神取道宏『ミクロ経済学の力』

 勉強のために話題のミクロ経済学の教科書を読みましたが、確かにこれはいい教科書。
 正直、文系だった自分にとっては式の変形とか定理の証明とかの部分でついていけない部分もあるんですけど、いくつかの部分で今まで無味乾燥な数式に見えなかった部分が、実際の経済とリンクしていることが実感できました。


 今まで、経済学の教科書的な本はいろいろと読んだことがあって、『マンキュー経済学 ミクロ編』や八田達夫ミクロ経済学Expressway』といった部分均衡分析をメインに据えた本は理解できました(いわゆる需要と供給のグラフで説明しているやつ)。
 ところが、飯田泰之『飯田のミクロ』のように、一般均衡分析をメインに据えたものは、そこでこねくり回されている数式が現実の経済とどうつながっているのかがいまいちよくわからない。こういう人は他にもいるのではないでしょうか?


 この本のよい所は、初心者にはあまりに抽象的に思える数式やグラフをきちんと現実の経済と結びつけているところです。
 個人的に一番、「おおっ!」と思ったのが平均費用と限界費用の説明。「限界費用とは生産物を1単位増やすために必要な費用である」、この考え方はわかります。そして農業なんかでは土地の広さが一定であれば、いくら手をかけてもだんだんと資源の投入に見合った収穫は減っていくというのもわかります。
 ただ、そこからミクロ経済学では当然のようにきれいなグラフを書き出すわけですが、そこで個人的には「現実の企業はそんなきれいグラフに直面しているの?」と疑問が出てくるわけです。けど、普通のミクロ経済の本ではそれは「お約束」のようなものだとして先に進んでしまいます。
 

 ところが、この本では113ー115pにかけて、その平均費用や限界費用の曲線を東北電力の費用曲線を例にして見せてくれます。著者も「現実の企業の費用曲線が載っているものを著者は見たことがない」と述べていますが、それを実際に数字入りで見せてくれているのです。そして、それはかなりきれいなグラフになっています。
 もちろん、きれいにグラフになるような企業を選んでいるのでしょうが、それにしても実際に数字が入るとここまで実感を持って理解できるものなのかと思います。
 

 また、ゲームの理論についても非常にわかりやすく解説されていますし、情報の非対称性の問題も簡単ながら触れられています。この本を読めば、現在のミクロ経済学がどのような問題に取り組んでいるかということもある程度わかるでしょう。
 終章の「最後に、社会思想(イデオロギー)の話をしよう」の部分に関しては、著者が持ちだしている論拠の一つのクズネッツ曲線が、ピケティによって否定されたために、「改訂版を出すときにはどうするんだろう?」と思いましたが、ここはおまけ的な部分ですし、とにかくミクロ経済学を学ぶにはいい本ではないかと思いました。


ミクロ経済学の力
神取 道宏
453555756X


 ただ、全く経済学を学んだことがない人は、やはり『マンキュー経済学 ミクロ編』や八田達夫ミクロ経済学Expressway』あたりを先に読むべきだと思います。

マンキュー経済学 I ミクロ編(第3版)
N.グレゴリー マンキュー N.Gregory Mankiw
4492314377


ミクロ経済学Expressway
八田 達夫
4492813020