先月カン・サンジュン氏の講演を拝聴したときに気になった言葉があった。
功成り遂げた文豪は、貴族の生まれであり、社会的地位も高く、権威、名誉、財産、家庭、健康とどれをとっても、欠くところなく、幸福そのものと思われるのに、晩年の82歳にして家出したという話である。
なぜだったのか・・・一つには夫人との不和が上げられている。
この家出をめぐって、正宗白鳥と小林秀雄が論争した。白鳥は恐妻ゆえの家出と主張した実生活説、秀雄は人生に対する煩悶とする思想説だった。
そういえば、シャカも四苦をテーマにすべてを捨てて、城を去った。
トルストイの生活は規則正しく、作家や詩人や多くの信奉者の訪問が毎日のようにあり、家族のプライバシーはなかったという。
13人もの子どもをもうけた夫人との不和が、直接のきっかけだったにしても、自らが築き上げた偉大な有形、無形の財産を守り、実生活のスタイルを固守することの重荷に耐えられなくたったのではなかろうか。
この謎に迫ったという「トルストイ家の箱舟」を今日の帰りに県立図書館によって借りてきた。
まったく比べものならない小さな荷物を背負っている私も、ときにもう疲れたなあと思うことがある。
人の一生は重き荷を負うて遠き路を行くがごとしと、家康は言った。
あるがままにその日その日を送る、仙人の境地には、まだなれない。
今日の天気は、猛烈に吹雪いたり、青空になって日が射したり、わけがわからない。北陸の空は、まるで家内のよう・・・