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night and sundial diary

2月24日 (2017年) 記す

小沢健二、興味がないひとがソーシャルメディアで「興味ない」と発言するくらいには(つまり若干のウザさがあるくらいには)世間的にまだ興味もたれているということがわかった。

ところで「渋谷系とか嫌いだった」というコメントを目にして、ある音楽ジャンルが「嫌い」っていうのはすごいなあとおもった。「苦手」とか「よくわからない」というなら自分にもあるけど、「嫌い」という音楽スタイルトライブ、なんかあったかなあ。つねづね星野源が嫌いとはいってるけど、あれは僻んでますというネタ含みなのではあるし……。

2月23日 (2017年) 記す 「コラム」という用語

外来語として「新聞雑誌などで、線で囲んだ、ちょっとした記事。囲み欄。」という意味で使われる「コラム」という用語だけど、元の「column」の意味は「柱,円柱」で、外来語でも「カラム」というとスプレッドシートの「縦の列」とか、CSSレイアウトでページを縦に分割したそれぞれを指す。「カラム」と「コラム」で使い分ければよさそうだけど、Webページ中に「囲みコラム」を置きたいときに、そのレイアウトのスタイルにどういうclass名を当てるかで困ってしまう。「column」って使っていいんだろうか?

https://en.wikipedia.org/wiki/Column_(periodical)

https://en.wikipedia.org/wiki/File:Don_Marquis_column.gif

上記のウィキペディア英字新聞の「コラム」の例を見て、ひょっとして! と思ったのは、新聞や雑誌の紙面を縦に狭く分割した部分のことを「柱っぽいレイアウト」ということで「コラム」ということになったのだろうか?? そうなると正方形で罫線で囲まれた部分とかは、本来的には「コラム」ではないんかもな。

でも、もしそうだとすると、書籍の左右の欄外を日本語で「柱」と呼んでいるのは、英語だとなんて言うんだろうか??

2月22日 (2017年) 記す

スプラトゥーン、Aに上がって、1勝もできないまままた落ちた……

2月21日 (2017年) 記す

小沢健二新譜が出た。2曲入りシングル。朝にAmazonで注文したら帰宅したときには着いていた。便利。仕様をよく読んでなかったので7インチジャケでマジかーという気持ちになる。変形ジャケとかもう流行らないし、告知レスでいきなり新聞発表みたいなデビュー前の野音フリーライブから同じ手法をずっと取り続けていて時代感ある。時代感はあるけど、それでいいのだろうという気もする。これまでのシングルと違って、聞いてすぐに歌詞が頭にはいってこないので戸惑うけど、年を取るということはそういうことなのだろう。サウンド的にはたいへんに心地よく、そこになにか大切そうな言葉ができるだけ伝わりやすくしようといった工夫などないまま思いついた通りに語られているような、やや距離感のある形で提示される。その距離感を味わうシングルだなとおもった。去年のコンサートでかんじたこととだいたい同じであって、そこには一体感と距離感がともにあった。わかりあえないことだけをわかりあおう、という態度がフリッパーズ・ギターであったとするなら、わかりあえるはずであるというのがオザケンだったとするなら、わかりあえるとこともあるしわかりあえないこともあるけどそれでもいっしょに生きていけるしなんなら同じ音を楽しむことができる。まあ、要するに「聞いたけど、よくわからんかった。でも、嫌いじゃないし、意外と好きかもしれない」という感想だったということなんだけどね。

2月20日 (2017年) 記す

暖かかったとおもったら冷たい雨が降り、春一番が吹いたとおもったら北風が吹き寄せる。天候の変化が激しすぎる。

家に帰ってきてから見た録画がおもしろかった。

SOUNDHUNTERS
http://www6.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/?pid=170220

ミュージック・コンクレートの影響下にあるいろいろな音楽取材したドキュメンタリー現代音楽のフィールドだけでなくマシューハーバートブリクサ・バーケルト、シャソール、マトモス、ジャン・ミッシェルジャールといったミュージシャンも登場してて豪華。ブリクサが「80年代に戻りたい」って言ってたのはおもしろかった。コーネリアス大友良英が登場しても不思議じゃなかったけど極東には取材来なかったみたい。

2月19日 (2017年) 記す

ちょうど1週間前の日曜日有楽町まで出かけてクツとポケットワイファイを修理に出した。それがともに昨日今日と連絡があり、クツは引き取りにいき、ワイファイ端末は修理料金が高すぎるので無修理で戻してもらうことにした。操作が効かないだけでネットワークは生きてるから電池を抜き差しすれば使えなくはない。というか、そもそもポケットワイファイを使う場面が極端に少なくなったんだけど、これはもう解約してもいいかもしれないとおもうが、本体の支払いがまだ残っていて、いま解約すると一時金がずいぶん高くかかる。困ったはなしで本当に困ったものなのだが、さてどうしたものだろうか……。東急プラザの6階の雰囲気と見晴らしのよいカフェお茶をしようとおもっていたらずいぶん並んでいるようだったので地下のタリーズでしばらく休んでから戻った。数寄屋橋公園岡本太郎若い時計台」を久しぶりに見た。数寄屋橋公園もいっしょに再整備されたみたいで、なにか雰囲気がかわっていた。背後の泰明小学校あいまって、妙な近未来感がある。東京はいま「僕達が知ってる懐かしの『近未来の東京』」にどんどん近づいているきがする。

2月18日 (2017年) 記す

Facebook過去ログサルベージするシリーズ今日は4年前。

Mohri Katsuhisa

2013年2月18日 ·

Facebookに出会ってから自分の中でこれまでの掲示板とかSNSとかでこういうのがネット常識的な使い方だろー、と思ってたことが何度か覆されて、ああこういうふうに発想を変えてくるのかこのFacebookは、とおもってそうやって見るとこれまで使いづらかったのが急にわかりやすくなるみたいなことがいくつかあったのでまとめておく

以下はコメント。自分の書き込みだけを抜粋しているので、コンテキストが失われているところがありますが、おもにTwitterについて書いている。

Mohri Katsuhisa Twitterはやはり140文字ツイートだけだからできたという気がしてて、というかTwitterがストリーム発見したのもたぶん偶然に近くて、あれはまだメッセンジャーのUIの延長という気がする。マルチユーザーを1画面に押し込んだメッセンジャー

Mohri Katsuhisa それをfriendfeedアクティティフィードという形でなんでもかんでもストリームに突っ込めるんじゃね?っていうことを試してみて、そういった一連の動きのなかでさまざまな種類のコンテンツやサービスをトップだけで見せるという無謀なことを実現できたのがFacebookで、それがまたTwitterのUIのリッチ化につながっている、という認識です

Mohri Katsuhisa で、自分の経験ベースだと、Facebookが最初miximyspaceみたいなボックス型のSNSだったのが、SNSだってぜんぶストリームにしていいんだっていうほうへ推し進めたことのショックのほうが、TwitterのUIに対する印象よりデカイというかんじです

Mohri Katsuhisa Twitterもサーバ負荷耐えられなくてよく落ちてたし代替サードパーティ黙認してたし、あれはよくわかんないでつくってたんじゃないか感はたしかにある

Mohri Katsuhisa でもあのサービスもともとはケータイSMSマルチポストするためのものだったんだから、あのUI以外になりようがない気もする…

Mohri Katsuhisa あー、そうか「フォロー」って概念がやっぱすごかったんだ。あれメッセンジャーなのに、誰にメッセージ送るかを自分で決められないんだもんな。読みたいって手をあげてくれたひとにだけ届くメッセンジャー。そんな設計ないわー

これと同じことはその後もなんどか書いている