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2017-12-09

ビジネス文書の書き方 〜 正しく使えば有効ツール

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ビジネスの世界では、日々、何らかの書類(ドキュメント)が生まれ続けています。


契約関連では、機密保持契約書、見積書、注文書/請書、納品書、受領書、請求書、等、様々な契約行為に関連する書類があります。


また、一般的なビジネス関係の文章であれば、議事録、報告書、始末書提案書・・・etc.


社内、社外を問わず、皆さんも、毎日、何らかの文章を作成しているのではないかと思います。


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さらに、各種専門分野においては、それぞれの分野毎に、独自の文章が存在します。


私が所属しているIT系の分野では、システム開発に伴う、各フェーズ単位に、下記のような設計書が必要になります。


・要件設計書

・基本設計書

・詳細設計書

・試験設計書


また、上記設計書以外にも、より細かな画面設計とかファイル設計等、システム開発に伴う文章は、本当に多岐に渡ります。


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その昔、私がシステムの障害対応の部署に配属されていた時には、毎日、システムの障害を調査し、都度、障害報告書や始末書を書き続けていました。


そして、報告書を作成すると・・・当然、私が、お客様の所に出向いて報告を行って謝罪するのですが、いつも十数人の担当者に囲まれて「袋叩き」に合っていました。


しかし、「障害報告書」を、きちんと作成して報告し、その後のリカバリーを正しく行えば、逆に、お客様からは信頼されるようになります。


また、障害報告を行う時にも、ちゃんと議事録を取り、誰が何を言い、それに対して、どのような回答を行ったのかも記録する必要があります。


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例えば、その会議の席で、今回のトラブルに対して、何日までに、どのような対応をするのかを約束した場合、その内容を議事録に記録する事で、お客様も私も、「何を、何時までに」行わなければならないのかが明確になります。


会議の席で約束した事を、きちんと実行しないと、また、お客様を怒らせてしまう事になり、最後には、私自身のみならず、会社そのものさせ信用されなくなってしまいます。


このように、報告書や議事録は、ビジネスの基礎ですし、書くべきことを、きちんと書き、書いた事を約束通りに履行することで、ビジネスを発展させる事も、衰退させる事も出来る、とても大切なツールです。


そこで、今回、次のビジネス文書に関して、どのよう内容を、どのように書けば良いのか、「ビジネス文章の書き方の基本」について紹介したいと思います。


●事実だけを記載する

●誤解されない文章にする

●解りやすい文章にする

●記載漏れのない文章にする

句読点を注意する


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「ビジネス文書」の作成方法に関しては、「手書き」から「ワープロ」、今では「Word」等で作成する様に進化してきましたが、文章に記載すべき内容は、恐らくは、人と人とのビジネスが始まった当初から、その根幹は、余り変わっていないと思います。


また、「ビジネス文書」に関して、私は、上司とか先輩に、「文章の書き方」を教えてもらった覚えがありませんし、これも推測ですが、どの会社でも、わざわざ時間を掛けて、「文章の書き方」等を、教えている会社は、余り存在しないのではないかと思います。


しかし、前述の通り、正しく用いれば、現在のようなデジタル社会においても、非常に効果的、かつ強力なツールになります。


弊社は、ビジネス文章の書き方講座を実施している会社ではありませんので、余り詳しくは紹介出来ませんが、何となく、参考になる程度の内容は紹介したいと思います。


それでは今回も宜しくお願いします。


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■はじめに

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最初に、「ビジネス文書」の書き方の基本を紹介したいと思います。


「ビジネス文書」には、様々な種類があります。Webサイト等を検索してみると、「ビジネス文書」としては、次のような文章が並んでいます。


→ 挨拶状、招待状、礼状、感謝状、督促状、抗議文、承諾書・・・etc.


これらの文章は、確かに、ビジネス・シーンで使うので、「ビジネス文章」には違いないと思いますが、今回は、これらの文章に関しては触れません。


何故なら、これらの文章は、テンプレートさえ何処からか見つけてくれば、後は、日時や項目さえ変更するだけで、簡単に作成できてしまうからです。


Webサイトに掲載されている「ビジネス文章」は、テンプレートの提供を目的にしていますので、このように「テンプレート化」出来る文章しか取り上げていないのだと思います。


しかし、「ビジネス文書」に関して、皆さんが、実際に困っているのは、「テンプレート化」出来ない文書だと思います。


このため、今回は、「テンプレート化」するのが難しい、報告書、等を念頭に、文章に書くべき内容と書き方のコツを紹介します。


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最初に、ビジネス文章の基礎から紹介し、次に、それ以外のポイントを紹介したいと思います。


これは、何もビジネス文章に限った事ではないと思いますが、文章を書く際には、次の点を最低限守る必要があると思います、


(1)事実だけを記載する :嘘を書かない、自分の想像を書かない、事実と推測は明確に分離する

(2)誤解されない様にする :誰が読んでも同じ意味に解釈出来る文章にする

(3)解りやすい文章にする :可能な限り業界特有の語句を避け、誰でも理解出来る文章にする


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これらは、まあ、当然と言えば当然の事ですが・・・実は、これが中々難しいのが現実です。


(1)は当たり前としても、(2)は非常に難しいですし、(3)も、業界特有用語がある場合、「3文字英語」が至る所で使われてしまうケースがあります。


特に、私が属するIT業界は、その最たる業界ではないでしょうか ?


これまでも、業務の効率化方法を紹介するブログや、Microsoftの動向を紹介するブログで、散々「3文字英語」を使って来ました。


ERP」、「CRM」、「SFA」、「SCM」・・・IT業界に詳しい人なら、何となく聞き覚えのある「3文字英語」だとは思いますが、それ以外の人にとっては、チンプンカンプンですよね。



そして、特に難しいのが、「(2)誤解を避ける」と言うことだと思います。「誤解を避ける」と一言で言いますが、実は、その内容は、様々な意味を含みます。


例えば、事実と推測を明確に分離して「誤解を避ける」事も重要ですし、「句読点」を正しく用いて「誤解を避ける」事も重要です。


特に、日本語は、「、(読点)」を付ける場所により、文言は同じでも、意味が全く異なる文章になってしまう事がよくあります。


例えば、「私は何回もミスを犯す彼を注意した。」と言う文章があります。このような文章の場合、「読点」を付ける場所で、文章の意味合いが全く異なってしまいます。


・私は、何回もミスを犯す彼を注意した。 → 彼は、何回もミスを犯す

・私は何回も、ミスを犯す彼を注意した。 → 私は、何回も注意した


「読点」一つで、ここまで意味が違う文章になってしまうので、本当に文章作成は面倒です。


それでは、基礎部分から紹介したいと思います。


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■事実だけを記載する

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前述の通り、「ビジネス文章」に限った話ではありませんが、文章には、基本的に「事実」だけを書く必要があります。


いくら綺麗で読みやすい文章を作成しても、内容に誤りがあれば、話になりません。「ビジネス文章」の書き方の第一歩としては、まずは「正しい情報」が書けていれば合格です。


「ビジネス文章」の目的は、大きく分けると「伝達」と「記録」になります。また、作成した「ビジネス文章」を、社内に配布するのか、あるいは社外に配布するのかで、言葉遣いが異なります。


しかし、どのような内容を、何処に伝えるのかは異なるにしても、記載内容の正確さの重要性は変わりません。


記載内容が正確であることが大前提で、その次に「伝え方」、さらに、その次に「読みやすさ」が位置するのだと思います。



他方、文章全体を通して、「推測」や「意見」の記載を求められるケースもあります。


この点に関しては、「誤解を避ける」事の必要性の面から、次の章に記載すべきなのかもしれませんが、例えば、次の様なケースがあるかと思います。


・報告書において、事象の発生原因が判明しなかった場合の補足説明

・報告書において、今後の施した方が良いと思われる対応の記述

・企画書/提案書における期待効果


上記の様に、「意見」や「推測」を記載する必要がある場合、やはり誤解を避けるために、別の章に記載するか、あるいは明確に「意見」/「推測」である事を明記した上で、「意見」/「推測」を記載して下さい。


とにかく、「事実」を記載している箇所に、一緒に「意見」/「推測」を書かないように気を付けて下さい。



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■誤解されない文章にする

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私は、「ビジネス文章」の書き方の重要な点として、「文章の正確性」の次には、「誤解を避ける」事が重要だと思っています。


記載内容が事実でも、相手に誤解/曲解されてしまっては、元も子もありません。苦労が全て「水の泡」となってしまいます。


「誤解を避ける」と言う点に関して、先に、「読点」を付ける場所で、文章の意味合いが大きく異なってしまうと伝えましたが、「句読点の付け方」に関しては、別章に記載しますので、本章では割愛します。


それでは、その他に「誤解を避ける」ために、どのような事に気を付けるのかと言うと、次の2点だと思います。


●指示語の使用を避ける :「これ」、「それ」、「あれ」等、何を指しているのか解らない表現

●感覚表現の使用を避ける :人により受け取り方が異なる表現、「迅速に」、「最適な」、「直ちに」、等


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●指示語の使用を避ける

指示語とは、「これ」、「それ」、「あれ」、「どこ」等の言葉で、別名「こそあど言葉」と呼ばれる言葉になります。


「これに関しは」、「それに対する」、「あれの使い方は」・・・もう、お解りだと思いますが、どの使い方も具体性に欠けています。


「具体性が欠ける」と言うことは、相手に誤解/曲解される可能性がある、と言う事になります。


「こそあど言葉」は、文章の流れの中で使いますので、文章が意味不明になる事はないと思いますが、誤解を与えやすくなります。


故に、「これに関しては」ではなく、具体的に「図1で示したグラフに関しては」とか、「それに対する」ではなく、「(1)で提起した問題に対しては」等、より具体的な項目を記載して、誰が読んでも、同じ解釈が出来る文章にする必要があります。


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●感覚表現の使用を避ける

次は、これも、読み手が、勝手に解釈する可能性がある言葉で、「迅速に」とか、「最適な」などの形容詞副詞の使用を避ける点が重要です。


貴方は、「迅速に対処します。」と言う報告書を見て、何日後を想像しますか ? 明日、明後日、それとも1週間後ですか ?


また、同じように「適切な値を指定する。」と言うような文章を読み、「適切な値」とは、どのような値なのかが解りますか ?


プレゼンテーションを行う上では、このような「飾り言葉(修飾語)」は、何となく良い印象を与えるので、使い勝手が良いとは思います。しかし、これが報告書や企画書となると話は別です。


報告書や企画書では、具体性が求められます。報告書や企画書において、「曖昧な」表現を用いると、「即ボツ」です。


読み手の感覚により、数値や範囲が勝手に解釈/想像されてしまう表現は、誤解を招く元となってしまいます。


前述の「指示語」と同様、このような「曖昧表現」の使用は避けた方が良いと思います。


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また、上記「飾り言葉」とは、少し意味が異なると思いますが、「言葉が示す範囲が広い」ケースがあります。


これは政治の世界でよく使われる手法です。まあ、政治家が使う場合は、「大言壮語」とか「大風呂敷」等とも言われますが・・・


政治家は、大まかな事ばかり言って、民衆に虹色の未来を想像させますが、全て実現性に乏しい事ばかりです。


先の衆議院選挙でも、「教育無償化を実現させます !!」等と連呼している人が大勢いましたが、それでは、「教育無償化は、どこまでが対象なのですか ? 私立大学、私立高校、専門学校、全て対象なのですか ?」・・・さっぱり解りません。


このように、「言葉の示す範囲が広い」ケースは、その実、何も示していない事が、ほとんどです。


このような文章を「ビッグワード」と定義し、「ビッグワードで誤魔化している文章は、何も示していない文章」と断言する人もいます。


さらに、衆院選では、やたらと「横文字」ばかり連呼した「緑色の人」が居ましたが、これも同類だと思います。


シナジー」、「ワイズスペンディング」、「サスティナブル」、「ダイバーシティ」・・・お笑い芸人の「ルー大柴」氏や「長嶋茂雄」氏ではないのですから、「横文字」ばかり並べても、その主張は、「空虚」その物。中身は、何も無いブラックホールのような主張/表現だと思います。


言葉の示す範囲が広い場合は、範囲を絞り込んで定義する事で、文章を明確にする事が可能になります。


また、普通の人にとっては、言うまでもない当たり前の事だと思いますが、意味のない「横文字」の多用は、日本では避けるのが賢い人間の対応だと思います。


空虚な「横文字」を使いたいのであれば、エジプト等の海外に行くべきだと思います。


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■解りやすい文章にする

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「ビジネス文章」を作成する上で、次に重要な事は、「解りやすい」文章に仕上げる事です。


前章までの説明で、「ビジネス文章」の基本として、次の2点を紹介しました。


・事実だけを記載する

・誤解を避ける


そして、本章の「解りやすい文章にする」。これら3点が達成できれば、「ビジネス文章」は、ほぼ完璧だと思います(95点位ですか・・・)。


解りやすい文章を作成するポイントは一つではありません。解りやすい文章を作成するためのポイントは結構沢山ありますが、中でも重要なのは、私は、次の4点だと思います。


●全体の章立てを考える

●章内の文章の繋ぎ方を考える

●記載する内容は簡潔にする

●図やグラフを挿入する


私は、過去に、「ビジネス文章の作成が苦手」と言う人の文章を、何度も読んだことがありますが、「文章作成が苦手」な人が作成した文章の特徴は、1つの文章が、異常に長い点です。


複数の事象を、一文で書こうとするために、思いつく限りの接続詞を多用して事象を繋げてしまうので、結局、何が言いたいのか解らない文章になってしまいます。


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●全体の章立てを考える

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「ビジネス文章」を作成する場合、まず、文章を作成する前に、「章立て」、つまり「目次」を考える必要があります。


短い文章の場合、「章立て」は不要ですし、議事録の場合、議題に沿って話し合った内容を記録するだけなので、たいていの場合は「章立て」は不要です。


しかし、ある程度、長い文章、例えば、報告書や提案書、等を作成する場合、まずは「章立て」を考え、章ごとに、記載すべき文章を、短めに記載する事が重要です。


「章立て」が決まれば、その章に書くべき文章の内容は決まりますので、章毎に書く内容は短くなります。



その昔、上司から、次のように言われたことを、今でも覚えています。


『 文章を書く時には、まず目次を考えろ。目次さえ出来れば、文章は、90%完成したも同然だ !! 』


「90%」は、少し言いすぎだと思いますが、この考え方は、正しいと思います。



「ビジネス文章」は小説ではありません。ですから、小説のように、「読み手」の想像力を掻き立てる表現は、逆に避ける必要があると思います。


しかし、「ビジネス文章」にも、ストーリー性、つまり「文章の流れ」は必要だと思います。


「目次」を作成する事は、すなわち、「文章の流れ」を作成する事になりますし、(後述しますが)書き漏れの防止にも繋がります。


さらに、「目次」を作成することで、「書き手」の頭の中を整理する事が可能になります。


「書き手」の頭の中が整理されていなければ、「読み手」に正しい内容は伝わりません。目次を作成する事で、まずは、自分の頭の中を整理する必要があります。


文章の流れに関しては、よく使われるのは、次の3種類です。また、これらの複合型もありますが、それぞれ用いるべきケースがありますので、ケース・バイ・ケースで使うのが良いと思われます。


(1)四段構成

1)「起承転結」

2)「現状説明」 → 「補足」 → 「自分の考え」 → 「結論/まとめ」

3)ブログ小論文向きの構成


(2)頭括式

1)「帰納法

2)「最初に結論」 → 「その後に事実/具体例の説明」

3)報告書、企画書、等、手短に結論を伝えるケース


(3)尾括式

1)「演繹法

2)「最初に事実/具体例の説明」 → 「最後に結論」

3)「起承転結」に似た構成


しかし、「ビジネス文章」という事であれば、「帰納法」が優れているのではないかと思われます。


何せ、ビジネスパーソンは忙しいので、「起承転結」構成で、最後まで読まなければ結論が解らない、と言う文章構成は向いていないと言われています。


また、「ビジネス文章」の場合、「読み手」を意識する必要があります。


短気な上司が「読み手」の場合、「起承転結」型の文章を提出すると、最後まで読まずに、「結局、何が言いたいんだ !」と言う悲惨な事態を招く可能性があります。


逆に、文章を、じっくり読んでくれる相手であれば、「起承転結」型が向いているかもしれません。


このため、、文章の流れを選ぶ時には、ケース・バイ・ケースで選択して下さい。


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●章内の文章の繋ぎ方を考える

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目次が完成し、ドキュメントの流れが明らかになれば、次は、章内の文章の作成となります。


万が一、章内の文章が長くなりそうな場合、「節」を作る必要もあるかもしれませんが、私は、何も、そこまでしなくても良いのではないかと思います。


明確に「第一節」とか「第二節」を設けるのではなく、単に、(1)、(2)、(3)・・・と項目を分ければ良いと思います。



そして、相手が「読みにくい」、そして「意味不明」な文章になる最大の理由は、次の2点です。


・同じ内容を何度も説明する

・文章の繋ぎ方が下手


文章を上手く繋げないのであれば、後述する「箇条書き」と言う方法が非常に効果的ですが、ケースによって「箇条書き」が使えない場合もあります。


「箇条書き」が使えない場合、まずは、章内に書きたい、あるいは書くべき項目を、「箇条書き」に書き出して見て下さい。


「箇条書き」に出来ないのに「箇条書き」にするのは変に思われるかもしれませんが、これも頭の中を整理するための一つの手法です。そして、書き出した項目に対して、次の対応を取って下さい。


1)内容が似ている項目ごとに分類する。

2)内容が似ている項目から同じことを書いている項目を除外する(重複防止)。

3)各項目の記載順序を検討する(どの順番が一番スムーズに話が流れるか/ストーリー性)。

4)流れが決まったら、各項目を繋げる「接続詞」を考える。


このような対応を取る事で、項目の重複を防止出来ますし、話のストーリーが出来上がり、解りやすい文章に仕上げる事が可能になります。


接続詞」には、沢山の種類がありますので、色々と検討が必要ですが、次のような「接続詞」を使うと効果的です。


「さらに」 → 「もちろん」 → 「しかし」 → 「しかも」 → 「以上の点から」


これほど多くの「接続詞」を使うと、「帰納法」ではなくなってしまう可能性もありますが、「接続詞」は有効に使って下さい。


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●記載する内容は簡潔にする

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「解りやすい文章」を作るための一番簡単な方法は、「長文」を避け、「簡潔な文章」にする事だと思います。


1個の文章を短くすることで、誤解を招かない文章が作れる様になります。


つまり、前述の通り、極端な話、全てを「箇条書き」にすれば、「読み手」が、誤解/曲解する余地が無くなります。


そして、これも前述の通り、書きたい/書くべき項目を箇条書きに書き出し、書き出した項目から重複項目を除外し、ストーリー性を持たせた順番に並べ直せば完成です。


「箇条書き」ですから「文章」とはなりませんが、誤解を避け、かつ解りやすさを追求するのであれば、「箇条書き」が一番です。



しかし、どうしても「箇条書き」が使えない場合は、どうすれば良いでしょうか ? その場合、次の点を見直して下さい。


(1)「一文」が長い文章を分割する

その場合、取り敢えず、最初は、普段通りに文章を作成し、作った文章を後で見て、「一文」が3行以上になっている箇所を修正すれば良いと思います。


「一文」が3行以上と長い文章を見直し、「一文」を2つに分割する事で、文章が簡潔になります。


1個の文章が、2個の文章になるので文量は増えますが、解りやすさに重点を置いた方が良いと思います。



(2)繰り返しを除外する

同じ名詞や同じ言い回しを繰り返していないかをチェックし、似たような語句があれば、片方を削除して簡潔な文章にして下さい。


例:受注を受付けます。 → 「受注」も「受ける」も同じ意味です。「受注します。」に修正する。



(3)表現を簡潔にする

回りくどい言葉遣いを改め、簡潔にした方が良いでしょう。例えば、次のような、回りくどい表現は避けた方が良いと思います。

例:検討すると言う事も必要です。 → 回りくどい表現を避ける。「検討が必要です。」に修正する。


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●図やグラフを挿入する

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また、何かを説明する場合、許されるのであれば、「説明図」等を挿入するのも効果的です。


「説明図」や「箇条書き」が許されないのであれば、まずは、下書きとして、説明図と、その図の意味を紹介する説明文を箇条書きで書き出し、書くべき内容を整理した上で、箇条書きにした項目を、接続詞で繋げて文章を作成するのも効果的です。


要は、頭の中がゴチャゴチャの状態で文章を作成するから、作成した文章もゴチャゴチャになってしまうのです。


一度、頭の中の思い描いた事柄を、図とか箇条書きで書き出し、整理した後で文章を組み立てると、内容が明確になり、筋が通った文章を作成する事が出来ます。


企画書には、図やグラフを挿入するのは、訴求効果を高める効果があるので、皆さんも、普通に使っている手法だと思います。


しかし、報告書にも、時系列の表、あるいは作業フロー、または処理フロー等を挿入することで、単に文章だけで説明するよりも、格段に説明が解りやすくなります。


また、図を挿入する事で、これまで文章で、ダラダラ説明してきた事柄を、箇条書きで、簡潔に表現する事も可能になります。


文章が「ダラダラ」と長くなってしまった時には、図の挿入も検討して下さい。非常に効果的です。


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■記載漏れの無い文章にする

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先に、「ビジネス文書」の最重要項目として、「事実だけを記述する」と言う事を挙げましたが、実は、この言葉には、少し内容が不足しています。


本当は、「事実だけを漏れなく記載する。」と言うのが重要です。


いくら「事実」を書いても、書くべき事柄が抜けていたら、その文章は、「ビジネス文書」としては不合格です。


そこで、「記載漏れ」を防ぐ方法としては、「5WnH」を使用します。


「ん!? 5W1Hじゃないの ?」と思う方も多いと思いますが・・・何か、年々「H部分」が増えているようです。


私がサラリーマンになった当初、今から30年位前までは、まだ「5W1H」でした。


その後、時が過ぎ、今から15年位前に「H部分(How much)」が一つ増え「5W2H」になり、そして、2〜3年位前には、さらに「H部分(How many)」が追加され、その結果、今では「5W3H」になっている様です。


それでは、「5W3H」を紹介します。まあ、「5W1H」は、既にご存知だと思います。



【 W部分 】

・When(いつ) :日時、何時までに

・Where(どこで) :場所、どこで必要なのか

・Who(だれが) :誰が、誰に、

・What(なにを) :目的、何が

・Why(なぜ) :理由、何で必要なのか


【 H部分 】

・How(どのように) :方法、手段、どうやって

・How much(いくらで) :費用、いくら掛かるのか

・How many(いくつ) :数量、いくつ必要なのか



「ビジネス文章」に書くべき内容は、「事実」に加え、上記「5W3H」を参考にしながら、漏れなく書く必要があります。


但し、常に「5W3H」に関わる項目が全て必要なのか ? と言うと、そうでもありません。「5W3H」の内、不要な項目があるかもしれませんので、記載内容は、ケース・バイ・ケースで判断して下さい。


元々、情報伝達のポイントは、「5W1H」から始まっていますので、「How much」とか「How many」は、不要になるケースが多いかと思います。


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そして、特に、議事録に関しては、「5WnH」が非常に重要になります。


もしも、アナタが「書記」に任命されたのであれば、この「5WnH」が非常に重要になりますので、会議の席で何かが決まった場合、決定事項に対して、何時までに、誰が、どうやって対応するのか等を、議事録に必ず記載して下さい。



その昔、決定事項に関して、「5WnH」が、何も書かれていない議事録が回ってきましたが・・・全く、何のため、会議をしたのか解らないと思いました。


また、私が参加を要請された会議でも、「どうする、どうする」と話し合うだけで、結局、誰が、何時までに、どのような対応をするのかを決めない会議が、よく開催されていましたが・・・本当に、イライラする会議でした。


大事な仕事があるのに、「障害に関する事だから、お前も出席しろ !」と、当時の上司から命令されたので出席しましたが、本当に無駄な会議でした。


余りに腹が立ったので、「誰が、何時までに対応するのですか ?」と質問したら、皆、石のように固まってしまい、誰も発言しなくなってしまいました。


全く、何のための会議なのか・・・、みんなで傷を舐め合う会議など、時間の無駄でしかありません。



とにかく、会議を行ったのであれば、絶対に「5WnH」が必要です。この点、忘れないで下さい。


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句読点の付け方を注意する

「ビジネス文書」の書き方の最後に、「句読点」の付け方を紹介したいと思います。

●読点の付け方

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句読点」、特に「読点」に関しては、「読点」の付け方次第で、文章の意味が全く異なってしまう事を紹介しました。


【 例 】

・私は、何回もミスを犯す彼を注意した。 → 彼は、何回もミスを犯す

・私は何回も、ミスを犯す彼を注意した。 → 私は、何回も注意した



「それでは、句読点は、どの位置につければいいの ?」と悩まれる方も居るかと思いますが、とっても簡単で誰でも出来る方法、それは、「声に出して読む」事です。


「声に出して読む方法」ですが、まあ、別に声を出さなくても構わないのですが、とにかく、一度記述した文章は、後で、必ず読み返してみて下さい。


文章を書いていると、文章の内容だけに注意を向けがちになってしまい、解釈のされ方とか、理解のしやすさ等に関しては、疎かにしてしまう傾向があります。


そもそも、「文章の内容」と「文章の解りやすさ」を同時に考えながら文章を作成するのは、無理があると思います。


このため、最初は、「文章の内容」に重点を起き、ある程度、文章が出来た後、「文章の解りやすさ」を高めるために、読み返しをする必要があります。



また、上記、「誤解釈」を防ぐ事とは別に、読みやすさ、理解のしやすさを高めるために、適切な位置に「読点」を付ける必要があります。


例えば、次の「政党交付金」に関するニュース記事に「読点」を付けない場合、どうなるのでしょうか ?


『 使途に制限がないなど問題点が多いとされる政党交付金制度について毎日新聞が主要政党8党にアンケートを行ったところ自民党公明党与党見直しに慎重姿勢を示し希望の党立憲民主党からも問題提起はなかったが専門家選挙戦論点の一つにすべきだと指摘している。 』



この位の長さの文章であれば、「息が続かない」と言う事もないと思いますが、これ以上、長い文章だと、息が続かなくなりますし、読んでいる内に、訳が解らなくなってしまいます。


実際の記事は、次の様に記載されていますが、「息継ぎ」も楽ですし、読みながら、意味を理解する事も可能です。



『 使途に制限がないなど問題点が多いとされる政党交付金制度について、毎日新聞が主要政党8党にアンケートを行ったところ、自民党公明党与党見直しに慎重姿勢を示し、希望の党立憲民主党からも問題提起はなかった。 専門家選挙戦論点の一つにすべきだと指摘している。』



つまり、「読点」の重要性は、先の「誤解釈の防止」の他にも、「読み手」が読みやすい事と、理解しやすい事になります。


それと、「読点」を付ける箇所としては、一般的には、次のルールがあると言われています。


1)主語の後 :「〜は、」、「〜が、」、等

2)接続詞/副詞の後 :「しかし、」、「ところで、」、「決して、」、等

3)「主語+述語」の固まりの後 :「〜は〜を行い、〜が〜を行った」、等

4)並列箇所の区切り :「A、B、およびCが、」、等


上記1)〜4)の後に、「読点」を付けるのが一般的ルールですが、必ず、上記1)〜4)の後に、「読点」を付けるのか、と言うと、その必要はありません。


上記1)〜4)が基礎で、加えて、息が続く範囲を一つの固まりとみなして、その後に「読点」を付けるのが良いと思います。


さらに、この固まりの最後に「〜ね」を付けて、文章の内容が理解し易いのか否かで「読点」を付けるのか否かを判定するのが良いと思います。


例えば、先のニュースに、「ね」を付けると、次のようになります。



・使途に制限がないなど問題点が多いとされる政党交付金制度について「はね」、

毎日新聞が主要政党8党にアンケートを行ったところ「はね」、

自民党公明党与党見直しに慎重姿勢を示し「てね」、

希望の党立憲民主党からも問題提起はなかった。


となります。



また、世間では、一文の長さと読点の関係は、次の値が良いとしているケースもあります。

・一文の長さ :50文字程度

・読点の数 :一文中2個


しかし、この値も、人、それぞれのようですので、何も、この数字を厳密に守る必要はないと思います。あくまでも、読みやすさの指標に過ぎません。


前に、作成した文章は、後で「声を出して読んだ方が良い」と言いましたが、その理由は、「声を出す」事で、息が続く範囲が明確になるからです。


頭の中だけで読み返しても、「息が続く範囲」は解りません。頭の中だけでは、どこまでも、続けて読んでしまいます。


先に紹介した、政党交付金のニュースを、声を出して読んでみて下さい。「読点」の付ける場所が、はっきりするはずです。


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句点の付け方

句点(。)」とは、解っていると思いますが、文章の終わりに付ける印です。


句点」に関しては、前述の通り、一文を余り長くしない事を注意する事くらいしか、注意点が無いように思えるのですが・・・実は、これ以外にも、次のようなルールがあるとされています。



・文章が『 ():丸括弧 』で終わる時は、「句点」は「)」の後に付ける。

→ 該当事項は説明済である(付録1.参照の事)。


・文章が『 !:感嘆符 』、および『 ?:疑問符 』で終わる時には、「句点」は付けない。

→ 何がどうなっているんだ !


・さらに、『 ! 』、『 ? 』の次に文章を続ける場合は、空白(全角スペース)を1つ挿入する。

→ 何がどうなっているんだ ! となってしまいます。


・文章が『 「」:鍵括弧 』で終わる時には、「句点」は付けない。

→ 「〜と言う結論になってしまった。」


・段落末が会話文で終わり、役職名や注釈の『():丸括弧』が続く場合は、最後に「句点」は付けない。

→ 「本件に関しては、これで終了とする」(営業部長 吉田太郎)


ところが、上記ルールは、あくまでも「ビジネス文書」のみで、これが小説などには当てはまらないそうです。



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いくら、基準がはっきりしないと言っても、何度も止まるほど句読点があったり、一文を読むのに、息が続かないほど句読点がなかったりでは、読む側からすると「読みにくい」文章になります。


句読点」は、「読み手(相手)に対する思いやり」、と考えて「ビジネス文書」を作成する気持ちが大切です


また、特に、ブログのように、パソコンモニターで読まれる文章は、「紙」媒体よりも読みにくいので、余計に、「読み手」への配慮が必要だと思います。


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今回は、「ビジネス文書の書き方」と題して、次の項目を紹介しましたが、如何でしたか ?


●事実だけを記載する

●誤解されない文章にする

●解りやすい文章にする

●記載漏れの無い文章にする

句読点の付け方を注意する


本当は、と言いますか、実際には、上記5個以外にも、「ビジネス文書」を読みやすくする方法は、まだまだ沢山あると思います。


思いついただけでも・・・


・文章の固まり毎に改行して空白行を挿入する。

接続詞を多用しない。

・読み手(対象)を考えて適切な敬語を用いる。

・読み手(対象)のレベルに合わせた文章を書く。

文体を統一する。「ですます調」なのか、「である調」なのかを統一する。

・図説と同様、解りにくい文章には、サンプル/例題を挿入する。



「はあ〜 まだあるの ?」となるかと思いますが・・・要は、相手への「思いやり」です。


とにかく、一度書いた文章は、必ず読み返して下さい。出来れば、そして可能であれば、声を出して読み返して下さい。次のような文章であれば、修正が必要です。



・息が続かない。

・読みにくい。

・何を言いたいのか解らない。

・決まりなのか、意見なのか解らない。

・必要な決定事項に「5WnH」が書いていない。


書いた本人が「ん〜 何か変 !」と思う文章は、「読み手」も絶対に違和感を覚えます。まずは、書いた本人が、ある程度、納得できる文章にして下さい。



日本語には、「推敲(すいこう)」と言う、とても良い言葉があります。


まあ、元々は、中国語が語源なのですが、文章を、解りやすく、より良い内容にするために苦労して悩むことを意味していますので、皆さんも「推敲」を重ねて、より良い「ビジネス文章」を作成して下さい。


それでは次回も宜しくお願いします。

以上


【画像・情報提供先】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

・ビスノート(https://biz-note.jp/)

・カイシャドコイク(https://docoic.com/)

・Yahoo!ニュース(https://news.yahoo.co.jp/)

東洋経済オンライン(http://toyokeizai.net/list/welcome)

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2017-11-18

岩手の工芸品 〜 地味だけど丈夫で長持ち その3

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今回の「岩手盛岡」情報は、「岩手の工芸品」を紹介するシリーズの、第三弾として「琥珀」を取り上げたいと思います。


これまでは、第一弾で「漆器」を取り上げ、第二弾では「南部鉄器」を紹介して来ました。


★過去ブログ岩手の工芸品 〜 地味だけど丈夫で長持ち その1(漆)

★過去ブログ岩手の工芸品 〜 地味だけど丈夫で長持ち その2(南部鉄器)

漆器に関しては、縄文時代から日本で使われ続けた「漆」の歴史から始めて、海外での「漆」人気、岩手県における「漆器」の歴史などを紹介しました。

しかし、この「漆人気」に便乗した韓国人達に、まんまと騙されたしまうと言う残念な出来事もあったのですが・・・それでも岩手県は、国内における一大産地ですから、この苦い経験を踏み台にして、今後も、国内における「漆器」の名産地として、頑張って欲しいと思います。

「南部鉄器」に関しても、その歴史や、岩手県でなぜ「鉄」が産出されるのか等から始め、現在の状況や、製造工程を見学できる工場なども紹介しました。

「南部鉄器」は、丁寧に使えば、100年は使えると言われていますし、実際に、江戸時代末期に作成された「鉄瓶」は、ほとんどは展示品だけですが、中には、まだ現役で使われているケースもあります。

我が家でも、「鍋」や「鉄玉子」を購入して使っていたのですが・・・残念ながら、1年も持たずに廃棄されてしまいました。勿体無い。

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と言う感じで、「岩手の工芸品」を紹介してきましたが、今回は、「琥珀」を紹介したいと思います。

「琥珀」に関しては、前々回のブログにも記載していますが、過去ブログで、三陸海岸の北東部に位置する「久慈市」を紹介した際にも取り上げています。

★過去ブログNHK朝ドラの舞台となる「久慈市」近辺の情報について

このブログでも紹介しましたが、世界で産出される「琥珀」の約85%は、ポーランドロシア飛び地カリーニングラード等、バルト海沿岸で産出され、その他では、カリブ海ドミニカ共和国が有名です。

日本における「琥珀」の産地ですが、日本人が大好きな「三大産地」としては、岩手県久慈市千葉県銚子市、そして福島県いわき市などで「琥珀」が産出されるようです。

その中でも、日本においては、久慈市は別格で、昭和初期には、1トン/日もの「琥珀」を産出していた記録も残っているそうです。

さて、そんな久慈市の「琥珀」ですが、今回は、次のような内容を紹介します。

●世界における琥珀の歴史

●琥珀生成物

●DNA採取の可否

●その他諸々

●久慈「琥珀」の歴史

●各種琥珀の紹介


前述の通り、岩手県久慈市は、世界的に見ても、珍しい「琥珀」の産地になっており、現在でも、その昔に比べて産出量は減ってはいますが、「琥珀」を産出し続けています。

今回は、「琥珀」に関する雑学から始めて、最後は、珍しい「琥珀」等も紹介したいと思います。


それでは今回も宜しくお願い申し上げます。

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■世界における琥珀の歴史

最初に、世界最古の「琥珀」は、何年位前の「琥珀」があるのかな〜と思い、色々と調べたのですが・・・Wikipediaの参考資料欄によると、2009年、アメリカの「サイエンス」誌に掲載された『Identification of Carboniferous (320 Million Years Old) Class Ic Amber』と言う論文に、次のような記載があったとされています。

『 私達は、約3億2千万年前の石炭紀堆積物中クラスI(ポリラブダノイド)琥珀を発見した。この結果により、これまで考えられてきたよりも早期に、原始的な針葉裸子植物が複雑なポリテルペノイド樹脂を生成する生合成機構を発達させていたこと、そして針葉樹には今日典型的に見出されるポリラブダノイド樹脂を生じる生合成経路と、被子植物に典型的な生合成経路が、石炭紀までに既に分化していたことが示された。 』


この論文は、「P.Sargent Bray」博士と「 Ken B.Anderson」博士の共著となっており、この論文が発表される前までは、ほとんどの「琥珀」は、2億5千万年前までの中生代、あるいは新生代に生成されているとされていた様です。

しかし、この論文の発表後は、世界最古の琥珀は、「3億2千万年前の石炭紀」と言うことになった様です。

さあ、それでは、3億2千万年前の「琥珀」は、どのような代物かと言うと・・・その実物は、残念ながら存在しないようです。

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「はあ!?」となってしまいますよね。

それでは、画像に残る「最古の琥珀」となると・・・次々に「最古」の琥珀が発見されている様ですが、現在では、左の画像が、最古になっているようです。

この琥珀は、2012年8月29日に、イタリアドロミーティ山脈から、大量に見つかった琥珀の中から発見された物で、2億3千年前の琥珀なのだそうです。

そして、それら琥珀の中に、二種類の新種の「ダニ」が閉じ込められていた事が判明した様です。

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それぞれ、これらの新種の「ダニ」には、上の画像のダニが「Triasacarus fedelei」、そして下のダニが「Ampezzoa triassica」と名付けられたそうです。

このダニは、現在の「フシダニ」の仲間と考えられている様です。

右の画像が現在の「フシダニ」の仲間なのですが・・・まあ、似ていると言えば、そんな感じがしないでもないような・・・

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そして、この2億3千年前の琥珀が発見される前までの最古の琥珀としては、1億年前頃の琥珀が多い様です。

1億年前の琥珀には、数多くの昆虫や生物が閉じ込められた状態のまま発見されており、左の琥珀は、1億4000万年前の「クモの巣」が閉じ込められているそうです。

しかし、「世界最古」と言う表現ですが・・・

様々な使い方があり、「○○が閉じ込められた世界最古の琥珀」と言う琥珀が数多くあり、サイトを「世界最古の琥珀」と言うキーワードで検索すると、色々な種類の「世界最古の琥珀」が表示され、本当の「世界最古の琥珀」を探すのに苦労してしまいます。

ちなみに、上図の「クモの巣」の琥珀に関しては、「世界最古のクモの巣」と言うキャッチフレーズで紹介されています。

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■琥珀生成物

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琥珀は、ご存知の通り、天然樹脂が、高温・高圧の環境で化学変化を起こし、化石化した物となります。

古くから「宝石」としても珍重されていますが、この様に「石」由来の「鉱物」ではなく、「植物」由来と言う、非常に珍しい「宝石」です。

「石」由来以外の「宝石」と言えば、その他にも「動物」由来の宝石として、真珠、珊瑚、べっ甲などがあります。

このように「樹脂」から生成された「琥珀」ですが、「樹脂」とは、元々は、樹木が傷付いた時に、その傷を治す事を目的に、樹木から流れ出す「粘液」です。

この「粘液」が、長い年月の内に硬化した物が「琥珀」となるのですが、「粘液」が流れ出て、長い年月が経過すれば、必ず「琥珀」になるのか、と言えば、そうとは限りません。

「粘液」、つまり「樹脂」の大部分は不安定で、ほとんどの「樹脂」は、時間の経過と共に硬化せずに分解してしまうそうです。

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しかし、そのような「樹脂」でも、低品質の石炭の層である「褐炭(かったん)層」と呼ばれる「層」を形成する干潟や三角州の粘土等の泥や土の中に埋まり、かつ適切な化学変化を起こした物が、「琥珀」になる事ができると言われています。

現在流通しているほとんどの「琥珀」は、3千万年〜9千万年前となる、白亜紀や古第三紀の地層から採掘されているそうです。

「琥珀」は、非常に固く、鉱物に匹敵する程の硬度なのですが、元々は、あのカブトムシクワガタが大好きな「樹液」の固まりなのです。

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■DNA採取の可否

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アメリカSF作家マイケル・クライトン」が、1990年に出版し、1993年に映画化された「ジュラシックパーク」では、琥珀の中に閉じ込められた「蚊」の血液から恐竜のDNAを採取して復元し、欠損部分をカエルのDNAで補う事で、恐竜を復活させています。

しかし、実際に、琥珀の中に閉じ込められた昆虫や生物から、恐竜のDNAを復元させる事が可能なのかと言えば・・・現在の技術では不可能なのだそうです。

実際、琥珀の中に閉じ込められた昆虫や生物、あるいは発掘された化石から、生物のDNAを復活させる事は可能と言われています。

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事実、ハーバード大学の「George M. Church」教授は、2016年2月、シベリアの凍土から発掘したマンモスのDNAを採取し、アジアゾウのDNAに組み込む研究を行っており、2018年頃までには、マンモスに近い形状のゾウを蘇られる事が出来る、と語っています。

しかし、これが恐竜となると、話は全く別のようです。

2012年、イギリスの科学雑誌「Nature」誌に、「DNA情報は521年で半減する。」と言うDNA研究者チームの論文が掲載されており、この結果、「-5℃」と言う、DNAを保存するには理想的な保存温度にある骨の中でも、最大でも680万年後には、全てのDNA連鎖は破壊されてしまう事になってしまうそうです。

それでは、恐竜は、どの位前まで行きていたのかと言うと・・・それは6500万年前となるので、この学説が正しいのでれば、もう恐竜のDNA復活は絶望的な様です。

ちなみに、マンモスは、約400万年前から1万年前まで生存していましたし、2013年には、やはり凍土から取り出したマンモスの皮膚から、血液が流れ出し、ロシア科学者が採血した事が報告されていますので、DNAの復元は充分可能だと思われます。

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ちょっと琥珀の話題から逸れてきましが、2003年、アメリカモンタナ州で、「John("Jack") R. Horner」博士が、6800万年前のティラノサウルス大腿骨を発掘したのですが・・・

何と、その大腿骨の中には、化石化した「ティラノサウルスの肉」が付着していたそうです。

その後、化石を調査/分析し、2005年には血管細胞が確認され、2007年にはタンパク質の一種コラーゲンも発見した事が報告されています。

その後、アミノ酸配列なども見つかったのですが、まだ、その配列がティラノサウルス固有の配列なのか否かは解らない状況が続いているので、DNAの確定は非常に難しいと思われます。

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また、今年、2017年4月には、中米ドミニカ共和国で、アメリカのオレゴン州立大学の「George Poinar Jr」教授が、琥珀の中に閉じ込められた「マダニ」を見つけたそうです。

そして、この琥珀の中の「マダニ」から血液の採取に成功し、その化石化した血液を解析した所、「マダニ」が媒介する「バベシア症」と言う病気に感染していた事が解ったそうです。

今年は、日本でも、マダニが媒介する「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」が話題になりましたが、この「バベシア症」も、マダニの体内にいる「バベシア原虫」と言う寄生虫が、血を吸った相手に寄生し、マラリアと似た症状を引き起こし、最悪、死に至る危険な病気との事です。

この琥珀は、2,000〜3,000万年前の物と推定されているので、この血液は、世界初、2,000〜3,000万年前の霊長類の血液の化石とされています。

そして、この化石化した血液から赤血球を採取する事に成功したので、この琥珀が、前述の例で言いますと「世界最古、そして世界初の霊長類の血液が閉じ込められた琥珀」、と言う事になります。

琥珀から恐竜のDNAを復活させるのは無理だとしても、今後も、琥珀の中から、何か新しい物が発見されたり、あるいは絶滅した昆虫や生物の特定に繋がる情報が発見されたりする事が出来るかもしれません。

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■その他「雑学」諸々

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ここまで、世界最古の「琥珀」から始まり、「琥珀」その物の生成方法、そして、「琥珀」からのDNAの採取等の情報を紹介して来ました。

そもそも「琥珀」と言う漢字ですが、「琥」は、トラの形をした玉石とか、黄色と黒色が混じった玉石、等と言う意味を持ち、「珀」も黄白色や卵色の玉石と言う意味を持つ漢字で、どちらの字も、玉石と言う意味を持っています。

また、古代中国では、「琥珀」とは、この漢字の生い立ちとも関連があると思いますが、トラが死後、石になったものだと考えられていたそうです。

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さらに、「琥珀」は、英語では「Amber(アンバー)」と呼びます。

しかし、同じ「琥珀」であっても、半化石状態とされる3,000万年未満の「琥珀」は、「Amber」ではなく「Copal(コパール)」と呼ばれて区別されています。

日本語の場合、「コパール」に対する、正しい呼び方が存在しない様なので、ちょっと変な言い回しになってしまいますが、両者は、次の様になります。

・Amber :完全に化石化し、3000万年以上経過した樹液で、経年変化しない物

・Copal :完全に化石化しておらず半化石状態で、1,000万年程度しか経過していない樹液、経年変化する物

このため、「Copal(コパール)」と呼ばれている物は、時が経つにつれ劣化し、表面に「ヒビ割れ」が発生しますが、「Amber(アンバー)」は、完全に化石化しているので、劣化現象は現れません。

琥珀に関しては、その他にも、まだまだ様々な情報があります。

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例えば、現在は、前述の通り、琥珀と言えば「宝石」としての利用しか思いつきませんが、その昔、近代医学が発達する前のヨーロッパにおいては、琥珀は、医療用として、痛風リウマチ、喉の痛み、歯痛、そして胃痛を和らげる「薬」として用いられていたようです。

さらに、ヨーロッパにおいては、「薬」以外にも、「魔除け」としても用いられた歴史もあり、子供に、琥珀のネックレスを付ける習慣も合ったそうです。

その他、中国においても、南北朝時代5世紀中頃に、漢方薬の基礎を築いたと言われている医学者「陶 弘景(とう-こうけい)」によって書かれた『名医別録』には、「琥珀」の効能は、次のように書かれているとされています。

『 精神を安定させ、滞る血液を流し、排尿障害を改善する。』

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また、「琥珀」に関しては、古くから、布で磨くと「静電気」が発生することが知られていたようで、スウェーデン琥珀博物館によりと、現在から2,700年以上前、ギリシア人の哲学者タレス」が、歴史上、初めて「琥珀」の摩擦帯電に言及したと言われています。

タレス」は、琥珀を布で磨くと火花を散らし、羽根や細かな木くずが付着する事に気が付き、この力を、ギリシア語で琥珀を意味する「elektron」に因み、「electricity(電気)」と名付けたとされています。

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一方、見た目は、「琥珀」に似ていますが、非常に危険な「白リン」と言う物質があります。

「リン」は、原子番号「15」の番号を持つ元素で、上記「白リン」の他にも、「赤リン」、「紫リン」等の同素体が存在しています。

この「白リン」は、見た目、そして重さも「琥珀」に非常に良く似ているのですが・・・何と、人が触ると発火発熱してしまうそうです。

「白リン」は、常温では上図の様に、少し黄色み掛かった白色の個体ですが、発火点が60℃と非常に低温なため、何かの拍子に自然発火してしまいます。

このため、室温でも徐々に酸化し、発熱したり、発火したりして、青白い光を発してしまうし、また、日光に当たっただけでも「赤リン」になってしまうので、通常は、水中で保存しておくのだそうです。

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このように、危険で、非常に扱いにくい「白リン」ですが、「燃えやすい」と言う性質のため、その昔から「焼夷弾」として利用され、特に、第二次大戦以降は、「焼夷弾」以外にも、煙幕弾、手榴弾、等の爆弾として使用されました。

ところが、「琥珀」の産地「バルト海沿岸」においては、兵器庫や弾薬工場にあった「白リン弾」から、「白リン」が漏れ出してしまったそうで、周辺地域では、「白リン」を「琥珀」と間違えて触ってしまい、火傷を負う事故が、現在でも多発しているそうです。

ちなみに、「白リン」は、燃えやすいと言う性質の他にも、毒性が非常に強く、吸引すると意識障害を引き起こす様です。

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加えて、「琥珀」には、偽物が数多く存在する事が有名です。

まあ、「琥珀」は、宝石ですので、他の宝石同様、偽物、「フェイク」が数多く存在するのも仕方が無いのかもしれません。

「琥珀」のフェイクとしては、フェノール樹脂と呼ばれる合成樹脂、つまりプラスティックが有名です。

フェノール樹脂の発見は、1872年(明治5年)と言われていますが、この樹脂の工業化に成功したのは、1907年(明治40年)で、アメリカ人の化学者「レオ・ヘンドリック・ベークランド(Leo Hendrik Baekeland)」で、この樹脂を「ベークライト」と名付けています。

合成樹脂の「ベークライト」が登場したことで、本物そっくりの「フェイク琥珀」を作れるようになったそうですが、「フェイク琥珀」としては、次の素材も、数多く用いられているそうです。

・ガラス

本物の「琥珀」は、手に持った時に「温かい」そうですが、ガラスの「フェイク琥珀」は持った時に、「冷たさ」を感じるそうです。

・ベークライト

ナイフで傷を付けてみると、偽物なら薄片が落ちるが、本物なら粉状となる。また、本物は塩水に浮かぶそうです。さらに本物は、手のひらですぐに温まる、との事です。

セルロイド

これも合成樹脂で、「象牙」の代用品として開発されたが、その他、「珊瑚」、「べっ甲」、「瑪瑙」、そして「琥珀」の模造品としても使用されています。見た目、質感、手触り等、本物と区別が付かないが、比重が本物と異なるので、やはり飽和食塩水に沈むそうです。

・プラスティック

上記以外のプラスティックも「フェイク」で使用され、「昆虫入り琥珀」を作る際に用いられる。現在も生存している昆虫が中に居る場合は、ほぼ全て「プラスティック・フェイク」と思った方が良い、との事です。

カイゼン

「改善」ではなく、牛乳に含まれるタンパク質の一種。別名「カイゼン・プラスティック」とも呼ばれ、乳白色の「フェイク琥珀」を作る時に使用される。見分けは、ほぼ不可能との事で、分かる人は、その重さで本物とフェイクの区別が出来る、との事です。


その他、フェイクと本物とを見分ける方法には、「飽和食塩水」や「温かさ/冷たさ」の他にも、次のような方法があるようです。

但し、店で販売している物に対して、このような行為を行うと、結局、売り物を傷付ける事になるので、購入する羽目になってしまいますので、注意願います。

アルコールを付ける :エタノールを数滴垂らしてネバネバしたらフェイク。主にコパール

●ナイフ等で傷付ける :傷が付けば本物、付かなければフェイク。主にガラス

●熱したピンで触る :変なプラスティックの焦げる匂いがすればフェイク。主にプラスティック樹脂

商品を傷付けない鑑定方法ならば、やはり「飽和食塩水」を使う方法が良いかもしれませんが、コパールは、元々は「琥珀」なので、区別が付きません。

本物が欲しいのであれば、通販などではなく、信用出来る専門店で購入する事をお勧めします。

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■久慈「琥珀」の歴史

ここまで、主に、ヨーロッパの「琥珀」を中心に、様々な「琥珀雑学」を紹介して来ました。

ここからは、日本における「琥珀」の歴史、特に、久慈市の「琥珀」に関する情報を紹介します。


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世界的に見ると、最古の「琥珀」は、前述の通り、約3億2千万年前となりますが、ヨーロッパにおいて装飾品として使われ始めたと考えられえいるのは、約11,000年前のイングランド地域とされています。

その後は、バルト海沿岸、中央ヨーロッパアドリア海を経由する、いわゆる「琥珀の道(アンバールート)」を経てエジプトまで「琥珀」が渡り、ツタンカーメン等のファラオも「琥珀製品」を愛用していた事が解っており、数多くのファラオの墓から、埋葬品として「バルティック・アンバー」が発掘されています。


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ところで、日本においては、「琥珀」が装飾品として使われた歴史は古いようで、詳しい資料や画像は確認されていませんが、国立歴史民俗博物館の名誉教授でもあった考古学者の「白石 太一郎」氏の著書「日本の時代史1」には、北海道千歳市の柏台遺跡や湯の里遺跡では、20,000年前の琥珀飾りが発見されたと記載されているようです。

ヨーロッパにおける「琥珀」の装飾品は、11,000年とされています。

古代日本人、当時は、旧石器時代になりますが、とても「オシャレさん」だったのだと思われます。

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しかし、縄文時代前期〜中期(約5,500年前〜4,000年前)にかけて、青森県青森市近郊に存在した、日本最大級の縄文遺跡集落である「三内丸山遺跡」からは、数多くの「琥珀」が出土していますが、その中には装飾品は見つかっていないそうです。

三内丸山遺跡」から出土した「琥珀」は、全て久慈市近郊の太平洋沿岸から産出した「琥珀」のようですが、何故か装飾品は見つからず、全て「琥珀」の原石のみとなっているそうです。


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インターネットの検索結果には、「三内丸山遺跡」で「琥珀の装飾品」が発掘されている、という様な情報もありますが、どうも、証拠が無いように見受けられます。

三内丸山遺跡」の公式ホームページや掲載物を探しても、石や翡翠(ひすい)で作成した装飾品は数多く掲載されていますが、「琥珀」製は、全くありません。

それでは、何故、わざわざ久慈地方から「琥珀」を取り寄せていたのか ? と言う疑問が湧いてきます。

ブログの最初の「雑学」で、「琥珀」が医療に用いられていた事を紹介しましたが、その他にも「香料」としても用いられる事もあります。

このため、縄文時代の本州においては、装飾品以外の目的で、「琥珀」が重用されていた可能性があると思われます。

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縄文時代」の後、北海道において発展した「続縄文時代」には、前述の画像の様な「琥珀」を用いた首飾りが数多く出土しています。

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「続縄文時代」と云うのは、「縄文時代」の後、紀元前3世紀〜紀元後7世紀まで、北海道でのみ続いた時代で、本州における「弥生時代」と「古墳時代」、そして「飛鳥時代」までを含んだ時代となります。

そして、本州においては、前述の通り、「縄文時代」と「弥生時代」と、東北地方関東地方で発見された遺跡の多くから「琥珀」が発掘されています。

さらに、「古墳時代」になると、「琥珀」製品は、奈良盆地周辺にある、当時の有力者の墳墓と思われる遺跡から数多く出土するようになります。

また、この発掘された「琥珀」を調査すると、奈良周辺で出土した「琥珀」製品のほとんど全てが、久慈地方から産出された「琥珀」であることが解明されています。


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右の画像は、昭和40年、奈良県斑鳩町の「竜田御坊山3号墳」から発掘された「琥珀の枕」の復元品となります。

この「琥珀の枕」は、飛鳥時代(645〜715年)の皇族クラスの副葬品です。

「琥珀枕」、当初は、大陸からの輸入品と考えられていたそうですが、その後の化学分析により、この「琥珀枕」も、久慈産の「琥珀」を使っていることが解明されたそうです。

ちなみに、この古墳に埋葬されていたのは、10代の若い青年で、地元の考古学者の見解では、埋葬年代や副葬品の豪華さから、埋葬者は「厩戸皇子(聖徳太子)一族」ではないかと言われ続けているようです。


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さらに、奈良の先、今年(2017年)、「神宿る島」の構成資産の一つとして世界遺産に登録された「沖ノ島」でも「琥珀」が発見されています。

こちらの「琥珀」は、まだ鑑定が行われていないので、産地は解らないようですが、琥珀製の「棗(なつめ)玉」や「勾(まが)玉」が数多く発見されているそうです。

これら、東北地方の久慈から産出した「琥珀」は、後に「奥州街道」と呼ばれる事になる道から「中山道」を経由して大和地方に運ばれた事が解っており、この道も、日本における「アンバールート」と呼ばれているそうです。

その後も、日本における「琥珀」の産出は行われ続け、その多くは「久慈」から産出された「琥珀」が日本中に流通していた様です。

飛鳥時代中国、当時の「唐」に派遣された「遣唐使」では、「琥珀」が、皇帝への貢ぎ物として献上された記録も残っている様です。

中国の「宋代(960〜1127年)」に作成された、中国の「唐時代」の正式な史料となっている「新唐書(1060年完成)」には、飛鳥時代の「白雉4年(653年)」に派遣された第二回遣唐使に関して、次のような記述があるそうです。

『 永徽初(650年)、その王の孝が即位、改元して白雉(はくち)という。一斗升のような大きさの琥珀、五升器のような瑪瑙(めのう)を献上した。 』

ちなみに、「一斗升(ます)」とは、現在の「約1.8リットル」位の容量となりますが、この「琥珀」が、どこから産出された物なのかは不明な様ですが、現在では、久慈産と考えられている様です。

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奈良時代(715〜806年)には、地方から天皇への献上品として使用されるようにもなったようで、「聖武天皇/光明皇后」所縁の品を納めている「正倉院」にも、多くの「琥珀製品」が収蔵されています。

この画像は、教科書やポスター等によく掲載されているので、皆さんもご覧になった事があると思いますが、「螺鈿紫檀五弦琵琶(らでん-したんの-ごげんびわ)」と言う宝物です。


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この「琵琶」の「赤い丸部分」は、琥珀が埋め込まれています。

その他にも、右の画像は、「琥珀双六子(こはく-すごろくし)」と言う、双六の駒ですが、琥珀や瑪瑙(めのう)等、貴重な「玉」で作成された収蔵品もあります。

そして、これら「琥珀製品」ですが・・・産地は、当然、久慈産との事です。

ちなみに、「双六子」は、元々は、169個もあったそうです。

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平安時代(806〜1185年)」になると、「琥珀」は、香料として用いられる機会が増えて行くことになった様です。

当時、日本では、貴族でさえも風呂に入る習慣が無かったので、香料を用いて体臭を隠していました。

「琥珀」を燃やしたり燻したりすると、当然、元々は樹脂の化石ですから、松の木を燃したようなキツい匂いがするそうですが、体臭を隠すため、敢えてキツい匂いが好まれたと言われています。

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久慈市にある「琥珀博物館」を運営する「久慈琥珀株式会社」のサイト等によると、その後、時が流れ「室町時代(1336〜1573年)」の頃になると、久慈近郊における「琥珀」の産業化が始まり、「琥珀」を採掘するための専門職が誕生したと書かれていました。

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しかし、その頃は、まだ装飾品としての利用は限定的で、どちらかと言えば、香料や薬用としての利用がメインだった様です。

そして、さらに時が経過して江戸時代になると、久慈における「琥珀」採掘は本格化し始めるようです。

江戸時代に入り、長らく続いた戦乱が終わって治安が落ち着いてくると、「琥珀」を装飾品として利用し始めることが流行り始めた様です。


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その代表的な物が「根付(ねつけ)」です。

「根付」とは、煙草入れ、矢立て、印籠、等の小型の革製鞄、等を紐で帯から吊るして持ち歩くときに用いた留め具の事で、江戸時代から大正初期まで、男性の間で、大人気となりました。

現代で言う所の「携帯ストラップ」のような物です。

当初は、木製の「根付」だったのですが、その内に庶民に経済力が増して来ると、高価な宝石を用いた「根付」が流行りだした様です。

そして、その時に使用される宝石が、「琥珀」を始めとした、「象牙」や「翡翠」などで、木製の「根付」も、「黒檀」や「白檀」等、高価な木材を使用した物も現れました。

江戸時代後期になると、さらに「根付ブーム」は過熱し、高価な「根付」では、当時の「家一軒分」の値が付けらた「根付」もあったと言われています。

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また、ちょっと「琥珀」から脱線しますが、「根付」は、現在では、国内外の蒐集家の間では大人気です。

日本国内では、故「高円宮憲仁親王」が、蒐集家としては有名で、その膨大な遺品は、東京国立博物館に寄贈され、「親王」の名前を冠したコレクションとして、時々、公開展示されています。

また、海外でも、有名人が膨大なコレクションを持っており、「ルイ・カルティエ」も膨大なコレクションを持っていた事が知られていました。


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近頃では、2010年に出版された「The Hare With Amber Eyes: A Hidden Inheritance(邦題:琥珀の眼の兎)」と言う「エドマンド・ドゥ・ヴァール(Edmund de Waal)」の小説が、イギリスで大ベストセラーとなり、「根付ブーム」が起きたそうです。

そして、その1年後の2011年ロンドンのボナムス社で開催されたオークションでは、この「象牙の獅子の根付」が、約26万5500ポンド(当時3400万円)の値段で落札された事がニュースで話題になりました。

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さて、話を「琥珀」に戻しますと、江戸時代、久慈付近は盛岡藩の領地でした。

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そして、「琥珀」の需要が高まってきた「正保元年(1645年)」、盛岡藩は、「琥珀」を特産品として藩外輸出禁止の品に定めました。

これは、以前、過去ブログで紹介した「漆」と同じです。

★過去ブログ岩手の工芸品 〜 地味だけど丈夫で長持ち その1

この「琥珀」も「漆」同様に、「御留物」扱いとなり、藩外への持ち出し禁止となった事が、「漆」でも紹介した次の通達書に記載されています。

『 武具類、くろかね類、へにはな、むらさき根、蝋漆あぶら、綿麻糸付布、無手形人、商売之牛馬、箔椀、同木地、皮類、塩硝、くんろく香、右先年より御留物候之間、向後にをいても弥改可申候、若わき道かくれ通候ものとらへ上候ハ、為御褒美其物料可被下者也 』

当時、久慈地域では「琥珀」を「くんのこ(薫陸香)」と呼んでいましたので、上記文中の「くんろく香」が、「琥珀」に当たります。

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その後も、「延宝元年(1673年)」には、採掘自体に税を課すようになり、さらに、「延宝7年(1679年)」には、「琥珀奉行」を設け、「琥珀」の採掘から販売までを厳しく管理するようになりました。

江戸時代の最盛期、久慈付近には、「琥珀細工師」が20人以上存在し、上記「根付」を始め、「かんざし」や「帯留」、そして数々の装飾品を創り出し、江戸や京都で販売していました。

これらの事から、当時、「琥珀」を、別名「ナンブ」と呼んでいた事もあったそうです。

まるで、「漆」が「japan」と呼ばれていた事と同じ様な事が、規模は小さいですが、「琥珀」でも起こっていた様です。

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久慈付近では、「琥珀」の採掘場所は激減しましたが、現在でも公に「琥珀」の採掘を行っているのは、下記の2箇所くらいではないかと思います。

●琥珀博物館

●上山琥珀工芸

ブログでも、過去に取り上げたNHKの朝ドラあまちゃん」関連の話題ですが、ストーリーに登場する「塩見三省」氏が演じる「勉さん」が、琥珀を採掘していた場面は、上記の「上山琥珀工芸」の「琥珀採掘坑道」です。

その他にも、数多くの「琥珀採掘場」がありますが、現在では使用されておらず、さらに、ほとんどが個人の所有地になってしまっていますので、勝手に中に入って「琥珀」を採掘すると、不法侵入で逮捕されてしまいます。

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また、整備など、何も行っていないので、「落盤事故」が起きる可能性が高いので、とても危険です。(許可なく立ち入る事は止めましょう。)

その他、現在では、そのほとんどが操業を停止していますが、同じく久慈市枝成沢の「碁石地区」にも、数多くの「琥珀採掘場」がありました。

この「碁石琥珀」に関しては、盛岡藩、および盛岡藩から分離独立した八戸藩の記録にも記録が残っていることから、江戸時代から「琥珀」の採掘が行われていた事が明らかになっています。

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上の画像の看板によれば、「その道」の方々には「ガニ穴」と呼ばれている坑道入口の上には、かつて「琥珀神社」があった事が記載されているそうです。

「ガニ穴」とは、このような手掘りの鉱山が無くなった事も影響し、今では余り用いられる事が無くなった言葉の様ですが、「カニの穴の様に、縦横、縦横無尽に拡がる採掘坑道の入り口」を意味しているそうです。

また、「琥珀」の採掘場の事を、地元では「くんのこほっぱ」と呼んでいるそうです。

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「くんのこほっぱ」とは、前述の通り、「琥珀」を「くんのこ(薫陸香)」と呼んでいた事と、採掘場、つまり「堀場(ほりば)」を、「ほっぱ」と呼んだ事から付けられた、いわば地元の「方言」+「造語」です。

「くんのこ(琥珀)」 + 「ほっぱ(堀場)」 = 「くんのこほっぱ」、です。

「碁石地区」を始め、久慈近辺の地層は、「久慈層群」と呼ばれる地層で、多量の琥珀が埋蔵されており、「久慈層群と琥珀」として「日本地質百選」にも選定されているそうです。

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さらに、「久慈層群」は、中生代白亜紀後期(約8500〜9000万年前)、恐竜時代に属する地層なので、同時代の虫入り琥珀も多数発見され、学術的に各方面から注目されているとも言われています。

その一方、「久慈層群」から採れる「琥珀」には、「二酸化ケイ素(SiO2)」が多く含まれており、「脆い」と言う特徴もある様です。

右の「琥珀」に見られる「白く薄い膜」部分が、「二酸化ケイ素」なのだそうです。

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所有者の許可を得た方が、ガニ穴から坑道の跡地に入り、中を見た時に画像が左の画像ですが、「手掘り」の坑道が続いています。

そして、左図の「黄色い丸」で囲んだ場所に、「琥珀」が沢山あります。

このように、坑道の至る所に「琥珀」があるそうですが、大きさは1〜2cmで、地層が脆いので指でも採れるようですが、とても加工など出来ない代物なのだそうです。

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また、昭和初期、昭和12年(1937年)には、この「碁石地区」の傍に、昭和電工 (株)」の前身で、現在は、「理化学研究所」のグループとなっている「理研琥珀工業(株)」の鉱業部が、直営の採掘場を設け、本格的な商業採掘を開始しました。

久慈の「琥珀」は、この頃が最盛期で、近隣の村から、多くの人が「琥珀」の採掘に押しかけ、まるで「ゴールドラッシュ」ならぬ、「アンバーラッシュ」のようだったと伝わっているそうです。

この近辺で採取された「琥珀」は、装飾用ではなく、戦時中の軍用品として、絶縁体や船舶や航空機の代替塗料(琥珀ペイント)等に使用されたそうです。

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と言う事で、この「碁石地区」ですが、古くは、「碁石」と言う性を持つ「碁石一族」が、この地を治めていたようです。

このため、この「琥珀」の採掘場である山は「碁石一族」が所有する持山で、「琥珀神社」も、「碁石一族」が勧請して創建した神社なのだそうです。

その後、「琥珀」の採掘が減少するにつれ、この「琥珀神社」も廃れてしまったようで、「御神体(大山祇命:おおやまずみ-みこと)」も行方不明になってしまったそうです。

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しかし、その後、何十年か後に、この「琥珀神社」の「御神体」が、「碁石」近辺の山中で発見されたそうです。

そこで、現在では、前述の「琥珀博物館」の近くに、新しい「琥珀神社」を建立して安置しているそうです。

ちなみに、「大山祇命」は、「伊邪那岐/伊邪那美」の両神の間に生まれた男神で、山を司る神とされていますので、「くんのこほっぱ」に祀る神様としては最適だと思われます。

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久慈地域には、未だに数万トン、一説には6万トン以上の「琥珀」が埋蔵していると言われており、地層が露出している所には、小粒の「琥珀」が沢山見られるそうです。

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また、三陸海岸に面する久慈市や、その隣の野田村付近の海岸、特に「野田玉川海岸」には、「琥珀」が流れ着くことでも有名です。

また、川岸でも、大雨の後や台風の後等は、崖が崩れて「琥珀」が流れ着く事があり、地元の子供達などは、昔は、よく「琥珀」を取りに行ったと言う書き込みがあります。

前述の「琥珀」の見分け方にも記載した通り、「琥珀」は非常に軽く、海水に浮くので、海岸には、よく漂着するのだそうです。

バルト海では、「白リン弾」があるので危険ですが、久慈や野田村には、「白リン弾」はないので安全ですが、久慈から野田村に続く海岸は、波が高いので、高波に注意する必要があるそうです。

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久慈産の「琥珀」は、中生代白亜紀後期(約8500〜9000万年前)の地層から採掘される事は紹介しましたが、これはバルト海の「琥珀」よりも、4,000万年以上古い地層になります。

バルト海沿岸で産出される「琥珀」は、古第三紀新世後期(約4,000万年前)の地層から産出し、主に「マツ科」の針葉樹の樹液となります。

また、久慈付近では、大型の「琥珀原石」が数多く見つかっています。

現存する最大の「琥珀原石」は、昭和2年(1927年)に、地元「夏井鉱山」から採れた「琥珀」で、元々は、個人が所有していた物を、後に久慈市に寄贈し、現在では、久慈市の指定天然記念物となり「久慈市文化会館/アンバーホール」に常設展示されています。

この「琥珀原石」は、現在のところ、世界最大の「琥珀原石」となっているようで、高さ40cm、幅40cm、奥行き20cmで、重さは何と「19.879Kg」、約20kgにもなるそうです。

「琥珀」は、何度も記載していますが、非常に軽い物なので、重量20Kgと言うのは、私は見たことがありませんが、ちょっと信じられない重量だと思います。

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さらに、同じく「夏井鉱山」からは、昭和16年(1941年)に採れた重量16kg「琥珀原石」があったそうです。

この「琥珀原石」は、「東洋琥珀興業」と言う企業が採取して、後に国立科学博物館に寄贈したと言われていますが、残念ながら2個に割れてしまったそうです。

その他にも、「琥珀博物館」に展示されている「琥珀原石」は、寸法は解りませんが、重量10.4Kgと、10kg超えの巨大原石です。

さらに、現在は、行方不明になっているそうですが、明治29年(1896年)に発表された理学博士「鈴木 敏」氏の地学文献「琥珀に就て」には、次の様な記載があったそうです。

『 久慈枝成沢と夏井村鳥谷の琥珀は第三紀層中産出し、10年前12貫(45kg)琥珀大塊を産し、両所虻入りの奇品、野田で美麗琥珀を産す 』

これが本当だとすると、45kgの「琥珀原石」と言うことになり、前述の「琥珀原石」の2倍以上の、本当に巨大な「琥珀原石」になります。何とも、凄い話です。

久慈の「琥珀」に関する情報は、以上の通りとなります。「久慈琥珀博物館」の情報に関しては、過去ブログに記載していますので、今回は割愛します。

★過去ブログNHK朝ドラの舞台となる「久慈市」近辺の情報について

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ところで、余談ですが、現在「カニ穴」と言えば、「土鍋でご飯を炊いた時、鍋の底に強い水蒸気の泡が湧き、それがお米を押しのけて上がった通気穴」の事を意味しているそうです。

坑道入口を意味する「ガニ穴」とは、ちょっと意味が異なる様ですが、確かに、こちらの方が、何となく正しい使い方の様な感じがします。

余計な話ですが、この「カニ穴」が出来たご飯は、強い火力で炊けているので、普通の電気炊飯器で炊いたご飯より美味しいと言われているそうです。

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その他、日本における「琥珀」情報としては、沢山あり過ぎて、全ては紹介出来ませんが、同じく、岩手県内の「琥珀」情報としては、「宮沢賢治」と「琥珀」の関係があります。

宮沢賢治」に関しては、下記のブログで、去年(2016年)が、生誕120年である事を紹介しました。

★過去ブログ誰もが知ってる「宮沢 賢治」 - 今年は生誕・・・121年目

このブログでは、余り詳しくは紹介しませんでしたが、「宮沢賢治」は、実は、子供の頃から、大の「石オタク」で、子供の頃に付けられたアダ名が「石コ賢さん」・・・

入学した岩手県盛岡中学校(現:盛岡第一高等学校)でも、学業はそっちのけで、鉱物採集や登山に熱中していたことが記録されています。

その後、数々の小説を作成しますが、その中に、「琥珀」を始め、多くの鉱物が登場し、空や太陽、月、星、海等を様々な石に例えており、短編童話「オツベルと象」や、いくつかの詩集などに「琥珀」という言葉を残しており、特に詩集では、30編もの詩の中に「琥珀」が登場しているそうです。

また、後に出版された「賢治」関連本では、賢治の小説に登場する「鉱物」と、登場シーンと共に紹介する本なども数多く出版されています。

少し、登場シーンを紹介して、本章を終わります。

春と修羅 :「正午の管楽よりもしげく 琥珀のかけらがそそぐとき」

●自作短歌 :「あけがたの 琥珀のそらは 凍りしを 大とかげらの 雲はうかびて」

オツベルと象 :「そのうすくらい仕事場を、オツベルは、大きな琥珀のパイプをくわえ、吹殻を藁に落さないよう、眼を細くして気をつけながら、両手を背中に組みあわせて、ぶらぶら往ったり来たりする。」

●水仙月の四日 :「まもなく東のそらが黄ばらのやうに光り、琥珀いろにかがやき、黄金に燃えだしました。丘も野原も新しい雪でいっぱいです。」

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■各種琥珀の紹介

最後に久慈の「琥珀」の他にも、世界的に珍しい「琥珀」を紹介したいと思います。

●久慈近辺の琥珀

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久慈の琥珀は、年代が古いこともあり茶褐色のきれいな地層のような線が入っていて、色が濃く、きれいな模様があり色合いが多いのが特徴らしいです。

色の種類は、中間色も含めれば、250種類以上あると言われているそうです。

そして、色の違いは、年代、木(樹脂)の種類、そして地質の違いによって異なるそうです。

上の画像は、久慈市の北側、種市町から出土した、約8,700万年前の「中生代白亜紀後期」の琥珀で、中に、「鳥類羽毛の後羽(こうう)」が入っている世界最古で、かつ世界初の琥珀なのだそうです。(出た ! 世界最古)

後は、久慈にある「琥珀博物館」や、その直営サイトで、様々な琥珀、「虫入り琥珀」等も販売していますので、特に珍しいものは無いと思います。

また、前に紹介した過去ブログに記載していますが、約8,700万年前の白亜紀の琥珀で、日本最古のカマキリが入った琥珀が発見されたりしています。

もう、ここまで来ると、「虫入り」とか、「世界最古の〜」と言う琥珀を紹介しても仕方が無いと思いますので、割愛しますが、琥珀博物館の展示物を少し紹介します。

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琥珀博物館には、何点か、大型の琥珀製の展示物があります。

右の作品は、平成10年、琥珀製品の製作技術の向上を目的に、ロシアから琥珀製作者を招き、博物館の職員と一緒に作成した「金色堂」です。

縦1.75m、横2.77m、総重量100kgの巨大な琥珀のモザイク画とされ、製作に3ヶ月掛かったそうです。


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こちらは、後で紹介する「エカテリーナ宮殿博物館」から寄贈された、復元された「琥珀の間」の一部分との事です。

エカテリーナ宮殿博物館」には、「琥珀の間」と呼ばれ、部屋全体の装飾が琥珀で出来ている一室があり、「琥珀」繋がりで、久慈の「琥珀博物館」とは、「姉妹博物館」になっています。

その関係で、この展示物は、琥珀博物館の新館オープンの際に、エカテリーナ宮殿博物館から寄贈された物です。

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エカテリーナ宮殿「琥珀の間」

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エカテリーナ宮殿は、ロシアサンクトペテルブルク(旧:レニングラード)にあり、「ピョートル大帝」の妻であり、第2代ロシア皇帝となった「エカテリーナ1世(1730〜1740)」が、夏の間を過ごすための建てた離宮で、「夏の宮殿」とも呼ばれていました。

その後、増改築を繰り返し、「エカテリーナ1世」の娘である第6代皇帝エリザベータ(1741〜1762年)」の時代となる、1756年に、現行規模の宮殿となったと言われています。


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そして、「琥珀の間」に関しては、当初は「ピョートル大帝」が、プロイセンの「フリードリヒ・ヴィルヘルム1世」から譲り受けたそうですが、暫くは、組み立てられる事無く放置されていた様です。

その後、先の「エリザベータ」が、「冬の宮殿」と呼ばれた「エルミタージュ宮殿(現:エルミタージュ美術館)」の改装の際、放置されていた「琥珀の間」を見つけ出し、未完成だった部分も修復し、当初の構想より規模を拡大させて完成させたそうです。

ところが、その後、第8代皇帝エカテリーナ2世(1762〜1796年)」の時代に、「冬の宮殿」から、現在の「夏の宮殿」に移されたそうです。


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エカテリーナ2世」は、ことの外、この「琥珀の間」を愛し、自分以外の立ち入りを禁止していたそうです。

そして時は流れ、ロシア帝国は革命により崩壊してソビエト連邦となり、第二次世界大戦が始まります。

ソビエトドイツは、不可侵条約を締結していたのですが、ご存知の通り、1941年、ドイツは、条約を破ってロシアレニングラードに侵攻します。

レニングラードに侵攻したドイツ軍は、ヒトラーの命令のもと、エカテリーナ宮殿にも乱入して美術品を略奪しましたが、その際、「琥珀の間」も分解して、ケーニヒスベルク(現:カリーニングラード)に持ち去られて展示されていたそうです。


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しかし、誠に残念な事に、1944年、イギリス軍が、ケーニヒスベルクに大規模な空爆を行い、この爆撃により、「琥珀の間」を展示していた「ケーニヒスベルク城」を始め、市街地の大半が壊滅状態となってしまったそうです。

そして、この「ケーニヒスベルク空襲」により、「琥珀の間」は、完全に焼失してしまったとされています。

しかし、一部の説では、「琥珀の間」は、空爆の前に、既にドイツ本土に運ばれていたのではないかと指摘する歴史学者も居るようです。

ケーニヒスベルク城」で「琥珀の間」を管理していたのは、ドイツ美術史家「アルフレッド・ローデ」と言う人物ですが、この人物は、後に「爆撃があった時には、琥珀の間は展示しておらず、分解して城の地下室で大事に保管していた。」と証言しているそうです。

これが事実であれば、「琥珀の間」は、焼失しておらず、誰かによって、何処かに持ち去られた事になります。

また、その他にも、「琥珀の間」は、ドイツではなくポーランドに持ち去られ、そこから南アフリカに持ちされたと言う説もあるそうです。

「琥珀の間」に関しては、その他にも多くの説があり、何とも、興味深い話です。

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その後、第二次世界大戦終了後、破壊された「エカテリーナ宮殿」の修復作業が開始されたのですが、「琥珀の間」に関しては、そのもの自体が無くなっているので、修復のしようがありませんでした。

そこで、ソビエト連邦は、1979年から、修復ではなく、「琥珀の間」の復元作業を開始しました。

途中、1991年に、ソビエト連邦が崩壊し、ロシア連邦が誕生しましたが、「琥珀の間」の復元は細々と続けられたそうです。

さらに、1998年には、無くなったとされた「琥珀の間」の一部となる「フィレンツェ風モザイク」と「琥珀箪笥」が、ドイツブレーメンで発見され、その後、2000年に、正式にロシアに返還されると言う出来事もあったそうです。

その後も、ロシア研究者と彫刻家、それにドイツの職人も加わって復元作業が続けられ、最終的、復元には、24年以上の歳月と、金額にして「1135万ドル(約12億5985万円)」の費用を掛け、2003年に復元作業が終了しました。

ちなみに、このエカテリーナ宮殿の「琥珀の間」再建修復委員会委員長は、ポーランド生まれの琥珀職人「アレクサンドル・アレクサンドロヴィッチ・ジュラヴリョフ」と言う人物なのですが、この人物が、前述の琥珀美術館に展示されている「金色堂」の作成において、日本の琥珀職人に、色々と指導をして下さったそうです。


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今回は、久慈近辺の特産品「琥珀」に関する様々な情報を、紹介して来ましたが、如何でしたか ?

●世界における琥珀の歴史

●琥珀生成物

●DNA採取の可否

●その他「雑学」

●久慈「琥珀」の歴史

●各種琥珀紹介

「琥珀」は、「珊瑚」や「真珠」等、有機物由来の宝石として、古くから、日本のみならず、世界中で、珍重されてきた事が、今回のブログで、よく解りました。

「琥珀」に関しては、その人気の高さに比例するように、本当に沢山の情報(雑学)があり、余裕があれば、もっと沢山の情報を紹介したかったので残念です。

例えば・・・

●琥珀婚

●琥珀抄

人魚の涙

●太陽の石・・・等

「琥珀」にまつわる話は、世界中にありますので、探せばキリが無いのかもしれません。


また、日本における「琥珀」の歴史は、そのほとんどが「久慈産琥珀」の歴史と言っても、過言では無いことが解ったのも興味深い事でした。

過去に紹介した二戸市浄法寺町の「漆」が、世界に流通して「japan」と呼ばれたように、世界レベルまでは到達出来なかったようですが、日本国内では、久慈産の「琥珀 = ナンブ」と呼ばれるまでになった事は、何か、岩手県出身者としては、何か、誇らしいような感じがします。

「南部鉄器」も、その昔、「コピー商品」が日本中に出回るほど人気になった訳ですから、やはり岩手県の工芸品は、本シリーズの最初に記載した通り、「小粒でもピリリと辛い」工芸品なのだと思います。

次回は、岩手の工芸品として「岩谷堂箪笥」を中心とした「木工品」を紹介したいと思っています。


それでは次回も宜しくお願いします。

以上

【画像・情報提供先】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

・カラパイヤ(http://karapaia.com/)

・Nature(http://www.nature.com/news/dna-has-a-521-year-half-life-1.11555)

・映画「ジュラシックパーク」は、米「Amblin Entertainment」社の製作物です。

独立行政法人 情報処理推進機構(https://www2.edu.ipa.go.jp/)

・北三陸大地の恵み・ジオパーク推進連絡会(https://kitasanriku-geohistory.themedia.jp/)

・八戸市立図書館(http://www.lib.hachinohe.aomori.jp/)


株式会社 エム・システム】
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2017-11-05

取り敢えずExcelで良いのか ? - 業務見直しのススメ その2

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前回の「IT系情報」として、「取り敢えずExcelでよいのか ?」の前編を紹介しました。


★過去ブログ:取り敢えずExcelでよいのか ? その1


このブログでは、下記のような項目で、Excelの歴史から始めて、マクロVBAの相違、本当の意味でのExcel功罪と言うような内容を紹介しました。


Excelの歴史

マクロVBAの違い

Excel功罪


その中でも、「Excel功罪」として、Excel職人の誕生と消滅、さらにExcelの非互換を紹介しました。


Excel自体は、別に、Microsoft社を擁護するつもりは毛頭ありませんが、非常に安価で、使い方さえ間違わなければ、高機能なツールだと思います。


まあ、現時点の最新バージョンであるExcel2016は、「Windows Update」が行われる度にパフォーマンスが低下するので、非常にイラつきますが・・・


普通に、表計算やビジネス帳票を作成する分には、余りストレスを感じません。


しかし、VBA(Visual Basic for Applications)でプログラムを組み込んだシステムを構築した後、プログラムを作成した本人が現場から居なくなってしまったり、あるいはOfficeバージョンアップする度に、バージョン間の非互換で、プログラムが動かなってしまったりするのは困ったものです。

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さらに、日本国内で、2003年頃、非常に流行したExcelの使い方に、「Excel方眼紙」と言う使い方があります。


Excel方眼紙」の作り方や使い方に関しては、Web上に沢山の紹介サイトがあるので、本ブログには掲載しませんが、このような使い方は、余りお勧め出来ません。


とは言いつつ、私も、個人的には、契約関連帳票や開発スケジュールを作る時には、「方眼紙」の様に、セルを細かくして、必要に応じて連結しています。


「それじゃ、何で批判するんだよ !!」と言うことですが、「Excel方眼紙」の様な使い方は、個人で使用する分には、何も問題はないし、「方眼紙」に慣れている人にとっては、非常に便利な使い方だと思います。


問題なのは、、これを社内テンプレートとして、広範囲に展開することだと思います。こうなると、他の人ではメンテナンス出来ず、逆に作業効率を下げてしまう可能性があります。

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今回は、この「Excel方眼紙」のような問題を含めて、次の内容を紹介したいと思います。


Excel不要論の正体

Excelの問題

●今後のExcel


それでは今回も宜しくお願いします。

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Excel不要論の正体


前回も紹介しましたが、世の中のサイトを、「脱Excel」と言うキーワードで検索すると、数多くの検索結果が表示されます。その数、約38万件・・・


しかし、その検索結果を、さらに「BI」と言うキーワードで検索すると、約3割近くが「BI(Business Intelligence)ツール」の導入を進めるサイトになっています。


そして、さらに、その他の検索結果を見てみると、だいたいが、次のような「Excel代替ツール」を勧めるサイトになっています。


EDIツール :電子データ交換ツール → Electronic Data Interchange

・ETLツール :データ抽出/変換/ロードツール → Extract Transform Load

EAIツールアプリケーションの統合連携ツール → Enterprise Application Integration


これらの「英語3文字ツール」を個々に紹介していたらキリがないのですが、「Excel代替製品」として以前から存在する下記のようなツールが存在します。

FileMaker、kintone、Googleスプレッド


つまり、この世の中で「脱Excel」を勧めている人間は、別のソフトウェアを売りたいがために、流行り文句で「脱Excel」と言っているだけなのだと思います。


結局、「Excelを止めてXXXXXXXX」と言っているだけの話で、この「XXXXXXXX」の部分が、「FileMaker」であったり、「kintone」であったりするだけの話なのだと思います。


そして、「脱Excel」と言う話に乗せられて、別のツールを使ったとしても、結局は、その昔、Excelを使っていた時と同じような問題が発生します。


・パフォーマンスが悪い

・処理が自動化出来ない

・ファイル・フォーマットが自由に変えられない

自動化したが誰も保守が出来なくなってしまった・・・・等


そもそもソフトウェアの費用が、Excelと比較するとダントツに高額ですし、詰まる所、どんなツールを使ったとしても、それなりの問題が発生するのは、Excelと同じなのです。

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FileMaker」や「kintone」と異なるのが、上記に出てきたEDI、ETL、EAIとよばれる「英語3文字ツール」群です。


これらのツールを簡単に説明すれば、「データ変換&システム連携」ツールです。Excelとは、全く別物のソフトウェアになります。


企業内の業務は、通常、単独で完結する業務は少なく、ほとんどの業務が、その後処理となる、別の業務と繋がっています。


例えば、営業社員が、製品を販売するケース1つ取っても、下図のような様々な業務が関連して処理される事になります。

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このような業務の連携に関して、「ERP(Enterprise Resource Planning)ツール」を導入している場合は、販売管理機能において、販売した製品の数さえ入力すれば、後は、自動で連携処理されるようになります。


しかし、この「ERPツール」は、非常に高額なソフトウェアで、安くても数百万円、上は数億円までの費用が掛かるシステムなので、一般の企業が使うのは、ちょっと難しいと思います。


このため、通常、各業務バラバラに繋がっており、それぞれ別のシステムが処理を行う事になるのですが・・・各業務とも帳票や書類/データのフォーマットもバラバラになってしまっています。


これは、各業務で使うシステムが、バラバラに作成されて来た事に原因があります。


通常、IT系システムは、経理業務の効率化から生まれた歴史がありますので、各社とも経理部のシステム化が行われ、後は、その企業毎に、販売管理システムとか、在庫管理システムとかが、順次、必要に応じて構築されて行きます。


そして、これら部署毎に作成する業務システムは、自分の部門の効率化だけを検討し、他の部署のシステムの事など全く気にせずに作成しますので、システム間のインターフェースなどありません。


俗に言う、「部分最適」と言う考え方です。


その後、暫くしてから、お互いのシステムを連携すれば、より社内業務を効率化できる事、つまり「全体最適」に気が付くのですが・・・その時には、もう「後の祭り」、システム間の連携など出来ない状況になってしまっています。

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このような時に登場するのが、前述の「英語3文字ツール」です。


「英語3文字ツール」は、業務間でフォーマットが統一されていないデータを入力し、後続となる業務システム用にデータを変換し、業務システムを連携する事を目的にしたシステムです。

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例えば、上図の例では、Excelで作成された「売上データ」を取り込んで、「業務 X」用のデータを作成し、これを「営業管理システム」等で使用します。


その後、製品売上状況を「在庫管理システム」に引き渡したいと思っても、「売上データ」には余計なデータがあるので、そのままの状態では、データを引き継げないケースが良くあります。


そのような場合、手作業で不要項目を取り除き「在庫管理用データ」を作成するのですが、「英語3文字ツール」があれば、自動で「営業管理システム」用データから、「在庫管理システム」用データを作成してくれます。


さらに、システムの機能によっては、コード変換を行ってくれたり、不足項目を他のデータベース等から取り込んでくれたりと、様々な処理を行ってくれますが・・・この「英語3文字ツール」も、数千万円までとは行かないまでも、数百万円のコストが掛かってしまいます。


つまり、この「英語3文字ツール」で「脱Excel」を行っても、かなり高額な費用も掛かりますし、加えて、この手のパッケージ・ソフトウェアには、年間保守料が掛かります。


例えば、「英語3文字ツール」を、500万円で購入した場合、その翌年からは「年間保守料」として、IT業界の通例として、「年間保守料」は、製品購入価格の15%が決まりですので、約75万円もの費用が、そのソフトウェアを使い続ける限り、払い続ける必要があります。


こうなると、「脱Excel」って、本当に必要なのでしょうか ?

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Excelの問題

前章で、「脱Excel」と言う言葉に踊らされた場合の問題点を紹介しました。


「脱Excel」で、数百万円の費用が掛かるのであれば、何も無理して「英語3文字ツール」を購入する必要は無いと思います。


しかし、Excelを使い続ける場合、過去ブログに記載した通り、「Excel職人」の問題が付きまといます。


また、「Excel職人」の問題の他にも、実は、様々な問題があります。


そこで、本章では、これまでに紹介してきた内容を元に、Excel、特に、「Excel/VBA」でシステム(マクロ)を構築した場合のメリット/デメリット等を簡単に紹介したいと思います。


Excelのメリット

(1)プログラミングが比較的簡単

プログラミング言語には、その用途/目的により、本当に様々な言語があり、現在では、数百種類にも及ぶのではないかと言われています。


その中において、他のプログラミング言語と比較すれば、確かに「VBA」は、簡単な言語だと思います。


但し、「簡単」とは言え、物事を論理的に考える事が苦手な人には、難しいとは思いますが・・・

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(2)開発コストも比較的安価

これも、「比較的」と言う言葉が付きますが、他の開発言語は、そもそもプログラミング環境を用意するだけでも費用が掛かる言語もありますし、プログラマーの月額単価も高くなっています。


これは、プログラマーの需要/供給の関係も影響しており、他言語のプログラマーの数が少ないため、月額単価も高額になる傾向があります。


その点、「VBA」に関しては、Excelさえあれば、後は何も必要ありません。今直ぐにでも開発作業を行う事が可能になりますので、作業単価も(比較的)安価になっています。


しかし、いくら「作業単価が安い」とは言え、プログラムは人間が作成していますので、それなりに費用は掛かります。


よく弊社にも、「簡単な仕組みだから、簡単に、安く作れるでしょう !」と言う問合せがきますが・・・それなら、人に頼らず、自分でプログラムを作成してみて下さい。


この様に、最初から、相手を見下した問合せをしてくる企業や人間とは、正直な所、余り付き合いたいとは思いません。

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(3)一度作成すれば、誰でも作業可能

この点は、Excelに限らず、他のプログラミング言語でも同じですが、一度、プログラムを作成し、操作マニュアルや手順書を作成してしまえば、後は、誰でも業務遂行が可能になります。


複雑な業務の場合、このタイミングで、あのフォルダーにある、このファイルを開いて、この項目と、あの項目をコピーして来て・・・等という、複雑な作業手順が必要になります。


Excel/VBA」でプログラムを作成してしまえば、極端な例では、「実行ボタン」をクリックするだけで、業務は終了してしまいます。


このようなメリットは、「属人化の廃止」と言い、ある特定の社員にしか出来ない作業を、誰にでも、アルバイト社員でも、パート社員でも行えるようにする事を意味します。


これにより、正規雇用社員には、もっとコア業務の注力してもらう事が可能になります。

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(4)作業時間の大幅短縮

上記(3)と同様、この点も業務のIT化の最大のメリットになります。


業務量が少ない場合、ある程度の業務スキルがある社員が、毎日、あるいは月数回、数時間作業を行えば、人間が作業を行っても業務は完了します。


それが、業務量、つまりデータ量が増えてくると、今度は、社員1名では足りないので、複数人をアサインして「人海戦術」で、対応するようになります。


しかし、本当に大量データになってしまうと、「人海戦術」でも対応できなくなってしまいます。


このような時にこそ、業務のIT化は必要です。


みんなで、Excelに対して、大量の「コピペ」をしていた作業が、上記同様、「実行ボタン」をクリックするだけで、終了するようになります。

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(5)入力ミス/コピーミスがゼロ(品質向上)

さらに、人間が行う作業には、ミスは付き物です。入力ミス、コピーミス、パンチミス・・・ミスを取り上げたらキリがありません。


しかし、その点に関しても、システム化してしまえば、「ミスゼロ」も可能です。データの品質を向上させるのであれば、可能な限り、人間の介入を減らすのが肝心です。


とは言え、プログラムも人間が作成します。


システム導入当初は、絶対にミス(バグ)は発生します。導入試験を入念に行い、バグを潰してから本番運用を開始して下さい。

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(6)他システムとの連携も比較的簡単

これは、連携するシステムの種類や、相手のシステムの作り方に依存します。


単純に、「Excel/VBA」でプログラムを作ったから、どんなシステムとも連携可能、と言う訳には行きません。相手のシステムを、ちゃんと精査した上で、連携の可否を決定する必要があります。


「比較的簡単」と言っているのは、「Excel/VBA」には、予め様々なインターフェースが備わっているので、連携相手に対して、そのインターフェースが使えるのであれば、「比較的連携が簡単」と言うだけの話です。


連携を希望する相手に、該当インターフェースが備わっていなければ、別の手段を検討する必要があります。



ここまで、Excel/VBAによりシステムを作成する事のメリットを記載して来ました。「何か・・・良さげ」と思うかもしれませんが、それは、後述するデメリットを読んでから判断した方が良いかもしれません。

Excelのデメリット

(1)バージョン間の非互換

これは、「Excel/VBA」の問題点として必ず登場する問題点です。


Microsoft社は、かなり以前から、推測するに、「Excel2007」をリリースした頃から、「VBA言語」を亡き者にしようと画策しているように見受けられます。


このため、恐らく、故意だと思い思いますが、Officeバージョンアップを行う度に、バージョン間において、Excel/VBAの非互換、(故意に)を作り出しています。


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故に、今回は、特にExcel/VBAに特化していますが、例えば、Excel2007/VBAで作成したシステムを、Excel2010、Excel2013、あるいはExcel2016で使おうとすると、ほぼ確実に、エラーが発生します。


このエラーを回避するためには、PCにインストールしているExcel環境で、「VBA言語」を用いて、プログラムを修正しなければなりません。


加えて、バージョン間の非互換のみならず、下記環境の違いでもエラーが発生するケースもあります。


・32ビット版/64ビット版の違い

OSの種類の違い


このため、弊社でExcel/VBAの開発を請け負った時には、稼働環境まで、きちんとヒアリングして、対象となる環境全てで試験を実施した後、納品しています。


たまに、「Windows 7環境で、全てのExcelが動くようにして欲しい。」と言う依頼が来ますが、その場合、下表の通り、16種類の環境を用意して、全て稼働確認試験を行う事になるので、プログラムの作成工数より、試験環境の構築を含め、試験工数の方が多くなってしまうケースもあります。


OSの種類32/64ビット版Excel2007Excel2010Excel2013Excel2016
Windows 732ビット版32ビット版32ビット版32ビット版32ビット版
64ビット版64ビット版64ビット版64ビット版
64ビット版32ビット版32ビット版32ビット版32ビット版
32ビット版32ビット版32ビット版32ビット版

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(2)同時編集(書き込み)不可

また、これもExcelの問題として良く取り上げられる問題です。


Excelは、誰も真剣に考えていないと思いますが、基本的には、あくまでも「個人用」と言うのが大前提です。それにも関わらず、複数人で、1個のExcelファイルに対して更新作業を行おうとする方が沢山います。

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そうなると、どういう事が起こるのかと言うと・・・


この画像のように、ロック中のメッセージが出力されます。


メッセージ出力後、ロックが解除されれば良いのですが、誰もアクセスしていないのに、このメッセージが出力され続け、ファイルを更新する事が出来なくなるケースがあります。


ちゃんとPC名を設定しておけば、誰がロックし続けているのかが解りますが、このメッセージの様に使用者が解らないと・・・もうお手上げです。

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さらに事態が悪化すると、左の画像の様に、ファイル自体が壊れてしまい、ファイルを開くことさえ出来なくなってしまうケースもあります。


こうなると、もう最悪・・・バックアップから、過去のデータを持ってくるしか対応できないと思います。


Microsoft社では、「Excelのファイル共有は可能」と言っています。確かに、最初は、大丈夫だと思います。


しかし、前述の通り、本来は「個人ユース」が基本なので、「ファイル共有」には無理があります。


もしも、本当に「ファイル共有が可能」なのであれば、何故、「SharePoint」などと言う機能を提供しているのでしょうか ?


SharePoint」は、元々は、「Groove Network」社が開発した「Groove」と言うソフトウェアだったのですが、それをMicrosoft社が買収して「SharePoint」と言う名称に変更したものです。


企業を買収してまで手に入れた「SharePoint」。当初から「ファイル共有」が可能であれば、何も、そこまでしなくても良かったと思えます。全く、意味が解りません。


それでは、Excelのファイル共有に関しては、どこまで対応可能なのか ? 、と言う疑問がありますが、経験的に推測すると、だいたい5人位までは対応出来るのではないかと思われます。


5人を超えると・・・

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(3)データ量の増加に伴い処理速度低下

これも、皆さん、良く知っているExcelのデメリットだと思います。


良く弊社にも、月初はスイスイと動くが、月末になるとファイルさえ開かなくなるので、何とか対応して欲しい、等と言う依頼が来ます。


月初はデータ量が少ないのでスカスカ動くのですが、毎日データを入力し続けて行くと、当然、月末になるにつれデータ量が増えて行くので、Excelのパフォーマンスが低下する現象です。


また、売上データ等を、別シートに数年分保管して、前年度比や前々年度比などを算出しているケースは最悪です。Excelファイルを開くだけでも5分以上掛かるケースもあります。


このケースへの対応は、データをデータベースや他ファイルに移行して管理するしか対応策はありません。


Excel2007以降では、ファイルの拡張子が「xlsx」となっていますが、これは、Excelの内部ファイルを、圧縮率の高いファイルに変更した影響です。


このため、Excel2003以前のxlsファイルを、xlsxファイルに変えるだけでも、少しはファイル容量が減ってはいるのだと思いますが・・・どっちにしろ、データ量が増えれば、Excelのパフォーマンスは段々に低下して行きます。

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(4)ドキュメントを作成しない人が多い

これは、前回も記載しましたが、「Excel/VBA」でプログラムを作る場合の弊害の一つと言われ続けているデメリットです。


社内、あるいは部門内で「Excel/VBA」でプログラムを作る人は、言わば「非公認」の人です。自分の仕事を簡単に終わらせたいがために、勝手にプログラムを作成した人です。


また、情報システム部の社員がプログラムを作るのとは異なり、開発用のドキュメント等は一切作成しません。


この非公認の「Excel職人達」が作成したプログラム仕様書は、この「Excel職人達の頭の中」にしか存在しません。

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通常、システムやプログラムを作成する場合、試行錯誤を重ねて、様々な設計書を作成し、システムやプログラムの仕様や仕組みを、ドキュメントとして残します。


これは、システムのメンテナンス性や継続性を高めるための対応です。


プログラムは人間が作成するのですが、プログラムを作成した人が、永遠に、そのプログラムの面倒を見る事は出来ません。


会社員(サラリーマン)は、通常、入社後、1つの部署に永遠に居続ける事はありません。会社の都合により、転勤、転属、転籍等、勤務場所が変わります。


このため、情報システム部に配属されてシステムを作成した社員が、営業部門や総務部門に配置換えになるケースも多々あります。


このような時に、システムに関する設計書等のドキュメントを残しておかないと、次に、そのシステムを担当する事になった社員は、また最初からシステムを分析しなければならないので、該当システムに何か問題が起きても、直ぐに対応する事が出来ません。


システム作成者が、近くに居れば、電話等で連絡を取り、拝み倒して支援してもらう事もできると思いますが、既に退職してしまっていた場合、もう何も対応が取れなくなってしまいます。


また、該当システムに対して、機能を追加したり、仕様を変更したりする時も同様です。


ドキュメントが残されていないと、後で、システムの面倒を見ることになった人は、何も手出しをできなくなってしまいます。

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その昔、私が、IT業界に入った頃は、ドキュメントが残っていないと言うシステムは、その辺にゴロゴロしていました。


私が入社した会社は、パッケージ・ソフトウェアを開発して販売している会社だったのですが、その大事な商品となるソフトウェアに関しても、ドキュメントが一切ありませんでした。


今思えば、とんでもない、なんて無責任な、そして非常識な会社なのかと思うかもしれませんが、当時は、それが常識とまでは行きませんが、普通の状態でした。


だから、大手企業の情報システムでも、こんな事は「当たり前」、どこに行っても、ドキュメント等は存在しませんでした。


当時の技術者の言い草では「ドキュメントなんか不要だ ! ソースコードを見れば仕様は直ぐに解る !」などと、平気で言っていました。


確かに、ソースコードを分析すれば、そのプログラムの仕組みは解ります。しかし、プログラムを分析するのに、何時間も、何日も掛かります。


お客様や利用者で問題が起きると、お客様は、当然、問題が起きて、頭に血が上った状態ですから、「直ぐ来て、直ぐ治せ !!」となります。


このような時に、「今から、プログラムを解析しますので、あと1週間待って下さい。」等と言えるでしょうか ?


そんな事を言った日には、「お前・・・殺すぞ!!」となってしまいます。

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ちょっと話が逸れてしまいましたが、プログラムやシステムの仕組みをドキュメントに残す事は非常に重要な事なのです。


しかし、この「非公認」の「Excel職人達」は、自分が勝手に作り、自分が使うプログラムだからドキュメントは不要、と言う理論を持っていますので、当然、ドキュメントは作りません。


まあ、確かに、非公認のシステムに対して、「ドキュメントを残せ!」と言う方の理論も、確かに変な感じがします。


どちらの言い分にも、正しい部分と、変な部分があると思います。

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(5)プログラム作成者の消滅

この問題は、上記でも触れましたが、プログラムを作った本人が、職場から居なくなってしまう、と言う問題です。


サラリーマンは、同じ職場に、一生涯居続ける事は、ほぼ不可能です。


営業職で採用された人でも、違う支店や営業所に転勤になる事はありますし、情報システム部門に配属された人でも、途中から営業職や総務部門に配置換えになる事は有り得ます。


また、一生涯同一部署で仕事をした人でも、最後には退職してしまいます。


このように、誰が、何と言おうとも、プログラム作成者は、永遠に会社に残ることは不可能なのです。


そして、その職場には、「Excel/VBAプログラム」だけが残されてしまうのですが・・・一体、誰がメンテナンスを行うのでしょうか ?


プログラム作成者、つまり「Excel職人」が職場に居た時には、皆から脚光を浴びていた「Excel/VBAプログラム」も、「Excel職人」が職場から去ってしまえば、もう「負の遺産化」が始まります。


Excelを使う環境に変更が無ければ、ひょっとしたら、何の問題も起きずに、「Excel/VBAプログラム」を使い続ける事は出来るかもしれません。


しかし・・・前述の通り、Excelバージョンアップや使用PCのグレードアップ等、Excelの使用環境に変更を加わる事で「Excel/VBA」に非互換が発生し、エラーが発生してしまいます。


一度、エラーが発生すれば、もう該当の「Excel/VBAプログラム」は使うことが出来なくなり、「負の遺産」となってしまいます。


後は、この「負の遺産」の延命するために、特定PCにだけ、昔の環境を残したまま、使い続ける方法を取るケースもありますが、この延命措置を取ると、該当PCに対しては、インターネット接続は出来なくなってしまいます。

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(6)プログラミングが簡単なので、何でもかんでもExcelにしてしまう

このデメリットは、「Excel職人達」に限った話だと思われますが・・・


一度、「Excel/VBA言語」を覚えてしまうと、プログラミングが楽しくなってしまい、普通の「Excel関数」でも行う事が出来る処理でも、「Excel/VBA」で作成してしまう傾向が強いそうです。


確かに、私も、プログラミング言語を覚えた当初は、自分の作ったプログラムが、コンピュータ上で動くのを見るのが楽しくて、沢山、プログラムを作成した記憶があります。


まあ、私の場合、それが、ちゃんとした業務でしたし、プログラム作成後は、きちんとドキュメントを残していたので、何も問題はありませんでした。


しかし、これが「Excel職人」となると話は別です。彼ら「Excel職人達」は、「趣味」でプログラムを作成します。


「趣味」と「仕事」の違いはと言うと、簡単に云うと、我々、ソフト屋は、「仕事」としてプログラムとドキュメントを作ってお金を稼いでいます。


しかし、「Excel職人達」は、「Excel/VBA」のプログラムを作る事が仕事ではありません。


Excel/VBA」で作成したプログラムは、あくまでも業務効率化のためのツールであり、「Excel/VBAプログラム」を作ったからといって、お金がもらえる訳ではありません。


だから、ドキュメントも作成しませんし、最後まで保守しようとは思っていないのです。


そこが「仕事」と「趣味」の差だと思います。


こうして、「趣味」で沢山「Excel/VBAプログラム」を作っても、それは、前述の通り、いつかは「負の遺産」として残ってしまう事になってしまいます。

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(7)ファイルの履歴管理ができない

後は・・・それほど深刻な問題では無いとは思うのですが、ファイルの履歴管理が出来ない、と言う点を問題視するケースがあります。


例えば、Excelを、ファイル共有で使用しており、毎日、様々な人達がExcelファイルを更新している場合、それぞれが、自分勝手なファイル名で保存すると、どれが最新ファイルなのかが解らなくなるケースがあります。


まあ、普通に考えれば、ファイル管理規約を作り、ファイル名の後ろに日時を設定すれば、ひと目で最新ファイルが解ります。


このようなファイル管理規約を作れない人達は、ファイル共有機能など、使う資格さえないと思うのですが・・・

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まあ、これ以外にも、次のような問題もありますが、問題点を取り上げればキリがありません。


・ファイル共有時に、折角作ったデータが他の人に上書きされる

・計算式を設定して自動化してもセル内を計算式ごとクリアされてしまう

・使うプリンターによりページ枠がズレてしまう

・部署/部門内の全社員に展開しているとフォーマット変更時にメンバー間の同期が取れない


それに、ほとんどの問題が、業務管理者を決定し、利用規約を作り、ファイル利用者が、規約に従って業務運用を行えば、解決できる問題ばかりのような感じがします。


確かに、いくら規約を作っても、規約を守らない人が居るから問題が起こるのだと思いますが、問題を起こす人は、だいたい決まっています。これは社会で起こる様々な問題と一緒です。


社会問題では、決まりを守らない人は罰せられます。社内でも、決まりを守らない人を罰する(査定する)仕組みを導入するか、決まりを守らない人には仕事を変える等の仕組みが必要なのかもしれません。


また、ファイルにセキュリティを掛け、不必要な箇所を見れない/変更できない仕組みを導入すれば、ある程度、ファイルを保護することは可能です。


「出来ない/使えない」と嘆く前に、もう少し、運用を検討し直した方が良いかもしれません。

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■今後のExcel

ここまで、Excelに関して、不要論の正体とか、メリット/デメリットを紹介して来ました。


メリット/デメリットを見てみると、何かデメリットの方が多いような感じがするので、「脱Excel」を図り、他の高額なツールを購入した方が良いようにも見受けられますが・・・


今、現在、Excelライセンスを持っているのであれば、高価な「英語3文字ツール」を購入する前に、現状の運用を見直しExcelのメリットを活かす方法を検討した方が良いと思います。


何も検討を行わず、ネット上の広告に踊らされ、「それならETLツールだ !」等と言って飛びつくと、結局は、また同じ問題が起きる可能性が高いと思います。


そこで、本章では、今後、Excel業務運用を行う場合の対応策を紹介したいと思います。特に、前章で「Excelのデメリット」ととして取り上げた項目への対応策を紹介します。

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Excel/VBAプログラムの取り扱い

Excel/VBA」関連の問題点は沢山あります。そこで、前述のデメリットで取り上げた項目毎に対応策を検討してみたいと思います。


(1)バージョン間の非互換

Excelのバージョン間の非互換には、一般的な会社では、どうやっても太刀打ち出来ません。


「だからExcel/VBAなんか使っちゃダメなんだ !」と言うのは簡単です。「Excel/VBA」を使わずに、業務が効率化できれば何も問題はありません。


しかし、既にプログラムを作ってしまい、それが業務の運用方法として固定化されてしまっている場合、そう簡単に、プログラムを捨て去るのは難しいと思います。


このような場合、今更、プログラムを捨て去ることも、業務運用を変更することも難しいので、「Excel/VBAには非互換は付き物」と言う事を認識し、それなりの予定を立て、システムの非互換対応に関しても、業務スケジュールに組み込む事が必要になります。


現在のPC環境に関しては、何時まで使用可能で、何時頃までにはリプレースする必要があるのかに関しては、だいたい予測していると思います。


PC環境のリプレースは、Microsoft社が勝手に決めた「ライフサイクル・ポリシー」に振り回される事になるので、非常にムカつくのは解ります。


しかし、PCのOSとして、「Windows OS」を使っている限りは、Microsoftの奴隷にならざるを得ないので、致し方ありません。


と言う事で、現在使っているOSが「Windows 7」であれば2020年1月まで、「Windows 10」であれば2025年10月までは該当OSが搭載されたPCを使う事は可能です。


当然、OSOfficeライフサイクルは異なりますが、通常、予算執行の関係もあり、PCを変えるタイミングで、Officeも買い換えます。


このため、その時の予算に、「Excel/VBA」で構築してあるシステムの移行費用も組み込む事をお勧めします。しかし、ここで問題となるのは、予算の執行部門の問題です。


比較的小規模な会社で、「情報システム部」と言う部門が無い企業あれば、余り問題は無いと思います。


ところが、「情報システム部」があると、PCの買い替え予算は、この「情報システム部」の予算となっていますが、「Excel/VBA」の非互換対応予算は、「情報システム部」ではなく、その他の各部門の予算になります。


Excel/VBA」の非互換対応予算に関しては、このような「部門の壁」の問題もありますので、余計に、前もって、きちんと検討しておかなければならない問題だと思います。


加えて、「VBAの非互換対応なんか簡単に治るだろうから課長決済の範疇で済む10万円位の予算で大丈夫 !」等と思ったら大間違いです。


既存システムの改修の場合、既存システムの分析/解析という、新規システム開発には存在しない余計な開発フェーズが必要です。


さらに、開発ドキュメントが、きちんと揃っていれば、この「既存システム分析/解析フェーズ」は短期間で済みますが、開発ドキュメントが存在しない場合、余計に開発工数が掛かります。


この点を、ちゃんと理解した上で予算を考えておかないと話になりません。注意して下さい。

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(2)開発ドキュメントの作成

「開発ドキュメントが存在しない」と言うのは、かなり深刻な問題です。


上記「非互換対応」でも問題となりましたが、開発ドキュメントが存在しないと、システム移行時、および問題発生時に、余計な対応工数、つまり余計な費用が掛かってしまいます。


このため、「Excel/VBA」とは言え、きちんと開発ドキュメントを残して置く必要があります。


しかし・・・これが、新規に「Excel/VBA」でプログラムを作成するなら問題ありませんが、既に作成済の「Excel/VBAプログラム」が存在し、かつプログラム作成者が、どこにも居ない場合は大変です。


もう誰にも、プログラムの仕組みやロジックの意図が解りません。もうこうなると素人では手に負えません。


社内に「情報システム部」が存在し、かつ親切な「情報システム部」であれば、既存システムのドキュメント作成に協力してくれるかもしれません。


しかし・・・通常の「情報システム部」であれば(笑)、部門が勝手に作成したシステムに関しては、自分達の業務範疇ではないので、何を言っても相手にしてくれません。


そこで頼りになるのは、やはり、弊社のような、外部のシステム開発会社ですが、しかし、外部の会社なので、当然、ドキュメントを作成するだけでも費用は掛かります。


このため、上記でも触れましたが、非互換対応を行う時に、ドキュメント作成も同時に依頼し、成果物として、ソースコードと一緒に納品してもらうのが、タイミング、費用、そして予算を使う名目としても好都合だと思います。


普段から、外部の会社を探し出し、良い関係を築いていけば、万が一の時にも、頼りになると思います。


そして、・・・システム会社と「良い関係」を築く上で気を付ける事は、やはり費用にだけ注目し、「安く/早く」だけを求めると、相手も、そのような会社とは、良い関係を築こうとは思いませんので、「安く」とか「簡単に」とか「直ぐに」等、相手を見下すような態度は取らない様に注意して下さい。

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(3)プログラム作成者の移動/消滅

これも、上記で触れましたが、「Excel/VBAシステム」の作成者が、職場や会社に存在しないケースも、どうしようもありません。


前述のように、「親切な情報システム部」があれば、何とか面倒を見て貰えるかもしれません。


しかし、大概の「情報システム部」は、部門内で勝手に作成したシステムに関しては相手にしてくれませんので、やはり外部の協力会社に頼る事になると思います。


部門内、および社内に技術者が居ない場合、今後を見据えて技術系社員を雇用するか、あるいは外部パートナーを頼る事になります。


社員ならば多少の無理や難題に対応すると思いますが、外部の場合は、無理/難題に比例して費用が増える事になりますので、外部の会社を、対等なパートナーとして活用できる関係を構築するのが良いと思います。

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(4)プログラムの乱立

このケースでは、何でもかんでもExcel/VBAプログラムを作成してしまうケースです。


従来、社員がExcel/VBAプログラムを作成するケースは、あくまでも個人裁量となるので、業務のシステム化に関して、部門長が管理するのは難しいのではないかと思います。


しかし、業務のシステム化を、部門長が黙認していた場合、知っていたにも関わらず何の指示をしていない事になりますので、もう個人の問題ではなく、部門の問題になります。


本来、自部門の社員が、どのような方法で業務を行っているのかを管理するのも部門長の責任だと思います。


「仕事が、早く/ミス無く終われば、後はどうでも良い」、と言う訳には行きませんので、勝手にExcel/VBA業務のシステム化を進めないよう管理する必要があります。


業務のシステム化を行う場合、今後、どうやって保守/管理して行くのかも、きちんと理解する必要があります。


現在では、「俺は、ITには詳しくないからさ・・・」等と言う管理職は、この世に存在することさえ許されなくなります。

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●同時編集の可否

これは、単一ファイルに対して、複数人が、編集を行った時に、ファイルの排他制御が取れず、ロックが掛かりっぱなしになったり、あるいは最悪、ファイルが壊れてしまったりする現象への対応です。


「単一ファイルへの複数人同時編集は止めれば良いじゃん!」と言うのは簡単です。


しかし、この運用を止めると、今度は、誰か一人が犠牲となり、沢山の人から寄せられたExcelファイルを、1個のファイルにマージ(統合)しなければならなくなってしまいます。


このファイルのマージ作業は、通常、単に項目をコピー/ペーストするだけの単純作業ですが、数が多いと、かなり大変な作業になりますし、人間が行うのでミスが発生する可能性も高まります。


このような業務がある場合、かなり費用は掛かってしまいますが、「SharePoint」を活用するのが一般的だと思います。


しかし、「SharePoint」で管理しているExcelに関しては、Excel/VBAを使うことが出来ません。つまり、SharePointサーバー内に格納している状態では、Excel/VBAによる処理の自動化等は行うことが出来ません。


Excelに、Excel/VBAによるプログラムを組み込んでいるのであれば、一旦、SharePointから、自分のPCにExcelダウンロードし、PC内でExcel/VBAを実行し、作業が完了した時点で、再度、SharePointアップロードする必要があります。

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SharePointサーバー上でExcel/VBAが稼働できれば一番良いのですが、前述の通り、SharePointは、元々、他社製品を買収し、無理やりOffice製品に組み込んだソフトウェアですので、SharePoint内ではVBAを稼働させることが出来ないのです。

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●データ量の増加

この問題は、データ量が増加すると、Excelのパフォーマンスが低下する、と言う問題への対応となります。


従来、Excelで管理できるデータ量には、様々な制限がありましたが、バージョンアップを重ねる毎に、この制限値が増えて行き、Excel2013以降は、ほぼ無制限に近い状況になりつつあります。


このため、何も考えずに、「アレもコレも」、何でもExcelで管理しようとすると、ファイルの容量が増え過ぎてしまい、ファイルを開くまで、何分も待たなければならない状況になってしまいます。


このような状態を回避するには、1個のファイルで管理する項目を、きちんと管理し、過去データ等、不要なデータは、出来るだけ削除するようにして下さい。


前述のデメリットにも記載しましたが、過去データを何年分もシートに保存し、前年比実績などを算出するケースでは、どうしてもパフォーマンスが低下します。


この場合、可能か否かは検討する必要がありますが、過去データは、別ファイルやデータベースに保存する仕組みにし、過去データが必要な時だけ、別ファイル/データベースを参照するような仕組みにすれば、データ量は増えません。


また営業データにしても、全営業部員が、1個のExcelに毎日、売り上げ数字や見込み数字を入力していては、月末には、ファイルがパンパンで、当然パフォーマンスが低下します。


この場合も、一覧表と売り上げ数値を別管理に分離出来れば、ファイルの肥大化は防止出来ます。


ファイルが肥大化しパフォーマンスが低下するのであれば、「ExcelDB」での運用を検討するか、あるいは、もうExcelでの運用を諦め、これも「英語3文字ツール」になってしまいますが、「営業支援システム(SFA:Sales Force Automation)」の導入を検討した方が良いかもしれません。


SFA」は、ライセンス数や提供機能、あるいは利用ストレージの大きさ等により、利用金額が異なり、月額数万円〜数百万円までの幅がありますので、自社の規模や要件に見合ったシステムを見つけ出す必要があります。


他のツールも面倒ですが、これも、かなり面倒な作業です。

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●ファイルの履歴管理

Excelのファイル管理に関しては、デメリットの項目に記載した通り、誰が見ても、一目瞭然となるようなファイル名にする事が大切です。


個人でも、そして部門でも、必要ファイルを探すだけでも毎日、数分の作業時間をロスしているというデータもあります。


例えば、毎日、必要ファイルを探すだけで10分掛けているとすると、1週間で「10分 × 5日 = 50分」、1ヶ月で「10分 × 20日 = 200分」、1年間で「10分 × 240日 = 2,400分」、つまり1年間の内、40時間は、ファイルを探し続けている事になります。


アホらしい・・・


このような、アホの様な時間をロスしないためにも、ファイル名は、きちんと社内、あるいは部門の規則を作って管理する必要があります。


しかし、変な規則を作ってしまと、その内、誰も規則を守らなくなりますし、そもそもファイル名が何を意味しているのかも解らなくなってしまいます。


以前勤務していた企業で、ISOを取り入れた時に、ファイル名もISOで管理する事になり、ファイル名を、業務と関係ない記号だらけになる管理規約を作ったのですが・・・誰も、その意味が解らなくなってしまい、その内に、その管理規約が消滅してしまった記憶があります。


ファイルの履歴管理や命名規約は、何もExcelに限った話ではありません。


前述のように無駄な時間を無くす様に、基本的には、「業務名 + 作業名 + 日付」等で、ファイル名と履歴を管理するのが、一番簡単で、理解しやすい方法だと思います。


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今回、「取り敢えずExcelで良いのか ?」の後編として、次のような内容を紹介して来ましたが、如何でしたか ?


Excel不要論の正体

Excelの問題

●今後のExcel


今回は、Excelに関して、前後半の2回に渡り、その歴史から始めて、様々な問題、およびその問題への対応策などを紹介しましした。


しかし・・・正直な話、このような問題は、別にExcelに限った話ではありません。どのようなシステムにも、それなりのメリット/デメリットは、必ず存在します。


日本人は、業務の効率化を追求し過ぎる余り、必ずと言って良いほど、システムをカスタマイズします。


私は、前職では、パッケージ・ソフトウェアを開発/販売していましたが、ほぼ100%のお客様が、何らかのカスタマイズを行っていました。


今は、どうなっているのかは、よくは解りませんが、昔から、「日本人は業務運用をパッケージに合わせるのではなく、パッケージを業務運用に合わせたがる。」と言われ続けていました。


パッケージ・ソフトウェア先進国であるアメリカでは、余りカスタマイズは行わないと聞いています。


ですから、このExcelに関しても、様々なカスタマイズを加え、業務の効率化を図っているのだと思いますが・・・


それが、逆にバージョン間の非互換とか、ファイル共有の問題とかを引き起こしているではないかと思います。


加えて、Excel自体が、余りにも広く、誰にでも使われるソフトウェアになってしまったがために、これらExcelの問題だけが、目立ってしまう事になっているのだと思います。

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これが、パワーポイントならどうでしょうか ?


パワーポイントは、普段は、営業系の人間しか使わないので、多少不便があっても、Excelのようには騒がれません。


一応、パワーポイントにも、VBAが搭載されていますが・・・ほぼ使っている人は居ないと思われます。

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このように、便利なExcelですので、使い方、それと運用の仕方に関しても、きちんと管理しながら使う必要があると思います。


「あの人が勝手に作ったから・・・」ではなく、日常の業務で使っているのであれば、そのExcelは、もう会社、あるいは部門の資産として、その存在を認め、きちんと管理し続ける事が必要です。


よく弊社にも、「急にエラーが発生したら、直ぐに治して欲しい !!」と言う依頼が来ます。


日常業務で使っているので、直ぐにでも治したい気持ちは解ります。Excelが動かないと、業務が続行出来なくなる事も解ります。弊社としても、出来ることなら、直ぐに治してあげたいと思ってもいます。


しかし・・・それなら、なおさら、普段から、業務システムを、きちんと管理するのが「筋」だと思います。


「今すぐに、ここに来て、治して欲しい!」と言われても・・・正直な所、それは、あなたのワガママでしかありません。


普段から、きちんとソフトウェア資産を管理し、メンテナンスする仕組みを構築する事をお勧めします。


それでは次回も宜しくお願いします。

以上

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2017-10-21

岩手の工芸品 〜 地味だけど丈夫で長持ち その2

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前回の「岩手盛岡」情報では、「岩手工芸品」を紹介するシリーズを開始し、第一弾として「漆器」の情報を掲載しました。


その中では、国産漆の80%を生産している「浄法寺漆」の話から始めて、「漆」の歴史等、しつこい程、「漆」にまつわる次の様な情報を紹介しました。


シリーズ初回と言う事で、ちょっと力んでしまった様です。済みませんでした。


★過去ブログ岩手の工芸品 〜 地味だけど丈夫で長持ち その1

【 前回ブログ内容 】

●「漆」の歴史

●「漆」の活用方法

●海外における「漆」人気

岩手県内の「漆器

盛岡市の詐欺被害

●「漆塗り」体験の紹介

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今回は、「漆」以上に、全国的に有名だと思われる「南部鉄器」を紹介したいと思います。


工芸品としては「漆器」より有名だと思いますが、さすがに歴史的には、「漆」には負けてしまいます。


浄法寺漆」の歴史は、奈良時代まで遡る事が出来ますし、ひょっとしたら縄文時代まで遡るかもしれません。


それに比べて「南部鉄器」は、後で詳しく紹介しますが、せいぜい平安時代ですから、明らかに負けています。


しかし、その後、特に、盛岡藩の営業努力により、全国的に有名になった次第です。


と言うことで、今回は、「南部鉄器」に関して、次のような事を紹介したいと思います。


南部鉄器の歴史

●現在の状況

●工場見学できる工房の紹介


それでは今回も宜しくお願い申し上げます。

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南部鉄器の歴史

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南部鉄器」のルーツに関しては、下記の過去ブログにも記載した通り、盛岡編と水沢編があり、水沢編の方が、歴史があります。

★過去ブログ岩手県内の火防祭り


現在、「旧:水沢市」は、2006年の「平成の大合併」で、次の市町村合併して「奥州市」となっていますが、本ブログでは、「奥州市」ではなく、敢えて「水沢」と言う地名を使います。

水沢市江刺市前沢町胆沢町衣川村


ところで、水沢編に関しては、平安時代末(11世紀末)頃、この地「江刺地方」に居を構えていた「藤原清衡」が、近江国(滋賀県)より、鋳物師を招いたことが始まりとされています。


その後、「清衡」が平泉まで南下して行くにつれ、鋳物師達も「清衡」に同行する形で平泉に移り住んだとされています。


また、その一部が、水沢(羽田町)地域に残り、室町時代の初期、京都聖護院」の「長田正頼」と言う鋳物師が、地元の「千葉家」に養子に入り、鋳造業を始めたのが、水沢における「南部鉄器」の始まりとされています。


そして、「奥州藤原氏」の滅亡後、この地は奥州総奉行に任じられた「葛西氏」が治める事になりますが、「千葉氏」は、「葛西氏」に召し抱えられ、安土桃山時代秀吉による「奥州仕置」により「葛西氏」が滅亡するまで、その庇護を受ける事になります。


水沢の「南部鉄器」は、一時衰退するようですが、「葛西氏」に仕えた武士で、気仙郡から移住して、上記「千葉氏」に師事した「及川喜右衛門光弘」と言う人物が、江戸時代中期となる「天和三年(1683年)」に「鋳物業」を興した「中興の祖」と言われているそうです。


この「及川喜右衛門光弘」と言う人物・・・何の業績があって「中興の祖」と呼ばれているのか、全く解りませんでした。「鋳物業」を始めただけで「中興の祖」になれるとは思いません。


しかし、その後、とにかく、この「及川家」は、この地を治めた「伊達氏」の手厚い庇護を受け、ギルド的な特権を与えられ、江戸時代末に至るまで、「鋳造業」を続けた様です。


江戸時代、この水沢の地においては、「及川姓」を持たない者は「鋳物師」になれなかったそうで、一族は当然、血の繋がりがない者まで「及川姓」を名乗って「鋳造業」を行っていたそうです。


一時期、この「羽田町」においては、「及川姓」が8割にまで達していた記録もあり、現在でも、羽田町付近には、「及川姓」を名乗る「鋳物業者」が大小含めて、10社以上存在しています。


その中で、古くから創業しているのは、「株式会社 及富」が、江戸時代後期となる「嘉永元年(1848年)」、「及源鋳造」も、同じく「嘉永5年(1853年)」から創業しています。


その他、羽田町で鋳造を行っている業者は、名前ではなく、「及富」、「及源」、「及春」、「及精」等、「屋号」で呼び合っているそうです。

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この「一ノ関」から「水沢」付近は、太平洋側の背後にそびえる「北上山地(高地)」から、良質の「砂鉄」と型に使う「粘土」が採取できる事と、鋳物を製造する際の燃料となる「木材」が豊富に採れる事から、「鋳造業」には最適の場所でした。


特に「鉄」に関しては、本件とは別ですが、「北上山地」を挟んだ太平洋側の釜石には、江戸時代末期、南部藩士「大島高任(たかとう)」が、日本初の西洋式高炉を「板野」に建造しました。


そして、この「板野高炉跡」は、平成27年(2015年)に、世界遺産となっています。


さらに、ここ釜石には、明治7年(1874年)、日本初の官営製鉄所「釜石製鐵所」が建造された場所でもあります。


一般的に、「官営製鉄所」と言うと、北九州の「八幡製鐵所」が有名ですが、実は、日本初の官営製鉄所は、ここ釜石の製鉄所なのです。


しかし・・・創業開始3年後には、早くも民間に払い下げられてしまいますので、釜石より北九州の方が有名になってしまった様です。

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民間払い下げ後は、「田中製鉄所」、「日本製鐵」、「富士製鐵」、「新日本製鐵所」等と、経営主体がコロコロ変わり、現在では、「新日鉄住金」となっていますが、製鉄業が盛んに行われた地域です。


しかし、太平洋戦争中は、この事が逆に災いし、昭和20年、日本本土に対しては、初の大規模艦砲射撃が、2度に渡り行われ、釜石市周辺、および製鉄所は、壊滅状態となってしまいました。


とにかく、この「北上山地」付近は、「砂鉄/鉄鉱石」、「粘土」、そして「木材」と、「鋳造業」を行うには、最適の場所だと思います。

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そして、「水沢」に遅れること500年後、現在の「盛岡」に、「南部氏」が引っ越してきた事から、盛岡での「鋳造業」が始まる事になります。


南部氏」は、元々は、甲斐国(現:山梨県)で栄えた「甲斐源氏」の流れを汲む一族で、南部家の始祖と言われる「南部光行」が、「源 頼朝」による「奥州藤原氏征伐」に功があったとして、現在の青森県三戸町領地を与えられ居を構えていました。


その後は、「秀吉」や「家康」に仕える事で、領土拡大/領土安堵を図って来たのですが、慶長三年(1598年)、「三戸では北過ぎる」と言う「蒲生氏郷」や「浅野長政」の助言を聞き入れ、盛岡に城を築くべく数々の職人を招き入れる事で、「鋳物師」も、盛岡に定住するようになります。


そして、ここ「盛岡」における「南部鉄器」は、「有坂家」、「鈴木家」、「藤田家」、および「小泉家」の4家が、ほぼ全てを独占して来たと言われています。

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特に、「小泉家」は、江戸時代初期となる「万治二年(1659年)」、当時の第二代藩主南部重直」が、京都出身の釜師である初代「小泉仁左衛門」に、茶釜を作らせた事が、盛岡における南部鉄器の起源とも言われています。


また、盛岡市を東西に流れ、鮭が遡上する川としても有名な「中津川」ですが、そこに掛かる橋である「上ノ橋/下ノ橋」には、「擬宝珠(ぎぼし)」と呼ばれる飾りが付いています。


本来、この「擬宝珠」は、天皇朝廷に関係がある建築物にだけ付ける事が許された装飾品です。


詳しい経緯は、下記の過去ブログに掲載していますので、もっと詳しい話を知りたい方は、下記ブログをご覧下さい。


★過去ブログ中津川への鮭の遡上について



という事で、経緯を簡単に紹介しますと・・・その昔、三戸南部氏第12第当主「南部 政行」が、「和歌」の内容に感激した、当時の後村上天皇から、特別に「擬宝珠」を許され、それ以降、南部藩では、橋に、この「擬宝珠」を付けているそうです。


現在、盛岡市の「上ノ橋」には、青銅製としては日本最古(慶長14年作成)の「擬宝珠」が残されており、この「擬宝珠」を作成したのは、後述する「有坂家」だと伝わっています。


それでは、盛岡藩で「南部鉄器」を仕切っていた一族を簡単に紹介します。

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●有坂家 :元々は京都出身で、7代目の時に甲州に移り、南北朝時代14世紀後半に「有坂茂右衛門」が南部氏に召し抱えられ、その後13代目の時に盛岡移住。「吉興(よしおき)」を号とする。

●鈴木家 :「寛永18年(1641年)」、藩主南部重直」が甲州より「鈴木縫殿(ぬいと)」を召し抱える。梵鐘や灯籠等、大作が得意とされる。「盛久(もりひさ)」を号として使用。現在「鈴木盛久工房」として、初の女性当主が運営継続。

●藤田家 :「宝永6年(1709年)」、第六代藩主南部利幹(としもと)」が、藩内「宮守村達曽部」より「藤田善助」を召し抱える。鍋類の製造が得意で「鍋善」と呼ばれた。他三家より格下として扱われた可能性があり。

●小泉家 :盛岡南部鉄器の創始者。三代「仁左衛門」が初めて「鉄瓶」を製作。現在「御釜屋」として営業継続。

※上記内容には諸説あるようです。


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上記の通り、盛岡藩と伊達藩の両方から、手厚い庇護を受けて発展してきた「鋳物業」ですが、明治時代に入ると、パトロンが居なくなってしまい、一時は、衰退の一途をたどる事になります。


しかし、元々、江戸時代には、盛岡藩や伊達藩の特産品として重宝されてきた物ですし、各種博覧会等で入賞する等、パトロンが居なくなっても、引き続き、高い技術を誇っていた様です。


ところが、「明治23年(1890年)」、東北本線が開通すると、水沢盛岡も、東北本線の最寄り駅となった事から、「南部鉄器」の販路が拡大する事なった様です。


さらに、大正天皇が、皇太子時代に盛岡行幸した際に、当時の七代目「小泉仁左衛門」が、皇太子の前で、「南部鉄器」の製造を実演した事が話題となり、日本各地で人気が高まったそうです。


このため、「南部鉄器」人気に当て込んだ自治体が、「南部鉄器」の拡販を図るようになりましたし、旧藩主となる「南部利淳(としあつ)」伯爵が、盛岡市愛宕山に「南部鋳金研究所」を開所する等、人材育成にも力を入れるようになったそうです。


ところが、時代が昭和に入り、太平洋戦争が始まる昭和10年代になると「銑鉄鋳物制限令」等が発布され、軍需用品以外での鉄利用が禁止された事が災いし、それまで150人程度した職人も、戦後には16人まで激減してしまったそうです。


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■現在の状況

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ところで、盛岡水沢、どちらが「南部鉄器」の起源なのか ? と問われると、どちらも正しいと言う事になってしまうと思われます。


前述の過去ブログにも記載していますが、盛岡、および水沢の「南部鉄器」は、次の様に定義されているようです。



盛岡の「南部鉄器」 :南部藩庇護/奨励した「鋳物」なので当然「南部鉄器」

水沢の「南部鉄器」 :岩手県南部の「鋳物」なので、岩手県南部の鉄器」



江戸時代までは、盛岡藩と伊達藩、その後も盛岡市水沢市と言う別々の場所で「南部鉄器」を製造して来ました。


このため、戦後の「中小企業等協同組合法」においても、次の2つの組合が設立されました。


南部鉄瓶商工業協同組合昭和24年(1949年)、盛岡市花巻市雫石町鋳物業者設立

水沢鋳物工業協同組合昭和29年(1954年)、水沢市胆沢地域の鋳物業者設立


しかし、昭和20年頃から、日本全国各地で製造された「鋳物」が、「南部鉄器」と称して販売される事態が相次ぎ、地元の業者は、危機感を抱くようになっていました。


当然、県内の鋳造業者は、偽物を販売している業者に抗議すると共に、登録商標の獲得を目指したようですが、「既に公知の名称」と言う理由で、登録商標としては認めてもらえなかったそうです。


そこで、その後の昭和34年(1959年)に、県内の統一組織である「岩手県南部鉄器協同組合連合会」を作り、昭和49年(1974年)に制定された法律に基づき、翌昭和50年には、「伝統的工芸品」として認定させた様です。


その後は、盛岡、および水沢地域で製造された「鋳物」だけを「南部鉄器」と呼ぶことができるようにしましたが・・・何か、その昔の日本も、中国と同じ様に、「偽ブランド」を製造販売していたのかと思うと、情けなくなってしまいます。


現在、「南部鉄器」における「伝統工芸士」は、17名にまで減ってしまっている様です。何か、危ない状況みたいです。

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しかし、今更ですが、何故、伊達藩で製造していた鋳物を「伊達鉄器」と呼ばなかったのか不思議でありません。そもそも江戸時代、「伊達領」の「鋳物」は、何と呼ばれていたのでしょうか ?


盛岡における「南部鉄器」の起源は、前述の通り「茶釜」の製造から始まっていますので、初期の「南部鉄器」は、「南部釜」と呼ばれていたそうです。


その後、日本国内での「煎茶」の流行に伴い、この「南部釜」の小型化が図られ、「茶釜」に注ぎ口と鉉(つる)を付け、この鋳物を「鉄薬罐(てつやかん)」と呼ぶようになったそうです。


そして、その後、さらに小型化が進むと共に「薬罐釜」と呼ばれ、さらには「手取り釜」、そして最後に、三代「小泉仁左衛門」が、「南部鉄瓶」の原型を製造し、これが「鉄瓶」と呼ばれた様です。

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ちなみに、その昔から、盛岡水沢の「南部鉄器」には、製造する対象物が異なっており、今でも、その流れは続いていると言われています。

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盛岡茶の湯釜、鉄瓶

水沢 :日用品、武具、砲塔、仏具


どちらも、その頃の時代の影響もありますが、江戸時代末には、大砲の砲身などの製造も手掛けていますが、「南部鉄器」と言われて思い浮かぶ「鉄瓶」は、前述の通り、盛岡発祥だった様です。


そして、現在では、「茶釜」や「鉄瓶」は勿論、現在でも引き続き製造していますが、次のような製品も製造しています。


料理道具フライパン/グリルパン、キャセロール(西洋鍋)、鍋類、ホットサンドメーカー、炊飯釜、瓶敷、鉄玉子
茶道急須、コーヒードリッパー
小物風鈴、蚊遣、文鎮/ペーパーウェイト、キャンドルスタンド、香炉、栓抜き、灰皿

こうして、「南部鉄器」で作られている物を列挙していると、盛岡の実家に、これらが沢山あったことを思い出しました。


鍋敷き、急須、風鈴、蚊遣、栓抜き、香炉、灰皿、文鎮・・・その昔、盛岡に住んでいた頃は、「南部鉄器」に囲まれた生活送っていた事に、あらためて気が付きました。


ちなみに、現在も、これらの多くは実家で使われています。

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結婚してからは、妻が「鉄分が足りない」と言い出し、この「鉄玉子」や「鉄鍋」を購入してきたのですが・・・


これが、中々面倒で・・・


「鉄製品」は、きちんとメンテナンスしないと、お解りだと思うのですが、「サビ」て来ます。


この「鉄玉子」は、それ程は面倒では無いのですが、「鉄鍋」等は、メチャクチャ面倒くさいです。


特に、洗う時に、洗剤は使えないし、暫く使わない時は、油を塗っておかないとサビるしで、もう大変でした。

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私は、学生の頃、アルバイトで務めた喫茶店で、キッチンを担当させられ、色々な料理を作っていた経験があります。


その時に、「中華鍋」でスパゲティピラフ等を作っていたのですが、鍋が、当然「南部鉄器」ではありませんでしたが、「鉄製」だったので、毎日、仕事が終わった後は、ちゃんと「竹ブラシ」で洗って、油を引いてから仕舞っていました。


このような経験があったので、「南部鉄器」の鍋を購入した時に、妻が、ちゃんとメンテナンス出来るのか心配していたのですが・・・案の定、暫くすると、鍋が錆びてきて、結局、1年も持たずに破棄してしまいました。


「鍋」、結構、値段が高かったのに、勿体無い・・・


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■工場見学

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ここまで、「南部鉄器」の歴史や何やかんやを紹介してきましたが、最後に、「南部鉄器」の製造工程を観れる場所を紹介します。


この場所は、盛岡市仙北町にある「岩鋳(いわちゅう)」と言う会社になります。


何か、NHK教育テレビに出てくる人気キャクター「ニャンちゅう」のような名前の会社ですが、江戸時代までではありませんが、明治35年(1902年)創業の、それなりに歴史のある企業です。

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歴史的には、先に紹介した「鈴木盛久工房」や「御釜屋」には負けてしまいますが、規模的には、現在の盛岡では、一番大きくて名が知られた企業だと思います。


私自身も、その昔、この「岩鋳」のお店が、近所の「八幡町」にありましたので、もう「南部鉄器と言えば岩鋳」みたいに感じていた、と言うか、他の会社は、全く知りませんでした。


さて、この「工場見学」ですが、年末/年始と毎週火曜日を除けば、何時でも見学可能なようですが、さすがに日曜日は、職人さんが休みなので、日曜日も避けた方が良いと思います。

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まあ、「工場見学」と言っても、一般に想像するような「工場見学」とは異なります。


東京近郊には、ビール工場や日本酒醸造所を見学出来るコースが数多くありますが、それほど規模も大きくなければ、専門の施設がある訳では無いようです。


この画像の様に、製造工場の脇に、見学者用の通路を設けているだけで、見学者は、職人が仕事をしている脇を、ただ歩いて見るだけの様です。

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私も、2〜3年前に、ブリジストンサイクルの上尾工場を見学しに行ったことがありましたが、それと同じようです。


実際に、作業員が仕事をしている脇を歩くので、ブリジストンの時は、製品やベルトコンベアーに触れないように注意して歩いた記憶があります。


但し、「岩鋳」の場合、取り扱っている物が「鉄」で、近づくと危ないため、仕切りや防御壁が設置されているようです。

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あと、日により作業工程が異なるので、左の画像のような「鋳込み工程」を見たい場合は、電話等で事前に予約や確認を行った方が良いとの事です。


また、当然、展示/販売スペースもありますので、その場で、気に入った「南部鉄器」を購入することも可能です。


しかし、「南部鉄器」は重いですし、鍋やなど等の大物を購入する場合、ちゃんと持ち帰れるのかも考えた方が良いと思います。

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また、一説には、(岩鋳さんには申し訳ありませんが)現場で購入するより、何故か、ネット通販で購入した方が安い、と言う噂もあります。


その点は、事前に確認してから購入した方が良いかもしれませんが、思い出として購入するならば、そこはガマンしても良いかもしれません。


最後に、「岩鋳」の工場の場所を掲載しますが、県外の方は、自家用車、あるいはタクシー等で行かないと難しいと思います。


場所としては、国道4号線の、すぐ脇にあるのですが、非常に分かりにくい場所ですし、加えて、車線を間違えると右折も難しく、慣れていないと侵入出来ません。

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私などは、いつも隣の大型スーパーに買物に行っているので、右折も慣れたものですが、初めての方は、まず、どこで右折して良いのかも解らないと思います。


自家用車が無ければ、盛岡駅ではなく、JR東北線の「岩手飯岡(いいおか)駅」から、タクシーを使うのが良いと思います、駅から3.5Km、約10分も掛からないと思います。


近くに、バス停があるので、路線バスもあるとは思うのですが、私は、バスで行った事がないので、どのバスに乗れば良いのか解りませんが、岩手県バス協会のサイト(http://www.iwatebus.or.jp/bus_rotary/morioka-higashi)によれば、バス停は「川久保」と言う名前で、盛岡駅からの場合、次のバスに乗れば良い様です。


●「5番」 :茶畑・都南営業所・簗川・盛岡中央工業団地方面

●「13番」 :本宮・飯岡・羽場・矢巾方面

●「14番」 :仙北、津志田、日詰方面


それでは、「岩鋳」の情報を掲載して、「南部鉄器」の紹介を終わりたいと思います。

【 岩鋳の情報 】

●住所 :岩手県盛岡市仙北2-23-9

●TEL :019-635-2501

●Mail :kaikan@iwachu.co.jp

URLhttp://www.iwachu.co.jp/


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今回は、「岩手工芸品」の第二弾として「南部鉄器」に関する下記の情報を紹介しましたが如何でしたか ?


南部鉄器の歴史

●現在の状況

●工場見学できる工房の紹介


第一弾の「漆」ほど、歴史もありませんし、海外で人気が出たと言っても、こちらも「漆」ほどの人気ではありません。


製造元では、それなりに企業努力をしているのだと思いますが、せいぜい、「南部鉄器」の色を変え、内部をホーローに改良し、メンテナンスし易くしたに過ぎないのではないかと思います。


しかし、現在のヨーロッパでは、その昔「japan = 漆」と呼ばれて認識された様に、「岩鋳」の「南部鉄器」は、日々、知名度を増しており、「南部鉄器 = IWACHU 」と認識されるようになって来ていると言う話も伝わって来ています。

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現在は、その「カラー」にのみ注目が集まっていますが、メンテナンスは非常に面倒ですが、従来通り、健康志向の観点で、「鉄分補給」を全面に押し出しても良いのかもしれません。


「鉄器」のメンテナンスが楽になれば、海外のみならず、国内でも注目度が増すと思いますが・・・やはり難しいのでしょう。


私は、「鉄器」に関しては、全くの素人なので、もう少し「産学連携」を活用し、メンテナンスし易い「南部鉄器」で、かつ簡単に「鉄分補給」出来る「南部鉄器」を開発出来ないものかと思ってしまいます。

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「岩鋳」では、ヨーロッパにおいては、ある程度、「IWACHU = 南部鉄器」と言う地位を築いたので、現在は、中国をターゲットにしたマーケティングを行っているそうですが・・・


前回ブログにも記載しましたが、「中国」や「韓国」でのビジネスは気を付けないと大変な事になってしまいます。


中国」でビジネスをすると、過去に、岩手県以外で製造された「鋳物」までも「南部鉄器」として販売されたような「コピー・ビジネス」に巻き込まれてしまう危険性があります。


と言うか、必ず真似されます。


日本国内ならば、法律で規制できますが、「中国」は無法地帯なので、どんな規制を設けても、結局は「形だけ」になってしまいます。



また、「韓国」でビジネスを行った場合、商品が売れてくるようになると、全て「起源は韓国」と言う事になってしまいます。つまり、「南部鉄器のルーツは韓国にあり !」となってしまいます。


現在でも、韓国で「日本の花見」が流行し出すと、「元々、日本の桜は、韓国原産なので、花見のルーツも韓国だ !」などと、韓国人以外は、誰も信じない事を平気で言い出します。


全く話になりません。


日本の「ソメイヨシノ」は、「エドヒガンザクラ」と「オオシマザクラ」を交配させた作った雑種の「桜」を、東京の染井村において、接ぎ木で増やしたのが始まりです。


決して、大陸から持ってきた植物ではありません。それにも関わらず、「韓国原産」と言い出す神経が解りません。その他にも、次の伝統やスポーツまでも、「韓国が起源」と言い出しています。


少し脱線してしまいますが、余りにも酷すぎるの、簡単に「韓国起源説」となっている物を取り上げますと・・・


●武芸 :流鏑馬切腹日本刀忍者、抜刀術

●格闘技 :柔道空手、相撲、剣道

●伝統 :茶道盆栽和歌歌舞伎武士道居合道

●遊戯 :折り紙、花札

●食べ物 :蕎麦、豆腐、日本酒寿司、刺し身、醤油、納豆、味噌

●生物 :錦鯉


とにかく、「韓国」には、伝統と言う物が全く無いので、何でもかんでも「韓国が起源」と言い出しています。


特に、世界中が騙されたのが「テコンドー」です。元々、「テコンドー」も「空手」も、中国から沖縄に伝わり、その後、沖縄の人達が独自に改良を施した格闘技です。


それにも関わらず、韓国人が、「韓国起源説」を世界に広め、皆が騙されてしまった結果、「テコンドー韓国が起源」となってしまったのです。


さらに、似たような事例として、中国発祥の「端午の節句」があります。


これに関しても、韓国が全世界を騙して「江陵端午祭」、つまり中国から日本にも伝わった「端午の節句」と言う行事を、韓国発祥として世界文化遺産に登録しています。


その他、「韓国起源説」を取り上げれば、キリがありません。


今回は、日本が起源のものを掲載しましたが、上記の通り、中国起源も物まで「韓国起源」と言い出しています。


簡単に紹介しますと、人物で言えば、孔子李白、文化技術で言えば、羅針盤や火薬、そして漢字までも、さらに、その他は、囲碁中国将棋、最後には、黄河文明までも韓民族の文化と言い出す始末です。


さらに、アステカ文明メソポタミア文明・・・最後は、イギリス人の祖先までも韓国人と言っています。


とにかく、世界中の物、全てが「韓国起源」と言い出しています。こんな事ばかり言う民族を、いったい誰が信用するのでしょうか ?


しかし、これらの言動の裏側を見てみれば、韓民族と言う民族は、「伝統」や「歴史」、加えて「独自技術」を持つ事も、考え出す事も、そして、後世に伝える事も出来ない、悲しい、そして可哀想な民族なのかもしれません。


全て韓国が起源ならば、「折り紙で鶴でも作って見せろ !」と言いたくなってしまいます。

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とにかく、「中国」や「韓国」でのビジネスは、ある程度の覚悟が必要になると思います。


何か、最後は、とんでも無い、ホラ話ばかりになってしまいましたが、次回は、久慈の名産「琥珀」を紹介したいと思いますが・・・「琥珀」までもが、「韓国が起源」と言い出さなかと心配してしまいます。


それでは次回も宜しくお願いします。

以上


【画像・情報提供先】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

・岩鋳(http://www.iwachu.co.jp/)

ヴィレッジヴァンガード(https://vvstore.jp/)

公益財団法人 岩手県観光協会(http://www.iwatetabi.jp/)


株式会社 エム・システム】
本      社  :〒124-0023 東京都葛飾区東新小岩8-5-5 5F
           TEL : 03-5671-2360 / FAX : 03-5671-2361
盛岡事業所  :〒020-0022 岩手県盛岡市大通3-2-8 3F
           TEL : 019-656-1530 / FAX : 019-656-1531
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2017-10-07

取り敢えずExcelで良いのか ? - 業務見直しのススメ その1

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世間コンサルティング会社やリサーチ会社では、企業における「BIツール」の導入を阻んでいる理由として「Excelの存在」を挙げて、声高に「脱Excel」を唱えています。


確かに、「BIツール」としてExcelを利用するのは、利用ケースによっては無理があると思います。


「BIツール」とは、「Business Intelligence(ビジネス・インテリジェンス)ツール」の略語ですが、サーバー等に蓄積された大量のデータを収集して分析するツールになります。


この「BIツール」を上手く使いこなせれば、例えば、数年分の売り上げデータと気温データを組合せて、月毎の気温変動に伴う売れ筋商品を分析する事で、商品戦略を立案したりする事が可能になります。


収集するデータ量が、1年分くらいなら、それほど大量のデータにはならないかもしれません。


しかし、これが全国数100店舗分で、かつ過去10年分のデータ等となると、とんでもなく大量のデータとなりますので、このような大量データを「ビッグデータ」と呼び、「ビッグデータ」専用の解析ツールが必要になります。


このように「ビッグデータ」の収集/解析に、Excelを使うのは確かに無理がありますが、これが数百〜数千件分のデータであれば、私はMicrosoft社の営業ではありませんが、充分、Excelで対応可能だと思います。


まあ、既に、専用の「BIツール」を購入しているのであれば、何も、無理にExcelを使わずに、「BIツール」を使えば良いと思います。


但し、一般的に「BIツール」と呼ばれているパッケージ・ソフトウェアは高額で、利用形態にもよりますが、ライセンスだ、何だかんだで、数百万円程度の費用は掛かかります。


このため、Excelで充分運用に耐えているのであれば、何も無理に、高額な「BIツール」を購入する必要はないと思います。


そこで、今回のブログでは、次のような内容で、Excelの活用方法を調べて見たいと思います。


Excelの歴史

マクロVBAの違い

Excel功罪

Excel不要論

Excelの問題

・今後のExcel


しかし、このExcelに関する話題は、ボリュームが大きくなってしまいましたので、前後半の二部構成として、今回は、前半部分として、次の3点を取り上げたいと思います。


Excelの歴史

マクロVBAの違い

Excel功罪


それでは今回も宜しくお願いします。

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Excelの歴史

Microsoft Excel(以下、Excel)の要/不要論を検証する前に、まずはExcelの歴史を、「雑学」的に紹介したいと思います。

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Excelは、平成元年(1989年)に、「Excel 2.1」を発売したのが、その始まりと言われています。


しかし、その前身は「Microsoft Multiplan(マルチプラン)」と呼ばれるソフトウェアで、昭和57年(1982年)に、Apple社が発売していた「APPLE 供廚噺世Α(当時の呼び方で)ホーム・コンピュータで動作する表計算ソフトウェアです。


発売当初は、非常に好調な売れ行きだったようですが、「Multiplan」より遅れること1年、昭和58年(1983年)に、「ロータスソフトウェア社(現:IBM社)」が、IBM PC/AT互換機でも動作可能な表計算ソフトLotus 1-2-3」を発売しました。

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「Multiplan」も、その後、MS-DOSやIBM5550等、当時、PC市場でシェアが高かったOSでも動作するよう移植されましたが、「Lotus 1-2-3」は、最初からIBM PC/AT互換機で動作可能だった事から、表計算ソフトとしては、「Lotus 1-2-3」が爆発的人気となり、「Multiplan」は、「Lotus 1-2-3」との「表計算ソフトウェア」のシェア争いに破れてしまったそうです。


ちなみに当時は、表計算ソフト「Multiplan」、グラフ作成ソフト「Multi-Chart(マルチチャート)」、簡易データベース「Multi-File(マルチファイル)」の3個のソフトウェアで、「Multiツール・ファミリー」を構成していたそうです。

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北米でシェアを独占した、「Lotus 1-2-3」ですが、多言語化等、ローカライズに時間が掛かり過ぎた影響で、ヨーロッパや日本ではシェア拡大に失敗し、北米を除く地域では、逆に「Multiplan」がシェアを伸ばしていたそうです。


その後、「Multiplan」は、昭和60年(1985年)に「Macintosh(通称Mac)版」を発売し、Macの代名詞ともなるGUI(Graphical User Interface)操作に特化した改良を施す事で、ベストセラーになったそうです。


さらに、昭和62年(1987年)、当初からの予定通り「Windows版」を発売しましたが、この「Windows版」は、処理速度や操作性に、さらなる改良を施すと共に、「Lotus 1-2-3」とのファイル互換機能を提供した事で、様々なIT業界雑誌から高い評価を受け、北米においても、徐々にシェアを伸ばしていった様です。

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その後のExcelの躍進ぶりは、ご存知の通りだと思いますが、同じく、昭和58(1983年)に発売を開始した「Word」と一緒に「オフィス向けソフトウェア」の地位を確立して行く事になります。


ちなみに、「Word」の、発売当初の製品名は「Multi-Tool Word」と言う名称でした。「Microsoft Office」の歴史は、過去ブログに掲載しています。

★過去ブログMS-Officeの野望 〜 Microsoftの逆襲


また、今回のブログで大きく取り上げられる「マクロ」機能、正式名称は、VBA(Visual Basic for Applications)の機能は、平成6年(1994年)に発売された「Excel 5.0」に、初めて搭載されました。

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弊社への問合せで、よく「Excelマクロを作成して欲しい」と言う問合せがあります。


しかし・・・正確に言うと、これは間違いです。


「重箱の隅を突く」ような説明かもしれませんが、マクロVBAには、次のような違いがあります。


マクロ :決められた所定の処理手順をExcel等に記録して、その手順だけを自動的に実行する機能

VBAVBAと言うプログラム言語で、Excel等に自由プログラムを作成し、希望する処理を行う機能


「はあ ? ・・・何が違うの ?」となるかもしれませんが、簡単に言いますと、「マクロ」は、処理手順を記録させ、実行ボタンをクリックすると、その記録した手順を繰り返すだけ機能となります。


詳しくは、次の章で「マクロVBAの違い」を簡単に紹介しますので、そちらをご覧下さい。

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その後、この「VBA」を実装したことで、Excelの活躍の場は、さらに拡大し、単なる「表計算ソフト」だけではなくなり、企業における「業務ツール」の地位を確立する事になります。


その一方、この「VBA」の搭載、および企業へのExcelの浸透により、「マクロウィルス」の脅威にさらされる事になります。


マクロウィルス」とは、下記の過去ブログにも記載していますが、平成7年(1995年)、「Word」内にVBA言語で仕組まれたウィルスが最初の「マクロウィルス」になります。

★過去ブログマクロ・ウィルスの逆襲 〜 歴史は繰り返すのか ?


最初の「マクロウィルス」は、「Concept(コンセプト)」と名付けられたウィルスで、PC内の「Word」の標準テンプレート感染することで、PC内の全Wordファイルに被害を拡げるウィルスでした。


そして、その被害とは、Wordファイルを開くと、上記の通り、標準テンプレートウィルスを書き込むので、その後に、Wordファイルを表示したり、作成したりすると、「Conceptウィルス」もコピーされ、自己増殖して行く事になります。


それで肝心の被害ですが・・・何もありません。単に、ウィルスがコピーされて増えて行くだけです。


また、ウィルス発症させる弾頭(Payload)内に書かれたコメントが下記の内容であり、かつ、新しいウィルス感染経路を示した事から、「Concept(概念)」と名付けられたと言われています。


「 REM That's enough to prove my point (意図するところは、これで果たした) 」

※REM:REMark/コメント文を意味する単語


つまり、ウィルス作成者は、「自分には、こんな素晴らしい能力があるんだ ! 」と言う事を世間に広めるためだけに、マクロウィルスを作成したのだと思われています。

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似たような事例としては、「ハッカー(Hacker)」と言う言葉/定義があります。


ハッカー」とは、今では、セキュリティを破り、組織や国家の機密情報を盗み出したり、あるいは破壊したりする悪者のイメージが定着していますが、その昔、最初に「ハッカー」と言う言葉が使われた時には、次の様な意味を持っていた様です。

一般人より深い技術的知識を持ち、その知識を利用して技術的な課題をクリアする人 』


最初に「Hacker」と言う言葉が使われたのは、1960年代の「MIT(マサチューセッツ工科大学)」の鉄道模型クラブだったと言われており、その意図する所は、前述の通り、「何事においても、他の人より優秀な技術を持つ人」と言う事ですから、現在の様に、コンピュータ技術に特化した言葉ではありませんでした。


日常的に、機転の効く、ちょっと賢い行動をした者を「Hacker」と呼んでいた様です。


それが、何時からかは不明なようですが、恐らくは、この世にコンピュータが生まれ、世間一般に広まるにつれ、コンピュータ技術に優れた人々の事を「Hacker」と呼ぶようになったと考えられています。


さらに、当時は、コンピュータインターネット黎明期と言うこともあり、システムの「バグ」を見つける事に喜びや生き甲斐を感じる人が数多く存在し、このような人々がお互いに発見した「バグ」を自慢し合っていました。


ところが、やはり、その中には、犯罪に走る人が現れ、この犯罪行為を行う人間が、「ハッカー」の本当の意味を知らないマスコミ等から、「ハッカー(Hacker)」と呼ばれるようになっていったそうです。


しかし、その後、「ハッカー」本来の意味を理解する人が増え始め、犯罪行為を行う人は「クラッカー(Cracker)」と呼んで区別しようと言う活動もあったのですが・・・どうやら定着しなかった様です。


また、それと同様、システムの「バグ」や「セキュリティ・ホール」を見つけ出し、その情報をメーカーや組織に教える人を「ホワイト・ハッカー」と呼ぶようになったようですが、どちらかと言うと、この「ホワイト・ハッカー」と言う呼び方のほうが定着しているようです。


このように、1960年代〜1990年代後半の「Hacker」達は、一部の異常者を除き、自分の技術力を誇るだけで、犯罪行為を行う等、それ程の悪さはしていなかった様です。

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話は、少し逸れてしまいましたが、この「Conceptウィルス」の出現により、それまでの「ウィルスは実行形式(.exe)ファイルにのみに感染し文章ファイルには感染しない。」と言う常識が覆される事になります。


そして、この「Concept」以降、どんどん「マクロウィルス」が登場し始め、現時点では、最強の「マクロウィルス」と言われているのが、平成11年(1999年)3月26日に発見された「Melissa(メリッサ)」です。


この「Melissa」は、「Concept」と同様、「Word」経由で感染するのですが、その発症の仕方(Payload)が、とんでもありません。


「Word」経由でPCに侵入すると、同じくOffice製品の「Outlook」のアドレス帳を参照し、アドレス帳に登録されているメール・アドレスの先頭50件に、下記の文面と共に、ウィルスを仕込んだ「Word」ファイルを添付したメールを送信します。


『 Here is that document you asked for…don’t show anyone else ;-(この前から頼まれていたものです。他の人には見せないでくださいね。) 』

※「;-」はウィンクの顔文字


そして、メール受信者が、この添付ファイルを開くと、当然、「Melissa」に感染してしまい、また、「Outlook」のアドレス帳の最初の50名に、ウィルス感染したメールを送信する事になります。


このため、1次感染から3次感染までの間だけで、2,500台ものPCが感染してしまうという脅威の拡散スピードになっており、実際、全世界で233の機関を攻撃し、81,250台ものPCに感染したと言われています。


さらに、この「Melissa」が怖いのは、「メール送信者が全て知人である。」と言う事です。


普通、知らない人からのメールは、疑わしいので開封しませんし、まして添付ファイルなど開きませんが、これが知人となれば話は別ですし、さらに、メール受信者が男性で、送信者が女性だったら・・・後は、お察しの通りです。


私を含め、世の中の男性はバカが多いと思いますので、知人女性から、前述のような文面のメールが送信されてきたら、いとも簡単に添付ファイルを開いてしまうと思います・・・情けない。


しかし、幸いな事に、「Melissa」の日本語版はありませんでしたので、攻撃されたのは、主に北米欧州だけに限られます。


「Melissa」に関する詳細は、前述の過去ブログマクロウィルスの逆襲 〜 歴史は繰り返すのか ?」に掲載しています。

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また、何故、このように、いとも簡単に「マクロウィルス」に感染するのかと言えば、Microsoft社の対応のマズさも一因とされています。


現在では、対応が取られていますが、Excel、およびWord等、当初のOfficeソフトウェアでは、VBA機能に関して、「デフォルト(初期値)=有効」となっていました。


このため、ウィルスが仕込まれたOfficeファイルを開くと、何も対応を取る事ができず、直ちにウィルス感染してしまいました。


現在では、VBA機能が含まれているOfficeファイルを開くと、「コンテンツの有効化」を問い合わせるメッセージが出力されますので、「マクロウィルス」が仕込まれていても、直ぐには感染する恐れはなくなりました。


このように、Excel/Wordが、Officeソフトウェアの「デファクト・スタンダード」になるにつれ、「マクロウィルス」も増えて行くことになりますが、これは仕方が無い事だと思われます。


Windows OS」や「Internet Explorer」等、何事も「デファクト・スタンダード」になると、攻撃者に狙われやすくなってしまいます。


「出る杭(くい)は打たれる」とは、よく言ったものですが、英語圏に同じなような「諺(ことわざ)」が無いのが残念です。

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マクロVBAの違い

さて、次に「マクロ」と「VBA」の違いを簡単に説明したいと思います。


例えば、営業会議の資料を作成する業務で、下記A〜Eのような作業を、毎月行わなければならないケースがあるとします。

【 営業会議資料作成手順 】

A:1枚目のシートに、前月分、1ヶ月間の売り上げ情報を貼り付ける

B:2枚目以降のシートには、「VLOOKUP関数」が埋め込まれているので商品毎に売り上げが分類される

C:商品毎に分類した売り上げに対して、商品を売り上げ金額順に並び替える

D:別シートに貼り付けた去年の売り上げデータを参照して各商品の前年同期比を算出する

E:さらに全商品の売り上げ状況をグラフ表示する

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売上データをコピー/ペーストして、Excel関数を使い、最終的に表やグラフを作成する、と言う単純作業ではありますが、データが大量にあると、面倒な作業になってしまいます。


このような場合、上記作業の内、C〜Eを「マクロ」に登録すれば、AとBを除く、C〜Eの3段階ある作業を、2段階まで短縮出来ます。


つまり、「作業A」でデータを貼り付け、後は、「マクロ実行ボタン」を押せば、「マクロ」として記録した次の作業を自動で行うことが可能になります。


C:商品毎の並び替え

D:前年同月比の算出

E:グラフ作成


これら3個の作業を、「マクロ」が自動的に行ってくれるので、面倒な作業が直ぐに終わるので、業務効率化には「持って来い」の手段です。

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しかし、「マクロ」は、前述の通り、作業手順を記録させて、その記録した作業を繰り返すだけの機能になります。


このため、例えば、上記の例題の場合、「商品の並び替え」において、商品数が増えると、並び替え範囲を再調整しなければなりません。


また、過去の売り上げデータの保管場所が変わったり、あるいは過去売り上げデータのセルの場所が、前回と異なったりしてしまうと、こちらも再調整が必要になります。


このように、「マクロ」は、手順を記録するだけなので、余り自由が効きません。


これに対して「VBA言語」によるプログラミングでは、こちらも「万能」とは行きませんが、自由度の範囲は、格段に拡がります。


商品範囲を指定する場合でも、「空白があるまで」を商品範囲にすれば、商品数の増減にも、自由に対応が取れます。


また、過去ファイルを参照する場合も、プログラミングで「ファイル参照機能」を実装すれば、作業の都度、自由に指定出来ます。


このように、「VBAプログラミング」技術があれば、Excelを用いた様々な作業自動化する事が可能になります。

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しかし・・・もう少し詳しい内容を説明しますと、前述の通り、「マクロは、処理手順を記録しただけに過ぎない。」のですが、その中身を見てみると「VBA言語」で記述されています。


ますます「はあ ?」となってしまうかもしれますが、実際の中身を見てみると、「マクロ」と「VBA」は、同一の物と言う事になってしまいます。


つまり、より正確に説明すると、「マクロとは、一定の処理手順を、VBA言語で記録した物。」と言う事になります。

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それと、Excelに限った話であれば、Excelには、「関数」と言う、これも非常に便利な機能があります。


この「関数」と「マクロ」や「VBA」は、何が違うのでしょうか ?


マクロ」と「VBA」は、根本的には同じ物となってしまいますが、「関数」と「マクロ/VBA」とは、根本的に違う物となります。

元々Excelは、「表計算ソフトウェア」として開発/発売されてきたソフトウェアですので、「関数」は、表計算を自動で行なってくれる計算式の事になります。


それでは、「表計算の計算式」とは、どういう物なのかと言うと・・・例えば、5個の項目の平均値を出すと言う計算の場合、普通に考えれば、項目1〜項目5までの、5個の値を順番に加算し、さらに合計値を5で除算する計算を行わなければなりません。→ =(A1+A2+A3+A4+A5)/5


しかし、Excelの場合、あらかじめ「AVERAGE関数」と言う関数が用意されていますので、「=AVERAGE(A1:A5)」と指定するだけで、簡単に平均値を導き出す事が可能となります。


このようにExcelの場合、「マクロ」、「VBAプログラム」、そして「関数」と言う便利な機能が、あらかじめ用意されており、この事が、Excelを、単なる「表計算ソフトウェア」の位置から、「業務管理ツール」の地位にまで高める事になったのです。

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ちなみに、「VBA」と言うプログラミング言語ですが、こちらは、元々、Microsoft社が、1990年代に開発した「VB(Visual Basic)」と言うプログラミング言語を、Office用に改造して、次のOffice製品に搭載した物となります。

→ Word、ExcelOutlookAccessPowerPoint

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そして「VB」と言うプログラミング言語ですが、2005年3月31日にメインストリートのサポートが、2008年4月8日には延長サポートも停止され、現在では、「VB.NET」と言うプログラミング言語が、後継言語となっています。

VB.NET:日本語で読む場合「ブイビー・ドット・ネット」と呼ばれています。


この「VB」と言うプログラミング言語には、さらに、その前身となる「Microsoft Basic」と言う、当時のマイクロコンピューター「Altair(アルテア) BASIC」用のプログラミング言語がありました。


そして、この「Microsoft Basic」を開発したのが、現在は、既に第一線からは退きましたが、Microsoft社の元会長「ビル・ゲイツ(William Henry "Bill" Gates III)」氏と、共同創業者ポール・アレン(Paul Gardner Allen)」氏です。

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ビル・ゲイツ」氏に関しては、日本においても、余りにも有名なので、今更、説明は不要だと思いますが、「ポール・アレン」氏も、アメリカでは超有名人です。


ポール・アレン」氏も、現在は、ビジネスの第一線は退いておりますが、各種慈善事業、スポーツ関連事業等、様々な活動を行っているようですが、特に、兵器収集や探索への思い入れが強い様です。


彼の兵器コレクション、中でも第二次世界大戦時の兵器コレクションは凄く、アメリカ軍「P-51/ムスタング」、ドイツ軍「BF109/メッサーシュミット」、旧日本陸軍「一式戦闘機/隼」等、実際に飛行可能な状態で保存している様です。

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さらに、ソ連「Mig-29/ファルクラム」、シャーマン戦車、小型宇宙船「スペースシップ・ワン」・・・等、もう、とんでもない兵器も所有しているそうです。


さらに、これは日本のニュースでも、大々的に放送されましたが、2015年3月3日に、フィリピン/レイテ島沖で、旧日本海軍戦艦武蔵」を発見しています。


また、つい最近、このブログの執筆をしている最中となる2017年8月18日、これも、NHKを始め、様々なニュース媒体で放送されましたが、フィリピン沖合の海底で、旧日本海軍伊号潜水艦の攻撃を受け、第二次世界大戦におけるアメリカ軍で、最後に撃沈された重巡洋艦インディアナポリス」も発見しています。


もう、お金持ちは、凄い事ばかりしてくれるようです・・・

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プログラミング言語の紹介から、話が逸れてしまいましたが、Office製品には、「Microsoft BASIC」、「Visual Basic」、そして「Visual Basic for Applications」と言う歴史を持つ、プログラミング言語が搭載されており、このプログラミング言語の搭載により、Excelが、強力な「業務ツール」となっています。


VB」に関しては、噂ですが、「ビル・ゲイツ」氏の思い入れが非常に強いプログラミング言語なので、彼が生きている間は、絶対に、この「VB系統」のプログラミング言語が、この世から消える事は無いと伝わっています。


ゲイツ氏は、今年で、まだ61歳ですので、今後も、あと20年くらいは、安心して「VBA」や「VB.NET」も使えると思います。



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Excel功罪

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元々Excelは、これまで説明してきた通り、「表計算ソフトウェア」として誕生したのですが、Microsoft社が意識したのか否かは解りませんが、「表」自体が、見積書、注文書/請書、請求書、等、様々なビジネスシーンで使用する、各種帳票にマッチしてしまいました。


さらに、これら各種帳票とビジネス・フローとの関係を見ると、その流れも、ほぼ完全に一致しています。


(1)お客様とのビジネスの始まりとして「見積書」を作成する。

(2)予算と見積金額が合致すれば「注文書/注文請書」を作成する。

(3)請け負った作業終了すれば「納品書」を作成する。

(4)検収作業が終了すれば「請求書」を作成する。


つまり、ビジネス帳票として、Excelにより、「見積書」、「注文書/注文請書」、「納品書」、そして「請求書」を、それぞれ各シートに作成してしまえば、顧客毎の受発注業務は、1個のExcelファイルで完結させる事が可能となります。


さらに、ここで「VBAプログラミング」の登場ですが、上記「見積書」から「請求書」までの書式(フォーマット)を統一し、かつ下記の項目さえ、都度、自由に変更出来るシステムを作成すれば、「見積書」に、下記の顧客情報を入力するだけで、「注文書/注文請書」、「納品書」、そして「請求書」まで、自動的に作成する事も可能になります。


・顧客名

・顧客住所

・顧客担当者名/役職名

金額

・納期

・成果物一覧


これまで、作業の都度、「見積書」から「請求書」まで、顧客毎に、4種類もの帳票を作成しなければならないので、手間も掛かりますし、入力ミスも発生していましたが、上記のような「契約帳票自動作成システム」を作成してしまえば、「見積書」に必要情報だけを入力すれば、後の3種類の帳票は、自動で、かつミス無く作成する事が出来ます。


このような仕組みを構築するだけで、次の業務効率化が可能となります。


作業時間短縮

・帳票の品質向上

・原稿さえあれば、誰でも契約書類を作成する事が出来る

・社内帳票のフォーマット統一

・残業時間短縮

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また、大企業においては良くある話ですが・・・大手企業は、当然、会社規模が大きいので、社内の様々な情報を、各種「大規模システム」で管理しています。

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営業情報、社員情報、会計情報、商品情報・・・全て、企業を継続して行くために必要不可欠な情報です。


そして、社内においては、これも当然の事ですが、様々な部署で、必要に応じて、これらの情報を使用しています。


しかし、情報(データ)を管理するシステムの規模が大きいので、データが複数のサーバーフォルダー分散され、各部署/部門で必要となるデータを簡単に入手するのが、非常に困難な状況になっています。


例えば、商品毎の売り上げ数字と在庫状況を知りたいと思っても、必要なデータは、次のように分散してしまっているケースが見受けられます。


・売上数字 :年度/月別の営業データ

・商品情報 :年度/月別の商品売上データ

・在庫情報 :年度/月別の在庫データ


このため、上記の通り、商品毎の売り上げ数字と在庫状況を知りたいケースでも、様々なサーバー内にあるデータやデータベースを参照し、都度、必要な情報を取り込む必要があります。


そうなると、部署/部門毎に、それぞれ個別のシステムを作成して必要情報を取得しなければなりませんが、これもExcelで対応可能です。


まあ、データベースERPを参照する場合、少し複雑な処理も必要になりますが、たいていの場合、Excelインターフェースを備えていますので、「VBA言語」さえ知っていれば、かなり自由にデータを参照/取得することが可能になります。


一旦Excel内にデータを取り込むことさえ出来れば、後は、関数プログラミングを駆使して、部署独自に管理帳票を作成する事が出来るようになります。


このように、「Excel/VBA」を駆使すれば、社内、あるいは部門内に、独自のシステムを作成し、複雑な業務を、「実行ボタン一発」で終了させる事が出来るようになります。


そして、このようなシステムを作成する社員を、各種IT系のメディアでは「Excel職人」と呼んでいるようです。

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確かに、この「Excel職人」が、社内や部門に、一人でもいれば、複雑な業務も、直ぐに終わらせる事が出来るので、該当部門では「人間国宝」のように取り扱われているようです。


しかし、このような「Excel職人」とは、どうして誕生するようになってしまったのでしょうか ?


基本的には、仕事に対して前向きな姿勢を持つ社員が、自発的に、日々の業務の効率化を図る事を目的に、独自に、Excelスキルを向上させた結果、このような「Excel職人」が誕生したのだと思われます。


多くの企業では、会社の業務としてExcelやWord等、Officeツールを使わせはしますが、Excelスキル向上のため、通常の業務以外に、別途時間や費用を掛けて、Officeツールスキルを向上させる、勉強会等の取り組みなどは行っていません。


皆、個人ベース、OJT等を通して、ExcelやWordのスキル向上を図っています。


このため、前述のように、ある程度、ITスキルがある社員が、自発的に、「関数」や「VBAプログラミング」を学習し、自分の業務に対する効率化を図る事になります。


そうして、身に付けたExcelスキルが、業務に役立つ事が解ると、その社員は、さらにスキルを身に付けようとします。


また、その社員の回りの人達も、Excel関係で、何か問題があれば、その社員を頼るようになります。


こうして、その社員は、「Excel職人」として、さらに進化して行く状況になってしまいます。


このように、会社として、社員全員に対して、ある程度均一なスキルを身に着けさせるための活動を行わない事が原因で、一部の社員が、「Excel職人」として成長してしまう状況を生み出しているのだと思われます。


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こうして、メデタく、社内、あるいは各部署に「Excel職人」が誕生してしまうと、これまで、かなり時間を掛けて行っていたExcel関係の作業が、簡単に終わるようになります。


こうして、次から次へと、Excel関係の業務が簡単に終わるようになって行きますので、データを集計して計算する業務に関しては、何でもかんでも「Excel」で行うようになって行きます。


別に、Excelで行う事が出来る業務が、簡単に終わるようになるのであれば、何も問題が無いのでは ? と思う人が大半だと思います。私も、そう思います。


ところが、IT系メディアに投稿するライターの方達は、「何でもかんでもExcelで行うのが問題だ !」と言う指摘をしています。


さらに、「Excel職人の存在が、企業へのBIツールの導入を妨げている !!」と声高に叫んでいます。


しかし・・・これは、別に、「Excel職人」が悪いわけではないと思います。


確かに、これは「Excel職人」に限った話ではありませんが、現状を変えようとすると、頑なに抵抗する、俗に言う「抵抗勢力」的な人は、どの世界にも必ず存在します。


この「抵抗勢力」は、状況が変わる事で、自分達に、次のような悪影響があると考える人達です。


・状況が変わると、今までの経歴/キャリア/スキルが無駄になってしまう

・状況が変わると、自分達の「居場所」が無くなってしまう

・状況が変わると、これまで覚えてきた作業手順が変わってしまう

・状況が変わると、また新たな作業手順を覚えなければならない

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Excel職人」がいる部署/部門に、新しいツールを導入しようとすると、確かに、「Excel職人」の居場所は無くなる可能性がありますし、これまでExcelで、簡単に行ってきた作業が変わるので、部署/部門全体が「抵抗勢力」になる可能性も高いと思います。


しかし、このような「抵抗勢力」となる部署/部門は、別に「Excel職人」がいる部署/部門に限った話ではありません。


どの部署/部門だろうと、とにかく現状の運用や作業を変更される部署/部門は、全てが「抵抗勢力」となり得ます。


ITライターが、「Excel職人」に対してのみ「抵抗勢力だ!」と言っているのは、単に、このライターが、「BIツール」の売り込みを行っているからだけだと思われます。


その昔、過去ブログで、「Microsoft御用達ライター」が居ると指摘しましたが、こちらは「BIツールの御用達ライター」なのだと思います。


私が、「Excel職人」の弊害として取り上げたいのは、上記のような「新規ツール導入時の抵抗勢力」の問題ではありません。

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新規ツール/システム導入時の抵抗勢力への対応方法は、別のブログで紹介したいと思いますが、今回、私が「Excel職人」の問題として取り上げたいのは、「Excel職人の喪失問題」です。


ある部署/部門で、メダたく「Excel職人」が誕生します。


そうなると、該当部署/部門では、これまで面倒だったExcel関係の作業が、画期的に効率化されます。


これで、該当部署/部門では、「バンザイ !」となるのですが、問題は、「Excel職人の喪失」です。


企業には、必ず移動や退職があります。

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例えば、「Excel職人」が転籍、転勤、あるいは転属で、該当部署から消えてしまったとします。そうなると、これまで作成してきた「Excel/VBAシステム」は、一転「負の遺産」化してしまいます。


何故かと言えば、「Excel/VBAシステム」に、何か問題が起きても、誰も問題を解決出来ません。情報システム部に依頼しても、「そんな勝手に作ったシステムなんか知らないよ !」と相手にもされません。


仕方がなく、作った本人、「Excel職人」に問題調査を依頼しても、既に、他部署に移ってしまっているので、中々調査もしてもらえません。


このような状況になると、かつては輝かしいツールも、「負の遺産」と化してしまいます。


これが、「Excel職人」の退職の場合は、さらに悲惨な運命を辿ります。


Excel職人」が作成した「Excel/VBAシステム」は、「Excel職人」が独自に作成しているので、仕様書も設計書等、何もドキュメントがありません。仕様書/設計書は、「Excel職人」の頭の中にのみ存在します。


このような状況では、誰にも修正は頼めません。かくして、かつては部門における「便利ツール」だったExcelも、単なるお荷物と化し、闇に消えていく事になります。

また、Excelは、そのバージョン毎に非互換がありますので、例えばExcel2007の時代に作成した「Excel/VBAシステム」は、Excel2010やExcel2013では動かなくなる可能性が非常に高くなります。


このような時に、企業が取る手段は、Excel2007で作成した「Excel/VBAシステム」を稼働させるためだけに、古い環境、例えば「Windows XP & Excel2007」環境のPCを1セットだけ残し、インターネットには接続せずに残す手段を取っています。


私が、過去に相談を受けた企業には、このような古い環境で、「Excel/VBAシステム」を使い続けている企業が何社もありました。


もう、こうなると、どうしようもありません。該当PCが壊れるまで、おそらく古い「Excel/VBAシステム」を使い続ける事になると思います。


しかし、該当PCが壊れたら、どうするのでしょうか ? ・・・おそらくは、インターネットで「Windows XP」を販売しているサイトを探し出し、また「XP」を購入して、使い続けるのだと思います。


驚く事に、「Windows XP 新品」と言うキャッチコピーで、未だに「XP」を販売しているサイトが、ゴマンとあります。


きっと、上記のような状況の会社が、沢山存在している証拠なのだと思います。


このように、「Excel職人」が、部署/部門から消えてしまう事が、「Excel/VBAシステム」にとっては、最大のリスクなのだと思います。

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今回は、「取り敢えずExcelで良いのか ?」と題して、「業務Excel化」に関して、次のような点を紹介しました。


Excelの歴史

マクロVBAの違い

Excel功罪


特に、今回のブログで取り上げた「Excel功罪」の章では、「Excel職人」に関する問題を取り上げました。


Excel/VBAで作成した様々なシステムに関しては、どのバージョンのOSOfficeでも動作できれば、恐らくは、機能追加や仕様変更さえ行わなければ、この先ずっ〜と、使い続ける事が出来るのだと思います。


しかし・・・いつもの如く、Microsoft社が、自社の都合だけで、Officeの仕様を勝手に変更してしまうので、バージョン毎の非互換が生まれてしまいます。


そうなると、「Excel職人」が作成したシステムは、残念ながら、「負の遺産」となってしまいます。


Excel/VBAは、他のプログラミング言語と比較すれば、覚えやすい開発言語なので、少し勉強すれば、「Excel職人」になることは可能だと思います。


しかし、「Excel職人」が居なくなってしまうと、その後は大変です。


Excel/VBAで作成したシステムを使い始めた時には、誰も、「Excel職人」が社内や部門から居なくなる事など想像していません。


しかし、その事が、「Excel職人」の一番大きな問題です。


次回は、この問題を継続して、次のような内容を紹介したいと思います。


Excel不要論

Excelの問題

●今後のExcel


それでは次回も宜しくお願いします。

以上

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