m.r.factory

2017-10-11

[]顔も知らない

居間兼台所の座卓に座り、テレビを見たり、昼飯を食べたり。座卓の正面の窓からは、お向かいの白い戸建が二軒と、二軒の間にさらに向こうの二階建てのアパートが見える。座って窓を見上げているので、どちらの建物も二階部分しかこちらからは見えない。

ある雨の日、また洗濯もの出しっぱなしねぇ、と隙間から見えるアパートの二階を見上げて母が言う。また?と聞くと、晴れでも雨でもあの部屋の人は洗濯ものが出しっぱなしなのだと続けて言う。アパートにはベランダなどなく、窓の外に小さなひさしがあるだけで、ひさしの下に並べられた洗濯ものが雨を吸って萎れている。家に居る時間の長い母は、ときどきこうしたことに気づく。

母に言われてから、座卓に座るとつい目がアパートの二階の洗濯ものにいく。干されたものの種類から、住人はおそらく若い男で、それにしてはこまめに毎日のように洗濯ものを干している。一度干したら乾くまで取り込まない主義なのか、雨の日でも堂々と、洗濯ものをひさしの下で揺らせている。

そんな変わった洗濯ものをここ数年眺めていたが、ある時から洗濯ものが干されなくなり、またある日から洗濯ものの種類が変わり晴れた日にしか揺れなくなった。雨の日に空っぽのひさしの下を見て、若い男は引越したのか、新しい住人が入ったのか、とやっと気づいた。

手前の白い戸建の左側のほう、こちらの二階のベランダもよく見える。晴れた日には白や水色の大きなシーツがベランダいっぱいに広げられて揺れている。靴下やパンツや細かい洗濯ものが雨で萎れているのと対照的で、大きなシーツが乾いて風になびいている姿は気持ちがよかった。

ついこないだのこと、戸建の前に引越屋のトラックが停められていた。大きなシーツともこれでおさらば。戸建の住人は若い夫婦だったが、生活する時間が違うのか、住んでいる間まともに顔を合わせたことがなかった。それなのに、わたしは顔も知らない隣人たちの洗濯ものの色柄を知っている。