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2016-11-04

[]桶川の焚き火

松本素生さんが作った「東京」という歌をはじめて聞いたのは、昨年9月に行なわれたポポロックフェスのときだ。イッツオーライ。繰り返されることばが、聴き終わったあといつまでも口先に残り続けるのが気持ちよかった。みちくさ市の打ち上げで、「東京」が好きだったと遊びに来た素生さんに言うことができた。でも、と続けた

埼玉桶川出身の人がどうして「東京」なの?桶川なんてほとんど東京じゃない。

在来線に30分も乗れば山手線の駅に出られる町の人が、「東京」という歌を作るのが不思議だった。もっと遠くの町の人が、憧れや反発や夢や悔恨を歌にするとき、「東京」ということばを使う気がしたからだ。

桶川東京じゃないよ。ホームにおりると焚き火の匂いがする、そんな駅、東京にはないでしょ。」

桶川駅におりたことはないが、縁がないわけじゃない。仙台に越していった友人の生まれ育った町でもあり、宮本くんのブログ「いつまでも生きていたい日記」によく登場する町でもある。そんな友人たちの町で、焚き火の匂いがするという地元で、松本素生さんが歌う姿を見てみたかった。

9月の半ば、ベニバナウォーク桶川という桶川駅から少し離れた場所にあるショッピングモールで、素生さんのバンド、GOING UNDER GROUNDのライブがあることを知った。ベニバナウォーク桶川のなかにあるレコード屋、新星堂の主催で、新しいアルバム「Out Of Blue」の発売記念のライブだった。桶川をよく知る宮本くんと、大宮近くに住むエンテツさんを誘い、わたしはその日、桶川を歩いてみることにした。

エンテツさんはライブ会場に直接来るとのことで、宮本くんと13時に桶川駅のひとつ手前、北上尾駅で待ち合わせた。池袋から赤羽まで埼京線赤羽から北上尾までは高崎線に乗った。久しぶりに乗った高崎線は4人掛けのボックス席で、窓枠に肘をついてぼんやり外を眺めていると、たいした距離も乗らないのに、これからもっと遠くへ行くような気がしてくる。後ろの席から漂ってくるサンドイッチの、車内にこもる食べものの独特の匂いのせいかもしれない。北上尾のひとつしかない改札を出る。上尾の名産やゆるキャラが飾られたショーケースを眺めていると、斜めに首をかしげながら宮本くんがやってくる。

東口に出る。駅前のロータリーを過ぎ、旧中仙道を越え、大型ショッピングモールPAPAの横を抜ける。PAPAのなかの本屋、高砂屋書店が以前は桶川駅前にもあったがいまはここ一軒だけになったことを聞きながら。歩きはじめたときから、どこを目指している、とか、今日はどことどこに行きます、とか、宮本くんの口から一切出ないので、わたしはどこに向かって歩いているかわからないまま、ここが国道17号です、などという宮本くんの解説を聞いている。

はじめに立ち寄ったのは、17号沿いにあるオートパーラー上尾だった。古いゲーセンと、これまた古い、そばうどんトーストサンド、カップヌードルなど食べもの系自販機がいまも現役で活躍している、そうしたものが好きな人たちには知られた場所らしい。自販機でハムチーズのトーストサンドを買って宮本くんと半分こにして食べる。宮本くんの飲む瓶のコーラを一口もらう。建物の真ん中に小さな管理人室、右半分はパチンコの筐体、左半分はマージャンなどゲームの筐体とその奥に自販機コーナーがある。客は我々のほかに、マージャンゲームで遊ぶおじさんが2〜3人、自販機のうどんを食う男がひとりだけだ。建物の右半分は電気が消され、大きな窓から入る自然光が、何十台もの古いパチンコ台を鈍く浮かび上がらせている。自販機もゲームもゲームの前に置かれた椅子も灰皿も、清潔で吸殻ひとつ落ちていなく、長い時間大事に使われてきた古物のような気配がある。宮本くんが黙ったまま千円札を崩しにいく。古いクレーンゲームで安っぽい女もののパンツを取ろうと奮闘し、やがてあきらめる。

17号沿いをまた歩く。大きなトラックが走りさる、歩き慣れた明治通りとは違う音。車道に向かって建てられた大きなチェーン店の看板。宮本くんのお母さんがむかし住んでいたという団地。団地の向こうからのぞく聖火台によく似た形の給水塔。宮本くんが「おいしい」とブログに書く天ぷら屋天治。

天治で昼飯かと思ったが、前までくるとシャッターがおりている。おじさん今日はやるって言ってたのに、と宮本くんがうなだれている。事前に確認していたマメさとあっさり反故にされた様子がおかしくて、宮本くんとおりているシャッターの写真を撮る。

17号の交差点を左折して、住宅街にはいる。子どもたちからリス公園と呼ばれていたリスのいない公園、宮本くんの家族が大晦日にお参りに行く神社のそば、歩行者用の小さな踏切で高崎線の線路を越える。畑の残る住宅街のなかに建てられた、宮本くんの実家と、その並びの宮本くんのおばあちゃんが8年前までやっていたという喫茶店は、郊外の平屋のちょっとしたファミレスくらいの大きさがある。戦前都内で果物商をして儲け、疎開していまの場所につくったという喫茶店は、当時ずいぶんハイカラだったに違いなく、駅前でもないこの場所でよく流行ったらしい。スイスが好きだからと名づけられた店名もまたしゃれている。

いつ見ても誰が誰だかわからないと宮本くんがぼやく、埼玉出身の作家たちの似顔絵が描かれた垂れ幕のさがるさいたま文学館には、隣接して大きなホールがある。ここでGOING UNDER GROUNDもライブをしたことがあるらしいが、今日は世良正則と書かれた大きな垂れ幕がおりている。ここで成人式をやりました。幼稚園、小学校、中学高校と、すべて違う学区に通った宮本くんが、地元の成人式に出るのが不思議だった。中学から私立に行ったわたしは、豊島区成人式に出ていない。一緒に行く友人もいなければ、楽しそうな彼らを見るのも、輪に入れてもらうのもはじかれるのもまっぴらだった。ぼくも行く気はなかったんですが、庄司薫が書いた成人式のエッセイを読んで行くことにしたんです。中学時代、バトミントン部だったこと。学校から帰ったあと、桶川の体育館でひとりでサーブ練習をしていたこと。宮本くんと話していると、かつての自分をよく思い出す。友だちのいない棒が二本、並んで桶川の町を歩いている。遠くにその体育館とベニバナウォーク桶川が見えてくる。会場にはライブ開始10分前に着いた。

ベニバナウォーク桶川のなかにあるスーパーで缶ビールを買い、飲みながら開演を待つ。エンテツさんとエンテツ夫人がやって来る。我々が飲んでいる姿を見て、エンテツさんがあわてて缶ビールを買いに行く。ステージはそう大きくはないが、3階まで吹き抜けているので開放感がある。ステージ前に並べられた椅子はすでに満席で、休日のショッピングモールの無料ライブということもあり、家族連れの姿が目立つ。壁のあちこちに、桶川出身メジャーアーティストGOING UNDER GROUNDインストアライブ、と書かれた黄色いポスターが貼られている。

中学でバンドを組んだこと。桶川では貸してくれなかったので、隣りの市の公民館を借りてはじめてライブをしたこと。今日はライブが終わったらくるまやという馴染みのラーメン屋に寄ること。地元やバンドや新しいアルバムの話をはさみながら演奏した曲は、「トワイライト」「おれ、ねこ」「the band」の3曲だった。ステージのそででメンバーに子どもを見せている人たちは、彼らの幼馴染だろうか。胸に抱いた赤ん坊の背中でとんとんとリズムをとっている母親。車椅子に座りながら揺れていたおばあさんが、ライブが進むにつれ立ち上がり大きな音にあわせて体をくねらせている。小さな子がステージに手をつきながらギターとベースを弾く三人を見上げている。窓硝子さえも割れない奴らが教室の隅で組んだようなバンド。焚き火の匂いがする駅。新宿渋谷のような街のインストアライブでは見られないだろうこうした景色のなかに、3人の歌が流れていく。

ライブ終了後、アルバムを買い、サイン会の列に並ぶ。アルバムの冊子のどこにサインを入れてもらうか悩みながら。番がきて、我々の顔を見て驚きながら笑う素生さんに、俺の恋人へ、と冊子の表にサインを入れてもらう。これから桶川駅前で飲むけれど、と誘ってみるが、今日は戻らなきゃ、と断られる。またみちくさ市で。

スーパーで2本目の缶ビールを買い飲みながら、行きは桶川駅から送迎バスで来たというエンテツさんたちと、今度は4人で桶川駅まで歩くことにする。桶川美女見ますか?めずらしく宮本くんが聞いてくる。ここから2分くらいです、と歩きはじめて本当に2分くらいで着く。道に面した角地に、セメントかなにかでつくられ着色された、稚拙さと土着さのまじる、なんとも言えないビキニ姿の女性像が建っている。像のうえの小さな屋根には、桶川の美少女と書かれた看板と、屋根の桟に男性器を模した白い張形がひとつ置かれている。女性像の左手には同じくなんとも言えないセメント製パンダ像、右手には三越を安くしたような市販品のライオン像が置かれている。しばらくあちこちから眺め写真を撮る。

行きに歩いた道とは違う、高崎線を越える陸橋を渡り桶川駅を目指す。陸橋に面した建替中の桶川市役所。市役所前のつぶれた定食屋。写真栄えする場所があります、と見せてくれた、陸橋の下につくられた駐車場の壁にスプレーで、桶川、とただ描かれた落書き。陸橋の欄干に彫られた桶川の花、ベニバナ

飲みに行く前に金をおろそうと、道沿いにあった郵便局ATMに寄る。カードが古いからおろせるかどうか、とエンテツさんがぼやきつつ、やっぱりおろせなかったと戻ってくる。銀行なら大丈夫、とこんどは道沿いの銀行のATMに寄る。無事におろせたエンテツさんのカードを見ると確かに古く、どこの銀行だかわからない。いまのりそな銀行ですよ、と一番若い宮本くんが即答する。人のことは言えない。私もまた、三井住友銀行のまえ、さくら銀行のカードを使い続けている。

陸橋を越えるとすぐ、旧中仙道に出る。右折して桶川駅のほうに向かう。旧中仙道沿いには古い建物や商店が多く残り、駅の反対側ののっぺりした住宅地と違い、歩いていて景色に見飽きない。昔ながらの大きな瀬戸物屋、古い建築をそのまま利用したヤマト運輸ギャラリー、年季の入ったおもちゃ屋、貼り紙の多い漢方薬屋。道沿いの公衆便所でさえ、旧街道沿いを意識した、入り口に暖簾がさがる旅館のようなつくりをしている。

駅に向かう商店街。つぶれたゲームセンターの看板。少し前まで木造の小学校の校舎が残っていたという更地。駅前の「おいしい」と書くラーメン屋。駅前を右折して現れる、線路沿いの自転車置場と飲み屋が連なる商店街。そのなかの居酒屋美味に入る。開店して間もないからかほかに客はおらず、奥の座敷にあげてもらう。座敷には炊き途中の暖かい炊飯器が置かれていたが、どかして座布団を並べて座る。瓶ビール。焦げていく朴歯味噌。タレの焼き鳥盛り合わせ。簀巻きで巻いた、でも柔らかいというあじ寿司。家族かと思ったけど違うのね。年の離れた我々が飲み話す姿を見て、女将さんがそんな風に言う。年はばらばらだけど友だちっす、そう返す。宮本くんはいつもひとりで来て、カウンターで飲んでいる。座敷の横がすぐ線路なのか、ときおり鉄の塊が通り過ぎていく大きな音がする。

駅前でエンテツさんと夫人と別れ、宮本くんとふたり、駅前の「おいしい」ラーメン高砂に入る。飲んだあとのラーメン一杯。おいしい。踏み切りを渡り桶川駅の反対側に出る。桶川ストーカー殺人の現場の横を抜け、駅前に建つショッピングセンターおけがわマインに入る。遅めの時間のせいか、活気がない。エスカレーターをのぼり、宮本くんがよく行く丸善と、丸善のなかに入り口がある変わった図書館を一周する。マインの屋上への階段を探すが見つからず、宮本くんが最後にどんな景色を見せたかったのか、わからなかった。

マインの2階から陸橋を渡って桶川駅の改札へ。手を振って別れる。桶川駅のホームに立つ。焚き火の匂いはしない。棒はずっと棒のままだ。

宮本くんのブログ「いつまでも生きていたい日記 」:http://nemurico.exblog.jp/26006313/

2016-10-01

[]詩、ってなに?前夜

三月の晩、平田俊子さんと新宿花園神社で待ち合わせ、神社の裏手の平田さん行きつけの店に飲みに行った。穴の空いた階段をのぼった二階、右手に5〜6人腰掛けたらいっぱいのカウンターと、左手に小部屋と便所がある店だった。壁の換気扇のしたに寺山修司のお面がかかり、お面のしたのカウンターの端に女と男が寄り添っている。この街よりも銀座が似合いそうな女と、そうした女を口説ける男の余裕が、穴やシミの多いこの店から少し浮いていた。奥の小部屋の集まりは句会だそうで、それもそろそろお開きの、つまみののった皿が小部屋に運ばれていく。浮いた男とつまみにはさまれたカウンターに平田さんと腰掛ける。

詩を一編書いて欲しい。平田さんからのメールに気がついたのは昨晩のことだ。以前使っていたアドレス宛てにきていたメールに気づかずに、5日近くも放ってしまった。あわてて返すと夜中にも関わらずすぐにことばが返ってきた。明日(日付が変わっているので今日ですが)。詩の話もしたいのでゴールデン街で飲みましょう。花園神社本殿前に8時頃集合でいかがですか?

はじめはビール。おかわりもビール。その後ずっと、平田さんのボトルキープの焼酎ウィスキーを割って飲む。

どんどん飲んで。何ヶ月も残ってると格好悪いから。

酒がそう得意ではないという平田さんのことばを真に受けて、ラベルに書かれた数ヶ月前の日付を見ながら空けていく。

詩を書いたことがない、詩なんかわからない、歌詞とどう違うかもわからない。ボトルが空くにつれ、わたしは面倒な人になっていく。おそらくわたしのために選んでくれた詩を抜粋したコピーの束を前にして、平田さんはひとつひとつ、わたしの面倒に付き合ってくれる。林芙美子山之口獏、松井啓子、三木卓茨木のり子尾崎翠ローランサン。貧しさを題材にした詩により目が向くのは、昔もいまも財布の軽いわたしのひがみか。詩を書いてくれと言った平田さんに、ブログが好きだからと言ってくれた平田さんに、詩人とふたりゴールデン街で飲んでいる自分に、わたしはみっともないくらい浮かれている。ひとの酒に寄りかかり、隣りの詩人に甘えている。

書いた詩の、はじめの三行と最後の三行を削ってみたら。

ことばと連れ添ってきた人はあっさりすごいことを言う。以前、新聞で読んだ八代亜紀のことばを思い出す。

「『悲しいね』と笑いながら歌うと心に染みる。『楽しいね』と悲しそうに口ずさむと、グッとくる。銀座のクラブで歌っていた10代のとき、ホステスのお姉さんたちが泣きながら聴く姿を見て、そんな歌の心を知りました。」

花園神社の裏手で平田さんと別れ、わたし明治通り雑司ヶ谷まで歩いて帰る。どこかで買った缶チューハイを手に持って、知人に電話をかけながら。

すごいことを聞いちゃった。はじめの三行と最後の三行を削れって。詩の秘密を聞いちゃった。

それらしきものが書けたのは、はじめに言われた締め切りから1ヶ月も過ぎた頃だった。はじめの三行と最後の三行を削ってみても、わたしのことばでは詩にはならない。向き合ってきたことばの量も時間も桁違いなことを、寄りかかり甘えてないことにした。悲しい歌を笑いながら歌うことの難しさ、長年やってきた人たちが簡単に言うことばの困難さは、自分の手を動かしてみるまでわからなかった。

そうして書いたそれらしきものを、平田俊子さん編集の『詩、ってなに?』(小学館)に載せてもらった。すでにある詩とその解き方のような本が多いなか、『詩、ってなに?』は平田さんが一緒になって面倒に付き合ってくれる、あの晩のゴールデン街のような本だ。あの晩もらったコピーの束にも、この本にも、平田さんが作ってきた詩は載っていない。

「答えはまだ見つからないし、これからも見つかるはずはないのです。詩ってなんだろうと自分に問いながら、これからも詩を書いていくしかないのです。」

詩、ってなに?あの晩、カウンターの横に腰掛けていた、平田さんの三行の時間を思う。

コ・ト・バ・を・ア・ソ・ベ!Vol.2

『詩、ってなに?』

編/平田俊子

小学館

https://www.shogakukan.co.jp/books/09104216

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2016-09-13

[]しじみの宅配

盛岡・ひめくりでのTシャツ展で好評いただきました、しじみTシャツの通信販売がはじまりました。通販は、秋田のTシャツ屋6jumbopinsさんで承ります。Tシャツのサイズ、色、インクの色を選べます。あなただけのしじみTシャツをぜひご注文ください。酒飲みの方、酒飲みの方への贈り物へ、しじみ70個Tシャツよろしくお願いいたします。

通販はこちらから:https://6jumbopins.stores.jp/items/57a31268a458c0e5d7000817

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2016-08-02

[]続「沼日」

5月に京都で開催した個展「沼日」の続編を東京雑司ヶ谷で開催いたします。雑司ヶ谷に三日間だけ現れる小さな隠れ家、ポポタム分室での開催です。細い路地の奥、古い民家の一室が会場になります。一度にたくさんの方にご来場いただけないため、予約制になります。京都ユニテは白く大きな空間でしたが、雑司ヶ谷ポポタム分室は古い家の翳を楽しめる小さな空間です。同じ展示が間逆の空間でどう見えるのか。とても楽しみです。

【ポポタム別所企画】

●●●武藤良子個展 続「沼日」●●●

京都での展示が好評だったイラストレーター武藤良子の個展「沼日」の東京続編。

雑司ヶ谷で三日間だけの展示会を開きます。予約入場制。落ち着いた空間でゆっくりと作品をご覧ください。

■会期

2016年8月19日(金)20日(土)21日(日)

■時間

13:00〜19:00 最終日は17時終了

予約:1時間ごと、各組数名

■入場料

無料

■会場

ポポタム分室(豊島区雑司ヶ谷某所)

※西池袋のポポタムではありません。ご予約後に案内いたします。

■予約方法

ご希望日時、人数、携帯電話の番号を明記して、ポポタムまでメールをお送りください。

popotame(アット)kiwi.ne.jp 

なお電話での受付は行っておりません。

ご予約いただいた方には直接メールにて会場までの道順や当日連絡先(PHS)をお返事いたします。

※作品はすべて販売いたします。(会期終了後のお支払い・お渡し)

up coming / これからの展示 | ブックギャラリーポポタム|東京目白にある本とギャラリーのお店

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2016-07-16

[][]わたしの、まえのひを再訪する

「彼は、人生が一回しかなくて、すべてが過ぎ去っていくことが許せないんですよ。私も許せない。つまり、いつか全員が消えてしまって、この世のすべてが終わってしまうということが本当に理解できない。」

これは、『まえのひを再訪する』に抜粋されていた、川上未映子さんと藤田貴大さんの対談の、藤田さんの作品に向けた川上さんのことばだ。

京都での個展「沼日」で発表した絵を次に出す本の装画に使いたいと言われたのは、個展2日目の夜だった。個展に合わせて京都に遊びに来てくれた宮本くん、橋本くん、瀬戸さんとわたしの4人で、歩きながら見つけた「よしみ」という居酒屋で飲んでいたときだった。お通しの豆腐と、はものしゃぶしゃぶ、しめの雑炊のうまい、気楽に京都らしさを味わえるいい店だったが、飲みすぎだったか寝不足だったかで、橋本くんひとりほとんど飲み食いせず、青白い顔をして座っていた。個展で飾っていた絵を2枚、表紙と裏表紙に使いたいと、たしかそのとき隣りに座る青白い顔に言われたのだ。

橋本くんの次に出す本、『まえのひを再訪する』は、2014年に上演された劇団マームとジプシーの公演「まえのひ」を追いかけ同行した7都市を、翌2015年にひとりで再訪し、また今年2016年に再び再訪し、書かれたものだ。「まえのひ」の舞台をつくるひとたちと訪れた町、食べたもの、そこでの会話や見たもの、舞台をつくるひとたちからこぼれた、本来ならその場で消えてしまうはずだった景色が書かれている。自分が見たものはなんだったのか、橋本くんは2014年から2016年の景色のあいだを行ったりきたりしながら考えている。

東日本大震災をきっかけに書かれた川上未映子さんの詩「まえのひ」がところどころ引用されている。


今日は

まえのひなのかもしれない

すべての人は、まえのひにいるのかもしれない


『まえのひを再訪する』を読んでいるあいだいくども、わたし携帯電話が鳴ったあの日に引きずり戻された。

昨年の11月に携帯電話が鳴った。電話に表示された名前は短大時代の友人で、卒業後もたまに会って飲んでいた4人組のひとりのものだった。

「落ち着いて聞いてね。Jちゃんが亡くなったんだ。」

4人組のうちのひとりが亡くなったと告げる電話だった。子宮頸がん。数年前から闘病していたことを知らなかった。最後に会ったのはいつだったか、思い出すことができなかった。

知人に頼まれていた仕事を終え、夜、知人を誘って副都心線に乗り新宿三丁目に行った。コンビニ赤ワインのボトルを買い飲みながら、靖国通り曙橋へ向かって歩いた。ここは昔モスバーガーがあったところ。ここは昔厚生年金会館があったところ。いまはなくなった景色を数えながら、セツ・モードセミナーへ続くかつてのわたしの通学路をたどった。

短大を卒業したあと、絵を描き足らなかったわたしはセツへ、Jちゃんは美術系の専門学校へ進んだ。Jちゃんの通った専門学校はセツからそう遠くもない、靖国通りをはさんだ反対側にあった。セツに通ったハタチから25まで、曙橋周辺をあれだけうろうろしていたにも関わらず、わたしはJちゃんの学校を訪ねたことも、Jちゃんと曙橋で遊んだこともなかった。電話が鳴った日、わたしはどうしても、Jちゃんの学校とわたしのセツを見てみたかった。

靖国通りから少し入った坂のうえに、Jちゃんの学校はあった。門に貼られた案内図を見ると、校舎がいくつもある大きな学校で、そのなかのどこにJちゃんが通っていたのかわからなかった。Jちゃんはこのころ横尾忠則さんや伊藤桂司さんに影響を受けた絵を描いていた。原色の強い色で、UFOやジャングルが入りまじる不思議な具象を大きなキャンバスに描いていた。

靖国通りを渡ってフレッシュネスバーガーの角を曲がり、少し行って見上げると坂の途中にセツがある。Jちゃんの学校と歩いて10分も離れていない。わたし水彩画を描いていたあのころのままのセツと、少し変わってしまったセツを見上げる。

短大を卒業してすぐのころは4人でまめに会っていた。住んでいる場所がばらばらだったから、飲むときはみんなが集まりやすい新宿だった。新宿三丁目の雑居ビルの地下にあった居酒屋が、そのころの4人のお気に入りだった。Jちゃんはエビが好きで、その居酒屋には店独自のエビチリのようなつまみがあり、行くと必ず頼んでいた。酒よりも飯だったそのころは、そのエビチリの辛いソースで白飯をまず食べるのが好きだった。エビっておいしいよねー。どんな店に行っても必ずエビを頼むJちゃんが可笑しかった。

Jちゃんは、桜木町にあったジェラード屋でバイトしていたが、いつの間にかカメラマンになって、結婚式場での撮影や編集の仕事をしていた。こないだはどこそこの結婚式場に行ってきた、素敵だった、と、会うと嬉しそうに話してくれた。ジュンスカが好きだった。濱マイクが好きだった。マリーという名前の白いヒマラヤンを飼っていた。UFOや精神世界セラピーや占いが好きだった。そうしたものに傾く弱さと、そうしたものを人にはすすめてこない強さがあった。歩いていると、そんなJちゃんがぽろぽろ出てくる。

『まえのひを再訪する』を読んでいると、あのじっとしていられなかった日に引き戻される。どうして行ったこともないJちゃんの学校を、卒業してから訪れたことのないセツを見てみたかったのか。わからないから、歩くことしかできなかったあの日に引き戻される。

「彼は、人生が一回しかなくて、すべてが過ぎ去っていくことが許せないんですよ。」

世界は

まえのひで

埋め尽くされていて

森は、ふくらんで

崖は、大きくなる

どうすれば、それを、とめることが、できるのだろう

世界から

すべてのまえのひを、なくすことができるのだろう


『まえのひを再訪する』

著・橋本倫史 発行・HB編集部

四六判 210頁 2016年7月1日発行

取り扱い店一覧、通販はこちらから:http://hb-books.net/items/576342da41f8e86bbc007f26

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