仙台のKuzu mother貧乏暮らし

他にこういうブログも書いてます。

2014-04-15

本嫌いの私が本を読んだ自慢

純愛カウンセリング

純愛カウンセリング

人生が嫌になってくると、名越康文先生の本を読んで癒やされたくなるのだけど、残念なことに、仙台市図書館にはあまり置いてない。関西のひとだからだろうか。そんな名越先生の著者名で検索していたら、ひょこっと靖幸ちゃんの名前が出てきた。永遠のだいすきなアーティスト、岡村靖幸ちゃん。靖幸ちゃんの本に名越先生が出ている?と、驚いて借りたら、対談集だった。

対談集は好きだ。名越先生は後の方に総まとめ的なかんじで対談する。

スワッピングのカップルと、田原総一朗さんの話の方が印象的だった。スワッピングの話は、一般的には不倫とか非常識とされる行為のはずなのに、当事者達の語り口がすごくピュアだった。夫婦って多少は気が合うとはいえ、全然違う人間が一緒にいなきゃいけなくて、たまにイベントして盛り上げる努力は大事なわけで、レストラン行くとか映画見るとかライブ行くとか温泉旅行に行くとか、そういうのの一環でスワッピングする人もいるのかなと思えるくらい、自然に思えてしまった。もちろん当事者にとっては普通で自然だからこそ続けているのだろう。

やっぱり子供ができたらこうはいかないんだろうなと思った。まぁそれは、子供ができたら各種盛り上げイベントのディナーやら旅行やらが優先順位が下がって、思うようにいかなくなるのと一緒で。

田原総一朗さんは、私にとってテレビで怒鳴っているおじいさん、ぐらいの知識しかなかったので、こんな人だったとはと驚いた。若いころアグレッシブに映像を制作し異端視されるぐらいだったなんて。そして、テーマの純愛であるところの、節子さんとのこと。お互い家庭がありながらも惹かれ合い、30年ちかくの年月ののち、結婚する。そのことについて書いた本を節子さんと共著で出版したばかりで、そして節子さんはガンで亡くなる直前だった。「妻を亡くしたら生きていけない」と、ためらいなく言い切る田原さんに、靖幸ちゃんは絶句するしかない。壮絶な思いの強さの印象を受けた。

この本の中で靖幸ちゃんはあれほど濃いキャラなのに、人の話を引き出すのに徹している。やっぱり対談相手は異端な人が多いけど、みんな堂々と人を愛している。いろんなかたちで。男女が適齢期で出会って結婚して、という、工場で量産されるような誰もが期待し目指すようなものばかりが愛じゃない。「こうだ」「こうあるべき」っていうのは、ないんだよな。正しいも間違いもないんだよな、と、改めて実感。

私たちの愛

私たちの愛

そして純愛カウンセリングに出てきた田原総一朗さんの本も読んでみたわけです。

「どちらかが死んでから回想して書くのが普通なのに、生きているうちに書くなんておかしい」と、田原さんは純愛カウンセリングでも、この本でも言っている。でもふと思ったのだけどなんで死んでからが多いのだろう。借りた本は第4刷で、おそらく初版ではなかったと思われる、節子さんの享年が付記されている。

表紙の田原さんと節子さんの写真がとてもいい。そして後ろの方に出てくる、節子さんが田原さんに膝枕している写真もとてもいい。

ダブル不倫でかなりの困難を乗り越えた末の結婚かと思ったら、既に2人は長年戦友みたいに会って仕事の意見をぶつけあっていたので、暗黙の了解ができていたようだ。再婚するならこの人でしょ、と周囲に思われるくらいに。

靖幸ちゃんとの対談ではすごく激しい印象を受けたけど、この本はそうではなかった。ながーい川の流れのように生きてきて、上流はそれなりに激しかった、でもそろそろ下流で、波も立たずゆったり流れていますよ、そんな愛の形が読み取れる。お互いが交換日記のように、代わる代わる文章を書いて、こんな風に共著で本が出せるぐらい愛の爛熟期を迎えているような人たち、滅多にいないのではないだろうか。でも、亡くなってしまった、節子さん。悔しかっただろうなぁ。

死ぬと言っていた田原さんは、生きている。相当な辛さを乗り越えてきたのだと思う。ただのうるさいおっさんの印象が、かなり変わった。

電化製品列伝

電化製品列伝

背表紙のほにゃほにゃした字と長嶋有の本だというので思わず図書館で手にとって、借りた本。

ほにゃほにゃしてて面白かった。

家電の部分に着目した書評らしい。書評っぽくない。もっと長嶋有読もう、と思った。

晴れたり曇ったり

晴れたり曇ったり

川上弘美のエッセイ。

こちらもほにゃほにゃしている。

川上さんはどこでも自転車ででかけるらしい。親近感を持った。

前読んだエッセイでは、電車に載ったり、山に行ったりして、ふらっとお酒を飲んだりしていたので「うらやましいなぁ」と思ったのだが、このエッセイでは「外で飲むことはほとんどない」と書いてある。そして自分で作ったものの紹介をしている。この違いはなんだろ?落ち着いちゃったの?忙しくなったから、なのか。それとも……子供が小さい時は毎日の家事ルーチンから脱する一瞬のそとごはん・そと飲みがすごく嬉しかったのが、子供が大きくなって手がかからなくなり、外ごはんのありがたみが減った……とか?そういうことなら共感するなぁ。

川上さんの本は、小説にしろエッセイにしろ、白く乾いてチクリとした痛みがわずかに漂う。川上さんも離婚して、まっとうな愛の道から外れた人だ。そういうひとだけが持つ仄暗さがあるから、共感しちゃうんだな、いろいろと。


本をたくさん読みたくなって、山積みになってしまい、毎週のように図書館に通う時期と、情熱が失せてなんにも読まない時期とがある。

しばらく、積み上がっていたけど、今また落ち着いて、読まなくなってきた。

2014-04-09

Android(Galaxy Nexus)だけが自宅無線LANでネット接続おかしい

困っています。

しばらく前から、Androidスマホ(Galaxy Nexus)の無線LAN接続が、なぜか、自宅だけ、おかしい。

  • Google Playアプリを入れたり更新したりがまったくできない。
  • Facebookに写真をUpできない。
  • Facebookのお知らせ(地球のとこの数字)が更新されない。
  • DropboxにファイルをUpできない。
  • 急にGoogle検索ができなくなる。使えることもある。
  • Evernoteの同期がおかしい。同期しました、とか、ヘッダをダウンロードしました……のまま、ぐるぐる更新ボタンが回っていてしばらくすると「失敗しました」と出ている。ただし実際は同期はされる。
  • Webは見れる、twitterも問題なし。

iPhoneの使用は問題ないそうだ。PC接続(win, Mac)も問題ない。

私の、スマホだけ、おかしい。

ノラヤとかコンビニWifiは問題なく使える。

3G回線接続も問題ない。

自宅の無線LANだけが、おかしい。


おかしくなった時期は、配偶者が自宅のルータ(WZR-HP-AG300H)のDNS設定を変えて、元に戻したという時期と一致する。DNS設定を変えたといってもGoogleのネームサーバにちょっとだけしてみたというだけで、他は変えてないんだそうだ。ポートのフィルタリングもしていない。一切他は触っていない(そうだ)。

再起動、アプリのキャッシュクリア、アクセスポイントの切断、再接続、5Ghzと2.4Ghzで試す、Macを有線接続してMacにつなぐ……などやってみたが、現象は変わらず。

不都合があるのが私だけなので、私が解決策を探すしかない。ちなみにインフラエンジニアにこの手の障害解決を頼むと数十万じゃきかないよ、と配偶者に言われたのですが、私そういう仕事月数万円でやってきたので安売りしすぎでしたね。ちくしょう。もうからないわけだ。

上記にあげた不具合のある機能を使わなければいいのです。Facebookやtwitterが使えないなら廃人になりにくいのでいいけど、twitterは使えるんだよなぁ。Evernoteは、買い物メモやTodoの管理に使っているので、同期できないのが困る。辛い。ノラヤに出勤できる日なら良いが、今日みたいに家にいなきゃいけない日が辛い。

しかし、どう辛いのだろう。

昔はスマホなんてなかったんだ。プリントアウトして持ち歩き、記録はメモ帳に戻ればいいじゃん。と、少し諦め気味だ。

どうせなら、twitterも使えなきゃいいのに。

2014-04-05

3月は食費が少しは抑えられた

自分ちの食費が半端ないとカミングアウトした私であるが、そうやって端も外聞もなくさらしたので気分を引き締めたせいか、3月の食費(外食費を合わせ)は、48,446円だった。5万は超えなかった。ふう。

次の目標は45000を超えないことだ。

しかし、消費税も8%になった。一体どうやったらあと3500円も支出を減らせるのだろう。

息子も中学生になり、毎月の校納金も2000円増える。厳しいな。

土日にバイトいれようかなぁ。

2014-04-01

絶版が惜しい…「月刊佐藤純子」(追記あり)

4/4追記:なんとこのブログを書いた直後、ジュンク堂仙台店で「佐藤純子書店」がオープン!月刊佐藤純子も手に入れることができました。弟にも送りました!このブログを読んだ複数の方から情報いただきました。本当にありがとうございます。

月刊佐藤純子はコワーキングスペース「ノラヤ」に置いてあります。



マチオモイ帖を見に行ったとき弟(出版社勤務)と会って、本屋事情の話になった。とにかく厳しい出版業界。本屋もどんどん少なくなっていく。

「仙台は大学が多く住民の知的レベルが高い。多様なジャンルの書籍を擁する書店が存在していける、数少ない地方都市の一つなんだよ。他の地方都市の本屋に行って並べてある本を見てみろ。悲しくなるぞ」と、弟。厳しい言い方だが本を売らなきゃいけない弟の立場からして、現実認識は大事だ。

しかし、前から言ってるけど、そもそも私は、本嫌い。本屋の存在意義を熱く語られても、いまいちピンと来ない。同じ本が豊富な家庭で育ったというのに、この違いはなんでしょうね。

ところで、仙台の本屋といえば、思い出す人がいた。マチオモイ帖番外編トークイベントでお会いした書店員、佐藤純子さん。

「そういえば仙台には佐藤純子さんがいるね」と言うと、弟の目の色が変わった。

「なにっ!その人知ってるのか。知り合いなのか?!ほほう。あの人はこの業界(本業界?)では知らない人はいないよ」

「あ、う、ううん。まぁね」

一度ご挨拶しただけなのに知り合いのふりをしてしまった。

「本を手に入れたいが、東京では売ってないんだよなあ」と、悔しげに弟は言う。

月刊佐藤純子、である。

月刊佐藤純子 (仙台文庫)

月刊佐藤純子 (仙台文庫)

佐藤純子さんが月刊佐藤純子で有名な人だとは知っていた。しかし、私は読んだことがない。だって、私はそもそも本嫌いで。本好きな書店員さんの書いた本というからには本の話がメインだろうから、多分内容についていけないじゃん、と思っていた。

しかし知りあいのふりをしてしまったので読まないわけにはいかないと思ったのと、弟を羨ましがらせたかったので、仙台市図書館で「月刊佐藤純子」を借りたのだった。在庫は豊富ですぐ借りられる。

読んで、びっくり。

すごく、面白かった。いや、楽しかった。

文章というよりマンガなんですけど。身構えていたように本とか文学の話ばかりでは全然なくて(多少は出てくるけど)、佐藤さんの日常がメインだった。

本でもマンガでも、読みながら「うははっ」とか「ふふっ」とか、声が漏れるぐらい楽しい本って、最近、あっただろうか。(いや、ない。)久しくそんな本に出会えてなかった。

ページをめくるたびに、意表を突かれて、えっそんなことしますか、と、とんでもないところに着地するかとおもいきや、しないで放り出される。

そして、柿崎さんのイベントで会った方々が出てきた。桃生さんがどういう方なのか、はじめてわかった。正子さんの写真を時々Facebookで拝見するけど、お祖母様と二人暮らしだとは。素敵だ。

そしてその2人ぐらしの家に、震災直後は佐藤さんをはじめたくさんの人が来て共同生活する。

そう、震災直後からも佐藤さんは「ゆらゆら日記」を書き続けていた。とにかく身近な人達で身を寄せあって生活して、近所にもらい風呂にいって、手分けして買い出しして。不自由だったけど、みんなで食べるご飯がおいしかった。

そして電気や郵便や、いろんなインフラやサービスが復活していくにつれ、その裏でがんばっている人に思いを馳せ、しみじみと感謝したものだった。

あの時期の、だんだん戻っていくにつれ人々に笑顔が戻っていったのをはっきり実感したのは、ほんと、忘れられない。

そういう空気が佐藤さんの日記調まんがで、ふわーっと思い出した。ああいう日々があって、今があるんだっけ、と。

とても楽しい読書体験だった。先入観持ってて今まで読んでなかったのが悔やまれる。

これは是非とも手元に置きたい。そんで、風呂で読みたいし、ノラヤにも常備したい。と思ったんだけど、版元でも絶版と書いててAmazonの中古でもプレミア付いてる

プレミアついてても、買おうかなぁ。

弟に「図書館で借りて読んだ」とメールしたら、悔しがられた。本業界のつてを駆使して東京で探す、と言っていたけど、どうなんだろ。

再販ないかなぁ。ほんとに。

2014-03-26

国立科学博物館に二回行ってきた

3/15にマチオモイ帖を見に行ったのだけど、午前中に少し時間が空いたので国立科学博物館に行ってみた。巨大な霧箱があると聞いていたので見たかったのだ。

ところがあまりにたくさんの展示があり、僅かな時間ではとても見れなかった。そしてこれは絶対小学生の息子に見せたい、今見せないと多分二度と見ることはないだろうと思ったので、一週間後の3/22に息子と新幹線日帰りで再び見に行ったのだった。

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