m.r.factory

2009-10-31

[][]流し400円の贅沢

日暮里駅の改札を出て東口へ行く。高層マンションがいくつかと大きなバスターミナルとがあり、西口の谷中霊園谷中銀座のある町と同じ町とは思えない。駅前の喧騒を抜け、尾久橋通りを越える。寿司屋の横道を入ると右手に銭湯「斎藤湯」はある。駅から徒歩3分。銭湯マップには15時から営業と明記されているが、15時ちょうどに入り口に立つとシャッターが下りている。閉じたシャッターには16時開店と書かれており、営業時間が変わったのか、銭湯マップが誤植なのか。仕方がないので町を歩く。すぐ横の、日暮里繊維街から三河島まで。日暮里繊維街は、服飾全般の卸売り安売りの町で、道の両側に並ぶ店からは、生地やボタンやレースが歩道にまではみ出し積まれている。服飾系の学生から、コスプレの衣装を作る人、手芸好きのおば様たちまでを魅了する町。三河島は、韓国人街、焼肉の町、三河島事故、の印象しかない。歩いてみれば、数十年前に起きた事故の形跡は当然跡形もなく、思っていたほど焼肉屋もない。歩いている間、小学校をふたつ見た。どちらも金ぴかのごつい校章が校舎に張り付き、どこのヤクザの代紋か、と思う。道も素直にまっすぐではなく、微妙に入り組み曲がっている。どこにでもある、都心から少し離れた寂れた町のようで、どこかこの町はほかと違う。歩きながら、大阪の町を思い出す。

15時50分、「斎藤湯」の前に戻る。とすでにシャッターは開いている。暖簾をくぐると広めの玄関。両脇に下足箱、靴を脱いで正面に、脱衣所の一部をつぶしてつくったロビーがある。左手にソファーセット、右手には大きな水槽があり、水槽の下の棚ではなぜかコシヒカリの新米が売られている。正面のフロントで入浴料450円と、流し代400円を払う。ここ「斎藤湯」は、国内で唯一、現役の三助さんがいる銭湯なのだ。念の為、フロントに座る女将さんに聞いてみる。女性でも大丈夫ですか。はい、と言われ、木の札を渡される。幅3センチ縦20センチくらいの細長の木札の上部には、ながし、と墨で書かれ、下部には、斎藤湯、と焼印が押されている。木札を握り締めて、脱衣所に入る。右手が女湯。天井は高いが格天井ではない。木の梁は見えるが壁紙のようなものでほとんどが覆われている。脱衣所に面した庭は、そこそこ広く木も繁っているが池はない。古い銭湯を少しずつ改装している様が見てとれる。籐製のベビーベッドがひとつある。

洗い場に入る。正面の壁は、1センチ四方の小さなタイルで描かれたモザイク画。深緑、薄い緑、黒、桜餅のような薄いピンク、の四角い模様が繰り返されている。湯船は浅めと深めのふたつ。浅めには、ぬるめの湯、深めには、あつめの湯、と壁に書かれているのが珍しい。男湯と女湯の仕切りの壁には下がり藤のタイル、外に面した壁にはブルーノ・ムナーリが描くような抽象化した太陽のタイル、が白いタイルの所々を埋めている。天井は高い。壁と天井が白く塗られているのは普通だが、梁だけが薄い緑色なのが珍しい。島カランは中央にひとつ。広い割りにカランの数は少なく、洗い場はゆったりとしている。三助さんがいることと、これは関係があるのかないのか。

石鹸、タオル、を置く洗い場の棚に、もらった木札を並べて置く。さっと体を洗い、しばらく湯船につかり上がったころ、三助さんが奥の引き戸を開けてやってくる。真っ白のランニングシャツ、青い短パン、濡れても平気なビニール製の茶色いサンダル。手に持つのは、薄く色あせたピンクの大きい洗面器、そしてレモン色のナイロン製の垢すりタオル。いいかい、と聞かれて、お願いします、と答えた気もするが、舞い上がって覚えていない。横のカランでピンクの洗面器にお湯を入れ、手を突っ込んでは湯加減をみて、垢すりタオルをぽちゃっとつける。棚に置かれた私の石鹸をとり、垢すりタオルで泡立てる。石鹸は、それぞれ各自のを使うのか、アレルギーとか、好みとか、と口に出さずに心で納得。背骨に沿って、上から下までぐいっと洗う。背中を洗い、肩と首を洗い、二の腕を洗い、ピンクの洗面器に溜まっていたお湯をざばっとかける。私の手ぬぐいを取り、肩と首と二の腕を覆うように広げてかける。肩甲骨周辺からマッサージがはじまる。ぐいぐいぐいぐい、ときて、最後に、ぐりん、と強く押す。首と肩、二の腕から指先、そして腰、でまた肩甲骨に戻る。それを何度か繰り返す。三助さんの顔を見ると、ニコニコと頬を赤くしながら笑っている。聞きたいことは山ほどある。1日何人ぐらいやられるんですか?ひまひま。でもテレビとかCMとか出て。重なっちゃうんだよね。マスコミに取り上げられた瞬間は混むけれど、それ以外はということか。何年ぐらいやられて?長いよ。五十年くらい?と聞くと、指を四本だしながらうなずいている。40年なのか50年なのか、その間なのか。どこから来てくれたの?池袋です。池袋は昔よく行ったよ、駅前に銭湯があってね。駅前にはもう銭湯はないですね、と答えながら、昔はここ斎藤湯だけでなく、他の銭湯にまで出張三助さんをしていたのだろうか、と疑問がわく。もっといろいろ聞きたいのに、仕事の手を止めてまで聞いていいのか、と黙る。最後にまたざばぁとお湯をかけて終わりになる。時間にして7〜8分。三助さんは、棚に置かれた木札を取り上げ、またニコニコと笑いながら引き戸の奥に消えていく。

湯につかり、今の出来事を振り返る。洗うのは一瞬で、マッサージの時間のほうが長いのか。ヒリヒリと痛いほど擦られるかと思ったが、洗い方が優しかった。三助さんが女湯に出てきたときも、洗っているときも、周りのおば様たちは普通だった。石鹸箱の蓋そこに落ちてるよ、ありがと、そんな会話を交わしていた。自分の通う銭湯に、三助さんがいるということが普通なのだ。

フロントの女将さんに、銭湯遍路の判子を押してもらいながら、三助さんは何年ぐらいやられているんですか、とまた同じことを聞いてみる。40年か50年かと聞く私に、それぐらい、と困った顔でうなずいている。もう長すぎて、三助さんも女将さんも、何年前からやっているかなんて、いちいち覚えていないのだ。年はおいくつなんでしょう。ななじゅーいち、とゆっくり考えながら女将さんは答える。もっといろんな話を聞いてみたい。また来よう。邪魔にならないように、少しずつ聞いていけばいいのだ。

帰り道、駅の西口に出て、谷中銀座生ビールを飲む。このビールの美味かったこと。

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サントリーチャンネル CM・動画ポータルサイト

東京では、今流れているサントリーのCMに、「斎藤湯」の三助さんが出演しています。三助さんは本物ですが、ロケに使われている銭湯は、「斎藤湯」ではありません。外観からしてたぶん大田区池上の銭湯明神湯」かと思われます。