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2012-02-10

[][]明治通り

歩いていると、よく言葉がつながる。つながった言葉を、後で書こう、と、酒を飲んですべて忘れる。歩く道はどこでもいいが、明治通りをよく歩く。雑司ヶ谷から、新宿の画材屋・世界堂まで、歌舞伎町そばの飲み屋まで。新宿花園神社向いにたつ、花園饅頭のビルの二股の左を行けば、雑司ヶ谷からまっすぐ、世界堂の前に出る。右に行けば歌舞伎町のそばに出る。

新宿で、買い物の帰り、飲んだ帰り、雑司ヶ谷までまた歩く。昼の明治通りよりも、夜の明治通りのほうが好きだと、歩くたびにそう思う。酒の入った目で見る明治通りは、昼間よりもましに見える。車の音にまぎれて歌い、尻の赤いランプを追いかけ追いかけ、雑司ヶ谷まで歩いていく。行きにつなげた言葉を、明治通りに落として帰る。昼と夜と、同じ言葉の周りをただくるくると、歩いているだけかもしれない。

別冊文藝春秋』2012年3月号、樋口毅宏くん連載「二十五の瞳」、の扉絵を描きました。
文藝春秋|雑誌|別册文藝春秋_120101

2012-02-07

[]隣りの引越し

ある日、アトリエの戸が叩かれ、出ると隣りの青年だった。彼が所属している劇団のチラシと、田舎から送られてきたというじゃが芋とパッションフルーツを手に、ぽつんと立っていた。引越しの挨拶で見たときから、きれいな顔形をしている、と思っていたが、役者だったのかと納得した。パッションフルーツの食べかたがわからない、と聞くと、半分に切ってスプーンでほじくって食べる、と教えてくれた。チラシをもらい、じゃが芋とパッションフルーツをもらい、じゃが芋とパッションフルーツだけ食べ、そしてわたしはチラシの公演を観に行かなかった。

よく彼女が来ていた。たまに友人が来ていた。青年の部屋とわたしのアトリエの間には、どちらの押入れもあるはずなのに、音はよく聞こえた。集中すれば、何を話しているのかさえ。はじめとまどった話し声も、笑い声も、じきに慣れた。住人共通の廊下兼軒先に置かれた下駄箱に、よく彼女は腰掛け、部屋にいる青年と窓越しに話していた。友人も下駄箱に腰掛け、青年とふたり、よく煙草を吸っていた。廊下兼軒先での会話は、押し入れ越しよりもさらによく聞こえたが、嫌ではなかった。このただの廊下兼軒先と下駄箱を、自由に使っている姿が、見ていて楽しかった。

廊下兼軒先は、2階の南向きで、日当たりが良かった。前の家が平屋のお陰で、家が密集するこの辺りにしては、空が広かった。アトリエをここに決めた理由のひとつも、2階にあがった途端の、空の広さを見たからだ。よく日の当たる廊下兼軒先は、洗濯干し場でもあり、隣りの青年は、毎日必ず洗濯ものを干していた。男にしてはマメなことだと感心していたが、昨日の、一昨日の、洗濯ものが、干しっ放しだったのかもしれない。干された洗濯ものは毎日見たが、干している姿は見たことがない。いつも、いつの間にか、洗濯ものは軒先にあるのだ。

昨日、青年がこのアパートから引越していった。数日前、うちのポストに、このアパートを管理する不動産屋からの封書が、間違って入っていた。退室、の文字を見て、あぁそうか、と隣りのポストに投げ込んだ。廊下兼軒先から青年の洗濯機が消えた。下駄箱の上に置きっぱなしの、煙草、灰皿、安全剃刀、何かの充電用のコード、が消えた。派手な洗濯ものももう干されない。2階にあがって目に入る、下駄箱の彼女、置きっ放しの煙草と灰皿、干されっ放しの洗濯もの、が好きだった。いなくなった青年よりも、彼を彩るものたちが好きだったのかと、さっぱりと何もなくなった廊下兼軒先を見て気づいた。

2012-01-30

[][]下北沢の猿

アトリエに人が来るときはたいてい夜で、飲み会で、ひとりふたりのときもあれば、アトリエが窮屈に感じるほど人が来るときもある。飲んだ日は飲み疲れて、皿やコップを流しに残したまま帰り、ゴミだけまとめて玄関に置く。

翌日のアトリエは酒と食べものの匂い。まず窓を開け、流しの洗い物から片付ける。豚肉のかたまりを煮た日は白いラードがこびりつき、何度洗っても皿がべたつく。小さな排水溝がよくつまる。べたつく皿を何度も洗い、排水溝につまる生ゴミを捨て、終わると床掃除をはじめ、少しずつアトリエが元に戻っていく。飲んだあと、毎回さっぱりと洗われていく、翌日のアトリエを見るのがとても好きだ。できれば毎日がゴミの日ならなおいい。

雑誌「なごみ」の2月号が届く。平田俊子さんの連載「気がかりな町」をまずひらく。平田さんの文章に、わたしの挿画が小さく寄り添う。平田さんが書く町を、後を追うようにしてわたしも訪ね、毎月絵に描く。そうして1月号では鍋屋横丁を描き、2月号では下北沢を描いた。

さっぱりとしたアトリエで、平田さんの書いた下北沢を読む。わたしの記憶の下北沢を、平田さんの見た猿が歩く。開け放たれたアトリエの窓から、いなくなった人たちと、猿がこちらを覗いている。

tankosha ::: 淡交社 ::: web

2012-01-26

[][]沖縄の野菜

市場の古本屋ウララでの『もの食う本』原画展を、那覇経済新聞さんに取り上げていただきました。取材のあった時間、わたしは近くのAコープで買い物をしていました。島かぼちゃ、はんだま、なーべら、島らっきょう、と泡盛を抱え、帰ってみると取材が終わっていました。Aコープは、ジュンク堂沖縄店の入るビルの地下1階にあります。ここは野菜が安いですよ、とウララさんに教えてもらった店でした。ジュンク堂沖縄店は、ウララさんが古本屋をはじめる前、働いていた職場です。ウララさんが力を入れて作っていた沖縄本のコーナーが、2階の人文書の一画にあります。古本屋ウララと共に、沖縄に行った際にはぜひ訪ねて欲しい場所です。
沖縄の野菜:http://instagr.am/p/kIOQB/
那覇の「日本一狭い」古書店で原画展?文庫「もの食う本」の表紙・扉絵展示 - 那覇経済新聞

講談社の雑誌「小説現代」2月号掲載の、曽根圭介さんの小説「轍」の、扉絵と挿画を描きました。
講談社 BOOK倶楽部:文芸書 小説現代

学研新書 『これでもう苦しまない 』の扉絵を描きました。
学研新書『これでもう苦しまない』 | 学研出版サイト

2012-01-25

[]沖縄の本

沖縄から戻ってまいりました。古本屋ウララの帳場に座り道行く人たちを眺め、沖縄古本屋さんたちと飲み、一箱古本市沖縄料理の本を買い、迷路のような市場を歩き周り、毎日朝からオリオンビール夜には泡盛を飲む生活が楽しくて、東京に戻ってからもまだ、気持ちがふわふわしています。

古本屋ウララは、0.5坪と1坪と道にせり出した本棚と帳場の、思っていた以上に小さな古本屋でした。0.5坪には一般書、1坪には沖縄の本が詰まっていました。この市場では、沖縄で採れたもの作られたものが売られているから、その市場に古本屋を出すわたしも、沖縄で作られた本を売りたい、というウララさんの言葉がとても心に残りました。

沖縄のみなさん、旅行で行くみなさん、ぜひ市場の古本屋ウララを訪ねてください。ウララさんとお店の魅力を、もっとたくさんの人たちに知って欲しいです。

武藤良子『もの食う本』ミニ原画展

『もの食う本』(木村衣有子・著、ちくま文庫)の表紙と扉絵のミニ原画展です。

2012年1月22日(日)、珈琲屋台ひばり屋で開催される「一箱古本市」との連動企画です。

■期間

2012年1月22日から2月22日まで

11:00-19:00

火曜日定休

■場所

市場の古本屋ウララ

〒900-0013

沖縄県那覇市牧志3-3-1

牧志公設市場の向かい

市場の古本屋 ウララ

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