盛岡城石垣ライトアップについて

盛岡城(別名:不来方城 こずかたじょう※)は、盛岡藩の初代藩主「南部信直」が築城を命じ、 第二代藩主「南部利直」が築城を始めたとされ、慶長3年(1598年)には豊臣秀吉から正式な許可が降り、本格的な工事が始まったとされています。

実際の完成は、36年後の寛永10年(1633年)で、第三代藩主「南部重直」が入城して以来、盛岡の中心となったそうです。

確かに、盛岡城の位置は、二つの川(北上川と中津川)に挟まれた場所にあり、城の防御面では、川を城の外堀として活用できるので有効かもしれませんが、工事は大変だったと思われます。

この城の「縄張り」には、秀吉の重臣浅野長政(秀吉の正室「ねね」の弟)」の助言があったとも言われていますが、命じられた方は、たまったものではなかったと思います。

それから235年後、戊辰戦争盛岡藩が官軍に降伏、廃藩置県を経て、明治7年(1874年)に、老朽化のため解体されてしまったようです。

昔は、城の天守閣跡地に、藩主(何代目か忘れました)の銅像が置かれていたようですが、第二次世界大戦の時に、銅像も没収され、今では台座だけが静かに置かれています。

こんな寂しい盛岡城ですが、「もみじ」が沢山あるので、秋には、城の石垣と紅葉が美しく、昼間は大勢の観光客で賑わいます。

ですが、夜になると表情は一変。今でこそ照明は増えましたが、昔はほとんど真っ暗でした。私の息子達は、今でも怖がって夜は中に入れません。

しかし、平成2年に、盛岡でインターハイと冬季国体が開催された際に、観光客を歓迎しようと、毎年12月から2月までの間、盛岡城の石垣をライトアップするイベントが開催されるようになりました。

公園の西側から、石垣を下方向からライトアップするのですが、透き通ったエメラルドグリーンやブルーの光が、寒空に浮かぶ石垣を幻想的に照らし出します。


石垣には、雪が積もっていますので、ライトが普段より反射し、より一層幻想的な趣をかもし出しています。

しかし・・・これも震災の影響なのか、なんと今年はライトアップが中止になってしまったそうです。これで、幻想的な世界から、霊的な世界に逆戻りです。

来年は再開されると思いますので、またその時にでもお越し下さい。

ちなみに、写真の場所には、昔は確か「武徳殿」と呼ばれる「武道場」があり、私が小学生の頃、剣道の練習をしていた建物がありました。冬の極寒の地で、素足で竹刀を振り回していた頃を思い出してしまいました。ブルブル・・・・

掲載写真は盛岡市観光協会提供です。(http://www.odette.or.jp/citykankou/frame/frame.html)

※「こずかた」の由来については、8月2日付けブログ「盛岡さんさ踊り」をご覧になって下さい