m.r.factory

2016-07-16

[][]わたしの、まえのひを再訪する

「彼は、人生が一回しかなくて、すべてが過ぎ去っていくことが許せないんですよ。私も許せない。つまり、いつか全員が消えてしまって、この世のすべてが終わってしまうということが本当に理解できない。」

これは、『まえのひを再訪する』に抜粋されていた、川上未映子さんと藤田貴大さんの対談の、藤田さんの作品に向けた川上さんのことばだ。

京都での個展「沼日」で発表した絵を次に出す本の装画に使いたいと言われたのは、個展2日目の夜だった。個展に合わせて京都に遊びに来てくれた宮本くん、橋本くん、瀬戸さんとわたしの4人で、歩きながら見つけた「よしみ」という居酒屋で飲んでいたときだった。お通しの豆腐と、はものしゃぶしゃぶ、しめの雑炊のうまい、気楽に京都らしさを味わえるいい店だったが、飲みすぎだったか寝不足だったかで、橋本くんひとりほとんど飲み食いせず、青白い顔をして座っていた。個展で飾っていた絵を2枚、表紙と裏表紙に使いたいと、たしかそのとき隣りに座る青白い顔に言われたのだ。

橋本くんの次に出す本、『まえのひを再訪する』は、2014年に上演された劇団マームとジプシーの公演「まえのひ」を追いかけ同行した7都市を、翌2015年にひとりで再訪し、また今年2016年に再び再訪し、書かれたものだ。「まえのひ」の舞台をつくるひとたちと訪れた町、食べたもの、そこでの会話や見たもの、舞台をつくるひとたちからこぼれた、本来ならその場で消えてしまうはずだった景色が書かれている。自分が見たものはなんだったのか、橋本くんは2014年から2016年の景色のあいだを行ったりきたりしながら考えている。

東日本大震災をきっかけに書かれた川上未映子さんの詩「まえのひ」がところどころ引用されている。


今日は

まえのひなのかもしれない

すべての人は、まえのひにいるのかもしれない


『まえのひを再訪する』を読んでいるあいだいくども、わたし携帯電話が鳴ったあの日に引きずり戻された。

昨年の11月に携帯電話が鳴った。電話に表示された名前は短大時代の友人で、卒業後もたまに会って飲んでいた4人組のひとりのものだった。

「落ち着いて聞いてね。Jちゃんが亡くなったんだ。」

4人組のうちのひとりが亡くなったと告げる電話だった。子宮頸がん。数年前から闘病していたことを知らなかった。最後に会ったのはいつだったか、思い出すことができなかった。

知人に頼まれていた仕事を終え、夜、知人を誘って副都心線に乗り新宿三丁目に行った。コンビニ赤ワインのボトルを買い飲みながら、靖国通り曙橋へ向かって歩いた。ここは昔モスバーガーがあったところ。ここは昔厚生年金会館があったところ。いまはなくなった景色を数えながら、セツ・モードセミナーへ続くかつてのわたしの通学路をたどった。

短大を卒業したあと、絵を描き足らなかったわたしはセツへ、Jちゃんは美術系の専門学校へ進んだ。Jちゃんの通った専門学校はセツからそう遠くもない、靖国通りをはさんだ反対側にあった。セツに通ったハタチから25まで、曙橋周辺をあれだけうろうろしていたにも関わらず、わたしはJちゃんの学校を訪ねたことも、Jちゃんと曙橋で遊んだこともなかった。電話が鳴った日、わたしはどうしても、Jちゃんの学校とわたしのセツを見てみたかった。

靖国通りから少し入った坂のうえに、Jちゃんの学校はあった。門に貼られた案内図を見ると、校舎がいくつもある大きな学校で、そのなかのどこにJちゃんが通っていたのかわからなかった。Jちゃんはこのころ横尾忠則さんや伊藤桂司さんに影響を受けた絵を描いていた。原色の強い色で、UFOやジャングルが入りまじる不思議な具象を大きなキャンバスに描いていた。

靖国通りを渡ってフレッシュネスバーガーの角を曲がり、少し行って見上げると坂の途中にセツがある。Jちゃんの学校と歩いて10分も離れていない。わたし水彩画を描いていたあのころのままのセツと、少し変わってしまったセツを見上げる。

短大を卒業してすぐのころは4人でまめに会っていた。住んでいる場所がばらばらだったから、飲むときはみんなが集まりやすい新宿だった。新宿三丁目の雑居ビルの地下にあった居酒屋が、そのころの4人のお気に入りだった。Jちゃんはエビが好きで、その居酒屋には店独自のエビチリのようなつまみがあり、行くと必ず頼んでいた。酒よりも飯だったそのころは、そのエビチリの辛いソースで白飯をまず食べるのが好きだった。エビっておいしいよねー。どんな店に行っても必ずエビを頼むJちゃんが可笑しかった。

Jちゃんは、桜木町にあったジェラード屋でバイトしていたが、いつの間にかカメラマンになって、結婚式場での撮影や編集の仕事をしていた。こないだはどこそこの結婚式場に行ってきた、素敵だった、と、会うと嬉しそうに話してくれた。ジュンスカが好きだった。濱マイクが好きだった。マリーという名前の白いヒマラヤンを飼っていた。UFOや精神世界セラピーや占いが好きだった。そうしたものに傾く弱さと、そうしたものを人にはすすめてこない強さがあった。歩いていると、そんなJちゃんがぽろぽろ出てくる。

『まえのひを再訪する』を読んでいると、あのじっとしていられなかった日に引き戻される。どうして行ったこともないJちゃんの学校を、卒業してから訪れたことのないセツを見てみたかったのか。わからないから、歩くことしかできなかったあの日に引き戻される。

「彼は、人生が一回しかなくて、すべてが過ぎ去っていくことが許せないんですよ。」

世界は

まえのひで

埋め尽くされていて

森は、ふくらんで

崖は、大きくなる

どうすれば、それを、とめることが、できるのだろう

世界から

すべてのまえのひを、なくすことができるのだろう


『まえのひを再訪する』

著・橋本倫史 発行・HB編集部

四六判 210頁 2016年7月1日発行

取り扱い店一覧、通販はこちらから:http://hb-books.net/items/576342da41f8e86bbc007f26

f:id:mr1016:20160716143550j:image:w300

f:id:mr1016:20160716143543j:image:w300

2016-07-09

[]酒がテーマのTシャツ展

昨年に引き続き、2回目の参加です。盛岡中津川沿いにあるshop+spaceひめくりでのTシャツ展がはじまりました。今年のテーマはずばり酒とのことで、悩んだあげく、しじみを70個描きました。肝臓をいたわりつつ楽しく死ぬまで飲み続けていきたい気持ちをこめました。Tシャツのサイズ色、インクの色など選べます。あなただけのしじみTシャツを着て、この夏もあの夏も楽しく酒を飲み続けませんか。

***酒がテーマのTシャツ展***

毎年恒例のTシャツ展。

今年は「酒」がテーマです!

詳細はこちら:http://himekuri-morioka.com/?p=711

■日時

2016年7月8日(金)〜27日(水)

10:30〜18:30 ※最終日は16:00まで

木曜+第1・第3水曜定休(会期中の休み:14、20、21日)

■場所

shop+spaceひめくり

〒020-0885 盛岡市紺屋町4-8

電話&FAX 019-681-7475

営業時間 10:30〜18:30

■参加作家

・石川優太・オガサワラユウダイ・京野 誠・工藤陽之 ・坂本千明・はと・樋口佳絵・ますこえり・武藤良子・山元かえ

■関連企画

秋田のTシャツ屋 6jumbopinsのプリント実演販売

7月9日(土)・10日(日)

展示されているデザインの版を、Tシャツやインクの色を選んでその場でプリントいたします。 (混み具合によりますが、少々お時間をいただきます。Tシャツの在庫がない場合は後日お渡しとなります。ご了承ください。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「渡邊 葵 no beer no life 展」

2016年7月15日(金)〜27日(水)

10:30〜18:30 ※最終日は16:00まで

木曜+第1・第3水曜定休(会期中の休み:20、21日)

秋田角館、白岩焼和兵衛窯・渡邊 葵さんの初個展。

葵さんのうつわは凛とした佇まい。

海鼠釉、白釉、粉引きなどのうつわはテーブルの彩りになるでしょう。

お酒好きな作者による酒器もお楽しみに!

■関連企画 ・樫食堂のカレー屋台

7月16日(土)11:00〜15:00頃まで(なくなり次第終了)

秋田大仙市の「樫食堂」が、盛岡初出店!

カレーチャパティとごはんのセットをメインに。

どんなカレーになるかは野菜の採れ具合によって決まります。

ほかにも夏野菜を使ったおつまみや、自家製のソフトドリンクなど。

葵さんのうつわを一部使用してご提供いたします。

f:id:mr1016:20160709192827p:image:w360

f:id:mr1016:20160709192825j:image:w360

2016-06-15

[]をみなごのための室生家の料理集

室生洲々子著『をみなごのための室生家の料理集』(発行・龜鳴屋)の挿絵を描きました。室生洲々子さんは作家・室生犀星の孫娘。孫娘の目から見た、祖父、祖母、母が作った室生家の味が23点、この本では紹介されています。料理集といっても細かな分量は書かれておらず、室生家の台所に立つ女たちの横で出来上がっていく料理を眺めているような、子が母に教わるような、柔らかに流れる調理法が読んでいて楽しいです。所々に書かれた室生家の出来事の数々も、洲々子さんがこっそり台所の窓を開けて見せてくれているような楽しさがあります。頑固者の祖父、ハイカラな祖母、料理上手の母、それを見ていた洲々子さんが残す室生家の味を、ぜひご堪能ください。

造本設計発行は金沢の龜鳴屋さん。アタリの線を額縁のように活かし、柔らかな紙と、真ん中まできれいに開く糸綴じが、手に心地いい造本です。龜鳴屋さんは雑誌『spectator』コペ転特集で取り上げられている7人のうちのひとりでもあります。こんなひとり出版社があるのか、こんな人がいるのか、と読んで驚かれたかたも多いのでは。龜鳴屋の勝井でござい、と、近藤勇(私)宛てに届く江戸書状のようなメールが毎回おかしく、どんな人なんだろうと思っていたところに、『spectator』の絵の依頼がきて驚きました。

『をみなごのための室生家の料理集』は、洲々子さんが名誉館長をされている金沢室生犀星記念館販売されます。

6月17日追記

『をみなごのための室生家の料理集』

通販はこちら:龜鳴屋 表紙1 金沢 室生犀星記念館

店頭販売はこちら:金沢 室生犀星記念館 軽井沢高原文庫

都内での店頭販売は、古書往来座(南池袋)のみ取り扱いがあります。古書往来座ブログ「往来座地下」

f:id:mr1016:20160615143652j:image:w300

f:id:mr1016:20160615143653j:image:w500

f:id:mr1016:20160615143654j:image:w500

2016-06-01

[]spectator

雑誌『spectator』2016年Vol.36が発売されました。表紙と本文イラスト、目次と各章題字の文字を描きました。特集は「コペ転」。コペルニクス的転回を人生で果たした7人の物語です。ほぼ丸ごと一冊、雑誌の絵や文字を描いたのははじめてのことでとても嬉しく、また編集の赤田さんとのやりとりも忘れられない、わたしにとっても「コペ転」の一冊となりました。赤いリンゴが目印の一冊を、手にとっていただけたら嬉しいです。

『spectator』2016年Vol.36 特集「コペ転」

■リンゴ売りの物語 

ムカイ林檎店行商人・片山令一郎 

取材・文/さぶ

■なぜ古書店を開業したか 

マニタ書房代表・とみさわ昭仁 

取材・文/石橋毅史

■ひとり出版社の15年 

亀鳴屋代表・勝井隆則 

取材・文/間宮賢

■僕が里親になった理由 

漫画家古泉智浩 

取材・文/森山裕

■独自の仕入れで、本屋をつくる 

誠光社代表・堀部篤志 

取材・文/山本貴政

■麻栽培を復活させた男 

八十八や代表・上野俊彦 

取材・文/金田トメ善裕

■注目すべき人々との出会い 

カレー食堂ホジャ・ナスレッディン店長・石川直樹 

取材・文/ハーポB

f:id:mr1016:20160601145905j:image:w500

f:id:mr1016:20160601231505j:image:w500

f:id:mr1016:20160601231506j:image:w500

f:id:mr1016:20160601231508j:image:w500

f:id:mr1016:20160601231509j:image:w500

2016-05-23

[]スカートの柄 

朝、新聞を眺めていると、「父の教え」という連載が目に入った。毎週、有名人の父子が取り上げられているが、今朝は檀一雄とその娘、檀ふみさんだった。檀一雄子どもたちに言い続けた「奮闘しなさい」という言葉と、晩年のエッセイ『娘たちへの手紙』から引用された一文に、目がとまった。

「マイホームという幸福の規格品を買うようになったら命の素材が泣くだろう。」

中学高校と通った女子校の制服はセーラー服で、わたしは毎日スカートをはいて学校に通った。冬のスカートはずしりと重く、衣替えのあとの夏のスカートは紙のように軽く感じたが、ただそれだけだった。スカートの丈、スカートの丈に合わせた靴下の折りかた、ワンポイントの柄選び、前髪の長さ、見つからないようにするささやかな化粧や巻き髪。気の利く彼女たちは、狭い規律のなかで、少しでも自分に似合う姿形を探していた。いつからか、女の子らしい格好をすることが苦手になったわたしにとって、幸福の規格品は、スカートと、スカートをやすやすとはきこなす彼女たちだった。

似合いもしないスカート選びに時間をかけるより、映画を観に行くほうが、本を読むほうが、絵を描くほうが大事なのだと、なぜそんな風に思っていたのか。

いま思えば、彼女たちは自分の器と世間と折り合いをつける努力をしていたに過ぎず、わたしはスカートより大事なものを探すという口実に、みっともない顔形を言い訳に、自分と世間と折り合いをつける努力から降りたのだ。

成人式振袖、卒業式の袴、リクルートスーツ、ウェディングドレス。折り合いのつかないわたしの、はけないスカートが増えていく。

彼女たちの服装は数十年ごとにはやり廃りを繰り返し、あのころとどこか似た格好をした彼女たちがいまも街にあふれ出る。折り合いをつけた彼女たちが、折り合いをつけそびれたわたしの前を立ちふさぐ。美術館のなか、スカートをひらめかせながら絵の前に立ち、絵とはなんの関係もない世間話で盛り上がる。わたしは彼女たちの後ろから絵を覗きこむ。その先に、スカートより面白いものがあるはずと、あったはずだと思いながら。

規格品以外の幸福は、誰にでも見つけられるものではないのだ。奮闘をしいられた娘たちは幸せになれるのか。たいした才能もなく、折り合いをつける努力もせず、そこから目をそらし続けてきたつけはいつかは回る。

四十を越えたいまも、わたしは自分に似合うスカートの柄がわからない。