Hatena::ブログ(Diary)

ムイカリエンテ への道

2018/03/20 (Tue) 鈴鹿の森

[]しだれ梅の園 しだれ梅の園を含むブックマーク

糸のような細い雨が音もなく降りはじめた。

前を歩く白髪夫婦距離が縮まらぬよう、

土の匂いがたちのぼる小径をゆっくりと歩いていった。

何も言わずに連れてこられたのであろう...

少し下がって歩く夫人はどこか拗ねたようにうつむいている


門をくぐり目隠しになっている通路の先で

庭園が視界に入った瞬間、夫人の横顔がぱっと華やいだ。

まあ素敵と声をあげ、黙って前を歩く夫を小走りで追っていく...

二人の小さな後ろ姿の向うには、枝垂れ梅が雲のように咲き乱れていた。

f:id:mui_caliente:20180320115445j:image

f:id:mui_caliente:20180320123410j:image

花が降っていた... 滝が流れ落ちるように降っていた。

雨も霞むほどに いっせいに花が降り注いでいた。

f:id:mui_caliente:20180320115001j:image

f:id:mui_caliente:20180320114750j:image

花降る軌跡を留めたような、しなやかな放物線のうえに浮かんだ花びらに雨粒が光りそして滴る。

散った花びらは、やわらかな土のうえに降り積もって濡れていた。

f:id:mui_caliente:20180320115600j:image

美しい時間はあまりに儚くて、そして足りなくて...

なんとか押し留めようとあがいてみても、時は容赦なく流れていく

堕ち行く花に追いすがって伸びたような細い枝が健気で愛しい

f:id:mui_caliente:20180320122346j:image

鈴鹿の森庭園...一本だけでも見事な大枝垂れ梅が、

ここには200本以上も各地から集められているという。

そのすさまじい花々がいっせいに開き、そして散っている。

生と死とそのあわいのいのちの姿が、錦絵のように眼前にひろがっている。

f:id:mui_caliente:20180320122248j:image

愛する気持ちを胸に宿したとき私たちが手にしているのは悲しみの種子である

その種には日々、情愛という水が注がれ、ついに美しい花が咲く。

悲しみの花は、決して枯れない。

それを潤すのは私たちの心を流れる涙だからだ。

生きるとは、自らの心のなかに一輪の悲しみの花を育てることなのかもしれない。

     若松英輔『悲しみの秘儀』


儚く散るとわかっていても...否、儚いからこそなお人は花を愛でずにいられない。

いつか別れの時が来ると知りながら、人は人を愛しまずにはいられない。

一輪の悲しみの花を育てているのかな...

f:id:mui_caliente:20180320115613j:image

ここにはどれだけの花が咲いて堕ちていくのだろう

あの夫婦の姿は、もう僕のいる場所からは見えなかった。

今ごろこの庭園のどこかで、この奇跡のような花を見上げながら

寄り添って春の慈雨に打たれているのかもしれない。


僕は再び細かい砂利を踏んで歩きはじめた。

どこかで母親子供を呼ぶ声が聴こえた。

f:id:mui_caliente:20180320122510j:image

f:id:mui_caliente:20180320123037j:image

都忘れ都忘れ 2018/08/12 21:33 ムイカリエンテさま



お久し振りです。欠かさずブログを読ませて頂いております

お元気そうで安心致しました。

毎日異常な暑さの連続で、少し参っておりました時、このブログに出逢う事ができました。

この日は霧雨が降っていたのですね。写真に濡れたような膨よかさが現れていて、枝垂れ梅が更に柔らかさに包まれているように見えます。

今まで一度も見たことがないような絢爛な枝ぶりが、もしかして、気持ちが少しささくれておられたご夫婦に、笑顔をもたらす程だったのですね。

いつか一度、私もこんな梅に出会ってみたいものです。

写真の見事なばかりの美しさにも、文章の流れの滑らかさにも、とても心が和みました。若松さんの挿入文にありました「涙」とは、散りゆく梅への貴方の情愛なのだろうとふと思ったり致しました。

またコメントさせて頂きます。

いつもありがとうございます★彡

ムイカリエンテムイカリエンテ 2018/08/12 21:43 ♪都忘れさま
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
あの日は、雨が降ったりやんだりしておりました。
しかしその雨が散りはじめた枝垂れ梅を濡らし、地に堕ちた花びらを濡らして
かえっていのちが艶やかに輝いて見えましたり、物悲しく見えたりしていました。
いのちの美しさを目の当たりにしたとき、人は傍らにいる人を慈しむ心が芽生えるのではないでしょうか?あのご夫婦もきっと、この別世界のような梅園のなかでお互いを見つめ直したのかもしれません。
散りゆく儚いいのちへの愛おしさ...少しでも伝わったのであれば幸甚です。
ありがとうございます。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20180320

2018/02/27 (Tue) 京都府立植物園

[]春の気配 春の気配を含むブックマーク

すこしだけゆるんだ寒気の底に、熟れた蝋梅の香りがたゆとうていた。

くすんでしまった蝋梅の花を囲むように植えられた梅の木の細い枝先で

小さな蕾がぽつりぽつりとほころびはじめていた。

f:id:mui_caliente:20180227152558j:image

花びらも動かぬほどの微かな空気の揺らぎにしたがって

すでに傾きはじめた午後3時の弱々しい陽射しが、戸惑うように揺らいでは

咲き始めた梅の小さな花びらをまばらに染めながら大気に吸い込まれていった。

f:id:mui_caliente:20180227151903j:image

京都の伏見で仕事を終えて、帰りに市営地下鉄に乗った。

なんとなくこの街を離れがたく...かといって名所に行くほどの元気もなく

地下鉄の路線図を見上げているうちに、この先に植物園があったことを思いだした。

滋賀に居た8年前、京都の漬物工場に打ち合わせに来た日に早く着き過ぎて、ここに寄ったのだった。

多分今ごろの季節のはずであったが、門から入った風景以外になんの記憶も残っていないのは

生きることに希望を失って茫然としていたからに違いなかった。


幻の光に誘われるままに踏み入れてしまった迷路分岐のその先に、もう行き止まりの壁が見えていた。

道を踏み外してからこの方、何度も何度も突き当たってきた壁だった。

冬枯れの薄暗い道には、歩いても歩いても春はどこにも見当たらなかった。

きっとあの日は、ベンチにへたり込んで焦点の合わなくなった眼で足元ばかり見ていたのかもしれない。


そうしてみると、いまは少しだけ明るくなってきたのかな

今日のこの陽射しのように...まだまだ春とは言えないまでも

空を花を見上げている自分がいる。

あの日とは違った自分が、ここに立っている。


先の見えない薄暗い迷路には変わりはないけれど

諦めなければならないことばかりの情けない日々だけれど...

それでも決して負けないと、あのお方に誓ったから...

先日不意に届いたお手紙

「いつも見ています」という慈愛の一言に、胸が熱くなった。


今年の冬は厳しかったな...

それでもこうしていのちは芽吹き、いのちは開いく。

生きなければ...

f:id:mui_caliente:20180227154745j:image

f:id:mui_caliente:20180227150422j:image

冬の日はみるみるうちに光を失っていくように思えた。

楠の並木差しかかった時、その大木の影に大きく傾いた陽光が射しこんだ。

その瞬間、薄暗い木陰に咲いていたマンサクの情けないような細い花びらの穂先が不意に光った。

その金色の火は次々に燃えひろがっていった。

僕はただ呆然と、その輝きを見上げていた。

そしてその火が、胸のなかに燃え移ったような気がした。

f:id:mui_caliente:20180227150155j:image

f:id:mui_caliente:20180227150622j:image


おまけ

別の日の梅@愛知

f:id:mui_caliente:20180220133529j:image

f:id:mui_caliente:20180220140914j:image

f:id:mui_caliente:20180220141414j:image


おまけのおまけ

『虎ばん』の晩ごはん

f:id:mui_caliente:20180227224101j:image

f:id:mui_caliente:20180227214839j:image

f:id:mui_caliente:20180812193816j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20180227

2018/01/27 (Sat) 海の吹雪

[]冬の漁師小屋 冬の漁師小屋を含むブックマーク

真っ暗な雲の下で、風に煽られて大きく膨れ上がった波が、

碧くなったり黒くなったりしながら、幾重にも折り重なるように岸に押し寄せていた。

f:id:mui_caliente:20180125162224j:image

強烈な風に何度も圧し倒されそうになりながら、僕は浜辺に向ってゆっくり歩いていった。

から吹き上げてくる雪は、羽虫のように正面から襲いかかり、

全身にぷつぷつと当たっては、そのまま吹き飛ばされていった。

切り裂かれるような痛みの後に顔はびりびりと痺れていった。

f:id:mui_caliente:20180125160500j:image

捨て置かれた小舟の縁につかまり、轟々と荒れ狂う海を見渡した。

仲間からはぐれた鳥が一羽、飛び立つこともできずに波打ち際をよるべなく歩きまわり

そのはるか向こうの河口のあたりで、硬直した鹿の死骸が波に洗われていた。

耳元をかすめる風の音が激しくて波の音さえ聴こえなかったが

冷え切って痛みを感じ始めた脳の中には、何故か美しい音楽が響いていた。


皮膚の痛みが増すほどに、呼吸が苦しくなるほどに

生きている実感が湧き上がり、自分のいのちが愛おしいと思った。

こんな厳しい風のなかに立ったことはなかったな...

吹き飛ばされていく雪の粒が、生きてきた時間のように思えた。

時間は凄まじい速度で永遠に飛び去っていく

自分もそんな時間に晒されて老い衰えてしまったけれど、

それでもこうしてここに立っている。

f:id:mui_caliente:20180125161053j:image

f:id:mui_caliente:20180125164604j:image

廃船の両隣には朽ちかけた漁師小屋が建っていた。

いつからここに立って海を見てきたのか...

かつては子どもたちが駆け回り煙突から煙もあがっていたのだろうが

いまは明かりも灯らないガラス窓に雪がへばりついていた。


ふと思いついて背後の土手によじ登った。

大海原をまっすぐに見据えて暴風の中に老兵たちが黙って立っていた。

その中ほどに脚を踏ん張って立っている自分の後ろ姿が見えた。

ここで、こうして生きていくしかないのだ....

f:id:mui_caliente:20180125161922j:image

いつしか途切れた雲の間から光が射しこんで、遠くの海が輝きはじめた。

浜辺に立っている自分の眼が空の色に染まっているような気がした。

f:id:mui_caliente:20180125162255j:image

f:id:mui_caliente:20180125164141j:image

f:id:mui_caliente:20180125161835j:image

都忘れ都忘れ 2018/07/09 23:09 ムイカリエンテさま


なんと寂しい、なんと枯れ果てた海の風景でしょう…
多分日本海の町に違いないでしょうが、宮本輝さんの著書『海岸列車』や『幻の光』『睡蓮の長いまどろみ』がこのブログを読んでいて、浮かび上がりました。
そして、貴方の身体や顔に当たってくる無数の硬い雪の礫は、どんな過去の苦しみを喚起させているのかと思うと…少し悲しくなりました。
もし自分が同じ地に立っても、同じ思いには至れずとも、人間の生きることの悲しい闘いは感じる事ができます。
心揺さぶる文章をありがとうございます。


もしかしてムイカリエンテさんは偉大な詩人?(^.^)
萩原朔太郎さんの下記の詩は多分ご存知なく書かれておられるのでしょうが、日本の偉大な詩人と心が溶け合っていますよ!



 沖を眺望する 萩原朔太郎



ここの海岸には草も生えない

なんといふさびしい海岸だ

かうしてしづかに浪を見てゐると

浪の上に浪がかさなり

浪の上に白い夕方の月がうかんでくるやうだ

ただひとり出でて磯馴れ松の木をながめ

空にうかべる島と船とをながめ

私はながく手足をのばして寢ころんでゐる

ながく呼べどもかへらざる幸福のかげをもとめ

沖に向つて眺望する。

ムイカリエンテムイカリエンテ 2018/07/09 23:15 ♪都忘れさま

コメントいただき、ありがとうございます。
詩人だなんて...とんでもありません。
萩原朔太郎が書いた詩は、こんな海の前だったのかもしれませんが
僕のはとても詩などとは言えません。

生と死と...
厳しい自然の光景のなかには、そのどちらも存在しますね。
たまたまみかけた風景を描写しただけなのですが
生きようとする鳥と、死んでしまった鹿と...
なんの違和感もなく、そこにありました。

何が言いたかったのかわかりませんが
想い出すままに書きました。
宮本先生の小説と少しでも通じるところがあると感じていただけたのは
嬉しいことです。
ありがとうございます。

ムイカリエンテムイカリエンテ 2018/07/09 23:21 ♪都忘れさま
追伸
萩原朔太郎さんの詩...存じませんでした。
多分教科書くらいでしか読んだ記憶もなく...
素敵な詩をご紹介いただき、ありがとうございます。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20180127

2018/01/26 (Fri) 八尾の雪

[]雪をかく老婆 雪をかく老婆を含むブックマーク

郵便局の赤い車が行ってしまうと

そのまっすぐな雪の坂道は静寂に包まれていった。

目の前も霞むほどの雪は

風のない大気のなかをスローモーションのように

しかし止めどなく降り続けていた。

f:id:mui_caliente:20180125130720j:image

おわらの夜に人で埋め尽くされたこの石畳の坂道に

いまは分厚い雪が降り積もり、人影はひとつとしてなかった。

息が苦しくなるほどの雪のなかを一歩また一歩と

僕はのぼっていった。

傘にあたる乾いた雪の音と、雪を踏むきしむような音以外には何も聴こえなかった。

f:id:mui_caliente:20180125124316j:image

そのとき、雪に煙る坂道の途中で不意に浮かび上がった一人の人影...

老婆が一人 雪をかいていたのだ。

家の前なのか...石畳の通りの端から端にスコップで雪を寄せては

山の水か流れている「雪流し」という側溝のふたを開けて、どさりと落とす。

雪の大きな塊は、水の流れに吸い込まれるように消えてゆく...

f:id:mui_caliente:20180125124420j:image

しかし、なぜこんな大雪のなかで彼女は雪をかいているのだろう...

街の人々は家に籠って、誰一人外を歩く人もいない

雪はますます烈しくなるが、老婆はそんなことには目もくれず

ただ黙々と雪をかいては、雪流しに落としている。


雪の降り積もる坂道のそこだけ、石畳がのぞいて見える。

おわらの列が通り過ぎた石畳が...

f:id:mui_caliente:20180125130626j:image

老婆の横を通りすぎて、しばらく歩き

南天の紅い実のなる軒下から坂道を振り返る。

かいてもかいても雪はまた積もっていくのに

それでも彼女雪かきをやめない。

家族も誰もいないのか、ただひたすら憑かれたように雪をかく


僕が見ている間だけでもどれほど往復したのだろう

老婆のその動きを見ているうちに

彼女が何かを祈っているようにみえてきた。

誰にもわから彼女だけの儀式であるかのように

誰もいない大雪のなかで、一心に雪をかいては落とす。


彼女が、雪落しに落としているものは寂しさか...

胸に浮かぶのは遠き日の思い出か...

おわらの夜の賑いは、かえってこの街日常を寂しいものにする。

雪の降る日には、そんな想いが溢れるのかもしれない。


人はみな誰にも理解されない寂しさを抱いて生きている。

それでも生きていくには、自分で涙をぬぐわねばならないのだろう。

老婆は自分でその寂しさをこうして振り払っているのだ。

f:id:mui_caliente:20180125130448j:image

坂道をさらに上へと昇りはじめたとき

雪はいっそうに激しく降りはじめた。

彼女心配になって振り返ると、その姿は雪煙に紛れて見えなくなっていた。


僕は空を見上げた...そして誰かに手紙を書きたくなった。

f:id:mui_caliente:20180125130937j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20180126

2018/01/22 (Mon) 白椿

[]無名の悲しみ 無名の悲しみを含むブックマーク

降りしきる雪のなかでその花に出会った。

深い緑の葉陰に身を隠すようにして、その白い椿は

降りかかる雪よりもなお白い悲しみをまとって

雪の降り積もる大地をじっとみつめていた。

f:id:mui_caliente:20180122160305j:image

午後から降り出した激しい雪は、瞬く間に街を包んでいった。

車も人も途絶えた通りを、窓辺に立ってぼんやりと眺めながら、

雪のなかを歩きたくなってふらふらと出かけた。


灰色の空を竜がうねるように逆巻く雪を見上げながら

静まり返った街を抜けて、宛てもなくただ歩いた。

f:id:mui_caliente:20180122154934j:image


住宅街を抜けた畑地への真っ白な一本道で

ふと振り返ると、その花が咲いていたのだった。


その花の悲しみはどこから来るのか...

「何を悲しむのやら分かりませんが、

 心が泣いておりました」(中原中也「朝」より)

この一節は、中原中也の生涯を痛切なまでに表現している。

自分が悲しいから泣くのではない。世にある無数の、無名の悲しみが詩人に宿るのである

  若松英輔小林秀雄 美しい花』 「信仰と悲しみ..中原中也


寂しい場所でひとりで咲いて、明日にはぽとりと堕ちてゆく

しかし、彼女の白い悲しみは、儚いいのちゆえの悲しみではないのだろう

世の悲しみを...無数の無名の悲しみをわが身に引き寄せて

そしてあんなにも真っ白に咲いたのだと思う。


見渡す限り誰もいない銀世界のまんなかで

僕たちはしばらく見つめ合っていた。

こんなに激しい雪の日に、あてもなく歩いてきたその道で、

彼女に出会ったことが、ずっと前から約束であるように思えた。

生きる方途を見失った僕に、いのちの美しさをしめしてくれた。


現実問題解決しなくとも、それにたちむかう新しい力が湧きあかってくる。

現実世界は苦悩にみちみちていても、それはもっと大きな世界の一部にすぎず、

そこに身をおいて眺めれば、現世でたどる人生のもろもろのいきさつは、

影のようにみえてくる、重要なのは、今自分のうちにあり、

自分とりまくこの大きな力のなかで生きていることなのだ、その力が宇宙万物を支えているのだ。

  神谷美恵子『生きがいについて』


神谷美恵子さんの姿にも重なるな...

ハンセン病出会い、そしてそこに身を捧げていったあの慈悲の根底はやはり悲しみだったのだ。


悲しみの川を泳がずして、幸福彼岸には渡れないのかもしれない。

その川が深かったとしても、負けないように...枯れないように...生きねばならぬ


降りやまぬ雪の中で花は不意に微笑んで、もう行きなさいと言った気がした。

厚い雲の上をゆく太陽はいまどこにあるのだろう…

僕は、来た道をゆっくりと歩きはじめた。



++++++++++++++++++++++++++++++++++

帰り道で出会った 山茶花 蝋梅

f:id:mui_caliente:20180122152411j:image

f:id:mui_caliente:20180122152332j:image

f:id:mui_caliente:20180122153832j:image

f:id:mui_caliente:20180122161612j:image

f:id:mui_caliente:20180122161542j:image

f:id:mui_caliente:20180122161430j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20180122

2018/01/18 (Thu) 山茶花の径

[]冬枯れのなかに 冬枯れのなかにを含むブックマーク

閉園間近の植物園切符を買って門をくぐった。

閉門までにはお戻りくださいと言いながら、係員が怪訝な顔で半券を切る。

僕は、日没の迫った緩やかな坂を急ぎ足で登っていった。


名古屋での仕事を終えてホテルに向かう途中、東山動植物園の前を通り、不意に車を停めた。

冬の植物園に、なぜ衝動的に足を踏み入れたくなったのか...

自分でもよく解らないまま、緑さえ乏しい枯葉色の道を歩いていった。

f:id:mui_caliente:20180118162527j:image


僕はひどく疲れていた。

正月2日に施設から帰った父が高熱を出して夜中に救急搬送され、誤嚥肺炎と診断された。

酸素チューブを鼻に差しこまれて強制的に呼吸をさせられ、意識朦朧として目を閉じたままの父を見て

このまま命の火が消えてしまうのだろうかと思った。

父の生命力は、それを覆して数日後には熱も下がり意識も戻ったが

認知症はさらに進んで、とうとう僕のことさえわからなくなってしまった。

去年の秋ごろから父の行動がおかしくなっていったのは、施設の紹介で行った精神科の処方した薬のせいだと信じている母の

施設ケアマネに対する不信と怒りは収まらず、間に立って病院との調整に右往左往した年の始まりだった。

仕事も誰もが目を背けるような仕事ばかりで数字も出せず、会社に戻れば下を向いているしかない自分

先の見えない冬枯れの道を歩くような日々に、疲れ果てていた。

f:id:mui_caliente:20180118155819j:image

枯葉の積もるその道を、うつむいたまま歩く...

鳥も鳴かない乾いた空気のなかに、かさかさと自分の跫だけが聴こえる

閉門の時間が気になりだして、そろそろ引き返そうと思ったとき

目の前の石段に赤い花びらが積っているのが見えた。

f:id:mui_caliente:20180118160211j:image

ふと見上げると、陽の当たらない薄暗い木立の中に立つその山茶花の木には無数の赤い花が咲き乱れ、

そして時折その真紅の花びらが冷たい大気のなかをはらはらりと舞い落ちていた。

僕は花を踏まぬようにその木の下まで行って、時間も忘れて祈るような気持ちでその花を見上げていた。

何を祈っていたのか...父の回復をか...仕事のことか...否、そんなことではなかった。

この世に生まれて、こうしてこの場所に立てたことに...

こんなに厳しく寂しい季節に咲いては散ってゆく美しい花に出会えたことへの感謝の祈りであった。

すべて受け入れよう...願ってここに生まれこうして生きているのだ

f:id:mui_caliente:20180118163233j:image

雲が切れて、大きく傾いた西陽が森のなかに射しこんだ刹那

その紅い花は、陽射しを吸い込むようにいっせいに輝きはじめる。

氷のような緊張がほどけていくような気がして西の空を見ると

自分の頬にも朱い陽射しが当たっているのだということに気が付いた。

f:id:mui_caliente:20180118161654j:image

ほっとした気持ちで坂道を降りていくと、不意に甘い香りが鼻をかすめて風の方を眼をやると、

梅の花がまるい蕾からぽつりぽつりと透きとおった花びらを開いて、暮れゆく空のしたで星のように浮かんでいた。

f:id:mui_caliente:20180118161351j:image

f:id:mui_caliente:20180118161321j:image

閉門時間が迫ったことに気が付いて、ぼくは坂道を走りはじめた。


f:id:mui_caliente:20180110164308j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20180118

2017/12/27 (Wed) ともやまの夕陽

[]大事な友と... 大事な友と...を含むブックマーク

伊勢湾岸道から桑名に入った入ったあたりから雨になり、員弁川に沿って北上していくうちに、霙が混じりはじめた。

仕事を終えて建物から出てくると、それは吹雪きとなって吹き荒れ、鈴鹿山脈の稜線さえも見えなくなっていた。

三重県の天気予報は晴れだったのに...

二人と一緒に観ようと約束していたあの美しい夕陽は、今日は観れないのかな...

「今から出発するよ」とLINEを入れた。


数日前...うどん屋『かめ吉』の大将に連絡して

久しぶりに三重に泊まることにしたので、会いに行きたいと言うと、ゆっくり一緒に過ごしたいから店の営業を休むという。

年末の稼ぎ時に一日分の売り上げをふいにするのは申し訳ないから、閉店後でいいと言ったのだが、もう決めたから一緒にともやま展望台で一緒に夕陽を見ようと誘われた



単身赴任をしていた志摩で、開業したばかりの『かめ吉』にふらっと入ってから12

うどんが美味しいので毎日のように食べに行き、ご夫婦とも気が合って、閉店後に一緒に飲み歩いたりしていたが、2008年のはじめに会社破綻して、三重を引き上げてからは、めったに行けなくなってしまった。


伊勢道を下るうちにいつしか雪はやみ、雲は切れて晴れ間が広がっていった

しかし、山側から吹き下ろす風は強く、何度もハンドルをとられてはスピードを落とした。

「早く来ないと陽が沈んでしまう」とLINEが入る。

ふと「日没に少し遅れてくるがよい」というあの「走れメロス」の悪王の言葉が蘇る。

大丈夫... 待っていてくれるさ


とっても心優しくて、ちょっとシャイ大将かあくんと、底抜けに明るい女将のきみちゃん

三重から帰ったあとの失業転職の繰り返しの間も、たまに声をかけてくれて...どれほど励まされ、勇気づけられてきたことか...


今年もいろいろあったな

父の大怪我...手術... 進む認知症

息子の一級建築士試験 娘の地域活動での新たな挑戦...

いろいろあったけれど、すべてが良い方向へと向かっているように思う。

こうして一年の終わりに、大事な友と大好きな景色が観れるなんて

なんと幸福なことだろう...


志摩半島に入ったころには日没の刻限はいよいよ迫り、国道から西側の木立に遮られて、太陽は見えなかった。

逸る気持ちで国道を右折し、ともやまへと向かう道を飛ばす


展望台に着くと、軽自動車から二人がいつもと変わらぬ笑顔で降りてきた。

凄まじい寒風が吹きすさぶなかで、三人並んで静かな英虞湾を見渡しながらその時を待った。

太陽は、二人が生まれ育った志摩半島の先端に向かってゆっくりと落ちていった。

f:id:mui_caliente:20171227163740j:image

f:id:mui_caliente:20171227164625j:image

雲は少なく、空も海も燃え上がることはなかったけれど

日没の寸前に周囲の雲だけがぱっと焼けた。

その瞬間をカメラで追いながら、傍らでふざけ合う二人の声を愛しく想い

いつまでもこうして仲良く元気でうどん屋をしていってほしいと

ファインダーの中の太陽に願った。

f:id:mui_caliente:20171227164634j:image

そして海は静かに闇のなかへと沈んでいった。

f:id:mui_caliente:20171227164713j:image

f:id:mui_caliente:20171227164757j:image


おまけ

その後、五カ所湾のヨットハーバーイルミネーションを観に行って

居酒屋乾杯 美味しい魚をいただきました。

f:id:mui_caliente:20171227192959j:image

そして翌日の鰻

f:id:mui_caliente:20171228124323j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20171227

2017/12/21 (Thu) 金色の流れ

[]一級建築士合格の日に 一級建築士合格の日にを含むブックマーク

低い欄干に両手をついて 橋の下を覗き込むと

昨日の雨で水嵩を増した清流が、岩で砕けていよいよ激しく流れていた。

もう正午になろうというのに、冬の低い陽射しは狭い川原の枯草を照らしはじめたばかりで川面には届かず

暗い川面のところどころに白波が立っているばかりであった。

f:id:mui_caliente:20171214122614j:image

岸辺に降りて岩に腰かけ、その時を待つ。

やがて尾根の上に現れた力ない太陽の陽射しが深い谷間に射しこんで

ひたひたと水の揺れる川岸の緩やかな流れを光の中に浮かび上がらせた。

f:id:mui_caliente:20171214121302j:image

f:id:mui_caliente:20171214122111j:image

スマホに届いたばかりの、息子の合格発表の画面を今一度開いて見つめる。

感情をあまり露わにしない息子の、はにかんだような笑顔が浮かぶ。

よくやったな...

大学院卒業してからずっと下積みの苦しい仕事我慢強くしてきた息子が

一級建築士を取るために、小さなアトリエ事務所を辞めたのは去年のことだった。

毎日終電ぎりぎりまで仕事をして、月に1日休めるかどうかの職場では

勉強に専念する時間を捻出することが不可能だったからである

担当した仕事が立て続けにグッドデザイン賞をはじめ、数々の海外の賞も受け

お世話になった事務所ではあったが、将来を考えれば苦渋の選択であったと思う。


息子はこの一年にかけていた。

それでも仕事をしないわけにもいかず、いくつかの事務所の小さな仕事を掛け持ちながら

結局忙しいなかで、高い授業料を払って学校に通い、必死勉強に取り組んできた。

親としてなんの援助もしてやれないことが情けなかったが

彼は愚痴ひとつ口に出さずに、一人で黙々と闘い抜いた。

7月の一次試験は、受験者26,923人中 合格4,946人 合格率18.4%

9月二次試験は、過去の一次試験合格者も加わって、受験者8,931人中 合格者3,965人 37.7%

全体の合格率は、ここ数年の平均12.5%程度を大きく下回って、10.8%

難関を見事に勝利したのであった。


家計事情を知ってか知らずか...無理をして家の近くの公立進学校入学した。

しかし、成績はふるわなかったようで、周囲の同級生が有名大学合格していくながで

大学は滑り止めひとつしか合格しなかった。

私の失業中ということもあって浪人もできず、黙ってその大学に進んだ。

大学で人が変わったように頑張って、上位の成績をとり続け大学院まで進んだが、

景気も悪くて希望する企業には入れず...そして卒業直前にあの震災が起きた...


私はといえば、息子の受験大詰めの11月リストラに遭い翌年9月まで失業

受験勉強中に大きな不安を抱えさせてしまったことは間違えない。

その後も、大学4年で大学院に進む直前に会社がつぶれて4か月の失業

大学院2年生の時にまた会社がつぶれて14か月の失業...

こんなダメ父親の子どもとして生まれてきたことからして、あまり運がよくないのだろうが...

それでも、彼は負けなかった、おそるべき忍耐強さで闘ってきた。


よかったな 本当に...

7月の一次試験から、何よりも何よりも、息子の試験が大きな願いであった。

光の射さぬ谷を、この川のように弛まずに黙々と流れてきたのだ。

誰の眼にとまらずとも、内なる情熱をたぎらせながら激しく流れてきたのだ。

一級に合格したからといって、そこで終わりではない。むしろ始まりなのだろう...

川の流れは留まらない。

濁りなく、汚れなく、我が道を往け

やがて光射す時が来るであろう。その時に輝けるように、光に恥じぬように...

時には大空を見上げ、美しき森を眺め、鳥のさえずりを聴きながら

その時を待つのだ。


冬の太陽は、高い尾根に阻まれて、それ以上その谷に射しこむことはなかった。

車に戻って川沿いの道を下りはじめる...

川はいつしかから遠ざかって、どこに流れているのかも見えなくなった。

しかし、檜の木立を抜けたそのとき、視界がひらけて川は再び道路の脇に現れた。


車を降りて、川の畔に降りていくと

陽射しを阻むもののない川面一面に光を吸い込んで、

その流れはいっせいに金色に輝きはじめたのだった。

f:id:mui_caliente:20171214123711j:image


おまけ

合格祝いに息子にプレゼントしたペーパーナイフ

合格の報を聴いてから、黒柿を削って作りました

f:id:mui_caliente:20171223185800j:image

f:id:mui_caliente:20171223191817j:image

f:id:mui_caliente:20171223191803j:image

f:id:mui_caliente:20171223191727j:image

そして、合格発表の前日

私の誕生日に、なけなしのお金で息子がプレゼントしてくれた高級ウィスキー

そして 一緒に乾杯

f:id:mui_caliente:20171223004249j:image

f:id:mui_caliente:20171223004301j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20171221

2017/12/09 (Sat) 瞽女と日本海と...

[]翡翠色の海 翡翠色の海を含むブックマーク

鉛色の空から落ち始めた霙が、灰緑の波の上に無数の波紋を残しながら海に溶けていった。

から這い降りてきた痺れるほどの冷気が、海の吐息を白く曇らせる。


それは、海に溶け込むように死を迎えたいのちが、再び次の生へと蘇っていく姿のようであった。

f:id:mui_caliente:20171206130507j:image

冬の上越の海を見たくなって、出張を一日延ばしにして富山から東へと向かった。

県境を越えるあたりから平野は急激に狭まる。

急峻な山が海に迫ってせり出し、長いトンネルがいくつも続く合間に海と山に挟まれた細長い街が現れた。

そこには、モノクロ景色の中で、わずかに緑を溶かしこんだような海だけがうねっていた。

f:id:mui_caliente:20171206130353j:image

f:id:mui_caliente:20171206133232j:image

なんと寂しく、そして厳しい景色であろう...

かつてこの街道を歩いていたであろう瞽女(ごぜ)の旅姿を思い浮べる。

瞽女とは、江戸時代に上越高田発祥した盲目女性の旅芸人のことである

眼病などで視力を失った女たちが、高田瞽女屋敷で三味線や唄を教えられ

村々を歩きながら、芸を披露して米や農産物と引き換えることを生きる術としていた。

娯楽のなかった時代...北陸の農家の人々は、暦を繰って瞽女たちの訪れを待っていたという。

f:id:mui_caliente:20171206133901j:image

f:id:mui_caliente:20171206133850j:image

「七つの時に眼がつぶれて、杉坪の薬師さんに母親につれられ参ったけれどなおらず、

とうとう医者からも、もうお前の眼はなおらんといわれて...

ある日のこと、俵をあんでいたお父つぁまに『キクイよ。お前は一生眼がわるい。

ふつうの子のように学校へもゆけんからして、あんまになるか、ごぜになるかせんならん。

どっちになるのか』と問われて、『あんまとはどんなことをするもんかいの』とお父つぁまにたずねると、

『人さまの肩をもんだり、腰をもんだりすると、お菓子やらお金を下さる』といわれた。

そんではごぜとはなにをするもんかとたずねると、『三味線をなろうて、歌をうとうて歩くと、

人さまがお菓子やらお金を下さる』というので、そんならわたスは、あんまよりも、ごぜさんになりますというたら、

お父つぁまが、当時のここの親方さんであったマセさんにたのんでくれて、七つの時にもらわれてきたのでござります

 七つでもらわれてきた時に、はじめてこの瞥女屋敷で寝たが、父母が恋しゅうてたまらなかったそうだ。

あずけて帰った父親が、『十日寝たら、またつれにくる』といったそうだが、

その十日が、いつまでたってもこないのだと、マセさんにだまされて大きくなった時代のことを物語る

七十歳のハルさんのつぶれた眼に涙が出てくる。すると、そばできいている手ひきのキヨさんも鼻涙をすする。

  水上勉『失われゆくものの記』より「雪のなかの瞽女たち」

昭和に残った最後瞽女の話である

昔はもっとしかったであろうこの海に沿った道を、手引き女に誘導されて歩く瞽女たちの姿に想いを馳せる。

年端のゆかぬ少女もそのなかには混じっていたのだ。

まだ雪のとけきらない三月はじめて、ゆく先々で、みぞれ雪にあいました。

当時の足袋は、甲だけあって、底のないもので、びちょびちょのぬかるみに足がつかると、凍えて痛くて泣いてばかりいた。に

すると親方さんは、通りかかった馬車をよびとめて、『この子を乗せてやってくれのう』とたのんでくれます

馬方さんは乗せてくれました。道すがら、ぬかるみに足がつかって冷たいのは、家を出る時から裸足じゃなかったからじゃ、

家を出る時から裸足なら、途中で会うたぬかるみも温こうなるわいの、と親方さんが教えてくれました。ありがたい教えでございます

 盲目の幼少時から、本一冊よんだことのないこの瞽女のロから私たちが万巻の書をさがし求めても出てこない人生哲学が語られる。

きいている私の眼も自然ぬれてくる。

   前掲書

こうして整備されていても下を覗くのが恐ろしいような絶壁の上の道を、女たちは手を取り合って歩いたのだな...

いつしか霙があがり空が明るくなるにつれて、海の色も変わっていった。

小高い丘の上から見下ろすと、深い翡翠色の海がひろがっていた。

f:id:mui_caliente:20171206121553j:image


光のすぐそばにわれわれが黄と呼ぶ色彩があらわれ、闇のすぐそばには青という言葉で表される色彩があらわれる。

この黄と青とが最も純粋状態で、完全に均衡を保つように混合されると、緑と呼ばれる第三の色彩が出現する。

  ゲーテ『色彩論』

瞽女たちの眼には、この美しい海の色は映らなかったであろう。

しかし、彼女たちの闇の世界にも光の射す瞬間はあったに違いない。

ぬかるみの温かさに気づいたとき...訪ねた先の人々に温かく迎えられたとき...

聴衆の歓声を耳にしたとき...いただいた米に手を差し入れときのぬくもりを感じたとき...

その瞬間、いのちのなかには、こんな色が映っていたのだと僕は信じようと思う。

f:id:mui_caliente:20171206135707j:image

考えてみれば僕らとて、一瞬先のことさえも見えない無明の闇なかで生きている。

そんな不安に苛まれそうになったとき、この海を思い出そう。

瞽女たちが、漆黒のいのちのなかに湛えていたであろう哀しくも美しい海を...

僅かばかりの光を吸い込んで、輝きはじめた翡翠の海を...

f:id:mui_caliente:20171206115722j:image

瞽女の育った街が見たい...そう思って高田に向けて走ってはみたが、

その街に着くころには夕刻の闇が迫っていた。

また来ようと諦めて引き返そうとしたその時

雪に覆われた畑の隅にとり残された柿の木が視界に入って車を停めた。

雪景色のなかに浮かび上がる朱い実が、何故か雪のなかで唄う瞽女たちのように見えた。

f:id:mui_caliente:20171206160057j:image

失われゆくものの記 (集英社文庫)

失われゆくものの記 (集英社文庫)

おまけ

雪のいもり池と野尻湖 そして富山の雪景色

f:id:mui_caliente:20171206151226j:image

f:id:mui_caliente:20171206153146j:image

f:id:mui_caliente:20171206144413j:image

f:id:mui_caliente:20171207103354j:image

f:id:mui_caliente:20171207105245j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20171209

2017/11/16 (Thu) 燃えるいのち

[]紅葉を求めて... 紅葉を求めて...を含むブックマーク

西側の山の稜線から現れた雲が、薄墨が拡がるように青空を覆っていった。

不意に降りはじめた霙がフロントガラスにへばりついて、山々の紅葉を滲ませた。

ワイパーに拭われるごとにできる扇のなかの紅葉の絵巻は、コマ送りのように姿を変えながら、窓ガラスを伝う霙とともに過去へと流れていった。


f:id:mui_caliente:20171116114401j:image

f:id:mui_caliente:20171116113732j:image


香嵐渓の近くを通りかかって、ふと幻想的なライトアップを見たのは去年の今頃だったなと思い、昼間の紅葉を見ておきたいと思って立ち寄った。

(前回のブログ ⇒ 香嵐渓のライトアップ )

400年前から人の手で植えはじめられたという紅葉の山は、まだ多少の青葉も残ってはいたが、青空の下で全山が見事に染まっていた。

夜空の下でライトに照らし出されていた、あの妖しげな蝶の片鱗はどこにも見当たらなかった。

天を覆い尽くす紅葉に心を躍らせながら川沿いをしばらく散策したが、続々と詰めかける観光客であたりは人でいっぱいになってしまい、

錦繍の天幕の下はにわかににぎやかになった。

f:id:mui_caliente:20171116113121j:image

厳しい冬を迎える前のお祭りだと思えばよいのだろうが、どうも自分はこの雰囲気には合わない。

一人になって静かに感動を胸の裡に矯めておきたかった。

そして再び車に乗って、渓流に沿った坂道を走り始めたのだった。

f:id:mui_caliente:20171116122132j:image

f:id:mui_caliente:20171116122803j:image

f:id:mui_caliente:20171116153546j:image


走るうちに霙を降らせていた雲はいしか流れ去り、その湿地に着くころには陽が射し、

雑木林の向うに見える黒い沼に、一段と冷たくなった青空が映りこんでいた。

f:id:mui_caliente:20171116141911j:image

かさかさと落ち葉を踏む音だけが辺りに響く。

降り積もった落ち葉が そのまま土に還っていくやわらかな大地を踏みしめながら

静寂のなかで大きく息を吸い込んで、頭上を覆う紅葉を見上げた。

f:id:mui_caliente:20171116142132j:image

都会の紅葉は年々色褪せていくのに、この山中紅葉のなんと鮮やかなことか...

色づいたかと思うとすぐに縮れ始める街の紅葉を思い浮かべ

人もまた色褪せていく都会の喧騒を歩く人の色なき顔を想う

いのちの速度に合わぬ急速な進歩は、知らぬ間に心身を疲弊させ、情緒歓喜も薄れさせていく。

強いものが弱いものを見下し、疎外する社会...

生きている違和感けが胸をしめつける。

f:id:mui_caliente:20171116141116j:image

f:id:mui_caliente:20171116142051j:image

それにしてもなんと心地のよい場所だろう

冷気を胸に吸い込むたびに力がみなぎってくるように思える。

ここの冬は厳しいのだろうな...

それでも、この木々はなんと立派に生きていることか…

ほどなく散ってしまうその前に、こうしてぱっと燃え上がることが

きちんと生きてきた証しなのかもしれない。

倒木に腰を下ろして見渡す限り人の気配のない木立のなかで

空を見上げ、風の音に耳をすませる。

f:id:mui_caliente:20171116142003j:image

自分はこんなふうに晩年自分を燃立たせることができるのだろうか...

今はまだよい..みすぼらしくても、ぶざまでも...

ああ、誰にも見られないこんな場所でよいから、燃立ってそのまま倒れたい


背後で足音がしたので振り返ると、カメラを抱えた老人が一人あるいてくるのがみえた。

この周囲は紅葉も終わってしまったが、ここは素晴らしいと言いながら

嬉しそうに紅葉を見上げて微笑んだ。

強い陽射しが紅葉を透かして、その顔をぱっと朱く染めた。

自分の顔もあんな色に染まっているのかなと思いながら、老人の見ている方を見上げた。

紅葉のうえに、白い雲がひろがりはじめていた。

f:id:mui_caliente:20171116142411j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20171116

2017/11/03 (Fri) 赤西渓谷

[]清流の畔 清流の畔を含むブックマーク

渓流から湧きあがった風が、川面にかかる木々の葉を漣のように揺らし

樹木のまわりで小さな渦をつくりながら、緑の大気のなかに溶けこんでいった。

水の音だけが強くなったり弱くなったりしながら、谷に響いていた。

f:id:mui_caliente:20171101143045j:image

国道から川沿いの脇道に折れて間もなく森のなかに入った。

その瞬間に空気が一変する...

眩しい陽射しも、強い風も、世の喧騒も汚濁も煩わしさも...ここに入ってくることはなかった。

すべてが森に抱かれ、森に護られていた。

f:id:mui_caliente:20171101144033j:image

車を降りて、水の流れに沿って歩き出す。

清浄なる空気...清浄なる水の流れ...

息をひとつするごとに、胸の裡が清められ

鼓動がひとつ鳴るごとに、血液が清められていく。


ふと、道の左手に迫る斜面の濡れた岩肌に目をとめると

ひとひらの揚羽蝶が翅をやすめていた。

白昼の陽も射しこまない薄暗い森の

僅かな光の粒をとらえて、蝶の翅の緑青の筋だけが妖しく光る...

蝶はふわりと飛び立つと、森の中へと消えていった。

蝶が飛び去ったあとの岩の裂け目から清水滾々と湧き出していた。


岩肌を這うように滑り落ちた水は窪みに集まり

そしてせせらぎとなって渓流へと呑みこまれていった。

その流れは、ただ重力にしたがって堕ちていくのではなく

眠りから覚め地から湧きだしたいのちが、

明確な意志をもって、大きな流れに向かっていくように見えた。

どこから湧き出たのかもわからない無数の流れが

無数の出会いを重ねながらそして奔流となってひとつの方向へと流れていく。

f:id:mui_caliente:20171101145909j:image

清らかに生きたい...

濁りなく...澱みなく...恐れなく...

激しく...たゆまず...勇壮に...

f:id:mui_caliente:20171101142821j:image

たとえ光の当たらぬ小さな道でも

障害物ばかりの険しい道であっても

あの清らかなる流れに向かって疾走って行きたい


湿った土を踏みしめて、その激しい流れの畔まで降りて行き

いつしか僕は掌を合わせて、おおいなるなにものかに祈っていた。

f:id:mui_caliente:20171101151715j:image

時に激しく、時に緩やかに...清流はどこまでも続いていた。

陽が傾いて、木立の隙間から陽光差し込んだその時

薄暗い淵のエメラルドを融かしたような色が照らし出された。

ああ、なんと美しい瞬間!

f:id:mui_caliente:20171101150135j:image

しかし、それでも清らかな流れは天を見上げることもなく、

ただ自らの決めた方へと、ひたむきに流れ去っていった。


僕はふと光射す木立を見上げた。

僕の眼は蝶を探していたのだった。

しか視線のその先には、色づき始めた葉叢がただ風に揺れていた。

f:id:mui_caliente:20171101142552j:image

kuri206kuri206 2018/03/19 00:02 流れ下る清流の光景に、見ているこちらの心まで洗われる心地がしました。
本当に、いつも美しい光景を、逃すことなく捉えられますね。

「清流」という言葉には思い出があります。
ブログを通じて初めて言葉を交わした友人が、去り際に残した言葉でした。
お互い本名も顔も知らない者同士で、わずか数ヶ月の間のことでしたが、今でも強く印象に残っています。
写真を拝見しながら、彼のことを思い出しました。
「清流をゆっくり下る」と、闘病中だった彼は、私にそう告げて去っていかれました。
彼の魂は今、きっとこのような清らかな流れの中にあるのだろうな、とふと感じました。
忘れられない思い出です。

ムイカリエンテムイカリエンテ 2018/03/21 10:12 ♪Kuri206さま
生きていくということは、川の流れのようなものですね。
生れてから死ぬまで流れ続けて...
その間には、無数の出会いがあって...そのほとんどが視界に入るだけの人かもしれませんが...
そのなかで、親密な関係を結ぶ人もあれば、一瞬の出会いで終わる人もあり...

私の写真で、その方のことを思いだしていただけて、嬉しく思います。
そうですね...どこかで清らかな流れのなかにある...のでしょうね。
生きようと死のうと、たいしたことではない...そう思います。
それでも、いのちは流れていきます。

宮本輝先生の『水のかたち』という小説のなかに
水は水であることをやめない...どんな形に変化しようとも、水であり続ける。
という部分が出てきます。
いかなる宿命や障害が待ち受けていようと、水のように生きれらたらと思います。
世の汚濁に染まらぬように...清流のままで

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20171103

2017/10/31 (Tue) 苦悩と人生と

[]立山杉 立山杉を含むブックマーク

南へと流れて行く雲の大きな影が

向かいの山々を覆う見事な錦繍の上を這って行った。

雨上がりの空は澄み渡り、山は冷気に包まれていた。

f:id:mui_caliente:20171031150348j:image

f:id:mui_caliente:20171031141142j:image

水を含んだ落ち葉を踏みながら険しい林道に入っていく...

美女平という地名に誘われて、紅葉を求めてここまで来てみたが、

暗い森の中は色に乏しく、鬱蒼とした杉の葉が、空を覆い隠していた。

その根元は巌のように大きく、ごつごつと節くれだって

そこから何本もの幹が伸びていたり、大きく湾曲していたり、空洞になっていたり...

から張りだした枝も不自然な方向に捻じ曲がっているものが多かった。

あの真っ直ぐに天を突く杉とは似ても似つかぬほど醜く、そして美しかった。

f:id:mui_caliente:20171031134607j:image

f:id:mui_caliente:20171031130021j:image

無言で立っている木々の肌に触れたり抱きついたりしながら

その木の数百年の来し方を想う。

背の伸びきらぬ幼木の頃...

冷たい雪のなかに埋もれたまま、彼は何を思ってきたのだろう...

毎年雪が融けるたびに、周囲の幼木は力尽きて倒れ、土に還っていった。

成長するごとに風雪をまともに受けるようになり

なぎ倒され、へし折られ、重い雪にのしかかられ...

そしてまた多くの木が死に果てていった。

いつしか、そんな風雪にも揺るぎもしない大木になっていた。

f:id:mui_caliente:20171031124738j:image

f:id:mui_caliente:20171031125230j:image

私たち一人ひとりの存在は不完全であるからこそ、唯一のものになることが明らかになります。

    フランクル『それでも人生にイエスと言う』

この不完全な、そして立派な杉は、ひとつとして同じ形のものはなかった。

それはすべて、厳しい冬の間の苦悩と悲しみによってつくられてきたのだ。

人もまた、そうして唯一のものになっていくのだろうな...

そして、その極限ともいえるベートーヴェンミケランジェロガンジーの姿を思い浮かべた。

苦悩こそが人間を人間たらしめ、そして唯一の立派な人間を作り上げたのだった。

力によって勝ったもの勇者とは言わない。

苦悩に向って闘い続けるもの勇者と言うのだ。


そしてもう一人...岩崎航という勇者のことを想った。

3歳で筋ジストロフィー発症し、ベッドの上で呼吸も食事機械に頼らざるを得ない

厳しき宿命と向き合いながら、力強い詩を書き続ける41歳の唯一無二の勇者の姿を...


ここにいる そこにもいる

目の前にいる普通の人こそ

知られざる

勇者であること

私は生きて知りました。


どんな

微細な光をも

捉える

眼を養うための

くらやみ

  岩崎航『点滴ポール 生き抜くという旗印』


森を歩くうちに陽は傾き、木立の間に光が射しこんだ。

間もなく始まる冬の闘いの前の陽光を吸い込むように

杉の巨木が大きく息をついた。

f:id:mui_caliente:20171031121508j:image

  人間の勝利     山村暮鳥


  人間はみな苦しんでゐる

  何がそんなに君達を苦しめるのか

  しつかりしろ

  人間の強さにあれ

  人間の強さに生きろ

  くるしいか

  くるしめ

  それがわれわれを立派にする

  みろ山頂の松の古木

  その梢が烈風を切っゐるところを

  その音の痛痛し

  その音が人間を力づける

  人間の肉に喰いひるその音のいみじさ

  何が君達を苦しめるのか

  自分も斯うしてくるしんでゐるのだ

  くるしみを喜べ

  人間の強さに立て

  恥辱(はじ)を知れ

  そして倒れる時がきたらば

  ほほゑんでたほれろ

  人間の強さをみせて倒れろ

  一切をありのままにぢつと凝視(みつ)めて

  大木のやうに倒れろ

  これでもか

  これでもかと

  重いくるしみ

  重いのが何である

  息絶えるとも否と言へ

  頑固であれ

  それでこそ人間だ

f:id:mui_caliente:20171031133724j:image

f:id:mui_caliente:20171031130433j:image

それでも人生にイエスと言う

それでも人生にイエスと言う

点滴ポール 生き抜くという旗印

点滴ポール 生き抜くという旗印

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20171031

2017/10/30 (Mon) 荒れる日本海

[]漁師小屋 漁師小屋を含むブックマーク

風は強く海は荒れていた。

幾重にもせり上がっては崩れていく白波は風に蹴散らされ

舞い上がった飛沫が海を煙らせていた。

f:id:mui_caliente:20171030155435j:image

飛び立とうとしては風に押し戻され

諦めて砂浜にうずくまる海猫たちを見おろすように

一羽の鳶が風を掴んで悠々と飛んでいた。

f:id:mui_caliente:20171030155333j:image

晩秋の砂浜には、人の姿はなかった。

強烈な海風に時おりよろけながら、枯草を踏んで砂丘を歩く

天空に響いてる轟音が、風の音なのか波の音かさえ

もうわからなかった。


あんなにも海が荒れているのに

目の前の砂浜には、こんなにも静かに滑りながらひろがっていく

波が引いたあとの濡れた砂の上に、その一瞬の空が映り込んでは

消えていく...

f:id:mui_caliente:20171030154945j:image

果てしなく繰り出されそしてまた海に溶け込んでいく波は

世界のどこかで生まれそして死んでいくいのちのようであった。

はいまどこにいるのか...父は...母は...

来し方で縁して来た人々の顔がいくつも浮かび...

顔の見えない無数の人々の姿が浮かび...

次々と生まれてきては、或は荒々しくうねり、或は波間に静かに漂いながら

いつしか海に還っていった。

生も死も、すべて海の上でのできごとでしかなかった。

光り輝く波も、闇に沈む波も、同じ海の上での姿でしかなかった。

f:id:mui_caliente:20171030155754j:image

砂丘先の波打ち際に、漁師小屋が見えた。

かつては人が暮らしていたようであったが、

いまは人の気配もなく、壊れた車と漁船が打ち捨てられていた。

f:id:mui_caliente:20171030162506j:image

「生きようが死のうが安心していなさい...」

約束の冬』に出てくる厚田村の番小屋での情景が蘇る。

若くして肝臓がんを患い闘病してきた小巻が

冬の荒れた海の番小屋で聴いたという海の声が...

「冬の荒れる北の海って、もうたまらなく寂しいんだけど、じーっと見てると、その向こう側に...

そう言って、小巻は黙り込み、何か言葉を探しているようだったが、それきり口をひらかなかった。

留美子も板戸のところへ行き、小巻と並んで坐り、恵一と五人の青年のおぼろな姿を見つめた。

「その向こう側って、海の向こう側ってこと?」

留美子の問いに、

「荒れる冬の海の内部ってことかな...」

と小巻はつぶやいた。

「お前には、なんにも怖いものはないんだよっていう、やさしい言葉が間こえたの」

「聞こえた? 小巻ちゃんの耳に?」

「うん。心配しなくっていいよ、って...」

「海が?」

「うん」

「いつ?」

「二度目の手術をして退院して、ずうっときつい薬を飲んでたころ、ここに来たの。

二月にね。お兄ちゃんに頼んで、つれて来てもらったの」

私がついている。私にまかせておけ。生きようが死のうが、安心していなさい。

自分はたしかにその声を聞いたのだと小巻は言った。

「私ね、その声を聞いて、この番屋から出て、浜辺へ歩いて行ったの。

吹き飛ばされそうになりながら...。もっとその声を聞きたくて。

でも、浜辺に立つと、そんな声はどこからも聞こえなくて...。

一戻って来て、この板戸から海を見てると、またちゃんと聞こえるの。

生きようが死のうが安心してなさいって...」

そのとき、いろんなことを考えたのだと小巻は言った。

だが、「いろんなこと」がどんなことなのかは語らなかった。留美子も訊かなかった。

小巻だけに聞こえた声というものを信じられそうな気がしたからだった。

   宮本輝 『約束の冬』

小巻は中学生の時に留美子と一緒にネパールに学校を建てようと約束していたのであった。

f:id:mui_caliente:20171030164212j:image

f:id:mui_caliente:20171030164326j:image

小屋を見おろせる土手に登って海を眺めながら、

自分はどれほどの約束をしてきたことかと想いを巡らせる。

どれもこれも、果たしていない約束ばかりが次々に浮かぶ

途中でいろいろなことが崩れていったにせよ

約束だけは果たさねばならぬ

人は約束を果たすためだけに生きているのだから...

f:id:mui_caliente:20171030162409j:image

雲間から最後の光が射し、海のひとところを輝かせてからかに暮れていった。

海は闇の中に沈んでいったが、波は一向におさまる気配もなく

星もない空の下で、果てしない生死を繰り返していた。

f:id:mui_caliente:20171030163406j:image

f:id:mui_caliente:20171030170147j:image

約束の冬〈上〉 (文春文庫)

約束の冬〈上〉 (文春文庫)

約束の冬〈下〉 (文春文庫)

約束の冬〈下〉 (文春文庫)

都忘れ都忘れ 2018/02/12 21:58 ムイカリエンテさま

お久し振りです。
いつも読ませて頂き感謝しております。
一行一行の表現に憧れを感じながら、うっとりしながら
読ませて頂いています。


私は冬の荒れる日本海に一度だけ行ったことがあります。
このブログで、その時の衝撃を思い出させて頂きました。


『安心していたらいい…』という言葉は、
やっと近頃、本当に素直に信じられるようになりました。
生きても、死んだとしても安心していられるのは、人が生まれて死んでゆくことが、怖いことではなく、海のひとしずくとなることだと、
宮本輝さんが書かれているからです。
そしてまた、生まれ変わって新しい生を繋げるのだと、しっかり自分の心の根に、揺らぐ事なくしかも、とても暖かくあるのを確信できるようになりました。
この気持ちはとても幸福をもたらしてくれます。
貴方は、きっとその事をこの風景の中に立たれて、身体中で実感されたのでしょうね。


写真の素晴らしさには、いつも感嘆していますが、今回も、
寂しげなのに澄み切った美しさに、心洗われる思いがしております。いつもご苦労されて撮されておられるのでしょうね。
本当に素晴らしい写真です。
特に4枚目とFBのブログ表紙にされているのが好きです。
ありがとうございました。また、たのしみにしております★彡

ムイカリエンテムイカリエンテ 2018/02/14 00:24 ♪都忘れさま

いつも拙いブログを読んでくださり、そしてコメントまでお寄せいただいて
本当にありがとうございます。

能登半島の西岸は、日本海の荒波が止めどなく押し寄せる厳しい海です。
初めてこの浜に降り立ったとき、僕は足がすくみました。

しかし、この海をずっと眺めているうちに
生死 生死 生死 生死... という繰り返しの音が聴こえてきたのです。
ああみんなこうして生きて、こうして死んでいくのだと...
宮本先生が仰った意味が、胸にストンと落ちた気がしました。

生きようが死のうが、安心していたらいい...

いつも何かの不安に慄く臆病な自分ですが
ほんの一瞬 ああ安心していていいのだなと思えました。

またいつか大きな壁や不安に行詰ったとき、この海を思い出せればと思います。

写真は、観じたままをカメラにおさめているだけなのですが...
寂しい寂しいという自分のいのちは、映り込んでしまったのかもしれません。

最近ブログを書き終えると一瞬ほっとするのですが
次の瞬間にはまた次のブログへの恐怖に襲われます。

また頑張って書きます。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20171030

2017/10/13 (Fri) 琵琶湖にて

[]マツヨイグサ マツヨイグサを含むブックマーク

8年ぶりにこの木の前に立った琵琶湖の朝...

薄墨を流したような空と湖面の間に一筋の雲がたなびき

比良の山々の藍い山並みが折り重なりながら雲のなかに溶けこんでいた。

湖の方から吹きつける西風に、ときおり混じる霧のような雨粒で

髪が濡れていった。

f:id:mui_caliente:20171013060909j:image

あれは、2010年の年明けのこと...

リストラで方向を見失い、職を転々としてしまった私という小舟は

大阪・三重・東京と流されるままに漂流を続け、次第に深まりゆく闇のなかで

不意に浮かんだ幻の光に誘われるままに、この岸に流れ着いたのであった。


今度こそはと起死回生を願って、再び家を離れて冬の琵琶湖畔に降り立ったが

自分が見ていたものが幻であったことに気が付くのに、さほど時間はかからなかった。

ああまたか...と思い、もがくほどに深みにはまっていく泥沼に茫然としながら

ひとりで会社に近いこの湖畔を歩いたものだった。


会社が犯してきた不正が発覚し、世間に公開された日

寒風の吹き付けるこの湖岸に静かに立っているこの木を見て

自分の人生をどれほど情けなく思ったことか...

そして1か月後...

頭を下げて入社を乞われ来たはずだった会社から

入社からわずか4か月で解雇通告を受け、この地を後にした。

そして会社も間もなく消滅した。

そこから1年余の失業生活が始まったのだった。


今朝も、木は黙って立っていた。

あれから七度の厳しい冬を越えて、年輪は七つ重なったはずで

いよいよ堂々として、そして美しく...黙ってそこに立っていた。

f:id:mui_caliente:20171013064920j:image

ふと、志村ふくみさんの姿を想う。

去年の展示会で拝見したお写真...

一人、琵琶湖の前に佇む後ろ姿である

近江八幡で生まれ、2歳で親戚の養子となってこの地を離れるが

母との深き縁で19歳にしてこの地に戻ることになり、

重病の兄の枕元で機織りを始められたのだった。

f:id:mui_caliente:20171013062220j:image

ふくみさんの眼にも、きっとあの比良の山々の藍は映っていたことだろう

空の色にしたがって変わりゆく湖水の色も...

春には湖岸に芽吹く色とりどりの花々の色も...


あの染織の、この世のものとは思われないような美しい色は

水墨画のような天地から生れていったのだ

あの色は...ふくみさんのいのちから出た色なのだな


目の前に色無き世界が横たわっているなら

自らのいのちでそれを染めていかねばならないのだろう

うそろそろ、訣別しなければならないな...あの日とは...

f:id:mui_caliente:20171013072216j:image

f:id:mui_caliente:20171013072701j:image

ふと見下ろした足元に黄色い花が咲いていた。

マツヨイグサか...

夜通し星無き空をずっと見上げていたのだな

f:id:mui_caliente:20171013064027j:image

ああ、それにしてはなんと凛々しい立ち姿か

彼女視線は、頭上の雲ではなくその先にある星を見上げているのだ。

目に見えなくとも、自らの決めた星を...

間もなく萎んでしまうその瞬間まで


車に乗り込むと大粒の雨が落ち始めた。

ワイパーもきかないほどの土砂降りの中で立ち続けているだろうその花を

思い浮かべて胸が熱くなっていくのを感じた。

f:id:mui_caliente:20171013073124j:image

f:id:mui_caliente:20171013081307j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20171013

2017/10/07 (Sat) 花を贈る

[]父に会いに... 父に会いに...を含むブックマーク

父に会いに行った帰り道

ときたま通る川沿いの道にコスモスが咲いていた。

いつの間に咲いていたのか、もう終わりかけのようで

軸だけ残った細い茎が、花とともに風になびいていた。

f:id:mui_caliente:20171008114615j:image

f:id:mui_caliente:20171008114712j:image

春先に頭部に大きな怪我をして入院生活をしていた父は、

8月退院してからは、施設での生活をはじめていた。

手術で劇的によくなるかと思った脳の状態は、

少し穏やかになった程度で、認知症で失った記憶が戻ることはなく

家族でも、母と僕のことくらいしかからなくなっていた。


それでも、施設に行くと

「みんな元気にしてるか?」

「仕事は忙しいのか?」

「家からここまでは遠いのか?」

と...いつも、家族を気遣う質問をしてくる。

自分の状況も、よく理解していないけれど、それでも

僕を安心させたいのか「ここは、いいところだよ」と言う。

そしていつも、話している間は終始笑顔を絶やさない。

帰るときは「はい 御苦労さま」と笑顔で手を振る。


故郷の話とか、若い頃の話とかをすると

遠い眼をして、記憶の断片を探るような顔をする。

思い出したのかどうなのか...それでも、楽しかったなあと言う。

それも、行く度に薄れていくようであった。

f:id:mui_caliente:20171008120632j:image

f:id:mui_caliente:20171008120229j:image

父の人生には、忘れてしまいたいことがたくさんあったのだ。

新潟の片田舎で生まれたが、幼少時代父親を亡くして苦労をした。

中学を出てから横浜に出てきて、夜学に通いながら必死に働いて

40歳を前にして自分会社を立ち上げたが、商売が下手でずっと儲から

家族は食べるものにも事欠いた時期が長く続いた。

歳をとって、仕事もできなくなり、商売道具は全部処分せざるを得なくなって

それから働きに出たが、そこでも馬鹿にされいじめられたという。


忘れてしまいたかったのだな...

それと一緒に、他のことも忘れてしまったけれど...

考えてみれば、最期まで忘れたらいけないことなんてあるのだろうか

忘れてほしくないのは、周りの人間の我儘なのかもしれない。

哀しいこと、苦しいこと、嫌なことを抱えて生きているより、ずっと幸せかもしれない。

その、人を思いやる優しい心根だけが残ってくれたら、もう何も望まないよ。

父の顔を見ながらいつもそう思う。


風の吹くままに細い茎をしならせてなびくコスモス

元気だった父が衰えていくのは寂しいが

いまは風に身をまかせよう。

f:id:mui_caliente:20171008114712j:image

だれひとりもが望むもの、それはじぶんという存在が祝福されてあることだ。

おまえなんかいなくてもいいという顔をされるほど、辛いこと、悲しいことはない。

ひとはだれも、ここにいるのはじぶんでなくてもいいのではないかという想いから

死ぬまで解き放たれることはない。

じぶんはいないほうがいいのではないかという想いである

恋愛においてはひとはおそらく、物心ついてはじめてほかのひとに強くその存在を求められる。

あなたが生きていてくれてよかった」と、その存在を祝福される。

恋愛にはだから、花がつきものなのである

花には華やぎがある。妖しさがある。

濡れがある。熟れがある。

棘がある。毒がある。

迷いがある。狂いがある。

生きとし生けるもののいのちの悶えが、そっくり映されている。

が、花は散る。枯れる。そして落つ。

ここにもまたいのちの定めがくっきり映されている。

から、花を贈るというのは、やがて咲くこと、やがて萎むことをぜんぶひっくるめて、

いのちのしるしを贈ることなのだろう。

祝福はほろ苦いものでもあるのだ。

   鷲田清一まなざし記憶

一度でも多く、父に会いに行こう

このコスモス花束を胸中にたずさえて...


あなたが生きていてくれて本当によかったと

何度も言おう。

遠くなってしまった耳に顔を寄せて...

f:id:mui_caliente:20171003123343j:image

f:id:mui_caliente:20171003123908j:image

f:id:mui_caliente:20171003123717j:image

おまけ

施設での父... こんなに写真を撮ったことがなかったけど

f:id:mui_caliente:20171001222401j:image

f:id:mui_caliente:20171001222320j:image

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/mui_caliente/20171007