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ランカでカレー三昧

2016-09-27

仏教解説(デーワーレ)

昨日の続き。


日本における信仰の対象は昨日の部分で終わり。


で、スリランカではどうなっているかというと、基本的には仏陀のみ。

ここで言う仏陀とは「釈迦仏」のこと。

バラモン教から独立して今の仏教を生み出した存在です。


大乗仏教上座部仏教の違いは、大雑把に言ってコレがメイン。

信仰の対象がごちゃごちゃと入り乱れているのが大乗仏教で、お釈迦様だけというのが上座部仏教。

多くのネットや本でも、そう書いてある。


でも、実はそうとも言い切れない。


上座部仏教の大本であるスリランカでも、大乗仏教と同じようにバラモンの神々や現地で信仰されていた土着の神が取り込まれている。

シヴァヴィシュヌパールヴァティー、パッティニなんかはヒンドゥーから。

シヴァとパールヴァティーは夫婦ですね。

パールヴァティーはカーリーと同一です。

カーリーは、以前書いたけど「シヴァを踏んづけてしまった女神」です。

二人の子供としてガネーシャ(ガナ)がいます。

もう一人の子供はスカンダ(日本では韋駄天)です。

このスカンダとスリランカ土着のカタラガマは同一だとされています。

カタラガマは「なんでも願いを叶えてくれる神様」として有名。


もう、ややこしいでしょ?


ヒンドゥー教が色濃く出てくると、血縁関係とかが複雑になるし、時代や地域によって続柄が滅茶苦茶。

しかも、「ダレとソレは、実は同じ神様なんですよ」とか勝手な解釈がそこらじゅうに出てきて、混乱必至。


パッティニはマンゴーから産まれたとかなんとか。

なんにしても、スリランカでは重要視される女神で、健康や多産の女神として信仰されている。

我々夫婦も行かねばな。


で、ヒンドゥー起源の神様にはもう一人、ナータも居る。

ナータの細かいことは、実はよく分かっていない。

古い神様を起源に持つようですが、一説にはバラモン最高神のブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌのアバターだとか、誰ソレの子供だとか、色々。

また、「姿かたちを持たないもの」と言う意味を持つらしく、それが転じて千変万化する存在とされた。

大乗仏教で千変万化といえば、観自在菩薩(観音様)です。

で、さらに混乱することに、千変万化するからこそ、上記の神様は全てナータ起源であるという人も居る。

もう、意味不明。

さらに言わせてもらうと、純粋な仏教から産まれた神だた言ってる人も居る。

これは、怪しいと思うけどね。


スリランカ土着と思われるのは、前述のカタラガマ(スカンダと同化)、サマン、デディヌンダとかですかね。

サマンは山の神様。

スリーパーダなんかの山岳信仰が起源。

デディヌンダはヴィシュヌの側近とか代理。

キャンディ王朝と関わりが深く、衣装はキャンディアンです。




こんな感じで、ざっと見ましたけど、書いてても混乱します。


キャンディの仏教の中心とも言える「仏歯寺」。

その敷地内にも、シヴァ、パッティニ、ナータ、カーリーのデーワーレが置かれていますし、我々も仏歯寺に行くときはこれらを必ず廻ります。

つまり、スリランカ仏教徒からすると、「ヒンドゥー教起源の神様が变化または同化して、仏教およびスリランカの守護神となっている」という感じ。

なので、デーワーレに行くこと自体で、「スリランカ仏教徒は神仏習合だ」とは言い切れない。


ですがそこを踏み越えて、これらの守護神を「お釈迦様とは無関係の、一人の神様」として見ている場合がスリランカでは多い。

なので、ヒンドゥー教の寺院であるコービラまで出向いて、ガナ(ガネーシャ)とかカーリーに祈祷をするわけです。


輪廻からの解脱や心の平安はお寺(仏教)で。

現世利益はデーワーレ(守護神)で。

困ったことや大きなお願いが有れば、コービラ(ヒンドゥー教)で。


意外と無節操ですな。

2016-09-26

仏教解説

昨日、デーワーレという言葉をさらっと使いましたが、実に説明しづらいものの一つ。

簡単に言ってしまえば「祠」とか「社」といった感じなんでしょうけれど、ざっくり言うとインドに起源を持つ神様を祀った場所。

しかし、インド、スリランカ、日本とそれぞれの宗教観が異なるため、非常に厄介。


以下は、仏教側から見た流れですので、悪しからず。


インドで起こったバラモン教の僧として修行したことで、これでは悟りを開けないと感じて独自に瞑想を行うことで悟り得たのが「釈迦(仏)」。

初めは誰にもその教えを説こうとしなかった釈迦に対して、民衆へ説くように説得したのはバラモン教(後のヒンドゥー教)最高神のブラフマー

「説得した」とすると、釈迦仏よりブラフマーのほうが上位なのかと思ってしまうけれど、悟りの境地に達していない自分を含めた全ての存在に教えを授けるようにお願いしたという方が実情に近い。


バラモン教における最高神であるブラフマーが釈迦仏の下に置かれた瞬間です。


これによりブラフマーは仏教を守る神(守護神・天部に所属する)として梵天の名が付与される。

最高神が仏教の守護神として組み込まれたことで、その他のバラモン教の神々も同様の流れに置かれる。


日本を代表とする大乗仏教では、至高の存在である「仏陀」の他にも多種多様な存在が許されている。

前述した「釈迦仏」を始めとして、釈迦以外にも悟りの境地に達した存在を総称して「如来」と呼んでいる。

密教系の最高神である大日如来とか、阿弥陀如来薬師如来なんかが代表。

これは、悟りを開いたのが釈迦だけだとすると、今後はどのような修行をしたところで悟りの境地には達し得ないのではと不安になった過去の仏教界で生じた運動で産まれた存在と言える。

これの結果として、大乗仏教では過去、現在、未来の各時期において1000人ずつ如来(悟りを開いた存在)が出現すると説かれている。

大日如来とかは過去の如来。

で、釈迦は現在の世界で四番目の如来です。

つまり釈迦は1004番目の如来。


では1005番目は誰かというと、もう決まってます。

「弥勒」です。

56億7000万年後に悟りを開くとされています。

ただ、まだ修行中ということなので弥勒如来とか弥勒仏とは呼ばれない。

そう、「弥勒菩薩」です。

菩薩」というのは如来を目指す修行者のことになります。

52段階に区別された段階を経て如来を目指している訳ですが、観音、文殊、普賢なんかが知られてます。

あと「お地蔵さま」として親しまれているのは「地蔵菩薩」でして、お偉いんです。

釈迦入滅後は弥勒菩薩が56億7000万年後に「仏」となるまで、現世が仏不在になってしまうので、その民衆の苦しみを救うために現れたのが地蔵菩薩だとされています。


で、その他には「明王」と呼ばれる存在もありますね。

これは密教系を起源とする存在でして、つまり密教系の最高神である大日如来から命を受けて、未だ仏教に帰依していない民衆を帰依させる存在、もしくは悪魔を撃退する能力を持った存在。

不動明王を中心とした五大明王なんかが代表です。


そして天上界の住人である天部を構成するのが、いわゆる護法善神と呼ばれる神様たち。

天界と言っても、彼らは悟りを開いてませんので、仏教上ではそれほどの地位には属していないのです。

天上界と言っても輪廻の一貫ですし、六道で言えば人間界の一個上ですから大したことないのかもしれません。

ここに、最初に出てきたブラフマー(梵天)が所属している。

あとは、帝釈天とか四天王持国天増長天広目天多聞天)、大黒天吉祥天、韋駄天、歓喜天弁財天などなど、インド起源の神様がずらりと並ぶ。


ここまで説明してきて、やっと日本の仏教知識の触りが終わった感じ。


長くなったので、続きは明日。

2016-09-25

お守り

あんまり日本では身につけたことがない。

かばんに付けたりする分には、そう気にならないのですが、ネックレスとかそういった形状だと、気になる。


出来るならば、身体に余計なものは纏いたくないのです。


大学時代の寮祭ではミサンガのようなものを手作り実演販売しましたが、自分自身は一回しか付けたこと無い。

手に付けたくなかったので足首にやってましたが、日本だと靴下を履かないわけにもいかないので、困るのです。

シャワーを浴びてすぐに出かけようと思っても、ミサンガの湿り気が靴下に移ってしまい不快感マックス。


腕時計のようなものも好きじゃない。

良いオトナが携帯で時間を確認するもんじゃ無い、と言われたこともありますが、どうしても好きになれない。


若気の至りで指輪とかもしましたけど、続かない。


ピアスもまた然り。

左耳に3個も開けましたが、一年と続かなかった。




で、今の状況はと言うと、まず指輪。

これは致し方ない。

結婚してますから、結婚指輪は嵌めておかないとね。

あ、ちなみにスリランカは金の指輪を男性は右手の薬指に嵌めるのが基本です。


あと、右手首にはピリットヌーラという、ありがたい糸を巻いてます。

法事の時に唱えたお経の力を吸収した糸と考えて下さい。

ソレを右手首に巻くのが、スリランカ仏教徒の嗜み。


もう一個は、デーワーレで頂いた、これまた糸というか紐。


そしてこれに、もう一個加わりました。

スリランカに滞在したことのある人は、子供の首に金属の筒状の物がぶら下がってるの見たことないですかね?

Surayaというらしいですが、中にはマントラのようなものが書かれた薄い銅製の板が丸めて入っています。

健康とか邪気退散のような意味合いが強いようです。

これは意外とお金が掛かりまして、一万ルピーぐらい総額で払いました。

スリランカの最低賃金が、日額540ルピーですから、0.8ヶ月分の給料と考えて下さい。

日本円で0.8ヶ月分って、結構な出費ですよね。


まぁ、それは置いといて、なんかスリランカに来てから、肌身離さずっていう物が増えてしまいまして、ちょっと困ってます。

AkiAki 2016/09/28 16:41 こんにちは。またまたすてきな情報をありがとうございました。
スラヤについてです。魯迅の『故郷』に、「私」の幼なじみ「ルントー」が登場しますが、このルントー少年が首にかけている「銀の輪」は、邪気を払うためのものだそうです。
以下、青空文庫から引用
ーこの時わたしの頭の中に一つの神さびた画面が閃き出した。深藍色はなだいろの大空にかかる月はまんまろの黄金色こがねいろであった。下は海辺の砂地に作られた西瓜すいか畑で、果てしもなき碧緑の中に十一二歳の少年がぽつりと一人立っている。項えりには銀の輪を掛け、手には鋼鉄の叉棒さすぼうを握って一疋ぴきの土竜もぐらに向って力任せに突き刺すと、土竜は身をひねって彼の跨またぐらを潜くぐって逃げ出す。ー

え〜!この風習?は、スリランカでも同じなのですか。とすると、仏教の影響なのですか?
でも、スリランカやインドは、宝石占星術(?)というようなものあって、自分の欠けているところを石で補うことが行われているのではないですか。いつか、そのことも話題にしてくださるとうれしいです。(ちゃっかり)

今日は、「故郷」のルントーとスリランカの風習が繋がっていたことに興奮しました。
貴重な情報をありがとうございました。

monitomonito 2016/09/28 20:20 >>Akiさん
同じかどうか分かりませんが、似たような風習は世界同時発生的に起こるものかもしれませんね。
宝石で不足分を補完するという考え方は、スリランカでも普通にやられてます。
私も指示されているのですが、未だに作成して無い状態です。

2016-09-24

何年ぶりかで

同期と先輩隊員という夫婦が来スリ。


日本を発つ前にリクエストがあれば、と言ってくれたのでユニクロのパンツとマヨネーズをお願いした。

てっきり、それだけをお土産として持ってきてくれるものだと思っていたら、アホほどの日本食。


彼らの荷物の四分の一は私へのお土産だったのではないだろうか?


アリガタイことです。


今、二人は沖縄に暮らしているそうで、「沖縄からスリランカなんて、大変だなぁ」と思っていたら、そうでも無いみたいね。

今では(昔のことも知らないけど)、中国の会社がバンコク便を那覇から出しているらしく、バンコク経由コロンボで、お一人6万円ほどだったそうです。

国内旅行するより安いんじゃない?」と聞いたら、「LCCがあるから時期によっては東京も5000円ぐらいだよ」と言われた。

なんか、沖縄飛行機事情が知らない内に便利になっていて驚いた。


二週間ぐらい居るそうで、もう一度コロンボで会えるかなと思っている。

2016-09-23

NHKのある生活

友人の家ではNHKワールドが視聴できる。


いいですね、日本のテレビ番組。

たまに見るとやっぱり面白い。

まぁNHKなんで、面白いというのは興味深いという意味です。


スペイン語入門みたいのがたまたまやっていたので見てましたけど、意外と言ってる事は解るもんですね。

使わなくなって、もう15年ぐらいですけど。