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備忘録

2011年01月21日(Fri)

[][]今日の更新 今日の更新を含むブックマーク 今日の更新のブックマークコメント

 久しぶりの更新がこれというのもなんなんですが。勢いで書きました。基本的に消すつもりはありません。でも、まちがいがあったら修正します。私の知らないことのほうが多いので、何かありましたらご指摘いただけますと嬉しいです。

 今年もよろしくお願いいたします(遅)。

[][]亜庭じゅんさんについて 亜庭じゅんさんについてを含むブックマーク 亜庭じゅんさんについてのブックマークコメント

 私が書くのもおかしいのだけど、ネット上にあまり参照できる場所がないようなので、自分用メモも兼ねて亜庭さんについて私が知っていることをまとめます。

 

 亜庭じゅんさんは、1950年名古屋生まれ。

 関西の大学に進学。在学中にマンガ批評同人誌「まんがジャーナル」を発刊。グループ(サークル)名は「構雄会」*1。ただし、おくづけの発行元は「どくろ仮面社」と記載されており、それぞれの名称をどう使い分けていたのか不明。発行者は高宮成河さんになっています。この同人誌は2号をもってで終刊。1号は「まんがジャーナル」、2号は「漫画ジャーナル」という表記。

 1975年、就職のため東京へ。「漫画ジャーナル」と「いちゃもん」(コミック・プランニング・サービス)が合併するかたちで、漫画批評集団「迷宮」が発足。正確なサークル名はその時々の西暦2ケタが末尾につきます(1975年だったら「’75」)。会誌名は「漫画新批評大系」。

 くわしくはwikiの項目「迷宮 (同人サークル)」を参照。

 「迷宮」が事実上の運営母体となって1975年にコミックマーケット立ち上げ。このあたりのことは『コミックマーケット創世記』(霜月たかなか/朝日新聞社 朝日新書)を参照。

 1980年に創作まんが同人誌即売会・MGMを創設*2。代表に。2007年までに97回開催。

 まんが批評家としての亜庭さんの仕事を説明するのはむずかしいです。

 私が読んでいるのは「あっぷるこあ」*3の「薄明の現在」(高宮さんと共著)・「大阪漫画史」*4以外だと「漫画新批評大系」に掲載されたものくらい。図書館に入っている「漫画新批評大系」以外は参照しにくいと思います。迷宮以前には、「あっぷるこあ」「漫画ジャーナル」に発表。ライターとして記名原稿をいろんな雑誌に書かれているのだろうけど、私は具体的な情報として持っていません*5。それ以外にも1970年代〜1980年代にかけて「劇画アリス」あたりの雑誌やムック掲載の「迷宮」名義等の匿名原稿を発表されているのにも亜庭さんが書かれたものが多いと推測されるし、他にも無記名の仕事はあるはず。この手のものは今となっては追うのがむずかしいです。

 2008年に朝日新聞出版で『竜神沼』(石森章太郎)を復刊した際の特設ページにて、AJ名義で解説を書かれたのが、私が知るかぎりでは最後の発表原稿です*6

 2011年1月21日、亡くなられました。

 ネット上では、COMITIA事務所blogで訃報が最初に出たのではないでしょうか。

  http://blog.livedoor.jp/comitiastaff/archives/65947035.html

 川本耕次さんのブログでも触れられています。

  http://shadow-city.blogzine.jp/net/2011/01/post_17f5.html

 2010年10月23日に米沢嘉博記念図書館で霜月たかなかさん、高宮成河さんと一緒にトークイベント「コミケ誕生打ち明け話」 に出演されたのが人前に出られた最後でしょうか。この時、すでにご自身の病状はご存知だったはず。

 

 私の理解では、亜庭さんの魅力は文章。運動系にありがちといわれればそういう文体なんですが、煽る文章でとにかくカッコイイ。亜庭さんについて知らない人に対して「当時のおたく界一のモテ(特に批評系男子)」と私は説明しています。私はほぼ接点がないにも関わらず2回ほどお目にかかる機会を得ました。なんとも魅力的な雰囲気の方で、自分の説明がまちがっていなかったと確信がもてました。

 亜庭さんの影響は1970年代末以降のまんが批評のいたるところに認められます*7。けれども今となってはそれを追うことはほとんどできません。ここからは私の妄想も入ってくるのだけど、私が仮に1980年代前半にまんが批評の単行本の企画を持っている編集者だったら、亜庭さんにほぼ1番に依頼したと思います。1980年代前半までにコミケット参加世代が主体となったまんが批評本が何冊か刊行されました。まだ数人しかまんが批評の本を出していない時代です。亜庭さんはその数人に入ってもおかしくないどころか当然の存在だったと思います(たぶん企画はあったはず)。

 亜庭さんが単著を持っていないことが私には残念でなりません。

 


*1:この名称は「まんがジャーナル」参加者Gomiさんのサイトで確認。http://homepage3.nifty.com/nakagomi/favorites/comiket.html

*2:コミケットを離れてMGM創設と説明されていることがあるようだけど、個人的には「離れた」というところに疑問を持っています。ちゃんと調べていないのでカン違いかもしれないのですが、MGM創設はスタッフとして中心的な立場でなくなった時期より早いのでは? 要調査。
また、このころ創作系同人誌を何冊か発行されています(私が把握しているのは「星くず」)。他にも内輪むけの同人誌有。

*3:「COM」亡き後、ぐら・こん関西支部の後継を目指して発刊された同人誌。

*4:こちらはタイトルうろおぼえ。あとで調べて修正します

*5:検索すると「ふゅーじょんぷろだくと」の記事なんかがヒット。読んだものも多いはずだけど、亜庭さんの仕事としては特に記憶に残ってないです。このあたりは記憶混濁なのか本当に読んでいないのかがわかりません。

*6:このページは現在は消去されています。

*7:たとえば、米沢嘉博さんの文章が迷宮参加のあたりでグイッと変わっているのは明らかに亜庭さんの影響。

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