mmpoloの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-03-24

[]書家 福田匠吾初個展と祥洲の墨の世界2012を見る



 浅草橋のマキイマサルファインアーツで書の個展を見る。ギャラリーの1階で「福田匠吾初個展」を、2階で福田の父の「祥洲の墨の世界2012」を開いている(4月1日まで)。

 私は書についてはほとんど分からない。でも福田匠吾の初個展は良い字だと思った。左から「舌」「眼」「鼻」「身」「耳」と書いている。1987年京都生まれ、京都精華大学人文学部を卒業している。書は3歳から父祥洲に倣っているという。まだ25歳だが、見事なものだと思った。

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 息子がこんななら父親はどんなにすごいのかと2階へ上がって行った。父親祥洲は大きな3幅の作品を展示していた。「怒濤」「破天荒」「貫入」と書かれている。いずれも昨年の大震災に関係して書かれたようだ。さすがに父親だ。すごく良いものとすごく悪いものは私のような素人にも分かるものだ。祥洲は1958年京都生まれ。自家製墨を使っているが、それは比田井南谷を範としているという。

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 比田井南谷は天来の息子になる。比田井天来といえば、私が昔お世話になった画家関龍夫さんの最初の奥さんが天来の娘だったと聞いている。そんな風に人間は繋がっているのか。

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書家 福田匠吾初個展と祥洲の墨の世界2012

2012年3月24日(土)−4月1日(日)

11:00−19:00(30日のみ−20:00まで、最終日17:00まで)

会期中無休

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マキイマサルファインアーツ

東京都台東区浅草橋1-7-7

電話03-3865-2211

http://www.makiimasaru.com/mmfa/

2011-07-30

[]「波」500号記念号、表紙の書



 新潮社のPR誌「波」がこの8月号で500号になった。1967年1月に創刊して、1968年春季号から表紙に作家の書を掲載するようにした。第1回が川端康成だった。川端は「風雨」と書いている。見事な書だ。以来、井伏鱒二稲垣足穂内田百間石川達三開高健新田次郎三島由紀夫星新一田辺聖子瀬戸内寂聴石川淳柴田錬三郎檀一雄筒井康隆立原正秋小林秀雄松本清張大江健三郎司馬遼太郎井上ひさしなど錚々たる作家たちが書いている。しかし、時代が下がるごとに書はどんどん下手になり、新しい作家はボールペンにまでなってしまう。でもこの特集は面白かった。「とんぼの本」で取り上げられればいいかな。400人ほどの作家の書なんてそれだけで興味が湧くだろう。

2010-03-27

[]中村不折の書



 朝日新聞に中村不折の書「龍眠帖」が紹介された(3月24日)。5月9日まで東京・根岸の台東区立書道博物館で「中村不折と明治の書 文豪たちとの交流を中心に」が開かれており、この作品も出品されているという。

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 初めて目にした人は、さぞ驚いたに違いない。ヘンとツクリがばらばらになった、ゆがんだ文字の群れ、書というより、記号の羅列のようだ。発表当時、著名な書家から酷評され、書壇で大論争になったというのもうなずける。

「龍眠帖(りゅうみんじょう)」は洋画家にして書家の中村不折の代表作だ。内容は中国の詩人・蘇轍(そてつ)の詩「題李公麟山荘図」を21紙につづったもの。多忙で体調を崩し、神経衰弱に陥った不折が、療養先の群馬県磯部温泉で、リハビリを兼ねて書いたと伝えられる。

 もともと習作で本人は発表するつもりがなかったため、所々に間違えた文字を直した訂正の跡などが残る。俳人の河東碧梧桐の勧めで1908年に出版され、再版が決まった際も、「風格まで同じに書けそうもない」と、書き直さないまま刊行された。

 書家の石川九楊はかつて、従来の書と本作の違いを、写実的な肖像画とピカソやキリコの人物画の差にたとえた。

 不折の書は義父の家にも掛け軸があった。署名が「不拙」となっていた。義父は、不折が酔った折りにでも戯れてこの署名をしたのだろう、贋作ならこんな名前を書くことはないだろうし、本物だろうと言う。義父の父親は戦前「信州及信州人」という雑誌を発行しており、不折に絵やカットを描いてもらっていたという。そんな関係で不折の書があるのだと説明してくれた。

 台東区立書道博物館は元不折の住宅。鶯谷のラブホテル街の真ん中にある。真面目な義父は書道博物館へ行ったが大変恥ずかしかったらしい。