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2011-01-16

[]柳瀬尚紀「日本語ほど面白いものはない」を読む



 柳瀬尚紀「日本語ほど面白いものはない」(新潮社)を読む。副題を「邑智(おおち)小学校6年1組 特別授業」と言い、英文学者の柳瀬尚紀島根県の小学校で授業をした記録だ。

 毎日新聞2010年12月19日に掲載された「2010年この3冊」で科学史家の村上陽一郎が取り上げた3冊の内の1冊で、大いに期待して読んだのだった。村上の推薦文を掲げる。

柳瀬尚紀「日本語ほど面白いものはない」(新潮社


 これは異色の書物。著者が地方の小学生を相手に、日本語を巡る授業を重ねた記録だが、読者にとっても著者の授業は、奇想天外な漢字の紹介もあって、仰天するほど面白いし、そのうえ、子どもたちと担任の先生と著者の切り結びが、時に涙腺を刺激するまでに秀逸。こどもが育つ原点を示してくれる。

 これがあまり面白くなかった。村上陽一郎NHKテレビで放送している「ようこそ先輩」を見たことがないのだろうか。有名人が自分の出身小学校で授業をする番組だ。この番組では毎回ではないが、しばしば素晴らしい授業風景が紹介される。成功した授業が必ずしも優れた文化人が先生をした時ではなく、むしろお笑いタレントの時だったりする。ロンドンブーツの一人が先生をやった回は感動的だった。

 柳瀬の授業でも子どもたちが感激しているのは嘘ではないと思う。柳瀬本人も面白がっている。だが、授業の内容が本にして紹介するほどの面白さではないのだ。

 昔、「ようこそ先輩」の前の番組で、児童文学者の椋鳩十が出身中学の喬木中学校で国語の授業をして、それがNHKで放映されたとき、中学教師をしていた友人が、授業はあんなものじゃない、あれでは子どもたちが付いてこないと批判していた。有名人の特別授業なので成り立つハレの部分もあるのだろう。

 出勤時に読み始めて会社の昼休みに読み終わった。私の読み方が早いのではなく、内容が軽いのだ。その反対に石川淳の「文学大概」(中公文庫)では読み終えるのに5日もかかっている。難しかったのだ。速読術というのがあるが、ハイデガーの「存在と時間」を速読することができるのだろうか。理解力が追いつかないのではないか。

 そんなわけで、これは柳瀬尚紀にではなく、村上陽一郎に少しだけ苦言を呈したのだった。

日本語ほど面白いものはない―邑智小学校六年一組特別授業

日本語ほど面白いものはない―邑智小学校六年一組特別授業

2011-01-04

[]毎日新聞の「2010年この3冊」から(下)



 毎日新聞の「2010年この3冊」から(上)の続き。*を付けた名前がその本の選者だ。

       *

伊東光晴京大名誉教授・経済学

●岩澤信夫「究極の田んぼ」(日本経済新聞社

 冬水田に水をはり、イトミミズを発生させる有機農法で、除草剤を使わず、田も耕さず、冷害に強く、収量も多い米作り。「日本不耕起栽培普及会」のリーダーの本。科学的基礎も充分。広く読んでほしい。

 これは私も読んで紹介した。

「究極の田んぼ」という過激な自然農法をすすめる本(2010年6月14日)


*井波律子(中国文学者)

渡辺京二黒船前夜−−ロシア・アイヌ・日本の三国志」(洋泉社

 ペリー黒船が来航する100年ほど前から、千島、樺太北海道など北方世界はにわかに慌しくなり、ロシア、アイヌ、日本が入り乱れて大騒動が始まる。興趣あふれるエピソードをふんだんに盛りこみ、知られざる北方史をありありと描きだした臨場感あふれる1冊。

池内紀「ことばの哲学−−関口存男のこと」(青土社

「語学の鬼才」と称された大いなるドイツ語学者、関口存男のユニークな生涯とその壮大な「ことばの哲学」を、忘却の彼方から掘り起こしたすばらしい評伝。こんな卓越した語学者が実在したとは。まさに目からウロコの感動をおぼえる。

 渡辺京二は「逝きし世の面影」がとても良かった。だからその姉妹書という本書も良いに違いない。

「逝きし世の面影」を読んで(2010年4月13日)


海部宣男放送大学教授・天文学

●手嶋兼輔「ギリシア文明とはなにか」(講談社選書メチエ

 今年一番、読みふけった本。著者は在アテネ日本大使館にも勤務した。地中海という切り口での歴史分析から、誇大ギリシャ文明の違った風景画見えてくる。軸は、ギリシャにただ一度世界帝国への夢をもたらした、アレクサンダー大王である。

丸谷才一文学のレッスン」(新潮社

 今年一番、詠んでトクした本。ベッドの友に最適で、読了が惜しかった。詩歌から小説・評論、古今東西の文学を、解剖分解再構築。日本の近代詩や長篇小説への厳しい批判に、納得同感なるほどそうか。文学の原点はやはり歌なんだと、安心もした。

文学のレッスン」は私も紹介した。

丸谷才一「文学のレッスン」の興味深いエピソード(2010年7月30日)

丸谷才一「思考のレッスン」を読んで(2)(2010年10月22日)


三浦雅士(評論家)

古田晃「俵屋宗達−−琳派の祖の真実」(平凡社選書)

 これは小著ながら宗達光琳、抱一の差を際立たせ、宗達の独自性に感嘆の声を上げさせずにおかない一冊。

●マルティン・ハイデガー木田元監訳「現象学の根本問題」(作品社

 これは、立ち読みでもいいから、まず「訳者あとがき」を読むこと。邦訳全集に収録されているにもかかわらず、なぜテキストを変えてまで別の翻訳を刊行しなければならなかったか、理由が分かる。その後に全編、読みたくなる。「存在と時間」の「全面的なやりなおし」だから主著に次ぐ必読本。講義にふさわしい口語訳なので、確かにじつにわかりやすい。

俵屋宗達」は確かに刺激的な本だった。

古田亮「俵屋宗達」(平凡社新書)の大胆な主張(2010年6月17日)

 ハイデガーの「現象学の根本問題」は三浦の言うように訳者あとがきを読んでみた。簡単に言えば本書がハイデガー理解に大変重要なこと、しかし既刊の全集の訳がひどいため、翻訳権の問題をクリヤーして新訳を刊行したのだった。これは買って読みたいと思った。木田元ハイデガー存在と時間』の構築」(岩波現代文庫)を読むと、この辺の事情がよく分かる。


村上陽一郎東洋英和女学院大学長・科学史

柳瀬尚紀「日本語ほど面白いものはない」(新潮社

 これは異色の書物。著者が地方の小学生を相手に、日本語を巡る授業を重ねた記録だが、読者にとっても著者の授業は、奇想天外な漢字の紹介もあって、仰天するほど面白いし、そのうえ、子どもたちと担任の先生と著者の切り結びが、時に涙腺を刺激するまでに秀逸。こどもが育つ原点を示してくれる。

山崎正和劇作家

三浦雅士「人生という作品」(NTT出版

 三浦氏は、人が霊魂を信じるか人生という作品(虚構)を信じるかで、文明史を分けるという冒険を試みた。成果はめざましく、文学貨幣、芸術といった膨大な人類の営みが統一的な展望のなかに捉えられた。博学と思考の力業の調和が、本年の白眉というべき本を生んだ。

「本年の白眉」とは最高の絶賛だ。この出版社は刊行数の割に新聞などの書評で取り上げられる頻度が高いという印象がある。


養老孟司解剖学者)

●藻谷浩介「デフレの正体」(角川oneテーマ21

 これは新書だが、私は経済の音痴、でもこれを読んで、おかげさまでさまざまな疑問が解けたなあと思った。見ようによっては、こういう単純なことなんですよ、世の中というのは。記者必読じゃないだろうか。

 これでちょうど20冊だ。こんな風に読みたい本はどんどん増え続けていく。今でも家には未読の本が500冊以上はあるというのに。

2011-01-03

[]毎日新聞の「2010年この3冊」から(上)



 年末恒例の毎日新聞の「2010年この3冊」が12月12日と26日に掲載された。毎日新聞書評執筆者35人が105冊の本を選んでいる。その中から私が興味を持った本を挙げてみた。*を付けた名前がその本の選者だ。

       *

江國香織(作家)

●ラッタウット・ラープチャルーンサップ「観光」(ハヤカワepi文庫)

 丁寧な手つきが印象的な1冊で、収められた7編すべてが楽しい。なかでもカンボジア人の少女の話「プリシラ」と、老人(アメリカ人男性)を描いた「こんなところで死にたくない」は忘れられない。

ウェルズ・タワー「奪い尽くされ、焼き尽くされ」(新潮クレスト・ブックス)

 その荒涼としたタイトルにもかかわらず、読んでいるうちに人間を好きになってしまう1冊。夜に戸外で、1本だけ灯されたろうそくの火を、ものすごく温かくあかるいと思う感じに似ている。現代のアメリカの、ごく普通(らしい)人々が描かれた9編。

ミランダ・ジュライ「いちばんここに似合う人」(新潮クレスト・ブックス)

 これは「奪い尽くされ〜」と全く違うトーンで、でもやっぱりアメリカの、ごく普通(らしい)人々を描いた1冊で、まなざしが、根本のところでやさしい。大胆な性描写も、これでもかとばかりに暴かれる孤独も、そのやさしさとユーモラスな語り口によって、たとえば貝殻とかガラス玉とかお菓子みたいに可憐に見える。

鹿島茂明治大学教授・仏文学

プルースト/吉川一義訳「失われた時を求めて 1 スワン家のほうへ I」(岩波文庫

 2010年は戦後の仏文学研究の総決算の年だったのかもしれない。仏文学における最高峰であるマラルメプルーストの主著がこれ以上は望みえない日本語となって出版されたからである。もしフランス語と日本語を完璧に理解する人がいたとするなら、この二つの翻訳においてマラルメプルーストは世界最高水準で理解されたばかりか、最高の日本語に訳されたと認めざるをえないだろう。

 このマラルメは「マラルメ全集 I 詩・イジチュール」(筑摩書房)だ。「最高の日本語に訳された」のだ! しかし吉川一義がこんなに褒められては、過去の訳者たち、鈴木道彦、井上究一郎中条省平高遠弘美らの立場が……


川本三郎(評論家)

角田光代「ひそやかな花園」(毎日新聞社

 角田光代は毎年コンスタントに力作を発表し続けている。今年も「ひそやかな花園」「ツリーハウス」「なくしたものたちの国」と3冊上梓している。

 なかでも「ひそやかな花園」は近年、新しい家族のあり方を追い求めているこの作家のなかでも出色のもの。

「出征の秘密」を抱えた子供たちがやがて大人になりそれぞれが秘密を知り、友情で結ばれてゆく。厳しさのなかの優しさにあふれ最後は涙が出る。

中村桂子JT生命誌研究館館長)

●末盛千枝子「人生に大切なことはすべて絵本から教わった」(現代企画室)

 確かな眼でよい絵本を出版している著者が、これまでに出会った宝物のような絵本と、それを通してのすてきな人々との出会いを語っている。それが美しい生き方につながっているのがすばらしい。

沼野充義東大教授・スラブ文学

●サーシャ・ソコロフ「馬鹿たちの学校」(河出書房新社

 伝説の作品として知られるだけで長いこと未訳だったロシア作家ソコロフの「馬鹿たちの学校」では、息をのむほど美しい不思議な少年の意識の流れに浸ることができた。

丸谷才一(作家)

デイヴィッド・ベニオフ「卵をめぐる祖父の戦争」(ハヤカワ・ポケット・ミステリ

「卵をめぐる祖父の戦争」はたしか短評でも触れた。これもまたじつに痛快な娯楽読物で、レニングラード攻防戦という悲惨な題材を扱ってこれだけふざける度胸のよさ、芸達者に驚いた。この本からハヤカワ・ポケミスの表紙が新しくなり、いい気持。

 私もこの本は高く評価した。

傑作「卵をめぐる祖父の戦争」の面白さ!(2010年11月19日)


*持田叙子(日本近代文学研究者

桐野夏生「優しいおとな」(中央公論社

 前半がすごい。近未来の渋谷が主人公といえる。格差社会が進んで子どものホームレスさえ増え、渋谷アナーキーな街と化す。JR駅は「冷たい鉄の箱」のように無人化し、金持ちは車でこの街を通過するのみ。殺伐たる未来図は、現存の都市のはらむダークを先鋭化する。前作「グロテスク」に通底し、桐野夏生が、東京詩人であり予言者であるのを痛感する。

*若島 正(京大教授・米文学

ウラジーミル・ナボコフ沼野充義訳「賜物 世界文学全集IIー10」(河出書房新社

 ナボコフロシア語で書いていた時代の最高傑作と謳われる「賜物」が、ロシア語から翻訳されたということじたい、一つの大事件である。亡命先のベルリンを舞台にしたこの大作は、濃密な文章をゆっくり時間をかけて読むことの喜びを教えてくれるという点でも比類がない。

 この項、続く。

2010-04-18

[]「日本一の桜」のタイトルに釣られて読んでしまった



 講談社現代新書の新刊「日本一の桜」を買って読んだ。季節柄みごとな桜が紹介されていると思ったのだ。そうではなかった。日本一の桜を管理・育成している人たちのことを取材した本だった。どの章にも「桜守」という語が頻出する。著者はこの本を「桜守」とか「桜を守る人びと」とか「桜守という人びと」というタイトルで書いたのではなかったか。しかし、それでは売れないないだろうという編集部の判断で現在のタイトルに変えられたのだろうと推察する。

 確かにそういうタイトルだったら買わなかった。そういう意味ではこのタイトルは成功しているが、大きな違和感を持ったという点では羊頭狗肉の譏りを免れない。

 著者丸谷馨の略歴を見ると、

 1959年青森県弘前市生まれ。出版社勤務などを経て、ノンフィクション作家に。著書に「タウンページなぞときたい」(朝日文庫)、「わが家の食卓がガラリと変わるたべもの発見ガイド」(講談社)、「プロ家庭教師の技」(講談社現代新書)、「男の隠し味」(読売新聞社)、「ようこそ、フランス料理の街へ」(弘前大学出版部)など。

 となっている。テーマに一貫性がない。注文に応じて書いているフリーのライターをしている人なんだろう。本文中で気になった箇所があった。桜を愛でる人物を紹介して、西行を取り上げる。

 西行は、自由で柔軟な精神をもちえたからこそ、孤高であっても強く明朗なまでに生きた。永遠に謎めいた生き方に、時代を超越して人々は憧れるのだろう。

 こういう書き方はスカだと思う。本当に共感して書いている書き方ではない。フリーライター特有の軽い如才ないレトリックだ。気をつけなければならないと自戒した。

 しかし、本書で紹介されている全国各地の桜守たちには頭が下がる思いがしたことだった。この人たちのお陰で全国の桜の名所ができているのだろう。

 数年前、夏の終わりに京都で開かれた日本虫えい学会に参加したとき、京都のタクシーの運転手に、大勢のお客さんをあちこちの神社仏閣に案内している運転手さんが見て、京都で一番見事な桜はなんですかと質問したら、その人は即座に平安神宮のヤエザクラですと答えてくれた。この本にも八重紅枝垂れとして紹介されている。

日本一の桜 (講談社現代新書)

日本一の桜 (講談社現代新書)