国書刊行会<ドーキー・アーカイヴ>シリーズの第5弾『さらば、シェヘラザード』は、第4弾のマイクル・ビショップ『誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?』に引き続いての作家(ライター)主人公に据えたメタフィクション。『誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?』では、勝手に文章を書いていくタイプライターが登場しましたが、この『さらば、シェヘラザード』に出てくるのは「書けない」ポルノ作家。締め切り間際になっても「書けない」作家が七転八倒する話です。
作者は、僕は名前くらいしか知らなかったのですが、アメリカ・ミステリ界の巨匠とも言われるウェストレイク。実はウェストレイクはデビュー前後に変名でポルノ小説を書いていた過去があり、その経験が投影されています。
主人公のエドウィンは、大学時代の友人のロッドから、自分の書いているポルノ小説をかわりに書かないかと持ちかけられ、ロッドのゴーストライターとしてポルノ小説を書いています。1月に1冊、長さは5万語で1章は25ページ5千語(英語では15ページ。翻訳はそれでは無理なので25ページと設定を変えてある)で10章構成、1日章書ければ10日間で書き上げることができます。
しかも、主人公に言わせればポルノ小説は、「小さな町の若者が大都会に出ていろんな人とセックスする」、「小さな町の娘が大都会に出ていろんな人とセックスする」、「第1章の主人公の相手が第2章の主人公となり…というのを繰り返す」、「退屈した夫婦を夫と妻のそれぞれの視点から1章ずつ描く」といった4パターンの変奏であり、1章ごとにベットシーンを1回ずつ入れれば完成するというものです。
ところが、主人公は書けないのです。
どうしても書けないので、仕方がないから思いついたことをタイプして、そこから何とかスランプ脱出の糸口を探ろうとするのですが、出てくるものは愚痴混じりの自伝のようなものです。そこで、これは廃棄され、また第1章から書きだそうとするのですが…。
この主人公の行為をこの小説はトレースします。この小説のは普通のノンブル以外にも上部にかかれている小説のノンブルがふられています。
この小説では、150ページすぎまで上部のノンブルは1〜25を繰り返します。つまり第1章が廃棄されると、ノンブルは再び1から始まり、第1章が難度も繰り返されるのです。
この悪戦苦闘ぶりと、どうやって第2章に進むのか、さらに章が進むと主人公の身に何が起きるのか、といった部分がこの小説の読みどころです。
ホラーテイストの強かった『誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?』に比べると、コメディタッチの作品ではあるのですが、後半はやや苦い感じもあります。
メタフィクションというと身構えてしまう人もいるかもしれませんが、さすがミステリ界の大御所というだけあって読みやすく物語を引っ張る力があり、それでいて小説でしか表現できない世界をつくり上げている小説ですね。