モジモジ君の日記。みたいな。 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-09-09

学力調査結果を公表すべきでない理由

 橋下知事「学力調査の市町村結果、公表すべし」

 学力調査非公表なら「私の責任で公表も」 秋田県知事、いずれもasahi.comより。*1

 上記記事に関連して。


 調査というのは、何を、どういう方法で測り、それにどういう意味があるのかをきちんと考えられる人にとってのみ、意味がある。公表が問題になっているその学力調査というのは、何をどういう方法で測ったのか。そして、測った時点での測定値にはどういう意味があるのか、そういうことも含めて丁寧に検討するのでないならば、結果だけ公表しても意味がない。そして、「結果だけ公表しても意味がない」ということがわからない人に対して公表することは、明白に害がある。

 たとえば、ある地域の学校の教育力を測定したいのであれば、ある時点での学力を測り、なんらかの教育手法を試した後、もう一度学力を測定し、どのくらい変化があったか、ということを問題にしなければならない。また、その場合でも、そこで測定された学力は、学力の一部分でしかありえないのだから、その一部分だけで物事を判断してしまわないよう、幾重にも留保をつけ、その解釈に際しては慎重を期さなければならない。

 そういう調査リテラシーがあたりまえにあるわけではないならば(ない)、ただ学力調査の結果を公表しても、何の意味もない。やるのは、せいぜい、調査結果をランキングにするくらいのことだろう。しかし、この手のランキングを作ることは、むしろ弊害が大きい。「頭の悪い地域」だとか、「教育力の低い地域」だとか、データとは無関係な偏見のあやまった論拠として使用される危険性がきわめて高いからだ。

 また、点数が低いことを問題視し、「点数を上げるためにどうしたらよいか」という方向で施策が検討されはじめるなら、それもまた本末転倒な話である。たとえば、「点数の高い地域、改善が大きい地域に予算配分を優遇する」などといったことをすれば、点数にならない部分の教育は軽視されるようになっていく。学力調査が定義する「学力」を無批判に権威として利用することにより、「学力」について議論をする場そのものが破壊される。

 それでもなお「公表すべき」とか言ってる人たちには、そのデータから一体何が読み取れると期待しているのだろうか。それを使って、どんないいことができると思っているのだろうか。上記したような弊害について一度でも考えてみたことがあるのだろうか。是非教えて欲しい。


 ついでに言うと、「クソ教育委員会」という暴言のみがクローズアップされていることに違和感、危機感を持つ。問題はそんなところにではなく、「学力調査結果を公表させ、その結果を改善するための競争原理を働かせれば教育が改善する」と考えるところの、その競争原理主義の方にある。知事の暴言ではなく、そこに込められた思想にこそ問題があり、それがきちんと批判されて欲しい(せめて検討されてほしい)。

競争やめたら学力世界一―フィンランド教育の成功 (朝日選書)

競争やめたら学力世界一―フィンランド教育の成功 (朝日選書)

*1:そのうちリンク切れになると思いますが、タイトルだけで十分分かりますよね。

trshugutrshugu 2008/09/09 15:42 点数至上主義になるかも!っていう意見で公表されなかったってことらしいですが、公表してもしなくても現時点で点数至上主義なのではないかなぁと思いました。
人々の心に根付いているんですね。文化ですね!

sep24satsep24sat 2008/09/09 18:52 学力調査は「頭の悪い地域」だとか「教育力の低い地域」を知るための調査だと思うが…。違うのかな?

hummer_and_anvilhummer_and_anvil 2008/09/10 06:25 http://www.kahoku.co.jp/news/2008/09/20080909t41033.htm

>大潟村教委は「公表されれば、教師が指導力を問われかねない」と懸念する。

教師の指導力って問うたらいけないものなんでしょうか??

ま、序列化以前に地方の教育委員会なんてどこも大分と同じく口利き採用だらけですからどうしようもないですけどね。

mojimojimojimoji 2008/09/10 08:16 >trshugeさん
数字になって流通すると、それがどんな数字なのか考えもしなくなる、という点では、GDPとかと一緒です。そういう文化になってしまってるなら、そこから考え直さないといけない。

>sep24satさん
違うと思います。

>hummer_and_anvilさん
教師の指導力はいくらでも問うたらいいと思いますが、今回公表が問題になっているこのデータで問うことができるとお考えなら、それはいくらなんでも粗雑に過ぎるでしょう。何を測るか(何が学力か)の問題もあるし、それは措くとしても、元々どれくらいできる子にどのくらいの指導をした結果なのか(元々できない子を伸ばして普通レベルにしたのか、元々できる子にほとんど変化がないのか)の区別もできませんし。

各地の教育委員会に、叩けばいくらでも問題が出てくるだろうことはそうだろうと僕も思いますが、だからどんな非合理なやり方でも叩けさえすればいい、というのは、それこそ教育委員会と同じくらい批判されるべき態度でしょう。

bathrobebathrobe 2008/09/10 21:06 はい、競争原理主義者が釣られに来ましたよ。

学力向上のために公表は有効です。弊害はやむを得ません。

もちろん、学力向上が見込めて、弊害が少ない案があればいいのですが、そういった代案はあるのでしょうか?

mojimojimojimoji 2008/09/10 21:38 >bathrobeさん
とりあえず、

>学力向上のために公表は有効です。

について、説明いただければ、と思います。これ、論証しないで前提しているだけですから。もちろん、それなりの長文になるでしょうから、このコメント欄でではなく、ご自分のブログで書いてTBしてくだされば幸いです。

公表が有害であることは、本記事に書きました。現時点では、公表が有効だとの中身のある主張を知りませんし、あなたも述べていませんし、弊害は書いたとおりなので、代案は「現状維持」で十分です。害のあることをやめましょう、といっているだけなのですから。その上で何をするかについては、またあるでしょうが、とりあえず、ここでの論点とは関わりないので。

NaotohNaotoh 2008/09/10 22:43 はてぶコメントでも書いたのですが。

なぜ、文献として学力世界一とかうんぬんの文献をここで示すのか理解に苦しむのですが。まあ文献を読んだ訳じゃないのでなんとも言えませんが。タイトルたけ読むと結果として学力を評価してる本に思えるのですが。

それともあなたの定義する学力というのはまた違う学力なのでしょうか?

『また、点数が低いことを問題視し、「点数を上げるためにどうしたらよいか」という方向で施策が検討されはじめるなら、それもまた本末転倒な話である。たとえば、「点数の高い地域、改善が大きい地域に予算配分を優遇する」などといったことをすれば、点数にならない部分の教育は軽視されるようになっていく。学力調査が定義する「学力」を無批判に権威として利用することにより、「学力」について議論をする場そのものが破壊される。』

そもそも現時点で学力について議論する場などあるのでしょうか?
点数にならない部分の教育が軽視されるとのことですが、現時点でそれが軽視されていないという根拠はあるのでしょうか?また、点数にならない部分の教育が重要だという根拠も不明確ですよね。

また、前提が今ある教育を削減して点数本意の教育に移ってしまうと結びつけてしまうのはなぜ?という点も気になります。そもそも今の教育時間を有意義に使って点数が足りないのかどうかも現状ではわかりませんよ。

あなたのおっしゃるように判断できる人間がみないと意味がないというのには同意しますが、あなたの想像に基づく具体的でない弊害のために一切公表しないというのには同意しかねますね。

質問ばかりですみませんが、あなたは教育改善のために何が必要だと思うのでしょうか?

私は何かしらの数値なりの目標がありそれを改善する事に力を注ぐ事は間違いじゃないと思います。所詮はその数値を何に頼るかだけの差異だと思っています。

bathrobebathrobe 2008/09/10 22:59 >代案は「現状維持」で十分です。

ああ・・・問題解決をしたいわけでなく、批判をしたいのですね。

逆に「学力は無理に向上させなくて良い」と思っているなら、それを説明してほしいなぁ。

mojimojimojimoji 2008/09/10 23:34 >Naotohさん
紹介した本、特に、2006年出版の方、是非読んでみるとよいと思います。おっしゃるように、学力の概念が結構違うというのが一つ。また、学力の上位を引き上げるのか、おちこぼれを減らすのか、それでもまた方針は違います(フィンランドの学力が高いのは、下位のレベルが高い=落ちこぼれが少ないためです)。

いずれにせよ、どんな数字でもいいから目標立てて、その数字の上での成果をあげよ、なんてのは、いくらなんでも雑に過ぎます。「その数値を何に頼るか」で、全然違う話になるんですから。

>そもそも現時点で学力について議論する場などあるのでしょうか?

教育関連の学会を中心に、いろいろ議論されてはいますよ。問題の全国学力テストに対しても、「それは一体何を目的をしたテストなのか」ということが曖昧なままの話でしたから、いろいろ批判もされてます。


>bathrobeさん
僕は、あなたの学力の方が心配です。「益がなく、害がある」のだから、現状維持の方がマシなのは自明です。「益がある」と言いたいのはあなたなのだから、せめて、それを説明しましょう。ガンバっ(はぁと)

#「学力は無理に向上させなくて良い」とは思っていません。どこにも書いていませんしね。

bathrobebathrobe 2008/09/11 00:02 >僕は、あなたの学力の方が心配です。「益がなく、害がある」のだから、現状維持の方がマシなのは自明です。

あなたの論理によると「学力調査結果を公表は益がなく、害がある」ですが、学力を上げるための施策を他に考えることなく「現状維持」を選んでしまうあたりが短絡的です。

批判したいだけなんだなぁ。

ところで、「競争原理を持ち込めば点数が上がる」というのは正しいという前提で良いですか?

mojimojimojimoji 2008/09/11 00:22 >bathrobeさん
すいません。前提の確認からいちいち一つ一つコメント欄であなたの議論に付き合わせるつもりでしょうか?どういう神経してたら、そんなに図々しくなれるのか、あなたの学力をこそ公表してほしいくらいです。

とりあえず、人に見せても恥ずかしくないくらいのひとまとまりの議論をお一人で作ってから、ご自分のブログにアップしてですね、その上で出直してもらえませんでしょうか?

bathrobebathrobe 2008/09/11 00:37 あーあ、結局は人格批判になっちゃうのね。

最後にもう一度これを言っておこう。

あなたの論理によると「学力調査結果を公表することは、益がなく、害がある」ですが、学力を上げるための施策を他に考えることなく「現状維持」を選んでしまうあたりが短絡的です。

mojimojimojimoji 2008/09/11 00:39 ああ、はいはい。そうですね。では。

NaotohNaotoh 2008/09/11 10:10 >mojimojiさん
今回の学力調査というもの(この調査での学力とやら)について懐疑的な認識を持っていることは理解しました。

『紹介した本、特に、2006年出版の方、是非読んでみるとよいと思います。おっしゃるように、学力の概念が結構違うというのが一つ。また、学力の上位を引き上げるのか、おちこぼれを減らすのか、それでもまた方針は違います(フィンランドの学力が高いのは、下位のレベルが高い=落ちこぼれが少ないためです)。』

これはあなたの否定している(本末転倒といっている)施策そのものと思えますが。元にしている数値・概念が正しければ施策そのものは有意義になるということでしょうか?

『いずれにせよ、どんな数字でもいいから目標立てて、その数字の上での成果をあげよ、なんてのは、いくらなんでも雑に過ぎます。「その数値を何に頼るか」で、全然違う話になるんですから。』

これも基本的に今回の学力調査についてあなたが雑なものだと認識しているから『雑に過ぎる』という認識に陥るわけですよね。

私には競争原理主義そのものに問題があるのではなくそこでの『学力の定義』に問題があると認識されてるように思えますが如何でしょうか?

mojimojimojimoji 2008/09/11 10:31 >Naotohさん
>これはあなたの否定している(本末転倒といっている)施策そのものと思えますが。元にしている数値・概念が正しければ施策そのものは有意義になるということでしょうか?

元にしている数値・概念が違えば、それらの施策は違うものです。当たり前のことだと思いますが。(売上の最大化を目指す経営と、シェアの最大化を目指す経営は、別のものです。当たり前ですよね。)

>私には競争原理主義そのものに問題があるのではなくそこでの『学力の定義』に問題があると認識されてるように思えますが如何でしょうか?

僕は、学力の定義にも競争原理主義にも問題があると思っています。それで何かおかしいでしょうか?

本エントリは、そのうち、前者に関わる点を具体的に述べたものです。公開推進派が、学力の定義等々政策目標の設定に関わる重要な概念について、およそまともに考えてないことを批判しています。競争原理主義については、「ついでに」以降で論点提示として述べただけで、本格的に論じてはいません。……これで文脈はわかりましたでしょうか?

ついでに競争原理主義についてもう一言付け加えるならば、フィンランドは(私たちが考えるような意味における)「競争」を徹底的に排除することによって「学力」向上を達成しています。そのことは、リンクした本の中で紹介されています。

NaotohNaotoh 2008/09/11 18:40 >mojimojiさん
なんだが引用文献を読まないと「学力」「競争」といった言葉のレベルがあわなさそうですね。(いや、私自身の定義もはっきりしてないですけど)

>元にしている数値・概念が違えば、それらの施策は違うものです。当たり前のことだと思いますが。(売上の最大化を目指す経営と、シェアの最大化を目指す経営は、別のものです。当たり前ですよね。)

元の文章からは「点数を上げるために何かをする」というロジックだけを読み取ってたので同じと認識してました。まあ前提が違うというのは確かなので、理解しました。

>本エントリは、そのうち、前者に関わる点を具体的に述べたものです。公開推進派が、学力の定義等々政策目標の設定に関わる重要な概念について、およそまともに考えてないことを批判しています。競争原理主義については、「ついでに」以降で論点提示として述べただけで、本格的に論じてはいません。……これで文脈はわかりましたでしょうか?

納得しました。

でもなんだろう、もやもやした感じがしますね。

こういった前段で話しているうちに本質的なことがまったく行われないような気がしてならない。

そういった焦りや苛立ちから公開しちまえ!と声高に主張する人間がいるんだろうなーと。
まあ暴論ですけどね。

mojimojimojimoji 2008/09/12 11:36 >Naotohさん
暴論だ、ということを確認していただければ、とりあえずは十分です。

b3_bikkurib3_bikkuri 2008/09/23 14:01 点数を低いことを問題として捉える事は間違いではないでしょう。学校は勉強を教える場でもあり、「点数をとる」ことも勉強が身についたことをはかる重要なポイントです。点数が低い地域を発見することは、「点数を取る」問う課題を果たせているか、というチェックであり、決して競争をあおるものではないと思います。
競争を煽る、本質的でない というのはちょっと感情的すぎはしませんでしょうか?

mojimojimojimoji 2008/09/30 23:30 なんだか、全然気づいてなくて、ほったらかしにしてたみたいですね。スイマセン。

はてなユーザーのみコメントできます。はてなへログインもしくは新規登録をおこなってください。