2008-10-05 リフレ/反リフレの経済学
今回は、特別編です。僕の認識は「リフレは必要だが、それだけではダメである」というものです。今回は、「それだけではダメ」の部分について説明する、二つの記事をアップします。「では、何が必要か」という問題は、次回に。多分、1、2週間後くらいに書きます。*1
更新情報
- 2008/10/07 07:00 一部、誤解があるようですが、「反リフレの経済学」の趣旨は、「インフレは生じない」ではなく、生じるインフレの性質が異なっており、「インフレは生じても総需要は増えない」です。その点をわかりやすくするための修正を検討します。
- 2008/10/06 22:00 あれま、「流動性プレミアム」の意味が逆になってるみたいですね。どう修正するか、検討します。*2
- 2008/10/06 09:00 ブックマークが分散しがちなので、整理しておきます。
リフレの経済学
- 目次
- 先にまとめとくと、次のようになります。
- 財政政策は、一時的な効果しかないし、財政赤字という問題を残すからよくないね。
- 金融政策の方がいい。
- 金利は下げときましょう。
- 金利下げてもまだ足りないなら、インフレ目標政策を採用しましょう。
反リフレの経済学*3
- 目次
- 流動性選好
- 貨幣とはなにか
- 貨幣、財貨、代替貨幣
- ケインズ『一般理論』
- 先にまとめとくと、次のようになります。
- 貯蓄しないなら実物消費、実物投資が増える、なんてのは甘い。
- 代替貨幣への投機が増えます。
- 代替貨幣の価格は高騰するけれど、雇用は増えません。
- リフレだけでは、コスト・プッシュ・インフレをもたらすだけになりかねません。
- さらに続きます。
リフレの経済学
不況のメカニズム
市場に財やサービスが供給されると、その売上が私たち一人一人の所得になります。市場全体で供給された財やサービスの価値の合計を総供給、私たち一人一人の所得の合計を総所得と呼ぶことにすると、次の式が成り立ちます。
(1) 総供給=総所得
次に、所得の使い道について考えてみましょう。まず、そこから税金を払います。残ったもの(所得−租税)を可処分所得と呼びます。この可処分所得には、おおまかにいって二通りの使い道があります。つまり、使うか、貯めるか、です。使う場合を消費、貯める場合を貯蓄と呼ぶことにしましょう。すると、次の式が成り立ちます。
(2) 総所得=消費+貯蓄+租税
消費に対する支出は、つまり、消費財に対する需要です。租税は、政府が支出することによって、政府による需要になります。貯蓄は、そのままでは需要になりませんが、銀行などの金融機関を介して企業に貸し出され、投資財に対する需要になります。これらの需要が雇用を生み、それが再び私たちの所得になるわけです。ここで、総需要について、次の式が成り立ちます。
(3) 総需要=消費+投資+政府支出
話を簡単にするために、租税=政府支出、つまり、赤字を出さない均衡財政で運営されているものとします。すると、総供給と総需要が等しくなるための条件は、貯蓄=投資です。つまり、貯蓄がちゃんと企業に貸し出されて投資需要となることが必要です。しかし、もし、貯蓄>投資になってしまうと、総供給>総需要となります。結局は、供給しても需要の分だけしか売れませんから、総需要に併せて総供給が調整され、その中で遊休設備が増える、失業が増える、といった事態が発生してしまうわけです。これが不況です。
財政政策による対処
不況に対処する方法としては、財政政策と金融政策があります。まず、財政政策から考えてみましょう。総供給と総需要が等しくなるためには、(2)式と(3)式より、次の式が成り立てばよいことがわかります。
(4) 貯蓄+租税=投資+政府支出
先ほどは、租税=政府支出と考えたので、貯蓄>投資のときには、総供給>総需要になってしまいました。では、租税<政府支出とすればどうでしょうか?つまり、投資に使われなかった余った分の貯蓄を政府が借り入れ、それで政府支出を行うわけです。余った貯蓄をすべて政府が借り入れて使えば、総需要=総供給を実現することもできるわけです。これが財政政策による対処です。
しかし、この場合には、租税<政府支出、つまり、財政赤字が発生してしまいます。いつまでも続けることはできません。もし、貯蓄>投資の関係が中長期的に変化しないならば、財政赤字に耐えかねて租税=政府支出に戻した時点で、再び不況に陥ることになります。
かつては、貯蓄>投資の関係は、時間がたてば自然に貯蓄=投資に戻るようなサイクルがありました。景気循環とかいう奴です。だから、一時的に財政赤字を出せば、しばらくすれば投資が戻ってくるので再び均衡財政に戻すことができたわけです。しかし、近年はこのような循環的な回復が見られず、雇用を維持するためにはいつまでも赤字を垂れ流すことになってしまいます。実際、90年代後半の小渕・森政権では、大規模な政府支出を続けて景気を支えたわけですが、その結果、莫大な財政赤字を残すことになってしまいました。
金融政策による対処、その1、金利引下げ
そこで、二つめの対処法に移りましょう。金融政策による対処です。(2)式から租税を除いて、可処分所得だけの式を書いてみましょう。つまり、次のようになります。
(5) 可処分所得=消費+貯蓄
租税は政治的に決まるので、私たちが自由に選ぶことはできません。しかし、所得−租税、つまり可処分所得をどう使うかについては、私たち一人一人に委ねられます。ここで、消費と貯蓄の有利/不利を考えてみましょう。もし、金利が高いならば、貯蓄は大きく増えますし、低いならば、あまり増えません。つまり、金利が高いほど貯蓄が有利になり、貯蓄は増える傾向があります。逆にいえば、金利が低いほど、貯蓄は減る傾向があるわけです。
次に、貯蓄と投資の関係について考えてみましょう。企業は、お金を借りて投資するわけですが、投資の目的は、すなわち、事業を通じて収益を上げることです。収益性の高い事業が望ましいことは言うまでもありませんが、いずれにせよ、企業は事業収益の中から、借りた資金の元本と利子を払わなければなりません。もし、金利が高いならば、支払うべき利子は多くなりますし、低ければ、少なくなります。つまり、金利が低いほど投資が有利になり、投資は増える傾向があります。以上のことから、貯蓄>投資を解消して、貯蓄=投資にするためには、金利を下げればよい、ということになります。
金融政策による対処、その2、インフレ目標
しかし、一つ問題があります。金利をゼロ%より低くすることができないことです。もし、金利ゼロ%まで下げているのに、なおも貯蓄>投資であるならば、どうするのでしょうか。そのような状況に対処するためには、下げられない金利を「実質的に下げる」別の手を打つ必要があります。そこで目をつけるのが、物価上昇率(インフレ率)なわけです。
インフレとは、財やサービスの価格が全体として上昇していくことを意味します。もし、買う必要のあるものがあるなら、できるだけ早く買うのが有利です。というわけで、金利が低いほど「消費が相対的に有利」になるのと同様に、インフレ率が高いほど「消費が相対的に有利」になります。
また、インフレが進むと、投資して整備した生産設備が生み出す財やサービスの価格も上昇していくことになりますから、期待される収益もインフレ分だけ大きくなります。言い換えれば、借りた資金の元本が実質的に目減りしていくことになるわけです。そのため、インフレ率が高いほど「投資が相対的に有利」になります。もちろん、あまり激しいインフレでは別の弊害がありますが、数%程度の穏やかなインフレであれば、金利引下げと同様の効果だけを期待することができるわけです。
さて、ここで一つ注意をしておきます。インフレが進むことは、金利を下げるのと同じ効果があると述べましたが、より正確には、インフレが「実際に」進む必要はありません。実際にはインフレでなくても、人々が「これからインフレが進むのだ」との将来予測をすれば、そのとき、「インフレが進むなら、買うものは早めに買った方がよいな」と考えるようになり、消費や投資が増えることになります。この将来予測をインフレ期待と呼びます。インフレではなく、インフレ期待を引き起こせば、目的を達することができるわけです。
問題は、どのようにしてインフレ期待を抱かせるか、になります。そのためには、第一に、市中に流通している通貨量を増やし、インフレが実際に起こりうる環境を整えることが必要です。通貨量が増えても、それが使われずに貯めこまれれば、実際にはインフレは起きません。しかし、通貨量を増やし続けて、いつインフレが起こってもおかしくない、という状況を強めていけば、人々はインフレ期待を抱かざるをえません。併せて、第二に、「インフレ率○○%を目標に、通貨量を増やします」など、とにかくインフレが起こるまで通貨供給量を増やすのをやめないと中央銀行が宣言してしまうことも行われます。
つまり、通貨量を増やし、インフレ目標を宣言する。これがインフレ期待を引き起こし、人々を消費支出や投資支出に押しやる効果を引き起こす。以上が、インフレ目標政策の骨子です。
最後に、通貨量を増やす方法について説明しておきましょう。一番わかりやすいやり方を言えば、お金をどんどん刷って、なんでもいいから流通している品物をあれこれ買えばよいことになります。ケチャップでも自動車でも、なんでもよいです。なんでもよい、と言いつつ、国が通貨供給量をコントロールするために、特定業界や特定個人にのみ影響の大きな財やサービスを買いあさるのも問題がありますので、国債などの有価証券を購入するのが一般的です。これを公開市場操作、この場合は「買う」操作ですので、買いオペレーション、買いオペなどと呼ばれます
バーナンキの背理法
では、本当にこんなことでインフレ期待を引き起こすことができるのでしょうか。そこで、バーナンキの背理法という論法が持ち出されます。wikipediaから引用します。
「もし、日銀が国債をいくら購入したとしてもインフレにはならない」と仮定する。すると、市中の国債や政府発行の新規発行国債をすべて日銀がすべて買い漁ったとしてもインフレが起きないことになる。そうなれば、政府は物価・金利の上昇を全く気にすることなく無限に国債発行を続けることが可能となり、財政支出をすべて国債発行でまかなうことができるようになる。つまり、これは無税国家の誕生である。しかし、現実にはそのような無税国家の存在はありえない。ということは背理法により最初の仮定が間違っていたことになり、日銀が国債を購入し続ければいつかは必ずインフレを招来できるはずである。*4
つまり、「インフレにならない」と仮定すると、お金を印刷して使うだけで政府の財源が賄えることになってしまいます。そんなうまい話があるわけないよね。だったら、どこかでインフレが生じるはずです。
さて、以上が、リフレ派の基本認識だと思います。次に、これを批判的に検討していきます。
反リフレの経済学
流動性選好
私たちがお金の使い道を決める、その場面に話を戻しましょう。(2)式または(5)式から明らかなように、私たちは自由に使い道を決められるお金(可処分所得)を、使う(消費)あるいは貯める(貯蓄)、そのどちらかに振り分けます。
(5) 可処分所得=消費+貯蓄
金利引下げとインフレ目標という金融緩和政策により、貯蓄が相対的に不利になり、その分、消費が増えます。では、ここでの「消費」とは具体的に何を指すのでしょうか。ここがポイントです。以下、消費と貯蓄では話が分かりにくくなるので、財貨(モノ)と貨幣(カネ)と言い換えることにしましょう。すべての所得は、財貨に支出されるか、貨幣の形で持っておくか、そのどちらかです。購入された財貨は、私たちの日々の生活の中で使われます。貯めておかれた貨幣は、将来、財貨を購入する際に使われます。
貨幣の魅力とは、取っておけること、将来必要なものに変えることができる、その融通のよさです。たとえば、老後のために医療費や介護費を貯めておくとして、運良くそうした費用が不要であったならば、海外旅行にでも出かければよい。その都度、何にでも使うことができます。選択肢の広さを確保しておくこと、これが貨幣の魅力です。貨幣の持つこうした性質を、流動性と呼びます。人々は、流動性を確保するために、貨幣を持つのです。これを流動性選好といいます。
金融緩和政策は、流動性確保手段としての貨幣の魅力を、引き下げるように作用します。そして、貨幣を取っておくではなく、財貨を買うように促すわけです。では、改めて問います。人々は、どんな財貨を買うのでしょうか。人々は、欲しい財貨は既に買い、余りを貨幣として取っておいたのでした。しかし、金融緩和政策により、貨幣を取っておくことは相対的に損になったのです。ここで人々が考えることは、「貯めておくのは不利だから使おう」ではありません。素直に考えれば、「貨幣ではない別の形で取っておこう」となるのではないでしょうか。
同様のことが、貯蓄から投資に向かうプロセスにおいても生じます。貯蓄は、金融機関を介して、投資に向かいます。では、ここでの「投資」とは、具体的に何を指すのでしょうか。企業の生産設備などへの投資に回るなら、その時点で、貨幣は財貨に支出されることになります。それが需要になるはずです。もちろん、いくらかはそういう経路でも使われるでしょう。しかし、消費そのものが冷え込んでいるのに、有利な投資先がそれほど劇的に増えるはずもありません。だとすれば、生産設備などの実物投資としての「財貨」を買うのではなく、先ほど同様、「貨幣ではない別の形で貯めておく」ための「財貨」を買うことになるでしょう。
貨幣とはなにか
では、貯めておくことのできる財貨とはどういうものでしょうか。たとえば、肉や野菜を購入して、それで貯めておくのはどうでしょうか。言うまでもなく、これは無茶です。腐ってしまいます。肉や野菜ほど極端ではなくても、大抵のものは、古くなって痛んだり、腐ったり、さまざまな理由で価値が目減りしてしまいます。保存する方法や場所を確保するのも、これまた面倒です。このように、現在あるものを未来に持ち越そうとすると価値が目減りしてしまう、この目減りのことを持越費用といいます。貨幣の要件の第一は、持越費用が低いことです。ここで法定通貨を考えますと、これは持越費用がきわめて低い、「貯める」という目的に適した特別な財貨であるわけです。
貨幣の要件の第二は、その価値が安定していることです。そのためには、第一に、労働を投入しても供給を増やすことができない、あるいは困難であること、第二に、確実な需要が見込めること、これら二つの性質をある程度持っていることが必要です。たとえば、以上の条件をみたすのは、金や貴金属、土地、原油などの資源がこれにあたります。水や食料も「確実な需要が見込める財」ですから、その候補になります。とりわけ、先物取引の存在によって、この傾向は強まります。なぜなら、食料それ自体には持越費用が大きくなりすぎるとしても、食料先物については、その心配がかなり小さくなるからです。
貨幣の要件の第三は、流動性プレミアムです。流動性とは、好きなときに好きなものと交換できる、という性質です。ですが、いくら土地や貴金属が第一、第二の要件を満たしていても、いざというときに欲しいものと交換できなければ、流動性と呼ぶことはできません。ですから、いざというときに速やかに換金することができるか、ということが重要になります。もちろん、法定通貨は、貨幣そのものなわけですから、最高の流動性プレミアムを持っています。土地や貴金属は、さすがに貨幣そのものには劣ります。しかし、これらを売る市場が整備されていて、現金化するための手間や時間が比較的小さくて済むならば、高い流動性プレミアムを持っているとみなすことができます。
貨幣とは、政府が「これが貨幣です」と称しているもののことではありません。持越費用がかからず、価値が安定しており、流動性としてあてにできるからこそ、貨幣になるのです。法定通貨が流動性手段として人気が高いのは、先の三つの要件を非常によくみたしているからです。ただし、インフレ目標政策などによって貨幣の価値を目減りさせるならば、その魅力は損なわれることになります。もちろん、それだけで貨幣としての信任を完全に失うことはありませんが、魅力が損なわれた分、土地や貴金属などが貨幣の代わりの役割を果たす可能性が出てきます。
貨幣、財貨、代替貨幣
人々が貨幣を貯めこんでしまうとき、人々は財貨よりも貨幣に魅力を感じています。差し迫って必要なものはないので、いざというときのために使えるお金を貯めておこうとしているわけです。金融緩和政策は、貨幣の魅力を減じ、財貨の魅力を増すことで、消費や投資を増やそうとするものです。
ところが、財貨の中には、流動性確保の手段となりうる、貨幣の代替物になりうる財貨があります。これをさしあたって代替貨幣と呼ぶことにしましょう。それらの相対的な魅力が、たとえば次のような関係になっているとしましょう。
(6) 貨幣>財貨>代替貨幣
このときには、金融緩和政策によって、次のような関係にすることができます。
(7) 財貨>貨幣>代替貨幣
この場合には、貨幣を手放し、財貨への支出を増やすよう、仕向けることができるかもしれません。しかし、次のような関係の場合にはどうでしょうか。
(8) 貨幣>代替貨幣>財貨
金融緩和政策は、貨幣の魅力を減じることはできます。しかし、代替貨幣の魅力を減じることはできません。ですから、(8)式のような状況で金融緩和政策を実施しても、次のような関係にしかならないわけです。
(9) 代替貨幣>財貨>貨幣
これでは、いくらやっても財貨への支出は増えません。代わりに、代替貨幣への支出が増える、言い換えれば、原油や土地等への投機が増えることになります。代替貨幣は先にも述べたように、労働を使って供給を増やすことが困難な財貨でもあります。よって、代替貨幣への需要は雇用を増やしません。それだけでなく、代替貨幣の高騰が、それを原材料とするさまざまな財やサービスの価格をも押し上げかねません。コスト・プッシュ・インフレです。こうして雇用は増えないまま、インフレだけが生じ、一層生活を苦しいものにしてしまう可能性があります。
問題は、代替貨幣と財貨の相対的な関係です。実物消費・実物投資が十分に魅力的なものでなければ(財貨>代替貨幣でなければ)、実物消費や実物投資は増えず、総需要も増えません。結局、雇用を増やすためには、財貨への支出の魅力、実際の消費や投資への支出の魅力を増やす必要があります。もちろん、消費が冷え込んでいるのに、投資をして収益を上げる機会など、そうそうあるわけがありません。ですから、究極的には、消費への意欲が増さなければ、どうすることもできないのです。
代替貨幣>財貨であるのか、財貨>代替貨幣であるのか、現在の日本の状況はどちらにあると考えるべきなのでしょうか。これは優れて実証的な問題ですが、ここでは詳述することは避けます。私自身は代替貨幣>貨幣である蓋然性が高いと考えていますが、この点の白黒をハッキリさせることは困難でしょう。それよりむしろ、リフレに加えて、実物消費、実物投資の魅力を高めるような別の施策を併せて行う方が効果がより高まるのであれば、それがどういう政策であるかを考えるべきです。
では、消費や投資の魅力を増すためには、どうすればよいのでしょうか。それも、財政政策のように一時的な効果に留まらず、持続する効果として増やすにはどうすればよいのでしょうか。次回はそれを考えたいと思います。
ケインズ『一般理論』より
最後に、以上の考察の下敷きになっている考え方を紹介しておきます。代替貨幣の議論は、ケインズ『一般理論』における貨幣経済の定義(第17章)ならびにゲゼルのスタンプ貨幣に対する批判(第23章)からきています。それぞれ引用してみましょう。
…すなわち、「流動性」と「持越費用」とはともに程度の問題であること、そして「貨幣」の特質は後者に比して高い前者をもっている点に存在するにすぎないことがそれである。
たとえば、流動性打歩がつねに持越費用を超える資産というものが存在しない経済──これはいわゆる「貨幣なき経済」について私が与えうる最善の定義である──を考えよう。(ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』、塩野谷訳、p.238)
流動性打歩(りゅうどうせいうちぶ)とは、流動性プレミアムのことです。ここで定義されているのは「非貨幣経済」ですが、裏返せば、「流動性打歩がつねに持越費用を超える資産」こそが「貨幣である」と述べているわけです。
次に、ゲゼルのスタンプ付き貨幣について。スタンプ付き貨幣とは、時間が経過するごとに貨幣にスタンプを押すことを義務付け、そのたびに貨幣の価値が目減りするというルールに基づいた貨幣です。時間がたつと価値が目減りする、という意味で、リフレに準じた政策と言うことができます。
スタンプ付き貨幣の背景をなす考えは健全なものである。もちろん、それを控え目な規模で実行に移す手段を見出すことは可能である。しかし、ゲゼルが取り上げなかった多くの困難がある。とくに、貨幣はそれに付随する流動性打歩をもつという点において唯一無二のものではなく、ただその程度が他の多くの財貨と異なっているにすぎず、貨幣の重要性は他のいかなる財貨よりもより大きな流動性打歩をもつことから生ずる、ということに彼は気づかなかった。したがって、もしスタンプ制度によって政府紙幣から流動性打歩が取り去られるとしたなら、一連の代用手段──銀行貨幣、要求払いの債務、外国貨幣、宝石、貴金属一般など──が相次いでそれにとって代わるであろう。(p.358)
リフレの場合には、貨幣だけでなく、もう少し範囲は広いわけですが、理屈は同じです。政策的に減価することのできない代替貨幣が存在し、それが実物消費や実物投資よりも魅力的である限り、貯蓄の減少分はそれらの財貨への投機に向かいます。よって、リフレだけでは雇用につながる需要を増やすことはできないわけです。
- 作者: J.M.ケインズ,J.M. Keynes,塩野谷祐一
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