m.r.factory

2018-12-22

[]朝の音

たくさん飲んだ日の翌日、便所に行きたくて目が覚める。外はまだまだ暗く、夜と朝のはざ間くらい。尿意と布団から出る面倒くささをはかりにかけて、もう一度目をつぶったり、天井を見たり。そんなとき、ボン、と大きな音が隣りからする。隣りの豆腐屋大豆を煮る大きな釜にガスを点火する音だ。ごぉごぉと、釜の底に火があたる音が、低く小さく続いていく。ごまかしきれず、布団をはいで便所へ行く。豆腐屋に面した便所の小さな窓から、煮えた大豆の甘く湿った匂いが漂ってくる。

便所から戻ってまた布団をかぶる。目をつぶるが寝付けない。そうしているうちに外が少し白くなる。白くなってはじめに騒ぎ出すのはスズメだ。周りには寺も墓地も木が茂る場所はいくらでもあるのに、どうしてこの窓の前の貧相な枝に群がるのかわからない。じゅじゅじゅじゅじゅ。じゅじゅじゅじゅじゅ。何匹いるのか、重なる鳴き声が窓のすぐそこで重たい。

キーギーキーギー。高く長く響くのは、斜め向いの葬儀屋の車庫があく音だ。古いシャッターは素直にあがらず、錆びの音を朝の街に撒き散らす。人々のケを巻き込んで、葬儀屋の朝があいていく。

大豆が煮えたのか、今度は豆腐屋の前が騒がしい。おはようございまーす。出来たての豆乳を目当てに、近所の人が、出勤前の人が、豆腐屋の軒先に顔を出す。軒先の棚には、円筒形で蓋のあるプラスティックの入れ物が、近所の人たちの豆乳のマイボトルが並ぶ。その場で飲んだり、持ち帰ったり。なにを話しているのか、ときどき笑い声が響く。

朝の音、豆腐屋のボンは日曜日が休み、葬儀屋のキーギーは友引の日が休みだ。

そんな朝の音に、春くらいか、それよりもう少し前だったか、ニワトリの鳴き声がまじるようになった。豆腐屋のボンの時間からときには昼過ぎまで、どこかでニワトリが鳴いている。近くの寺のあたりを歩いていても聞こえるし、だいぶ離れた神社の横を歩いていても聞こえる。街中の住宅街でニワトリを飼える家はそうそうないだろうと、近くの小学校にあたりをつけて近寄ると、ニワトリの声は遠ざかる。

よく行く弁当屋で、最近朝ニワトリの声が聞こえませんかと聞くと、あれうるさいわよねぇ、と迷惑顔。三時くらいから鳴いてるのよ。どこの家かしらと思って。並びの動物好きのうちあるでしょ。屋上で飼ってるのかしらって聞いてみたんだけど。違うって。どうも明治通りの向こうじゃないかって言うのよ。

うちから弁当屋まで一区画、弁当屋から明治通りまでさらに一区画、そこから交通量の多い通りを越えてさらに向こうの街から、ニワトリの声がうちまで届くのか。喉からしぼり出した、コケコー、コケコー。

そのうち探しに行ってみよう。鳴いてるときに、声を頼りに。隣町のニワトリ探しを楽しみにしていたが、そのうち、では遅かったらしい。ここしばらく鳴き声が聞こえない。よそにやられたか、鳥鍋にでもなったか。よく行く弁当屋まで、あら、そういえばそうね、食べられちゃったかしら、と似たようなことを言う。

ボン。コケコーコケコー。じゅじゅじゅじゅじゅ。キーギーキーギー。コケーコー。おはようございまーす。

朝の音からニワトリが引かれて、元に戻ったはずがなんだか少し物足りない。豆腐屋のボンもいつまであるのか。日曜日以外、大豆を煮続けた背中が見るたびに丸い。