祝!日本記録更新!

moriyasu11232009-10-19

昨日(18日)、横田真人選手(慶大)が、800mで待望の日本記録更新を果たした。
本人ブログおよび寺田さんサイトに詳細(写真は寺田辰朗氏提供…ありがとうございました)。

日体大最終フィールド競技会 男子800m決勝
1位 横田真人(慶大) 1:46.16(PB&日本新
2位 口野武史(富士通) 1:46.71(PB)
3位 宮崎 輝(自体校) 1:48.37
4位 牧野康博(順大) 1:48.62

横田選手は、400〜600mでラップを落としてしてしまうという課題を、ペースメーカーをうまく使って押し上げ(27.0前後)、ラストも上手くまとめてフィニッシュできたようである。ちなみに1週間前の筑波大競技会(1:47.50)では、400〜600m に28.1秒を要している。
強化スタッフとの事前打ち合わせでは、400m通過が51秒台後半、600mが1分18秒台後半というペースメイクで話がまとまっていたようだが、実際の先頭通過は、200mが24"4、400mが51"0、600が1'18"2だったとのこと。
ほぼ完璧なペースメイクである。

設定通りに行ってくれたので、あとは追うだけでした。僕の前にいた中村君(中村康宏・筑波大)が良い形で走ってくれたので着きやすかったですね。頑張っている感じの走り方ではなく、良いリズムで行ってくれたので。ラスト200 mでもリラックスできていたので、もう大丈夫だなと(日本新というよりも最後まで行けるというニュアンス)。(…)
ペース自体も大事ですが、僕にとってはリズムも大事なんです。あんまりガムシャラに行かれるよりも、800 mのリズムというか、400〜600mのイメージしやすい走りの方が、こちらも走りやすい。ラストのようなバタバタした走りだと、僕の走りが崩れるわけではありませんが、僕も同じリズムで走りたいので。
(寺田的陸上競技WEB「レース後の一問一答」より抜粋)

今回の陰の立て役者である、500mまで引っ張った堤大樹選手(アコム)と、640mまで引いた中村康宏選手(筑波大)の両ペースメーカーにも敬意を表したい。
横田選手は、7月に行われたユニバーシアードベオグラード大会で、1位と僅か0.06秒差の4位に入賞している。

ユニバシアード 男子800m決勝
1位 Moradi Sajad(IRI) 1:48.02
2位 Nava Goran(SRB) 1:48.06
3位 Pecanha Fabiano(BRA) 1:48.07
4位 横田真人(JPN) 1:48.08

優勝したMoradiは1:44.74、3位のPecanhaは1:44.60のPBを持つ選手である。
この二人は、世界陸上ベルリン大会の男子800m予選1組でも同走している。結果は、Moradiが1:47.68(4位)で予選敗退(北京五輪では準決勝進出)、Pecanhaは1:46.68(3位)で予選を通過している。
奈良インターハイの折、選手勧誘に訪れていた横田選手から直接話を聞く機会を得たが、決勝で彼らと走ったときにPBの差ほど力の差を感じなかったという(詳細はコチラ)。
その後もさらに調子を上げて、9月のテグ国際では2年ぶりの自己ベスト更新(1:47.04)。
46秒台突入は、レースにさえ恵まれれば時間の問題であったが、今回の結果は45秒台をも予感させるに十分なものであると言えるだろう。
学生最後のシーズンで、日本記録世界陸上B標準突破に相当する記録を出せたことの意味は大きい。

日本記録保持者になれるとは思っていなかったので…。まさか、今年中に行くとは考えていませんでした。(2007年に1分47秒16を出した後)2年間伸び悩んでいましたし。でも、1分47秒台が最近コンスタントに出せるようになってきたので、1分46秒台も時間の問題だという意識はあったんです。今日も、1分46秒台前半を出すつもりではいました。出たら出たで実感がわかないのですけど…。でも、自分がやってきたことが正しいのかな、という思いも込み上げてきましたが…。
(寺田的陸上競技WEB「レース後の一問一答」より抜粋)

日本陸連の中距離ブロックでは、今回のような記録を狙うレースのみならず、学生&実業団選手および強化指定選手の合宿等を設定して質の高いレース&トレーニング実践の場を提供するとともに、科学的な分析結果&強化方針等についても様々な機会を捉えて選手達に伝達してきた。
今回の日本記録更新は、もちろん選手の日々の弛まざる努力の結果であることは言を俟たないが、陸連強化&科学スタッフによる地道な活動の成果といっても差し支えないと思われる。
ちなみに、日体大競技会の前日(17日)に行われた実業団・学生対抗陸上においてもPBが続出している。

実業団・学生対抗陸上 男子800m決勝
1位 口野武史(富士通) 1:47.61
2位 牧野康博(順大) 1:48.53(PB)
3位 堤 大樹(アコム) 1:48.84(PB)
4位 岡 昇平(順大) 1:48.90(PB)

春先から不振にあえいでいた口野選手も、ここに来て調子を上げてきており、2日続けてのPB更新&47秒突破である(おめでとう!)。
横田選手ともども、アジア選手権が楽しみである。
また、2日連続で48秒台をマークした2006年インターハイ3位&国体2位の牧野選手も、大きなケガのブランクをバネにした飛躍を見せている。
さらに、日体大競技会で横田選手を引いた中村選手(先週、1:48.50のPBをマーク)と、実学対抗でPBの4位に入った岡選手は、ともにまだ大学1年生(昨年のインターハイでのワンツーフィニッシュコンビ)。
実はこの二人、今年のゴールデンゲームズにおいてペースメーカーを務めている(500mまで中村選手、700mまで岡選手)。

興味深かったのは、ペースメーカーを務めてくれた学生選手たちが、皆一様に「(レースを外れたときには)まだ余裕があった」とコメントしていたことである。
この「余裕」が、ほんとうに最後まで走りきれるくらいの「余裕」だったのか、途中まで引っぱればよいという役割であればこその「余裕」だったのか…今となっては検証しようもない。
ただ、五感(五官)を総動員して「速すぎず遅すぎずのペースで、決められた場所まで引っ張る」という役割を確実にこなそうとした結果が「余裕」につながったといえそうな気はする。
言い換えれば、最後まで「余裕」を作ろうとした結果、適切なペース設定やレースからの抜けどころの見極めに成功したということになろうか。
いずれにせよ、彼らのレース後の話っぷりからしても、今回の経験が少なからず自信につながっていることは間違いなさそうである。
考えてみれば、これだけのプレッシャーとアドレナリンを同時に感じられる機会は、普段のトレーニングで意図的に作り出せるものではない。
そして、世界で活躍している一流の中長距離選手の多くが、ペースメーカーとして活躍?していたキャリアをもつのもまた事実である。
「ハイペースのなかで余裕を作る」ために行うトレーニングの神髄は、こういう経験のなかにこそあるのかも知れない。
(2009年6月2日 拙稿「ゴールデンゲームズ in のべおか」より抜粋)

日本歴代10傑を概観すると、ほとんどが海外で出した記録であると思われる(違ってたらすみません)。
これまで、国内レースは勝負重視、記録は海外レースで狙うという雰囲気があったが、近年は若手選手を中心に積極的にペースメーカーを務めながら引っぱり合い、高いレベルで国内レースが展開されるようになってきている。
そして今回、「条件」さえ整えれば、国内レースでも記録を出せるという至極「当たり前」のことが証明された。
「当たり前」と言っておいてなんだが、ここでいう「条件」とは、選手個人や競技場のコンディション、ペースメーカーの有無だけではない(それも大事ではある)。
最も重要な「条件」とは、個々の選手が「自分のパフォーマンスを高めるためには、まずライバルのパフォーマンスを高めることが必須である」ことを理解し、その「敵に塩を送る作戦(別名「情けは人のためならず作戦」)」を具体的実践に移すことのうちにある。
一昨日までの日本記録は、1994年に小野友誠氏がマークした1:46.18。
15年ぶりの更新である。
ちなみに、小野氏が森本葵氏の日本記録(1:47.4)を破るまでには30年の歳月を費やしている。
30年、15年ときて次は7年半……よもやそんなことにはならないとは思うが、若手選手達には、ペースメーカーを積極的にこなしながらレース感を磨き、横田選手、口野選手を安心させることなくガンガン脅かしていってもらいたい。
何はともあれ横田選手、そして平田部長をはじめとする陸連中距離ブロック関係者の皆様、お疲れ様でした&おめでとうございました。