mmpoloの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2015-03-25

[]『ナイフと斧の使い方』がおもしろい



 ローリー・イネステーラー『ナイフと斧の使い方』(クロスロード)を読む。これがおもしろかった。本書は「父が子に教えるフィールド技術」シリーズの1冊らしい。著者はカナダ生まれ、探検家の父と共にアラスカで少年時代を過ごすとある。1968年に来日して以来日本で過ごしているらしい。本書も訳者が記載されていないので、直接日本語で書いているのだろう。

 絵本の体裁なので子供向けらしい。大型本で48ページ、オールカラーで写真がたくさん使われている。「ナイフの使い方」と「斧の使い方」の2部構成。子供向けの本とはいえ、日本ではナイフも斧もその基本的な使い方など誰も教えてくれないので、新鮮で有意義な読書だった。

 ナイフ編では種類から始まって基本的な使い方が解説され、さすがカナダで、屋外での獲物の解体として、魚と鳥の解体が具体的に紹介される。鳥の解体ではまず羽をむしる。足の筋を取り出したり、全身にロウをかけてピンフェザーを取り除くなど、本格的だ。

 斧編では、使い方として立木を切り倒す、丸太を切る、枝を払う、薪を割るなどとあり、ついで持ち方、置き方、研ぎ等が説明されるが、一番印象に残ったのが「置き方」だった。「置き場所を決める」と小見出しが付けられ、写真があって解説が書いてある。ここでは略したが漢字にはすべてルビが振られている。すると、本書は小学生以上に分類されるのか。

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 数日間にわたってキャンプをする場合、必ず斧は作業する場所、それも誰が見てもすぐにわかるような位置に置くようにして下さい。ただし、地面の上に寝かして置くと、うっかり刃に足をぶつけてケガをすることがあるので危険です。丸太につき立てておくのが、一番安全な方法です。(後略)

 斧を置くときは足をぶつけてケガをしないように、丸太につき立てておくなんて、日常生活に斧がない日本人には気づかない文化ではないか。25年前に初めてこの本を読んだのだったが、このことだけをはっきりと憶えていた。

 もう30年以上前になるが、男のナイフなんていうのがちょっとしたブームになり、雑誌に特集されたことがあった。ナイフを持っていると、まあアウトドアではという前提なのだが、ずいぶん便利だと煽っていた。私も流行に弱くて日本橋の木屋でナイフを1本手に入れた。アメリカのガーバー社製の軽いナイフで(木屋で重さを量ってもらって、一番軽いナイフにした)、本書で見るとブレード(刃)が折れてハンドルに収納されるフォールディングナイフに分類されるらしい。

 日常的に持ち歩いていたが、20年間で実際に役にに立ったのが2回だけだった。会社の部下たちと山梨県の石和に桃の写真を撮りに行ったとき、山道で会った農婦のおばさんがたくさん桃をくれた。近くに川や水道がなく、桃の毛を取るためにナイフを使って皮を剥いた。(以後、出張に持っていくため会社でナイフを購入した)。もう一度は、神田を歩いているときに、タバコ屋の前の柿の木の枝にびっしりとツノロウムシというカイガラムシが群生しているのを見つけ、タバコ屋のおばさんに断ってナイフで枝を切ってきた。ツノロウムシは会社へ持ち帰って撮影し、図鑑などに使うストックフォトに加えた。

 飛行機に乗ったときにはナイフがX線の検査に引っ掛かり、取り上げられて機長預かりにされてしまった。空港へ着陸して係員に預かり証を渡したらじっと考え込んでいる。預かり証と引き替えにすぐナイフを返しますと言われていたのに、こいつはバカかと思って、一緒に預かり証を覗き込んだらそれは昨夜泊まったホテルの領収証だった。バカは私だった。

 10年ほど前だったか、画家で美術評論家の門田さんに常時ナイフを携行していると話したら、自衛のため? と聞かれてしまった。初めてそれが一般的な認識だと知って、翌日から携行するのをやめたのだった。現在はキーホルダー並に小さなヴィクトリノックスの十徳ナイフを持ち歩いている。


2015-01-26

[]ベントレー・コンティネンタルGT試乗記



 今から10年ほど前に、自動車会社で設計の仕事をしている従兄弟にイギリスの名車ベントレーに乗せてもらった。知らない名前の車だったが、あとで調べたら映画監督伊丹十三の愛車だった。伊丹がヤクザに襲われて斬りつけられても抵抗しなかったのに、ヤクザがベントレーを傷つけ始めたら初めて抵抗したと何かで読んだ。そのくらい大事にされている車らしかった。

 乗せてもらったあと、従兄弟が試乗記を書いて送ってくれた。もう10年以上も前になるので、スペック等古くなっているかもしれないが、車の設計者が車をどのように見ているのかが分かってとても面白かった。そのことは古びてはいないと思う。特に「注」の項目が興味深かった。

 「試乗」しているとき、彼がアクセルペダルを一杯に踏みこむと、私の背中は突然シート背面に押しつけられ、思わず声を上げてしまった。これをすると、男はだいたい悲鳴を上げて、女性はみな喜ぶんだよ、と言われた。それを2回体験して2回とも声が出てしまった。

標記の車に週末公道で試乗する機会がありました。W12気筒6,000ccツインターボ560PSというものすごいスペックの2ドアクーペですが、意外に販価は押さえられていて、今回の仕様で2100万円とのことです。この種の車としては世界的にヒットしているらしいですが、その理由の1つがベントレーのエントリーモデルとして破格の安値(!)であるからとか。貧乏人としては、「W12/6,000ccツインターボでエントリー? 2100万円で安値??」と言いたくなりますが。


動力性能は確かに圧倒的で、アクセルペダルを床まで踏むと、まるでワープするみたいに加速します。しかし空車質量が2.4トンもあるので、560PS/650Nmという量産車最大級の出力から期待されるほどの加速感はありません。ベルトライン(注1)が高くてグリーンハウス(注2)が小さい上に車の4隅がほとんど見えないのでスピード感がすごく、メータが異常に渋いような感じがします。夜、某テストコースで全開加速したらコースの照明がいつもとまるで違った流れ方をし、ワープする宇宙船はかくあるのでは、と思えたものでした。


バネ上の動きも小さく、乗り心地は極低速を除いて大変いいです。ステアリングの重さがコーナリングの状況でやや不自然に変化するのが(変化させているんだと思うけれど)気になりましたが、操安性は大変よく、コーナリングは低速でも高速でも自然で、公道では限界はわかりませんでした。


その辺の車とは次元の違う高性能車ですが、私としては今ひとつ好きになれません。巨大な車なのに2+2(注3)というほとんど無駄と言えるパッケージ(注4)、極端に悪い前後方視界、重すぎる質量、悪い燃費、どれもこの車を求めるお金持ちには関係ないことでしょうけれどね〜。

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(注1)ベルトラインとは、車を側面視で見て窓ガラスとドア板金面の境を言います。室内から見るとサイドドアトリムの上端、あるいはドアガラス(見える部分)の下端ということになります。一般にベルトラインを高くすると外形意匠はかっこうよくなりますが、室内の閉塞感が高まり、視界が悪くなります。


(注2)グリーンハウスとは、簡単に言えば室内のガラスに囲まれた部分のことです。ちょっとニュアンスは違いますが、ガラス面積のことだと思って頂いてもいいです。グリーンハウスを大きく取ると、室内の開放感は増しますが、重くなってコストも増えます。空調も大変になります。グリーンハウスを小さくすると外形意匠はかっこうよくなりますが、閉塞感が増して視界が悪くなります。


(注3)2+2というと車の世界では完全な4人乗り(あるいは5人乗り)ではなく、後ろの席がだいぶ狭く我慢席になっている仕様を言うのです。例えば、ソアラセリカのように。従って、2+2と言った場合はほとんどのケース2ドアです。


(注4)パッケージとは車の各要素をどう配置するかを決めたものを言います。車の企画開発というものはコンセプトが決まると、まず意匠すると思っている人が多いのですが、そうではありません。コンセプトを実現するためにパッケージングという作業をするのです。

例えば、エンジンは何を選んでどこにどう載せるか、それと人の関係はどう置くか、ホイールベースはいくつにするか、1列めシートと2列めシートの間隔(カップルディスタンスと言います)はどうするか、ワイド方向で人をどこに配置するか、足の位置は地面からどの高さにするか等、決めなければならないことは一杯あります。この様な基本的なレイアウトを決めることをパッケージングと言い、決めたものをパッケージと言います。パッケージはまさにコンセプトとエンジニアリングの接点なんです。

 私はオートバイの中型免許しか持ってないが、750ccとかもっと大排気量のオートバイと比べたらどうなんだろう。発進だけならバイクもそここそこ加速を楽しめるのだけれど。


※参考資料

2009-12-12

[]企業の設計思想の違い



 面白い話を聞いた。F通は元々スーパーコンピュータの開発を行ってきた会社。スーパーコンピュータは受注生産で製品を発注した顧客と1対1で向き合う。製品のバラツキは絶対に許されない。不具合のない完全な製品をつくることが要請されている。それが企業の体質になっている。それに対してコンシューマー(一般消費者)向きの製品を作っている家電メーカーは、1,000点に1点くらいの不具合があっても構わないとする。その場合は取り替えれば良い。製品の完全さを追求するより、たまに発生する製品の不具合に対して無料で交換する方がコストがかからないと考えているのだ。

 ところが大型のモーターなど重電機を作ってきた日立ともなると、筐体に対する設計思想が全く違っていて、他社では考えられないような頑丈な筐体を作っている。似たように見える家電製品でも設計思想の違いから隠れたところにいろいろ違いがあるらしい。

 以前オーディオ製品をソニーで揃えていたが、10万円近いカセットデッキを買った折り、テープの送りに不具合があった。2度修理を依頼したが、なかなか改善できなかったとき、販売店からの提案で簡単に別の製品に交換してくれた。そういうことだったのか。

2007-04-27

[]印刷の好みが異なる日本と欧米



 欧米の雑誌と日本の雑誌で大きく違ったところがある。印刷におけるカラー製版の好みだ。欧米の雑誌を見ると陰が濃い。明暗がはっきりしている。日本の雑誌ではあまり陰がない。陰を作らないで色をきれいに見せることを心がけているようだ。欧米では色を犠牲にしても陰をはっきり付けるのだ。日本では陰を犠牲にしても、ということは立体感を犠牲にしても色をきちんと見せたがる。日本の印刷は明るく陰影が少なくカラフルに見える。

 日本の凸版印刷という印刷会社が印刷したアメリカの昆虫図鑑の色彩が欧米風だったので、それは製版の問題かと思ったが、撮影の問題でもあったのかもしれない。

 いずれにしろ日本と欧米では印刷の色彩について明らかに好みが異なっているようだ。さて、映画ではどうだろうか?