケム、ウェーバーパーソンズ等々を紹介していく。

 大澤真幸の理論社会学は難しい。ホッブズ問題とか、循環の構図とか、機能主義の限界、現象学的社会学の限界、ギデンズとブルデューハーバーマスコミュニケーション論、ルーマン、ポストモダン論など、難しい単語が並ぶ。私はどのくらい分かったのか心もとない。

 若林幹夫の都市社会学は一転して分かりやすく面白くなってくる。具体的な例が紹介されて説明される。「有名なバベルの塔の話は、この都市で人々が神に対抗して巨大な塔を建てはじめ、神の怒りに触れて互いに言葉を通じさせることができなくなってしまったという話でした。これは、都市ができることによって、言葉の違う人間たちが相互に交通する場所が現れたということの比喩的な表現として理解することができます」。

 吉見俊哉の文化社会学では、盛り場や祝祭性の空間としての博覧会が語られる。

 野田潤の家族社会学が今回新たに書き下ろされた章で、そのためか一番興味深い。家族は自然物でなく、社会の連関物であるという。そして驚くべき例が紹介される。

 1950年代ヒマラヤチベット人フィールドワークを行った人類学者の川喜多二郎は、あるエピソードを紹介する。滞在先のチベット人のあいだでは、個人間における一人対一人の婚姻ではなく、系譜の異なる親族集団間における一グループ対一グループの婚姻が制度的・慣習的に行われており、姉妹・伯母姪・母娘による夫の共有や、兄弟・伯父甥・父息子による妻の共有など、さまざまな形態の夫婦が日常的に観察された。しかしこれらのチベット人に「日本では同じ父方のいとこ同士でも結婚できる」という事実を伝えると、「日本はいったいなんというめちゃくちゃなところか」という反応が返ってくる。要は「自分のところのルールにあてはめてみると、相手は皆、犬畜生になってしまう」し、それは「お互いさま」なのである。

 佐藤郁哉の社会調査論もおもしろかった。社会学者を3つに分けている。文献や高い評価を受けている学者の理論を詳しく調べて解説したり補足したりする理論屋、現場へ出て調べる調査屋、この調査屋には2つあり、アンケートや質問票を集めるサーベイ屋と、調査対象の中に入って対象者と一緒に暮らしその体験をもとに報告をまとめるフィールドワーカーだという。佐藤はこのフィールドワーカーの立場から本稿を書いている。

 ただ元が1993年に発行された単行本から採っているので古びてしまっている部分も出てくる。補筆したとはいうものの、文化社会学の項で、電話がリビングルームから子ども部屋まで浸透していくことは云々と書かれていて、その後数行携帯端末について触れているが、ここなどちゃんと書き改めるべきだったと思う。

 難しそうな題名なのだが、案外おもしろかった。社会学とは何かを知ろうとする初学者には最適じゃないだろうか。



2017-11-05

[]半藤一利『其角と楽しむ江戸俳句』への批判



 先々月、ここに半藤一利『其角と楽しむ江戸俳句』(平凡社ライブラリー)を紹介したことがあった。読み終えて本を義父(娘の祖父94歳)に送ったところ、礼状をもらった。それをここに公開したい。

「其角と楽しむ江戸俳句」読了。「感想」を書かねば”お礼状”になりません。でも”わがまま”なもので「出すべきか出さざるべきか」ハムレット氏の気分です。端的に”超老人”の思いを書いた方が「正直」でよいかと……私は俳句を読む時、じっくりその句の中味を、景色とか作者の気持ちとかをそれこそ忖度して読むのです。何を言いたいのか、どんな景色か等々を一瞬でわかる句もあるし何のことやら全く理解できない句もあります。一利さんもこの本で作者の気持ちが判った時の悦びを書いています。

こういう「句の解説」も大事なんですが、こういう本が出回わるとこの楽しみを奪うことになります。

俳句は十七文字の文学というか、文芸です。小説のように読めばわかるという訳にはまいりません。”座の文芸”といわれますが、本来数人で気の合った者が一杯やりながら(私はお茶ですネ、嫌われました)ホメたりケナしたりして楽しむ遊びです。「第二芸術」とケナされる所以です。短かい「文」のなかに少し意味あり気なことが隠されている、それを発見して楽しむ遊びです。

その隠れているものを公開するのは邪道じゃないかと思います。超老人は「出版事業」ハンターイ。「文明反対」です。

半藤さんの「江戸俳句」は手品師が種明かしをしてしまった様な気分で、今風に云えば「読ませて貰いました」

漢文で「アシタニミチヲキカバユウベニ死ストモ可ナリ」というのを習いましたが、”アシタ”と”ユウベ”が解からなかったのが懐かしいです。

以上「其角と楽しむ江戸俳句」の読後感想です。御幼少の砌りこの感想文という奴にナヤマサレましたね。

 公開の許可を得るために電話すると、少し補足したいと言われた。上記の事柄江戸俳句についてのことで、江戸俳句は遊びだった。隠されていることを座の参加者が見つけて楽しんだ。第二芸術と批判されたのも江戸俳句が遊びだったからだ。それを子規が改革して、近代俳句を遊びから芸術にしたのだと。

 私には知らないことばかりだったので、公開するのは意味があると考えたのだった。


半藤一利『其角と楽しむ江戸俳句』を読んで2017年9月24日)



2017-11-04

[]カルヴィーノ『まっぷたつの子爵』を読む



 カルヴィーノ『まっぷたつの子爵』(岩波文庫)を読む。カルヴィーノは以前『冬の夜ひとりの旅人が』と『レ・コスミコミケ』を読んでいる。どちらも奇妙なほら話だった。

 本書の時代はむかしトルコ人との戦争が行われていたころで、メダル子爵は敵の大砲の弾に当たってからだが二つに吹き飛ばされてしまう。半分ずつの身体に悪い心と良い心が分かれて宿り、悪い半分と良い半分が村人たちを混乱させる。

 悪いメダル子爵が裁判をする。捕らえられた山賊の一味は縛り首の死刑、被害者側も密猟をしていたので同じく死刑、また密猟者の悪事に気づかなかった警備員たちも死刑を宣告された。それは20名にも達した。馬具商兼車大工親方が立木のように枝分かれした絞首台を作った。それは巻き上げ機のハンドルひとつで縛り首の縄が一度に持ち上がるようにできていた。装置は20人を超える罪人を一度に処罰できたので、子爵は10匹の猫も一緒に有罪にして処刑した。

 こんな風に話が続いていく。小説が出版されたのが1952年だった。当時としてはあまりの荒唐無稽な内容に読者は驚いたことだろう。それから100年以上たった今では、あまりに単純な善悪の対比に残念ながらさほど楽しむことができなかった。ただ、訳者は書いている。

 まっぷたつに引き裂かれたメダル子爵。それはこの物語が書かれた1951年昭和26年)前後の世界と、その時代に苦しむ人間の姿にほかなりませんでした。そして苦しむ人間と世界の像とが17、8世紀のトルコ人キリスト教徒の世界にも当てはめられ、それが過去の人間の歴史を連綿と埋めつくしてきたとすれば、現在の私たちもまたその引き裂かれた魂を自分の内側にもっていないわけはありません。(……)私たちもまた《僕》と同じように、いまなお、責任と鬼火とに満ちたこの世界に残されているのです。

 ここで《僕》というのは、メダル子爵の甥で、一人称で語っている主人公のことだ。


2017-11-03

[]五十嵐太郎『日本建築入門』を読む



 五十嵐太郎『日本建築入門』(ちくま新書)を読む。副題が「近代と伝統」、全体を10の章に分け、「オリンピック」「万博」「屋根」「メタボリズム」「民衆」「岡本太郎」「原爆」「戦争」「皇居・宮殿」「国会議事堂」と、不思議な見出しでくくっている。

 「オリンピック」と言っても、丹下健三代々木国立屋内総合競技場ばかりでなく、戦前の1940年の日本でのオリンピック計画から取り上げている。

 「万博」では大阪万博丹下健三の大屋根と岡本太郎太陽の塔が語られるほか、やはり戦前からの世界各地の万博で建てられた日本館の建築について紹介されている。1873年ウィーン万博での日本館は鳥居、神社神楽殿日本庭園がつくられた。その後のフィラデルフィアやパリ、セントルイス万博では寄棟の屋根、法隆寺金堂に則る建物や、金閣という喫茶店、これらは屋根が目立つ日本建築だ。ようやく1937年のパリ万博で坂倉準三がモダニズムのデザインによる日本館をつくった。1992年のセビリア万博では安藤忠雄のみごとな日本館の写真が掲載されている。2000年のハノーバー万博坂茂の日本館も世界的な評価を獲得したとある。しかし、「その後の日本館は、環境性能を前面に押し出す一方、建築的なデザインとしてはあまり注目されなくなった」と書く。愛・地球博長久手日本館は「ばらばらのサンプルを並べたショーケースの建築で、デザインとしての統一性がない」と厳しい。瀬戸日本館も「言い訳建築のようだ」と。

 「屋根」の項目はおもしろい。戦前に登場した鉄筋コンクリート造の駆体の上に和風の屋根を即物的にのせた帝冠様式。五十嵐はこの様式から映画『ザ・フライ』を思い出すという。ハエ科学者の身体と合体するというアメリカ映画だ。帝冠様式としては東京国立博物館が紹介されている。

 「メタボリズム」では、黒川紀章埼玉県立近代美術館が挙げられている。ときどき行っているが埼玉県美がそうだったのか。槙文彦の代官山ヒルサイドテラスもここに分類される。

 「民衆」の章で、有楽町の駅前に建てられた村野藤吾読売会館そごう百貨店を、雑誌『新建築』で取り上げた川添登編集長と編集者全員が解雇されたそごう事件が載っている。誌面での取り上げ方を雑誌の社主が問題視したのだという。私も経験があるが、オーナーというのはしばしば無教養な人間が多いのだ。早川書房の初代社長を思い出す。ミステリを中心に発行部数を伸ばしていたとき、うちでもそろそろ世界文学全集が出せないかと宣ったという。

 岡本太郎に1章が与えられているのも興味深い。こんな調子で最後までおもしろく日本建築を語っている。いままで何冊か読んできたが、五十嵐太郎の著書はいつも当たりだった。


日本建築入門 (ちくま新書)

日本建築入門 (ちくま新書)

2017-11-02

[]小林敏明 編『哲学者廣松渉の告白的回想録』を読む



 小林敏明 編『哲学者廣松渉の告白的回想録』(河出書房新社)を読む。廣松渉西田幾多郎と並んで日本で最も難解な哲学者だ。編者の小林敏明は廣松が名古屋大学で教えていたときの弟子で、もう一人東大で教えていたときの弟子が熊野純彦だ。本書は廣松が虎ノ門病院に入院しているときに小林が病室を訪ねてインタビューしたものをまとめている。廣松はインタビューの2年後に同病院で肺がんのために亡くなっている。

 難解で知られる廣松だが、本書は自分の過去を語っているので拍子抜けするほど分かりやすい。

 冒頭で小林が廣松について、戦後日本を代表する思想家のひとりだと書く。廣松は1960年代から70年代にかけて全国的に起こった学生反乱の時代に、ジャーナリズムアカデミズムの論壇に登場して活躍した。「ある種の学生たちにとっては、この廣松の登場は、その少し前の吉本隆明などと並んで、戦後を飾るひとつの思想史的事件だったと言ってよいだろう」と。

 では、いったい廣松理論の何がそれほどまでに当時の学生を中心とした若者たちをひきつけたのだろうか。廣松理論の核心は、一言でいえば、マルクス主義に仮託した近代批判である。近代といってもその内容はさまざまだが、廣松にとってその中心にあるのは資本主義という人類史的宿命であり、それに連動して生じているさまざまな現象やものの観方である。なかでも哲学者としての廣松がその理論的ターゲットとしたのは、近代という時代に特有なものの観方、つまり「近代的世界観」と呼ばれるものであった。廣松はその中心的特徴を「主観と客観の分離」や「機械論合理性」「原子論」といったものの中に見い出しながら、自らそれに対する理論的オルタナティヴをつきつけようと奮闘した。「関係の一次性」とか「共同主観性」「物象化論」といった用語にこめられた内容がそれに当たるが、廣松はこうした自分独自の考えをおもに二つの方向に発展させていった。

 一つはこうした考えがマルクスやエンゲルスのなかにもあったことを実証する作業であり、もう一つは、関係主義による主客二元論的発想の克服という近代批判の基本テーゼをさまざまな学問分野で応用、証明するという道である。小林がこう要約しているが、久しぶりに廣松の難解さを思い出した。

 しかし本書は小林が廣松にインタビューして、まさに出生から1960年ころまでをまとめたものだ。旧制中学のころから左翼運動にのめり込み、それがため退学になり、大検などを経て東大に進み哲学を専攻する。母や妹とともに九州夜逃げしたエピソードや、たくさんのラブレターを送った話も語られる。これは小林が相手の女性から聞き出したことなのだが。学生運動では内ゲバに合って大けがをしたエピソードもちょっと紹介される。思想家廣松の伝記ではありながらも、思想的なことよりむしろ廣松の来歴を中心に語られている。思想的な事柄については数々の著書を読めばいいのだから。

 「編者あとがき」で小林が語る。

 このインタヴューからほぼ8カ月後の1993年正月、私は一時帰国をして病床の廣松氏を訪ねた。だが、このとき普段の意気軒昂はすっかりその影を落とし、われわれはあまり多くを語ることはできなかった。その別れ際、薬瓶をさげた車をひきずってエレヴェーターまで送ってくれた廣松氏と交わした言葉が実質最後の会話であると言ってよい。「今度君が帰ってくるまでは僕はもう生きていないだろうから」。正直なところ、私はあの気丈な廣松氏の口からこんな言葉が出てくることを予期しなかった。狼狽し言葉に詰まってしまったわたしには「廣松さんも一生の生き様としては悔いが残らないでしょう。僕は今死んだら悔いが残るので、もうちょっとだけ頑張ってみます」と返すだけが精いっぱいであった。短いながらも一生を燃焼できた人、私はそう納得しようとしたが、病院を出て地下鉄の駅に向かう間涙が止まらなかった。それは何とも言いようのない感情であった。自分の青春の大半を重ね合わせたひとりの人間が今こうしてこの世界から姿を消していく、そのことを確認させられた瞬間の、半ば自らの身を切られるような寂しさでもあった。こういう感情は後にも先にも経験したことはない。

 小林が一時帰国したと書いているのは、当時小林はドイツのライプティヒ大学の教授だったから。別な場所で、小林は廣松渉木村敏に強い影響を受けたと言っていた。

 本書を読んでいるときに岩波文庫の新刊案内が岩波のPR誌『図書』に載っていた。廣松渉の『世界の共同主観的存在構造』が今月文庫で出るという。その単行本が出版された直後に私もそれを購入したが、45年経ったいまも本棚に差したまま読んでいない。廣松は難しいのだ。文庫では熊野純彦の解説がつくという。文庫を買いなおして久しぶりに廣松渉の世界に入ってみよう。


哲学者廣松渉の告白的回想録

哲学者廣松渉の告白的回想録

2017-11-01

[]橋本治『これで古典がよくわかる』を読んで



 以前読んだ橋本治橋爪大三郎『だめだし日本語論』(太田出版)につぎのようにあった。

橋本  橋爪さんからも『これで古典がよくわかる』(ちくま文庫)について大学で講演をしてほしいとご依頼をいただいたことがあります。時間が合わずそれきりになってしまいましたが、私としては、『これで古典がよくわかる』はあまりにも当たり前の話をしているだけだから、学生相手に講演というのは何を話したらいいのだろうかと悩みました。

橋爪  いや、「当たり前」なんかじゃないですよ。明治以来の国文学の伝統をまるごと相手に、ケンカを売っているような、とてつもない仮説だと思います。しかも、言われてみればそのとおり、というところがなおすごい。国文学者全員に、お前らバカだ! と言っているのに等しい。

 では、とそれを読んでみた。これがおもしろかった。橋本治は「桃尻娘シリーズ」という傑作小説の連作を書いている。連作のどれもムチャクチャ面白かった。その後『枕草子』や『源氏物語』の現代語訳をしていたが、こちらには興味を持たなかった。それがわが尊敬する社会学者橋爪大三郎が古典に関して橋本治に教えを乞うていることを知って、本書を手に取ってみた。期待以上だった。

 橋本はこんなことを言っている。奈良時代にも平安時代にも、まだ普通に読める”漢字とひらがなが一緒になった文章”は存在しない、と。漢字とひらがなが一緒になった「和漢混淆文」という「普通の文章」は鎌倉時代にならないと登場しない。『源氏物語』も『枕草子』もひらがなだけの文章だった。漢字だけの文章、漢文は公式文書で男のものだった。

 鎌倉時代の終わりになって「漢字+ひらがな」という普通の日本語の文章が登場する。兼好法師の『徒然草』や『平家物語』だ。鎌倉時代は日本文化の転換期だった。源頼朝は女好きでそのために死んだ。後を継いだ頼家は乱暴で嫁が悪かった。北条政権を歪めようとするから母親の北条政子が出てきて頼家は暗殺されてしまった。それで弟の実朝が将軍になった。実朝は和歌を詠む将軍で都かぶれのおたく青年だった。その実朝の和歌が分析される。実朝はとんでもない寂しさを抱えていた「おたくの元祖」だったと。

 『徒然草』も同様に分析される。兼好法師の本名は「卜部兼好(うらべかねよし)」だった。橋本はウラベ・カネヨシくんと呼ぶ。そしてウラベ・カネヨシくんは『枕草子』を書きたがったと教えてくれる。

 あとがきを読むと、橋本は「受験生用のわかりやすい文学史」を書きたかったのだという。枚数の関係で「室町〜江戸時代の古典」がカットされちゃったと。できれば続編でそのあたりも書いてほしかった。面白くて受験生用というのはもったいない。


これで古典がよくわかる (ちくま文庫)

これで古典がよくわかる (ちくま文庫)