2007.7.4「Newsweek 日本版」

Newsweek 日本版」2007.7.4にZARDに関するコラムが載っている。坂井泉水さんが亡くなった直後に書かれた追悼文のひとつだが、読んだことがある人はあまり居ないと思うので紹介しておきたい。


著者は一橋大学准教授の肩書を持つコン ヨンソクさんという方である。https://resdb.ad.hit-u.ac.jp/rd/search/researcher/2cb345150974f33338a33ee9e245ef8c/index-j.html 


まず「ZARDとともに散った日本的青春の美学」というややセンセーショナルな響きのタイトルの趣旨を測りかねて戸惑ったが、読んでみるとその意味がわかる。これは坂井さんへの追悼文でもあるが、「日本的青春」の喪失を論じた一種の世代論、文化論でもあって、それが私には興味深かったのである。以下、私なりに要約してみる。

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ZARDが表現したのは「放課後の部活、西日に照らされた帰り道、初めての待ち合わせのときめき、そして「永遠」を信じること・・・」といった青春の情景だった。そして「君に逢いたくなったら・・・その日までガンバル自分でいたい」(コンさんがいちばん好きな歌詞だそうだ)に見られる「会いたい気持ちをエネルギーに変える「ストイックの美学」。歌の中にあるそんな「いちずさとひたむきさと謙虚さ」こそ、「日本の青春文化の基本精神だった」のであり、ZARDには「青春の世界が体現されている」のだ。


さらにZARDは「あなた」に替わって「君」という2人称を定着させ、「男女の対等性と女性の積極性という90年代の時代精神をも表現」することで「青春文化に新しい地平をも切り開いた」のである。


しかし、「最近、青春という2文字を聞く機会が減った」。「社会の閉塞感、ネットと萌え系への逃避、いじめや自殺や他殺に走る若者たち、社会や世界への無関心」といった現象は、この「青春の喪失」と無関係ではなさそうだ。「戦争を知らない子供も怖いが「青春を知らない子供たち」はもっと怖い。」。


人生はテレビドラマみたいにドラマチックではない。「太陽と青い空と平凡な生活、それがかけがえのない日常だと気付くことが、青春」なのであって、シニカルに構えて「生きる意味」なんてないと結論づけるには早すぎる。


韓流に惹かれるのは日本で失われかけた青春がまだそこにはあるからで、「日本人は青春を必要としている。」ことを示している。このままでは「人々の心の渇きは満たされない」だろう。今の日本に必要なのは「青春大国・日本」の再生ではないだろうか。


そしてコンさんはこう結ぶ。
「負けないで」という歌から力をもらう、そんな素朴な日本人が僕は好きだ。また1人青春のシンボルが散っていったが、希望を失わないことが青春だ。それを教えてくれたZARDよ、永遠に・・・そしてありがとう。」。


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真っ直ぐな気持ち、熱い心。そうした「青春」への坂井さんのメッセージはいろいろな歌に表れている。たとえば、
少年の瞳を ずっと忘れないでね(不思議ね…)
熱い君を見てると 嬉しくなる(遠い星を数えて)
カッコいいことって カッコ悪いよ(同)


確かに、「世代」として見る限り、若い人たちは私たち団塊とはずいぶん違うと感じることは多い。けれどもまた、個々人レベルではそれほど変わっていないとも思うのだ。


コンさんは日本の「青春文化」を体現したZARDへの哀惜の思いとともに、今、日本から「青春文化」が失われようとしていることを憂慮する。しかし、諦めてはいけない。それを教えてくれるのがZARDではないのか。だからこそZARDは永遠なのだ、と。
私はこの言葉に共感を覚えた。