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2016-10-22

岩手県内における金勢信仰 〜 何でこんなに沢山あるの ? Vol.1

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以前の過去ブログで、岩手県内の「巨石」を紹介した事があり、その中で、遠野市土淵町栃内山崎と言う場所にある「金勢神社」の御神体を紹介しました。

★過去ブログ岩手県内の巨石の紹介 〜 何故か岩手に巨石が多い

その他にも、このシリーズでは、同じ「金勢神社」の境内にある「陰陽石」や、一関市千厩(せんまや)町にある「夫婦石」等も紹介しました。

これらブログ執筆時には、「石」ばかりに気を取られていて、その信仰内容等に関しては、余り深くは考えていませんでした。

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その後、別の「民間信仰」シリーズを執筆した時に、私自身の「産土神(うぶすながみ)」を調査した事がありました。

その時に、最初、私の生まれた住所を、間違えて神社庁に伝えてしまったので、本来の「産土神」とは違う神社を伝えられてしまいました。

その神社が、地元では「沢田の金勢さん」として祀られている、いわゆる「金勢神社」でした。

さらに、その住所ときたら、「盛岡市東中野金勢」・・・住所まで「金勢」が付いており、さらに、その近くには、「金勢山」と言う山までも存在していました。

日本全国に「金勢神社」がある事は、知っていましたが、住所にまで「金勢」が付く所は、余り聞いたことがありません。

そこで、岩手県内の「金勢神社」について、ちょっと調べてみたところ・・・あるわあるわ、至る所に「金勢様」がいらっしゃいますし、中には、「金勢神社」の源流とされている神社や、とんでもない「奇祭」まで行われていることが解りました。

そこで、今回のブログでは、岩手県内の「金勢様」関連の話題について、北から順番に、開催される行事や神社等を紹介しようと思ったのですが・・・考えが甘すぎました。

当初から、たくさんの「金勢様」は存在する事は解っていましたが、せいぜい各自治体に、1箇所程度の「金勢様」が居るのだろうと思っていました。

ところが、ちゃんと詳しく調べてみると、各自治体に1箇所どころか、複数箇所の「金勢様」がいらっしゃり、とても1回では紹介出来ないことが解りました。


また、今回の調査では、「金勢様」関係だけを紹介しようと思ったのですが、岩手県内には、「金勢神社」を含め、それ以外にも、次のような「民間信仰」が存在することが解りました。

・「金勢」信仰

・「男根/女陰」信仰

・「夫婦岩/陰陽石信仰

・「虫送り信仰

岩手県内には、現在、33個の自治体があり、各自治体に関して、上記「民間信仰」が伝わっているか否かを調査しました。

その結果、33個の自治体の内、18個の自治体に何らかの上記民間信仰が伝わっており、さらに、これら18個の内、実際に画像などで信仰対象を確認できたのは、12自治体の38箇所でした。

そして、これら12自治体の内、特に、二戸市盛岡市遠野市花巻市北上市、中でも(ある程度予想はしていましたが)、遠野市の「金勢様」は数が多く、情報の確認が出来た場所だけでも9箇所もありました。

もう遠野市だけで、1回分の情報量になってしまいます。

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従来、この手の「民間信仰」系の情報に関しては、「岩手民間信仰」シリーズとして、これまでに5回に渡り、様々な情報をお伝えしてきました。

本来であれば、今回紹介する「金勢信仰」に関しても、「岩手民間信仰」シリーズとして紹介した方が良いのかもしれませんが、情報量が多すぎるので、敢えて「別枠」で紹介する事としました。

そして、この「金勢信仰」シリーズでは、次のような情報を紹介しようと思っています。

大項番自治体中項番内容信仰対象過去
1二戸市1枋ノ木(こぶのき)神社金勢様
2蒼前(そうぜん)神社/中沢の虫まつり人形/虫送り
3高清水稲荷社/人形まつりと金精神人形/虫送り
4馬仙峡の夫婦岩夫婦岩
2八幡平市5藤七温泉/金勢神金勢様
6横間虫追い祭り人形/虫送り
3盛岡市7淡島明神社/淡島・金勢祭り金勢様
8智和伎(ちわえ)神社/淡島・金勢祭金勢様
9巻堀(まきぼり)神社金勢様
10盛岡八幡宮/金勢神社金勢様
11櫻山神社夫婦岩
12芋田産土(いもだ-うぶすな)神社男根/女陰
4宮古市13日影の沢/金勢社金勢様
5紫波町14走湯(そうとう)神社金勢様
6遠野市15綾織(あやおり)/駒形神社/オコマ様金勢様
16山崎/金勢明神金勢様
17程洞(ほどてい)/金勢明神金勢様
18多賀神社男根/女陰
19土淵(つちぶち)/金精神金勢様
20伝承園/金勢様金勢様
21たかむろ水光園/金勢様金勢様
22達曽部(たっそべ)/熊野神社陰陽石
23早池峰神社金勢様
7花巻市24大沢温泉/金勢神社仮宮金勢様
25鼬幣(いたちべい)稲荷神社金勢様
26花巻御柱神社/早坂稲荷神社金勢様
27成島毘沙門堂 /三熊野神社男根/女陰
8西和賀町28湯川温泉高繁旅館金勢様
29白木野/疫病送り人形
9北上市30樺山遺跡配石遺構立石/ストーン・サークル
31白髭神社金勢様
32みちのく民俗金勢様
33諏訪神社金勢様
10奥州市34雌雄石(男石女石)陰陽石
35荒沢神社男根/女陰
11陸前高田市36産形(うぶかた)観音堂産形石男根/女陰
37神岩・陰神岩夫婦岩
12一関市38天王社夫婦巨石/子宝明神夫婦岩/金勢様

中には、これも別シリーズとなる「岩手県内の巨石の紹介」で紹介した「夫婦岩」系の巨石や、「民間信仰」シリーズで紹介した儀式もあります。

上記の表中、過去の列に「◯印」が付いている物は、過去に、何らかの情報として紹介した場所になりますので、今回は、軽く流す程度の紹介にしたいと思います。

さらに、画像等の情報として確認できた項目でも、何故、そこに祀られているのか等、背景情報が確認出来なかった項目もあります。

このため、背景情報が解らない項目に関しては、詳しい情報を掲載できないので、やはり場所や画像だけの紹介となります。

また、今回に限り、初回と言うことで「金勢信仰とは」と言う項目を設け、少し「金勢信仰」に関する情報も紹介したいと思います。

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ところで、「虫追い祭り」系の行事は、藁人形に「男根」、あるいは「女陰」を付けてはいますが、実際のところ、「金勢信仰」とは全く異なる信仰だと思います。

「虫追い祭り」は、後述する「金勢信仰とは」の章で説明しますが、恐らくは「道祖神信仰」と習合した儀式なのだと思います。

しかし、現在では、「道祖神信仰」の影響は全く見られなくなってしまいましたが、人形だけは、「道祖神信仰」の形が、そのまま継承され、その結果、藁人形に「男根」や「女陰」が付けられたのではないかと推測されます。

このため、今回は、「金勢信仰」がメインの話題ですが、敢えて、「虫追い祭り」も紹介したいと思います。

また、岩手県内では、現在、今回紹介する行事も含めて、次のような「虫追い祭り」系の行事が行われているようです。(※「白木野の疫病送り」は、虫追い祭りとは、若干趣旨が異なります。)

項番自治体行事名称習合
1二戸市蒼前神社/中沢の「虫まつり」
2二戸市高清水稲荷社「人形まつり」
3久慈市枝成沢「虫まつり」
4八幡平市横間「虫追い祭り」
5遠野市春風祭り
6西和賀町白木野の疫病送りの「藁人形」※
7奥州市胆沢区若柳市野々「虫送り

行事の名前は、「虫追い」、「虫送り」、あるいは「虫まつり」等と様々ですが、その目的は全て一緒で、「五穀豊穣」、「悪霊退散」、そして「虫追い」です。

また、行事内容も、ほとんどが「藁人形」を用いるのですが、奥州市の市野々(いちのの)地区の「虫送り」では、「藁人形」は使わずに、「桑の葉」を持って、地域を歩き回るのだそうです。

また、「藁人形」を用いる場合でも、「男根」だけの場合や、「女陰」まで付ける場合と、これも様々なパターンがあるようです。

後は、儀式の終わり方、つまり「藁人形」の始末の仕方ですが、これも「燃やす方法」と「川に流す方法」の二種類があります。

ブログにも記載しましたが、「燃やす」ならまだしも、村境で「川に流す方法」の場合、過去には、隣り村の住人と、トラブルになる事が多かったらしいです。

隣り村に、悪霊や虫を追っ払う訳ですから、そりゃトラブリますよね。

「自分達さえ良ければ」と言う考えは、普通に考えれば受け付けられない考え方です。

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と言う事で、今回は、前述の通り、「金勢信仰」の概要説明と、下記の2自治体、6個の情報を紹介します。

二戸市 :枋ノ木神社「金勢様まつり」

二戸市 :蒼前神社「中沢虫追いまつり」

二戸市高清水稲荷神社「福田人形まつり」

二戸市 :馬仙峡「夫婦岩

八幡平市藤七温泉「金勢神」

八幡平市 :横間「虫追い祭り」


それでは今回も宜しくお願いします。

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■金勢信仰とは

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「金勢信仰」とは、皆さんもご存知の通り、「男根」の形をした御神体を祀り、子宝、安産、縁結び、生殖器に関する病の治癒、さらには五穀豊穣や商売繁盛などを祈願する信仰です。

左の画像は、後ほども紹介しますが、「金勢信仰」発祥の地とも伝えられている盛岡市玉山区(旧:玉山村)の「巻堀神社」の御神体です。

「金勢」と言う字に関しては、次のような漢字で表記されています。

→ 金精、金清、金生、魂生、根性、根精

しかし、どの漢字が正しいのかは解りませんので、本ブログでは、「金勢」と言う漢字を用いる事とし、その他に関しては、各神社等が用いている表記方法に準じたいと思います。

また、御神体には、上図のように金属製の物もあれば、その他にも木造や石の御神体も存在します。

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さらに、この「男根」形状の物を崇拝する信仰は、日本のみならず、世界各地で行われており、古くはギリシアローマエジプト、あるいはインド等のアジア圏でも広く行われていました。

古代ギリシアギリシア神話の巨大な男根を持つ神々:パーン、プリアーポス等

古代ローマ :魔除けのお守り「ティティナブラム」

古代エジプト古代エジプトの神々:オシリス神、ミン神 等

インドヒンドゥー教シヴァ神象徴「リンガ」

ブータン :魔除けの「ポー」

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特に、皆さんも目にしたことがあると思いますが、映画「インディージョーンズ/魔宮の伝説」に登場する「シヴァ・リンガ」こそ、上記の通り、シヴァ神の性器を模した神聖なる石となります。

そして、この映画では、この石を御神体として祀ってある村から、御神体が盗まれたと言う所から、メインのストーリーが展開しています。

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このように、世界各地で「金勢様」、まあ海外では「金勢様」とは言いませんが、「男根」を崇拝する信仰が行われており、日本においても、古くは、縄文時代から、似たような信仰が行われてきたのではないかと言われています。

右の画像は、北上市稲瀬町にある国指定史跡「樺山遺跡」に見られる「配石遺構軍」、別名「ストーン・サークル」です。

これら「ストーン・サークル」に関しては、何を表しているのか、どのような儀式を行っていたのか等、詳しい情報は解っていませんが、石の形状等、見方によっては、これも「男根信仰」ではないか、とも言われています。

まあ、一般的には、縄文人の墓ではないか、と言う説が有力らしいですが、調査のために石の下を掘っても、人骨やリン分等、墓につながるものは、一切発見されていないとの事です。

また、このストーン・サークル群の傍には、縄文時代前期から中期に掛けて造られた竪穴式住居も見つかっているので、はやり葬儀とか祭祀を含む、何らかの儀式が行われていたと考えられています。


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そして、このような石棒状の「ストーン・サークル」も、日本はもちろん、当然、海外にも多数存在し、海外ではヨーロッパ先史時代に作成された物が多く、古いフランス語の「長い石」を意味する「メンヒル」と呼ばれています。

また、「メンヒル」は、巨石記念物(モノリス)とも呼ばれ、現在では壊れて、4つに割れた形で横たわっているそうですが、フランスブルターニュ地方には、推定で、高さ20メートル、重さ330トンのメンヒルがあります。

そして「モノリス」と言えば、また映画の話になってしまいますが、奇才スタンリー・キューブリック監督が作成した「2001年宇宙の旅」に登場する「モノリス」を思い出してしまいます。

ところで、ヨーロッパにおける、これら巨石遺構の多くは、残念ながら、後のキリスト教徒によって組織的に破壊されてしまったそうですが、これは、日本における、「廃仏毀釈」と同じ愚かな行為だと思います。

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一方、「メンヒル」と言う言葉/呼び方を「男根信仰」と結び付けたブログや記事を多く見かけますが、「メンヒル」とは、記念碑的な意味合いが強く、日本における「金勢信仰」とは異なる意味合いだと、私は思います。

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また、同様に、「立石様信仰」と「金勢信仰」を同一視する方も居るようですが、これも別ではないかと思います。

立石様信仰」は、「金勢信仰」とは異なり、「巨大な石」、あるいは「霊験あらたかな石」を、神が宿る神聖な石と考えて祀る行為なので、「生殖器崇拝」となる「金勢信仰」とは違うと思います。

今回紹介する「金勢信仰」、「男根/女陰信仰」、「夫婦岩/陰陽石信仰」、そして「虫送り信仰」は、一般的に言われる「生殖器崇拝」、およびそれに類似した行為になるかと思います。

これまで紹介してきた通り、この「生殖器崇拝」は、世界中、どこにでもある民間信仰で、日本と同様、男女の生殖器を象った物を御神体として祀り、子孫繁栄や五穀豊穣を祈願する信仰です。

これらの信仰は、現在の宗教が生まれる以前から、世界各地で行われていましたので、人類共通の信仰なのではないかと思います。

今、世界各地でテロが起こっていますが、中でも最悪なのが、イスラム教が関わる「宗教がらみ」のテロです。

イスラム教徒キリスト教徒シーア派スンニ派・・・、過去にはカトリックプロテスタント等、多神教を許容する今の日本人には、全く理解できない行為です。

世界中の人達が、今の宗教を廃棄し、古代のように「生殖器崇拝」を行えば、少なくても「宗教がらみ」の争いはなくなるのではないかと思えてしまいます。(笑)

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さて、日本における「生殖器崇拝」、特に「金勢信仰」の多くは、早くから神道習合して伝承されて来たと思われます。

中でも「猿田彦命(さるたひこのみこと)」とは、何時の頃からかは解りませんが、「金勢信仰」と習合し、現在では、「金勢様」を祀っている神社における祭神の多くは、「猿田彦命」となっています。

さて、「金勢信仰」と習合した「猿田彦命」ですが、これは「日本書紀」で使われている字で、「古事記」になると「猿田毘古神」となっています。(※本ブログでは日本書紀の表記を用います。)

ここで、少し「猿田彦命」について説明しますと、「猿田彦命」は、元々は、伊勢国(現在の三重県)に住んでいた「国津神(くにつかみ)」と言われています。

そして、「天照大神(あまてらす-おおみかみ)」の使者である「瓊瓊杵尊(ににぎの-みこと)」の天孫降臨の際、天の八衢(やちまた)と呼ばれていて、道が何箇所にも分岐している場所で、天から降りてきた「天津神(あまつかみ)」の一行を待ち受けていたと伝わっています。

その風貌は、「鼻長は七咫(あた)、背長は七尺、目が八咫鏡(やたのかがみ)のように天地を照らし、またホオズキのように照り輝いていた」となっています。(※咫:長さの単位、約18cm程度)

そこで、「天津神」側から、「天宇受売命(あめのうずめ-みこと)」が進み出て、名前と何をしているのかを問いただした所、自らは「猿田彦」と言う国津神で、天津神一行の道案内をするために、この地で待ち受けていた旨を伝え、一行を高千穂まで案内したとなっています。

その後、「天宇受売命」は、「猿田彦命」と結婚し、かつ「猿田彦」の名前を後世にまで残すために、「猿女君(さるめのきみ)」を変えた、と言う事が「古事記」に記載されています。

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そこで「猿田彦命」です。

上記のように、その風貌から「天狗」の原型と考えられており、また、「目が八咫鏡のように天地を照らし」とある事から、「天照大神」以前、古くから日本に存在した土着の「太陽神」であったとも考えられています。

さらに、「瓊瓊杵尊」の道案内をしたことから、「道祖神」や「賽の神」とも習合したと考えられております。

このため、各地の神社で行われる「神輿渡御」の際には、日本書紀/古事記等の故事に倣い、神輿、つまり「御祭神」を先導する役を担っています。

他方、「国津神」とは、上記のように、天上の神々を表す「天津神」に対し、古くから日本に居た、「大国主命(おおくにぬしのみこと)」等、「土着の神々」を表しています。

このため、「猿田彦命」は、国譲りの際に、「大国主命」の息子「建御名方神(たけみなかたのかみ)」が、「建御雷神(たけみかづちのかみ)」と争ったことを踏まえると、「国津神」側の裏切り者とも考えられていますが、その反面、「天津神」側の「天宇受売命」と結婚する事で、争いを避け、物事を穏やかに進めた事から、子孫繁栄、五穀豊穣、縁結び等の神とされました。

そして、これら「天宇受売命」との婚姻(性交)を含む一連の行為、並びに鼻の形状が、「猿田彦命」を「金勢信仰」と習合させた大きな理由になったと考えられています。

また、「猿田彦命」の名前の一字「猿(さる)」と、干支の「申(さる)」の発音が同じであることから、「猿田彦命」が、「庚申信仰」とも習合したと考えられています。

加えて、滋賀県にある「日吉大社」の眷属とされる「猿」と、この「庚申信仰」の「申」の関係から、「猿田彦命」は、日吉大社を篤く信仰する「山王信仰」とも習合したと考えられています。


以上の事から、下図のように、本来は、全く関係の無い各種民間信仰が、「猿田彦命」経由で習合してしまった事から、全てがゴチャゴチャに絡み合ってしまったと考えられています。

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例えば、「道祖神」と「金勢信仰」、「庚申信仰」と「金勢信仰」・・・

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道祖神」の場合、本来は、村境や国境に配置され、悪霊、疫病、そして悪鬼等、村に災いをもたらす者の侵入を防いだり、あるいは峠道や山道に配置され、旅の安全を願ったりするための神様であったと思われます。

また、「道祖神」=「塞(さい)の神」、と言うとらえ方もあります。

しかし、この「塞の神」も、また、やっかいで・・・「塞」と言う漢字に「賽」を用いる場合もあり、そうなると神様の意味が、全く異なる物になってしまいます。

詳しい話をすると、本ブログが、この話だけで終わってしまいますので、本ブログでは、「塞」と言う字を使った「塞の神」の説明をしますが、「塞」と言う字には、元々は「侵入を防ぐ」と言う意味があります。

このため、「塞」を言う字は、「要塞」等で用いられ、昔の中国では「塞」とは「万里の長城」を意味していました。

この事から、「塞の神」=「邪悪な者の侵入を防ぐ」と言う意味にもなり、これ、すなわち「道祖神」と同じ神様となります。

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ところが、何時の頃からか、「道祖神」や「塞の神」が、夫婦和合や子宝祈願と習合し、陰陽石男根までも「道祖神/塞の神」として祀られるようになってしまったようですが、その背後には、「猿田彦命」の存在があると思われます。

そして、「庚申信仰」と「金勢信仰」の習合ですが、「庚申信仰」に関する詳しい説明は、本ブログでは割愛しますので、過去ブログを参考にして頂ければと思いますが、この「庚申」の行事を行った記念に「庚申供養塔」を立てる決まりがありました。

★過去ブログ岩手の民間信仰 〜 聞いた事も無い信仰ばかり

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このため、昔は、至る所に、この「庚申供養塔」が建てられていたのですが、これも、何時の頃からか、「供養塔」の形が「男根」形状になって行き、そのため「庚申信仰」と「金勢信仰」が習合してしまったと思われます。

右上、および左の庚申供養塔は、岩手県ではなく、東京都新宿区築土の「築土八幡宮」内にある供養塔ですが、雄雌の猿が、桃の実を取ろうとしている場面が彫られています。

そして興味深いのは、この塔自体は、「庚申信仰」を表しており、かつ「猿」が描かれている事から「山王信仰」をも意味している点です。

さらに塔には、雄猿の「男根」が彫られおり、加えて猿が「桃の実」を取っていることから、子宝祈願をも表現している点です。

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ちなみに、塔を、裏から見たのが左の画像ですが、明らかに「男根」状態ですので、この塔1本で、「庚申信仰」、「山王信仰」、そして、「金勢信仰」を表現しています。

さらに、よく見ると、塔の上部には、「月」が彫られていますので、「月待信仰」までも表現していることが解ります。

1本の塔で、4つの信仰を表現する等、まさに日本人は、多神教を信じる都合の良い民族、と言うか合理性に長けた民族なのだと思います。

つまり、「1粒で2度美味しい」ではなく、「1本の塔で4つの信仰を表現している」事になります。要は、塔を4個建てなくても済むと言う事になるので、非常に合理的です。

この塔は、江戸時代の寛文四年(1664年)に製造されたものだと伝わっていますので、もはや「猿田彦命」自身は彫られていませんが、既に江戸時代には、これらの複数の信仰が、ゴチャゴチャに混ざり合ってしまっていたと推測されます。

それでは、これ以降のブログで、岩手県内に存在する「金勢信仰」の形跡を紹介したいと思います。

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■枋ノ木神社「金勢様まつり」/二戸市

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本シリーズの最初を飾るのは、二戸市石切所枋ノ木(こぼのき)にある、「枋ノ木神社」の「金勢祭」を紹介します。

現在の「枋ノ木神社」は、昭和六年(1931年)に、古くから、この地にあった「金勢大明神」を祀るために、祠を建てたのが始まりとなっていることが、境内の説明板に記載されています。

そして、この「金勢大明神」は、後日紹介する予定となっている、盛岡市玉山区の「巻堀神社」の「金勢様」の御分身を勧請したものだと伝わっているようです。

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御神体は、右の画像の通り、金色の「男根」となっていますが、材質に関しては、金属製なのか木製なのかは解らないようです。

また、現在の神社は、いつ再建したのかは解りませんが、上記の通り結構新し目となっており、神社内部も綺麗な状態です。

しかし、下記にある昔の画像を見ると、かなり荒廃していたようにも見受けられます。

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また、御神体は、当然、変わっていないようですが、昔は、御神体の他にも、立派な「金勢様」が祀られていたようです。

また、この「金勢祭」では、神輿山車にも「金勢様」が乗せられて街中を練り歩き回ります。

各種情報では、「神輿山車には御神体が載せられている」となっていますが・・・どうも御神体ではなく、別の「金勢様」が使われているようです。

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さて、この「金勢祭」ですが、毎年9月の第三土曜/日曜日に、JR二戸駅前付近で開催されます。

この「枋ノ木神社」は、見ても解る通り、境内と言うものが、ほとんどありませんし、神社自体は、二戸駅前から50m程度しか離れていないので、駅前のロータリを利用するのは都合が良いのだと思われます。

「金勢祭」では、神社で神事を行った後、神社から「御神体もどき」を載せた神輿が出発して町を練り歩きます。

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また、下記に掲載した神輿の他にも、4〜5台の山車も繰り出すようですので、「単なる田舎の村祭り」程度では無いような感じがします。

さらに、アトラクションとして、地元小学生によるマーチングバンドの行進や、仮装行列等も開催されるようです。

あとは、何故なのか理由は解りませんが、商店街を神輿が通ると、「水掛まつり」のように、見物客が、神輿に水を掛けるのが決まりのようです。

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山車の規模、つまり大きさに関しては、盛岡で開催される「八幡宮例大祭」の山車と比較すると、小さめですが、飾り付けは、本格的な「南部流風流山車」となっているようです。

南部山車」の基礎である「天」、「人」、「地」、そして「海」が取り入れられているように見えます。

表飾りも、「歌舞伎物」や「軍記物」等、本格的ですが、規模が小さい分、お囃子は表だけになっているようです。

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そして、他の「南部山車」と異なるのが「見返し」です。「見返し」とは、裏部分の飾り付けの事なのですが・・・

山車の「見返し」のほとんどが「金勢様」になってしまっています。

ここまで来ると、「さすが !」としか言いようがありません。

何でも二戸市では、この「金勢様」をキーワードに、新商品の開発等で、「町おこし」を図っているようです。

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右の画像の商品は、地元が開発した商品で、「金勢祭」当日に、境内で販売していたようです。

平日も、地元で販売しているらしいですが、場所が解らなかったので、詳しくは、二戸市観光協会(http://ninohe-kanko.com/)にお問い合わせ下さい。

後は、「とっこまつり」とか「とっこナイト」と言うイベントを開催しているらしく、このイベントでも「金勢グッズ」や、下記アイデア商品を販売しているようです。

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もう、「ここまでやるのか ?!」と言う勢いですが、これも「金勢パワー」なのかもしれません。

ちなみに、「とっこ」と言うのは、この地域の方言で「地域の人達が、食べ物を持ち寄って集まった会合」の事なのだそうです。

とにかく、この枋ノ木神社の「金勢祭」は、相当な物です。

しかし、この「金勢祭」自体、何時から行われてきたのか等、祭りの由緒に関しては解りませんでしたが、御神体が「巻堀神社」からの御分身であれば、南北朝時代以後だと思います。

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■蒼前神社「中沢虫追いまつり」/二戸市

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「蒼前神社」の虫追いまつり、通称「中沢の虫追いまつり、」に関しては、「民間信仰」シリーズで、既に紹介していますので、詳細は割愛します。詳しくは、下記ブログをご覧下さい。

★過去ブログ岩手の民間信仰 〜 聞いた事も無い信仰ばかりVol.3

また、「虫追いまつり」自体、数こそは少なくなってきていると思いますが、日本全国、津々浦々で行われている行事です。

岩手県内でも、この「中沢の虫追いまつり」、および、本ブログの後で紹介する下記二箇所における「虫追いまつり」を含め、前述の通り7箇所で「虫まつり」系の行事があります。

二戸市高清水稲荷社の人形まつり

八幡平市 :福田の人形まつり

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「中沢の虫追いまつり」では、男女二体の藁人形を作成し、毎年7/24日前後の土用入りの日に、この藁人形に悪神・悪霊祓いの祈願を込めた後、幡を立て、笛や太鼓を鳴らしながら村中を歩き回り、最後には、村はずれで、藁人形に御神酒を掛けた後、火を付けて、幡ともども焼き払う行事となります。

そして、この「中沢の虫追いまつり」では、男性の藁人形に「男根」を付ける決まりがあります。

他の地域の「虫追いまつり」では、「男根」の他に、「女陰」までも付ける所もありますが、ここ中沢では「男根」だけのようです。

また、「虫追いまつり」ではありませんが、同じように人形を使った行事としては、これも後で紹介しますが、秋田県との県境となる西和賀町で行われている「白木野の人形送り」があります。

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これら「藁人形」を使った行事の目的は、その行事毎に若干の違いがありますが、基本的には、上記の通り「厄払い」です。

藁人形」を作り、「藁人形」と一緒に地域を歩き回り、「藁人形」に疫病神を背負わせて地域の外に送り出す事が目的となります。

何故、藁人形が男女二体なのか ? また、何故、藁人形男根や女陰を付けるのか ? 等、明確な理由については解らないようですが、次のような理由が考えされているようです。

(1)「藁人形道祖神

(2)「男根=威力誇示」

(3)「女陰=村の入口」

(1)に関しては、本ブログの最初に記載したとおり、様々な信仰習合した事が原因だと思いますが、この「虫送り」と言う民間信仰も、「道祖神」と習合したのだと思います。

このため、男女二体の藁人形を作ったり、藁人形男根や女陰を付けたりするのだそうです。

(2)に関しては、学会で現在も論争中の考えらしいですが、平安時代に作成された「古語拾遺 」と言う神道系の書物に、「稲に虫が付いた時(あるいは害虫を防ぐには)、牛の肉と男根型の祭具を田の水口に置く(立てる)」と言う記述があるそうです。

この「男根を立てる」と言う行為が、害虫や悪霊に対する「威嚇行為」になると考える学者が居るようです。

また、(3)に関しては、ここ中沢では行われて居ませんが、女性形の藁人形に「女陰」を付けると言う事は、上記のように道祖神と同じ考え方がある一方、「女陰=村の入り口」を意味するから、と言う考え方もあるようです。


何れにしろ、男女一体の藁人形で、厄払いを行うと言うのが、この「虫追いまつり」の基本となります。

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高清水稲荷神社「福田人形まつり」/二戸市

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こちらの「福田の人形まつり」は、二戸市福田にある「稲荷神社」で、毎年8/16日に開催されている例大祭の行事となります。

この「稲荷神社」、何故か、近くの地名を付けて「高清水稲荷神社」となっていますが、単なる「稲荷神社」が正式名称のようです。

岩手県神社庁でも「高清水稲荷神社」と言う名称では管理されておらず、単に「稲荷神社」として管理されているようです。

この「稲荷神社」の創建や由緒等は一切不明のようですが、明治六年(1873年)に、「村社」に列格されたことは明らかなようです。

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また、この「人形まつり」も、何時から行われ続けてきたのかは、正確には解らないようですが、言い伝えでは、江戸時代後期天保四年(1833年)に起こった「天保飢饉(1833〜1836年)」の際、同時に疫病が流行ったので、疫病退散を目的に始まった行事となっているそうです。

この「福田人形まつり」では、男女二体、右の画像のように「男根」/「女陰」付きの藁人形を作り、神社で神事を執り行った後、山車(リヤカー?)に人形を乗せ、鉦や太鼓を鳴らしながら地域を回ります。

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この祭りは、疫病退散を目的に始まったと伝わっているので、祭り当日までに、身体の具合の悪い部分に「南部せんべい」を当て、「南部せんべい」に病を乗り移らせて神社に持ち寄り、藁人形に括りつけます。

また、地域を回っている途中でも、「南部せんべい」を回収します。

そして、付近を流れる安比川にかかる「沢口橋」に到着すると、橋の上で、藁人形を踊らせながら性交させ、最後には、橋の上から藁人形南部せんべいを投げ落として終了となります。

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この祭りは、神社例大祭ですので、当然、地元の子供達や、お盆休みで帰省した子供達も参加しています。

子供達は、藁人形に付いている物や踊りを見て、何を感じるのでしょうか ? また、大人たちは、子供に聞かれた時に、何と答えるのでしょうか ?

非常に興味があります。(笑)

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しかし、この藁人形・・・下流で回収しないのでしょうか ? そのまま、流しっぱなしなのでしょうか ?

こちらも非常に気になります。

まあ、藁も煎餅も、有機物なので、そのまま流しても害にはならないとは思いますが・・・下流の住民の方々は、流れてきた藁人形を見て、不快にならないのか、非常に心配です。

もしも、自分の住んでいる地域に藁人形が流れ着き、そのままになっていたら、悪霊や疫病も、そのまま居着いてしまうのではないかと心配になってしまいます。


最後に、この「福田人形まつり」に関しては、Youtubeにも動画がアップロードされていましたので、そちらのURLも掲載しておきます。

但し、1時間の長編ですので、ご覧になる場合は注意して下さい。

★2012福田の人形祭り:https://youtu.be/o1nqMWkkXF4

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■馬仙峡「夫婦岩」/二戸市

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二戸市の最後は、当地の有名観光スポットでもある「馬仙峡」にある「夫婦岩」を紹介したいと思いますが・・・ここは今まで紹介してきた内容とは、大幅に異なります。

今回紹介する場所には、見ても解かる様に、左右に巨大な2つの岩がそびえています。

向かって左側が「男神(おがみ)岩」、右側が「女神(めがみ)岩」と呼ばれているようです。

まあ、そう言われてみれば、左側の岩は先頭が尖っているし、右側の岩は真ん中に亀裂(割れ目)があるしで・・・何となく、それらしい雰囲気は醸し出しているようにも見受けられます。

しかし、他の記事では、「金勢様」を御神体として祀る信仰や、男根/女陰を付けた人形で厄払いを行う行事を紹介しましたが、この「男神岩/女神岩」に関しては、特に、この「夫婦岩」を祀る風習等はありません。

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元々、この「馬仙峡」と言う場所、および地名に関しては、二戸市出身の知事「国分謙吉」が、昭和二十五年(1950年)に、山梨県にある名勝「昇仙峡」を真似して名付けた場所として知られています。

この「夫婦岩」、および対岸の「大崩崖(おおほうがけ)」、さらには、その下を流れる「馬淵川(まべちがわ)」一帯を「馬仙峡」と呼び、現在は、「折爪馬仙峡県立自然公園」となっており、国指定の名勝にもなっています。

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ちなみに、「馬仙峡」と言う名称は、前述の通り、「昇仙峡」の名前を元に、先頭一字に「馬淵川」の「馬」を当てて「馬仙峡」にしたものです。

ところで、この「夫婦岩」ですが、日本一の高さと大きさを誇る「夫婦岩」となっており、「男神岩」は、馬淵川の川面から高さ180m、「女神岩」は、高さ160mとなっています。

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夫婦岩」は、硬い安山岩質の岩石から出来ており、長い間の浸食によってその景観美が作られたと考えられています。

「大崩崖」も、一枚の砂岩が、これも長い間の水食(水による侵食)を受けて、その断面が、山塊に露出した物と言われており、「夫婦岩」共々、「馬仙峡」の名勝だったのですが・・・何と、平成二十年(2008年)8月29日に、前月に降った大雨の影響を受け、「大崩崖」ならぬ「大崩落」してしまったそうです。

幸い、名前の由来になった「崖」は、まだ残っているようですから、観光地としては、それほどダメージは受けていないと思われます。

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また、秋には、紅葉の名所となっているらしく、ハイキングをしながらの紅葉狩りは、地元のみならず、県外からの観光客にも人気があるようです。

そして、一番人気なのは、「展望台」からの眺めと、直接頂上まで登り、そこから下を展望する事のようです。

本章の最初の画像を拡大して下さい。赤丸が付いている場所に、展望台があります。

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展望台を間近で見ると、右の画像のようになっているようです。

しかし、圧巻は、何と言っても、直接頂上まで行き、崖から下を覗くことだと言われていますが・・・

高所恐怖症の方のみならず、普通の人でも、崖の先端に行くのは、ちょっと無理があると思われます。

崖の先端まで行った方のブログから画像を拝借しましたが・・・私は「高所恐怖症」ではありませんが、これは結構キツいと思います。

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一応、危険防止のための柵が設けられているのですが・・・下記の画像の通り、脇から、誰でもすり抜けられますので、何のための柵なのか意味不明です。

先端には、祠が設置されているようで、「御神酒」等を備えているみたいです。

こんな場所では、「金勢様」が、縮み上がってしまいます。

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ちなみに、「男神岩」は、見れば解ると思いますが、「紅葉狩りの名所」であると同時に、「自殺の名所」にもなっているようです。

男神岩」に登られる方は、引っ張られないように注意して下さい。


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藤七温泉「金勢神」/八幡平市

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八幡平市にある「藤七(とうしち)温泉」に関しては、別シリーズ「岩手温泉」で紹介した温泉です。

★過去ブログ岩手の温泉〜山ばかりで湯も豊富 その2

ここの温泉の「売り」は、「標高1,400mの東北一高い場所にある露天風呂」と言うことで、夜に星空を眺めながら露天風呂を楽しめる事となっています。

が・・・温泉紹介にも記載しましたが、泉質は非常に良いようですが、宿泊設備等が古く、料理も不味く、その上、料金が高いと言う、余りお勧め出来ない温泉のようです。

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さて、この「藤七温泉」にある唯一の宿「彩雲荘」ですが、この旅館の中には、何故か「金勢様」がいらっしゃいます。

ここの「金勢様」はサイズが大きく、画像を見れば解ると思いますが、一番大きな「金勢様」は、ドアの入り口と同じ高さなので、相当なサイズです。

まあ、「金勢様」が置いてある理由が解らないと言いましたが、実は理由は明らかです。

昔から「温泉」と「子作り」は密接に結びついており、温泉に入ること以外、何もすることがないので、「子作りに専念するなら温泉」が最適と言われ続けてきました。

このため、「温泉旅行に行ったら妊娠した」と言う話が生まれ、その結果として、次のような「噂」の循環が始まります。

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「あそこの温泉にいったら妊娠した」

→ 「あそこの温泉は子作りに効果がある」

→ 「我が家では中々子供が出来ない」

→ 「噂に聞く、あの温泉に行ってみるか」

→ 「温泉に入り子作りに励んだら妊娠した」

→ 「やはり、あの温泉は子作りに効果がある」

→ 「お礼に金勢様を奉納しよう」

と言うことで、日本全国に「子宝温泉」や「子宝の湯」が、数多く生まれる結果となりました。

温泉」と「妊娠」に関する科学的根拠については何も解明されていませんが、やはり、温泉に入り、精神的にリラックスすることが、男性や女性に、良い効果をもたらすのではないか、と言われています。

本シリーズでも、この「藤七温泉」以外にも、「金勢様」を祀っている温泉を紹介しますが、日本全国を見渡しても、「金勢様」を祀っている温泉は、本当に沢山存在します。

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■横間「虫追い祭り」/八幡平市

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「横間」と言う地名に関しては、本ブログを書くための調査で、始めて聞いた地名でした。

数々の情報では「横間集落」と呼ばれている場所で行われている「虫追い祭り」なのだそうですが・・・

しかし「横間」と言う住所で探しても、具体的な場所が解りません。

しかし、JR花輪線に「横間駅」と言う駅があるので、その辺りが「横間集落」なのだと思います。ちなみに、その付近の住所は「八幡平市打田内(うつたない)」と言う住所になっています。

この「横間の虫追い祭り」ですが、その起源は、江戸時代中頃に起きた「天明の大飢饉」の最中、天明五年(1785年)で、この地を訪れた「法現」と言う山伏が、「五穀豊穣」と「悪病退散虫追い」を唱え、太鼓を打ち鳴らしながら練り歩いたのが始まりと伝わっているそうです。

「法現」と言う人物は、現在の青森県三戸郡南部町「三光院」の修験者で、この付近の「曲田・横間地域」の神社の建立に関わっていた事が、周辺各地の神社の棟札に刻名されている、実在の人物のようです。

前述の「中沢虫追いまつり」の起源は不明ですが、「福田人形祭り」が天保年間ですので、ひょっとしたら、この「横間虫追い祭り」が、現存する「虫追いまつり」では、県内最古の「虫追い祭り」なのかもしれません。

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さて、この「横間の虫追い祭り」では、祭り当日は、横間地域全世帯の住人が、藁を持ち寄って公民館に集い、男性は藁人形を作成すると共に、幡や太鼓の準備し、女性は料理を準備します。

そして、藁人形が出来上がると、塩、肴、御神酒を藁人形に献上して礼拝し、皆で軽食を取った(直会)後、太鼓や鉦を叩きながら「五穀豊穣、稲虫祓え、豊作祭りや〜」と、お題目を唱えながら地域を練り歩きます。

途中、何度かの休憩をとった後、隣町となる「曲田地域」の境において、お題目を三度唱え、藁人形を打田内川の川べりに置き、参加者全員で、この近辺では、健康に恵まれると伝わる、ネギに味噌をつけて食べて行事を終えます。

昔は、藁人形は、祭りの最後に川に流して、そのままにしていたそうですが、現在では、ちゃんと回収しているそうです。(安心しました・・・)

祭りの模様が、Youtubeアップロードされていましたので、URLを紹介します。

八幡平FANチャンネル:https://www.youtube.com/watch?v=tQDDsr3cav8


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今回は、「金勢様シリーズ」の第一回目として、次のような内容を紹介しましたが、如何でしたでしょうか ?

女性の方にとっては、ちょっと問題がある内容だったかもしれませんが、「セクハラ」ではありません。これも純粋な「民間信仰」の話となります。

●金勢信仰とは

●枋ノ木(こぶのき)神社の「金勢まつり」

●蒼前神社「中沢虫追いまつり」

高清水稲荷神社「福田人形まつり」

●馬仙峡「夫婦岩

藤七温泉「金勢神」

●横間「虫追い祭り」

「虫追い祭り」は、本ブログの最初にも記載しましたが、「金勢信仰」とは、その目的を異にしますが、「金勢信仰」自体は、子供が居ない方にとっては、本当に深刻な儀式です。

まあ、現在は、「妊活」と呼ばれているようですが、「不妊治療」は、少子高齢化社会になる日本にとっては、重要な問題です。

子供が居る方は、何とも思わないのでしょうが、その昔、江戸時代の武士階級にとっては、子供、つまり「跡継ぎ」の有無は、「お家」にとっては本当に大問題です。

「跡継ぎ」が居なければ、「お家断絶」となってしまいますので、「跡継ぎ」が居ない家では、最後には、「金勢様」にお縋(すが)りして、「子宝」を祈願するしか方法は無かったと思われます。

こうして、江戸時代には「金勢信仰」の最盛期を迎えたと思われますが、それでは、何故、東北地方にだけ、これだけ多くの「金勢様」が居たのかと言う疑問も浮かびますが、その理由は解りません。

まあ、「金勢信仰」は、日本全国において見られる信仰ですが、その数が多いのは東北地方です。

「子宝」を望むための信仰であれば、その他の地域、東北以外の地域においても、数多く祀られていても、おかしくないと思うのですが・・・その部分は謎のままです。

また、「金勢様」=「こけし」と言う説もあるようですが、この考えは、余り一般的では無いようです。

しかし、「こけし」も、東北地方に多く見られ、かつ、「子宝祈願」のために用いられた事もある、と言うことなので、「金勢様」=「こけし」と言う考え方も、あながち「嘘」ではないのかもしれません。

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「虫追い祭り」に関しては、その昔、農薬など存在しない時代は、お米に虫が付かないよう、またお米が病気にならないようにと、やはり最後に頼るのは、「神様」になったのだと思います。

まあ、現在でも、最後に頼るのは「神様仏様」ですが・・・

そして、昔は、お米に虫が付いたり、あるいは、お米が病気になったりするのは、「悪霊」の影響と考えられていたので、「藁人形」に悪霊を憑依させ、川に流したり、燃やしたりする事で、「悪霊」を村の外に追い出す必要があったのです。

次回は、「八幡平市」以南、盛岡市宮古市紫波町の「金勢信仰」を紹介したいと思います。特に、盛岡市には、「金勢神社」の起源とされる有名(?)な神社がありますので、ご期待下さい。

それでは、宜しくお願いします。

以上

【画像・情報提供先】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

岩手県神道青年会(http://ganshinsei.jp/)

公益財団法人岩手県観光協会(http://www.iwatetabi.jp/)

・映画「インディージョーンズ/魔宮の伝説」は、ルーカスフィルムが制作した映画です。

・映画「2001年宇宙の旅」は、MGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)社が制作した映画です。

・「日本的霊性」を問い直す(http://mitizane.ll.chiba-u.jp/metadb/up/ReCPAcoe/kamata31.pdf)

・東北文化財映像研究所ライブラリー映像館(https://www.youtube.com/user/asaproabe)

神道グノーシスの旅(http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-entry-253.html)

株式会社 エム・システム】
本      社  :〒124-0023 東京都葛飾区東新小岩8-5-5 5F
           TEL : 03-5671-2360 / FAX : 03-5671-2361
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