mmpoloの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2019-01-11

[]古い写真の撮影日は?



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 10年前近くだったか、娘に促されて古い写真のネガをほとんど処分した。35年分くらいあったはずで大きな段ボール箱一杯あった。ネガを切り刻んで処分したが、それなりに手間がかかった。

 それより以前にほんのわずかだがネガからデジタル化したものがあった。古いパソコンの中のファイルにそれが入っていて、久しぶりに見たら室内が写っている。部屋の片隅にはカミさんが写っていて、板と軽石ブロックで組み立てた本棚も見える。その隅にカレンダーがかかっていて、8月を示している。これはいつだったのだろう?

 カレンダーでは8月1日が金曜日になっている。そこから年度が特定できないか調べてみた。「年サーチカレンダー」というサイトが見つかった。それで8月1日が金曜日に当たる年を調べると、1958年1969年1975年1980年、1986年、1997年などとなっている。

 写っている部屋は公団住宅だ。1975年はまだ阿佐ヶ谷の1DKのアパートに住んでいた。1986年にはすでに娘が生まれていた。部屋の様子もカミさんの姿も子どもがいるようには見えない。すると、これは1980年の8月に撮影したものに間違いないようだ。

 記憶をたどるとたぶんこの年に阿佐ヶ谷から写真の墨田区公団住宅に引っ越してきたのだ。2DKだった。翌年娘が誕生している。では写真のカミさんは妊娠初期であり、おそらく本人もそのことに気づいていなかったのではないか。

 カレンダーの下にはソニーカセットデッキヤマハレシーバーが写っている。本棚を構成している台はダイヤトーンのスピーカーだ。右上に見えるのは山本弘未亡人の愛子さんが描いた色紙。子どもの絵の横に愛子さんの詩「あの山をわたって雨がきた。こつこつこつ、まるでまぼろしの兵隊の足音」が書かれている。

 本棚にはル・クレジオの『調書』『大洪水』『愛する大地』『物質的恍惚』『向こう岸への旅』などや、ル・カレの『ドイツの小さな町』、吉行淳之介砂の上の植物群』、それに富岡鉄斎の画集が見える。下段に並んでいるのはカミさんの蔵書で『坂口安吾全集』だ。

 もう1枚の写真にはオリヅルランの鉢が釣り下がっている。ほぼ40年前の写真だった。

2019-01-05

[][]ちひろ美術館東京長島有里枝展を見る



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 東京練馬区ちひろ美術館東京いわさきちひろ生誕100年「Life展−作家で、母で つくる そだてる 長島有里枝」が開かれている(1月31日まで)。いわさきちひろと長島の二人展だ。この美術館はいわさきちひろの住居であったところを美術館にしている。小さいがとても上品で気持ちの良い建物だ。

 いわさきちひろは私も娘が生まれたとき、母親が娘にちひろの絵本を買い与え、その絵の美しさに驚いたのだった。水彩絵具の色彩がとてもいい。今回も4つの展示室のうち、展示室1はちひろの原画を、展示室3は二人の作品のコラボレーション、展示室2は長島が幼い息子を撮った写真を並べている。長島は、暮らしに子どもを迎えたことはアーティストとしての転機になったという。美術館で配布しているちらしから、

……過去の代表作である「家族」(1998年)や「not six」(2004年)などと同じく、アートや写真が内包する男性中心主義的な視点への挑戦であるとともに、子どもという存在が純粋に見飽きない被写体であることの驚きや、見ること、その場に居合わせることの喜びを鑑賞者に伝えます。

 私も娘が小学校入学するころまで、毎週1本のカラーフィルムで娘を撮影していた。当時フィルムと現像プリント代は安価ではなかったから週に1本だったが、デジタルだったらその何倍も撮っていたかもしれない。

 そして展示室4は長島の千人針プロジェクトと、ちひろのベトナム戦争に取材したゲリラになった母親と、母親の帰りを待つ子供たちを描いた作品。千人針というのは、第2次世界大戦のとき、兵士の無事を祈って母親たちが布切れに身近な大勢の女性たちからは針を刺してもらったもので兵士のお守りにした。長島はそれを再現して映画を作り、その様子をポラロイドカメラで撮っている。ポラロイド写真は2つの壁面に千点余も展示されている。それが最も圧巻だった。

 ちひろ美術館を訪ねたのは7年ぶりだった。以前訪れたとき、中庭の大きなバラの幹に見たこともないほどの大量のバラシロカイガラムシがびっしりと寄生していた。そのとき美術館のスタッフに、このままではバラが弱ってしまうので駆除するようアドバイスしたのだが、あまりはかばかしい反応が返ってこなかった。その後どうなったか気になっていたので最後に中庭に出てバラの木を確認した。あんなに寄生していたカイガラムシ痕跡がどこにもなくて安心した。

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7年前のバラシロカイガラムシ

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現在のバラの幹

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 美術館と上井草駅の途中に日当たりの良い畑があり、そこで早くもホトケノザが咲いていた。7年前もたしかここでスミレの花を撮ったことを思い出した。

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作家で、母で つくる そだてる 長島有里枝

2018年11月3日(土・祝)−2019年1月31日(木)

10:00−17:00(月曜休館)、12月15日はちひろ100歳の誕生日で入場無料だった

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ちひろ美術館東京

東京都練馬区下石神井4−7−2

電話03−3995−0612

https://chihiro.jp/

西武新宿線上井草駅から徒歩7分。駅を出て北に向かうとすぐ信号のある千川通りに着く。信号を右折する。次の信号の左側に案内板がありそこを左折、畑1枚分の先にプレートがあり右折する。また看板があり左折すると左手に美術館がある。

2018-11-08

[]東京都写真美術館の「愛について」と「写真新世紀」を見る



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 東京写真美術館で「愛について――アジアン・コンテンポラリー」と「写真新世紀」を開催している(どちらも11月25日まで)。

 まず「愛について」、ちらしに書かれていることを写す。

発展と変容の著しいアジア。現代写真・美術の世界においても、アジアに向けられる視線はますます熱くなっています。本展は家族、セクシュアリティ、ジェンダーのあり方に焦点をあて、変わりゆくアジアの現在をご紹介いたします。出展作家は、中国、シンガポール、台湾、韓国、在日コリアン、そして日本の女性アーティストによって構成されています。国も年齢もアーティストとしてのキャリアも異なる彼女たちの作品は、アジアン・コンテンポラリーとして高い評価を得ているという共通点以上に、女性の価値観が様々に変容するアジアの“今”を共有しています。彼女たちはそれぞれの現実を直視し、それぞれの“今”に思いを巡らせながら走り続けています。その眼差しの奥底にあるもの、それは「愛について」。

 参加しているのは中国、台湾、シンガポール、韓国、日本出身の女性アーティストたち。家族をテーマにしているものが多い。中国生まれのチェン・ズは自傷行為をテーマにしている。対話生まれのホウ・ルル・シユウズは高雄の基地の街で暮らす人々を撮り、在日コリアン3世のキム・インスクは在日コリアンの家族を撮り、韓国のキム・オクソンは済州島に住む外国人と結婚したカップルを撮っている。日本の須藤絢乃は実在する行方不明の女の子に扮して撮影したセルフポートレイトで注目された。シンガポール出身のジェラルディン・カンはファミリー・ポートレイトで注目を浴びた。

 ほぼ家族やその周辺を撮っている。だが写真として現れているのは日常的なポートレイトであまり面白さを感じない。写真は誰でも簡単に撮れる。その写真で頭角を現すのは難しいのだろう。長島有里枝は20歳のときに家族とのヌードポートレイトで鮮烈なデビューをした。しかしそれはもう25年も前のことだった。世界の紛争地や戦場へ行かなければなかなか画期的な被写体には巡り合えないだろう。身近な家族を撮って面白い写真を狙うのは至難の業なのかもしれない。

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 地下の展示室ではキャノンが主催の公募展「写真新世紀」が開かれている。もう41回目だという。こちらは奇妙な作品が選ばれている。印画紙に汚染物質を受けて大気汚染を表現したり、夢に見た光景を再現して撮影したりとか、素直に撮った写真はすでに受賞できなくなっているかのようだ。面白い写真が公募展や美術館の企画展には引っかからなくなっているのだろうか。

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「愛について――アジアン・コンテンポラリー」

2018年10月2日(火)−11月25日(日)

「写真新世紀2018」

2018年10月27日(土)−11月25日(日)

10:00−18:00(木・金は20:00まで)月曜休館

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東京都写真美術館

東京都目黒区三田1−13−3 恵比寿ガーデンプレイス内

電話03−3280−0099

https://topmuseum.jp/

2018-10-13

[]ラット・ホール・ギャラリーの荒木経惟展「KATA-ME」を見る



 東京表参道のラット・ホール・ギャラリーで荒木経惟展「KATA-ME」が開かれている(12月16日まで)。最新の荒木経惟新刊写真集『片目』の発行に合わせて開催されている。その写真集について、ギャラリーのHPから、

ラットホールギャラリーで開催の展覧会に合わせた写真集です。右目の視力を失った5年前から現在に至るまでに荒木が撮影した50点を掲載しています。

 35 mmモノクロフィルムにすべて縦位置で撮影された本展の写真には、女性のヌードやしおれた花、奇妙な人形や玩具のほか、街路や車窓の風景、自宅バルコニーから撮影された空や外景など、荒木のこれまでの作品においても主要なモチーフとなっていた、彼自身の日常を取り囲む私的な対象物が数多く含まれています。

 荒木の身体や心理の現状を示唆するにとどまらず、喪失や死と切り離すことのできない生というものへの、ときに独特なユーモアと機知を織り交ぜた鋭い現実認識、そして生を捉えることへの強い意思表明を表した写真集となっています。

 画廊の壁面には写真で見るようにキャビネくらいの白黒写真が850点ほども並んでいる。ちょっと数が多すぎて1点1点ゆっくり見て歩くという訳にはいかない。ヌードとか風景とかテーマごとに展示されている訳でもないので、端から興味深い写真を探して見ていくことになる。

 中央の壁面の真ん中あたりに荒木の書「片目」が展示されている。

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荒木経惟写真展「KATA-ME」

2018年9月29日(土)−12月16日(日)

12:00−20:00(月曜日休廊)

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ラットホールギャラリー

東京都港区南青山5-5-3 B1F

電話03-6419-3581

http://www.ratholegallery.com/index.htm

東京メトロ「表参道」駅A5出口から徒歩3分。コムデギャルソンの手前の道を右折し、最初の角を左折すると、右手に地下のラットホールギャラリーへ降りる階段がある。

2018-08-12

[]銀座ニコンサロンで小柴一良写真展「小鳥はもう鳴かない」を見る



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 東京銀座の銀座ニコンサロンで小柴一良写真展「小鳥はもう鳴かない」が開かれている(8月28日まで)。小柴は1948年大阪府生まれ、1972年、西川孟写真事務所に撮影助手として入所。その間、土門拳氏の「古寺巡礼1大和編」「女人高野室生寺」の撮影助手を務める。1974年、水俣、出水の水俣病を取材。1979年、帰阪、この年より企業・自治体のCM,広報写真撮影を始める。2007年より各地で写真展を開いている。

今回の写真展に関して、ニコンサロンのホームページから、

40年以上水俣を取材したことから、福島も同じ問題が起きるのではないかと考えていた。福島を仮に公害(?)と言うのであれば 水俣を長年取材した自分が知らん顔をして良いのかといった後ろめたさは、ずっとあった。

2015年明けてすぐに、福島の川内村で葬式の撮影が可能であるという話が舞い込んだ。ロケハンも兼ねて行くことにした。それがキッカケとなり福島通いが始まった。

東電・行政の対応、補償金をめぐる親子・兄弟、あるいは近隣の争い。補償金で高級車を買い、毎日パチンコ通いの人がいる。家を何軒も新築した人がいるという話を耳にする。

また、被害を受けた人の話は避難した先のスーパーのパーキングが満杯で苦労して入れたのに、帰る時は福島ナンバー車の周りは避けられ、ガラガラだった。

福島の人が他県に転居した時、車のナンバープレートから福島の2文字が消えたことにホッとしたという。この様な話に枚挙にいとまがない。なぜ被害者が差別されなければならないのか、多数の利益の為なら少数者の意見などは無視される。それどころか悪口、妬みがあり、そして放置される。半世紀前の水俣とまったく同じ構図ではないか。

1950年頃、水俣の茂道や湯堂集落では海に魚が浮き、猫が狂い、カラスなどが落ちた。その3年後、劇症患者が続発。その2年後、乳児に脳性まひに似た症状が続発した。(1962年胎児性水俣病と診定)

福島の飯館村で老人二人が「近頃、小鳥の声を聴かなくなった」。三春町では春頃になると、車に轢かれた蛇がペシャンコになった姿をよく見たが あまり見かけなくなった。また、最近「竹の色が黄色っぽくなり、緑の鮮やかさがなくなった」といった話を聞く。

人間だけが楽をして、他の生き物の事を考えずに環境を破壊する。近代科学文明の発達は真に人間を幸福にするのか。

福島の傷は深い。目に見える風景は何の変化もない。不気味な静けさの中で「地下世界」では何かが進行しているように思えてならない。

“世の中は 地獄のうえの花見かな”(一茶)

(小柴一良)

 オリンピック招致委員会で安倍首相が放射能はコントロールされていると言ったがとんでもないことだと、写真展を見て小柴の話を聞けばコトの重大さがよく分かる。福島原子力発電所の事故は決して収束してなどいないのだ。小柴は『FUKUSHIMA 小鳥はもう鳴かない』(七つ森書館)を11月に刊行予定だという。そのちらしに書かれたていたことを一部引用する。

優れた技術力で作られた日本の原発は絶対に事故は起きない。官民挙げての言説を繰り返し聞かされ、気がつけば日本国土に54基の原発が作られていた。電力事業者やその周辺の協力者は1つの原子炉につき100万年に1回以下の確率でしか福島クラスのような過酷事故が起きないと推定していた。しかしこの50年でスリーマイル、チェルノブイリ、福島と事故は起きた。

全国の病院で子どもの甲状腺ガンと診断されるのは、年間100万人につき1〜2人。福島県では38万人のうち甲状腺がんと確定したのは162人、悪性の疑いは36人に上る(福島県民健康調査、2018年3月31日現在)。

 原発の運転再開をしてはいけないし、新たに計画している原発も、中止しなければならないことがよく分かる。

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小柴一良写真展「小鳥はもう鳴かない」

2018年8月8日(水)−8月28日(火)

10:30−18:30(日曜休館・8/11〜8/14休館/最終日は15:00まで)

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銀座ニコンサロン

東京都中央区銀座7-10-1

電話03-5537-1469

http://www.nikon-image.com/activity/salon/