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night and sundial diary

3月8日 (木), 2007年

「おふくろさん」の同一性は森進一の歌い方にこそある

日ごろワイドショーとか週刊誌とかほとんど見ないんでいざこざのディテールはよくわかってなかったんだけど、なんか上の件でいろいろ検索したりしてたら森進一が「ぼくの『おふくろさん』ですからねえ」って言ったことで火に油を注いだみたいですね。

でも「森進一の『おふくろさん』」ってのはもうそれそのとおりじゃね? それに意義を唱えるひとっているのかな? たとえば日本中のひとに「ちょっと『おふくろさん』を歌ってみてください」ってきいてみるとするじゃないですか。

そうするともうみんな必ずといって、わざわざちょっと困ったような顔つきをつくって、顔を微妙に上下に揺らしながら「あ゛ふ゛ふ゛と゛ぉぉぉあ゛んお゛ぉぉぉぉ」って絞り出すようなうめき声をあげるに決まっるわけですよ。「おふくろさん」って曲と「森進一の顔つき」とか「森進一のカスレ声」ってのは不可分に結びついちゃってるわけで、それこそがこの曲の「同一性」だと言ってもいいくらいなんじゃないかと。

音楽という表現ジャンルで、作曲者あるいは作詞者は直接的な著作権を持つけど、演奏者/表現者は著作隣接権になる。でもポピュラーミュージックのシーンでは、どう演奏するか、どう歌うか、どういう顔つきで、どういう声色で、どういうアレンジで、どういう思いを込めているのか、楽曲の良し悪しや成功失敗が演奏者にかかっている部分がとても多いはず。

人の作品を勝手に解釈したヤツに俺の歌を歌う資格は無い

って「おふくろさん」の作詞者は言うけど、演奏者がどう解釈して、どう表現・アレンジするのか、ってことがポピュラーミュージックではとても大切なはずで、そこを成功した曲こそが成功する。「おふくろさん」だって、森進一が自分の経験(母親自殺とか)をもとに自分の解釈を曲に加味していって、それではじめてあの重苦しい「おふくろさん」が完成して、そして国民はそれを支持した。

ファンが選んだ森進一 ベストアルバム

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森の楽曲解釈力があって「おふろくさん」は成功して、作詞印税が得られてるわけなんだから、感謝こそすべきであって、「認めない」なんていうかなーとおもうんだけど…。そこまで言うなら、30年分の作詞印税を突っ返すとかしてほしいけど。

でも現行の著作権ではそういうポピュラー音楽のあり方を上手く扱うことができない。そういう認識のズレというか、著作権という考え方の時代錯誤の部分が現れたケースかもしれないな。同一性保持といえばPE'Zの「大地讃頌」事件なわけだけど、これについて増田聡さんが確かそういうようなことを言ってたと思いました!(いま本が手元にないのでうろ覚えです。間違ってたらごめんなさい)

聴衆をつくる―音楽批評の解体文法

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で、森進一サイドは「語り」部分を別個の曲としてJASRAC登録して、以後の「語り〜おふくろさん」を「メドレーだ!」と言い張るってみると面白いんじゃねえかな!

追記 -- 微妙に文章いじった

ネタに近いような乱暴なエントリにしては意外と注目されかけてるようなので(上のJASRAC記事よりブックマーク数多いし…)かなり恐縮してます。ほんとに一点突破的で不勉強なエントリなので、ブックマークでKGVさんの「命をかけてるんだよ」ってツッコミにはそのあたり見透かされたようでドキリとしました。

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