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なにかあり/とくになし

今夜断片

昨日(26日)の昼間
いきなり友人から電話。


「今夜断片」


と言うので
何の断片かと思ったら
断片ではな“Dan Penn”だという。


それはあのダン・ペンか?
あの偉大なソングライターのダン・ペンか?
そうだよそのダン・ペンだよ。
ダン・ペンが来てるんだよ。


ダンだペンだと暗号めいた会話を繰り返したあと、
本当にあのダン・ペンが今夜
ミッドタウンのビルボード東京でライヴをやるのだと
ようやく納得した。


買付から帰国して
しばらくシメキリに追われていたとは言え
不注意きわまりない。
2回公演の後半(夜9時半開始)には間に合いそうなので
急遽参戦の決意を伝えた。


伝説の巨人は
オーバーオールにシャツを羽織るという
堂々の南部人スタイルで
おっとりと現れ
気さくに歌いだした。


恰幅のよさも手伝って
68歳の実年齢よりは
張りがあって若く見える。


nordのエレピで伴奏を務めるボビー・エモンズは
退職した音楽の先生みたいな細身のルックスだが
プレスリーのメンフィス・セッションにも参加した職人。


ダスティ・スプリングフィールド
「サン・オブ・ア・プリーチャーマン」のキーボードも彼なのだと
ダン・ペンが紹介していた。


あの曲のイントロで
じらすようにテロリンと鳴る
あのエレピの音そのものを
ぼくは今聴いているわけだ。


“そのもの”という意味で言えば、
メンフィス・ソウルに多大な足跡を残した
ソングライターとしてのダン・ペンが歌う数々の名曲は
間違いなく”そのもの”だった。


「ドゥ・ライト・ウーマン、ドゥ・ライト・マン」
「ダーク・エンド・オブ・ザ・ストリート」
「アイム・ユア・パペット」
亡くなったアレックス・チルトンへの思いをちらっと語りつつ
「クライ・ライク・ア・ベイビー」
「アイ・メット・ハー・イン・チャーチ」
そして「ノーバディーズ・フール」……。


さりげなく
そして惜しげもなく名曲の”そのもの”が
歌い継がれてゆく。


ただし
この“そのもの”には
不思議な違和感もある。


川の源泉を訪れたときの心境、
あるいは
とてつもない濃度の原酒。
そういうものに触れたときの
自分の知っているものへの共感とは違った神妙さというか
対象との距離感の一時的な混乱というか。


ダン・ペン自身が
ダン・ペンという飾らない人間であるということを
かたくなに譲らない強さが
本来の名曲にまつわっていたはずの
思い出や感傷を消してしまうのかもしれない。


曲の持つ名曲感と
ダン・ペン“そのもの”がせめぎあうというのか。


どこかで似たような作品を知っていると
思いをめぐらせてみて
しばらくして思い当たった。


ああ、これだ。


ダン・ペンが
自分の作った名曲を歌うとき
そこに生まれるのは
明るい影か
それとも
くらい光か。


その光と影が混ざり合うとき
じゅっと心に焦げたシミを描く
音にならない音がするのを
たぶんぼくは今日聴いたような気がした。