『イース』シリーズとクトゥルー神話

 去る12月13日、星海社さんから刊行されたアンソロジーイース トリビュート』に参加させていただきました。早々に参加が決まった芝村裕吏氏、海法紀光氏、そして同じく星海社で『那由多の軌跡』のノベライズを予定している土屋つかさ氏からの多重推薦を受けてという、なかなかのプレッシャーではありましたが、とりあえず評判を眺めている感じでは上々のようでほっと胸をなでおろしております。
 森瀬が担当したのは、エレナ最強伝説(あるいはエレナ最強説)の辻褄合わせを試みた『フェルガナの誓い』の外伝的短編、「フェルガナ断章」。そして、『イース』シリーズ全般の世界観を偽史として解体・再構築した上で『トリビュート』収録作の位置づけを試みた「名もなき編者」としての解説の執筆です。これまでにも、日本ファルコム作品の攻略本やファンブックのお仕事で好き放題に書きまくってきた文章の延長ではありますが、作業時間は短いなりにかなり気合を入れて書きましたので、お楽しみいただければと思います。『イース』第1作の発売から四半世紀、各機種版(PS2版を除く)をひととおりやりこんできたマニアのこだわりをご覧じろ。

イース トリビュート (星海社FICTIONS)

イース トリビュート (星海社FICTIONS)

イース―フェルガナの誓い公式パーフェクトガイド

イース―フェルガナの誓い公式パーフェクトガイド

こちらのストーリーダイジェストも森瀬の仕事です。

 さて。『イース トリビュート』企画でタイアップされている4Gamer.netさんで紹介された折に、記事中で「クトゥルー神話関連の書籍も数多く手がけてきた氏だけに,アドルが旧支配者と対決する展開もひょっとするとワンチャンあるで,これ……。」といったコメントをいただきました。
 実際の話、日本ファルコム作品とクトゥルー神話の接点は、これまでに幾つか存在します。
 まずは、『ソーサリアン』の基本シナリオのひとつ「氷の洞窟」。バックストーリーに邪教の経典として『キタブ・アル・アジフ』が関わっているほか、登場モンスターのキラースネークは「イグという名の蛇の神の部下」とされています。
 もうひとつ、『英雄伝説 空の軌跡 the 3rd』の「隠者の庭園」と呼ばれる空間の書棚には、『無明祭祀書』『蒼の断章』といった、クトゥルー神話の魔書群を意識したものと思しき書物がいくつか見つかります。
イース』シリーズについていえば、『ワンダラーズ フロム イース』が『フェルガナの誓い』としてリメイクされた際、「海から来た災厄」「邪神」とされるガルバランの描写が多少、クトゥルー神話っぽくはあったものの、直接的な関連性はなかったように思われます−−が。実はひとつだけ、クトゥルー神話との接続点を持つ作品が存在します。
 ファミ通ゲーム文庫から1997年9月に刊行された『イース外伝 血と砂の聖戦』という小説がそれです。

 著者である大場惑氏は、『イース』から『イース6』までのシリーズ作品のノベライズを一通り手がけた作家さん。2012年現在の設定とは大分食い違ってしまっている部分もありますが(『イースIII』で、レドモントの町がメドー海の沿岸にあったりするなど)、古くからの『イース』フリークには今でも大場ノベライズ版の愛読者が多いように思います。僕も「フェルガナ断章」執筆にあたり、大いに参考にさせていただきました。
 大場氏が手掛けた小説版イースには、ゲーム本編では描かれていない外伝が何冊かあって、『血と砂の聖戦』もそのひとつ。そして、この作品でアドルが戦う相手が、「生贄と血を好む殺戮の神」アル・ファザッド−−うむ、どこかで聞いたことがあるネーミングですね−−なのです。
血と砂の聖戦』の物語は、時系列的には『イースV 失われた砂の都ケフィン』の後。物語は、その大部分をヒスラム教国であるパルサ帝国に支配されているアルビリア半島の入り口、ロムン帝国領のドモスクスから始まります。(ダマスカスと言えば、アブドゥル・アルハザードが『アル・アジフ』を執筆した場所ですね)
 唯一神アヅラーを奉ずるヒスラム教徒が聖戦によってパルサ帝国の実権を握る以前、アルビリア半島では女神アル・アテナ、邪神アル・ファザッドなどの土着神が信仰されていたという設定。
 おそらくは名称を参考にしたという以上のクトゥルー神話との関連性はありませんが、物語をひっかける「フック」としては十分過ぎますね。『トリビュート』の短編ネタをひねくっている時に、ちょっとだけ怪しいことを考えたのは確かです。
 ただ、ゲーム本編に登場するならばともかく、大場惑氏オリジナルの設定なので僕がいじくりまわすのは流石に気が引けましたので、今回は見送りました。いずれ、大場氏にご挨拶する機会がありましたら、その時には……。

イース外伝―血と砂の聖戦 (ファミ通ゲーム文庫)

イース外伝―血と砂の聖戦 (ファミ通ゲーム文庫)