mmpoloの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-09-30

[]手嶋龍一『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』を読む



 手嶋龍一『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』(マガジンカウス)を読む。著者の手嶋はもとNHKワシントン支局長、テレビニュースで何度も見かけていた。そんな経歴から国際政治の裏面に通じているようで、対テロ戦争を描いたノンフィクションやインテリジェンス小説も書いているという。

 本書ではまずパナマ文書が取り上げられる。パナマ文書とは、パナマの法律事務所モサック・フォンセカによって作成された、租税回避行為に関する一連の機密文書で、匿名の者によって盗み出された膨大な内部データが南ドイツ新聞の記者にリークされ、それをもとに世界の名だたる政治指導者たちの秘密の財産が明るみに出された。一流企業資産隠しにも利用されていた。本来決して明るみに出ないはずのデータが何者かによって公にされた事件だ。

 ついでイギリスのスパイ小説作家ジョン・ル・カレの小説『パナマの仕立て屋』が紹介される。この小説はまさにパナマの政界の闇と、英米の情報組織のかかわりの仕組みがよく書かれている。

 第3章は、そのル・カレの生い立ちと、稀代の詐欺師であったル・カレの父親のことが描かれる。ル・カレもイギリスの情報部のスパイをしていたことがあり、詐欺師であった父親との関係からスパイとしての資質が育まれたのだと手嶋が主張する。

 またル・カレの代表作でもある『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』の二重スパイのモデルとなったキム・フィルビーについて詳しく書かれる。キム・フィルビーはイギリス情報部に潜入したソ連の最大のスパイであった。グレアム・グリーンもキム・フィルビーを取り上げて『ヒューマン・ファクター』を書いている。

 ついで戦前の日本でソ連のためにスパイ活動をしていて捕らえられ処刑されたゾルゲが描かれる。ゾルゲは捕まったあと取調べに当たった特高警察の警部補と取引をし、ゾルゲと関係した日本の女たちに取調べが及ばないようにしたという。

 最後にウィキリークスを立ち上げたジュリアン・アサンジと、アメリカのNSAの内部機密を取り出して公表したエドワード・スノーデンの事件が語られる。

 なかなか面白く読んだのだったが、NHKワシントン支局長という位置から書かれた裏情報かと思って読んだせいもあるが、多くをル・カレなどのスパイ小説や自伝などに依っていて、ル・カレファンの私としてはどこかで読んだ話だとしばしば思ったことだった。

 また常套的な表現がしばしば見られ、あまり文章のうまい作家とは思えなかった。タイトルもモタモタした感じではないだろうか。

2017-09-16

[][]片山杜秀『国の死に方』を読む



 片山杜秀『国の死に方』(新潮社新書)を読む。これがおもしろかった。片山は音楽評論の世界でも高い評価を受けていて、音楽に関する著書も多いが、もともとの専門は政治思想史の研究者なのだ。音楽評論では吉田秀和賞とサントリー学芸賞を受賞している。

 本書の袖の惹句から、

……近年、この国の有り様は、あの戦争前後の混迷に驚くほど通底している。国家が自滅していくプロセスを精察し、暗雲漂う現代の「この国のかたち」を浮き彫りにする。

 明治の政治体制明治憲法の体制は、大局的な意思決定につなげてゆく上級国家機関が存在していなかった。明治国家をデザインするにあたって、明治の元勲たちは何を考えたのか。明治維新は徳川幕府を倒して新しい政府を作った。それは天皇が直接政治を主導する天皇親政である。過去の日本の歴史では、摂関政治があり、鎌倉室町江戸のような幕府があった。権力は低きに流れ、権力の上層は空洞化する。歴史を繰り返すことなく、王政復古の実をあげなければならない。しかし複雑化している近代では天皇親政は実質的に不可能だ。そこで元勲たちは、最初からなるたけ権力機構を細分化しておくことを選んだ。内閣、議会、裁判所、陸軍、海軍を切り離し、それぞれの中身もさらに切り刻む。

 しかし、その結果は「そもそも大日本帝国には、諸機関に集まる情報を遺漏なく整理し、大局的な意思決定につなげてゆく上級国家機関が存在していなかった。敵の情報どころか味方の情報すら全貌を把握しえなかった。情報は個々の部局に留め置かれがちだった。敵の様子はおろか、自国の実情すら、突き詰めれば誰にもよく分からなかった」ということになった。戦局が悪化したとき、陸軍本土決戦を主張した。しかし、本土決戦で一時的にも勝利をおさめて頽勢を覆すことが可能なのか軍を含めて日本の誰にもよく分からなかった。

 戦争の時代の日本は軍国主義だったと言われる。軍部の力は強かった。しかし日本は軍国主義ではなかったと片山は言う。明治憲法は陸海軍を天皇直属と決めている。それは内閣総理大臣とも国会とも関係がない。天皇が軍をじかに統率することになっているが、天皇は形式的指揮官にすぎない。実質的に軍の作戦を指導すると責任を負うことになりよろしくない。君臨していればそれでよい。

 だが逆もまた真だと片山は言う。軍は内閣を支配できない。軍は作戦行動の内実を内閣に知らせる義務を負わない。しかし内閣も戦争に必要な物資の動員計画について、また外務省の差配する敵国との講和交渉について、正確な情報を軍に与える義務を負わない。政治と軍治は完全分離されていて、制度の建前としては軍部独裁には程遠い。

 さらに陸軍と海軍は別立てとなっている。統合作戦本部はない。大本営には陸軍と海軍を束ねる機能はない。陸海軍総本部長みたいな者はいない。いるとすれば天皇だが、現人神大本営で日々の作戦指導を行う存在とは想定されていない。陸海軍は徹底してタテに割れている。本土決戦の準備についても教え合う義務はない。

 さらにロシア革命が参照される。スターリンの恐怖政治が紹介される。

……アゼルバイジャンの共産党中央委員会がいっぺんに300人近くを除名した。ハリコフの某地方では教員が大量粛清されたので多くの学校で授業ができなくなっている……。

 しかし、その程度の話はまだ序の口。のちに明らかになったところでは、1934年の党大会に出席した中央委員、及びその候補は合わせて139人居たが、うち98人は処刑された。国家の組織の中でも武力を有することで最も下克上を起こしやすい赤軍、すなわちソ連の軍隊への粛清は徹底を極めた。1937年から翌年にかけて、5人いた元帥のうち3人、15人の軍司令官のうち13人、85人の軍団長のうち62人、195人の師団長のうち110人が粛清されたという。共産党の党員だった軍人は1938年に30万人いた、その半分は同年中に殺されたらしい。

 本書にはこのほか、ヒトラーの事例、関東大震災と朝鮮人虐殺、戦前の「普通選挙」、世界大恐慌と日本の農業恐慌等々が列挙されている。本書を「おもしろい」と言っては不謹慎の気がするが、とても興味深く読んだことだった。片山杜秀、思想史と音楽評論と、天が二物を与えている!


国の死に方 (新潮新書)

国の死に方 (新潮新書)

2016-03-03

[]『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』を読む



 岩下明裕『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』(朝日新書)を読む。2013年7月に発行されたが、その10月6日に朝日新聞の読書欄に萱野稔人が書評を寄せていた。その書評で萱野が高く評価しているのを読んですぐに購入した。しかしそのまま本棚に差して2年半近くたってしまった。時事問題を扱ったものは古びるのが早いとようやく手に取った。全く古びていなかった。

 3つの地域のうち萱野は北方領土を最も重視している。それは関係する面積(海域も含め)が極めて大きく、住民に対する経済的影響も他と問題にならないくらい大きいためだ。著者は国境学の専門家で中露国境の問題を長く研究してきた。その経験から次のような基本認識を語っている。

……中露の国境問題はフィフティ・フィフティにより、係争地を分け合って解決した。にもかかわらず、領土をめぐる言説はいまだに歴史論争として続いている。逆から考えることもできる。歴史論争が続いていても、領土問題を解決することは可能だということである。そうであれば、いかに領土問題を歴史問題から切り離すか、隣接する国の空間利用として、機能的に考えることはできないか、すくなくとも歴史にからめとられない新たな言説をつくり出すことはできないか。歴史の呪縛から自由になるのは容易ではないが、方法はそれしかない。

 本書を読んで初めて国境問題のことが明確にイメージできたと思う。戦争でもない限り一方的な主張を押し通すのは難しいことはよく分かる。国境問題は双方の利害が大きく関係している。その落としどころを冷静に見極めて交渉することが大切だろう。著者の冷静な分析に感嘆した。と同時に中国がかつて中露国境の珍宝島(ダマンスキー島)を攻略して占領したときの事例も紹介され、決して楽観視するばかりではないことも示している。 北方領土・竹島・尖閣を考えるときの必読書ではないだろうか。


2016-02-28

[]エズラ・F・ヴォーゲル『トウ小平』を読む


 エズラ・F・ヴォーゲル/聞き手=橋爪大三郎『トウ小平』(講談社現代新書)を読む。3年ほど前、エズラ・F・ヴォーゲル『トウ小平』(日本経済新聞社)が刊行された。今回聞き手を勤めた橋爪は、それが極めて優れたトウ小平論でありながら、日本語版で上下2巻、1200ページもある大分なもので、学術書の体裁をとっているため一般の人に読みにくい、それで普及版を作りたいとヴォーゲルに相談してインタビューの形で本書が出来上がったという。

 対談というかインタビューなのでとても読みやすい。むしろトウ小平についての雑談を聞いているような気軽さで読むことができる。それでいて、戦後中国の歩みが、その複雑な指導者たちの動きが整理されてよく分かるようになっている。中国を作った毛沢東と、その独裁的な政治を潜り抜けてついに中国を経済大国に押し上げたトウ小平の手腕。

 以前読んだ橋爪大三郎ほかの『おどろきの中国』(講談社現代新書)も面白かったが、本書の面白さも格別だ。久しぶりに友人たちと所沢で飲んだのだったが、読みやすかったので所沢への往復の電車の中でこのほとんどを読んでしまった。トウ小平に対する理解、ひいては中国に対する理解が進むことを保証します。


『おどろきの中国』は本当におどろきの書だった(2013年4月25日)


おどろきの中国 (講談社現代新書)

おどろきの中国 (講談社現代新書)

2015-10-08

[]『丸山眞男と田中角栄』で印象に残った言葉



 以前、佐高信と早野透の対談『丸山眞男と田中角栄』(集英社新書)を紹介したが、なかで特に印象に残った言葉があった。

佐高信  中曽根が国鉄民営化をやる。小泉が郵政民営化をやる。しかしそれは民営ではなく、会社にしたということに過ぎません。そう私は常々言っているんです。国鉄民営化の際に、北海道の町長が「国鉄が赤字というけれども、では、警察が赤字だと言うか。消防が赤字だと言うか」と批判したそうです。警察と消防と国鉄は、同じ公共機関だということを言っている。赤字黒字は、公共のものについては簡単には測れない。僻地に10億かけることが、狭い意味での経済合理性にかなうかということではなくて、そこに民が住んでいるというところから発想しなければ公共の経済、あるいは生活の経済とは言えません。国鉄民営化と郵政民営化は喝采を浴びたけれども、それは都会の人間の発想です。政治は赤字黒字で測ってはいけないものです。

 ここで「僻地に10億かけること」と言っているのは、角栄が小千谷市の塩谷地区という住宅が60戸ほどしかない孤立集落に、12億円をかけてトンネルを造ったことを指している。

 ついで日中国交正常化について、

佐高信  角栄はいわば創業者であり、やはりインディペンダントの人ですね。

早野透  ええ、根本的に創業者です。田中土建をつくり、戦前は年間施工実績で全国50位まで入っていた。僕は角栄の言葉をいろいろ聞いたけれども、なかでも面白いと思ったのは日中国交正常化のときのことでした。「これはいまやらんといかんのだ。日本はあれだけ中国に迷惑をかけて、人を殺して、それで賠償なしに国交を結ぼうなんてことは、創業者の毛沢東や周恩来が相手でなければあり得ない。ここを逃したら、ずっと国交正常化なんかできない。二代目は妥協できないんだ。二代目になると、賠償をとらないで日本と手を結ぼうなんて絶対にしない」と言っていました。創業者精神は、自立する政治家として、とても角栄らしい発想の仕方でした。


『丸山眞男と田中角栄』を読む(2015年8月25日)