仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長

他にこういうブログも書いてます。

2014-11-23

自殺に関する本を読んだ(2)「生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由がある」

二冊目。

生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある

生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある

図書館でしばらく順番待ちして読めた本。私の本についての情報はたいてい、とっている朝日新聞からなんだけど、この本もたしか朝日の書評ではじめて知ったと記憶している。この海辺の田舎町で自殺率が低いのは「コミュニティ」がポイント、という紹介のされかただったので、コワーキングスペースというコミュニティのつながりを知りたい私のセンサーにひっかかった。

しかし「コミュニティ」の力で自殺率が低い、としたら…うっとおしい、濃厚な近所づきあいなんだろうな、監視社会のように、近所の噂はすぐ広まって、繋がりは強いかもしれないけど住んでるのはきつそうな、そんな状況を想像した。しかし、そうではないらしい。ゆるいらしい。どう、ゆるいのか。

本を読み進めるにつれ、謎が溶けていって、驚きの連続だった。わくわくして、次が読みたくて仕方がなかった。

「えっ、こんな場所があるの?」「こんな考え方をする人たちがいるの?」いわゆる田舎、とひとくくりにできない海部町だけの特徴が、驚きの後「なるほど」と納得とともにやってくる。

その繰り返しが読んでてとても、楽しかった。

論文としてまとめる研究がベースになっているので、著者の思い込みや他の影響する要素は注意深く除いてある。いわゆる自殺が増える要素として知られているものは、他の町と比べても差がないのに、自殺する人が低い。それは自殺を予防する、なにかがあるから。前例がほとんどないらしい、この「自殺予防因子」の研究を著者は進める。大量のデータを調べ、実際に海部町に滞在して聞き取り調査をし、そして明らかになった、「自殺予防因子」は5つ。

  1. いろんな人がいてもいい、いろんな人がいたほうがいい
  2. 人物本位主義をつらぬく
  3. どうせ自分なんて、と考えない
  4. 病、市に出せ
  5. ゆるやかにつながる

…こんな風に列挙してしまうと、当たり前のようで理想のようで、めんどくさそうなんだけど、それをどう海部町では実現しているか、その具体例を読むとほんとにびっくりする。

そして、同時に私はすごく興奮していた。

これって、とても、コワーキングスペースっぽいんじゃないか!いや、なんとなく、私の目指している方向のような気がする。居心地良く思ってもらえるコワーキングスペースの条件って、これなんじゃないだろうか。

  1. いろんな人がいてもいい、いろんな人がいたほうがいい → いろんな人が来るほど面白いから、多様性を認める、むしろ多様性歓迎の空気を持つ。
  2. 人物本位主義をつらぬく → 年齢や学歴、職業や年収で人を見下したり持ち上げたりしない。コワーキングスペースで出るのはその人の「素」だ。
  3. どうせ自分なんて、と考えない → 卑屈になることなく自分をアピールできる場、そしてそれを生かせる雰囲気。
  4. 病、市に出せ → 悩みや大変なことは共有してみんなでなんとかする。
  5. ゆるやかにつながる → うっとおしくない程度に、その場にいる人に常に関心がある状態。挨拶して、なんとなく会話に混ざって。でも作業に没頭してもいい。

もし、そんなスペースが実現できたとしたら、たとえば自殺予防因子がある場として、コワーキングスペースをとらえてもらう。これって社会に存在意義があるんじゃないか。起業とか多様な働き方とかの面だけでなく。

だとしたらすごいよこれは。

ダメ人間のためのコワーキングスペース「ノラヤ」が、とたんに社会的意義を帯びてきた。助成金もらえるかもしれない。


さて、妄想はおいといて。本の内容に戻るけど、著者は調査の結果をこうして著書にし、講演会でも詳しく伝えている。しかし、すでに自殺多発になるようなコミュニティができている地域で、じゃぁどうしたらよいのか。たとえば本文中に出てきた自殺多発地域A町、こちらでは異端を排除する空気、何かしたら近所に噂になって恥、自分の手に負えない時は諦めがちな無力感、などができている。もうずっとそういう町だったのに、どうしたらよいのか。

著者は、最後の章で「明日から何ができるか」について述べている。無力感にさいなまれがちな地域で「海部町のよいところを取り入れましょう」ったって、「自殺多発地域だし」とかえって卑屈になられそうだ。そのあたりの反応ももちろん考慮しつつ(実際に著者は多く経験したのだろう)、いくつか提言している。

そのひとつ、誰でもできることとして『「どうせ自分なんて」をやめませんか』というのが、私は気に入った。本当に自分がどうしようもないささいな存在に思えたとき、そう言ってしまいがちだ。言っても言わなくても変わらないのに。だったら、とりあえずやめましょう。そう言われたら、じゃぁ、やめようかなぁ、と思えてきた。

それから、「幸せでなくてもいい」というのが、前のブログとも関連するんだけど。海部町は自分を幸せだと思う率が決して高くなかったそうだ。幸福でも不幸でもない、そこそこ、が多かったと。大事なのは、今幸福かどうかではなく、なんらかの理由で幸福を感じられなくなった時の対処の仕方ではないだろうか、と著者はいう。なるほど……。これも、楽になれる考え方だ。生き心地が良いためには、金色のおにぎりを食べているような幸福を目指す必要は、別にない。すべての生きる人に平等にやってくる、病気や喪失体験など、不幸や困難を乗り越える考え方ができるか、そしてそれを見守ってくれるコミュニティがあるかどうか。


あとがきは、かなり切ない。

読んでください。オススメ。

2014-11-22

自殺に関する本を読んだ(1)「自死という生き方―覚悟して逝った哲学者」

前に上原隆著の「こころが折れそうになったとき」を読んで、自殺した須原一秀氏に興味をもったので彼の自殺までに書かれた本を読んでみたわけです。

自死という生き方―覚悟して逝った哲学者

自死という生き方―覚悟して逝った哲学者

「かなりしんどそう」と書いたものの、実はちょっと期待もしていた。この本の内容がものすごく説得力あって、納得の行くものであって、「そうか、私も自殺しよう!」という気分になるような、そんなすごい本だったら、それはそれで貴重な読書体験できるな、ってね。

ところが、期待はずれ。

全然違う意味でしんどかった。主張がいちいち、同意できないものばかりだったのだ。中身にすっと入っていけないから、読むのが苦痛でしょうがなくて、読み進むのに時間がかかった。活字嫌いなのでどんな本でもすいすい読めるわけではない。しょうがないから飛ばし読みした。

著者は、この本を通して世間の人に積極的に幸福のさなかで死を選ぶという選択肢があってよい、認めるべき、と訴える。たしかに自殺への世間の目はかなり特殊だ。だが、だからといって著者のように、死にたがりとして生き、自分が絶頂から落ちるだけと悟った時死んで行く、そんなのを潔いとか、あるべきとか、あってよいとか、どうしても思えない。

老衰で眠るように死ぬという自然死が理想と人はいうが、本当に苦しくないのか?傍で見ている分には眠っているようでも、本人はすごく辛いんじゃないのか?という意見については、私も同意する。体が動かせなくて表現もできなくて、意識があるとしたらけっこうきついだろうし、その時が来るのが怖い。苦しみの果てに死ぬなら、自死も含めてあっさり死ねる手段を選んだほうがいいんじゃないか、と著者は言うのだが、そこはやっぱり簡単に結論だせないんだよなぁ。

なんとなく同意できたのはそのあたりぐらいで、あとはなかなかすんなり主張を受け入れられなかった。それは多分、言葉の端々に、偏見や「見下し」が感じられる表現が多いからだと思う。周囲の老人、満員電車に揺られて会社に行くサラリーマン、夫がいないと生活できない家庭の主婦。なんかそういういわゆる平凡でひーこらひーこらと暮らしている、とても私に近い人達を、マイナスの例として持ってくることが多くて、率直に言うと、侮辱されているようでかんじわるいのだ。「こころが折れそうになったとき」でも書かれていたが、須原氏はいつもごきげんにくらし、大学の非常勤講師で家計は火の車だったけど、家庭の迷惑をあまり顧みず好きに楽しく暮らしていたようだ。伊丹十三の言葉として引用されていた「金色のおにぎりをぱくぱくと食べているような」幸せを感じていたのあろう。本の中では家族や周囲の人たちへの「死んだら迷惑だろうか、悲しむだろうか」という思いやりはほとんど感じられなくて、むしろ家族を泣かせても信念を貫くのが武士道、自分の自死は武士道にもとづいている、とばっさり。はぁそうですか、ひとを見下して、周囲へのおもいやりもなくて、自分は幸せいっぱいで、死ぬなら、勝手にしてくださいよと言いたくなってしまう。

著者のもくろみと逆に、死にたくなくなりました。あたしはこんなにいろんな苦労も困難も抱えてるんだから、死ねませんよと。

そして思ったのは、幸せすぎて「極み」に達してしまうのもまた、どうなんだろうなと。もしかして自殺と、本人が幸福かどうかって、そんなに関係なかったりして。

そう思ったら、次に読んだ「生き心地の良い町」に、関連することが書いてあったのですよ。

長くなったので、「生き心地の良い町」のレビューは次に。

生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある

生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある

2014-10-17

家計簿つけるのやめたら、二度と再開できなくなってしまった件

2008年からコツコツコツコツコツコツ、記録しつづけた家計簿を、ふと、やめてしまいました。

もう、数ヶ月になる。

まずは、一ヶ月、やめてみようかなと思ってやめたら、再開する気にならなくて、困ってます。このままでいいのでしょうか。

やめてみた理由は下記の通り。

1. めんどくさい

家計簿をつけるためだけに、レシートをもらい、財布がふくらんで見通しが悪くなるのも面倒。

レシートのない買物の場合はいちいちスマホを取り出して記録しなければならないのも面倒。

一定時間を費やして膨大なレシートをいちいち家計簿に入力するのも、面倒。

そしてその結果、使途不明金が出て、「んーこれ何に使ったっけ、こんな金額無くなるわけないんだよな…」と脳みそ絞って、思い出せばいいものの思い出さない時の罪悪感が、めんどくさい。


2. 値を把握するという意味では既に役割を果たした気がする

いつまでもデブと思うなよ」という本をご存知でしょうか。それにしたがってレコーディングダイエットやったことがあるのですが。

方法としては、まず食べたものを記録。次にカロリーも記録。その次に摂取量を気にしてみる。最後には、記録しなくても摂取量を把握できて自分が今日食べて良い量が、しぜんと自覚でき調整できるようになるのです。これは実際やってみて、そうでしたね。

家計簿も似たようなところがあると思います。

支出が多すぎるのを気にするなら、そもそも物の値段がわかっていない状態で買物している可能性が高い。家計簿つけはじめの私はそうでした。手にとったものが高いのか安いのかわからない。季節商品の値段の推移もわからない。だから、まずは、物の値段がわかるように家計簿をつける。そういう役割もあったと思うんです。そんで値段がだいたい頭に入った所で、この商品は安いか高いか、チラシの特売品のためにわざわざバイクででかける必要があるかなど、判断ができるようになります。

というか、普通の主婦のひとは当たり前にそれができているんですね。素晴らしい。

5年くらい家計簿をつけ続けて、ふと、もう価格の把握できてるな、私…と、思ったのでした。


3. 貧乏が辛い

私、いつからこんなに貧乏になったんだっけ…………

ふと、前回のブログを書いていて思ったのですよ。

東北大学を出て、就職して、結婚して、共働きして、出産直前までは、たしかに「貧乏」ではなかったと思う。標準よりちょっとお金ある方だと思っていた。

出産して自分が育児に専念すると、お金がどんどん減っていって、貯金が底をつきそうになった。それでも全然「貧乏」という自覚はなかった。子供が小さい時に貧乏の自覚があったら、あんなに気軽にタクシー乗っていなかった。育児ストレスにプラス貧乏ストレスということになるから、あの頃は自覚がなくてラッキーだった。

それから再び働き出したけど育児を優先せざるを得なくて、全然前と同じようには働けなくて、そうこうしているうちに年収は減り続け、今年はついに100万切りそうだ。息子にもどんどん金がかかるようになってくるし、真のビンボーライフはこれからだ。

そう思ったら、現実を直視したくなくなった。


だって……………………結局ね。

家計簿つけて、価格を把握して、そんで今月こんなに使った!やばい!とかわかるじゃないですか。

でも、どんなにがんばっても食費も雑費もなにもかも、減らないんです。気をつけてもスーパーの安い日狙っても、根本的解決にはならない。大根198円が178円になるのは嬉しい。もやしが38円なのが28円なのも嬉しい。けど、そんな十円レベルをいくら積み重ねようと、変わらないんですよ。ちりも積もれば、って思って安いの狙うけど、実際は何だ結局貧乏だよ。って、思うわけです。


そして、辞めてみて、まぁ1ヶ月くらいで再開しようと思っていたんですけど、まったく再開したくなくなってしまった。

「家計簿をつけて家計を把握するのが基本でしょーが」と、何年も鼻息荒く語っていた私だが、実は、それぐらい、家計簿つけるのが嫌だったんだ。

そうだ、本当は、家計簿つけたくなかったんだよ。6年目にして自覚。


…さて、どうしたらいいでしょうね。

せめて通帳の残高を…とか、大きい金額のものだけでも…と、時々思い立つのだけど、やっぱりめんどくさい。

めんどくさいものは一生めんどくさい。

だから、できない。


困ったね。

2014-10-13

「実践 料理のへそ!」小林カツ代

誰かとご飯を食べるのがデフォルトになってしまうと、ぼっち飯って、なんて幸せなんだろうと気づく。

特に、自分のために作って自分で食べる、ぼっち自炊飯とでも言おうか。

自分の好きなものを、自分のためだけに作る。

スマホをいじったり、PCの画面を見ながら上の空で食べるような人のために、料理するのでは、ない。義務感でごはんがあるから食べるというような人もいない。

そこには、その料理を心から待ち構えている最愛の自分しかいないのだ。

これほどやりがいがある料理があるだろうか。


それで、この本。

実践・料理のへそ! (文春新書)

実践・料理のへそ! (文春新書)

著者の小林カツ代さんは言わずと知れた料理研究家。家庭の昔ながらの料理のレシピを数多く生み出してきた。今年1月、惜しまれて亡くなった。

特にそう書かれていないんだけど、この本に出てくる料理は基本「ぼっち自炊飯」だ。

がーっと作れて、間違いなく満足。量は1人か2人分。

新書だから、一般的レシピ本とは違う。文章だけで畳み掛けて写真はない。イラストもほんの数点。だから料理の初心者にこれを見て「作れ」と言っても無理だと思う。しかし、ある程度経験詰んだ人なら、間違いなく「ああっ作りたい!」と、なると思う。

なにしろ全文喋り言葉で、すごい勢いで、話しはあっちゃこっちゃ脱線しつつ、どんどん料理が説明されていく。レシピ本に必須の量や時間やテクニックはすべて、擬音だ。

「ピャ〜ッ」「カペーッ」「シャッシャッシャッ」「コトコトコトコト」「エイヤーッ」「ムニュムニュムニュ」

でてくる料理がまた、うまそうなのだ。たまらん。冒頭なんてただの、ごはんだ。塩かけごはん。それでも。

一人で食べる贅沢、というのがあります。

すわ、炊きあがった!という電気釜の蓋を開ける。一気に湯気が上がる。すかさず、その炊きあがったご飯の表面をしゃもじでピューッと取る。削ぐように。ちょうど、子供の描く「ワァー」と笑っている口に似た形に取れますよ。これを茶碗によそい、塩を降って食べる。他にな〜んにもいらないくらい美味しい。

いますぐ、ごはんを炊いて塩をかけて食べたくなってしまう。

春菊は茹でるばかりが能ではありません。根っこを持ってシャッシャッシャッと洗ったら、根っこを切り落として、油で焼くように炒めると美味しいです。塩をパラパラ、レモンをジュッ。あるいは醤油をチョッ。緑のものを油で炒めると、ビタミンAの吸収がよくなるらしいし。

昔、神戸に住んでいたとき、好きなお好み焼き屋があって、お好み焼きはいとまずく、焼きソバはいとうまし、でした。その焼きソバが春菊とキャベツが焼き付けるように入っていたんです。

春菊を焼き付けるように炒めた、こおばしい香りが漂ってくる。

もやしは賢い!とか、梅干しは偉い!とか、きのこは楽!とか、栄養価云々より直感的表現が多い。

断じて高級料理風オムライスは間違っているっ!ね?

というふうに、いきなり断じたりする。ね?って言われましても。でも気持ちはわかる。

家庭でやるとめんどくさいことは、「やらなくていい」と、ばっさり。料理の常識といわれるセオリーもすごい勢いでぶっとばす。

出汁を取る時の昆布は煮立ってもいい、かつお節はギューッと絞る。普通、煮立つ前に昆布は取り出し、かつお節は絞ってはダメ、というのに。

道場六三郎さんの言葉として引用しているけど、

だしを取った後の昆布を何かに使えないか、と人は言う。でも、何かにして美味しいぐらいだったら、だしがちゃんと出てないということなんだけどな、と。同感!

という一文は、気が楽になった。だしがらの昆布、真面目に冷凍してとっておいて佃煮にしたこともあるけど、結局そんなにおいしくないし食べないんだもんね。

パラパラっと書いてあったら、パラパラッ、ピャーと書いてあったらピャーと垂らして、あっという間にできるおいしい料理。じっくり時間をかける料理も出てくるけど、多くは、自分のためだけに作りたい、一人で食べて「ああうまい!」と思えるものばかり。

仕事をしている人なら、疲れて帰ってから「ああ、あれを作ろう」と思うと元気が出るような。

家庭の主婦なら、「そうだ、今日の昼は一人であれを食べよう」と思うと、しんどい家事も少しはがんばってできるような。

そんな料理が一杯。ふらりとコンビニに寄れば住む昨今だけど、自分のために自分が料理して、ちょっと幸せになりたい。そういうときも、あるよね。

私はこの本を読んで、安い刺し身を漬けにしたり、インスタントラーメンのためにもやしを買ってきましたよ。空腹時には読んでしまわないよう、注意。

2014-10-06

「こころが折れそうになったとき」上原隆

こころが折れそうになったとき

こころが折れそうになったとき

悲しさと苦しさを、ふっと和らげてくれた本。

これはすごい本だ。

すごいと言っても魂を揺さぶられるような感動はないし、どちらかというと静かに重たい衝撃の連続だ。

私のように「自分を砂粒のように感じた」ことのある人には、手にとって欲しい。多少哲学的な深い思考が苦にならない人なら、なお、おすすめ。


なぜか2冊あったのだ。ノラヤに。なんだよ、弟のやつ間違ってよこしたなと思った。スピリチュアルのような自己啓発のようなタイトルに、私の嫌いな系統の生き方指南本かと、避けていた。だが2冊もあるというのは何か理由があるのかもしれないと思い、読み始めた。

内容は全然違った。著者がたくさんの人達に出会って、話を聞いて、その物語を書いたものだった。

著者の上原氏は、これまで300人以上の人たちから話を聞いてきたという。帯にはこう書かれている。

困難に出会い、自分を砂粒のように感じたとき、人はどうやって自分を支えているのだろう。

「自分を砂粒のように」という表現が的確すぎて胸に刺さった。自分には何の価値もない、とか、誰にも愛されていない、とか、なにを生きがいにしたらいいかわからない、生きていて何が楽しいかわからない、自分なんていなくなってもいい気がする………そういう気持ちを抱いてこの世の片隅に存在しているとき、存在価値がしゅうっと縮まって、砂粒のような心持ちになる。

この本にはそんな人たちがたくさん出てくる。上原氏は彼らに会いに行って、話を聞く。質問をしてことばを引き出す。えっ、そんなことまで聞くの、と、読んでいるこちらが慌てそうなことも。

上原氏の姿勢はずっと謙虚で、眼差しはあたたかくもつめたくもない、常温の水のようだ。自分の気持ちを述べて、相手から引き出された言葉を勝手に曲げたり深堀りして解釈するのではなく、そのまま、その言葉に心をうたれたことを、ストレートに文章にしている。だからこちらも、相手の言葉が水のように滲みこんでくる。困難にあった人間の言葉だから切実だけど、素直に響く。

読んでいて一番衝撃だったのは、須原一秀氏についての章。須原氏は『自死という生き方』という本を書いた哲学者だ。自殺をやむなく行ったわけではなく進んで幸福の頂点で実行するという形もある、と何人かの自殺者をとりあげて、なんと自分自身も自殺してしまう。その過程も本になっているというのだ。

そんな風に死なれたら、自殺が幸せな形だなんて言われて死なれたら、家族はどう思うだろうか。上原氏は須原氏の家族と、いちばん最後まで立ち会った人に会いに行くのだ。

この人達の言葉が、本当に、なんていうか、「なま」。こんな困難に巻き込まれて、それでも生活し、人生は続く、その日々を過ごした実感が込められている。生きるのって、こういう言葉を伝えられるからなのか、と思ってしまう。自死についての是非は、もちろん上原氏は一切言及しない。そして最後にこう述べる。

私は、その人ならではの個別の心のひだに心動かされている。同時に、それがもうこの世にないのだという思いに襲われて慄然としたのだ。

個別のひだは、この世にそれしかない唯一のものだ。死とは唯一のものが永遠に失われることだ。そのことに私は不可解な感じと畏れを感じているのだと思う。

なんで人の死が悲しいのか、についての、腑に落ちる答えだと思った。


須原氏の家族と同じように、途方にくれるような出来事や、困難に出会った人は、どうしているのか。多くの話を読んでいくうちに、ふと気づいた。

生きていくには、前に進むためには、希望や明るい未来がないといけない。いつか幸せになれると信じて進まなければいけない。

苦しくても、希望をみつけよう。目標をみつけよう。ささやかな楽しみをみつけよう。暗闇の中に一条の光を見出して前へ進もう。

そのような考えは、一般常識のように我々を支配している。

でも、実は、未来も、希望も、楽しいことも何もなくても、人って生きていけるんじゃないか。

「仕方なく生きている」でも「生きていかなければならない」でも、ない。単に「生きていける」。

だから夢や希望を無理矢理決めたり、創りだしたりする必要もないんじゃないか。空虚な、かなうはずもない望みを設定して、それに向かって地に足のつかない歩き方をするより、たとえ明日が今日より良くならなくても、体を傾けたら勝手に足が出る。その一歩が本当の強さなんじゃないか。

そう思った。

そう思ったら、夢も希望も明るい未来もないのを、嘆くことはない。なぁんだ、そんなもんなくてもいいや。ちゃんと生きていけるんだ。と、気分が楽になったのだ。


一度ぱたんと閉じてしまうと、なかなか再度開きづらい。

それぐらい、ちょっと内容は重い本だ。

でも、また時々読み返そうと思った。


さらに、須原一秀氏の本も読まねばと思って、図書館で予約した。かなり読むのしんどそうだけど。

自死という生き方―覚悟して逝った哲学者

自死という生き方―覚悟して逝った哲学者

上原隆氏の本もいろいろ読んでみたいと思って予約している。