mmpoloの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-07-10

[]ウィングフィールド『フロスト始末(上・下)』を読む



 ウィングフィールド『フロスト始末(上・下)』(創元推理文庫)を読む。最初の『クリスマスのフロスト』以来6冊目。毎回このミス週刊文春ミステリー1位に輝いてきたフロストシリーズもこれで終わりとなる。作者のウィングフィールドが2007年に亡くなってしまったのだ。毎回とても楽しんできたので非常に残念だ。もちろん今回も傑作以外の何者でもない。

 フロスト警部の謎解きと、同時にフロストのハチャメチャで下品な性格と相まって警察署長のマレット警視との攻防がなんとも面白い。フロストは事務仕事が大の苦手、またガソリン代などの経費の領収書の改ざんがしょっちゅうなのだ。

 次々に起きる事件、上下合わせて900ページもの間だれるところが全くない。ウィングフィールドの優れた筆力だ。今回はマレット署長に加えて転勤してきた上司スキナー主任警部から徹底的にいびられて、ついに住み慣れたダントン署を去らざるを得なくなる。最後まで気が抜けない。

 イギリスではウィングフィールド亡き後、別人がフロストシリーズを書き継いでいるらしいが、ちょっと触手が動かない。フロストのとぼけた味が他の作家に再現できるのだろうか。

2017-07-03

[]ジョン・ル・カレ地下道の鳩』を読む



 ジョン・ル・カレ地下道の鳩』(早川書房)を読む。副題が「ジョン・ル・カレ回想録」で、『寒い国から帰ったスパイ』や『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』、『パーフェクト・スパイ』などで著名なイギリスのスパイ小説作家の回想録だ。楽しみで読み始めた。全38章、1ページ平均9ページほどになる。実際は長い章で40ページ、短いもの「小説家を志す人へのアドバイス」がわずか1ページ、正確にはたった2行だ。それは、「1日の執筆を終えるときには、翌日に向けて何かをためこんでおくことにしている。睡眠はじつにすばらしい仕事をしてくれる」。というもの。最後に「出典」という項がある。これによると、本文中8つの章は引用元からそのまま転載したり一部を抜粋したという。

 ル・カレの読者なら個々の作品の取材背景や、発想のエピソードが語られているので十分楽しめるだろう。ただ全体が体系的に書かれているのではなく、断片的で、そのような意味では多少物足りなく思ったのも事実だった。

 やはり圧巻は詐欺師でもあった父親ロニーのことを語った「著者の父の息子」の章だろう。父親は『パーフェクト・スパイ』のモデルにもなっている。ロニーはル・カレの学費を支払うに当たっても、ある学校は、闇市の売れ残りのドライフルーツ――イチジク、バナナ、プルーン――と、職員向けに入手困難なジンをひと箱受け取っただけだった。破産したり、刑務所に入ったりすることもある。

 作家のジャン=ポール・カウフマンとの交流が感動的だ。カウフマンはベイルートでヒズボラ(イスラム主義の武装政治組織)の人質となり3年間囚われていた。監禁されていた隠れ家でル・カレのペーパーバックを見つけ何度も貪り読んだ。ル・カレのメールに対してカウフマンから返事が届いた。

 人質となっているあいだ、私は本に飢えていました。ときどき看守が持ってくるのですが、本が届くとなんともいえず幸せな気持ちになりました。1度、2度、40度と読むだけでなく、結末から読んだり、まんなかから読んだり、このゲームで少なくとも2カ月は手持ち無沙汰にならないと思いました。『寒い国から帰ってきたスパイ』はそのひとつです。(中略)

 あなたの人類に対する見方は悲観的です。われわれは哀れな生き物で、一人ひとりにたいした価値はない。ですが、幸いなことに、それが全員当てはまるわけでもない(登場人物のリズを見ればわかります)。

 あの本の中に、私は希望を持つ理由を見つけました。もっとも重要なのは、語り口と存在感です――あなたの。残酷で色のない世界について書き、絶望的な灰色でそれを描けたときの作家の無上の喜びは、肌で感じられるほどでした。誰かが話しかけている。もう孤独ではない。牢獄のなかで、私はもう見捨てられた人間ではありませんでした。ひとりの人間が、そのことばと世界のビジョンとともに私の独房に現われた。誰かが私に力を与えてくれた。これで私は耐えていける……。

 ル・カレは、昼食のときにカウフマンが話題にしたのは、『寒い国から帰ったスパイ』ではなく、『パーフェクト・スパイ』だったと言っている。『パーフェクト・スパイ』こそル・カレ最大の傑作だと思う。


2016-11-19

[]このミス大賞『神の値段』を読む



 2016年の「このミステリーがすごい!」大賞受賞作の一色さゆり『神の値段』(宝島社)を読む。父さん珍しいねえ、ライトノベルのようなのを読んでいてと娘が言う。本のカバーがそんな印象を与えたらしい。このミスの大賞では以前読んだ作品で懲りていたのだが、本書はギャラリストが主人公で現代美術を扱っているので読みたかったのだ。

 カバーの惹句から、

メディアはおろか関係者の前にも一切姿を見せない現代美術家・川田無名。彼は唯一つながりのあるギャラリー経営者の永井唯子経由で、作品を発表し続けている。ある日唯子は、無名が1959年に描いたという作品を手の内から出してくる。来歴などは完全に伏せられ、類似作が約6億円で落札されたほどの価値をもつ幻の作品だ。しかし唯子は突然、何者かに殺されてしまう。アシスタントの佐和子は、唯子を殺した犯人、無名の居場所、そして今になって作品が運びだされた理由を探るべく、動き出す。幻の作品に記された番号から無名の意図に気づき、やがて無名が徹底して姿を現さない理由を知る――。

 このミス大賞作だからそれなりに面白く読んだ。しかし、ミステリに重点が置いてあるのではなく、むしろ美術業界を描いた作品という意味合いが大きい。美術業界については多少は知っているつもりだった私にも知らない事柄が多々書かれていた。特にオークションやアートフェアについて詳しく書かれている。

 だが、画家川田無名の存在についてはかなり無理がある。ホームレスのような存在でありながら自分で描くことなく、メールでアトリエの職人に細かく指示して新作を描かせるという設定はほとんど荒唐無稽と言ってもいいだろう。

 ミステリの構成そのものも安直さが感じられる。美術業界の内幕ものとして徹底させた方が良かったのではないかと思いつつも、それではこのミスに応募することは出来なかったと考えれば、大賞を受賞したのだし、これで良かったのだろう。

 作者は1988年生まれと若い女性だ。辛口の評をしたが、将来的には優れたエンターテインメント作家になるような気がする。

2016-09-28

[]フィリップ・カー『変わらざるもの』を読む



 フィリップ・カー『変わらざるもの』(PHP文芸文庫)を読む。重量級の傑作ミステリだ。カーはイギリスミステリ作家。デビュー作は『偽りの街』だった。第2次世界大戦直後のドイツが舞台となっている。主人公のベルンハルト・グンターは戦時中ドイツの親衛隊で警察の仕事をしていた。ナチスには入党していなかった。

 戦後私立探偵を始める。ドイツが連合国に敗れ戦争犯罪者たちが追求されていた。ナチスの幹部たちも逃亡を企てていた。私立探偵の仕事は行方不明者の捜索などが多かった。

 時代が1949年、失踪人の探索を始めたグンターが何者かに拉致される。総ページ数600ページ、戦後のドイツの歴史が深く絡まり合って、ストーリーは複雑さを極め、先が見通せない。最後までほとんど気を抜けなかった。

 なぜこんな傑作がベストセラーにならなかったのだろう。カーのほかの作品も絶版など入手困難なものが多いという。

 本書に限って言えば、戦後ドイツの複雑な歴史が絡まり合っていることがひとつだろう。もうひとつは600ページという大著のせいではないか。そう考えないと、ほかに欠点が見つからないのだ。ここ数年間で読んだミステリのベストだと断言できる(あまりミステリを読んでいないけど)。


変わらざるもの (PHP文芸文庫)

変わらざるもの (PHP文芸文庫)

2016-08-08

[]C. ブランド『薔薇の輪』を読む



 クリスチアナ・ブランド『薔薇の輪』(創元推理文庫)を読む。英国推理作家協会の会長も務めたことのあるベテラン作家とのこと。私は初めて読んだ。昨年毎日新聞に若島正が書評を書いていた(2015年7月5日)。

 このミステリの中心にいる(ように見える)のは、エステラというロンドンの女優である。彼女が絶大な人気を博しているのは、体が不自由でウェールズの小さな村にいる、「スウィートハート」という愛称で呼ばれる一人娘との交流を綴った、新聞の連載記事が国際的な話題になっているからである。実は、その記事はうわべを飾りたてた作り話なのだが、その嘘は仲間である彼女の秘書や新聞記者といった少数の人々によって、秘密を守られている。そこへ、彼女の夫である、シカゴのギャングの大物で、15年間服役していた男が特赦で釈放されたという知らせが入る。彼は心臓病の持ち主で、死ぬ前に娘に一目会いたいから、相棒と一緒にこちらへやってくるというのだ。あわてふためくエステラたち。こうし父娘のご対面となるが、その後で死体が二つ転がり、地元のチャッキー警部の出番がやってくる。

 さらに続ける。

ひとつひとつの出来事の解釈もまた刻々と変転していき、わたしたち読者を翻弄する。いったい何重になっているのかわからないほどの、目まぐるしいひねりが加えられるのがブランドの得意技であり、それは本書にも発揮されている。

 いつも若島正の書評は信頼できるものだ。彼が面白いといえば面白いに決まっている。たしかに本書も悪くはなかった。真相は最後まで見抜けなかった。ほとんど文句なく楽しめたと書いてもいいのだが、わずかな不満が残った。それはテンポが遅いのだ。ひねりの加わった複雑な謎を積み重ねていくために、どうしてもそのあたりをていねいに書き明かさねばならない。するとテンポよくとはいかなくなる。いや、わずかな不満で、統計をとれば不満を持たない読者の方が遥かに多いかもしれないのだが。