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2019-01-26

[]犀星スタイル沖縄スタイル

沖縄の市場の古本屋ウララで個展をします。

2016年発行の『をみなごのための室生家の料理集』、2018年発行の『犀星スタイル』は、どちらも室生犀星の孫、室生洲々子さんが編集し、龜鳴屋が発行した小さな冊子です。わたしはその二冊に挿絵を描かせていただきました。『をみなごのための室生家の料理集』は室生家の料理を、『犀星スタイル』は犀星の暮らし方へのこだわりを紹介しています。二冊に描いた挿絵のなかから選んだ六点と、今回展示をさせていただく市場の古本屋ウララの店主、宇田智子さんが書いた沖縄の掌編に二点、合わせて八点の絵をウララの店内に展示します。

ウララでの展示は、2012年1月の『もの食う本』原画展以来です。今回の展示は、「NAHA ART WALK 2019」への参加企画と、犀星はアイドルです、という宇田さんのことばから実現しました。『をみなごのための室生家の料理集』、『犀星スタイル』、そして龜鳴屋さんが発行している本のいくつかを、今回ウララで販売します。市場の古本屋ウララへ、ぜひお立ち寄りください。

犀星スタイル沖縄スタイル

■会期

2019年2月2日〜2月14日

11時〜18時 日、火休み

■場所

市場の古本屋ウララ

〒900-0013

沖縄県那覇市牧志3-3-1

市場の古本屋ウララのブログno title

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2018-12-22

[]朝の音

たくさん飲んだ日の翌日、便所に行きたくて目が覚める。外はまだまだ暗く、夜と朝のはざ間くらい。尿意と布団から出る面倒くささをはかりにかけて、もう一度目をつぶったり、天井を見たり。そんなとき、ボン、と大きな音が隣りからする。隣りの豆腐屋大豆を煮る大きな釜にガスを点火する音だ。ごぉごぉと、釜の底に火があたる音が、低く小さく続いていく。ごまかしきれず、布団をはいで便所へ行く。豆腐屋に面した便所の小さな窓から、煮えた大豆の甘く湿った匂いが漂ってくる。

便所から戻ってまた布団をかぶる。目をつぶるが寝付けない。そうしているうちに外が少し白くなる。白くなってはじめに騒ぎ出すのはスズメだ。周りには寺も墓地も木が茂る場所はいくらでもあるのに、どうしてこの窓の前の貧相な枝に群がるのかわからない。じゅじゅじゅじゅじゅ。じゅじゅじゅじゅじゅ。何匹いるのか、重なる鳴き声が窓のすぐそこで重たい。

キーギーキーギー。高く長く響くのは、斜め向いの葬儀屋の車庫があく音だ。古いシャッターは素直にあがらず、錆びの音を朝の街に撒き散らす。人々のケを巻き込んで、葬儀屋の朝があいていく。

大豆が煮えたのか、今度は豆腐屋の前が騒がしい。おはようございまーす。出来たての豆乳を目当てに、近所の人が、出勤前の人が、豆腐屋の軒先に顔を出す。軒先の棚には、円筒形で蓋のあるプラスティックの入れ物が、近所の人たちの豆乳のマイボトルが並ぶ。その場で飲んだり、持ち帰ったり。なにを話しているのか、ときどき笑い声が響く。

朝の音、豆腐屋のボンは日曜日が休み、葬儀屋のキーギーは友引の日が休みだ。

そんな朝の音に、春くらいか、それよりもう少し前だったか、ニワトリの鳴き声がまじるようになった。豆腐屋のボンの時間からときには昼過ぎまで、どこかでニワトリが鳴いている。近くの寺のあたりを歩いていても聞こえるし、だいぶ離れた神社の横を歩いていても聞こえる。街中の住宅街でニワトリを飼える家はそうそうないだろうと、近くの小学校にあたりをつけて近寄ると、ニワトリの声は遠ざかる。

よく行く弁当屋で、最近朝ニワトリの声が聞こえませんかと聞くと、あれうるさいわよねぇ、と迷惑顔。三時くらいから鳴いてるのよ。どこの家かしらと思って。並びの動物好きのうちあるでしょ。屋上で飼ってるのかしらって聞いてみたんだけど。違うって。どうも明治通りの向こうじゃないかって言うのよ。

うちから弁当屋まで一区画、弁当屋から明治通りまでさらに一区画、そこから交通量の多い通りを越えてさらに向こうの街から、ニワトリの声がうちまで届くのか。喉からしぼり出した、コケコー、コケコー。

そのうち探しに行ってみよう。鳴いてるときに、声を頼りに。隣町のニワトリ探しを楽しみにしていたが、そのうち、では遅かったらしい。ここしばらく鳴き声が聞こえない。よそにやられたか、鳥鍋にでもなったか。よく行く弁当屋まで、あら、そういえばそうね、食べられちゃったかしら、と似たようなことを言う。

ボン。コケコーコケコー。じゅじゅじゅじゅじゅ。キーギーキーギー。コケーコー。おはようございまーす。

朝の音からニワトリが引かれて、元に戻ったはずがなんだか少し物足りない。豆腐屋のボンもいつまであるのか。日曜日以外、大豆を煮続けた背中が見るたびに丸い。

2018-11-03

[]夜のコンビニ

食堂のアルバイト帰り、近くの古本屋に顔を出す。いつもの顔が帳場の周りですでに一杯やっている。誰かもう一本飲む人いるー?と声をかけながら、夜のコンビニへ自分の酒を買いに出る。

また酒ですか。

腕に抱えた缶ビールを見て、レジの向こうの彼は必ずこう言う。

彼は、雑司ヶ谷に住む、作家で編集者のピスケンさんと、同じ風呂なしアパートの隣りの部屋に住んでいる。みちくさ市の打ち上げの店に行く途中、店への道がわからないというピスケンさんを迎えに、はじめてこのアパートを訪れた。アパートの戸を開けると小さな玄関から階段が伸び、二階にあがると暗い木の廊下の両側に点々と入り口が並んでいる。おーい、迎えに来たよー。ひと際うるさい部屋の戸を開けると、小さな流しの向こう、机と本しかないような殺風景な畳の部屋から、煙草の煙と酒の匂いが白く濁ってあふれ出す。ほら、行くよー。すでに酔っ払っているピスケンさんとお仲間に声をかけていると、ぼくの部屋ここなんです、とがらっと隣りの戸が開いた。夜のコンビニで会う彼だった。

酒を買ったときは、また酒ですか、と言い、珍しく酒じゃないものを買ったときは、今日は酒じゃないんですか、と言う。どちらにもうなづきながら、ピスケンさんは元気?と聞いてみる。二ヶ月に一度、みちくさ市のときにしか会わないピスケンさんは、二ヶ月に一度見るたびに痩せていく。えぇ、まぁ、と濁ったことばが返ってくる。

みちくさ市の打ち上げやお会式での飲み会に、ピスケンさんとともに彼を誘ったが、二度来て、二度とも酔ったピスケンさんをアパートまで連れて帰ってくれた以来、何度誘っても、えぇ、まぁ、と濁ったことばしか返ってこない。

2018-11-01

[]嘆き節

西口のコンビニへ移動した彼の替わりに、西口のコンビニから新しい店長がやってきた。入れ替わりなんですよ、と新しい店長を紹介された。紹介された気安さからか、レジの向こうの新しい顔と話すことに抵抗がない。

自分が来たとたんすぐモノが壊れるんですよー、バイトのばっくれが多くてー、この店たばこの種類が多すぎるんですよー、少しずつ減らしますよー。

前の彼とは違う、真面目な顔での嘆き節もまた愉快で、あいかわらずこのコンビニに通っている。

アルバイトの顔も多少変わった。よく会うのは坊主頭のがっちりした体格の彼で、いまの店長の嘆き節のせいか、彼もまたよく嘆く。ある日行くと、寝てないんですよーと嘆き、またある日行くと、右手が痛いんですよー、と右肩の辺りを弱々しくさすっている。坊主頭とがっちりした見た目から、運動でもして痛めたのかとたずねると、いえ、役者をしています、と返ってくる。たばこを取るために一日に何度も手をあげるからですかね、とレジの真上の棚に右手をのばし、いてて、という顔を見せてくる。坊主頭にしたのも役ですよ。高校生の役なんです。

高校生?つい聞き返してしまったことばの響きを読んだのか、いや、留年した高校生ですよ、と照れながら笑う。

珈琲を待つあいだ、彼、役者なんですね、と新しい店長に話しかける。自分も昔、目指してたんですけどねー。どこか自慢げに、新しい店長がこちらを見返す。実際、多いですよ、この業界。時間の自由がわりと利くから。そうなんだ。うなづきながら、ここで働く顔とは違う、役者の顔はどんなだろうと想像しながら、いれてもらった珈琲を受け取る。

2018-10-31

[]ゆるい約束

よく行くコンビニがふたつある。一軒は昼間、弁当や珈琲を買いに、もう一軒は夜、缶ビール缶チューハイを買いに行く。店を分けているのは、昼間に行くコンビニにしかいれてもらえる珈琲がなく、夜行くコンビニのほうが酒が安いからだ。

昼間のコンビニでいれてもらった珈琲を受け取り、レジ前に置かれた台で砂糖とミルクをその場で入れる。

いつも珈琲ですね。

一拍おいて、同じことばがもう一度聞こえた。

いつも珈琲ですね。

二度目で顔をあげると、レジの向こうの顔が、笑いながらこちらを見ている。

わたしに話しかけている、わかるまでに間があった。慌てて同じことばを繰り返した。

あぁ。はい。いつも珈琲ですね。

レジの向こうの顔と話すようになったのはそれからだ。

いらっしゃいませ。こんにちは。オーナーが替わり、本社に言われて山形コンビニから豊島区コンビニにいきなり派遣されたこと。事務机の整理ができなくてアルバイトの女の子から怒られたこと。そのおかげで店長から降格したこと万引きが多いこと。いつか自分もコンビニをやりたいとアルバイトの子が言ってくれたこと。珈琲を受け取るまでの少しのあいだ、レジの内と外で起こる悲喜劇を、笑いに変えながら話してくれる。

レジを待つあいだ眺めていると、どの客にもさりげなく、話しかけたり笑いかけたり。うちは品揃えでは他のコンビニに負けちゃうから。弁当なら向かいのコンビニのほうが品数もうまさも上なのに、いつの間にかこのコンビニで買ってしまうのは、この人の顔を見るためと、この人が来てからかわった店の空気が好きだからだ。そういう人はこの町で、たぶんわたしだけじゃない。

ある日、移動になりました、と告げられた。しばらくして、駅の反対側、西口の繁華街の端っこの店で働きはじめた。ときどき西口で飲んだ帰りに店に寄る。酔い覚ましの水や茶を買いながら、かわらない顔を見る。

いつか飲みましょうね。

移動の前にゆるい約束を交わしたが、ゆるいものはゆるいまま、まだ果たせていない。