mmpoloの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-06-28

[]追悼・小松茂美先生



 朝日新聞6月26日夕刊の「惜別」という欄に「古筆学者・小松茂美さん」が取り上げられている。見出しが「名筆の分析 独学で究める」とある。5月21日死去(心不全)85歳と。

 平安から鎌倉時代の文献や断片の筆者を特定し、背景を追求する。そんな「古筆学」は、国文学美術史など多分野にまたがり、研究の基盤ともなる学問だ。それを、独学で打ち立てた。

 旧制中学を卒業後、鉄道員だった20歳の夏、広島被爆。病床で手にした新聞で厳島神社平家納経のことを知り、「美しい経典を見たい」と念じた。仕事の傍ら猛勉強し、神社に日参、ついには進駐軍を動かして経典との対面を果たす。一途に、無手勝流でエネルギッシュに突き進むのが身上だ。

 28歳で、人を介して東京国立博物館学芸部に職を得る。昼は公務員、夜を研究にあて、睡眠時間3〜4時間という努力を重ねて36歳で文学博士に、40歳で日本学士院賞、51歳で若い日の念願を実らせて「平家納経の研究」を刊行し、54歳で朝日賞を受賞。日本中に散在する古筆切(古い名筆の断片)のありかをつきとめ、撮影・分析した「古筆学大全」全30巻は、小松さんでなければできなかった業績と高く評価される。

(中略)

 近年は「後白河法皇の研究」に取り組み、「あと3年は生きて、完成させる」と言っていた。最後の病床でも書き続けていたのに、無念この上ない。

 上記の筆者は大上朝美。的確にまとめていると思う。しかし、小松先生は業績は偉大だったが学歴がなかったので、東京国立博物館では課長までしかなれなかった。

 写真には「自宅近くの書庫で。パソコンやインターネットは使わなかった」とキャプションが付けられているが、10年ほど前に尊円法親王の書を鑑定していただいたときの返事は、教科書体のようなワープロの縦書きで、天地左右に割り印が押されていた。その時のことを以前ここに紹介したことがある。

「小松茂美先生」(2006年9月18日)

2009-09-13

[]山口昌男「学問の春」を読んで思い出した



 山口昌男「学問の春」(平凡社新書)を読んだ。副題が「〈知と遊び〉の10講義」というよく分からない標題。でも「講義のまえに」では、「本書は1997年札幌大学化学部で行われた山口昌男「文化学総論」(ホイジンガホモ・ルーデンス』を読む)の講義をもとにした「比較文化学講義」である。全13回の講義を10回に編集し、著者自身が眼を通し、さらに補足的な聞き書きを行って加筆し、成稿とした。」とある。

 講義録だから難しくはない。しばしば脱線するし、楽しそうな講義だ。聴講してみたかった。ポトラッチトリックスター、読み進めているうちに思い出した。30年ほど前、熱心に山口昌男を読んだ時期があった。どうして忘れていたのだろう。「アフリカ神話的世界」「本の神話学」「道化の民俗学」「文化と両義性」、そのあたりまで読んでいた記憶がある。それで気がついた。以前書いた「周辺からは世界が見える」(2006年11月12日)は田中克彦に触発されて書いた気がしていたが、これは山口昌男の色濃い影響下に書いたものに違いなかった。中心と周縁という概念の立て方なんて山口昌男そのものじゃないか。

 どうしてこんなに長い間山口のことを忘れていたのだろう? 以前、銀座ギャラリー巷房に行くと山口さんがいて、画廊主の東崎さんが紹介してくれたことがあった。その時もなぜかきちんと挨拶することができなかった。

 もう一度「文化と両義性」を読み直してみよう。

新書479学問の春 (平凡社新書)

新書479学問の春 (平凡社新書)

2008-10-28

[]髭が伸びる時間の研究



 アメリカにはつまらない研究をしている学者がいるという記事を読んだことがある。その例として、髭の伸びる時間を研究した学者を紹介していた。24時間、毎時間ごとに髭を剃ってその重さを量ったところ、午前10時ころ最も髭が伸びたのだという。

 私は毎朝ほぼ8時頃髭を剃っている。それがまれに寝坊して昼近くに髭を剃ったりすることがある。翌朝髭を剃ろうとすると、あまり髭が伸びていないことを発見する。どうやら髭は午前10時ころに最も伸びるようなのだ。アメリカのつまらない研究をしている学者が正しかったらしい。

2006-09-18

[]小松茂美先生



日頃お世話になっているKさんから、先祖代々伝わる尊円法親王の書についてその真贋を確かめる手だてはないだろうかと相談された。

尊円法親王は鎌倉〜南北朝の人。伏見天皇の第六皇子で出家してこの名で呼ばれた。また青蓮院とも。

書の大家で青蓮院流の祖だと言う。


始め東京国立博物館へ行った。本館入り口の受付の女性に書を鑑定してもらいたいので学芸員に会いたいと言うと、鑑定のためには学芸員は会いませんと断られた。寄付を前提としたときだけ会って鑑定しますと言う。

これには感心した。なるほど、学芸員が簡単に会ってくれてこれは本物ですとお墨付きをくれればいっぺんにお宝になってしまう。日本の官僚組織も捨てたものではない。


ただこれでめげるわけにはいかない。再度、学芸員が会ってくれないならどうやって真贋を鑑定したらよいかさっきの女性に相談した。

一流の骨董商に見て貰えばいいと言う。一流の骨董商を知らないがと言えば、一流のホテルに出店している骨董商なら大丈夫だと言う。

ほかに方法はないかと問うと、あとは小松先生に相談すればと。

小松先生とは小松茂美先生かと聞くとそうだと言う。

小松茂美先生は昔岩波新書の「手紙の歴史」を読んだことがある。分かち書きとか、「様」の異字を次々にあげてこの字は身分が何等上の相手に出す場合、これは何等上等々、古い書についての該博な知識に驚かされたことがある。


早速小松先生に手紙を書き書の写真も同封すると程なく返事を頂いた。ワープロながら手紙の天地左右に割り印が押してあり、筆で署名されている。

尊円法親王の書にほぼ間違いないでしょうとある。ただ当時弟子も師の書をお手本にしたので弟子の可能性もある。

署名落款がないので高く売ろうなどと考えずに博物館へ寄付するのがよいでしょうとあった。


Kさんにその手紙を差しあげると大喜びされて、東京国立博物館に寄付を申し出られた。

寄付が前提なので学芸員が会ってくれて、ほぼ本物に間違いないでしょうと収蔵してくれることになった。

翌春の新収蔵品展に「伝尊円法親王書、K氏寄贈」として展示された。


後日このことを義父に話すと、お前は無知だからそんなことができるのだ。

小松先生と言えば平家納経を研究した古筆学者でその世界の天皇だと言われた。

小松先生は最近450ページもある中公新書「天皇の書」を出版された。