mmpoloの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-08-13

[]『お父さん、一緒に死のう』を読んで



 豊田実正『お父さん、一緒に死のう』(東洋出版)を読む。知り合いから、彼の知人が本を書いたけど読みますかと言われて借りた。ひと目見て自費出版だと分かった。副題が「永遠の恋人 永遠の宝物」とある。カバーの表裏に中年のきれいな女性の写真が使われている。それが著者豊田の奥さんだった恵美子さんだ。

 豊田は大学生のとき後に妻となる恵美子と出会う。彼女は学内でも評判の美人だったようだ。卒業して2年後再会して結婚を決める。彼女は良いところのお嬢様だったが。

 豊田は仕事熱心でほとんどモーレツ社員の鑑のような働きをする。会社に勤めながらさらに夜アルバイトをしたりする。深夜まで働き公園などで寝てまた出勤したりする生活だった。

 20代で会社を設立するが、金がなく名刺を作るのがやっと。そのプレハブを組立て・解体する会社は電話もなく、1日100軒の飛び込み営業を繰り返す。ようやく興味を持ってもらえた社長に見積もりを頼まれる。しかし見積もり用紙を買う金もないので、社長に頼んでソロバンを借りメモ用紙をもらって見積書を作る。金額評価され仕事を発注されるが、金がないことを話して2割の前金を依頼する。小切手を切ってやれと事務に指示してくれたが、銀行口座がないことを話して現金でもらう。とにかくすごいバイタリティだ。

 そんな仕事ぶりで会社はどんどん発展する。業種を広げ不動産にも手を出す。最初狭いアパート暮らしだったのが、次々に広いところへ引越し、ついに相当な広さの一戸建てを購入する。ほとんど順風満帆生活を手に入れる。

 妻に対してはきみが「この世のすべて」「永遠の宝」と繰り返す。贅沢をさせて何でも買ってやり、もう欲しいものはないわと言わしめる。その贅沢な海外旅行は、

……海外旅行はどうしても3泊、4泊となりますので、5月の連休か8月の盆休みになりました。行先は香港マカオオーストラリアシンガポール。いずれも現地の空港にガイドと通訳がリムジン車でのお迎え付き。ガイドも通訳も現地到着から帰りの空港まで四六時中傍に。ホテルは超一流。

 子どもにも恵まれ男と女が一人ずつ。孫も生まれた。

 そんなとき、突然アクシデントに見舞われる。はっきりとは書いていないが、おそらく会社が倒産してしまったのだろう。会社も神戸の住宅も捨てて横浜へ移り、しばらくはホテルを転々とした。これはおそらく債権者から逃げていたのではないか。

 小学校から家族ぐるみで付き合っていた幼馴染に東京営業所を任せていた。子会社を設立させて代表に豊田の次兄の嫁の妹の旦那を宛てた。その二人が豊田を裏切って横領を繰り返していた。そのことに長い間気づかなくて、気づいた時は倒産を余儀なくされた。そしておそらく横浜まで夜逃げする。

 具体的な事実関係を詳述すると、恵美子との思い出の本著が汚れてしまいそうだからと、詳しくは書かれない。

 再建を期するが、妻がガンを宣告される。二人の闘病が綴られる。しかしついに帰らぬ人になってしまう。豊田の嘆きは半端なものではない。豊田の愛情の深さが感じられる。恵美子を忍んで本書が書かれ出版される。本文中に挿入される妻の元気だったころのカラー写真。普通はカラー写真は口絵扱いにしてコストの削減を図るのに、惜しげもなく4色刷りを選んでいる。製本こそ並製本だが、540ページという立派な造本だ。

 しかし、自費出版を選ばざるを得なかった理由もよく分かる。豊田自己批判がないのだ。妻のすばらしさは本書から分かるのだが、同時に豊田の成功譚が誇らかに語られている。その方が重点は大きいかもしれないと思えるほどだ。だが一番の問題は、豊田が妻の本当の姿を理解していない風があることだ。なんだか妻恵美子は理想的な美しいお人形さんみたいな女性だ。彼女の内面があまり語られていない。豊田が彼女の内面を本当には知らなかったのではないかと邪推させるほどだ。

 妻は読者家であったと書かれるが、その愛読書は、水上勉内田康夫横溝正史筒井康隆西村京太郎森村誠一小松左京藤沢周平宮本輝などが挙げられている。彼女の俳句も紹介されているが奥様芸の域を出ない。美しかったこと、優しい性格だったことは確かのようだが、それ以外に特段の優れたものを持っていたようには見えない。

 豊田は繰返し自分がどんなに仕事に熱中したかを語っている。それはきわめて非凡なものだったと思う。しかし、それを部下たちに求めたら、おそらく大変な上司・経営者だったろう。幼馴染や親せきの人間が離反して裏切ったのもそうしたきつい人間性への反抗だったかも知れず、部下たちから終始慕われていたという感触が読み取れないのは多分そのことを裏付けるのではないか。

 本書はおそらく豊田が語ったものを編集者が文章に起こしたのだろう。文章に破綻はなく、むしろ手慣れた風でさえある。ただ、これが豊田文体であるというのが見当たらない。読みやすくすらすらと読めてしまって、540ページもあるのに1日で読み終えることができた。誤植は気づいたところで1か所だけだった。

 自費出版の本に対して厳しすぎる評となったが、自費出版といえど公刊されたものだから遠慮なく書いてみた。


2016-07-04

[]常盤新平『翻訳出版編集後記』を読む



 常盤新平『翻訳出版編集後記』(幻戯書房)を読む。「出版ニュース」の1977年から1979年にかけて連載したものを単行本にした。常盤は2013年に81歳で亡くなっている。

 本書は常盤が早川書房に勤めた1959年から翻訳出版に携わっていた10年間のことを中心に書かれている。初めて早川社長に連れられてアメリカへ行ったことから書き始められていて、それは早川社長の好意だったとされる。また上司だった福島正実中田耕治宮田昇に対する恩義と感謝が繰り返し語られる。翻訳者になろうと思っていた常盤を早川書房の編集者に推薦したのは福島正実だった。

 入社2年目で新しい雑誌『ホリデイ』の編集長になったが、雑誌は1号で廃刊になった。その2年後、『エラリイ・クイーン・ミステリ・マガジン』の編集長になる。また「ハヤカワ・ノヴェルズ」「ハヤカワ・ノンフィクション」を創刊した。ル・カレの『寒い国から帰ったスパイ』とメアリー・マッカーシイの『グループ』を出版して成功させた。常盤がある意味、現在の早川書房の礎を築いたと言えるのではないか。

 ところが常盤は自分を卑下し、大した貢献ができなかったと書く。そして先輩に恵まれていたとして彼らの業績を顕彰する。早川社長にも敬意を捧げている。しかし、宮田昇のあとがきを読めば、常盤を実質的に追放したのは早川清社長だった。また田村隆一の名前も一か所だけ、小林信彦の名前はどこにも出てこない。

 それが小林信彦四重奏 カルテット』(幻戯書房)を読めば、常盤と宇野利泰が小林を裏切ったと読めるように書かれているし、宮田昇『新編 戦後翻訳風雲録』(みすず書房)を読めば、常盤のことが好意的に語られ、小林は批判されている。また早川清社長をきわめてケチだったと非難している。ボーナスも少額しか支給しなかったのに、早川が亡くなったときの遺産が100億円もあったと。

 常盤は自分を早川書房から追放した早川社長のことすら、恨みがましいことは全く書かないのだから、すべからくそうなのだろう。

 あとがきで宮田が、「この連載の2年半の間で、文章も内容も、常盤新平が大きく変わっていったのを知った。それは編集者から翻訳者エッセイストへ完全に脱皮したことである」と書いている。しかし、常盤の小説『冬ごもり』(祥伝社)を読んだときも感じたことだが、常盤の文章は巧いとはとても言えず、長期の連載だったとはいえ本書では繰り返しも多い。構成も良いとは言えないものだ。もちろん1960年代ミステリSFなどの翻訳出版に関する資料として、十分参考になり有益だった。本書で言及されている福島正実早川書房時代を回想したという『未踏の時代』(早川書房)も読んでみたい。


常盤新平『冬ごもり』を読んで(2012年3月19日)

小林信彦『四重奏 カルテット』を読む(2012年10月30日)

宮田昇『新編 戦後翻訳風雲録』を読む(2012年11月30日)

生島治郎『浪漫疾風録』を読む(2012年12月22日)


翻訳出版編集後記

翻訳出版編集後記

2014-10-20

[]10月19日の新聞書評



 もう20年近く、毎週日曜日は3つの新聞を手に入れて書評を読んでいる。丸谷才一が自画自賛していたように、3大紙では毎日新聞の書評が最も優れていると思う。少し落ちて朝日新聞、その次が読売新聞の書評だ。一時、日経や東京新聞も買ってみたが、日経は経済偏重の気味がうかがえて、東京新聞はたしか2ページしか書評に充てられていなくて、やっぱり3紙だけに戻ってしまった。ページ数で言えば朝日が4ページなのに、毎日も読売も3ページしか充てられていない。それにも関わらず毎日が最も充実している。

 毎週気になった書評を切り抜いて保存している。読みたいと思うのをそうするのだが、単に参考のために切り抜いているのもある。購入しても実際に読むのは何年も経ってからというのもある。

 今回(10月19日)の書評で気になって切り抜いたのが8冊もあった。先週は0、先々週も2冊くらいだったのに。内訳は毎日新聞が6冊、読売新聞が2冊、朝日は0だった。

・川田順造『〈運ぶヒト〉の人類学』(岩波新書):書評は中村桂子

 アフリカで誕生した新人(ホモ・サピエンス)の特徴を、これまで「作るヒト」とか「遊ぶヒト」とか言ってきたが、川田は「運ぶヒト」だと提案している。川田は、日本、西アフリカ、フランスを往来して3つの分化を比較してきた。そこからこの考え方を発見したようだ。

・渡辺京二『無名の人生』(文春新書):書評は井波律子

 渡辺の『逝きし世の面影』は大変面白かった。その渡辺の語りおろしエッセイで、自分の半生を綴っているという。これは読みたい。

・杉本秀太郎『見る悦び』(河出書房新社):書評は湯川豊

 俵屋宗達やゴーギャンを論じていてユニークらしい。ちょっと興味を抱いた。

・角岡伸彦『ゆめいらんかね やしきたかじん伝』(小学館):書評は中島岳志

 やしきたかじんの父は在日コリアンだったという。たかじんは父の出自に悩み、それを一切公開しなかった。それが橋下徹に接近し、安倍晋三を盛り立てた。出演する番組でゲストから在日コリアンへの心無いコメントが発せられても何も言わなかった。そんな彼の伝記を読んでみたい。

・佐藤一進『保守のアポリアを超えて』(NTT出版):書評は松原隆一郎

 保守主義を1790年のエドマンド・バークから掘り起し、共和主義を補助線として、現代にいたる流れを整理しているという。発行元のNTT出版は大きな会社だとは思えないが、書評で取り上げられる頻度が半端ではない。誰か優れた編集者がいるのだろう。

・マリオ・プーヅォ『ゴッドファーザー』(ハヤカワ文庫):書評は長田弘

 ランペドゥーサ『山猫』の映画と小説を推薦し、併せて『ゴッドファーザー』も映画と小説を推薦している。『山猫』はどちらも読んで見たが、『ゴッド〜』は小説は読んでないから。

 以上が毎日新聞の書評。ついで読売新聞。

・鳥飼玖美子『英語教育論争から考える』(みすず書房):書評は須藤靖

 鳥飼はたしか英語の同時通訳者だ。1970年代に行われた平泉渉と渡部昇一の論争を再度取り上げている。平泉は、英語を義務教育の対象から外す、中学では欧米だけでなくアジア・アフリカの言語と文化の基礎を学ぶ、大学入試から外国語をなくすとまで言っているらしい。

 書評の須藤は東大の宇宙物理学者だが、エッセイが極めて面白い。須藤が推薦すればその本の面白さは保障される。

・片山洋次郎『生き抜くための整体』(河出書房新社):書評は石田千

 整体といっても、道具や体操服は不要。耳の軟骨をひっぱる、のどの筋肉に触れる、腕をさする、ぱたんと足を投げ出す。読みながら試すと、頭や首が軽くなり、あくびが出て、深く眠れたとある。これは読んで試さなきゃ。

 今週は豊作だったというべきか、また読まなきゃいけない本が増えてしまったというべきか。

2014-09-29

[]祖父江慎の語るブックデザイン



 ブックデザイナーの祖父江慎がインタビューに答えてブックデザインを語っている(朝日新聞、2014年9月27日)。それが知らないことばかりで興味深い。

 本のデザインで一番楽しいのはどんな作業かという質問に答えて、文字組みだという。

 文字の大きさ、どのフォントを使うか、行間や上下左右の余白で印象は変わります。集中して読むミステリーは、外の風を感じられないように読者を文字に縛りつける感じ。お茶を飲みながら読めるエッセイなら風通しよく、優しくフレンドリーに。論文は固く文字を組むと信頼度が上がります。

 そして、フレンドリーにする技は? という質問に対して、

 版面(はんづら)を丸くすること。改行後の「」(かぎ括弧)は、文頭が隣の地の文より少し下がりますよね。大きめに下げると、文頭の地平線がでこぼこして、やわらかくなります。行間をあければ、シフォンケーキのように空気が入ってふわっとします。ノンブル(ページを示す数字)を角に合わせるより、内側に入れる方が丸い感じになる。空気や風、明るさ、本の中で過ごす時間が変わる。

 本のデザインのキモは表紙だと思っていたというインタビューアーに対して、

(中略)さらに、持ち歩いて読むのか、机の上で読むのかでも違います。

 通勤電車で片手で読むなら、本を綴じる側の「のど」の余白は広めに、その代わり、本を開く側の「小口」の余白は狭くていい。

 同じように片手で持つ場合でも、昔の人は親指に力を入れて小口をしっかりつかみ、本を大きく開いていたので、小口の余白は広い方が良かった。最近の人は大きく開かずに、親指を軽く小口に添えて読むので、その余白は狭くていいけれど、のどの余白は広さが必要になります。

 インタビューはまだ続く。私も昔編集の仕事をしていたのに、知らないことばかりだった。でも出版社でブックデザイナーに仕事を依頼しても、せいぜい表紙のデザインまでで、ここまで依頼する例は少ないのではないだろうか。

 私が割りに重視していたのは、文字の大きさと1行の字詰め、そして行間の広さだった。1行の字詰めが多ければ(1行が長ければ)行間は開かないと読み辛い。新聞のように少なければ行間は詰められる。辞書の文章も3段組み、4段組みと1行が短いので、行間を詰めていても違和感なく読めるのだ。

 ところが、今読んでいる中沢新一『バルセロナ、秘数3』(講談社学術文庫)の巻末の注の行間は狭すぎる。ふつう注はせいぜい数行なのに、この本の注は長く、1ページを越える場合さえある。小さな文字で詰まった行間の文章が何行も続くのは読みにくいものだ。

2014-09-15

[]『ベスト珍書』というヘンな本を読む



 ハマザキ カク『ベスト珍書』(中公新書ラクレ)を読む。副題が「このヘンな本がすごい!」というもの。ヤバい、すごい、怪書、エログロ、発禁本など100冊を厳選したとカバーの袖にある。中央公論社がそんなトンデモ本を発行したのかと半信半疑で読んでみた。

 目次を見ると、「珍写真集」「珍図鑑」「珍デザイン書」「珍造本」「珍理工書」「珍語学書」「珍人文書」「珍医学書」「珍エロ本」「珍警察本」とある。そして『葬儀トレンド写真集2013』とか、『写真集 手押しポンプ探訪録』『米軍による日本兵捕虜写真集』『行って見て聞いた 精神科病院の保護室』『誰にでもできる職務質問』などマニアックな題名の本が並んでいる。

 「珍エロ本」の章で紹介されている徐美姫『SEX』(赤々舎)は、縦42cm、横31cmという大型本で、しかし内容はモノクロで写された波の写真がただひたすら48ページにわたって載せてあるだけという。

 やはり中央公論社だから、あまりおかしな内容は掲載されていない。編集者が自己規制しているのだろうか。そのなかで、最も危ない内容だと思われるのが、尾上泰彦『アトラスでみる 外陰部疾患プライベートパーツの診かた』(学研メディカル秀潤社)だ。その紹介は、

 この本を見たら、たとえ男子中学生だったとしても、そのあまりのグロテスクさにしばらくの間、性欲が限りなくゼロに減退することは間違いない。この『ベスト珍書』で紹介してきた本の中でも最も目を背けたくなる一冊だ。また読み終えた後、最も手を入念に洗いたくなるような本でもある。載っているのは、梅毒、クラミジア、尖圭コンジローマ、性器ヘルペス、ケジラミ症、カンジダ症などありとあらゆる性病に罹患した女性器と男性器だ。

 冒頭では亀頭冠の部分にブツブツがまとわりついた状態の男性器や両側の陰唇の一部が繋がっている女性器など、一見、病気に見えるが正常な生理的状態の様態を紹介している。中盤からは性病にかかった患者の写真などが掲載。梅毒患者は性器だけでなく、顔面や体にバラ疹が発生している。悪性梅毒の場合は顔面の半分ほどが崩壊しかけており、見るも無惨である。淋病感染症の場合は尿道からコンデンスミルクのような、膿性分泌物が漏れている。中でもグロテスクなのが尖圭コンジローマで亀頭部分からコケのイボのようなものが発生している。肛門にも転移するらしく見ているだけで吐き気を催す。カンジダ症も不気味で、性器からおりもののような、乾燥したヨーグルトのようなものが大量に分泌されている。後半では(中略)いずれもあまりに痛々しい症例で、興味本位で見ると後悔することになるだろう。

 仕事のために見た著者ハマザキ氏に同情を禁じ得ない。また編集者にも多少だが同情してしまった。