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2018-10-19

[]木村敏『関係としての自己』を読む



 木村敏『関係としての自己』(みすず書房)を読む。木村は精神病理学者。木村の『人と人との間』(弘文堂)を読んだのはもう45年も前になる。それがとても気に入って友人にも勧めた。木村の『時間と自己』(中公新書)を刊行後しばらくして買って、読まないで本棚に差したままもう35年になる。

 木村敏は、15年前に亡くなった友人原和が古代史学者古田武彦とともに最も尊敬していた学者だ。また哲学者小林敏明が大きな影響をうけたのが廣松渉木村敏だと語っていた。原和は私の大切な友人で深く物事を考える奴だった。

 そんなわけで本書は私が読む木村敏のやっと2冊目だった。ところがこれがめっぽう難しかった。様々な専門雑誌等に掲載した12編の論文から構成されている。木村は精神病理学者だが、言及するのはハイデガー西田幾多郎フッサールヴァイツゼッカーなどなどだ。哲学の分野に大きく踏み込んで精神病理学を説いている。

 「集団のクオリア」の章で、

……人間は他の多くの生物種と同様、集団を作って行動する。集団的行動の中では、各個人は自己の(単数一人称の)生命欲求にしたがう個別主体的な行動と、集団全体の(非人称ないし複数一人称の)生命欲求に根ざした集団主体的な行動とを調和させなくてはならない。(後略)

 この「集団」を多数の個体が生存の必要から集合した形成物と考えるのは、おそらく誤りだろう。私はむしろ、「集団」こそ一次的で、個体は集団が、種としての生存の必要から(もしそう言いたければ進化の淘汰圧によって)細分化し個別化したものだろうと考えている。だからここでいう主体の二重構造も、個体が集団を形成したときではなく、集団から個体が個別化したときにこそ生じるものだということになる。そして――人間の場合――個別化した自他間で共有されるコモン・センスの自然な自明性は、個別自己の自己性にあくまで先行している。私の見るところ、統合失調症(従来の精神分裂病)の基本障害は、この集団主体性と個別主体性(つまり自明性と自己性)の綜合が、おそらく遺伝子レヴェルで困難になっている点にある。

 さらに一言付記しておくならば、この「集団主体性」はさしあたり自分が当面所属している集団全体の主体性を意味するけれど、この「近さ」の契機はさらに掘り下げれば人類全体からすべての「生きとし生けるもの」にまでおよぶ生命的連帯感にまで拡がるものである。その意味で、ここでいう「近さ」はニーチェの「ディオニューソス的原理」に対応するだろうし、それとの関連でいえば「遠さ」は「アポロン的原理」に対応するといえるかもしれない。

 「「集団」こそ一次的で、個体は集団が、種としての生存の必要から細分化し個別化したものだろう」というのは何と魅力的な主張だろう。この延長上に今西錦司が語られることになる。

 「個別性のジレンマ」の章で、

……自己の内部での「死の欲動」を、フロイトはほとんど何の説明もなしに他者事物に対する「攻撃欲動」「破壊欲動」と言い換えている。死の欲動と攻撃/破壊欲動とのこの一見不可解な同一視は、われわれのように死の欲動を、個別的存在を取り消して生成のディオニューソス的世界に回帰しようとする衝動と見るなら、たちまち理解しやすいものとなるだろう。それは要するに、アポロン的形相を解体しようとする力のヴェクトルが、自己に向かうか他者に向かうかの違いにすぎないのである。

 問題はこの個別性撤回の行き先を、生と見るか死と見るかである。フロイトはこれを「無機的な死」と見た。しかしわれわれは一方で、ヴァイツゼッカーがかつて次のように書いたことをも知っている。《生命それ自身はけっして死なない。死ぬのはただ、個々の生きものだけである》。ヴァイツゼッカーは明かに、個々の生きものがそこから生まれてきて、そこへ向かって死んで行く根源的な場所を、「生命それ自身」と見ていたのである。この個別的生命の根源を生と見るにせよ死と見るにせよ、いずれにしてもそれは、なんらかの「もの」としての対象的な認識を拒むヴァーチュアルな動きであるだろう。われわれとしてはむしろ、《真理に根拠があるならば、その根拠は真でも偽でもない》というヴィトゲンシュタインの語法を借りて、「生命に根拠があるならば、その根拠は生でも死でもない」というだけにとどめておくべきなのかもしれない。

 「〈あいだ〉と言葉」の章で今西錦司が取り上げられる。

 日本の生物学者のあいだでは、進化を個体単位の自然選択によるものとするダーウィニズム、あるいはそれを遺伝子学説で補強したネオダーウィニズムと、一方自然選択を否定して進化の単位を種とみなし、「種は変わるべきときが来たら主体的に変わる」と考える今西錦司進化論とのあいだに、昔から論争がある。科学的な生物学者は、「種の主体性」などという今西の「妄言」をもちろん認めない。だから世界的なスケールでは、これはまるで「論争」の体をなしていない。「今西進化論」というきわめて非科学的な珍説がある、というぐらいの扱いである。

 しかし、はたしてそれでよいのだろうか。「種の主体性」というテーゼを真剣に検討する余地は残されていないのだろうか。種と個に関する思索パラダイムを少し変えてやりさえすれば、現在どうみても行き詰まっているネオダーウィニズムの進化思想に対して、今西学説こそ、刮目に値する有力な対案を提供できるのではないだろうか。わたし自身はそのようなパラダイムチェンジの鍵として、種と個の存在様態のあいだの位相的差異、さらにはこの差異をはさんだ種と個の〈あいだ〉そのものへの存在論的着目を考えている。

 種と個の関係について今西は、《個体が種の中に含まれているともいえるとともに、どの個体の中にも同じように種が含まれている。……個体はすなわち種であり、種はすなわち個体である》と言う。これは要するに東洋古来の「即」の論理、あるいは西田幾多郎のいう「絶対矛盾的自己同一」の論理である。

 さらに、犬は他の犬を同種として見分けている。今西はこのように各種個体に具わっている種所属性の自己認知のことを「プロトアイデンティティ」と呼ぶ。

このプロトアイデンティティはもちろん人間にも備わっていて、われわれは自分以外の人間をいともたやすくヒトの仲間だと見分けてしまう。だからフッサールが心血を注いだ「他我認知」の問題や、英語圏の認知論哲学がよくいう「他人に心があることはどうしてわかるのか」というother minds problemなどは、哲学論議としてならともかく、実際の日常生活ではおよそ問題にならない。すべての人間が自らのうちに種としてのヒトを含んでいるからである。

(中略)

 複数の個体が寄り集まって集団を作ったとき、そこで集団の主体性が発生(創発)するというのではない。種というものがまずあって、それは当然複数の個体を含んでいて、それらの個体がたまたま集団を形成したときに、もともとあった種が各個体の行動を規制する〈場〉となって、集団全体に「一糸乱れぬ」行動をとらせるのである。

 今西錦司進化論肯定される場面を久しぶりに読んだ。西田幾多郎今西錦司が結び付けられて語られている。本書は本当に難解なのだが、興味深い主張が随所にある。初版の発行が2005年だったから、2004年に死んでしまった友人原和はこの出版を知らなかった。生きていたら本書について語り合えたのに。


関係としての自己【新装版】

関係としての自己【新装版】

2018-06-17

[]菅原潤『京都学派』を読む



 菅原潤『京都学派』(講談社現代新書)を読む。

京都学派は、西田幾多郎が独自の思索で提示した哲学に、田辺元が西洋哲学史の全体を見渡した上での位置づけを試みたことによって成立した。具体的に言えば、西田がほぼ独自の道具立てで「純粋経験」「自覚」および「場所」の議論を展開したのに対し、田辺哲学史知識を駆使して、これらの議論が新プラトン主義ヘーゲル弁証法と近しいことを強調したことにより、京都学派の議論は西洋哲学史コンテクストにはじめて置かれるようになったのだ。

 西田、田辺哲学を展開した後進を併せて京都学派と呼ぶが、

 その後進の哲学者たちが誰かと言えば、(……)西谷啓治高坂正顕高山岩男鈴木成高からなる京大四天王である。狭い意味での京都学派を彼ら4名と考える意見もある。

 さらに、三木清戸坂潤梯明秀、船山信一、中井正一らの名前が挙げられる。

 難解で知られる西田幾多郎哲学ばかりでなく、西田、田辺とその後進の哲学者たちの哲学の理解、各学者間の関係や相違など複雑極まりないものを、菅原は手際よく分析してみせてくれる。私がここでそれを要約することなどとてもできないが、各人の見通しが良くなったのは事実だ。1990年代以降、三木清東亜共同体論の旗振り役だということが明るみに出て評価を落としていることを初めて知った。

 戦時中の有名な座談会「近代の超克」では鈴木成高が活発な発言をしようとしたものだったが、主導権を握ったのは小林秀雄だった。

 戦後の新京都学派として三宅剛一と上山春平が挙げられる。上山との関係で柄谷行人に触れられ、京都学派批判廣松渉の名前が挙がっている。

 京都学派、難解なことには変わらないので読後いかにも未消化だということが自覚される。改めて読み直そう。

京都学派 (講談社現代新書)

京都学派 (講談社現代新書)

2017-11-18

[]小林昌人・編『廣松渉 哲学小品集』を読む



 小林昌人・編『廣松渉 哲学小品集』(岩波同時代ライブラリー)を読む。廣松は難解な哲学者だが、これは雑誌などに掲載した小論を集めたもの。題名が硬いが、エッセイ集とした方が内容を表しているだろう。

 「一度かいてみたい序文」という項で、ショーペンハウエルの『意思と表象としての世界』初版の序文を紹介している。ショーペンハウエルは序文の最初で読者に3つのことを要求しているという。

 第1の要求は、この本は必ず2度よめということで「特に第1回目には十分の忍耐をもってよめ」「開巻はすでに結末にもとづいていることを知れ」というわけです。第2には、本書に先立って「緒論」をよめとのことですが、緒論はこの本にはありません。それは5年前に出した或る論文でして、彼によれば、この旧い論文には誤りが含まれていることが今日では判っているとのことです。しかし、「すでに一度のべたことがらについては、またぞろ骨折って書くのはいやでたまらぬから」書き改めて緒論の形で収めることはしない。読者はよろしく本書と旧稿とを比較して、”緒論”の誤りを是正しながら読まれたい云々。第3の要求は、本書を読む前に、カントの主要著作を全部よくこなしておけということで、そのうえプラトンや古代インドのヴェーダやウパニシャッドを読んでおけば理解をたすけるだろう、と彼は記します。

 「多数の読者は――とショーペンハウエルがみずからいうには――ここまできてついに辛抱しきれず非難を爆発させることだろう。独創的な思想が排出しているこんにち、こうもさまざまな要求をつけてこの本を出そうという了見を聞きたい。そういう面倒をはらって1冊の本を勉強していては間尺にあわない……。余はそういう非難にたいして少しも弁ずる要はない」「この書物を棄てるようお勧め申しあげるのみである」但し「そういう読者諸氏は、こういうさまざまな要求をみたさずして通読しても無益だから棄ておいたほうがましだということをあらかじめ警告して、時間の損にならないよう御注意申しあげたことを感謝してほしいものだ」「本書はもともと少数の人のもので、彼らの思考力がすぐれていれば味読してくれる筈であるから、それまで腰をすえてそういう人を待望するのみである」

 このおもしろい序文はまだまだ続き、買ってよまなくても書棚の埋め草にすればよい、教養ある女友達の化粧台か茶卓のうえにおいておくのも一策で、モテモテですぞ、と。

 「現代性を秘めるヘーゲル哲学の魅力」の項から数行を引く。

 翻訳といえば、ヘーゲルのテクストだけではなく、研究書類の邦訳も次々おこなわれており、例えば、ウェルナー・マルクスの『ヘーゲルの精神現象学』が上妻精氏の訳でつい先ごろ、理想社から出たばかりである。また、ペルチンスキー編『ヘーゲルの政治哲学』が藤原保信ほか訳でお茶の水書房から公刊された。

 ここに挙げられている上妻精氏はヘーゲルが専門の東北大学の哲学の教授で、しばしばギャラリーなつかなどで個展を開いている画家こづま美千子さんのお父さんなのだ。

 廣松が東大教養学部の助教授に赴任したときの「教養学部報」に掲載した「私の履歴書」は難解な廣松のユーモラスな面を見せてくれる。

 中学校(旧制)1年生のときの停学処分? ああ、あれはガキのケンカですよ。教室でしたから、匕首(あいくち)は抜かなかったんス。九州男児の風下にも置けませんや。刃物? ええ、それァ丸腰で出歩くようなはしたない真似は決してしませんでしたよ。硬派とはいっても、僕百姓の孫ですから、大の方が刃渡9寸の白鞘、小の方は、厭だなあ御女中の懐剣でしたね。どのみちその後まもなく青共(民青の前身の前身)に入っておとなしくなりましたけど。

 また「哲学書を読みあさった日々」では、「読書量は、しかし、文学部生の標準ぐらいには達していたかと思う。1日平均700頁、つまり、毎月2万頁はほぼ読破していたつもりである」と書いている。さすが!


廣松渉 哲学小品集 (同時代ライブラリー (276))

廣松渉 哲学小品集 (同時代ライブラリー (276))

2017-11-02

[]小林敏明 編『哲学者廣松渉の告白的回想録』を読む



 小林敏明 編『哲学者廣松渉の告白的回想録』(河出書房新社)を読む。廣松渉西田幾多郎と並んで日本で最も難解な哲学者だ。編者の小林敏明は廣松が名古屋大学で教えていたときの弟子で、もう一人東大で教えていたときの弟子が熊野純彦だ。本書は廣松が虎ノ門病院に入院しているときに小林が病室を訪ねてインタビューしたものをまとめている。廣松はインタビューの2年後に同病院で肺がんのために亡くなっている。

 難解で知られる廣松だが、本書は自分の過去を語っているので拍子抜けするほど分かりやすい。

 冒頭で小林が廣松について、戦後日本を代表する思想家のひとりだと書く。廣松は1960年代から70年代にかけて全国的に起こった学生反乱の時代に、ジャーナリズムやアカデミズムの論壇に登場して活躍した。「ある種の学生たちにとっては、この廣松の登場は、その少し前の吉本隆明などと並んで、戦後を飾るひとつの思想史的事件だったと言ってよいだろう」と。

 では、いったい廣松理論の何がそれほどまでに当時の学生を中心とした若者たちをひきつけたのだろうか。廣松理論の核心は、一言でいえば、マルクス主義に仮託した近代批判である。近代といってもその内容はさまざまだが、廣松にとってその中心にあるのは資本主義という人類史的宿命であり、それに連動して生じているさまざまな現象やものの観方である。なかでも哲学者としての廣松がその理論的ターゲットとしたのは、近代という時代に特有なものの観方、つまり「近代的世界観」と呼ばれるものであった。廣松はその中心的特徴を「主観と客観の分離」や「機械論的合理性」「原子論」といったものの中に見い出しながら、自らそれに対する理論的オルタナティヴをつきつけようと奮闘した。「関係の一次性」とか「共同主観性」「物象化論」といった用語にこめられた内容がそれに当たるが、廣松はこうした自分独自の考えをおもに二つの方向に発展させていった。

 一つはこうした考えがマルクスやエンゲルスのなかにもあったことを実証する作業であり、もう一つは、関係主義による主客二元論的発想の克服という近代批判の基本テーゼをさまざまな学問分野で応用、証明するという道である。小林がこう要約しているが、久しぶりに廣松の難解さを思い出した。

 しかし本書は小林が廣松にインタビューして、まさに出生から1960年ころまでをまとめたものだ。旧制中学のころから左翼運動にのめり込み、それがため退学になり、大検などを経て東大に進み哲学を専攻する。母や妹とともに九州を夜逃げしたエピソードや、たくさんのラブレターを送った話も語られる。これは小林が相手の女性から聞き出したことなのだが。学生運動では内ゲバに合って大けがをしたエピソードもちょっと紹介される。思想家廣松の伝記ではありながらも、思想的なことよりむしろ廣松の来歴を中心に語られている。思想的な事柄については数々の著書を読めばいいのだから。

 「編者あとがき」で小林が語る。

 このインタヴューからほぼ8カ月後の1993年正月、私は一時帰国をして病床の廣松氏を訪ねた。だが、このとき普段の意気軒昂はすっかりその影を落とし、われわれはあまり多くを語ることはできなかった。その別れ際、薬瓶をさげた車をひきずってエレヴェーターまで送ってくれた廣松氏と交わした言葉が実質最後の会話であると言ってよい。「今度君が帰ってくるまでは僕はもう生きていないだろうから」。正直なところ、私はあの気丈な廣松氏の口からこんな言葉が出てくることを予期しなかった。狼狽し言葉に詰まってしまったわたしには「廣松さんも一生の生き様としては悔いが残らないでしょう。僕は今死んだら悔いが残るので、もうちょっとだけ頑張ってみます」と返すだけが精いっぱいであった。短いながらも一生を燃焼できた人、私はそう納得しようとしたが、病院を出て地下鉄の駅に向かう間涙が止まらなかった。それは何とも言いようのない感情であった。自分の青春の大半を重ね合わせたひとりの人間が今こうしてこの世界から姿を消していく、そのことを確認させられた瞬間の、半ば自らの身を切られるような寂しさでもあった。こういう感情は後にも先にも経験したことはない。

 小林が一時帰国したと書いているのは、当時小林はドイツのライプティヒ大学の教授だったから。別な場所で、小林は廣松渉木村敏に強い影響を受けたと言っていた。

 本書を読んでいるときに岩波文庫の新刊案内が岩波のPR誌『図書』に載っていた。廣松渉の『世界の共同主観的存在構造』が今月文庫で出るという。その単行本が出版された直後に私もそれを購入したが、45年経ったいまも本棚に差したまま読んでいない。廣松は難しいのだ。文庫では熊野純彦の解説がつくという。文庫を買いなおして久しぶりに廣松渉の世界に入ってみよう。


哲学者廣松渉の告白的回想録

哲学者廣松渉の告白的回想録

2017-03-29

[][]瀬戸賢一『時間の言語学』を読む



 瀬戸賢一『時間の言語学』(ちくま新書)を読む。「はじめに」より、

 本書は小著だが、一般に世にある時間論とは一線を画する。私たちが頭の中で時間をどのように考えるのかを、数多くの実際のことばの分析によって明らかにし、無意識的に使われるメタファーの仕組を解明することによって、ことばと認識の関係を白日の下にさらす。さらに、少しでも住みやすい社会にするにはどうすればよいのかを、言語学の観点から示唆できればと思う。いかなる予備知識をも前提としない。

 タイトルから想像される内容と違って意外に読みやすくおもしろかった。と同時になかなか難しい一面もあった。まず、時間は流れとしてとらえられる。

 時間は未来から過去に向かって流れ、私たちは過去から未来へ進む。時間の流れを観察すると、時間は未来からやってきて過去に過ぎ去る。例えばもうすぐ夏休みがやって来るという。この〈動く時間〉が図示されていて、人を中央に未来が〈後〉、過去が〈前〉と表示されている。

 次に時間が動かず人が動くことを図示して、人が未来に向けて歩いている。未来は人の前方〈前〉にあり、過去は背後〈後〉にある。実はこのあたりがよく分からなかった。

 ついで「時間」と「とき」について。ときは和語で時間はときの漢語。時間は明治以降に翻訳語として成立した。「若いとき」とは言うが「若い時間」とは言わない。時間は明治の初期に導入されて以来、計量思考がまとわりついている。「時間がある/ないとは言うが、ときがある/ないとは言わない」。「時間の経つのが遅い」と「ときの経つのが遅い」を比べる。Googleで検索すると、前者が6893件、後者が70件だった。ほぼ100倍の差。その理由は、何かをじりじりした思いで待つときは何度も時計に目をやる。時間の経過が遅いと感じるとき、時計による軽計量思考の支配下にある。

 ここで「ときは金なり Time is money.」の諺が引かれる。ときという抽象的なものを金という具体的なもので要約する。メタファー(暗喩)だ。メタファーは無形のものに形を与える。ほかにメトニミー(換喩)、これは隣接関係に基づく指示の横滑りを意味する。

流れる時間の例では、もうすぐ夏休みがやって来る。夏休みは時間の流れに乗って進む出来事(あるいは特定の期間)と見なせた。時間が流れなら夏休みはさしずめ川を下るボート、という関係である。出来事でもってそれと隣接関係にある時間の到来を表す。

 さらに、

メタファーは特殊なものではなく、日常のことばに遍在することが共有知識となった。その後、多義語の意義関係を記述するには、メタファー以外にもメトニミー(換喩)とシネクドキ(提喩)が欠かせないことが明らかとなった。

 英語の動詞runを取り上げて、「走る」が最も基本的な意義で、これを中心義と呼ぶ。「走らせる」は中心義からの直接的な派生であり、走るの自動詞に対して他動詞である。自他交替に見られる因果関係は隣接関係の一例で、隣接関係に基づく意味の展開はメトニミーである。「(会社を)走らせる」は「走らせる」からの意義展開で、runには「(会社を)経営する」という意味がある。これは他動詞「走らせる」のメタファーである。さて、4番目は「速く走る」。これは「イチローは走れる」というときの走るである。「速く走る」という意味である。意味の凝縮だという。「熱がある」というときの熱が平熱より高い熱を、「きょうは天気だ」の天気が晴れを、「花見に行く」の花が桜花を意味するのと同じ。類で種を表す、または種で類を表す意義展開をシネクドキ(換喩)という。

 runの多義ネットワークには、メタファー、メトニミー、シネクドキの3種が登場した。そしてこれで終わりである。細部は省くがこの3種の意義展開パタンによって、すべての多義語が記述できる。英語のみならず日本語もそしておそらく世界中のどの言語も。

 このあと時間の多義ネットワークが示される。しかし、もうこの辺で紹介はやめる。難しいが面白いことも確かだ。瀬戸賢一の『メタファー思考』(講談社現代新書)や『日本語のレトリック』(岩波ジュニア新書)なども読んでみたい。