エイリアンズ


キリンジの曲を初めて聞いたのは、20代前半の頃だったか。


その頃の彼らはまだインディーズレーベルの所属だった。
音楽雑誌ではたまに名前を目にしていた彼らのことを勧めてくれたのは、当時、たぶん僕のことを好きでいてくれたであろう年上の女の人。
いろんなバンドのライブ会場で知り合った人と連絡先を交換した人同士で広がった仲間の一人だった。
横浜の郊外の実家に住むその人と僕の自宅は、都内のライブ会場からの帰り道が同じになることも多く、二人きりになる機会も多かった。


その人から勧められて初めて聴いたキリンジの作品が「冬のオルカ」という3曲(?)入りのEPだった。
表題曲を聴き、後頭部をバットで殴打されたような衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えている。

それからほどなく、彼らのメジャーデビューが発表され、鼻の穴を膨らませて出かけた渋谷クワトロでのライブで、あまりの歌の下手さに驚いてひどく失望したのだが、メインボーカルの泰行氏の離脱も発表された今、それもいい思い出か。


キリンジについてはもう一つ思い出がある。
キリンジを教えてくれたその年上の女の人のことだ。


彼女はいつまでも煮え切らない態度を取り続ける僕に苛立ったのか、キリンジのメジャーデビューの前後から、次第に疎遠になっていった。
その頃の僕は、初めて正社員として勤めた会社での業務内容や、陰湿な上司からの軽度の嫌がらせに悩む日々で、仕事帰りにその人を都合よく呼び出してはお酒を飲みながら愚痴をこぼしたりする一方で、実は、同じ仲間の中に、ほかに好意を寄せている人がいて、我ながら実に自分本位な蝙蝠男っぷりを発揮していた。
そのうち、見かねた年長の仲間から、相手の好意に気付いているのなら、中途半端な態度を取るべきじゃないよ、とやんわりとアドバイスを貰うこともあった。
ただ、なんとなくその頃の僕には、その女の人が本当に自分に好意を持ってくれているのか、半信半疑なところがあった。
人が自分に寄せてくれる好意の取り扱いが苦手というか、他人の気持ちに鈍いのだ。
今でもそうなんだから、若いころはなおさらだ。
高価な壺でも見せられた人のように「ほほう、これはこれは、実にいいものですな」なんていいながら遠巻きに眺めているうちに、相手はその気がないとみて、さっさとその素敵な壺を桐の箱に仕舞って片づけてしまう。
欲しいと言いさえすれば、もしかしたらその人はそれを僕にくれるつもりだったのかもしれないのに。


お陰で後悔してもし足りない失敗がいくつかある。


それから月日が流れて、キリンジのメジャーデビューから数年後。
彼らの「エイリアンズ」という曲をFMラジオで初めて聞いたときに、真っ先に思い出したのは、その人を見送った最後の夜、郊外の駅のタクシー乗り場の光景だった。

終電少し前のタクシー乗り場で、そっと僕の手を握ったその人の指先を、僕は握り返すことができないままでいた。
帰りたくないという意思表示。
僕は気付かないフリをした。


一人また一人とタクシー待ちの列は減っていき、やがて長い順番待ちの末に、その人はタクシーに乗り込んで帰って行った。
僕は手を振って見送った。


この曲を聴くと、今でもその夜のすこし寂しそうな横顔を思い出す。
ロータリーをゆっくりと走り去っていくタクシーの窓から最後にかいま見た、その人の横顔を。
少し顔を伏せていた。


きっと泣いていたんだと、今は思う。



















・・・。










なんて後半は全部嘘。フィクションですよ。


キリンジのライブ、最後にもう一回行っておいたほうがいいですかね〜。