m.r.factory

2017-08-11

[]星とくらす

あれは山中湖の近くにあった、父の勤めていた会社の保養所だったと思う。子どものころ、家族旅行で何度か訪れたはずだが、覚えていることはそう多くない。湖畔沿いの売店の大きな水槽につかって売っていた青りんごの甘酸っぱい固さと、夜、保養所の窓から見上げた一面の星空だ。大人になってからも、旅先で夜空を見上げる機会はかわらずあるが、見上げたときの開けた口をそのまま閉め忘れるような星の数に、あの日以降出合っていない。

はじめて天体望遠鏡で星を見たのは中学生のときだ。上野国立科学博物館屋上で行なわれていた天体観測会へゆみえさんとふたりで出かけた。そのとき見えた土星の輪っかと月のでこぼこが、はじめての「わたしの星」だ。埼玉多摩湖のほとりでしし座流星群を見たときもゆみえさんとふたりだった。同じようにどこからか流星群を見に来た人たちとともに、湖の脇の歩道にシートを敷き寝転びながら、夜空を流れる星を一晩中見ていた。ひときわ大きな火球が流れると、ことばにならない歓声が湖畔をゆらした。

荒川土手でも流星群を見たことがあった。本屋で働いていたころ、同僚の家で遅くまで飲み、誰が言い出したのか、流星群を見に行こうと練馬の家から荒川土手までタクシーを飛ばした。酔いつぶれ土手に寝転がる同僚たちと、荒川のうえに流れる星を見た。

蟲さんの著書「星とくらす」を読んでいると、わたしの暮らしのあちこちの、かつての星を思い出す。そしてまた、倉敷の思い出も星座のようにつながっていく。蟲文庫の2階にある小さな天文台を見せてもらったこと。店の裏手にある鶴形山公園から見た町並み。蟲さんの実家に行く途中に通った倉敷川沿いの暗い道。見知った場所が出るたびに、なかなか行けない倉敷の町を本のなかで再訪していく。

読み終わったあと、夜空を見上げる機会が増えた。しばらく忘れていた誰かと星を見る喜びを思い出し、いまも暮らしのなかに星があるのだと、ほんの少し、意識を空へと向けてくれる。

◆蟲日記◆: 『星とくらす』できました