mmpoloの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2015-08-19

[]7本指で演奏するピアニスト



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 朝日新聞のコラム「ひと」欄に「7本指のピアニスト 西川悟平さん(40)」という記事が紹介されていた(8月19日)。渡世の義理を何度も欠いて、指を3本も詰められたのかと思ったら、左手は病気で指が2本しか使えないというものだった。

 左手は、親指と人さし指しか動かない。だから左右7本の指でクラシックの旋律を奏でる。時に腕を交差させ、右手で左手を補う。和音はずらして弾き、ペダルを使って響かせる。米国ピアニスト活動を続ける。

 大阪府堺市出身。15歳でピアノを始めた。(……)音大の短大部で学び、公演の前座を務めた米国ピアニストに誘われたのがきっかけで、1999年、ニューヨークへ移った。

 異変が起きたのは2年後、演奏中、突然指がこわばり、内側に曲がる。次第にほかの指も動かなくなった。神経系の病気ジストニアだった。「医師には『一生ピアノは弾けない』と言われた。(……)」(……)リハビリを重ね、独自の奏法を探した。

 今もピアノを教えながら、日米の演奏会や、治療法確立のための慈善公演に出演する。今春、日本で自叙伝「7本指のピアニスト」を出した。(後略)

 これはアメリカの著名なピアニストレオン・フライシャーと同じ体験だ。病気の名前は正しくはフォーカル・ジストニア局所ジストニアとも言う。楽器演奏者ばかりでなく、様々な職業の人に発症する。銀行員の例では、判子を押そうとすると、手首が上に反って判が押せなくなる障害も報告されているという。レオン・フライシャーも長くこの病気で苦しみ、ようやく35年ぶりに演奏会を再開し、2009年に来日して東京リサイタルを開いた。その映像をNHKテレビで放映したのを見たことがある。シューベルトピアノソナタ第21番変ロ長調D960を弾いていた。

 私も同じ病気を持っている。私は万年筆を使うときだけに発症する。万年筆で文字を書こうとすると右手の人さし指が内側に強く曲がってしまい、ちゃんとした文字が書けなくなってしまう。万年筆以外のボールペンやサインペン、鉛筆ではそのようなことは起こらない。通院していた防衛医科大学の外科部長の先生は、ボールペンで発症する人は多いが、万年筆発症する事例は珍しいと言われた。普段使うのはボールペンだが、画廊を回ってサイン帳に記名するときだけ万年筆を使っていた。それでも年間2,000回は記名していたので少なくはないかもしれない。面白いのは、名前を書くとき姓の最初の一文字の途中までは普通に書けるのだ。あれ、万年筆を使っているぞと、脳が少し遅れて気づいたみたいに、一文字めの途中から指が曲がって文字がゆがんでしまう。

 文字をゆっくりゆっくり書くと発症しないのだが、あきらめて万年筆を使うことをやめてしまった。まあ、万年筆が使えなくても楽器の演奏家たちと違って、特に困るというものではないから。

2015-08-14

[]佐藤正午アスペルガー症候群



 佐藤正午『書くインタビュー1』(小学館文庫)は、インタビュアー東根ユミが聞き手になって、長期間メールのみで佐藤の小説の書き方について質問回答を続けている。その中に「件名:マンホールの蓋」という佐藤からのメールがある。

(……)コンビニからレジ袋提げての帰り道、ふと思い出しました。心の病にかかる前、かかった後もしばらくは、この道、コンビニから自宅マンションまでの道を歩くあいだ目についたマンホールの蓋(ふた)を必ず、片足で踏まずにはいられませんでした。それもこのマンホールの蓋は右足、あっちは左足と自分で規則を作って、決まった足で踏んでいました。それをしないと前へは進めませんでした。途中2か所、道のまんなか寄りにマンホールがあって、その蓋を踏みに歩くときには、車の往来がいっとき途切れるのを待たなければなりません。道ばたに突っ立って、5分でも10分でも辛抱強く待ちました。

 その習慣をいつのまにか忘れていました。それをしないと道を歩けないという強迫観念みたいなものが消えているのにきのうふと気づきました。心の病が回復したこれがひとつの証拠かもしれない、とも思いました。いまはもう目的地にむかって、ふつうに歩けます。

 これを読んで佐藤もアスペルガー症候群だったのかと思った。私もアスペルガーで、住んでいるマンションの中庭にあるマンホールの蓋に強いこだわりを持っていた。マンホールの蓋は4個まとまってあるのだが、通勤の行き帰りに必ずそれらの蓋を踏まないでしかも4個の真ん中を歩くことを自分に課していた。自分でもなぜそんなことをしなければならないのか分からなかったが、それをしないではいられなかった。

 その強迫観念から解放されたのは、岡田尊司アスペルガー症候群」(玄冬舎新書)を読んでからだった。自分がアスペルガー症候群で、それでマンホールの蓋にこだわるのだと知って、その呪縛が解けたのだった。いまはそのマンホールに何のこだわりもなく歩いている。

 岡田によれば、佐藤や私は7つのパーソナリティ・タイプの「4.細部にこだわる強迫性タイプ」に分類されるだろう。それは、

 強迫性タイプは、義務感の強さや融通が利かない頭の固さを特徴とし、決められたとおりにしないと落ち着かず、また、細かい部分に必要以上にこだわってしまう。アスペルガー症候群診断基準のうち、反復的な行動やこだわりの強さの部分がよく該当し、社会性やコミュニケーションの問題が比較的軽いタイプといえる。

 しかし、社会性やコミュニケーションのスタイルにおいても、過度に形式的で、柔軟性に欠け、杓子定規になりやすく、しばしば相手の気持ちや事情を斟酌せずに、一方的にルールや自分のやり方を押しつけてしまいやすい。仕切りたがり、周囲を思い通りにしようとすることもある。しばしば技術者専門家、管理職や官僚として有能な人材となり、活躍することも多い。

 難しいことはよく知っているが、日常的な会話は苦手であるのもこの特徴ととされる。優れた記憶力によって、豊富な表現や語彙を覚えて、すばらしい文章を書くことができるが、その一方でスピーチが苦手だとされる。

 ちょっと褒めすぎだが、なかなか当てはまるように思われる。要するにアスペルガー症候群なのだ。


アスペルガー症候群 (幻冬舎新書 お 6-2)

アスペルガー症候群 (幻冬舎新書 お 6-2)

2014-08-10

[]エイズの感染力についての誤解



 永井するみ『枯れ蔵』(新潮社)は間違いの多いミステリだった。ほとんどでたらめと言ってもいいほどだった。その中のエイズに関する記述が感染力が強いという誤解を与えるものだった。

 冒頭エイズ患者の黒人にレイプされるシーンがなぜかあるが、これを死刑宣告のように描いている。エイズは極めて感染力に劣るのだ。簡単には感染しないのではないか。以前イタリアでエイズに感染した女性が、腹いせに多くの男に感染させてやろうと、乱交パーティーに参加したり、街で男を誘ったりしたが、いっさい避妊しなかったことで逮捕された。警察の呼びかけに応じてエイズ検査を受けた男達のわずか数人しかエイズには感染していなかったというニュースを読んだことがある。

 エイズの感染力に関して、坂爪真吾『男子の貞操』(ちくま新書)にもはっきり書かれている。

 性風俗のリスクというと、「HIV(エイズウイルス)」というイメージが、真っ先に頭に浮かぶ人も多いかもしれません。HIVは、メディアや性教育の場で頻繁に取り上げられるため、コンドームを着けずにセックスをしてしまうと、一発でHIVに感染してしまうと信じている男子も少なくないと思います。

 たった一度だけ、行きずりの相手とコンドームを着けずにセックスしてしまったことを気に病んで、その後、何年にもわたって、HIVに感染していたらどうしようという「エイズ恐怖」に苦しめられてしまう人もいます。

 しかし、HIVの恐ろしさを過剰に訴えることで、若者への性教育の手段にしたいと考えている性教育・行政関係者にとっては不都合かもしれませんが、HIV自体は、極めて感染しにくいウイルスです。仮に、HIVに感染している相手と、コンドームを着けずにセックスをしたとしても、感染する確率は0.1〜1%以下です。その相手と結婚して、毎週2回セックスをするとしても、感染までには、数年〜10年近くかかる計算になります。

 新婚で週に2回は少ない気がする。ただ下記に紹介したが、ロシア人みたいに毎週16回もするのでは、1年で感染してしまうことになる。行きずりだったら、まず心配ないのではないか。


絶倫のロシア人、淡泊な日本人(2007年8月10日)


枯れ蔵 (創元推理文庫)

枯れ蔵 (創元推理文庫)

2013-07-26

[]朝日新聞の「悩みのるつぼ」から



 朝日新聞の身の上相談「悩みのるつぼ」に「気が利かないと言われ続け」ている22歳の男性からの相談が載っている(7月20日)。

 今春大学を卒業し、社会人になった22歳の男性です。(中略)/昔から気が利かないと親に言われ続けています。誰も口に出しては言いませんが、周囲も恐らく私を気の利かない人間だと思っています。

 母が忙しいとさりげなく手伝う妹と違い、私は言われるまで動きません。家の中だけでなく、外でもこのようなことがよくあります。急いで私が動こうとしても、すでにやることがなくかえって邪魔にしかなりません。人が動く前に自分が動くと言うことができず、その結果「言われたからやる」という風になってしまいます。

 もちろん私も行動が遅れた時は反省し、次から気をつけようと思うのです。しかしそう思ってもすぐに忘れてしまい、また同じことを繰り返してしまいます。

 多分私には他人に対する配慮の心と、周囲に対する気配り、気付いた時にすぐに実行する行動力が足りない。自分しかみえていない人間のうえ、言われないとわからないのだと思います。どうすればこんな自分本位な姿勢を正せるでしょうか。(後略)

 回答者は経済学者の金子勝。幸田露伴の『五重塔』の主人公、大工の十兵衛のエピソードを引いて、「たとえ気が利かなくても、努力次第で見事に仕事をやりとげ、尊敬を集めることができます」などと書いている。「当たり前のことですが、人は誰でも長所と短所、強みと弱みの両方を持っています。短所を直そう直そうと考えると、いつしかマイナス思考に陥ってしまいます。他方、短所を打ち消すほどの長所を持てば、やがて短所は短所でなくなります」と続け、最後に「身につけられる長所は努力次第です。血の滲むような努力は人間も鍛えてくれます」と締めている。そんなに簡単に「血の滲むような努力」ができるはずがないのに。

 さて、金子の回答は実は問題から大きくずれている。相談者は典型的なアスペルガー症候群なのだ。そんなに簡単に治ることはない。

 私も患者の一人なので偉そうなことは言えないが、岡田尊司アスペルガー症候群』(幻冬舎新書)が役に立つだろう。以前、アスペルガー症候群については、2度ほど紹介したことがある。


アスペルガー症候群、再び(2010年1月20日)

アスペルガー症候群(2010年1月15日)



アスペルガー症候群 (幻冬舎新書 お 6-2)

アスペルガー症候群 (幻冬舎新書 お 6-2)

2012-12-05

[][]グレン・グールドは局所ジストニアだったのか?



 青柳いづみこ『グレン・グールド』(筑摩書房)に、グールドが局所ジストニアだったかも知れないとの記述が出てくる。

 もっとも、グールドの右手の動きが左手より劣っていたかというとそんなことはない。各指は完全に分離・独立しており、中指、薬指、小指の間に少しも癒着がなく、どんなパッセージ内でどんな組み合わせで当たっても同じような敏捷さで動かすことができたことと思われる。フーガやカノンのように、1本の手の中で複数の声部を弾きわけるためには必要不可欠な資質だ。しかし、気をつけて見ると、右手の薬指を使う場面でしばしば中指が上に重なっている。薬指がやや弱いピアニストに多く見られる症状で、無意識のうちに中指の支えを求めるのである。

 バザーナは『神秘の探訪』の中で、フランク・ウィルソンという神経科医が2000年に発表した論文を紹介している。それによると、中指と薬指がときに重なり合う症状は「局部的失調症(フォーカル・ジストニー)」に悩む演奏家に共通する特徴だという。

 フォーカル・ジストニーと言えば同じ病気で苦しんだレオン・フライシャーを思い出す。レオン・フライシャーはWikipediaによれば、

レオン・フライシャー(Leon Fleisher, 1928年7月23日 - )は、アメリカ合衆国のピアニスト・指揮者。

       ・

カリフォルニア州サンフランシスコに生まれ、4歳でピアノを学び始める。8歳でデビューし、16歳でピエール・モントゥー指揮のニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団と共演した。アルトゥール・シュナーベルにも師事した。ジョージ・セルが指揮するクリーヴランド管弦楽団と共演して、一連の記憶すべき録音を残すも、局所ジストニアを患って1960年代に右手の自由を失った。その後、2000年代にボトックス療法によって右手が回復するまで、左手だけのレパートリーによって演奏を続けた。ベートーヴェンとブラームスのピアノ協奏曲の解釈で有名である。ピーボディ音楽院で教鞭を執るかたわら、指揮も行なっている。

 数年前NHKテレビでそのリサイタルが放送された。演奏会が開かれるまでに回復したとは言うものの、バリバリの名演奏というにはまだ時間がかかりそうだった。

局所ジストニアのレオン・フライシャー(2009年12月7日)

 日本のピアニストでも同じ病気に悩んでいるという報告がある。2年ほど前の日経ニュースより、ピアニスト西村康信の事例。

盛岡市に生まれ仙台市に育つ。宮城県立仙台第一高等学校より東京音楽大学へ進み、卒業後は同大学研究科を修了。またポーランド、スイス、日本等国内外のマスタークラスでも研鑽を積んだ。第23回霧島国際音楽祭において特別奨励賞ヤマハ賞受賞。大学在学中より室内楽奏者として数多く活動しているほか、現代作品にも積極的に取り組んでいる。脳から手指への命令が正常に伝達されなくなる難病の職業性ジストニア発症し、右手の機能に支障をきたした事に伴い、2010年春より東京から郷里の盛岡市へ拠点を移し、「左手のピアノ」作品の演奏および普及、それから両手による現代作品の演奏及び企画を中心とした新たな活動を開始した。中でも20世紀以降の作品を中心としたプログラムによるユニークなコンサートのシリーズは多くのメディアにも取り上げられ、各方面より高い評価を受けている。

 私も局所ジストニアに悩んでいる。その報告。

手は期待する(2007年1月10日)

 で、それらの経験から、グレン・グールドを局所ジストニアと診断するには、症状が軽すぎるように思う。グレン・グールドはその病気とは無関係ではないだろうか。


グレン・グールド―未来のピアニスト

グレン・グールド―未来のピアニスト