m.r.factory

2008-06-30

[][]蒲田歩き

JRを乗り継ぎ、蒲田へ。駅と直結している東急プラザの屋上に上がる。そこには以前下から見上げた小さな観覧車がある。チューリップを逆さにしたような形のものが10個くらいぶら下がっている、とても小さな観覧車だ。料金は大人でも子供でも、1人200円。チケットを買い、ゆっくりと周るチューリップの中に足を踏み入れる。ドアが閉められ小さな空間に閉じ込められる。観覧車自体は小さいけれどビルの屋上にあるため、かなり高く、かなり遠くまで見渡せる。眼下には蒲田の町、遠くには山が見える。あちこち見ようと体を動かすたびに、小さな観覧車は、ゆさー、っと揺れる。

蒲田の町の商店街を歩く。小さくて雰囲気の良さそうな飲み屋がひしめき合っている。昼過ぎのこの時間は、まだ閉まっているところが多い。不思議と時が止まったような、静かな飲み屋街の中を歩いていく。商店街の外れに、古い運動具屋を見つける。外に吊るしてある特価品を見て足が止まる。色も良い、形も良い、デットストックリュックサックたち。思い切って店の中に入って見ると、さらに古くて形の良いリュックや登山道具たちが、棚に埃をかぶり、積み上げられている。この興奮をお店の人に知られないように、静かに何気なく見ているふりをしながら、でも手と目は忙しく棚のあちこちを探っていく。シンプルで、色も良い、でも値段の書いていないリュックを選ぶ。外に吊るしてあったものは、どれも1050円か750円。これもその値段なら買うぞ、とさりげなくレジに持って行く。袋から出し、しげしげと見た後、レジのお姉さんは、1050円、と告げる。じゃぁ、お願いします、とうれしさを隠して何気なく答える。

先週か、先々週の、NHK美の壺」が銭湯特集だった。さすがNHKと言うべきか、いくつかの銭湯が紹介されるものの、銭湯の名前をはっきりとは言わない。さりげなく暖簾の端に見えるか見えないかくらいで映る銭湯の屋号と、町の名前と、築年数。それでも、銭湯マップを鞄に入れ、毎日見るような人間には、当然解るだろうと、挑戦されているかのような、この番組の作り。えぇ、わかりますとも。ここがあそこで、そこがあそこでしょ。古本市でお世話になった、目白台の「月の湯」も紹介されているじゃありませんか。今日は、この番組の司会進行役の谷啓さんがいた「明神湯」まで、蒲田から歩こうと思う。

呑川沿いを歩く。途中、池上の本門寺の前を通る。ここは雑司ヶ谷民にとってはお会式の本拠地として有名なお寺。一度お参りしたいと思っていたのだ。緑で囲まれた山全体がお寺のようで、下から長い長い石段が山の上まで続いている。少し躊躇するものの、めったに来ない場所なので、重い体を、うんうん、言わせながら上る。頂上に着くと、すこーん、と何もない空間に大きな門と、立派な本殿が鎮座している。鬼子母神さんよりも、新しくて、でかい。ここに、縁日が並び、あの万灯行列が来て、太鼓を叩くのだろうか。今の何もない空間を見ると、それがうまく想像できない。あの石段を太鼓を叩きながら上るのも、想像ができない。

呑川沿いを歩き疲れた頃、左手に煙突が見える。路地を曲がると、立派な銭湯が現れる。ここが谷啓さんがいた銭湯明神湯」だ。家紋を染め抜いた暖簾をくぐり、サンダルを下足箱に入れ、左手の女湯に入る。どこもかしこもきちんと手入れされ、古き良き昔の銭湯の姿そのままを目にすることができる。湯船は、薬湯と、熱めと、ジェットの泡の、3つ。正面のペンキ絵は雪をかぶった富士山の図で、裾野の下には、白帆の浮かぶ湖が描かれている。すっきりとした美しいペンキ絵だ。珍しいのは、ペンキ絵が横の壁まで来て「く」の字に曲がり、さらに窓の横まで続いていること。立体感を出したのか、そうでないのか、解らないけれど、なかなかおもしろい。大きな窓から入る光と風の中での入浴は、まさに極楽。幸せ過ぎて怖くなる。脱衣所にある本棚を見てみると、町田忍さんの「銭湯遺産」が面出しして置かれていた。表紙はあの、悔やんでも悔やみきれない「廿世紀浴場」で、この「明神湯」も名銭湯として紹介されている。高くて買うのを渋っていたのだけれど、見ていると欲しくなってくる。いつか買おうと思っているうちにこの手の本はなくなってしまうので、なるべく早く買おうと決意する。番台の女将さんに、銭湯スタンプラリーの判子を押してもらいながら、NHKの取材の話を聞く。肩から下を指しながら、ここくらいしか映らないって思っていたのに思いっきり映っていたもんだから恥ずかしくて、と照れながら話す姿が素敵にかわいらしい。

呑川沿いを石川台まで歩き、池上線に乗る。五反田から山手線に乗り渋谷まで。よく冷えた缶ビールを飲みながら歩き、路上でタイ料理を食べ、ユニクロで「プロゴルファー猿」と「まことちゃん」のグワシTシャツを買い、先ほど買ったリュックサックに詰めて、副都心線に乗って帰る。袋から出したリュックは、濡れたまま数年間放置したテントの匂いがした。