『俺たちに翼はない』 レビュー

※途中でネタバレしてますよ!最初だけなら大丈夫


非常に技能的な文章。だがシナリオは、カタルシスを得るには提示部に分量を割きすぎたかも。


ようやく発売された大作。
既に感想も多く書かれておりその評価は高い。なので前置きはこれだけで感想に入ります。


何と言っても目に付くのが技能的な文章。
性格・口調の異なる一人称の書き分け。そしてその異なる一人称を通して描かれる異なる交友関係と世界観の書き分け。
キャラクター毎に文体を変えること自体は何ら珍しいことではないだろうが、今作においては文体の変化の激しさとその数が半端じゃない。
その技能を駆使した、最終ルート前半部の文体の入れ替わりは白眉。
さらには、エロゲと文化を異にする傾向の強い若者言葉の文体(例:ちょーっす、なんすかー?)あり、ポエミーな文体ありと、文体自体が人を選ぶ感がするものも多い。しかし馬鹿な文体であっても馬鹿な文章ではないので、リーダビリティーという点からは問題ないだろう。


文体・文章は技能的だが、シナリオはそこまでとは感じられなかった。
シナリオの狙いも構成も面白いのだが、様々な文体を駆使した日常描写の分量が多すぎるように思われる。
日常描写もそれ自体十分楽しめるのだが、シナリオの謎がある程度暗示され解明されてからも謎の解決を中途半端に留めたまま続くため、読み手がシナリオの謎を大体把握した所で再度の日常というダレる要素が入り、従って最後のシナリオ解明のカタルシスの波にも乗りづらくなっている。


そんなわけで私は上手いとは感じるもののいまいち面白さには乗り切れなかったが、最終ルート終結部における謎の解明で巷の評判の高さがいくらか理解できた。
以下かなりネタバレ。






まとめて言うと「多重人格を肯定することでプレイヤーの人格の多面性を肯定している」となる。
実際作中でそう述べられているわけではないのだが、この作品の多重人格は人が普通持っている多面性を物語的に解釈したものであると読める。「異なる人格ごとに問題を解決→全ての人格を対等に扱って人格を統合」という解決策は、すなわち「引きこもり」も「社交的」も「暴力的」も「空想的」もそれぞれに価値あるものだと認めどの側面も欠かせないということを示している。これは取りも直さず、「こんなに〜〜(引きこもり、社交的、暴力的、空想的)でいいのかな?」と考えるプレイヤーには感情移入しやすい構成であり、さらにその極端な性格を必要と認めてくれる素晴らしいハッピーエンドっぷり。
この「肯定する・認める」というのは京ルートにもあらわれている。
京は作中キャラが言っているように、現実に居たらやっぱり恋人にするのは勧めづらい境界性人格障害であるが、しかし(厚生労働省ルートは別として)京を肯定し認めたらあっという間にハッピーエンドを迎える。この構成は最終ルートとキャラクターの立ち位置が違うだけでほぼ同じなんじゃなかろうか。




音楽は中々レベル高い。
どの曲の作曲者が誰かは書いてなかったように思うが、ジャズ系の曲が中では抜きん出ていた。劇伴な曲なので単品でどうこうというものではないが、ジャズ系の曲だけなら今までエロゲの中でも上から数えた方が早いレベルかも。
そのほかはぼちぼち。そもそも曲数が多く、その多さこそが世界観構成に貢献していた。シナリオが長いからこれくらいの曲数は必要だったろう。
また、エンディング曲は5拍子でちょっと珍しい。言葉をぶちぶち切るメロディーがいただけないが、そこまで悪い曲でもなかったかなあ。


声についても述べねばなるまい。
技能的な文章であったが、声の演技付けが非常に丁寧。どこから切っても完成度の高い声だった。
特殊な口調を用いるキャラは普通はヒロインだが、今作はヒロインは普通より、やや砕けた喋り方をするのに対し、男キャラはやたら印象的・特殊な口調を用いるものが多かった。
その出来も良く面白いとは思うが、クリア後印象に残る喋り口が軒並み男キャラというのはどうなんだろう。


・まとめ
技能的な文章とやや冗漫なシナリオ。だがまあ上手い。
演出全般の完成度は高い。
萌えません。


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