仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

他にこういうブログも書いてます。

2014-09-21

10/12(日) うほ?芋煮開催。(毎年恒例のやつ)

東北大学ホームカミング芋煮」、改め「うほの会芋煮」改め、「うほ?芋煮」を開催します。

名前は変遷してますが毎年恒例のやつです。

https://atnd.org/events/56514

この時期はいろんなところが芋煮をしますが、うほ?芋煮の特色はなんといってもアルミを溶かすところでしょう。(余力がなければやりません)


かつて、東北大大学関係者多めでスタートした芋煮ですが、関係ある人もない人も歓迎です。

芋煮はみんなで作るコミュニケーションツール!

http://www.excite.co.jp/News/bit/E1409819718474.html

そして闘いの場。

http://matome.naver.jp/odai/2137793440844206501

食材を注文する都合上、10/6まで参加表明よろしくお願いします!

2014-09-18

ジェーン・スー「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」

私と同じ、四十路の女性ジェーン・スーさんが、切れのいい文体で女性のさまざまな心理に肉薄する随想集。私は彼女と違って既婚子ありだが、未婚子無しの彼女の文章にいちいち首がちぎれるほど「あるあるあるある」と、頷いてしまいそう。

例えば、メールとかSNSで可愛い記号や絵文字を使って愛され系の演出をするのに抵抗があって、せめて感情を表現しようと、無駄に「!」を連発して「おめでとう!!!!!!!」などと書いてしまうという話。私だけかと思っていたら、仲間がいた!!!!

40女って、うーーー、どうしたらよいのやらって感じなんですよね。

40になっても私は、少年漫画にでてくるような大仏パーマのおばさんにならなかったし、かといって、VERYやSTORYに出てくるリッチなおばさんとか、年齢不詳な美魔女にもならなかった。

美しくもなく、かといって女を捨てきれてもおらず。そんな私らでも、痛いと言われようとキモいといわれようと「女子」だ。体に染み付いた女子性は消えない。「貴様いつまで女子でいるつもりだ」と言われたら「一生」なのですよ。

まぁ読んでると、多少、やはり私とは違うところがある。私は既婚で子持ち、独立して8年だというのに、いまだに経済的に自立していない。私は「偉そうなこと言えませんすみません……」と背中を丸めて生きているから、著者の「私は社会的、金銭的に自立しています。精神的にもほぼ自立しています」という、背筋伸ばした確固たる物言いは、本当に潔くて、眩しい。

自分とは違うので、ん?そんなことないけど…と思うところもあるけど(20代男子が優しい件とか)、あとは大体「ていねいな暮らし」だの「可愛い」だの、なんとなく世間でまっとうと思われている女性のふるまいに対するもやっとした気持ち、そういうのはホント同意できる。

めんどくさいこの、中年女子性。40にして惑うのはいまや当たり前。この本を読んでると、その「めんどくささ」をひっぱりだして「まぁそういうもんなんだよ、私らって、うんうん」と自分を慰められるような気になり、とても気分が良いのです。

しょうがないね、これが女子なのだから。

いちばん誰からも「よしよしそんなにがんばんなくていいよ」と言ってもらえない層じゃないだろうか、40代女子って。既婚者も独身者も「ああもっとあれもこれもやらなければっ!!生き残れない!認められない!男に勝てない!子供がちゃんと育たない!心の平穏がないっっ!!!」って。体力も脳力もこんなに落ちてるのに〜。

強く生きようじゃないか、と、思うよ。

ところでFacebookでの交際ステイタスについての記述があったので、試してみたんだけど。『◯◯さんと交際中』が、別れてシングルに戻ると、Facebookは律儀なSNSなので『△△さんが交際ステイタスをシングルに変更しました』とお友達に通知する、という記述がある。現在、独身・別居・離婚・死別へ交際ステータスを変更しても、通知は行かないみたいですよ。ここんとこは、執筆時から仕様変更になったのかな。

実際にFacebookで離婚や独身や既婚に変更しまくったら、友人らに「monya_kataさんが結婚しました」の通知が行ったらしく、驚かせてしまいました。みんなもやってみよう!

2014-09-05

いつかカバマを使う日に。

久しぶりにファッション雑誌を買った。大人女子(中年)のためのやつだ。

ファッション雑誌は商業広告がベースだから、ものを自由に買える人が読者と想定している。

経済的に自立しているか、美しさや自分みがきのためには大枚をはたける。そういう人たちが読むものだ。

一方私はそうじゃないわけで。ページを捲るたびに発せられる「買うべき!」「買えええええ」というオーラむんむんに苦笑い。ああ、こういう世界とは遠くなったんだな私、と、はるか遠くの月を眺めるように、目を細め思う。

アイテムは今シーズンマストバイ、モードでシックで大人可愛く、フェミニンでクラシカルな装いでこなれ感が、トラッドなクラス感を出すとか、呪文のようなファッション用語にくらくらしつつ、そんでも参考になるので読むのが、メイクのページ。

ついつい、シミとシワをかくすべく、厚塗りして逆効果になりがちなこの頃だが、こういうたまに読むメイクテクニックのページで我に帰る。自然によりナチュラルに。(意味同じだ)私は一重まぶたのこけし顔なので、メイクしてようがしてなかろうがあまり変わらないのだけど、そんでも、メイクは嫌いじゃない。しなくていい日は絶対しないけど、する時はちゃんとしたい。アイメイクは大好き。

しかし、アイメイクなどのポイントメイクに凝るより、中年女はやはりベースメイクに注力すべきだろう。

で、メイクページを見る度にファンデーションも進化していて、感心してしまう。ベースやコンシーラーも大事だ。

あー、欲しいなぁと思う。

でも、買わない。

今の私は、1000円以内で済むファンデーションしか使わない。貧乏人の味方、セザンヌのファンデーション一択だ。

2年前までは、カバーマークを使っていた。値段は5000円ぐらい。確かに良かった。

野菜や日配品の数円〜数十円の差を求めて自転車を走らせるくらいなら、化粧品のコスト削減したほうが、数千円減るじゃないか。そう思い立って「もう高い化粧品は買わない」と決めた。

近所のスーパーで適当なものを買ったら、色もカバー力も持ちもひどくて、すごく後悔した。

反省して、@cosmeでちゃんと検索した。思い起こせばカバーマークを使い始めたのも@cosme口コミが元だった。そこでセザンヌの評判がよかった。高級デパートにしか売ってないカバーマークと違い、セザンヌは大きいドラッグストアで入手できる。

値段があまりに安くてびっくりしたけど、使ってみると悪くなかったので、使い続けて今に至るというわけだ。


しかし、ファッション雑誌のメイクページを見ながら、思う。

一度でいいから、ここに載っているファンデーションを自由に買える身分になってみたい。

「このアイテムはマストバイ!」って言われたら、ホイホイと買ってみたい。

せめて、もいちど、カバーマークを使える日が来たら。

薄付きでもしっかりカバーして、地肌が光るようなあの、つるっとした綺麗な感じは、時々懐かしく思う。

経済観念がなかった私は、なんと自由だったんだろう。家計簿もつけず、資産が減っていくのも無自覚で。

化粧を始めたのは就職してからだけど、カバーマークの前も、ずっと、同じくらいお金はかけていたと思う。

どこで人生間違ったのかな。なんでこんなに貧乏になっちゃったのかな。


でも、夢や希望は持ち続けていたいものですね。

いつか、再び、カバマを使える日が来ますように。

私が化粧なんて無駄なくらい、老いさらばえる前に。

2014-09-03

体重が急に減って嬉しいのだが

先日、パソコンの重さを量るために体重計に久しぶりに乗ったら、体重が急に数キロ減っていた。

ええっ?なんで?病気?

でも体重が減るのは嬉しい。決して痩せている方ではないので。


ところが。

体重が減ったら、体力が減った。

なにをやっても疲れる。夕方になると、ごはんをつくるのがしんどい。帰宅するともう倒れそうだけど、力を振り絞って家事を行う。家事はもともと大嫌いなので、家にいるとモチベーションが全然あがらない。

時には、朝からぐったりという日もある。

栄養ドリンクを飲んだり、ニンニクを食べたり、時間があったら寝るようにしたりしても、芯の疲れがとれないかんじ。


そして、さすがに複数の人に「痩せた?」と指摘されるようになった。

ううむ。

中年の痩せた、は、実はあんまり嬉しくないのか。げっそりというかやつれるというか、貧相な感じがでてしまう。空気が抜けて潰れる寸前の風船のように。ほら、STORYとかの金持ちマダム雑誌は「モテぷよ」を推奨してるじゃない、ね。

まぁ、実際貧乏なんで貧相でも問題ないんですが、体力がないのは困る。

貧乏ヒマなしだからひっきりなしに働かなきゃいけないのに。

コワーキングスペースの運営と主婦業と本業と、朝バイト。体力落としている場合じゃないのだ。

いよいよ、更年期ってやつかしら………と、ドキッとする。


お世話になっているバイク屋さんに行って「痩せたね」と言われた。

「でも疲れやすいんですよ」と言ったところ「ストレスじゃないの」と言われた。

ああ、ストレス、たしかにね。

一番ストレスがたまるのは、家庭だ。常にPCに向かい朝昼深夜問わずゲームしている夫と、反抗期の息子。息子はかわいいから癒やしにもなるけどね。

一方、朝のアルバイトはあまりストレスではない。確かに朝早起きは大変だし、勤務中は忙しいけど、働いた分お金になるし、多くの事を学べて新鮮。

ノラヤはストレスではなく、癒やしの存在。ノラヤを開けられない、ノラヤに居られないのがストレス。

「ストレスかもなー」

と、つぶやくと、バイク屋さんは「酒飲んでないんじゃないの」と、ニヤリ。

さすが、20年来のつきあい。のんだくれの私のことをわかっていらっしゃる。

「そうか!酒がたりないか」

納得。

のんだくれのはずなのに。

まじめに生き過ぎているな、私。

飲もう、もっと飲もう。

いつ死ぬかわかんないんだし。

2014-08-11

小商いのはじめかた

伊藤洋志さん監修の新刊。もうね、伊藤さん大好きなんで。

伊藤さんといえば最近このような記事が。

http://www.lifehacker.jp/2014/08/140810nariwai.html

内容は「フルサトをつくる」に関連しているかも。(そっちのレビューはこちら


さてこの本の内容は、さまざまな小商いをしている方々に話を聞いて、どうしてその仕事をしようと思ったのか?どうしたらできるのか?売上は?一日のスケジュールは?などなど、商いだけではなく生活や人生観にも一部触れながら明らかにしてもらったもの。

まともな起業本みたいにニーズを調査して事業計画書を書いて資金をどっかから借りてという、そういう内容ではない。そっちの起業本とくらべて、登場する人たちの人間性が伝わってくる。


第一章「自分がほしいものをおすそわけ」の冒頭、伊藤さんのこの文章。

 何か仕事を起そうというときに、まず部外者の友人知人に聞かれがちなのが「ターゲットは?」「ニーズ調査は?」「本当に大丈夫?」などなどです。

「ちゃんとリサーチしなきゃいけませんよね、大人なら」という無言の圧力で行動を起こせず、消えていくアイデアは無数にあります。


 この章には、そんなまどろっこしい人が登場しません。

 なぜなら皆、自分自身があったら使いたいと思えるサービスをやっているからです。少なくとも世界で1名だけは、それを喉から手が出るほど欲しい、と思っている人がいる(自分自身です)ところからスタートしています。

うわーっと思った。

ここ、まさに私と「ノラヤ」のケースと同じで、びっくりした。

コワーキングスペースをやりたいと言ったときに「ターゲットは?」ではなく「ターゲットを絞らなきゃダメ(女性に特化した場所にすべきとか)」、「ニーズ調査は?」ではなく「ニーズは仙台にない(10人が10人そう言った)」、「本当に大丈夫?」ではなく「うまくいく筈がない!もっと考えなさい(全然親しくない人からわざわざfbメッセージで)」、と、言われたものです。

そう言われてまでやっている理由は「自分が欲しかった」から。聞かれたら即答できる。

「仲間のため」とか「世の中のために」とか「社会的ニーズがあるから」などとは絶対に言わない。だってニーズがない(らしい)し、誰の役にも立たないかもしれないけど、自分が欲しいんだもの。

しかし、小商いとノラヤの違いは、費用のかけかた、なんだよなー。ノラヤは物件を借りているため固定費がかかってしまい、毎月赤字である。これでは小商いどころか微小商いにもなってない。

まぁそれはしょうがないとして。


伊藤さんがこの本作ったのって「伊藤さんは京大卒だから……」「phaさんは京大卒だから……」という意見が少なからずあったからじゃないだろうか。私の回りでも実際そういう声は多く聞いた。普通の人にはできない、特別な頭のいい人じゃないとねぇ、と。

私も、頭はともかく、独身男性だからできるんだろうなぁと思ってしまった。

だから、この本で、いろんな立場の人が小商いしているということを見せたかったのだろうと思う。登場する人はさまざま。独身の人、男性、女性、子持ち、ファミリー。年齢にも20代から50代と幅がある。経歴もさまざま。

そういう身分だから、立場だから、できることなんでしょ、という先入観は消さなければならない。持ったって自分の足かせになるだけでなんもいいことない。

ただ、生活の基板として、ある程度金銭的にも精神的にも余裕がある人が多いかなというのが正直な感想。実家暮らしで家賃の心配がなかったり、田舎で家賃がやすかったり、仕事につかずにフラフラしている時期があったり、別の仕事でしっかり収入は得ていたり。

小商いを試すには余裕が必要なんだよね。試せる、動ける自由。その手段の一つに田舎移住があるのだろう。そして、動くと、「偶然」が味方してものごとがうまくいきはじめる。面白いなと、思う。

そうだ、若者が親から養ってもらっているうちに、小商いを体験するの、いいかもしれん。衣食たりていられるの、わずかな時間だもの。息子にはそういう体験をさせよう。

今の私は、生活コストのかかりすぎる仙台ぐらしだし、仕事も減ったし、配偶者子どもがいるのでコスト下げるために移住もできない(夫は田舎嫌い都会大好き)。正直、余裕がない。バイトで収入は得ているけど、以前に比べると半分以下だ。

それでも、そういうせっぱつまった状態の自分に、ノラヤの存在はいっそうすごく優しくて、ありがたい。「ここは、いいわー」と、心底思えるようになった。余裕がないのに「まぁ、いいか」という気持ちになってしまう。(いいのか?)やっぱりノラヤは続けたい。私が、欲しい。改めて思う。

だから、小商いのみなさんのチャレンジ精神を見習っていこうと思う。本に出てくる人たちは、一本の道ではなく、柔軟にいろいろためして、複数の小商いを次々考えている。ポイントだなと思うのは、人に教えられること、そしてモノやサービスそのものだけでなく、体験を盛り込むこと。それならばまさにコワーキングスペースで得意なことだ。

考えなければ。

せっかくある頭、使わなきゃね。京大レベルには程遠いけど、とりあえず東北大レベルはあったから(過去形)。