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2011-12-08

ゴーストライター


米軍通信基地沿いの道は、冬枯れの中をなだらかにカーブを描きながらミューズ(所沢市民文化センター)へと続く。

プレイヤーに入れっぱなしになっているハリー・ポッターのサウンドトラックCDのせいか、フロントウィンドウ越しの景色がまるでスコットランドの風景のように見えてくる。


人もクルマもまばらな道に、やがてジョギングの人影が二つ三つ現れると、不意にそれが最近読んだロバート・ハリス「ゴーストライター」(講談社文庫、2009年)のとある描写とかぶさり、舞台はスコットランドからさらにアメリカ北西部の孤島へと入れ替わる…。

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ロバート・ハリス 熊谷 千寿

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空と海の色がひとつになって、果てしなく続くかと思われる荒涼とした土地。襲ってくる風と雨。


砂丘の向こうから近づいてくる二つの影。ひとつは女で、もうひとつは男。男の方は銃を持っている。彼らはただ主人公を連れ戻しに来たのか、それとも…?。



物語のなりゆきはこうだ。

前英国首相アダム・ラングの回顧録を執筆中だったゴーストライターが謎の死を遂げた。島と本土をつなぐフェリーから転落死したのだ。

彼に代わって回顧録を仕上げるべく雇われた主人公は、ラングの別荘がある島にやってくる。そこで彼が出会うのは、才女のようだがどこかエキセントリックで行動が予想できないところのあるラング夫人と、彼女に夫との仲を疑われている有能な秘書のアメリア。そしてもちろん当のラングその人。


前首相と初めて相対した主人公は、開口一番こんなジョークを披露する。

「あなたのゴースト(亡霊)です」


だが、その挨拶は少々悪趣味に過ぎたようだ。ぎょっとして主人公を見返した前首相の顔を見れば、それがふさわしくない台詞だったことは明らかだったから。


主人公はラングへのインタビューをはじめる。

そこで少しずつ明らかになっていくラングの半生。彼はどんな青年で、どんな理由から政治家になったのか、夫人と出会ったのはいつどこでだったか…。

やや退屈なそのインタビューは、やがてすべての謎を解く幾重もの伏線となって生きてくるのだが、この段階では主人公も、そしてもちろん読者もそのことを知らない。


突然ラングのスキャンダルが発生する。

彼の内閣で外務大臣をやっていたリチャード・ライカートが、ラングを国際刑事裁判所に告発したのだ。その罪とは、首相在任中にラングが英特殊部隊を違法利用してアルカイダのテロリストと目される4人を拉致し、CIAに引き渡したこと。その4人はCIAの拷問を受けて死んだが、4人ともイギリス国籍を持っていた。そして、ラングは彼らが拷問を受けることをあらかじめ承知していたと言うのだ。

ラングの身辺はにわかに慌ただしくなる。米国は国際刑事裁判所を承認していないため、米国内にとどまるかぎりラングが逮捕されることはないらしい。だが、ラングはかつての盟友である米国政府要人の支援を確実なものにし、戦いを有利に導くため、ワシントンへ向かう。


残された主人公は前任者の死の謎を解くため、島をさまよう。

雨風を避けるため逃げ込んだとある別荘で彼が知るのは、前任者の死体を発見した老女が何者かに殺されかかり、意識不明になっていることだ。

予想に違わず、入ってはいけない路地に彼は入り込んでしまったらしい…。



この作品、2010年にロマン・ポランスキー監督、ユアン・マクレガー主演で映画化されたが、映画化するまでもなくその描写は十分に映像的だ。

…別荘から走り出る黒塗りのクルマ。群がる報道陣とフラッシュの嵐。空を引き裂くヘリコプターの音…。

…深夜の寝室。ドアを小さく叩く音。素足にバスローブ姿で忍んでくるラング夫人…。

…国際刑事裁判所で開かれる記者会見。登場する女性判事の真っ赤な口紅。再びフラッシュの嵐。彼女は毅然と言い放つ。「正義は、持てるものにも持たざるものにも、力あるものにも弱いものにも平等でなくてはなりません」…。

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しかし残念なのは、邦題が原題のとおり「ゴースト(Ghost)」とならず、「ゴーストライター」となってしまったことだ。

もちろん、「ゴースト」の第一義は元首相のゴーストライターという主人公の役割にあるのだから「ゴーストライター」で間違っていないのだが、実は読み進めていくにつれ、「ゴースト」の意味は二重三重にかぶさってくる。

だからこそ、ラングとはじめて相対した主人公が図らずも口にした「私がゴーストです」という台詞が生きてくるのだ。

「ゴースト」だと日本語でのなじみが弱いという判断があったか、もしく日本語の中で抽象的すぎるという判断がされたのだろう。いずれにしても、この作品の肝となるモチーフであるだけにちょっと残念な翻訳ではあった。

2011-11-22

夜風と選挙と自転車


「今から来れない?」


妻からメールが届く。


ちょうど市長選の投開票の日だった。知人の選挙事務所を手伝っている妻は、夕食の後そろそろ最初の速報が出る頃だと言って出かけて行ったのだった。

しかし開票は少し遅れているらしい。手持ち無沙汰になった妻は、どこかでお茶でもして時間をつぶさないかと言ってきたのだ。


クルマのキーを持って外へ出ると、夜風が首筋を撫でる。


「今から来れない?」


ふと、20年くらい前に聞いた同じ言葉が甦る。あの日電話の向こうで同じ言葉を囁いたのは、まだ結婚する前の妻だった。



ぼくは借り物の自転車を引っ張り出すと――それは鳥山昌克がぼくのアパートに置きっぱなしにしていったサイクリング車だった――彼女の住む街まで走った。

その頃ぼくのアパートは中野にあって、彼女は下井草に住んでいた。自転車で行けば30分くらいの距離だったろうか。

夜ももうかなり遅い時間だった(そうでなければ電車で行っただろう)。自転車を漕ぐぼくの周りをすきま風のように夜風が過ぎていった。


それにしても、鳥山――今では唐組のナンバーツーになっている――は何故そのサイクリング車をぼくのアパートに置きっぱなしていったのか。それは、奴が同じアパートに住んでいる東大生から譲ってもらったものだった(その東大生が卒業して大阪に帰る時、ぼくたちはテレビやら自転車やら何やらを譲ってもらっていた)。


ぼくたちは中野のぼくのアパートから東中野の奴のアパートへ、またその逆へと大学の4年間に何百回と行き来していたが、そんなある日問題の自転車を押しながら深夜の路上を歩いていると、警官の職務質問に引っかかったことがあった。

そもそもその警官はどうしてぼくたちを見咎めたのだろう。風体に問題があったのか、それともぼくたちの人相がそれほど怪しかったのか、「それは本当にキミの自転車なのか」とずいぶんとしつこく質問された記憶がある。

権力に反抗的だったぼくたちが、つい「キミの、とは何をもってそういうのか、そもそも所有という概念についてあなたはどのように考えているのか。所有しているということの定義はどうで、所有していないということの判断はどのように生まれるのか」などと哲学談義をふっかけたりしたものだからいっそう警官を不審がらせたのかもしれない(と言うかそれ以外にないだろう)。



クルマを走らせている途中で、またメールが入る。開票速報が出たらしい。


「どうやら当選みたい」


事務所の近くにある西友の駐車場にクルマを置いて歩いていくと、急ぎ足でぼくの前を行くスーツ姿の男が二人。大柄な後ろ姿に見覚えがある。どうやら新市長らしい。その身体が、そこだけ明々と明かりの灯った事務所の入り口に吸い込まれて行ったと思うと、大きな拍手が聞こえた。


現職二期目の与党候補を向こうに回した選挙戦は、野党側が候補者を絞りきれず分裂選挙となっていた。出馬表明の遅れた新市長の陣営は、所属する野党の公認は取り付けたものの、つい半年前にトップ当選したばかりの県議会の議席を投げ打っての出馬に批判の声もあり、なかなかに苦しい戦いとなっていた。


しかし、勝負は速報が出ると同時に決まったようだった。あとで見ると相当な接戦だったようだが、東京のベッドタウンという土地柄でいつも同様低かった投票率が決着を早めたのかもしれない。


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人垣越しに覗くと、妻はすでにお祝いに駆けつけた人々の応対に大わらわで、もはや隙をつぶすどころではなくなっている。

地元の国会議員やら名士やらがたくさんやって来て、なんとなく気後れしたぼくは歩道のガードレールに腰を下ろす。たまたま通りかかった選挙事務所の顔見知りの人がぼくにも握手を求め、「素人集団が選挙のプロに勝ったよ!」と興奮気味にしゃべっていく。そういう風に捉えたことはなかったが、事務所の面々を思い浮かべるとたしかにそうなのかもしれないなと思う。前回の県議選では事務所に掲げる当選の花輪づくりをぼくが手伝ったくらいだから。


夜風が往来の途絶えた駅前通りを渡り、熱気の醒めやらない選挙事務所とそこにたたずむぼくたちの背後を吹きすぎて行く。



つい最近鳥山昌克から電話があった。


「ブログに書き込みくれただろ。それで電話してみた」


奴のブログをちょっと前に偶然見つけていたのだが、池袋で墓守(!)をすることになり引っ越すことにしたという記事があったのでコメント欄に書き込んでおいたのだ。

奴が東中野から荻窪に越し、やがて結婚して国分寺に越してからぼくたちはめっきり会わなくなっていた。ぼくはすでに就職していたし、奴も唐組の旗揚げに参加して忙しくなっていた。

彼岸過ぎたら時間ができるから、と奴は言ってぼくたちの短い会話は終わった。彼岸過ぎたら遊びに来てくれと。



それからそろそろ2ヶ月がたつ。昔からの友人は、とりあえず元気だとわかっていればそれでよかったりもするのだ(^_^)v

2011-09-06

夏が逝く


雨に濡れたキャンプ場は、さながら廃墟のようだった。


ぼくは傘をさし、(昨晩はせせらぎだった)濁流のほとりで廃墟の風景を見ている。

今朝早くに降りだした雨は、気がつくとシートを透し、眠っているぼくたちの背中に染みとおりはじめていた。

テントの張り方、というか張る場所に問題があったのだろう。飛び起きてみれば、ぼくたちは雨がにわかに作りだした水たまりの上に寝ていたのだった・・・。


雨の中をやはり傘をさしてもうひとつの影がやってくる。

彼女は傘の中から顔を上げると、いつものように照れくさそうに「朝ご飯どうする?」と聞いた。



高校2年だった。

誰がはじめに言い出したのか、讃岐山脈の中腹にある県営のキャンプ地に行こうという話になった。

メンバーはその頃同じ部活に所属していた友人と後輩の数名。

高校生だけでは許可が下りないというので、誰かの叔父さん(だったか恩師だったか)にアテンドしてもらった。


真夏の空の下、森の中ではすでにヒグラシが鳴いていた。カナカナと

高いところで。

蒼い風が吹き、彼女たちの笑い声が山じゅうに谺していた。

流れをまたぎ、薪を集めたりするうち、山の一日は早々と暮れていった。


食事のあと、ぼくたちはキャンプファイヤーを囲み、ぼくはいつものようにギターを弾いた。

指の間からこぼれる弦の音はぼくたちの間を縫い、歌声は白い煙となって星空に昇っていった(宴は深夜まで続いた)。

やがて気がつけば、ひとつの歌が終わったあとの余韻の中で、

誰もが一様に残り火の炎を見つめていた。


燃え尽きた薪が、コトリと崩れ、

彼女がぼくの方をみて笑った。



一晩あけると、雨が、すべてを濡らすように降りそぼっていた。

ぼくは彼女と傘を並べながら、散文的な気分のまま黙ってみんなのいる場所まで戻った。


テントの中に置き去られた誰かのラジオから、ふと中村雅俊の『盆帰り』の曲が聞こえてきた。


せせらぎに素足で水をはねた

夕暮れの丘で星を数えた

突然の雨を木陰に逃げた

故郷の君の姿 ぬぐいきれないと知りながら


あとから思えば、その歌はまるでそのときのぼくたち自身であり、いま思い返すぼくたちの姿そのものだった。

ふるさとはすでに遠く、あのとき空を覆っていた雨の色といっそう濃かった森の色もまた、遠い時の彼方にある。



30年前の夏。

2011-09-01

あらためてメモ機能付マウスパッド


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赤外線マウスの反応度はちょっと、という声も一部にあったので送料を払ってまで買うのは・・・と躊躇していたのだが、先日東急ハンズに行く機会があったので買ってきた。


会社で2週間ほど使ってみたが、マウスの反応度は問題なさそう。手軽にメモがとれるのはやはりいい。


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2011-06-18

12モンキーズ


地下鉄の改札を通り抜けようとしてふと見ると、地上に向かう階段を、母親に手を引かれ登る小さな男の子がいた。


まだ歩きはじめたばかりだろうか。一段一段のぼる姿が健気に見えるのは、それが男の子だとよけいにそう思えるのは、大人になった姿とのギャップがあまりに大きいからだろうか。


そんな時にいつも思い起こすのが、映画「12(トゥエルブ)モンキーズ」(テリー・ギリアム監督、1995年)の冒頭のシーンだ。

両親に手を引かれた男の子。雑踏の空港ロビー。走ってくる男。出発便を告げる搭乗アナウンス。そして銃声。倒れる男。その上にかがみこむ女…。

「大丈夫よ」とささやく母親の声。だが、彼がすでに知っているように、「二度と決して」大丈夫ではない。

それは、その後何度も繰り返し物語の中に挿入される光景だ。


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場面は変わって近未来。鉄格子の中で目を覚ます主人公コール。

やがて彼は、看守の命令で荒廃した地上に出る。そこは、世界的なウイルスの蔓延で人類の大部分が死滅した後の世界だ。

地下に戻った彼は地上で何を見たかを科学者たちから尋問され、やがて試験にパスした彼は、過去の世界へとタイムトリップすることを命じられる。すべてがはじまった時代へと。


そこから物語は、ブルース・ウィリス演じる主人公とマデリーン・ストウ演じる女性精神科医キャサリン、それにブラッド・ピットのキレた演技が印象的な精神病患者のジェフリーが三つ巴になって進んでいく。

物語の焦点はむろん「12モンキーズ」。人類を滅亡寸前に追い込んだ致命的なウイルスをバラまいたのは、どうやらこの「12匹の猿の軍団」らしい。彼ら(?)を見つけ、それを阻止することがコールに与えられたミッションだ。


しかし、「12モンキーズ」とはそもそも誰なのか。どうやって彼ら(?)を見つければいいのか。それに何より正しい時代にタイムトリップする方法は?

最初から困難が予想されたそのミッションは、物語の進行とともに困難さの度合いを増していく。増大しつづけるエントロピーに軌を合わせるかのように、P.K.ディックの世界に似て、または同じブルース・ウィリス主演の「ダイ・ハード」シリーズに似てというべきか、すべての物事が何ひとつ思い通りには運ばない。

コールは何度も間違った時代に送りこまれ、間違った世界で精神病院に放り込まれ、そして未来に通じるはずの電話は間違った相手につながってしまう。

精神病院で注射された安定剤のせいなのか、はたまたタイムトリップの影響なのか、コールの頭はずっと混乱したままだ。過去と未来がごっちゃになり、空港のシーンが何度もフラッシュバックし、同じミッションを帯びたタイムトラベラーの声が天井裏やトイレの個室から聞こえてくる。

それに拍車をかけるのは、同じ病棟にいるジェフリーの支離滅裂な言葉の洪水だ。さらには、彼に「正気」を取り戻させようとする精神科医キャサリンの説得も彼を混迷に導いていく。


やがて彼は、未来の世界も「12モンキーズ」を追うミッションも幻想で、自分は正気を失っているのだと考えはじめる。地下世界しか知らない彼にとって、現在の世界で吸う空気の匂いは甘美で、日光のきらめきは彼の視線を眩惑する。こちらの世界こそが現実なのかもしれないという思いは、彼を誘惑する。

だが、そう思いはじめた矢先に未来の記憶を想起させる出来事に出会い、やがて事態は思わぬ方向へと転がっていく…。


何度もフラッシュバックする少年の日の記憶と、眼前に繰り広げられる男のタフな世界との対比が鮮やかだ。どうしてあの日からここへたどり着いてしまったのか。どんな物語がそこから、やがて地下世界の鉄格子の中へと彼を導いていったのか。映画は何ひとつ明らかにしないまま終わるが、それだけに後に長く余韻を残す作品になっている。


考えてみれば「ダイ・ハード」シリーズでも、ブルース・ウィリスの目元にはいつも少年の日を思い返すような表情が浮かんでいたような気がした。


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1964年香川県生まれ。

広告代理店勤務。広告・イベント企画や店舗企画、ウェブマーケティング、教育企画、情報システム開発などを経て、現在は経営企画を担当している。

妻と二人の子供あり。