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ideomics

2011-03-26

マスメディアの権利と義務

社会的に重要で、かつシンプルな市場原理に馴染まない仕事というのはそれなりある。そういった仕事は、公務員という形だったり、法的な資格職であったりする。これに該当するように思われるが、現時点では働き手個人への法的な背景が乏しいと思われる仕事が2つある。ひとつは金融で、もうひとつはマスメディア


どちらも社会・顧客(市民)に与える影響が大きいと思われるが、現時点では、その仕事に就くのに何か実質的な法的資格があるわけでもないし*1、(会社ではなく)働き手個人個人に対する法的・行政的なカバーはされにくい。また、どちらも情報の非対称性は解決され難く、かつ製品ベースの仕事ではないので、客観的な判定もしにくい。


銀行であれば、非常時の救済措置という暗黙の権利があるし、TVであれば「電波」という強力な利権がある。権利と義務はバランスするべきという公理を信じるならば、これらの権利に相当する何かが担保されなくてはならない。金融に関しても考えてみたい課題ではあるけれど、まずはマスメディア。もちろん、素晴らしい仕事をされているマスメディア関係者は多いだろうし、個人的な知り合いも敬愛する人が多いので、これは特定の何かに対する批判ではなく、agenda setteing。


特に電波を利用しているTVに関しては、何が義務として要請されるか考える必要がある*2。でなければ、電波は特定の業者に卸すのではなく、競売にかけて、国家財政に資するのが最も妥当だろう*3週刊誌ならば、市場で選択淘汰されていけばいい。新聞も似たようなもの。ただ、取材というのはかなり侵襲的な行為なので、この行為に対する権利・義務というのは出版・電波問わず考える必要があるかもしれない。多くのメディア人は取材を所与の権利と思っているのかもしれないが、もしそうであればそれにバランスする義務が必要と思われる。国民(視聴者)を代表してといったフレーズがあるが、選挙で選ばれているわけではない。


また記者クラブというのもひとつの利権。こちらは徐々に解体されるのかもしれないし、行政側の都合の部分もあるだろうから、一概には論じられないかもしれない。電波に比べればかなりマイルドな話だが、こちらも課題か。メディアというのは意識しなければ透明な存在なので、見えにくく、(我々自身と同様に)自分に都合が悪い部分はオープンにするわけではないので、メディアの問題点というのは更に見えにくい。


「情報は民主主義通貨である」というジェファーソンの言葉があるが、民主主義を本気で機能・存続させたいと思うならば、ジャーナリズム・情報発信機能についてはよく考える必要がある。ウェブ興隆から、TV新聞不要論があるが、依然として大きな力を持っている。その巨大な権力を裏打ちする何かが必要と思われる。例えば、選挙で選ばれているとか*4、情報処理能力・提示能力が秀でているとか(ある程度の知識・思考力の試す試験の導入やジャーナリズムスクールなどか)。もちろん、一般的な意味での言論の自由は誰にでもあるわけで、↑の試論では、有資格者と無資格者で権利について差を設けるということになる。

全病歴カルテ:保険証にICチップ

医療機関を移る際に、大抵紹介状というのが用意されるが、これだけで十分な情報を得られることはまずない。運が良ければ、病歴サマリーが付いてくるが、稀である。医療機関を複数受診することが一般的になった現在では、紹介状システムではなく、カルテの共有、全病歴カルテの共有が必要。


とはいえ、紙では無理に決まっているので、当然電子データになる。電子カルテがローンチした際には、フォーマットなど一元化しようという動きがあったが、結局は個々の医療機関に任されているのが現状だ。


ここは、健康保険証にICチップをつけて、そこに全病歴・検査データを保管するのが良いように思う。カルテのフォーマットを統一するのは、個々人の使い勝手を制約しかねないが、まずは生データだけを(XMLなどで)一元化し、それを読み込むアプリケーションは多様に、つまり実際に見るカルテの形は個々に任せる形が良さそう。


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保険証+ICチップでデータを管理し、アプリケーションは自由に。例えばiPadなどのタブレットでそれが可能になれば、mobilityはかなりアップする。今回の被災地のように、インフラが壊滅しても、診察が普段に近いレベルでできうる(器械はないけど)。つまり、インフラフリーな医療がある程度可能になる*5。もちろんセキュリティの問題は大きい(高齢者は保険証など失くしやすいと思われるので)。しかし、利便性という意味では格段にアップしそう。


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これは災害時という特殊な状況でなくとも意味がある。例えば開発途上国*6での医療災害時というと特殊な響きだが、「インフラが乏しい状態」と考えると、これは世界に数多ある開発途上国の実際。災害支援と途上国支援というのは一元化して考えうる。開発途上国では、固定電話より携帯電話の普及率が高いところがあると聞くが、それと同様か。こういった状況が続けば、開発途上国での知見が逆に、先進国*7へ活かされることもありうる。そうなれば、支援という言葉はもはやふさわしくない。


これは医療だけでなく言えることかもしれない。例えば教育も。今回の災害支援をきっかけに、mobilityの高いシステムの開発につながり、かつそれが開発途上国へと一般化しうる広がりを持ったらどうだろう。


アップル社のiPadは、目新しいガジェット的な扱いで注目を集めているが、↑のような社会的な意義まで広がりを持てれば、一層に興味深い。グーグル社は積極的に災害関係のサービスをやっているようだが、それよりは中長期的な視点で、アップル社も介入できたらと思ったり。


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*1証券外務員とかあるけど、もう少し実質的な意味で。

*2:例えばこんな話も:日刊ゲンダイ|

*3:個人的には、TVで使っている周波数を一部インターネットの無線ブロードバンドに使いたいと思うのだが、可能なのかな

*4a new kind of 参議院 - ideomics参照

*5:もちろん完全なフリーではないが

*6:politically correctな表現ではないかもしれないが、他の表現が思いつかなかった

*7:politically correctな表現ではないかもしれないが、他の表現が思いつかなかった