今年は、3回忌。

今年は3回忌なんだって。
早いなぁ。
といっても、実質はまる年経ったってことですね。
何故だか、こういうのって数え年で。
その理由も、仏法のお話で聞いたことあったけど、
忘れてしまった。

いずれにしても、2年は過ぎようとしているわけで。

それでも、私の中には、まだまだ母が大きな存在でいます。

ふとした日常の中に、
母の言葉や、母の姿、母の面影を思い出しては・・・
今もこうして書いてるうちに、あふれてきます。
こういうのって、いったいいつになったら、
想い出に変わるのでしょう?

初盆。

先週の土曜日、
初盆の法要を行いました。
仏壇は、すでに東京の兄の自宅に
移転してしまっているので、
うちが檀家であるお寺で法要いたしました。

私には理解できない南無阿弥陀仏の文言の合間に、
「初盆の〜」だとか、名前だとかが度々織り込まれ、
意味のわかる言葉が聞こえてくるたびに
なんだかグッときてしまうのでした。

母がいないはじめての夏。
考えてみれば、母が亡くなってまだ三月半。
去年の夏を思い出したり
闘病の姿を思い出すにつけ、
涙が溢れてしまいます。

もう3ヶ月。
まだ3ヶ月。
私は、なかなか元には戻れないようです。

8月。

8月に入って、もう5日目。
月日が経つのは早いなぁ・・・と思いつつ、
でもよく考えたら、母が亡くなって、まだ3ヶ月とちょっと過ぎただけ。
もう、何年も経ったような気がしてたのに、
本当はほんの昨日のようなことだった。
未だに、カウンターの上に飾った母の遺影が目に入ると、
…そのことを思い出しただけで、
涙腺がひどく緩んでしまう。

来週は、母の初盆。

どうしてこんなに月日が経つのは遅いのだろう?

日本癌楽会美術作品展。

6月27日、28日と、
日本癌楽会というボランティア団体による
美術作品展が開催されました。
これは、神戸を中心に、
癌患者とその家族や遺族たちによる
さまざまな趣味の作品などを一同に集めての展示会。
母も、生前、Sクリニックから紹介されて、
これに出品するために、編み物作品を懸命に作っていました。
最後に作ったのが、以前このブログで紹介した毛糸のショール。
その他、ブローチや靴下、ベストなど、
ベッドの中で編み出した作品の数々を、
クリニックに預けて、展示に加えていただきました。




展示会は、中途半端な趣味作品などはひとつもなく、
みんな立派な作品ばかり。
母が生きていて一緒に見にいけたなら、
さぞかし感銘し、喜んだ事だと思います。
会長のNさんとも出会いましたが、
この人もまた癌患者だそうで、
50歳のときに、癌患者のみならず、
広く一般の人々に、癌という病気のことを知ってもらい、
それぞれの癌予防にも役立つ事も見据えて、
この会を始めたそうです。
私ははじめて知った会なのですが、
この先、いつか協力できるようなことが出来たら…
そう思いながら帰ってきました。

7×7=49。

早や、49日です。
実際のところは、もっと日にちが過ぎてるような感覚ですが。
本当の49日は6月10日の水曜日でしたが、
法事としてはこの土曜日に執り行いました。
遠方からも親戚の方々にお越しいただいて、
しめやかに、万事無事終りました。

それにしても、一月少し過ぎて、私の気持ちも穏やかに落ち着いてきた
…つもりでしたのに、実家に向かう道中となると、
かつて、母を訪ねていた頃の道と同じなので、
もう、それだけで涙ぼろぼろ。
情けないですけど、未だに母離れできないでいる自分を見つけました。
法要の最中も、
そして、法要が終って、食事会も終って、
みんなが帰途についた後ほど、
寂しさはこみ上げてきて。
とりわけ、母のお供えや仏壇なども、今回は
兄のところに引き取られていったので、
母のいた実家はどんどんがらんどうになっていきます。

仕方のないこととはいえ、
病気で亡くなられることの辛さがこみ上げてきます。

次は、母の作品を展示する「日本癌楽会美術作品展」なる催しが、
月末にあります。

老婦人。

近所を、ワンコの散歩とかしてると、
車椅子に乗せられて外の空気を吸いに来た老婦人、
車椅子の奥さんを支えてタクシーから降りてくるおじいさん…
そういうお年寄りが以前以上に目に入ってくるんです。
母のことを思い出す…っていうよりも、
母と同じように病気や老いと闘っている老人。
でも、様子を見てると、未来がどのくらい残されているのやら。
そんな彼らの姿を見てると、手を差し出したくなるのと同時に、
老い、人生、などというものへの空しさを覚えてしまうんです。
一生懸命生きてきて、結局最後はこんな風に死んでいく。。。

こんなことを考えてはいけないのでしょうが、
元来はマイナス思考…厭世的な感覚を持って生まれてきた
私の性なんでしょうね。

1ヶ月。

桜が散って、母が逝ったあの日から、
昨日でちょうど1ヶ月。
もう一ヶ月!?っていうよりも、まだ1ヶ月しか過ぎてないんだなぁ!って驚き。
私の中では、もう何年も過ぎてしまったような、
それなのに、昨日のことのように覚えている、
そんな不思議な感覚です。
24日の午後3時46分。
昨日は、その時刻に実家に風通しに行っていました。
がら〜んとしたお部屋には、
母の遺した思い出がいっぱいあるのに、母の気配は感じられませんでした。

49日までは、魂はまだこの世にいるといいます。
今、お骨は実家に、位牌は我が家に。
住職がいうには、お骨はもはや抜け殻だって。
では、いま、母はこの世のどこにいるのかな?
たまには、出てきて?!欲しいって思います。