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藻朱の日記‐あるいは自動筆記‐

言葉を書いて、何かしたくて、でも別段書く内容もなかったので、もっぱら自動筆記に頼って文章を綴っています。 題名にある「record」は自動筆記による自由詩で「yymmdd.txt」は自動筆記による散文詩、「掌編」は掌編小説です。月に一回程度更新していく予定です。よろしくお願いいたします。                                                                                                                                                                                   人気ブログランキングへ にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へ ブログランキング BS blog Ranking
 

2013-11-09

<110612 散文>

そとでは雨が降っている。手すりにコツンコツンと、雨粒の当たる音が聞こえる。かなり騒々しいので、けっこう強く降っているのだとわかる。雨が降る、たぶんこの営みは、僕が生まれる前からずっと続いていて、そして僕がいなくなってからも、ずっと続いていくのだろう。それがどうしたという話だけれど、その安定性というか恒常性が日常というやつで、今後雨が降らなくなったり、雨の代わりに赤ワインが降ってくるようなことはあり得ないだろうし、たとえ僕がいま赤ワインの雨を降らせようと死ぬほどがんばったところで、雨粒が赤ワインにかわることはない。雨、あるいは日常というのはある種の暴力的な「法則」をもって、雨といえばH20であるという鉄板の掟をもって、ぼくの生活を形作っているように思う。そういう安定性は平々凡々と生きていく上では確かにありがたいのだけれど、たまには空から降ってくる真っ赤なワインの雨を僕は呑みたい。

2013-11-07

<110612日記>

プレッシャーがすごい。今度携わる仕事が余りに分不相応なので、かなり参っている。正直勝算はほとんどない。簡単にいえば、無茶ぶりの最たるもので、どう持っていくかわからない。たぶんまた炎上するだろう。体が、持つか不安だ。体力的にきついのはたぶんどうってことない。まずいのは精神的なところだ。自分の評価が下がるのがとても怖い。最初にできる人で入ってきているので、できないと「なんだこいつ」ってことになって、それがよけいにプレッシャーをかける。まったくやってられない。このままいったら、精神的に潰される。。。と何となく思う。

別に仕事なんてどうだっていいじゃんて思えればいいのだけれど、残念ながらいまのところ、仕事が自分自身の中に深く入り込んでいて、仕事での評価を失いたくない、という思いができあがってしまっている。正直、いい迷惑だ。と思う。社内でCISCOイコール藻朱になっているのもしんどい。

書いているうちにいい案が浮かべばと思っていたのだけれど、全くいいことが浮かばなくて、どんどんダークに向かっていっているのでさらにへこんできた。ちょっと考えかたを変えてみよう。そもそも今の仕事自体僕にとって本業じゃないのだから、そこに人生の価値を見いだすなんてちゃんちゃらおかしくて、あくまで毎日食っていく糧を捻出するためのものなのだから、そんなに思い詰めなくていいんではないか。それに失敗したところで、責任が発生して損害賠償なんてことにはならないし。だからそんなに気張らなくてよい。やばけりゃやばいで、ここまでできるけどここからできないと、BOSSに報告すればいいだけの話で、それで評価さげるなら下げればいいとおもう。べつにそんなの知ったこっちゃない。あくまで自分の重心、ライフワークはこのノヲトを書き続けることであって、それを疎かにするくらいなら仕事は僕にとって何の意味もない。好きな文章を書いて生きていくために食い扶持としてSEを選んだのであって、文章を書けなくなるほど追いつめられる為にSEを選んだわけじゃない。僕にとって一つ問題なのは、僕自信がそのことを忘れてしまっていることだ。こつこつ文章を書けばいいのに、いろいろと仕事にかまけて書こうとしない。そこにいろいろとぶれがでてきているように思う。まあしんどいのだけれど、やっていこう。とりあえず、この「書くことはいかなることか」について考えつつ、文章を書いていこう。

明日からまた仕事だ。まったくやれやれだ。

2013-11-06

<110611 日記>

今日もポメラで日記を書く。

書くことが別にある訳じゃないんだけれどなんとなくこうしてキーをたたくのが楽しいのでポコポコやっている。そういえば大学院の先生が書くことは楽しいといっていったのを思い出す。紙にインクでシミをつけていくときの感触が好きだが、いまこうしてキーを打ち込んでいくのもなかなか趣がある気がする。ただどことなくキーにせかされている感じがあるけれどまあそのうちなれてくるだろうと思う。ネットからは外れた閉じ込められた、アナログな世界。それがこのポメラという世界。電子の営みでいながら、閉鎖されている感覚が心地いい。

2013-11-05

<110610日記>

はじめてポメラで日記をかいている。

あんまり何というかいい心地がしないのは、今までずっと文章は紙に書くものとおもっていたからだと思う。少しの違和感がある。文章というのはそれを書く人のコンディションにいろいろと左右されるということがあるもので、かく言う僕も毎日いっぱいいっぱいのなか瀕死の状態で、いえまでたどり着いては、こうやって、キーをたたいている。こういう毎日がずっと続くかと思うと、先がおもいやられる。

それはさておき、こうして文章を書いているのは、そんなやじゃない。というか、何も考えないで、ただキーを叩いているのはむしろ幸せですらある。帰るべきところだとか、そういう、帰巣本能をくすぐるところが書くという行為にはあって、ただ、それにふけり過ぎると、サラリーマンには戻れなくなる気がする。もう眠い。

おやすみなさい。

ポメラ ポケットメモライターの略、タイプライターの電子版みたいなもの。

2013-11-04

date_10/12/20 白日夢

ラプソディーという言葉が、ここ数日頭を駆け巡る。ボヘミアンという歌を妻から教えてもらったからか、ボヘミアンという種族そのものに憧れたからかわからないけれども、ボヘミアンという言葉とラプソディーがくっついて、そこでボヘミアンが取れて、頭の中でラプソディーだけが駆け回っているという始末。どうしてそんなことになってしまったのかよくわからないが、そうなっているのでしょうがない。

 ボヘミアンラプソディーは確かクイーンの歌だったと思うけれど、どんな歌だったかは思い出せない。それに、このラプソディーという言葉は僕の身の丈からはずいぶんと外れた言葉で、まだ僕の中でこなれてない。だからこのテーマから言葉がつむげないでいる。白日夢という言葉にはあこがれているだけで何もできない自分がここに居て、選ぶんじゃなかったと思っているのが正直なところ。

 こうやってキーボードに特に何もなく言葉を叩いていくことに今とても安らぎを感じている。働いているという感じがとても心地いい。別に書くことも、伝えたいこともないのだけれど、こうしていると気分が和む。

書いていて気づいたことなのだけれど、文章を書くといういとなみは僕にとって、どうやら心を整えるいとなみらしい。こうして書いていると、僕の場合内向的に、内向的に文章が走っていってしまうのだけれど、それはそれで自身が気に入っているから、いいのだと思う。小説にせよ、詩にせよ、もう最近はどんなことはどうでもよくて、飾らないで、しょうもない内容の文章で、その外見だけで一気に飛翔できるものを書きたいと思う。ただそれは頭空っぽということなのだけれど。

 さてそろそろ寝ますか。明日が始まらないうちに。