mmpoloの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-09-05

[]すゞしろ日記



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 東京大学出版会のPR誌『UP』9月号の山口晃の連載漫画「すゞしろ日記」はダジャレで始まる。

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1コマ目

四の玉湧く/やや/ぷかっ

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2コマ目

もとい、子曰く、

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3コマ目

三十而立、四十而不惑と続く論語の例のくだり

そろそろ天命を知るのか……天命って何だ……?

カノウ?

 この「カノウ?」が分かる人は少ないだろう。私も暫時考えた。

 答えは典明(テンメイ)に掛けた加納のことだ。加納典明はヌードグラビアのカメラマン。25年ほど前に雑誌『THE TENMEI』がわいせつ物ということで逮捕された。かなりえげつない際どいヌード写真で、Tバックのパンツをモデルに前後反対に穿かせて部分接写していた。それを称して典明履きと言った。逮捕されるのも仕方ないかと思われたが、加納は意外にも素直に罪を認めて早々に出所してきた。なんだかなあと思ったことだった。信念をもってエロをやっているならもう少し頑張ってもと思ったのだ。

 この『UP』9月号には、須藤靖の楽しい「注文の多い雑文」と、佐藤康宏の過激で真っ当な「日本美術史不案内」も載っている。それらはまたおいおい……。

2018-08-09

[]DVの歴史



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 DV家庭内暴力)について、朝日新聞の「サザエさんを探して」のコラムに過去の事例が紹介されている(2018年8月4日)。それは驚くべきものだ。1969年朝日新聞に掲載された「サザエさん」ではバス停で夫が妻を殴っている。妻が姑に口答えしたことを夫が咎めているというものだ。周囲の大人たちは「なつかしき情景ですなア」と驚きもなく見ている。

 朝日新聞のコラムでも、DV問題に詳しい弁護士の角田由紀子さん(75)の言葉を紹介している。

 「2001年にいわゆるDV防止法ができるまでは、他人の妻を殴れば傷害罪になるのはわかるけれど、『自分の女房を殴って、なぜ犯罪に?』というのが日本の男性の普通の感覚でしたから。結婚したとたん妻を自分の所有物のように思う男性は今も多いです」

 50年前はサザエさんのマンガのようなDVが普通のことだったようだ。それで思い出すのは、『ひとりの女に』や『小さなユリと』を書いた詩人、あの優しい詩を書いた、愛する妻や娘を歌った詩人黒田三郎DVをしていたことだ。黒田が亡くなったあと、妻黒田光子が黒田のことを書いた本で明かしている。

 もう一人、文芸評論家江藤淳は妻が亡くなったあと後追い自殺をしている。この江藤もDVをしていた。後追い自殺をするほど好きだった妻にだ。それらが少し納得がゆかなかったが、サザエさんのマンガを見て、当時の風潮がそうだったのかと分かった気がした。

2018-06-12

[]東京大学出版会のT嬢のこと



 東京大学出版会のPR誌『UP』に人気エッセイ「注文の多い雑文」が不定期で掲載されている。筆者は東京大学の宇宙物理学者で宇宙論・太陽系外惑星が専門の須藤靖教授。2018年の6月号が「その42」とあるから、もう10年前後連載が続いているのだろう。題名の「注文〜」は「ちゅうぶん」と読み、「注」が多いことを言っている。今回も7ページのうち、1ページ半が注になっている。

 今号のタイトルは「クレーマー・クレーマー」となっていて、先の大学入試センター試験地理Bで、ノルウェーとフィンランドが舞台のアニメとして「ムーミン」と「小さなバイキングビッケ」を挙げ、両国の言語で書かれたカードとの正しい組み合わせを選択させる設問があった。これに対して、「専門家」の大学教員の一部が、「物語の舞台のムーミン谷は架空の場所」、「ビッケと仲間たちが住んでいる村もノルウェーとは明示されていない」と指摘し、解答不能な設問であるとの危惧を表明した。というように要約して、これに対して須藤は、「枝葉末節の知識などなくとも、ある程度考えれば解答に到達できるではないか。独創的で素晴らしく、かつ楽しい良問である」と感じた、翌日の新聞でも、ほぼすべてがこの設問を好意的に評していた、と書く。

 それが時間が経つにつれ、論調が180度変化した。極め付けが上述の「専門家の一部」からのクレームだった。須藤はその設問を考えることで緊張がとけ、逆にリラックスして実力を発揮できた受験生の方がはるかに多かったのではないだろうか、と書き、続けて「それらを総合的に忖度し、温かく見守ってこそ本当の「専門家」なのではあるまいか、と言う。そして、そこに「注10」が付されている。

 その「注10」を全文引用する。

(10) 専門家といえば、2018年4月号から『UP』誌で新たな連載が始まった。なんとそこには、T嬢が登場する。しかも、教養あふれる『UP』誌に何を書けばいいのかわからないのだが、ある連載を担当しているT嬢から「なんでもいい」と言われたからには限りなくガチに近いと考えて良いだろう、とある。その先を読み進めると、これがまたとてつもなく面白い。率直に言えば不愉快なほどの文章力である。言語学の専門家に、本気で「ガチ」の文章を書かれてしまうと、私が『UP』誌上で十数年かけてチマチマ確立してきた今日の立ち位置など、一瞬にして崩れかねない。即刻クレームをつけておきたい。そもそも、「こんばんは」などと挨拶している暇があるのなら、「バーリ・トゥード」といういかにも専門家風の言葉の意味の説明から始めるべきではなかったか。これでは、イッツオーライとは言い難い。その点を指摘しなかった担当者のT嬢にも猛省を求めたい。

 須藤が指摘する4月号から始まった連載とは、言語学者の川添愛の「言語学バーリ・トゥード」のことで、第1回が「『こんばんは事件』の謎に迫る」と題されている。川添は教養あふれる『UP』に定期的に文章を載せていただくことになったが、自分は教養がないという。

……私の専門は言語学だが、学生の頃に師匠に「言語学を何年やっても教養はつかないんや」と言われて、本当にそのとおりになってしまった。それでももう少し人生経験が豊かであれば、JALやANAの機内誌のような文章が書けたかもしれないが、残念ながらスコットランドで本場のウィスキーを味わったこともなければ、パリの古書店で希少本に出合ったことも、ニューヨークの新進気鋭のシェフの店で食文化の新しい風を感じたこともない。ないものを出そうとしても無理だ。

 それで今回はもう開き直って、プロレスの話をすることにした。開き直りすぎかもしれないが、実は私の担当編集者というのは「T嬢」、つまり『UP』の某人気連載を担当しているあの人だ。だから、彼女が「なんでもいい」と言うのは限りなくガチに近いと考えていいはずだ。とりあえず今回は初回なので、あいさつに代えるという意味もこめて、プロレスの歴史で一番有名な「あいさつ」の話をしたい。

 それが「こんばんは事件」で、アントニオ猪木がトップレスラーとして活躍していた時代に、当時彼の団体であった新日本プロレスに、国際プロレスからラッシャー木村とアニマル浜口が流れてきた時の事件だという。初めて新日本プロレスのリングに上がった木村が、マイクで「こんばんは」と第1声を発した時の観客の反応を川添が細かく分析している。

 その内容は省くが、本稿の末尾で川添が書く。

……とりあえず私としては今回たくさんプロレスの話ができたので満足だが、本当にこの内容でT嬢的にもイッツオーライなのかわからない。次回以降の内容については、まずはこの文章が本当に『UP』に載るかどうかを確かめてから慎重に検討したい。

 さて、『UP』2013年1月号に加藤寛一郎という飛行力学の専門家が「数式を使わない力学」というエッセイを書いている。加藤の新刊『飛ぶ力学』の宣伝のためでもあるらしい。エッセイの末尾が次のようになっている。

 拙著『飛ぶ力学』の着想を得て、20年ぶりに(東大)出版会を訪れたときのこと。私は目の醒める美女にでくわした。それは女の魅力の説明に苦慮してきた私が、時空の物理学の神髄を垣間見た一瞬であった。作用・反作用と慣性の法則に万有引力の法則を加えたものが、より広範な真の力を定義するのではないか。あの本でそれを説明する機会を逸したことを、私は心から悔いる。

 おわかりいただけたであろうか。不良学者はこの大発見を世に知らしめるため、前号では猫を被り、漸く本号で正体を現したのである。目の醒める美女について、ご下問あろう。お教えするわけにはいかぬ。わからなければ、推量せよ。それは直感を育て、人生に喜びを与えるであろう。

 須藤は『UP』2012年12月号に、「不ケータイという不見識」というエッセイを書いていた。当時須藤はケータイを持っていなかったが、T嬢も持っていなかった。そのことを「注12」と「注18」で次のように書いている。

(12) T嬢は常日頃不ケータイであることをカムアウトすると、「嘘でしょう」のみならず「番号を教えたくないのですね」と相手方から勘ぐられてしまうらしい。これは見目麗しい女性だからこその反応である。私は未だかつてそのように勘ぐられたことはない。(後略)

(18) 今回の執筆をめぐるメイルでのやりとりを通じて、T嬢との絆が一層深まったこともまた不ケータイのおかげである。

 これらから推量するに、T嬢は東大出版会の編集者で見目麗しく、彼女との絆が深まったことが喜びであるように読める記述だ。さらに推量を逞しくすれば、このT嬢こそが、加藤寛一郎の言う目の醒める美女のことではないだろうか。東京大学出版会にはどうやらすごい美女が在籍しているらしい。

 いや、そう書いてから4年半経った今もT嬢は健在らしい。遠くからなりと一度ご尊顔を拝したいものだ。


東大出版会の美女(2013年1月6日)

2018-05-31

[]姫乃たま『職業としての地下アイドル』を読む



 姫乃たま『職業としての地下アイドル』(朝日新書)を読む。帯に宮台真司が推薦文を寄せている。

現役地下アイドルが幾多の数値データを、自分の実存を賭けて解釈していく本書は、狭義の「地下アイドル本」をはるかに超えて、芸能の歴史と本質への再考を迫るだろう。誰もが成し得なかった社会学的な考察だ。

 普通のアイドルと「地下アイドル」はどこが違うのか。姫乃は「アイドルを本質的に地下と地上に区分して、深度を測れる物差しは、知名度よりもアイドルとファンの距離感にある」という。ファンとの距離感が近いほど地下、遠いほど地上に分類できると。

 姫乃は地下アイドルとして活動しながら、仲間の地下アイドルたちやファンたちにアンケートへの協力を要請し、その結果をもとにまさに社会学的な考察を試みている。それが興味深い。

 どんな地下アイドルにもファンがいるのはなぜか、とか、地下アイドルファンの年齢は18歳から58歳、平均が35.4歳とか、地下アイドルファンの平均月収を34.7万円と計算している。

 またアンケートの結果から、地下アイドルは一般の若者に比べて、「親に愛されている」と感じている。両親から承認されて育ってきたという。ところが地下アイドルは一般の若者に比べていじめの被害に遭った経験が多い。そこから姫乃は、「地下アイドルは、両親に愛されて生きてきたからこそ、人に愛される喜びを誰よりも知っていて、それにもかかわらず、学校で受けたいじめ体験によって、その喜びを喪失してしまった女の子たちである」という仮説を提示する。

 AKB48を引いて、地下アイドルの業界でも「突出して綺麗な子よりも、親しみやすい普通の容姿のほうが人気が出る」という。容姿が整った子が必ずしも良しとされなくて、普通の女の子のほうが人気になって、容姿が整った子が自信を失ってしまう例が多い。そのことを越智啓太『恋愛の科学 出会いと別れをめぐる心理学』(実務教育出版)を引いて、「外見的魅力がつりあっていないカップルは早く別れる」ことが統計的に明らかにされていると紹介する。自分の外見に自信のない人が、相手を浮気させないようにするのは難しい(コストがかかる)ため、自分と釣り合いのとれた容姿の人と付き合うのが合理的な選択だということらしい。地下アイドルとファンの関係もこれに似た側面があるという。

 こんな調子で地下アイドルの世界を社会学的に分析してみせてくれている。姫乃はライブイベントへの出演とあわせ、文筆業も行っていて、連載も月9本を抱えているという。地下アイドルという知らない世界のことだったが、その社会学的分析はなかなか面白かった。


2018-01-26

[]安田理央『巨乳の誕生』を読む



 安田理央『巨乳の誕生』(太田出版)を読む。副題が「大きなおっぱいはどう呼ばれてきたのか」というもので、巨乳という概念がいつ生まれ、どのように受容されてきたかを、雑誌のグラビアやアダルトビデオを素材に分析している。その名前も、ボイン、デカパイ、Dカップなどと呼ばれ、のち巨乳、爆乳、などと名付けられる。巨乳はアメリカでは第1次大戦後に、日本では戦後から注目され始めた。安田は日本での事例を収集する。

 1964年、『平凡パンチ』が創刊される。青年向けヌードグラビアが書店に並ぶ。1965年、水城リカデビュー、バスト103センチ。1967年、青山ミチデビュー、バスト102センチ。1973年、麻田奈美のリンゴヌード、85センチDカップ(のち90センチFカップに成長)、1975年、アグネス・ラム来日で大ブーム。1980年以降、松坂季実子Gカップ、桑田ケイGカップ113センチ、イギリスのゼナ・フルゾムがバスト250センチ。細川しのぶGカップ、井上静香Qカップ124センチ。

 巨乳の歴史を雑誌やアダルトビデオなどから安田は丹念に集める。データを収集する。「おわりに」によれば、国会図書館へ通い詰めて、60年分700冊の雑誌から「グラマー、ボイン、デカパイ、Dカップ、巨乳、爆乳、カップ数表記などがいつからどのように使われていたか」を「エクセルに打ち込んでデータベースを作っていった」。

 資料として徹底していると思う。半端な仕事ではない。主な巨乳タレント、モデル、女優がいつからデビューしたか、彼女らの公称のバストサイズ、カップサイズが記録される。人名索引が付いていないのが惜しまれる。

 ところが不思議なことに、カバーを含め写真が皆無なのだ。いや、末尾に「巨乳年表 1871〜2017」というのが付録のようにあり、そこにサムネールのような白黒写真が載っている。長辺2センチ程度、写真枚数126枚(人)。これが口絵でカラーで掲載されていれば売れ行きは違っただろうと思わせるのだが。おそらく著作権や肖像権の問題なのだろう。

 安田も述懐しているが、巨乳はさほど好きではないという。私も実は巨乳に強く惹かれることはない。そのような観点から見ると、資料偏重の本書はあまり面白くなかった。これらの豊富な資料をもとに、なぜ巨乳が好まれるようになっていったかなどの考察を読みたかった。

 私は以前、このブログで男たちがなぜ巨乳を好むようになっていったかを考えた。巨乳嗜好は日本では戦後から、それはグラビア雑誌や映画からの影響だと書いた。男たちの本来の欲望ではなかった、と。すると、何人もの人から自分は巨乳がとても好きなのだとコメントされた。本書を読んでも巨乳に対する欲望は確実に伝わってくる。すると、私も先の主張を訂正しなければならない。欲望は作られるのだと。作られた欲望は本来の欲望と区別がつかない。安田も浮世絵で見る限り、江戸時代は乳房は欲望の対象ではなかったと言っている。欲望は作られるのだ。ラカンも「他者の欲望」と言っていなかったか。

 帯に都築響一が書いている。「以後、おっぱいについて語る者は、この本を避けて通ることはできないだろう」と


どうして男たちは巨乳を好むのか――巨乳論の試み(2007年6月20日)