Moleskin Diary 2.0 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2005-09-28

[][][]はてなブックマークのコメント欄は観客席のざわめきである はてなブックマークのコメント欄は観客席のざわめきであるを含むブックマーク



なんか今週のお題は、「はてなブックマークのコメント欄について」らしいので、例によってテキトーな事を書き飛ばしてみる。



はてなブックマークのコメント欄は観客席のざわめきである。

以下はとてもとても長い蛇足。


はてなブックマークの以前の状況において、ブログを舞台、読者を観客と仮定してみる。

この仮定の舞台に立って、観客席を見下ろしてみると、実際の舞台とは違う、おかしなことがわかる。

観客のざわめきが聞こえない。

舞台に立っても、観客のざわめきが聞こえない。観客の反応が読めない。そもそも観客がいるのかどうかすらわからない。そんな沈黙の中で黙々と演技を続けるのは辛い。

もちろんざわめき以外にも読者の反応を知る方法はある。カウンター、アクセスログ、しかしこれは所詮数字だ。観客の反応をチケットの売れた枚数や席種、売り上げなどで測るようなものだ。

コメントやトラックバック、これは確かに読者の反応ではある。しかし熱心なファンレターや楽屋に押しかけてくるファンのようなもので、そんな熱心なファンに恵まれているブログはそう多くはない。大抵のブロガーの読者はカウンターやアクセスログ、リフェラに足跡を残していく人達、沈黙のオーディエンス*1ばかりである。



それにしてもなぜ沈黙する人達が多いのだろう。なぜみんな自分の反応を表に出さないのか。なぜ黙ったままブログを見つめているのか。

その理由の一つも観客のざわめきが聞こえないからだ。

つまり人を通じているわけです。舞台からいきなり個々の観客に伝わっていくのではなくて、前の方から人から人へと伝わっていく。たとえば昔の舞台でもかぶりつきというのがあって、ここには熱狂的なファンが座ったものらしいですが、これがまず湧いて、その熱気が後ろへ伝わってゆく。それが何回か繰り返されることによって、舞台に対する目が共有されてくる。共有感覚が生まれてくる。共有感覚が生まれるためには、いきなり舞台がパッと放射的に伝わるということはほぼない。

……

目を共有することによって、舞台で行われたということが、人から人へ伝わる。一人が笑うと、つられてみんなが笑い出すというのもそのためです。笑いが人から人へ伝染するんです。だから、笑わせなければいけない舞台だと、笑いの早い人、笑いの敏感な人がいた方がいい。

別役実ベケットといじめ」*2148-150p

別役実が書いているように舞台を見る観客は観客個々に反応しているわけではない。他者と目を共有する事により、他者の反応、他者の熱気が伝わって、それにつられて反応するのである。

人が何かに反応するには、他者と視線と反応を共有できる場が必要なのだ。それが観客席だ。


ところがブログの場合、ブログと個々の読者の関係は一対一である。個々の読者のところには他の読者の熱気や反応が伝わってこない。笑いの早い人、敏感な人がいても、その笑い声は他の人には聞こえないのである。


このブログと読者の関係は、テレビと視聴者の関係に似ているかもしれない。テレビと視聴者の関係も独身者なら1対1、家族持ちでも1対N程度である。

しかしテレビの場合、テレビの中に観客がいるのである。お笑い系、バラエティなどの番組ではスタジオに観客席がある。テレビの視聴者はこのテレビの中の観客と目と反応を共有している。だからテレビの中の観客のゲラゲラ笑いにつられて孤独な六畳一間でも人は笑えるのである。


もちろんブログの中にも観客席が出現する場合がある。一部の人気ブログにはコメントやトラックバックが大量につくが、あれはまさにテレビの中に観客席と同じ役割を果たしている。またサイドバーに最新のコメントやトラックバックを誇らしげに飾っているブログも多いが、あれもテレビの中の観客席である。そうしたトラックバックやコメントにつられてさらに多くのコメントやトラックバックがつくのだが、先に書いたようにそうした環境に恵まれるブロガーはそう多くない。


それにコメントやトラックバックという反応は実は結構敷居が高い。

あなたが舞台上の演技に感動して、拍手なり声援なりを舞台上の演技者に贈りたいとする。実際の観客席なら、あなたは観客席に座ったままパチパチなりブラボーなりをやればよい。しかしブログを舞台、読者を観客とする仮定の演劇空間ではそうはいかない。


この仮定の空間で観客が演技者に自分の声を伝える手段は二つしかない。ひとつはそのブログにコメントを書きこむ。あるいは自分のブログにエントリを起こして言及をする。どちらにしてもこれは舞台の上に上がることである。そして一度舞台の上に上がった以上は、パチパチやブラボーだけではすまない、何か気の利いたセリフを言わなければいけないという圧力がかかる。この圧力に耐えられない人間は舞台の上には上がれない。


そして今あなたがいる仮定の演劇空間では、観客が観客席に座ったまま自分の反応を伝える手段がない。よって舞台度胸のない人間は沈黙のオーディエンスに甘んずるしかない。さもなければ勇気を持って舞台に上がる。この世界にはこの二者択一しかない。


だから世の中には沈黙のオーディエンスがいっぱい居るのだ。


そして舞台の上に上がったら上がったで、さらにやっかいな問題が生ずる。舞台の上に上がった観客が演技者に呼びかけた瞬間、呼びかけられた演技者には、呼びかけに答える責任が生じてしまう。コメントやトラックバックを無視するのは義理を欠く行為である。

靖国問題 (ちくま新書)」や「国家と犠牲 (NHKブックス)」の著者、高橋哲哉氏によると、応答責任を果たさない人間は、社会的責任を放棄したとみなされ、究極的には人間として生きることをやめざるをえないらしい。*3

しかしたかが拍手や勝手なつぶやき程度のものに、答えないならどうのこうのというという事態になるのは、声をかけるほうにとっても、声をかけられる方にとってもいささか億劫な状況である。演技者に気軽に声を送るためには、こっちは勝手に拍手なりブラボーなりブーイングなりはしますが、あなたはいちいちそれに答える責任はありませんよという領域、応答責任が免除された空間が欲しくなる。そんな空間がまさに観客席である。観客席で観客が拍手しようが、ブーたれようが、舞台上の演技者はいちいち答える義務はない。*4


しかしそんな空間、観客が観客の立場のまま舞台の上に声を送れる観客席はブログ界には存在しなかったのだ。はてなブックマークができるまでは。*5

はてなブックマークは観客席である。観客席らしい観客席である。他者と視線と反応を共有できる場である。観客が観客のまま舞台の上にあがらなくても自分の反応を伝えることを可能にする。

そしてはてなブックマークは応答責任が免除された空間でもある。舞台から離れたところでぶつぶつと呟いているだけなのだから、そこでのつぶやきは無視してもよいし、無視されてもしょうがないのである。*6


実際、はてブのコメント欄は観客席によく似ている。舞台に人気役者が出てくると観客席から「杉さまー!」、「播磨屋!」などの声がかかるが、はてブでも人気ブロガーには「栗先生!」、「ekken!」などの声がかかる。逆に「ふーん」などのブーイングがかかることもある。また隣り合った観客同士がなにやら会話を交わすように、隣り合ったコメント欄で会話がなされることもある。人生で起こることは、 すべて、皿の上でも起こる*7ように、観客席で起こることは、やはりはてブのコメント欄でも起こるのである。

そういうわけで結論。

これだけのことを言うのに、なんでこんなに書かなきゃいかんのだろう。ああ疲れた。

*1google:沈黙のオーディエンス

*2isbn:4560720835 超お勧め

*3:「戦後責任論」ASIN:4061597043

*4:義務はないというのと、無視しても良いというのはもちろん違う

*52chのスレとかMyClipなどの先駆的なものはあったわけだが

*6:ただし、はてなブックマークのコメント欄は応答責任、呼びかけ責任が免除されているという合意が広くなされているかというとかなり怪しい。またはてなアイデア - 自分のエントリーが誰かにブックマーク登録されたらメール通知が来るようになるとうれしいですのような実装がなされるとはてなブックマークのコメント欄の無責任性が揺らぐかもしれない

*7: 三谷幸喜「王様のレストラン DVD-BOX La Belle Equipe

HamHam 2005/09/28 20:26 「演劇」との比喩、おもしろく読ませていただきました。バラエティ等ではないTVドラマとある意味似ているのかもしれませんね。>はてなブックマーク以前(まぁ限定せずにソーシャルブックマーク以前と言った方がいいかもしれませんが。。。)

アクセスカウンタ=視聴率で、注目される番組はゴールデンに移っていくあたりも、似ているかもしれませんね。

個人的に「はてなブックマークのコメント」が演劇のざわめきや拍手に似ていると感じるのは、やむにやまれぬ情動でやっているというところでしょうか。。。

moleskinmoleskin 2005/09/29 19:25 コメントありがとうございます。
実はドラマとの比較、コメントやトラックバックは舞台上の登場人物であるというとこもやりたかったのですが、さすがに長くなりすぎるので断念しました。
しかしこういうのを書くのは疲れる。

mojimojimojimoji 2005/10/03 17:45 高橋哲哉の「応答責任」「応答可能性」は、この文脈だと不適切だと思われます。その部分、そっくり外しても意味通るから、外すか、それが嫌なら高橋の本にあたって説明付け加えるかした方がいいと思いますよ。

t-hirosakat-hirosaka 2005/10/03 19:44 moleskinさん、いつも幅広いジャンルの批評を楽しみに拝読しておりますが、応答責任についてはmojimojiさんのご指摘の通りです。私、最初に読んだときに、あれ、moleskinさんのようなクレバーな人がどうしてこういう印象を持ったのかな?と気になって、x0000000000さんのところまでたどりつき、ああこれかあ、と思い、x0000000000さんは補足説明をすべきだな、と感じてコメントしたところ、x0000000000さんの10/3付けの記事が出たという事情です。最初に気付いた私がすぐに申し上げるべきでした。なんだか遠回しなことをしてしまって、申し訳ありませんでした。応答責任に関する私の考えは近日中に自分のブログに書きます。ご批判をたまわることができれば幸いです。

moleskinmoleskin 2005/10/03 19:58 そうですね。該当部分は削除修正しました。
ご指摘感謝します。
ちなみにあたしゃクレバーじゃなくて勘違い半可通系ですのでその辺よろしく

mojimojimojimoji 2005/10/04 00:51 僕の書き込み、なんか読み返すとタカビーくさいですね。すいません。/はてなブックマークは、はてな使ってる人には「B」ボタンですぐ読みにいけるから結構おもしろいんだけど、はてな以外のブロガーからすると、見えないところでごちゃごちゃ書かれるのは不気味かもしれませんね。そこが使ってて気になるところです。

x0000000000x0000000000 2005/10/04 22:52 はじめまして。指摘させていただいた当人です。
こちらにコメント残さず、どうもすみませんでした。
ブックマークといいますか、僕にはインターネットがそもそもどういうツールなのか、ということに関心があります。それがある部分では抑圧装置になり得る、というのも、あたっていると思います。

moleskinmoleskin 2005/10/05 20:28 いえいえ。別にうちは「トラックバックしたらコメントせい」というところじゃないので。
単に「応答責任」なんて偉そうなことを書くくせに無愛想なだけです(笑)
僕はインターネットというか「見る見られる」関係に関心があって、はてなブックマークはそういう観点からいうとかなり面白いツールだと思ってます。

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