Sokraton日記 RSSフィード Twitter

2018-11-17 『私の仲間たちの生き物に対して…よいことをしてやれなかった』

『私の仲間たちの生き物に対して…よいことをしてやれなかった』<2018年11月17日(土)>

 ダーウィンは後悔している。「私の仲間たちの生き物に対して…よいことをしてやれなかった」と。『筆洗』(181117)は『ベスト・ワン事典』から紹介している。そして、世界自然保護基金が最近発表した「リポートによれば、地球が『大加速時代』に入っているのだという。人口、水やエネルギーの利用量、漁獲の量、消失した熱帯雨林の広さなど、環境に厳しい多くの要素がそろって、過去にない急な右肩上がりを示している。野生生物の急減はその結果だ。・・・これまでの不明を反省しつつ、加速すべきは危機意識だとわが身に言い聞かせる。

 (JN) 自分が生きている間に種の絶滅はどんどん続くのであろうか。身近なところで、自分が生活していく中で、生き物は本当に少なくなった。良い悪いは別にして、蠅や蚊が本当にいなくなった。昔は蝶々や蜻蛉は沢山いた。夏の蝉はもっと煩かった。蛍はどこへ消えた。昆虫はきりがない。蚯蚓土竜、蛇はどこへ行ってしまったのか。大体、土の露出がなくなった。自宅から職場までの通勤路では土を踏むことがない。自然は人工的なものに覆い隠され、息ができないのではないか。この自然破壊は気候不順に関係してくるのか。自然からどんなお返しが来ようか。人間が俺様ファーストを続けるとどうなっていくのか、わかっているけど、止まらない。

f:id:morningstar:20181117151630j:image

2018-11-16 『「ピーターの法則」を思い出す』

『「ピーターの法則」を思い出す』<2018年11月16日(金)>

 「世の中の組織のあらゆるポストは無能な人間で埋め尽くされているという説がある」。『余録』(181116)は閣僚たちを見て「ピーターの法則」を思い出す。「ピラミッド型の組織の成員は有能ならば上のポストに昇進する。だがそのポストで有能でなければ出世は終わる。人はそれぞれ無能になるレベルまで昇進し、その結果、組織のポストはすべて無能な人間が占めてしまうというわけだ。それで組織は動くのかと気になるが、仕事はまだ無能レベルに達していない人がやるから心配無用という」。五輪担当相や地方創生担当相・・・「まだ無能レベルには至らない下僚頼りの『適材適所』だ」。

 (JN) 今の首相にとって閣僚たちは、全てが優秀である必要はない。首相に逆らわない人が「適材適所」である。その人が、頓珍漢でも構わない。否、その方が委員会での時間をつぶすので好かろうか。ただ不正があると面倒である。これは適材ではないなと思われたら、辞職を要求されるだろう。多くは、優秀な人材と思われ議員になったものであろうに、なぜにこうなるのか。出世とはこういうものか。我々は、知らぬ間にこの社会において、「適材適所」に押し込まれていくのであろうか。ところで、この人事を決めた方も、やはり「適材適所」なのだろうか。ピラミッド型の頂点が、これで良いのであろうか。

f:id:morningstar:20181116132946j:image

2018-11-15 『「ゆるキャラグランプリ2018」の組織票を・・・』

『「ゆるキャラグランプリ2018」の組織票をどう考える』<2018年11月15日(木)>

 「投票のためのフリーメールアドレスを約二万登録し、職員に割り振って投票させていたらしい」。『筆洗』(181115)は「ゆるキャラグランプリ2018」の組織票を思う。作家の山本一力さんは家族組織を使って、本の売り上げを伸ばそうとしたとか。書店で「それぞれが店員にむかって大きな声でこう尋ねる。『山本一力の本はありますか』」。「ゆるキャラグランプリ」の方は、市職員の二万件の組織票。「関係者の必死の形相と地方の苦悩が潜んでいることを思えば、見ていて切なくもなる」。

 (JN) ゆるキャラが有名になると、そのグッズが売れる。地域振興に一役ということか。市の職員は大変である。何とか優勝を取るために、できることをする。でも、組織票で取ったその地位は、本当に素敵なゆるキャラなのだろうか。どれも楽しいゆるキャラゆえ、なんとも言えない。地域振興のために、これが良いことなのか。ふるさと納税も、激化して、国が口を挟むようになる。地方の生き抜く道は、こういうことをすることであったろうか。地方創生担当大臣は、如何お考えであろうか。

f:id:morningstar:20181115180058j:image

2018-11-14 『翔平の2年目は?』

『翔平の2年目は?』<2018年11月14日(水)>

 大谷翔平選手お活躍に来年は「ソフォモア・スランプ」ならぬか、『筆洗』(181114)は思う。米国では、大学二年生は「SOPHOMORE」と表現する。「一説によるとギリシャ語の賢さ(SOPHO)と愚かさ(MOROS)を組み合わせた言葉らしい。賢さで成功するか。愚かな失敗をするか。・・・『一番難しいのは継続することだ。去年できたのだから、またできると知らぬ間に気が緩む』。かつてのドジャースの名将ウォルター・オルストンの野球格言。世界一の野球選手を目指し、『賢さ』を選ぶ若者には不要な助言だった」。

 (JN) 2年目は自他ともに期待するゆえ、やりがいがあるが結果が出せるかどうかはわからない。大谷選手は常に進化をするので、私は心配していない。彼の挑戦する意欲はどのように培われてきたのであろうか。天性のものがどこまであり、育ってきた環境はどのようであったのだろうか、そこが知りたい。彼は、常に目標を高く持ち、進化していくのであろう。でも、ひょっとしたら、2年目はやはり「ソフォモア・スランプ」かもしれない。トリプルスリーの成績を出すが、彼の能力では不満足な結果となるかもしれない。期待をするのは自由だ。とにかく、また春から気持ちよく芝生を駆け抜けよ、翔平!

f:id:morningstar:20181114141008j:image

2018-11-13 『歴史にこだわるのは非建設的だろうけれど、忘却が・・・』

『歴史にこだわるのは非建設的だろうけれど、忘却が好ましいわけではない』<2018年11月13日(火)>

 「古い悪魔が再び目覚めつつある」。『春秋』(181113)は、11日、第1次世界大戦終結100年記念式典でのエマニュエル・マクロン大統領の発言他について思う。「大統領のことばにはいささか違和感をおぼえる。ただ、・・・心配はわかる気もする。11日はポーランドにとって特別な日でもあった。独立を回復してから100年にあたっていたのである。これにあわせワルシャワでは、アンジェイ・ドゥダ大統領の主導でおよそ20万人が市内を行進した。一時は参加を禁じられた排外的な極右団体のメンバーも、多く行進に加わった。・・・ことさらに歴史にこだわるのは非建設的だろうけれど、忘却が好ましいわけではない。

 (JN) 11月11日は何の日か。「第一次世界大戦停戦記念日」以外にも色々あるようだ。介護の日麺の日ピーナッツの日ポッキー&プリッツの日、煙突の日、箸の日、きりたんぽの日、立ち呑みの日、おそろいの日、復員軍人の日[アメリカ合衆国]、独立記念日[ポーランド]、独立記念日[アンゴラ]、独身者の記念日・・・。1が並んでいる形からの発想が主流である。その辺は平和で良い。しかし、現実の世の中は閉鎖的になっていくのであろうか。他を認めず、排除することが本当に自分たちにとって良いことなのだろうか。押し寄せてくる難民たちはなぜ、自国を捨てなければならないのか。資本主義のしわ寄せ、先進国が過去に行った行動が現在の歪みを生んでいる。過去の負の遺産がである。それは私たちは知らないと言ってて良いのであろうか。過去は過ぎ去ったことであろうが、その過ぎたことの過ちを忘れてはならない。タイムマシンで過去に戻って直すことができない。今の私たちが過去そして現実を受け止めて、未来へしわ寄せ作らぬようにせねばならない。

f:id:morningstar:20181113181428j:image

2018-11-12 『今週あたりから寒くなるという予報もある』

『今週あたりから寒くなるという予報もある』<2018年11月12日(月)>

 小春日和に『筆洗』(181111)は思う。「寒い日の合間に訪れる小春日和がありがたいものだが、今年はずっと小春日が続いている・・・。小春日は英語で、『インディアン・サマー』。諸説あるがネーティブ・アメリカンが冬ごもりの仕事に精を出す日ということらしい。『インディアン・ギバー先住民の贈答者)』と関係があるのではという説もある。・・・これで『後の返礼に期待して贈り物をくれる人』という意味になる。小春日はささやかなプレゼントで後にやはり寒さのお返しが待つのか。今週あたりから寒くなるという予報もある」。

 (JN) 昨日は暖かったが、本日はどうであろうか。冬は着実に近づいている。東京はこれまで、雨が多くあったが、これからは乾燥した日々が続き、風邪やインフルエンザが大きな顔をし始める。段々、外へ出るのが億劫になる。家でぽかぽかしていたい。でも、そんな時こそ、外へ出て太陽の恵みを身体で受けなければならない。外へ出れば面倒な人間世界であるが、ちょっと自然を探せば、野生の動物たちがいる。そんなことを感じて散歩をしよう。寒さに負けるな。

f:id:morningstar:20181112120058j:image

2018-11-11 『敬称、呼称というものは、かくも難物であるらしい』

『敬称、呼称というものは、かくも難物であるらしい』<2018年11月11日(日)>

 「先ごろの委員会で『内閣総理大臣安倍晋三さん』などとやったのはなかなか新鮮ではあった」。『春秋』(181111)は野田聖子衆院予算委員長の呼び方を聞き、「は四半世紀も前に、ときの土井たか子衆院議長が試みたが定着しなかった。議場では「君」のほうが威厳があるように感じるせいだろうか」と。「敬称、呼称というものは、かくも難物であるらしい。・・・呼称改革も働き方改革なみに、一筋縄ではいかぬわけだ。そういえば永年勤続などの賞状には、あの殿様改革を乗り越えて『殿』が健在である」。

 (JN) 殿・様、さん・君、この使い方が難しい。我が職場には更に先生というものもある。この使い方は、どのような決まりがあるのか。会話では、20代のころまでは、女性には全て「さん」、男性は同輩以下は「君」、先輩は「さん」であったが、世の中、様々な絡みがあり、何時の間にか、全て「さん」である。皆さんは、どうなのでしょうか。国会が召集され、予算委員会では、割りと優しい声で野田委員長が「・・・さん」と言う。「あれっ?」、「・・・君」より良い感じである。野田さんだからだろうか。変える試みも良い。一方、当方の関係する省・大臣からの通知は、相変わらず「・・・殿」である。官尊民卑、この思いある限り続くのであろうか。国の立法行政に期待するより、国民から変えていかねばならない。

f:id:morningstar:20181111093348j:image