筆頭株主交代の経緯

2001年11月16日、経営が悪化していた当時の親会社・マルハが球団株の第2位の株主だったニッポン放送への球団株譲渡(身売り)を発表、NPBも一旦はこれを認めた。ところが10日以上も経ったところで読売ジャイアンツ渡邉恒雄オーナーが「ニッポン放送の持分法適用関連会社であるフジテレビがヤクルトスワローズの球団株を所有しており、横浜球団のニッポン放送への売却は野球協約に抵触する」と異議を申し立て、これをきっかけにニッポン放送への球団株売却は頓挫。最終的に第3位株主のTBS(東京放送。現:東京放送ホールディングスTBSHD〕)に譲渡された。この際、TBSがもともとベイスターズの株主企業のひとつだったことから「筆頭株主の交代」という判断が下された。この判断により野球協約に規定されている新規加盟料30億円の支払いは不要とされた。それまでの球団の身売りは球団名からユニフォームまで一新されるケースばかりだったが、横浜のケースは球団名もユニフォームもそのまま残された。唯一変わったところは、ユニフォームの袖についたTBSのロゴマークが入ったワッペンだけである。横浜ファンでもあるコラムニストの綱島理友は「ファンを悲しませない最もスマートなやり方。球団の身売りはこうあるべきだ」と高く評価している。2005年10月、楽天がTBSの株式を大量購入し筆頭株主となった。しかし、楽天がすでに東北楽天ゴールデンイーグルスを運営していることから野球協約違反になる可能性が再び浮上した。11月に楽天側は経営統合を撤回、資本・業務提携となったが、TBSが認定放送持株会社東京放送ホールディングス(TBSHD)」に移行した事から楽天は買収を断念、反対株主の株式買取請求権を行使し、TBSHDに対し保有全株式の買取請求を行ったことにより、この問題は収束した。

幻に終わった「21世紀初」のダブルヘッダー
2007年9月30日の横浜対東京ヤクルトスワローズ戦(横浜スタジアム)は、NPB公式戦(一軍)では実に9年ぶりとなるダブルヘッダーとして開催されることになった。このうち1試合分は、同カードが悪天候により中止となった場合を想定して、シーズン前の日程編成の段階において試合日時と開催球場を未定としていた開催分で、実際に横浜スタジアムで雨天中止となった同カード1試合と組み合わせる形でダブルヘッダーとして編成された。だが、当日はあいにくの雨天でダブルヘッダーは2試合とも中止となり、10月8日・10月9日の2連戦として組み直された。この2連戦も、仮に8日が悪天候の場合は9日をダブルヘッダーとして開催する予定だったが、両日とも予定通り開催された。蛇足だが、8日はマーク・クルーンの横浜在籍最後の登板試合、9日は古田敦也の現役最後の試合であった。NPB公式戦でダブルヘッダーが最後に開催されたのは1998年のこと。パ・リーグは同年10月9日の西武ライオンズオリックス・ブルーウェーブ戦(西武ドーム)、セ・リーグは翌10月10日の横浜対中日ドラゴンズ戦(横浜スタジアム)である。その後ダブルヘッダーはセ・パいずれにおいても開催されておらず、21世紀になってからはまだ一度も無い。従ってNPB公式戦で最後にダブルヘッダーを主催開催したのは前述の通りパが西武、セが横浜で、奇しくも両球団は同年のペナントレースを制している(2009年シーズン終了時点)。

九州で交流戦
2008年5月28日・5月29日の横浜主催セ・パ交流戦・対福岡ソフトバンクホークス2連戦は、九州地方2県で開催された。試合が行われたのは、初日の28日が大分県大分市新大分球場、翌29日が福岡県北九州市北九州市民球場であった。後者の福岡県はソフトバンクの保護地域であり、北九州では1989年の球団移転以来、年間数試合主催公式戦を開催しているが、セ・パ交流戦が相手球団の保護地域で開催されたのはこれが初のケースであった。北九州でのダグアウトの割り振りは、通常のソフトバンク主催試合同様に横浜が三塁側、ソフトバンクが一塁側を使用した。また横浜は同年シーズンまで、交流戦の際には「交流戦専用ユニフォーム」を着用していたが、この2連戦では通常のユニフォームを着用した。一方、ソフトバンクが北九州でビジター用ユニフォームを着用したのはこの試合が初めてであった。横浜市中心部では同年5月26日〜5月30日までの間、TICADアフリカ開発会議)(5月28日〜5月30日)開催のためテロ対策など警備の強化が行われる予定であったことから、日程編成の段階でこれを配慮して地方開催に振り替えたものと見られる(両試合とも横浜球団と地元JNN系列局=28日は大分放送、29日はRKB毎日放送が主催)。観客の大半はホークスファンであったが、首位打者争いをしていた内川聖一にとっては地元大分への凱旋試合となった。但し、北九州市ベイスターズの前身・大洋ホエールズの発祥地である山口県下関市に隣接しており、関門都市圏は古くからベイスターズファンが多い土地柄という背景もある(下関球場も参照)。また横浜は近年、北九州市民球場で主催の春季オープン戦を年間1試合前後開催している。

新潟県・市による誘致構想
2009年9月から、新潟県新潟市NPB球団の本拠地、もしくは年間10試合以上の主催ゲームを開催する「準本拠地」の誘致活動を水面下で開始した。同年開場した新潟県立野球場が、NPB関係者から設備面で高い評価を受けたことが背景にある。2010年1月には「原則として球団を特定せずにNPB12球団を対象とし、拠点の一つとして年間数試合を開催する『準フランチャイズ』としての球団招致」という方向性が決まり、3月24日に県・市・県内財界関係者などから成る「プロ野球新潟招致委員会」が発足。当面は公式戦の開催数増加を目指し、その上で準本拠地を招致し、最終的には本拠地招致を目標として段階的に誘致活動を実施することになり、今後NPBとセ・パ12球団に対し働きかけを進めることになった。なお、これまでの一部報道では、ある関係者がセ球団の誘致候補として横浜の名を挙げているが、前述の通り現段階の方針はNPB全球団に対する活動が中心であり、県・市側からも横浜球団など各球団個別に対する公式な意思表示は行っていない(2010年9月現在)。しかし前述の住生活グループへの球団売却問題が明らかになった際、一部報道において新潟を準本拠地、もしくは完全移転する構想が報じられた。住生活グループ側は広域アクセスの問題などから新潟への移転には否定的な見解を示しながらも、将来的な移転の可能性は否定せず、横浜での本拠地継続を求めるTBS側とその他も含めた条件面で折り合いが付かなくなり、結局10月27日までに売却交渉は決裂した。なお横浜側は2011年シーズン、新潟ではこれまでと同様に主催公式戦を開催する意向を表明しており、同年は対阪神タイガース1試合が予定されている。