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2008-04-14

[][][]通天閣日和 大阪京都死闘篇その7

久しぶりのすっきりとした目覚め。旅行、最終日。夕方の新幹線の時間まで、大阪の町を歩き尽くそうと思う。

南森町から堺筋線長堀橋まで。空堀まで歩く。ここは古い町並み、古い商店街が残っている。歩いていると潰れた銭湯に出会う。「小玉湯」という文字が見える。駐車場になっている。車の奥に、洗い場のタイルが見える。外観からして、古い石造りの素敵な銭湯だ。もったいない。

谷町六丁目から谷町線に乗り、天王寺へ。噂ほどディープではない。昼間だからか。天王寺動物園の間を抜け、原君お薦めの通天閣を目指す。大阪の町はカラフルだから上から見ておいた方がいい、と昨夜力説されたのだ。600円払って通天閣に昇る。エレベーターにお札がついているのが、ちょっと怖い。展望台は、とても狭い。下から見たときはもう少し大きな建物に見えたけれど、上がってみるとそうでもない。景色を見る。今日は晴れ。絶好の通天閣日和。通天閣を中心に放射状に伸びる町。東京タワーから見える景色とは違い、もっと細かくぐちゃぐちゃとした、人間臭い町が、眼下に広がっている。ビリケン様に、お参りする。2階のお土産コーナーのそばで、死神博士みたいなおじいさんが手品の道具を売っている。日立製のテレビが制作年代ごとに表になって紹介されている。うちのテレビは、今も昔も日立製だ。子どもの頃、熾烈なチャンネル争いをしたテレビがどのテレビなのか、何度見てもさっぱり思い出せない。

串カツ屋に入る。串カツの肉は、牛肉なんだと知る。カツと言えば、豚だと思いこんでいた。牛でも、豚でも、うまければ文句はない。諸々の串10本、瓶ビールに酎ハイ。昼間からこんなに幸せでいいのだろうか。隣に1人で食べるおじさんと目が合い、ぽろぽろ話す。高知県から出てきて、沖縄沖縄民謡も大好きで、今日もそのライブの帰りかなんかで、これから仕事だから酒は飲めない、かつおのタタキはうまい、そんなことを話す。この旅行中、お酒を飲みながら、日々あったことをメモしている。それを見て、雑誌の取材か何かですか、とおじさんに聞かれる。いえ、晩酌日記です、と答えて笑われる。おじさんと握手をして別れる。この旅行は、本当にいろんな人と出会う。そしてそれがとても楽しい。

でんでんタウンを歩く。「でんでん」は電気の「でん」で、ここは大阪秋葉原みたいなところ。道の両側に電気屋さんが並ぶ。秋葉原よりも、エロとアニメ色が薄い。昔の秋葉原は、もしかしたらこんな感じだったんじゃないだろうか、と歩きながら思う。

吉本の劇場の前を通り、河童橋のような道具街を歩く。どこもにぎやかで、アーケードが町を覆っている。

心斎橋から御堂筋線に乗り梅田まで。梅田から阪急神戸線で十三に行く。昨日、古道具屋のご主人に聞いた、大阪で1番古い銭湯が残っているという町。名前もわからないけれど、新幹線の時間ぎりぎりまで、探してみようと思う。商店街の入り口で立ち話をしているおばちゃん2人に聞く。あそこちゃう、と言って教えてくれた銭湯。マンションの1階にあるイマドキの銭湯で、ぜんぜん古くない。その近くの神社社務所前に自転車をとめていたおじいちゃんにも聞く。心当たりはないけれど聞いたるわ、と目の前の社務所のガラス窓をガンガン叩き、中から出てきた神社の人に聞いてくれる。やはりわからない。交番の場所を聞き、そこでも聞く。せめて名前がわかれば、と言われ諦めるが、若いお巡りさんが、もしかしたらあそこかも、と教えてくれる。歩くとちょっと遠い。でも見るだけみよう、と探しに行く。住宅街の中で、煙突が見えたときはドキドキしたけれど、結果そんなに古くない銭湯だった。結局見つからなかった。もっと有名で、聞けばすぐにわかると思っていた。自分の町の銭湯を、みんな意外と知らない。それは、大阪東京も同じ。家に帰って調べてみると、この銭湯は十三と南方の間にある昭和三年築の「新木川温泉」のことらしい。今度また大阪に来たときには、必ず寄ろうと心に誓う。

せっかく富士山が見える側の席を取ってもらったのに、新幹線の中で熟睡する。気がつけば新横浜だった。もう外は暗い。東京駅に着き、山手線に乗って帰る。

この旅は、ここでおしまい。旅はここで終わりですが、個展「日曜おんな」は20日(日)まで。どうぞよろしく。そして、大阪京都のみなさん、いろいろどうもありがとう。今度は、東京で飲みましょうか。