Hatena::ブログ(Diary)

momiyama67の日記

2015-09-24

壮吾労働法

二一〇回 有期労働契約と無期労働契約

 日々労働契約は、一日限りの労働契約をいう。一日数時間の労働契約もある。このタイプの労働契約は、一日のうちに当然に効力を失うので、原則として解約はありえない。しかし、一日限りの労働契約が日々連続的に締結されると、形式とは別個の実質的な考慮が必要となる。日々労働契約の契約形態が悪用されると、労働基準法による解雇手続きの適用を免れることとなるが、もっぱらその為にのみ日々労働契約の形式がとられているが、実質的に労働契約が連続的に運用されており、日々労働契約の実質を喪失していることがある。しかも、その労働の内容が、機関の定めのない労働契約を締結している労働者のそれと何ら異なるものではない場合もある。

 かかる場合について、会社は、日々労働契約を締結している労働者に対して明日からは契約しないと通告してよいか。以後は会社と当該の労働者とは無関係とするとする会社の主張は、正しいのか。あるいは、労働者の保護の見地からする論理構成により、このような労働者をどの様に扱うべきかという問題があるというべきなのか。

 この問題の正解は、一様ではない。次のような様々の判断要素を総合的に見て、結論を出すしかないであろう。

 

 

2014-06-28

錚吾労働法

二〇九回 無期労働契約と有期労働契約

 優れた労働者は、我が労働力をもっと高く買ってくれる企業はないのかと、考えるているだろう。「企業共同体(カンパニー・コミュニティー)」論は、今や破産した考え方になってしまった。もっと高く自分を買ってくれる企業はどこにあるのか、どの企業が自分をスカウトしてくれるのかなどと考えて日暮しする労働者も、多分いるだろう。

 ホワイトカラー・エグゼンプションの適用を受けるかもしれない成果重視の働き方を選択したいむきには、転職願望も強くなるに違いない。誰もが認めるような有能な労働者は、そうそういるものではなかろう。企業育成プラス本人の才能と努力とがミックスした業界の能力者に年功賃金でもって処遇してきた仕方は、成果を適切に評価するシステムの開発を怠ってきたのである。

 多様な働き方の中には、労働の成果や期待されるべき成果に従って報酬を受け取る働き方も含まれるであろう。企業と労働者との成果に対する考え方と成果の評価に従った処遇に関するマッチングは、必ずしも容易なことではない。成果主義と残業の割増賃金の不支給とを画一的に設計すべきではない。高級な労働にはより高率な割増賃金の支給があってもよいからである。

 そこが契約の契約たる所以であって、ホワイトカラー・エグゼンプション規定が設けられても、それによらないことの合意は、少しもかまわないのである。しかし、かかる規定をわざわざ設けるからには、当該契約者の一方は「労働者」だという立法者的な自覚があるはずである。「労働者」というときには、伝統的に「保護されるべき者」という観点が付着してきた。この点を踏まえて言えば、成果主義と短時間労働プラス有期労働契約という組み合わせをも用意しておかねばならない。

 成果主義プラス残業代不払いの長時間労働というイメージでのみ語られるならば、それでもなお利点を得ることができる「労働者性」の希薄な労働世界を想念するべきかも知れない。労働者というよりも労務を供給する自営業者というイメージでもって語るのであれば、多少は理解が進むやもしれないであろう。成果主義賃金が、限りなく請負代金に近いと言う場合すら存在する。だから、成果主義なる表現が何を意味しているのかは、実質的に確定されるべきである。成果主義の賃金が、何十年か後に独立自営業者の請負代金に変貌してしまっていることをも想定しておかねばならないだろう。

 成果主義を採用するからといって、それが無期労働契約労働条件であるのか、有期労働契約労働条件であるのか、あるいは実質的に請負条件であるのかは、当事者の意思によるべきことである。文書による紛争の防止の心がけねばならない。

 当該の職場でどれくらいの間働くのか、どれくらいの間働く意思があるのかという問題は、労働してはいけない期間、労働する期間、労働から離れる期間(休業の場合、労働とは関係のない人生の期間)と無関係に存在しているわけではない。労働に関わる期間に関する法規定から説明することとしよう。

 1 民法雇用契約の規定は、雇用期間の定めのない場合とある場合とを区別し有期のの雇用契約に関しては一年を超えてはならないとしていた。現行法では、雇用契約の期間については次ように定められている(労働者派遣に係る派遣可能期間については、別途記述するので、ここでは扱わない)。

 5年を超える雇用契約民法626条)  

 当事者の一方若しくは第三者の終身の間継続する雇用契約民法626条)

 商工業の見習い目的の10年を超える雇用契約民法626条)

 じ柩儡間の定めのない雇用契約民法627条)

 ゴ間によって報酬を定める雇用契約民法627条)

 2 労基法労働契約期間は、次のように定められている。

 ヾ間の定めのない労働契約労基法14条)

 ∋業の完了に必要な期間を定める労働契約労基法14条)

 3年または5年を越えない期間の労働契約労基法14条)

 労働契約の期間に関する民法労基法の定めは、雇用契約労働契約の期間の長短または事業期間に応じた解約の仕方の相違に着眼して定められているものである。民法627条と労基法14条の定めは、期間の定めのない契約に関係するものである。条文を読めば分かることなので、精読をおすすめします。1の△砲弔い討蓮当事者の一方が自分の介護のために当事者の他方の介護者と、あるいは、当事者の一方たる者が自分の老親の介護のために当事者の他方の会議者と自分または老親の死に至るまでの間の介護を目的とする雇用契約を締結する場合を考えれば、よくわかる話でしょう。終身の間継続する雇用契約とは、このような場合のことをいうのである。ただ、この種の雇用契約の増加は、家族の負担増や独居高齢者の増加に伴い、避けられないであろう。これに関しては、後により詳しく述べることとしたい。

 

  

 

2013-12-20

錚吾労働法

二〇八回 無期労働契約と有期労働契約

 労働者が、その労働者生活をたった一つの会社、一つの役所で開始し、終了する。無期労働契約の着想は、このような着想に胚胎するものである。しかし、よく考えて見ると、労働生活をたった一つの会社、一つの役所で完結するというのは、奇妙なことではある。労働者は、自分の労働力をより高値で売りたい。労働市場論の次元で物事を考えるのであれば、労働者は就職していても、労働力を高く評価してもらいたいし、高く売りたいのである。

 明治時代、大正時代、昭和初期の大学を出た人たちは、この点をよく心得ていた。民から官、官から民への異動は、有能な人物の証でもあった。有能の士は、無期で働くなんてケチでチビた頭を持ってなかったのである。自分を必要とするところへ行ってその能力を発揮したのである。無期だなんて言われるのは、馬鹿にされているんじゃないかと訝りもしたのであろう。自分を必要としている所、自分が貢献することができる所が、大卒の働く場所であった。一箇所で働くとは考えない、つまり何をして貢献するのかという明確な志があった。

 会社や役所が志の高い人物を確保したい、ずっと確保しておきたいと考えても、労働者の方から別の会社へ行くと言われてしまえば、復職してくれよなといって送り出したのであった。しかし、今では、志の高い労働者は、鐘太鼓を叩いて探しても、見つけるのが難しい。産業が成熟して、製造業が海外移転してしまえば、会社の仕事も役所の仕事もたいした代わり映えのしないものとなり、官民間の労働移動は無きに等しいものとなる。国内労働市場の活力は、無きに等しいものとなる。

 無期の労働契約は、元々は、好ましくないものと考えられていた。労働者に支払うべき賃金を低く抑えて長く労働させるようなことは、労働者の経済的・社会的地位を下落させ、その福祉にとっても好ましくない影響がある。労働者の足止めの典型的なものであった。労働基準法が1年を超える労働契約の締結の禁止をうたっていたのは、このような理由からであった。ところが、今やすっかり様変わりしてしまった。最近の若者は、足止めなんかはされずに、足離れの達人に様変わりしている。

 こんなことは言いたくはないが、国が現代の若者を育成したのであろう。ダメだと解っていながら放置され続けた「ゆとり教育」、「やりたいことを自分探ししながら見つければ良い」などと言ってたんでしょ。「暗記はだめだ。問題を発見せよ。創造せよ」。小中高生に理由のわからないことを言って、教師には、「あんまり教えるな、生徒が解るまで気長にまとう」などといって、とどのつまりは、賃金の安い労働者を大量生産してしまった。派遣と期間雇用は、こうして労働形態の主流となってしまった。

 我々は、視野を広くしておかないと、騙されてしまう。使用者の観点からすれば、月額20万円出したい労働者を見つけるのは、難しいのである。ゆとりのある多様な働き方の奨励は、奨励などという褒められた話ではない。こうなってくると、解雇問題は労働政策の中心ではなくなり、失業率の上げ下げを労働政策の主眼とする考え方が登場してきても、少しも怪しく思わなくなるに違いない。

 労働者の労働能力がその高低と幅の違いによって評価され、労働の時間のみならず結果を重視するするようになれば、契約期間の長短、労働時間の長短など非統一的な管理こそが主流になるはずである。この変化は、企業の内部の事務的な、非生産的な業務を事務機器の発達と相まって広範に企業から蒸発させてしまうに相違ない。事務労働者を無機に、かつフルタイムで雇用する企業は、時代遅れだという評価にさらされるようになろう。この部門の求人は、長期的には減少することはあっても、増加はしないであろう。

 学生アルバイトでありながら店長であり、かつ店長にふさわしい処遇が確保されているという、これまでには殆ど考えられなかった雇用関係も、展開することとなるやも知れない。(パートの取締役が話題になったことがあるが、取締役が常勤である必然性はないのである)。多様な働き方を主として若者たちが選択するというときに、それは若者たちのフリーダム・オブ・チョイスの行使であるので、我々としては、口を差し挟むことではない。                             「名ばかり管理職」だの「ブラック企業」だのの若者を兵器で使い捨てて、平然としているような企業については、不買運動、サービス提供拒否、企業名公表などにより、その姿勢を正させるようにすべきである。労働市場には、選択される企業と選択されない企業とがある。有期かつ短期の労働契約でもって、労働者を常時入れ替えて人件費を抑える雇用管理を称揚するようなやりかたは、長続きして欲しくないのである。

 

2013-07-16

錚吾労働法

二〇七回 無期労働契約と有期労働契約

 労働契約の期間の定めは、労働者がその使用者に対して負うこととなる労働する義務の継続する期間であるので、重要な労働条件といわねばならない。労働契約の期間の長短は、労働する労働者が正規か非正規かには関係がない。労働する義務は、契約論の原則的な思考に従えば、労働契約の当事者により形成されるものである。労働は、強制され得るものではない。労働する義務は、任意に形成され、任意に履行されるべきものである。いつから労働するか、労働の開始時刻、1日、1週、1月、1年の労働時間数について、労働契約当事者は合意することになる。引き受けるべき仕事の種類が約定されるか、または使用者の指示によってその種類が特定されるということについて、当事者間の合意を要する。労働する義務の任意性とは、このようなことをいう。

 職員の無期労働契約と職工の有期労働契約が区別の元々の出発点であったから、労働関係が極端な学歴主義に依存したまま推移してきたのだが、国民の高学歴化により、無期と有期の区別は相対化の運命を辿らざるを得ないのである。また、高学歴社会の労働者の国内・国際移動の活発化や賃金の再構成(年功賃金主義の妥当性への疑問)などの諸問題、派遣業解禁への反省(特に登録派遣の肥大と非正規労働者の急激な増大)と新たな立法政策の必要性という応急に対処すべき諸問題が、労働政策的課題として急浮上してきている。労働者人口の減少と技術水準の維持は、定年年齢の引き上げまたは定年制の廃止または禁止、育児・保育施設の充実などの施策により追求されるべきであろう。また、配置転換・出向が可能な労働者と不可能な労働者の区別とその間の相互移行の余地を考慮する労務管理なども、考えねばならないことである。

 労働契約を無期契約とするか、それとも有期契約とするかは、基本的に労働契約の当事者が定めるべき任意な事項である。労働者にも使用者にも、どちらをの労働契約とするかについて選択の自由がある。働き方の多様性と選択の自由との関係は、多様性の拡大に伴って選択の自由もまた拡大するという関係である。働き方の多様性とその拡大は、今後の労働契約論の中心的な課題となると思われる。使用者による指揮命令に従うばかりの労働のイメージは、人間にとって最も重要な生活手段たる労働契約が剛構造的な労働関係を創出し、柔構造的な労働関係を創出しなかったという事実にまとわりついていたことであった。

 鳶の親方が手子を連れて高層建築物の建設現場に行って、リベット打ちを行なうような場合、親方は施主と建築請負契約を結んだ建設会社から声を掛けられたのである。リベット打ちの終了までに3年を要するとしよう。親方は手子を3年間雇用するのである。鳶の親方は、建設会社との間にリベット打ちの請負契約を締結している。その仕事の完成のために3年を要する場合に、親方は手子との間に3年の期間の定めのある労働契約を結ぶのである。有期労働契約が締結される典型例は、このような場合に見ることができる。棟梁と大工の間の労働契約の場合でも、このよなことが有り得る。5年かけてトンネル隧道を掘削するし完成させるような場合、この工事限定で労働者を雇うことがある。この場合も、有期労働契約が締結される。

 労働が肉体労働を中心としていた時代には、労働契約の期間が長いと体にも、健康にも好ましくない影響があったし、また労働者を不当に拘束するようなこともあった。だから、有期労働契約については、期間の上限を定めて、労働者を保護する政策が採用されたのだった。その上限の期間が、1年、3年、5年という具合に変遷してきたのは、技術の進歩が肉体労働の過酷さを軽減したこと、職場環境の技術的な改善により労働現場の安全性が向上したこと、労働者の不当な拘束の事例が殆ど無くなっていることなどの諸事情の関係していることである。

 他方、危険有害な職場は、技術の向上とともに増加もするのである。原子力発電業務は、定期的かつ確実な労働者の交替や配置替えを必要とするであろ。無期の労働契約であっても、特定の場所での労働を比較的短期間に制限する立法政策が求められることもある。ひとは、これを労働場所の期間制限ということができる。従って、労働の期間制限は、無期の労働契約の場合にも考えられるべき課題である。

2013-02-27

錚吾労働法

二〇六回 無期労働契約と有期労働契約

 有期労働契約は非正規労働契約ともいわれ、無期労働契約は正規労働契約ともいわれている。有期労働契約は、今後の労働紛争の増加要因の最大のものだという認識をもって臨むべき労働契約である。有期労働契約であると無期労働契約であるとを問わず、その内容は、個々の労働者と使用者との間の合意によって形成されるものである。締結すべき労働契約の期間の定めは、「労働者の処遇に関する事項」であるから労働条件である。労働契約の期間が有期か無期かにより時間給、日給、週休、月給などの相違をもたらすことがあるから、それが有期か無期かは、労働契約当事者にとって重大な関心事となる。

 最近の労働契約法の改正に関わって、特に有期労働契約の期間、更新、更新の回数、通算期間などに労使当事者の関心が集まっている。しかし、労働契約法に結実した労働政策の是非などの議論もさることながら、長期の経済的な収縮の結果ともいわれてきた失業者の越冬問題、ブルーテント村問題、ワーキングプア層の発生、格差社会の定着などの諸問題は、グローバル化した経済社会における金融証券関係におけるスピードアップした資金運用とその電算化したプログラムのワンタッチの実行とも密接に関わっているのであるから、国内的な対策のみによって乗り切ることが出来るのかどうかをも含めて考えなければならないのである。

 先ずは、一般的な話から始めることとしよう。労働契約は、様々な期間設定が可能な契約である。労働期間は、重要な労働条件であり、当事者間の合意によって定まる。労働契約の期間が満了する後に、両当事者は、これまでと同じ期間の労働契約を自動的に更新するという形式によって締結することも、これまでとは短期または長期の新たな労働契約を締結することもできる。季節的な繁忙期にのみ労働者を雇用する(年末から正月にかけてのみ、あるいは祖先のお祭りをする盆の時期にのみ労働者を雇用する)事業者もある。就労自体が危険なために、比較的短期間の雇用でなければならず、更新も避けるべき仕事もある。

 最近は、期間の定めの無い労働契約を正規の労働契約、期間の定めのある労働契約を非正規の労働契約ということがあるが、労働契約において雇用期間の定めを置くかどうか、置くとしたら期間の長さをどのようにするべきか、期間を季節に合わせて設定するのかどうかなどは、契約当事者の合意によって決定されるべきことである。従って、もしも、非正規なる言語が社会的非難の対象となるのであれば、この表現の仕方は誤りである。一部のマスコミのこのような言語の用い方があるので、最初にその誤りを正しておきたい。

 使用者が雇用した労働者であれば、その契約期間の長短に関わりなく、正規の労働者である。A使用者が雇用した労働者でない、その他のB使用者が雇用した労働者が、A使用者の支配領域で働くときに、その労働者はA使用者にとって、非正規の労働者である。B使用者にとっては、その労働者は正規の労働者である。各労働者の雇用期間の定めは、それぞれの使用者との合意によって定まる。

 登録派遣による労働者は、派遣業者によって職業あっせんされて、派遣業者には雇用されず派遣先の使用者によって雇用されているのか、あっせんと同時に派遣業者に雇用の上派遣先に派遣されているに過ぎないのか、あるいは派遣業者にあっせんされる個人事業者として派遣先で労働する者であるのか、よく観察しなければならないのである。登録派遣労働者は、派遣元と派遣先との関係が曖昧であることが多く、派遣元と派遣先の非正規労働者として、社会的保護の埒外に置かれかねない。その派遣期間は、使用者が分明でないときには、契約期間の相手もまた分明でないという困った事態が生ずることになる。この点については、もっと後に詳しくのべることとする。

 民法は、かっては、有期の労働契約の最長期間を1年としていた。労働者が劣悪な条件で長期雇用されると、健康を失ってり、怪我をしたり、最悪の場合には命を失うことになりかねない。特に危険な業務に従事する契約を締結すれば、その危険を労働者が自ら引き受けたという理屈により、使用者は死亡などの労働災害に対する責任を認めようとしなかった。だから、工場事業所での危険から労働者を保護するために、労働契約の最長期間を1年としたのである。