仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

他にこういうブログも書いてます。

2014-08-11

小商いのはじめかた

伊藤洋志さん監修の新刊。もうね、伊藤さん大好きなんで。

伊藤さんといえば最近このような記事が。

http://www.lifehacker.jp/2014/08/140810nariwai.html

内容は「フルサトをつくる」に関連しているかも。(そっちのレビューはこちら


さてこの本の内容は、さまざまな小商いをしている方々に話を聞いて、どうしてその仕事をしようと思ったのか?どうしたらできるのか?売上は?一日のスケジュールは?などなど、商いだけではなく生活や人生観にも一部触れながら明らかにしてもらったもの。

まともな起業本みたいにニーズを調査して事業計画書を書いて資金をどっかから借りてという、そういう内容ではない。そっちの起業本とくらべて、登場する人たちの人間性が伝わってくる。


第一章「自分がほしいものをおすそわけ」の冒頭、伊藤さんのこの文章。

 何か仕事を起そうというときに、まず部外者の友人知人に聞かれがちなのが「ターゲットは?」「ニーズ調査は?」「本当に大丈夫?」などなどです。

「ちゃんとリサーチしなきゃいけませんよね、大人なら」という無言の圧力で行動を起こせず、消えていくアイデアは無数にあります。


 この章には、そんなまどろっこしい人が登場しません。

 なぜなら皆、自分自身があったら使いたいと思えるサービスをやっているからです。少なくとも世界で1名だけは、それを喉から手が出るほど欲しい、と思っている人がいる(自分自身です)ところからスタートしています。

うわーっと思った。

ここ、まさに私と「ノラヤ」のケースと同じで、びっくりした。

コワーキングスペースをやりたいと言ったときに「ターゲットは?」ではなく「ターゲットを絞らなきゃダメ(女性に特化した場所にすべきとか)」、「ニーズ調査は?」ではなく「ニーズは仙台にない(10人が10人そう言った)」、「本当に大丈夫?」ではなく「うまくいく筈がない!もっと考えなさい(全然親しくない人からわざわざfbメッセージで)」、と、言われたものです。

そう言われてまでやっている理由は「自分が欲しかった」から。聞かれたら即答できる。

「仲間のため」とか「世の中のために」とか「社会的ニーズがあるから」などとは絶対に言わない。だってニーズがない(らしい)し、誰の役にも立たないかもしれないけど、自分が欲しいんだもの。

しかし、小商いとノラヤの違いは、費用のかけかた、なんだよなー。ノラヤは物件を借りているため固定費がかかってしまい、毎月赤字である。これでは小商いどころか微小商いにもなってない。

まぁそれはしょうがないとして。


伊藤さんがこの本作ったのって「伊藤さんは京大卒だから……」「phaさんは京大卒だから……」という意見が少なからずあったからじゃないだろうか。私の回りでも実際そういう声は多く聞いた。普通の人にはできない、特別な頭のいい人じゃないとねぇ、と。

私も、頭はともかく、独身男性だからできるんだろうなぁと思ってしまった。

だから、この本で、いろんな立場の人が小商いしているということを見せたかったのだろうと思う。登場する人はさまざま。独身の人、男性、女性、子持ち、ファミリー。年齢にも20代から50代と幅がある。経歴もさまざま。

そういう身分だから、立場だから、できることなんでしょ、という先入観は消さなければならない。持ったって自分の足かせになるだけでなんもいいことない。

ただ、生活の基板として、ある程度金銭的にも精神的にも余裕がある人が多いかなというのが正直な感想。実家暮らしで家賃の心配がなかったり、田舎で家賃がやすかったり、仕事につかずにフラフラしている時期があったり、別の仕事でしっかり収入は得ていたり。

小商いを試すには余裕が必要なんだよね。試せる、動ける自由。その手段の一つに田舎移住があるのだろう。そして、動くと、「偶然」が味方してものごとがうまくいきはじめる。面白いなと、思う。

そうだ、若者が親から養ってもらっているうちに、小商いを体験するの、いいかもしれん。衣食たりていられるの、わずかな時間だもの。息子にはそういう体験をさせよう。

今の私は、生活コストのかかりすぎる仙台ぐらしだし、仕事も減ったし、配偶者子どもがいるのでコスト下げるために移住もできない(夫は田舎嫌い都会大好き)。正直、余裕がない。バイトで収入は得ているけど、以前に比べると半分以下だ。

それでも、そういうせっぱつまった状態の自分に、ノラヤの存在はいっそうすごく優しくて、ありがたい。「ここは、いいわー」と、心底思えるようになった。余裕がないのに「まぁ、いいか」という気持ちになってしまう。(いいのか?)やっぱりノラヤは続けたい。私が、欲しい。改めて思う。

だから、小商いのみなさんのチャレンジ精神を見習っていこうと思う。本に出てくる人たちは、一本の道ではなく、柔軟にいろいろためして、複数の小商いを次々考えている。ポイントだなと思うのは、人に教えられること、そしてモノやサービスそのものだけでなく、体験を盛り込むこと。それならばまさにコワーキングスペースで得意なことだ。

考えなければ。

せっかくある頭、使わなきゃね。京大レベルには程遠いけど、とりあえず東北大レベルはあったから(過去形)。

2014-08-09

「いいなり」という働き方の危うさを実感した……突然の介護体験記

突然だった。

実家で猫と暮らししている母が腰を痛めて、動けなくなった。

私はしばらく実家に滞在して、介護することになった。


看護師で、介護施設に長年勤務し、さらに8年認知症の祖母を介護した母は、介護のプロ。前日も認知症の人の見守りサポーターになろうと話を聞いてきたばかりだった。その母が介護される側になった。

ぶつけたとか怪我したとかではなく、普通に暮らしていたのに、朝になったら腰が痛くて動けなくなっていた。まず起きれない、立てない、寝返りもうてない。友人にサポートを頼み、這うようにしてようやく病院に行ったが、レントゲンを撮る姿勢がとれない。痛み止めの飲み薬と注射、シップという対症療法

とにかく常に痛い。そして横になれない。眠れない。薬を飲んでも効かない。明け方に激痛に襲われて座薬を入れても効かない。(さらに猫が遊べと絡む。)

そもそもこの日は息子が夏休み恒例で、一人で実家に滞在する予定だった。しかしそのような状況なので、急遽私も行くことになった。ノラヤもアルバイトもあるし、週末のみ居て仙台に戻るつもりでいた。しかし、行ってみたらとてもじゃないが母は一人で生活できるレベルではなかった。

「頼むから、しばらく居てくれないか……」

そう言われたら仕方がない。運営しているコワーキングスペースも急遽クローズのお知らせを出し、アルバイト先には電話で謝って休ませてもらった。


いやー。

辛かった。

5日間。


猛暑の中、汗だくになりながら、母のできない家事と母のサポートをすべて行った。

3食の炊事と後片付け。ゴミまとめ、ゴミ捨て。洗濯と乾いた物の片付け。買物。通院の介助。朝晩の家の窓の開け閉め。朝晩の庭への水撒き。話し相手。愚痴の相手。

これらは通常のヘルパーに頼める業務だが、母いわく人に頼めないものもある。猫の世話。マクロビオティックな療法(しっぷの作成)。生ごみの処理(実家では普通に捨てない)。畑の作物の収穫。

また、よりによって母が発症した日に冷蔵庫が壊れ、母の友人たちがとりあえず新しいものにすべて詰めたので、その中身を整理し、賞味期限切れのものを整理した。

また、せっかく私がいるのだから、ということで、不要な生活用品や食料品が棚に詰まっているので、それも片付けることになった。古いパソコンも片付けた。棚の中の大量の漬物や果実酒、薬も処分


こうやって、書き出すとたいした量ではないようだが、それにプラスして、母が「これやってくれない?」「ちょっとー、これお願い」と、以前自分でやっていたことを、すべて依頼してくる。お茶を飲むとか、物を取るとか、持ってくるとか、庭のあれこれとか。

起きている時間中、ずっとタスクが積み重なり、一つこなせばまた次が、やっと終わらせればまた次が……というかんじだった。

やることは忘れないよう紙に書いてリストアップし、その日の朝更新し見なおした。重要度が低いものはその時消した。

しかし、この、常にやることが積み重なっていって消えない……このことが、どんなに精神的に人を追い詰めるか。身にしみてわかった。

「積み木を積んでは崩し、積んでは崩しをすると、人は狂うらしい」と、以前まさに母から聞いたことなんだが、これはそういう状況かもしれないと、ちらりと思った。

私はヘルパー二級を持ってるので、多少は介護のことは知っているつもりだった。

「その人が従来長年に渡りやっていたことを、急に変えたり、否定するのは、やってはいけないことです」と、教わった。

どんなに妙な要求であろうと、母が数十年に渡って愛用してきたものを、否定してはならない。

実家にいるといろいろ非効率的なものが目につくが、とりあえずそのまま。呼びつけられたら、嫌な顔をせず、すぐ対応。

肉体的にも疲れたが、精神的にも、どんどん疲れていった。

この程度がなんだというのだ。母は常に痛みが襲う状態なのだ。夜眠ることすらできないのだ。母に比べればましだ。そう思ってがんばった。

積み重なるタスクをこなす私に、母はこんな言葉をかける。

「そんなにあくせく働くな!見ているこっちが疲れる」

「目の間でバタバタされると、かえって具合が悪くなるよ」

「いいよいいよ、お前たちに迷惑かけるわけにはいかない。痛くても我慢して一人でやるしかないんだ」

やることが山積みなのに、働くな、迷惑だ、とはどういうことか……いっぱい私に命令してるくせに……嫌な顔しているつもりはないが、顔に疲れがにじみ出てしまうのはしょうがない。

そういう一方で、

「ノラヤ?そんなものより親の方が大事でしょう。アルバイト?休めない?そんなバイト辞めればいいでしょう。お金あげるから」

あのねぇ…そういう問題じゃ…

しかし、これも痛みでストレスがたまっているせいだから、仕方がない。母もまっとうな精神状態ではないのだ。

せめての楽しみは食事。うまいものを食べて元気になろうと思う。しかし、母は食べられないものが多い。そもそもマクロビの人だし。肉も油も嫌い。「朝はほとんど食べない、ヨーグルトだけ」「昼はめん類」「きゅうりの浅漬け」と、恐ろしくカロリーの低い、バッタの餌のようなものを所望する。

最初は複数作るのが面倒だしダイエットになるかと思って母に合わせていたが、どうしても疲れがとれず、気づいた。

「こんな食生活では私が倒れてしまう!働けない!動けない!活力の付くものが食いたい!肉!」

と、肉も買ってきてメニューに加えた。

夜、母が寝た後に飲む一本の缶ビールと、ニシンの切り込みがその日の楽しみになった。あと、昼寝は毎日した。なにしろ、猫が深夜に必ず一度か二度大騒ぎして、安眠妨害をするのである……

そうやっているうちに、まったく横になれなかった母が、なんとか数時間は横になって眠れるようになり、90度にまがりっぱなしだった腰も、一日10度ずつ伸びて、だんだん180度に近づいてきた。

回復するにつれ、母も精神的余裕が出てきたようで、気を紛らわせるためにオセロをやろうとか、新聞を読んでニュースを話題にしたりとか、冗談を言ったりとか、前向きな方に考えが行くようになった。

最終日には私の疲れがMAX……それでも、何日か分のおかずをつくって、冷凍して、こまちに乗って、帰ってきました……


振り返ると、介護というものの辛さというより、「こういう働き方の辛さ」をいうのが身にしみてわかった。

人に言われたことをひたすらこなして行き、次々にタスクが積んでいくという状態は、楽だと思っていた。学力や能力にとらわれず、誰でもできる仕事だから。

でも、自分で考えて行動する仕事のほうがよっぽど良いと思った。「いいなり」は、心がすり減る。精神的にきつすぎる。自分のアイデンティティが崩壊するというか溶けていくような感じを覚えた。

そして私も後で気づいたから、知らなかったから仕方がないが、介護というものは、決して「いいなりになること」ではない。相手の要求の中から真意を汲み取って、優先順位をつけて、取捨選択して工夫するという余地があるものなのだ。そういうことをやってたら、ちょっとでも自分で工夫してそれを生かせたら。これほど「やらされ」感がなかったと思う。

それとやはり、母に精神的余裕がなかったので「やってもやっても報われない」感じが、辛かった。まぁうちのケースはましなほうで、認知症入るともっと酷いことを言われたりするらしい。

母は若返ることはない。今後も、このようなことはあるだろう。だからこの経験、心に留めておこうと思った。

2014-07-24

安定の川上弘美の不安定さ

西加奈子の本を読んで辛くなったので、川上弘美の本を借りて読んだ。

なめらかで熱くて甘苦しくて

なめらかで熱くて甘苦しくて

天頂より少し下って

天頂より少し下って

「なめらかで……」は、ちょっと長めの話がいくつか。「天頂より…」は、もっと短い短篇集。

ああ、ほっとする。

ものごとに結論がつかなくて、恋にも正解がなくて、ひとは収まるところに収まりもしないまま、そとづらは多分何の問題もなさそうに生きている。

こういうのが現実だ。

あの世で天国か地獄か選り分けられるとき、胸を張って天国と100%自信を持てるくらい、正しく生きていることがそんなに偉いだろうか。

人を痛めつけて。

苦しめて。

恋に身を任せて。

貧しくて。

寂しくて。

いやらしくて。

報われなくて。

正しく生きている人達がまぶしくなったり、幸せな人がねたましくなったら、川上弘美を読んで、自分を肯定してもらうのです。

2014-07-16

西加奈子「きいろいゾウ」

きいろいゾウ (小学館文庫)

きいろいゾウ (小学館文庫)

映画にもなったおはなし。西加奈子のエッセイを読んでいて、この人の小説読んでみたいなぁと思っていた所、図書館でとおりかかって借りた。

夢中になって読んだ。面白かったよ。

ただ、これは人によって読後感が違うんだよな、きっと。

Amazonのレビューでも、ほっこり癒し系素敵なほのぼの小説、みたいに解釈する人が多いみたいだけど。

田舎の古民家に住みはじめた(映画版を見ると『おおかみこどもの雨と雪』で主人公らが住む家みたいだ)、新婚の夫婦。小説家志望でデイサービスのパート勤務。妻は働いていなくて、頭があまりよくない。四面楚歌という言葉もしらないし、9歳の子ども相手にセックスを連発するし、生理になりそうなのにタンポンも使わず水着になったりする。でも料理はうまい。ああ、男の人ってこういう女性が好きなのかもね、という時点で私はかなり反感持つんだけど。妻は実は秘密がある。そして、この2人を軸にいろんな人がとりまく。やがて、ほっこりのはずが危機が訪れる。

んで、ネタバレになるけど。(ネタバレ注意)

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2014-06-09

マチオモイ超「角五郎帖」を公開します

2月に「マチオモイ帖」に出展しました。見に行った時のブログはこちら。

http://d.hatena.ne.jp/monyakata/20140319/1395194928

私が作った角五郎帖は、ほぼ毎日川原を歩き回っている私が見た面白いものを書いているわけで、その後も面白いネタはどんどんたまってきています。いっそのこと、ここで続編を描いてしまおうかなと。

ならばそれに先立ちまして、角五郎帖の内容を公開しておきたいと思いました。

こちらからご覧いただけます。

http://asfactory.sakura.ne.jp/illustration.html

が。せっかくなのでここにも貼っておきますね。

ご覧ください。

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