m.r.factory

2017-12-19

[]本の背中

ときどき知人の古本屋の手伝いをしている。主な手伝いは買取で、古本屋とともに客の家に車で出向き、客が売りたいという本の版型を揃え、縛りやすい高さに積みなおし、縛られた本の山を車に運び込んでいく。単純な力作業だが本の量が多いときは重宝がられてよく誘われる。

その日、食堂のアルバイト帰り、いつものように知人の古本屋に顔を出すと、昨年亡くなった友人の家から買取依頼が来たと、店主が言った。

友人の家まで、小さな川を四本、大きな川を二本越えて行く。東京の東側は川と川に挟まれどこまでも町が平らに続く。生前、友人がやっていたブックカフェに古本の納品に行くときも、この道を車で走った。台風と重なった日は道路にも水があふれ、運転するのが怖かった。あれはこの辺りだっけ、と何本目かの川のあいだで運転席の古本屋がつぶやく。

路地の突き当たりにある三階建てが友人の家だ。玄関横の駐車場には子どもたちの小さな自転車と一輪車が並ぶ。玄関の扉が開くとともに、飛び出すように末っ子の女の子と犬が顔を出す。腹に抱えられ伸びた犬の肢体と、女の子の背丈がそう変わらない。あげてもらった二階の台所兼居間の出窓に、小さな仏壇と友人の写真が飾られている。写真のなかの友人は、目尻が垂れたなじみの笑顔だ。

今日は一階にあふれた本をと言われ、一階のこたつの部屋に通される。こたつの向こうの壁に、わたしが描いた赤いりんごの表紙の『スペクテイター』のポスターが貼られている。友人と最後に会った夏、りんご売りの記事にはずいぶん励まされたと、共通の友人から聞いていたわたしが土産に手渡したものだ。あぁ、どうも。丸めた包みを開きもせず、やけにあっさり受け取られ、飲み屋の椅子に放って置かれたポスターが、額装されてこちらを見ている。

三段のカラーボックスひとつ、とそこからあふれた本を少し。家に残すものと買い取るものに分けていく。よそ者が珍しいのか、人見知りをしない犬が、仕分けの手と本にじゃれてくる。この子がうちに来たのもなにか意味があると思うんですよね。犬を飼いはじめたのは、友人が余命六ヵ月と告知される、ほんの少し前だった。

一階の仕分けが終わり、三階の本棚の部屋を見せてもらう。友人の口からよく聞いていた、好きな作家、大事な本だけを入れた棚が壁に沿って三本並ぶ。岩波文庫のかたまり、講談社文芸文庫のかたまり、思想哲学系を中心に、戦後派から「第三の新人」と呼ばれる作家の小説と、応援していた現代の作家たちの本。

残してくれた本を読もうかと思ったんですけど難しくて。お母さん、地震で本棚倒れてきたらあたし死んじゃうよ、なんて、子どもたちは平気でそんなことを言うんですよ。

三本ある本棚を一本にまとめましょうか、と提案し、気持ちの整理もあるからと、一ヵ月後の再訪を約束した。帰りの車のなかで、犬に一番じゃれつかれていた古本屋が、あの犬、探している気がした、と亡くなった友人の名前を口にした。

約束の一ヶ月後、また川を越えて友人の家に向う。三階の本棚の部屋に通され、本を仕分けているあいだ、今度は人も犬も一度も見に来ることがなかった。どうやって一本に縮めようか。古本屋と友人の残した本棚を見つめる。敬愛していた鶴見俊輔木山捷平の全集。上林暁の箱入り。交流のあった上原隆、星野博美。生まれ変われるなら今度はこういう生き方がしたいと言っていた荻原魚雷。これなら子どもたちも読めるだろうと分厚い文藝春秋版『まんが道』。棚に残していく本の背が、そのまま友人の背中のようだ。

どうにか本棚一本分にまとめ、よけた本を縛りまたは箱に入れ、終わりましたと二階の家族に声をかけた。一本分に詰まった本と、空いた二本の本棚を見つめ、しばらく何も言わなかった。やっと開いた口が、ずいぶん寂しくなっちゃった、と小さくもらした。

友人が書いていたブログをすべてプリントアウトしたという、分厚いファイルが二冊出てきた。ファイルをめくりながら、あがる書名を追いかけて、縛った本をまたほどき、箱につめた本をひっくり返す。家族で沖縄に住んでいたときあっちの古本屋で買ったと言う『多情多恨』。家でずっとこの背表紙を見ていたというカポーティのシリーズ。ふたりのはじめてのデートの日、友人が抱えていたという『存在の耐えられない軽さ』。

タイトルがタイトルだから、なんなのって思っちゃって。デートのときはいつも本を持って来てたなぁ。

あ、この本。『チャリング・クロス街84番地』大好きで、お棺に入れてって言われてて、あの日あんなに探したのに見つからなくて、それがどうしてここにあるんだろう。惜しくなったのかもしれませんね最後になってやっぱりって、そう言うと、読んで欲しいってことなのかな、と細い指がいつまでも、本の背中を撫でていた。

縛りなおした本を車に運び入れ、また二階に声をかける。ヒーターを出したらその前から動かなくて、とテレビゲームに興じる子どもたちの横に犬が並ぶ。真ん中のお兄ちゃんが少年野球の道具を背負って帰ってくる。食卓の周りは子どもたちと犬とで絶える間もなく賑やかだ。その様子を、出窓に置かれた友人の写真が見つめていた。