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2012-09-09

アノニマスなものについて

柳宗理の特集本が平積みされていたので購入し、つまみ読む。


その中に「BRUTUS」編集長の西田善太氏×「暮しの手帖」編集長の松浦弥太郎

の対談が掲載されており、

Casa BRUTUS」での柳宗理特集号の編集顛末などについて語られている。

柳宗理が再度脚光を浴びることになったのは、この特集号の影響も大きい。

(ひいては、それと前後するインテリアブーム、デザイナーズブームの影響)


柳宗理といえば「アノニマスデザイン」という言葉が頭に浮かび、

この本でも、それに触れた記事が多い。

聞き手:1965年に銀座松屋で柳さんが企画した展示会「アノニマスデザイン」は、

今だからこそ示唆に富むかもしれません。デザイナーがタッチしないフラスコ、

ビーカー、グローブ、人工衛星、足袋など匿名のデザイン展でした。


柳宗理:当時はデザイナーがもてはやされ、何でもかんでもデザインの時代でした。

勝見勝さんが「デザイン百鬼夜行」と呼んだような、それでアンチテーゼとして企画しました。


と、柳は三宅一生との対談(142ページ)で語っているが、

西田氏は、

「「これ誰の?」という意識がやってきた。」

(ここでいう「誰」は所有者ではなく「誰がデザインしたものか」という問い)

「柳さんのデザインだ、と確認が繰り返されるなかでブランドが確立していきます。」

と、35年経過してから柳の製品をアノニマスから、再びデザイナーズへと戻す活動をしたと言っていいと思う。


当時(2000年前後)も、柳さんの製品は、古びることなく広く普及していたが、

デザイナーズとして意識することは今より少なかったのだろうと思う。

しかしそれは、柳さんにとってちょうどいい状態であったとも言えるのかもしれない。

その状態に対して「柳宗理って知っていますか?」と改めて世に問うたことは、

意義深いことだったのかどうか疑問に感じる。


ブランディング戦略は、消費が飽和状態となった日本国内生き残りにおいて、

あるいは世界へ売っていく中で重要な戦略なのだろうけれども、

そこではない部分に柳宗理のデザインの価値がある気もする。



私の家の近くにあやしい石の祠がある。

小さい頃も2,3度前を通ったのみであるが、

久々にそこに訪れてみようと思いたち行ってみた。

徒歩4,5分程度のところなのだが、周辺環境は様変わりしていて、

向かいには整然と小奇麗な分譲戸建住宅が建ち並び、

(おそらく中心後退で道幅も広くなっている)

大きな木は程よく剪定されていて、妖しさは半減していた。

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歴史に興味があるので、これは何なのか学生時代調べてみたことがあったけれども、

結局よくわからなかった。

昔あったの吉田川の堤防に位置していたから治水に関する神である。

川は人々の交易、移動の役割をはたしていたから災難・感染病を防ぐ神である。

正面に開いている穴は、抜けた歯を入れるための穴である。ということはわかった。

この石の祠におさめられている御神体は「丸い石」とされており。

ずっとずっと古い先史時代の信仰痕跡なのかもしれない。


この何の宗教でもないアノニマスな神様は、

周囲から取り残されたように街づくりから無視されているというか、

この場所の扱い方を、現代の都市計画家、建築設計者はわからないのだろう。

独自の解釈で、より宗教空間っぽくするのも違うと思う。


私自身も、どうすればいいのかはわからないけれども、

現状ある姿は、あるべき姿ではないと思う。


先史時代からあった、食器・家具という存在をあらためて、

自己表現としてでなく、デザインし直した柳宗理のデザインスタンスに、

何か学ぶべきところがあるのかもしれない。


精霊の王

精霊の王

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