錚吾労働法

八八回 公務員と処分①
 現行の公務員制度においては、公務員に対する処分として、「分限処分」と「懲戒処分」とが分別されて規定されている。「分限処分」および「懲戒処分」が議論されるときには、殆ど条件反射的に「公務員の身分保障」が語られてきたので、「身分保障」から説き起こすこととしよう。「身分保障」についての正確な知識を前提にしないと、公務員と処分についての正確な認識も生まれないからである。
 公務員にも「定年制」が必要だと述べたときには、わたしは若かったが、お前は公務員が身分保障されているのを「知らないか」などと言われて、朝敵にでもされた気分だった。しかし、現在の公務員法には定年に関する定めがある。これを違法だとか、憲法違反だなどと言えば、言った者は無視されるだろう。そして今や、「定年年齢の引き上げ」や「高齢者の雇用の促進」が、労働界の重要な課題となっている。こうした世の中の動向は、決して公務員に無関係であるわけはない。
 無論ではあるが、このような問題は、世の中の動向、財政の状態、公務員制度に対する国民・住民の評価、実際の勤務の状況、行政需要の動向と定数管理などなどと密接に関連している。公務員の領域を特別視して囲い込むような仕方での議論には、最早、納税者は共感しないであろう。
 かっては「定年制」の定めがなかったので、「官僚の退職慣行」と「天下り」のセットが、また「肩たたき」が、公務員に辞めてもらうための道具となっていた。「身分保障」とかた意地張ってて、「肩たたき」などしていたんだね。だから、「オイラは一生公務員主義」の豪傑に「身分保障されてんだ」なんて言われちゃうと、気の弱い「肩たたき係」は大いに困ってしまった。ま、そんな豪傑は、殆どいなかったんだが。
 どうして殆どいなかったかと言うと、一定の年齢に達した者について、「あのひとは、辞めるよ」、「オイラは辞めなければな」という具合の雰囲気を醸成したあったからである。退職慣行などと言う者も、いました。「職員団体」の幹部も、定年制はなかったんだが、該当者に「定年ですよ」などと言い含めていたのだった。だから、「肩たたき」されると、「待ってたチョ―さん」てな具合になったのである。
身分保障」の意味は、第一に、「スポイルズ・システム」を採用しないということである。「スポイルズ・システム」は、「政治的任免主義」とでも言うべきものである。政治的リーダーの選択は、首相などのリーダーを共に育成し、後援し、共闘してきた集団から公務員を任用するものであるから、前リーダーが辞めるときには取り巻いていた公務員は、当然のように辞任するのである。
 わが国の公務員制度は、「行政に空白を生じさせない」という理屈で、このシステムを採用していない。市町村長、知事、首相が交代しても、公務員は引き続き在職するのである。公務員の「政治的中立義務」は、かくして「身分保障」のコロラリーなのである。この関係を理解しない公務員の方々は、多いのではないかと思う。
 「身分保障」は、しかし、「いったん公務員になりさえすれば、定年に達するまでは辞めさせられることがない」ことを意味しているのではない。「メリット・システム」を採用する公務員制度だからである。「メリット・システム」とは、「成績実証主義」とでも言うべき人事管理制度である。「試験に基づく公平無私な採用」をし、「勤務実績」を可能な限り客観的に評価して、昇給、昇進などの人事を行う。これが、「メリット・システム」である。「あいつは仕事ができるから、干してやろ」なんてことを平気でやるような嫉妬深い上司は、どこの役所にもいるんじゃないかな。こんな者を能力不足と判定できないようでは、「メリット・システム」は行われていないということになる。
 こういうことが理解されていないと、「身分保障」の正確な理解もできないだろう。最も「身分保障」の程度が高いと言われている「裁判官」は、「再任用」されないこともある。これを「身分保障」に反するという裁判官は、もういないだろう(かってはいたが)。「分限処分」と「懲戒処分」は、法定の理由があれば処分するが、なければ処分しないという意味である。「分限処分」と「懲戒処分」の制度は、「身分保障」の重要な柱なのである。
 ところが、「身分保障」は、「分限処分」と「懲戒処分」を抑制するものと主張されているのである。後者は、前者の支柱なのである。公務員制度改革が語られているが、この部分をどうするのか。「人事院」や「人事委員会」が、上に述べたことをきちんとやってきたとは思わないが、これに代わるいかなる組織がどう運用していくのか。これらのシステムは、維持されるのか、されないのか。庁内「不服申立手続」は、維持されるのか、廃止されるのか。情報を隠さずに全面的に公開してくれないと、まともな評価も出来ないではないか。
 「赤信号みんなで渡れば怖くない」という意識が、公務員制度の革新的な部分、つまり「メリット・システム」による実証的人事管理が公務員の身分を安定させるという設計図をすっかり滅茶苦茶にしてしまった。労働法学者が、公務員の年功主義を守れと主張していた。だから、滅茶苦茶にしたのは公務員だなどと断定する気はない。改革は、原理・原則を再整理して国民に提示してからにしてもらいたい。